日本のニュースは芸能化が進んでいる

 
 Windows10になってから、WEB上のニュースサイトがなかば自動的に閲覧できるようになった。
 「MSNニュース」というやつ。

 そこには、世の中の出来事が、デイリーにアップされてくる。
 パソコンと向き合い、自分の抱えている作業に取り掛かる前に、まずその「MSNニュース」をザァッと閲覧する習慣がついてしまった。

 MSNニュースは「国内」「海外」「経済」「テクノロジー」「話題」「スポーツ」「エンタメ」「注目」という項目に分かれている。
 それらの見出しを眺めるだけで、テレビニュースなど見なくても、その日起こった出来事の概要を知ることができる。

 そういった意味で、パソコン作業前のウォーミングアップにはちょうどよいのだが、いつまでもこういうニュースだけを眺めていると、世の中を見る目が次第に片寄っていくだろうな … という気もした。

 どういうふうに片寄るのか?

 政治的・思想的に偏向していく、というようなことではない。
 バカになっていくのだ。
 だって、どのニュースも、基本的に “芸能ニュース” のノリなのだ。東スポ的というか。
 
 まず、見出しが煽情的。
 「女優の ×× が父親不明の子を妊娠して番組降板が決定 ‼ ………………………… か?」
 という感じ。

 まぁ、こっちも長年記事の見出しなどを考える仕事をしていたから、分かるのだが、タイトルの付け方は確かにうまい。
 人間には、基本的に “他人の秘密を覗き見たい” というゲスな欲望があるが、それをうまくくすぐるような見出しが多いのだ。

 「夫の姑だけが気づく、不倫妻の言動変化」
 とかさ。
 「独身男がドン引きする、イマドキ女子の婚活3スタイル」
 とか。
 「シニア男がモテる “枯れ専” が復活の兆し」
 とかね。

 定年退職をして、もう外でやんちゃすることもなく、日々家のリビングに座ってのどかな暮らしを送っているシニア層でも、思わず、「えへっ ‼」、「おお ?」、「やべ ‼ 」と身を乗り出すような記事がアップされてくるのだ。

 こういうのを、メディアの “芸能化” という。
 芸能化したメディアは、新しいカリスマを要求する。
 つまり、今まで世の中を政治、経済、社会、文化などに分けて語っていた専門家ではなく、すべてを一括して語れる芸能人が、それまでの言論人に取って替わるのだ。
 ダウンタウンの松本人志とか、俳優の坂上忍などは、まさに芸能メディアの新しいカリスマではなかろうか。
 こういう人たちに加え、さらにテリー伊藤とか橋下徹といった名前を挙げてもいいかもしれない。

 MSNニュースの世論を引っ張っているのは、ほぼこういう人たちである。
 たとえば「松本人志がSMAP 解散について自分の意見を披露」とか、「坂上忍が高畑裕太容疑者をガチで怒る」とかいうように、こういう新カリスマたちが “芸能人の目を通して” 意見を述べることが、いまや “世論” なのだ。

 もちろん、芸能人が社会事象に口を出してはいけない、などということは全くない。若い頃から独立独歩で生活を戦い抜いてきた芸人たちは、組織の庇護の下で働いてきたサラリーマンとは違って、しっかりした世間知や生活知を身に付けていたり、冷静な分析視点を持っていることが多い。
 そういう芸能人コメントは、経済や政治の専門家が語ることよりも変化球が多くて面白いし、かつ解りやすい。

 でも、しょせん “素人” である。

 世の中には、芸人として獲得した世間知や生活知だけでは分析しきれない出来事だっていっぱいある。
 それなのに、“解りやすくて面白い” という一点で、読者がカリスマ芸能人たちの言動をうのみにして、世の中の仕組みを理解したつもりになることは、脳軟化症に陥っていくだけだ。

 それに、まずメディアによって「世論をリードするカリスマ」に仕立てられた芸能人たちが可哀想である。
 たとえば、熟考する前にポロリと発言した意見が、それこそ究極の “神のご託宣” のように扱わてしまうと、彼らだって次第に自分のポジションを見失ってしまうだろう。

 なかには、すでに「俺の発言が世論をつくっている」みたいに錯覚し、やたら知識人っぽい表情をテレビでさらしている大物芸人だって出てきている。
 そういう自意識過剰の芸人を見ていると、ほんとうに痛い。メディアはずいぶん罪なことをしているな、と思う。

 いま私が、政治、経済、社会の分野に、芸人・タレントとして発言できる才覚があると思っているのは、デイブ・スペクターとマツコ・デラックスである。それにビートたけしを入れてもいいかな。

 デイブ・スペクターははっきりした意見をいいつつも、語る内容に関しては事前の下調べが行き届いているから、安心して聞いていられる。

 マツコ・デラックスは頭がいいから、社会や文化にたいして印象批評のようなものを口にしても、足を取られるような失言を回避する慎重さがあって、危なげない。
 それに彼(彼女?)は、含羞の人だから、芸能人が真顔になって「社会に、もの申す」という態度をさらすことがカッコ悪いことだと知っている。

 ビートたけしは、けっこう世論をズバズバ斬るように見せかけて、必ず “お笑い” の逃げ道を作っている。
 だから生臭い話題を扱っても、嫌味がない。
 この人も、やっぱり頭のいい人だなと思う。

 ネット見ていたら、たけし監督の『アウトレイジ』の3作目がひそかに作られていることが分かった。
 これは早くみたい !
  
 

カテゴリー: ヨタ話 | 2件のコメント

『ワンピース』ってどこが面白いの?

 
 テレビで、あまりにも『ONE PIECE(ワンピース)』の宣伝をやっていたので、WOWOWで放映されていた『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』(ワンピース フィルム ストロングワールド 2009年)というアニメを観た。

 ミスチルのテーマソングが流れるエンドロールまでしっかり観たけれど、正直にいって、何が面白いのか、最後まで分からなかった。
 
 この作品を、どう楽しめばいいのか。
 もし、上手に解説してくれる人がいたら、ぜひ楽しみ方を教授してもらいたいと思っている(皮肉とか挑発で言っているわけではない)。

 見終わってから、遅まきながら、『ワンピース』というのが、どういう作品なのか、ネットで調べてみた。
 「ギャッ ‼」
 という感じである。
 4~5年前ぐらいに生まれた新人作家の漫画だと思っていたら、なんと、1997年から『少年ジャンプ』に連載されている長寿漫画なんだそうだ。

 この作品が世に出てから、約20年。
 失礼な言い方かもしれないが、この20年間、これまで自分がその存在に気づいたことは一度もなかった。

 Wikipedia によると、この漫画の累計発行部数は3億2000万部を突破しており、「最も多く発行された単一作家によるコミックシリーズ」としてギネスの世界記録に認定されているのだとか。

 ということは、日本人の大半に愛されている “国民的コミック” ということであり、間違ってもそれを批判したりしたら、たちどころに大バッシング、大炎上になるという、恐れ多い作品ということになる。

 ネットで「ONE PIECE」という言葉を検索してみた。
 グーグルでは、2億2千7百万件。
 ケタ違いのアクセス件数である。
 漫画誌に掲載されてから20年経ったわけだから、歴史的な蓄積もあるのだろうが、やはり今なお熱狂的な支持者によって支えられている作品であることを物語っている。

 そういう漫画(&アニメ)だけに、ネットに出てくる「ワンピース」をめぐる言論は、少し宗教がかっている。
 熱烈な信者たちの厚い壁にさえぎられて、知らない人間が情報の核心にたどり着けるような余地がないのだ。
 書き込みの大半が、各シリーズのディテールへのこだわりと、そのオマージュによって占められており、登場人物の名前や特殊用語を知らないと門前払いを食わされてしまう。

 ようやく、この作品に対して “批評的な” な私見を披露しているサイトを見つけた。
 書き手は、いちおう物書きさんのようだが、基本的にはフツーの人のブログだった。

 その人は、「ワンピース」という作品に対して、
 「“信念と叫び” ばかりが強調される無内容な作品。主人公のルフィの心情を占めているのは、空虚な精神論だ」
 という結論でしめくくっていた。

 私も、今回アニメ1作を観ただけではあるが、このblog主の書いたことが理解できそうな気がしたので、記事を終わりまで読んでみたが、やはり、こういう熱狂的な支持者を持つオバケ的なヒット作品に盾突くと、惨いことになることが実証されていた。

 コメントの大半が、記事内容に対する怒り、批判、冷笑、侮蔑なのだ。
 その数、およそ339件。
 もちろん、blog主の記事に理解を示すコメントも散見されたとはいえ、圧倒的に多かったのは、罵詈雑言に近いような攻撃的反論だった。 

 いわく、
 「“人気漫画を否定してる俺カッコイイ” っていう典型的な奴ですね(笑)」
 いわく、
 「論ずるのであれば、最低でも全巻(現在までで82巻)読んでからすべきだと思いますよ」
 いわく、
 「嫌いなら嫌いでいいけれど、ネットで批判するなよ。チラシの裏に書いてろよ」
 
 さらには、あからさまに “売れたものが正義” という論理を振りかざすコメントもあった。
 いわく、
 「面白くなかったら売れてねーよボケナス、頭おかしいんじゃね?」

 いわく、
 「あんたが時間かけてこの小さいアンチ記事を書いて『ONE PIECE』に噛み付いてる同じ時間に、(作者の)尾田は世界規模で評価されてる漫画の原稿を描いて、とっくに一生遊んで暮らせる金を稼いでるんだぜ。
 人の書いたものを批評してるヤツが何言っても説得力ないんだよ」

 もちろん、しっかりした理論に基づく “ワンピース擁護論” もあったけれど、基本的には、上のような言論に代表される感情的な罵倒コメントが大半を占めた。
 
 これって、どういうことなんだろう?

 つまり、この『ワンピース』という漫画(&アニメ)に対しては、ほんの少しでも批判的な言辞を吐くことが許されないという空気が醸成されているということなのだ。
 
 だとしたら、これはとても興味深いことではないか?
 すなわち、ギネスブックで認められるほどの発行部数を誇る『ワンピース』の主要読者層を分析することは、まさに一種の “日本人論” になるのではないか?

 では、『ワンピース』とは、いったい日本の何を浮かび上がらせているのか?

 繰り返すけれど、自分はたまたまWOWOWでアニメを1作を観ただけだから、このシリーズ全体を論じる資格などないことは分かっている。
 だが、ちょっとした “感想” だけなら許されるだろう。

 まず思ったことは、「なぜこの作者(尾田栄一郎氏)は、タッチの荒い線画にこだわるのだろうか?」ということだった。
 (『ストロングワールド』に続いてWOWOWで放映された3Dアニメにおいても、基本的に線画だった)

 主人公のルフィの目は、ものすごくシンプルな円形。
 瞳は “ナカグロ(黒点)” 。
 その円形構造が、喜怒哀楽に応じて直径を伸ばしたり、縮めたりするだけ。

 口は両頬に達するほど大きく、笑っても、怒っても、上下の歯ががっちり噛み合っていることが多い。
 つまり、基本的にはいつでも歯を食いしばっているのが常態ということを暗示している。


 
 他の登場人物も基本的に同じ。
 シンプルな線画で、丁寧さよりは粗さが強調される。

 自分の好みを優先してしゃべる機会を与えてもらえるのなら、私はまずこの荒いタッチの人物造形が好きになれないのだ。
 そこにキャラクターの内面の貧困さが露呈しているように見えるからだ。


 
 ま、それは個人の好みの問題だから、私がそう言い切っちゃうと「ワンピース」の信奉者には腹立たしい気分を与えるだけなんだろうけれど、嫌われることを覚悟ではっきり繰り返すけれど、「俺はあの漫画に出てくるキャラクターたちの顔が嫌いだ !」

 彼らの表情はみな怖い。
 ルフィの仲間であるサンジやロロノア・ゾロは、常に相手を威嚇しているようにしか見えない。
 才色兼備の美女とされるナミも、絵が荒いだけでなく、男に対する態度が荒いし、言葉もきつい(ツンデレ狙いなんだろうけれど)。

 だから、最初に観たとき、そういう人物たちが、ルフィの仲間ではなく、みな敵役だと勘違いしてしまったほどだ。
 
 「ワンピース」の仲間たちというのは、基本的に “強面(こわもて)” である。
 仲間同士が声をかけ合うときも、物腰が荒く、表情も言葉も優しくない。
 だからこそ、逆説的に、表面に現れない仲間同士の絆の強さを強調することになるのだが、こういう感情表現って、基本的にヤンキーである。

 このアニメを観ていて、すぐに感じたのは、ヤンキー文化だった。
 「考えるな、感じろ」の世界。
 「自分が幸せかどうかは、夢を持てるかどうかで決まる」
 「大事なのは、冷静さではなく、気合」
 「法や道徳的規範よりも、仲間の絆が大事」
 そして、仲間同士が喜ぶときも、騒ぐときも、さらには戦う前でも、常にアゲアゲ・ノリノリの「テンションMAX」。

 「ワンピース」の中心にドカッと居座っているのは、このようなヤンキー文化だ。
 特に、ヤンキー気質のなかでも「気合」は何よりも尊いものとされ、体も小さく、さほどクレバーとも思えないルフィが主人公でいられるのは、「気合」の激しさで、一個人の限界を超えた力を発揮するからだ。
 
 この作品にヤンキー気質を感じたのは、私だけでなく、ネットでも多くの人が指摘しているようだし、ホリエモン(堀江貴文氏)が、この作品の「マイルドヤンキー的な価値観についていけない」とネットで発言していたのを見たことがある。

 実際に前述した “ワンピース批判” のブログ記事に対するコメントのなかには、
 「読者層にはヤンキーが多いような気がする」とか、
 「“仲間を大切にする” という狭い視野もマイルドヤンキーといわれる人々の感性にマッチしている」 
 との指摘もあった。
 
 
 日本に、現在のようなヤンキー文化が定着したのは、1990年代だといわれている。
 それまでは、他者を威嚇して犯罪を犯すような “不良グループ” が、1990年代になると形を変え、強面(こわもて)キャラを維持しつつも、お茶目で、和気あいあいと仲間同士のコミュニケーションを楽しむ今のヤンキー気質が育ってきた。

 「ワンピース」の漫画連載が始まったのは、1997年。
 まさに、ヤンキー文化の興隆と期を同じくしている。

 両者には、どういう関係があるのだろうか。

 ネット情報によると、2011年にNHKの『クローズアップ現代』という番組が、「漫画 “ワンピース” メガヒットの秘密」という特集を放映したという。

 それによると、そこに登場した解説者が、
 「『ワンピース』の魅力は、登場人物が仲間を大切にするところ、仲間のために敵に立ち向かうところにあり、それこそ『ワンピース』が連載された時代の世相と関係がある」
 といったそうな。

 どういうことか。
 そのネット情報を多少意訳しながら、紹介してみる。 
 
 「『ワンピース』の連載が始まった1997年というのは、日本ではバブルが崩壊し、経済が停滞した時期だった。
 このときに、就職氷河期という言葉が生まれ、やっと就職した若者も、企業の終身雇用制の廃止やリストラの実施で、閉塞感につつまれていた。
 これまでの価値観がそうやって崩壊していくなかで、若者が努力しても報われない社会状況が進み、『ワンピース』のように、挫折やトラウマを抱える登場人物たちが、仲間との絆を強めながら過去の欠落感を埋めつつ未来に向かっていくという話が読者の共感を誘った」

 たぶん、この分析は外れていないだろう。
 というのは、(最近ずっとブログで書いてきたことだが)、1990年代は、日本人を取り巻く社会環境がドラスティックに変化し、それに応じて、日本人の価値観や人生観がガラッと変わった時代だったからだ。

 慶應大学経済学部の井手英策教授は、あるテレビ番組(プライムニュース)で次のように語っている。

 「90年代の後半に、日本社会や日本経済は劇的に変わった。政治・経済・社会・文化のデータを見ると、どの分野でも、驚くほど一斉に変わったことが分かる。
 この時期、日本はグローバルな経済戦争に巻き込まれ、その過酷な競争のなかで日本企業はひん死の状態にあえぐことになった。
 さらに、バブル崩壊によって、土地の地価が下がり、銀行の融資を受けようとしても土地の担保価値がどんどん減少していった。
 (そのため)、96年から97年にかけて、日本の各企業は内部留保を増やす方向に舵を取った。(つまり)人件費を削って、非正規雇用を増やしていく方向にはっきりと転換した。
 このときに自殺者の数も24,000人から33,000人に増えた。これは雇用の場を奪われた人々の悲鳴だった。
 そのすべてが、グローバリズムの中で生き延びるという国際競争のなかで起こった悲劇だった」

 漫画『ワンピース』も、そういう季節のなかで生まれたのだ。

 この物語の主人公たちが “海賊” であることは象徴的である。
 この時期、格差社会の下層に甘んじなければならない若者が大量に生まれた。
 
 その若者たちに、この漫画は “海賊” という生き方を提示したのである。
 つまり、社会のエリートコースに進むことをあきらめざるを得ない若者たちに対し、アウトローである海賊のように、優等生的な規範の “外” に飛び出す勇気と夢を、この漫画は与えることになったのだ。

 連載が開始されてから、約20年。
 イメージとしての “海賊” に鼓舞された若者たちは、いま30歳から40歳ぐらいになっている。
 ネット情報によると、今の『ワンピース』の読者層の9割は大人だという。
 年齢構成を調べてみると、1~18歳が12%、19~29歳が43%、30~49歳が32%、50歳以上が13%だそうだ。

 そのコアとなる読者層は、20歳代から40歳代まで。 
 一般的に、ジブリアニメを愛した世代より10歳ほど若い。

 ジブリ作品の場合は、『風の谷のナウシカ』が1984年。『天空の城 ラピュタ』が1986年。『となりのトトロ』が1988年。
 現在も語り継がれるジブリの初期の名作といわれるものは、いずれも1980年代に登場しており、その作品に接したファン層も、1990年代後期に登場する『ワンピース』より1世代古い。

 10年の違いでしかないが、ジブリと今の「ワンピース」がそれぞれ背後に秘めている “世界観” はあまりにも違い過ぎる。
 
 『ワンピース』のファンは、物語の背後に貫かれている世界観の深さを強調したがるが、それはジブリ系作品と比較した上でのことだろうか。
 
 これは、私の個人的感想だが、ジブリ作品は観客に「宿題」を残す。
 たとえば、『もののけ姫』を観た後には、「文明と自然は共生できるのだろうか?」「人間という存在は文明なのか? それとも自然なのか?」などという宿題を渡された。

▼ 宮崎駿 『もののけ姫』

 『風立ちぬ』を観た後は、「国家が戦争に向かうとき、技術者には何ができるのか?」「人間に戦争を止めることは可能なのか?」といった宿題を与えられた。

▼ 宮崎駿『風立ちぬ』

 
 しかし、『ワンピース』には宿題が何もなかった。
 「悪人が退治され、仲間がみな帰ってきて、めでたしめでたし」で終わってしまったのだ。

 エンターティメントはそれでいいという意見もある。
 “芸術” ならば、作者からのメッセージも必要だろうが、エンターティメントには観客の頭を悩ませるようなメッセージは不要だという人は多い。
 
 事実、『ワンピース』の原作者である尾田栄一郎氏自身が、「世の中に対してどうこういう難しいメッセージは作品に持ち込まないようにしている」と言っているのだから、ジブリ系アニメのような思想性を『ワンピース』に求めるのは “お門違い” ということになるだろう。

 まぁ、世の中にいろいろな作品があっていい。
 芸術的な嗜好が強い人もいれば、エンターティメントにのみ関心を寄せる人もいるからだ。

 ただ、自分がアニメを鑑賞するなら、ジブリ系の方が好きだ。
 さらに好みをいえば、自分が思っている日本のアニメの最高傑作は、(現在のところ)2004年に押井守が制作した『イノセンス』だ。
 たぶん、ここで追求された映像美は、21世紀アニメの金字塔となるはずだ。

▼ 押井守 『イノセンス』
 
 
 
参考記事 「押井守 『イノセンス』」
 
参考記事 「宮崎駿 『 風立ちぬ』」
 
 

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団体戦に強い日本アスリートたち

 
 2016年のリオ・オリンピックももうじき閉幕。
 残すところ2日となったこの19日の午後3時現在、日本のメダル獲得数は、金・銀・銅合わせて41個だという。
 これは、大会史上はじめてのことだとも。

 それにしても、男子の400mリレーは圧巻だった。
 個人で出場した100m走では、9秒台を出した選手が一人もいないというのに、4人合わせたタイムが37秒60。
 1位となったジャマイカチームが全員9秒台の選手をそろえたのに比べ、9秒台を出したこともない日本の選手たちが、リレーではジャマイカチームにまったく遜色のない戦いぶりを示して、銀メダルを獲得した。

 日本の勝因はどこにあったのか。
 個々の走者のレベルアップもさることながら、バトンタッチの技術に磨きをかけたところにその勝敗を分かつ理由が秘められていた。

 このブログの前の記事でも書いたことだが、今回のオリンピックでは日本人アスリートたちが団体戦においてめざましい力を発揮したことが大きな特徴であった。

 団体戦といっても、個人競技もある種目での団体戦である。
 陸上の男子400mリレーしかり(銀)。
 男子体操しかり(金)。
 あるいは、女子&男子卓球(銅)。
 さらには、女子バドミントンのダブルス(タカマツペア 金)。

 要するに、「ペア」「デュオ」「ダブルス」「チーム」と呼称はさまざまながら、複数の人間が仲間と呼吸を合わせながら試合を進めていくときに強さが発揮された。
 柔道やレスリングは個人戦ではあるが、日本の場合はチーム一丸となった練習や応援の積み重ねがメダル獲得につながっており、そういった意味で「チーム力」の勝利といえよう。
  
 これは、やはり、日本人が昔から大切にしていた「和の精神」の復活といえるのではないか。

 昔から、身体能力に優れた欧米アスリートに立ち向かうためには、日本はチーム力を強化することでしか勝機をつかめないといわれ続け、ひたすら団体訓練を続けてきた日本人選手団ではあったが、ここにきて、単なる連携プレイの強化だけでなく、個々の選手間が交わし合う「信頼」とか「愛情」、「尊敬」といったメンタル面がものすごく強くなってきたように思うのだ。

 400mリレーで銀メダルをとった選手たちが勝利インタビューで口々に語った言葉は、「とにかく仲間を信じて自分のベストを尽くすだけに集中した」というものであった。

 こういう表現は、日本人選手ならば昔から口に出していたものだが、2016年次においては、彼らの語る “仲間” という言葉が温かくなっているのを感じた。
 昔は、「仲間を裏切ったら申し訳ない」という悲壮感が漂っていたものだが、今の若いアスリートたちにはそれがない。
 たとえ誰かが失敗してチームが敗退しても、やはりメダルを取ったときと変わりなく健闘をたたえ合おうという大らかさが感じられるのだ。
 
 それは、現代っ子たちの “たくましさ” ともいえるだろうが、それ以上に仲間に対する「信頼」「尊敬」「愛情」の強さが表に出てきたからだろう。 

 前のブログで書いたことの繰り返しとなるが、やはり日本人の何かが変わってきている。
 個々人の人生を、社会的な地位や所得の多寡で評価し、無慈悲に「勝ち組・負け組」で分類してきた1990年代的思考から、ようやく日本人が抜け出してきたようにも見える。

 “失われた20年” と呼ばれた1980年代後半から2000年代の初頭にかけて、日本人の人生観や価値観はガラリと変わった。
 
 その時代においては、「グローバリズム」を標榜する英米の新自由主義的な政策が日本の経済界を席巻し、そういう経済社会が生み出す人間像が、その時代の新しいスタンダードとなった。
 それは、市場経済の競争原理をあからさまにむき出して、他者を出し抜いていくことを “正義” とする人間像だった。

 その時代に大手を振ってまかり通っていた言葉は「自己責任」。
 つまり、世界の紛争地帯に取材で出かけてテロリストに拉致されて殺されても、それは「自己責任」。
 学歴や経済的問題で一般的な企業に就職できず、労働条件の不安定な非正規雇用で働くことも、「自己責任」。
 
 1990年代後期には、脱落者を「自己責任」という言葉を使って置き去りにすることが、何か社会人のモラルであるかのような風潮がまかり通っていた。
 
 しかし、今の2010年代を生きる若い人たちは、社会から受ける厳しさを他者になすり付けて自分だけ生き残ることよりも、他者といっしょに手を取り合って脱出する方向に舵を切ったように思える。
 リオ5輪の団体戦を勝ち抜いた若いアスリートたちからは、まさにそういう決意が強く伝わってくるような気がする。 

 もちろん、仲間の置かれた立場に思いを馳せるという “共感能力” は自分と他者の絆を固める武器ともなるが、弊害も生む。
 
 かつて、集団や組織のなかでは「空気を読む」ことが大切だとされ、場の状況を敏感に察知する能力が珍重されたが、それが逆に、「空気を読めない人間」を排除するという排他性、閉鎖性を生み出す原因となった。

 また、場の空気を読むことが優先されたために、自分の気持ちを押し殺して仲間と表面的な統一行動に従事する風潮(=同調圧力)も問題となった。

 そのように、他者の “心を察知する” ことは、時と場合によっては、面倒なことに巻き込まれることもあるのだ。

 しかし、「空気を読むこと」の弊害や、同調圧力の息苦しさを経験してきたからこそ、今の若い人たちはそれを乗り越える処世術も身に付け始めたのではないか。

 どんな場合でも、メリットとデメリットは、メダルの裏と表の関係にある。
 仲間の気分を察知して、いやいや自分を押し殺すことは「同調圧力」に負けたことになるが、仲間と呼吸を合わせ一致団結することは「結束の固さ」の確認となる。

 「ポジティブ・シンキング」とは、メリットのみを妄信することではない。
 メリットの裏側に潜むデメリットを洞察しながら、メリットを選ぶ勇気。
 それが「ポジティブ・シンキング」の本当の意味だ。  

   

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リオ5輪で感じる「和」の精神とSMAP問題

 
 今の日本の “気分” というか、“空気” というものは、やはりテレビが作っているんだな … という気がする。

 病院で入院していたときも、今こうやって酸素吸引しながら自宅療養しているときも、基本的に戸外に出ることなくテレビばかり観ているから、テレビが送り出してくる “空気” のようなものに、体中があっけなく染まってしまう。

 そして、テレビというのは一夜にして、「時代の空気」を変えるものだと思った。
 
 入院中に観ていたテレビから感じたのは、
 「世界はだんだん暗い時代に入っていくんだな … 」
 という感覚だった。

 日本では、相模原市の障害者施設に侵入した元職員の男が、入居者19人を殺害したというニュースが連日のように報道され、ついに日本にも大量殺人を目的としたテロが蔓延しそうだという不安を煽りたてた。

 そして、それは、いま世界中で勃発している過激派テロや難民拒否の問題と呼応し、この世から異質なものを排除しようという暴力的な差別の波が日本にも広まる予感を招き寄せた。

 また、リオ・オリンピックの開催を危ぶむ声も連日報道され、リオ市内の治安の悪さや、ジカ熱などの病原菌の怖さ、競技施設の建設の遅れなどもテレビの話題の中心を占めた。

 ところが、退院して、家でテレビを観るようになると、どの局からも万華鏡の華やかさにも似たオリンピック情報があふれ出て、それまでのニュース報道を覆っていた暗いトーンがあっという間に払しょくされ、世の中の空気が一気にバラ色に変わったように感じさせた。

 メディアの報道姿勢によって、これほど世界が変わったように感じられることには本当に驚いてしまう。
 
 
 それにしても、五輪に出場している日本のアスリートたちのメンタルは驚異的に強靭になったものだ。
 「今の若者たちは、昔の日本人に比べてひ弱だ」
 という大人たちの先入観は見事に覆されたような気がする。
 
 何が、これほどまでに日本人アスリートの強さを引き出すようになったのか。

 たぶん、日本人の精神性を象徴する言葉として、昔よく使われていた「和の精神」というものを、再び日本人が取り戻しつつあるのではないか、と思うのだ。

 今回の日本人選手の活躍を観ていると、いずれも団体競技で強さが発揮されていることが分かる。
 男子体操の団体戦金メダル(写真下)。水泳800mの銅メダル。柔道は重量に応じた個人戦であったが、チームとしての一体感が個々の選手のモチベーションを高めた。

 男子卓球は、やはり団体戦になって、現在優勝戦を争うところまで勝ち残ったし、バトミントンも女子ダブルスの高橋・松友ペアほか、ダブルス組が力を発揮している。
 7人制ラグビーにおいても、日本チームはニュージランドやフランスという強豪を打ち破り、メダルこそ逃したものの、これまでのラグビー先進国に迫る力を示した。

 これらの団体戦において日本人の力が発揮されるようになってきたのは、ひとえに “コミュニケーション力” の向上という言葉に集約されるのではないか。

 内村航平を中心とした男子体操チームや、井上康生監督に率いられた柔道チームなどの特徴は何かというと、「仲間意識」を何よりも重視することであったという。
 新しい日本のチームのリーダーたちは、厳しい指導で選手たちを一括して拘束するよりも、個々の選手の心の領域まで踏み込み、それぞれのモチベーションを引き出す方針で臨んでいるように思われる。

 こういうコミュニケーション力の元となっているものは何か。
 
 それは「共感能力」である。
 日本人の団体競技を観ていると、この「共感能力」がめきめき上がってきていることが分かるのだ。

 今回のオリンピックではないが、女子卓球の団体戦競技で、女子高生の伊藤美誠選手がはじめて世界選手権に出場したことがあった。
 彼女は堂々と銀メダルを獲得したのだが、勝利を飾った伊藤美誠を迎えたときの、キャプテン福原愛の第一声。
 「怖かったね」

 福原愛は、目に涙を浮かべながら、そう言って伊藤を出迎えたのである。
 「頑張ったね」でもなく、「おめでとう」でもなく、「よくやったね」でもなく、
 「怖かったね」

 いくら鉄の心臓を持ったといわれる伊藤選手ではあっても、年齢でいえば15歳。国も違えば、体格も違う年上の外国人選手を相手にして、怖くなかったはずはない。
 そういう心細い気持ちのまま世界の強豪を相手に戦ってきた伊藤美誠にとって、福原愛のその言葉は、迷子になった子供が母に出会えたときのような安堵感をもたらしたことだろう。
 それは、それだけ福原愛の「共感能力」が高かったということを物語っている。

 こういう傾向が表われてきたのは、なにもスポーツの世界だけとは限らない。
 おそらく日本人全体の心のあり方が、今までとは少し違ってきたのだ。

 かつて、1990年代。
 日本は “失われた20年” と呼ばれるような過酷な経済失速の時代にあえいでいた。
 世界を覆い始めたグローバル経済の新しい流れが日本にも流入し、それまでの日本企業が保ってきた「終身雇用制」などといった雇用形態が崩れ、「実力社会への転換」を名目に、雇用の流動化、つまりは非正規雇用の増大や人件費の削除が大手を振ってまかり通るようになった。

 たぶん、この時期に、日本人はかつて美徳とされていたものを、いったん捨てなければならなくなったのだ。
 それまで日本人の美徳とされていた「和の精神」などは古臭いものと見なされ、「他者を出し抜いても、自分一人が勝ち抜いていく」という精神が称揚されるようになったからだ。

 そのような時代を象徴するキーワードとして、「勝ち組・負け組」という言葉が流行り、失敗した人間を蹴落とす言葉として、「自己責任」という言葉が強調されるようになった。

 しかし、2010年代になってくると、過酷な競争社会のストレスにさらされていた時代がようやく収束する気配を示し、日本人全体に、次の時代を模索する余裕が生まれてきたように思える。
 
 「困っている者をみんなで助けようではないか」
 「他人を蹴落とすことで一人だけ勝者になるのではなく、みんなが協力しあって共に勝利を手にしようじゃないか」
 
 そういう相互扶助の精神のようなものが、いま再び生まれつつあるのではないだろうか。
 経済的にいうと、各企業が、がむしゃらに自分の市場を拡大するだけでなく、そこで得た利潤を、自社の社員や消費者に再分配することも考えなければならなくなってきたということだ。

 このたびのリオ・オリンピックの団体戦で、日本人の強さが発揮されはじめてきたのは、そういう時代の空気を反映している。

 そういう日本人の心の変化を、別の角度から教えてくれたような “事件” が起こった。
 SMAPの解散である。
 
 SMAPが活動を開始したのは、28年前(1988年)
 CDデビューしてから、25年になる。
 つまり、SMAPとは、日本人が “失われた20年” と呼ばれる過酷な時代にあえいできたときに活躍したアイドルグループなのだ。

 この時代の日本人の間には、前述したように、他者との協調性よりも、個人の突出した才覚を優先する機運が生まれていた。
 そういった時代の気分は、さまざまな組織やグループにも浸透し、アイドルグループであったSMAPもその例外ではなかった。

 現在、SMAPの解散の背景として、メンバー同士の心の亀裂が修復できないほど増大したことが挙げられているが、それは、そもそも彼らが個々人の心の亀裂を前提としながらも、ビジネスとしての結束が優先されていた時代に生まれたことを意味しているに過ぎない。

 なぜそういえるかというと、同じジャニーズに所属しながらも、1999年にデビューした「嵐」と比較してみれば分かるからだ。

 嵐は、日本の “失われた20年” が収束に向かう時期に生まれたアイドルグループである。
 だから、彼らが醸し出す空気は、SMAPが放つ空気とはまったく違っている。
 コマーシャルを観ていても、ユニットとして活躍する番組を観ていても、嵐の場合は、彼らが本当に仲間意識を持っていることがこちらにも伝わってくる。

 ノホホンとしていて、和気あいあい。
 嵐のメンバーが醸し出す空気感をあえていえば、そのような言葉がまず浮かんでくる。

 仲が良さそうに見える裏には、もちろんビジネスとしての演技が含まれているだろうが、そういう仕事としての演技を考慮しても、彼らには、現在のSMAPが持っているトゲトゲしさがない。

 先入観のせいかもしれないが、「スマスマ」などを観ていると、5人そろったSMAPが、それぞれせいいっぱい平常心を装って演技していることがこちらにも伝わってきて、ハラハラしてしまう。
 あいかわらず、「SMAP人気は俺が支えている」とでもいいたげな木村拓哉の “俺サマ顔” 。「自分は司会で食っていくからもういいや」とやけっぱちに明るい中居正広。

 SMAPからは、まさに、「和の精神」などが失墜してしまった1990年代を生き抜いたアイドルグループのたくましさと悲哀が匂ってくる。

 逆にいえば、弱肉強食の時代にファンたちに “癒し” を与えられる存在であったからこそ、SMAPはヒーローになれたのかもしない。
 彼らの大ヒットとなった『世界に一つだけの花』などという歌は、まさに「誰もが一番になりたがる」弱肉強食の世界で、「世界のどこにもない一つだけの花になればいい」という、つまり “負け犬” になりそうな人たちを救う歌として機能したといえる。

 「嵐」は、たぶんSMAPのような “国民的アイドル” まで登りつめることはないだろう。
 しかし、彼らが周りに振りまいている “和の精神” は、バラバラの個人であったSMAPが発散させる空気よりも心がなごむ。
 
 時代は、今そういうように動いている。
  
 

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高田純次になりたい

 
病室での独り言
 
 あなたには憧れのシニアタレントって、いる?
 たとえばさぁ、「年取ったら、こんな人間になってみたい」というような人とかさぁ。
 そういう人、いる?

 俺の場合は、高田純次。
 いま69歳だよね、この人は … 。

 で、俺も69歳になったときには、高田純次みたいに、「いつも人をおちょくっている老人になりたい」と思っているわけ。
 
 相手をおちょくって、嫌味いって、からかって。
 それなのに、からかわれた人間からまったく恨まれず、むしろ喜んでもらえるというのが、この高田純次の才能というか人柄だよな。

 「肺高血圧症」の手術のために病院に入院している間、病室のテレビで、テレビ朝日で放映される高田純次の『じゅん散歩』を毎日観ていた。
 
 『じゅん散歩』ってのは、平日朝の10時からやってる散歩番組で、俳優の地井武男が出演していた『ちい散歩』や加山雄三の『若大将のゆうゆう散歩』の続編として企画されたもの。

 関東ローカルの番組らしく、かつては地井武男や加山雄三が、東京、神奈川、埼玉のような首都圏の商店街を歩き、ぶらっと立ち寄った店の主人と短い交流をするというもので、まぁ、どちらかという地味な番組であったのだ。

 それが、高田純次に代わってから、にわかに “お笑い番組” の様相を呈するようになった。
 立ち寄った店ごとに、奥から出てきた主人にかます高田純次の一言がきつい !

 たとえば、ぶらっと入る店のドアを叩くときの挨拶。
 「こんにちわぁ、ちょっと入っていい? 怪しい者ですが」

 ま、これは定番の言葉なんだけど、出た来た主人が年配女性の場合は、
 「まぁ、可愛い女の子。お母さんいる?」

 で、店の主人が中年男性の場合。
 「この店、いかにも古そうですけど、ご主人は何代目?」
 「私は2代目です」
 「あ、そう。2代目って、たいてい先代の店をつぶしちゃうんだよね」

 街中で、向こうから4~5人のオバサンが歩いてきたときは、
 「あら、久しぶりに女子大生の群れに会ったわ。あなたたち、どこから来たの?」
 オバサンたちが笑いながら、「あそこの保育園から来たんです」と答えると、
 「じゃ児童の方々?」

 商店街の裏道に、手押しポンプの井戸があると、すかさずそのポンプを押して、
 「井戸ってのはね、水が出ても出なくても、こうするもんなんですよ」
 といたずらしながら通り過ぎる。

 たまに東京近県を離れて、地方に行くこともある。
 三重県の伊勢神宮の茶店で、旅行中の女子二人組に話しかけたとき。
 「あなたたち、どこから来たの?」
 「三重です」
 「目は二重だけどね」

 テレ朝のアナウンサー室を訪ねたとき。
 社員たちのデスクが並ぶ室内にズカズカと入り、いきなり一人の女子社員に声をかける。
 「あなたは独身?」
 「はい。そうです」
 「じゃ、この部屋にいる男性社員のなかで、あなたがいま旦那さん候補として狙っている男はどれ?」

 その番組では、テレ朝に入ろうとしていた俳優の杉山蓮と偶然出会う。
 杉山連は、黒塗りのベンツだかBMWに乗っている。
 「いやぁ、ジュンさん久しぶり」
 と、杉山連の方が、自分の車の窓を開けて、高田純次に声かけた。
 「蓮さんなによ。この車くれるの?」

 散歩中、たまに、高田純次を知っているオバサンとすれ違うこともある。
 「あ~ら高田さん。いやぁ、本物だわ」
 「どうです? ナマ高田は?」
 「やっぱり本物の方がいいですね(笑)」
 「え、なんて言ったの? 最近耳が遠くなっちゃって」
 「本物の方がいい(笑)」
 「そう ! 抱かれたいくらい?」


 
 その口ぶりの軽さ、いい加減さ、無責任さ。
 5~6歳ぐらいの悪童のいたずらを、枯れた老人の表情でやってのける。
 なんという自由人 ‼
 
 観ていると、ほんとうにこういう老人になりたいと思うのだ。
 だから、『じゅん散歩』を観たあとは、病棟にいる看護師さんたちに話しかける言葉が少し変わってくる。

 「町田さん、採血の時間です。今日は全部で4本取ります」
 「あなたなら、さらに1本余分に取ってもいいよ。後で飲んでみて。おいしいから」

 「町田さん、これから心電図の検査です。検査室までは車椅子で行きますね」
 「ついでに家まで送ってくれる?」

 まぁ、こんなヨタを言っても、相手に好かれるようになるには、俺の場合はまだ修業が足りない。
 でも、今後の目標はいちおう高田純次 … ということで。
  
 

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“在宅酸素療法” の日々

 
 「祝 退院 ‼」
 … なんて、自分で祝ったってしょうがないか。
 
 でも、まぁ、2週間に及ぶ病院でのカテーテル治療が7割方ぐらい終了し、秋の手術が再開されるまで、2ヶ月ほど “娑婆(しゃば)” の空気を吸うことができそうだ。

 今回の入院では、2回手術を行った。
 「肺高血圧症」ということで、1回目の手術では右の肺に詰まった血栓(血の固まり)を取り除き、2回目は左の肺に詰まった血栓を始末して、血管の流れをよくした。

 おかげで、最初40mmHgぐらいあった肺動脈の平均圧が、手術によって30mmHgぐらいまで下がったという。(そのまま放置していたら、あと余命4~5年ということであったそうな)

 ただ、平常値は25mmHg以下であるらしく、取り切れていない血栓を完全に除去するには、あと1~2回ほどの入院加療が必要になるらしい。

 次の手術予定は10月。
 年内に健康体に戻れるかどうか、微妙なところである。
 ほんとうに病気療養のための1年になってしまった。

 退院はできたが、今回は病院から “お土産” ももらった。
 「酸素供給装置」
 これを家において、常に体内に酸素を送らねばならないようになったのだ。
 いわゆる “在宅酸素療法” というやつである。

 … というわけで、家にこんな装置(↓)がやってきた。


 
 これを「酸素濃縮装置」という。
 「TEIJIN」という会社の装置をレンタルすることになったので、商品名を「ハイサンソ」というようだ。

 在宅酸素療法においては、昔は大型酸素ボンベを室内に置き、業者が定期的に酸素の補充にやってきたという。
 しかし、この「ハイサンソ」という器具は、室内の空気を勝手に取り込んで、空気中の窒素、二酸化炭素、水素のようなものを識別して除去し、純粋な酸素のみを排出してくれるものらしい。

 この装置から取り出される酸素を、チューブを使って、鼻から体内に取り込む。
 このチューブ(↓)のことを「カニューラ」というんだそうだ (はじめて聞く名だった)。

 で、このカニューラ。
 20mほど伸ばすことができる。
 そうすると、ある程度、家の中を自由に移動できる。

 

 でも、鬱陶しい。
 家の中のどこに行っても、こいつの先っぽを鼻の穴に突っ込んでいなければならない。
 まるで、鼻輪を付けられた牛にでもなったような気分だ。

 しかし、酸素を常時補給することによって、
 ① 心臓や脳、肝臓、腎臓などの各臓器を守ることができる。
 ② 脳の酸素不足による記憶力の低下、注意力低下を改善できる。
 … という効果が得られるとのこと。

 実際に、今まで頻繁に襲ってきた「頭痛」、「胸やけ」、「だるさ」、「眠気」などが薄らいだ感じがする。
 それらの症状を、これまでは薬の副作用だと思い込んでいたが、「酸素不足」も原因になっていたのかもしれない。

 で、この「酸素濃縮装置」。
 もちろん屋外に持ち出すことはできない。
 そこで、外に出るときは、携帯用の酸素ボンベ(↓)に切り替える。

 

 このボンベもよくできていて、1本でおよそ10時間半ぐらい使えるらしい。
 こんな小さなボンベに、よくそれだけの酸素が詰まっているものだと驚いたが、どうやら、非常に繊細なセンサーが付いているようで、鼻が息を吸ったときだけ酸素を供給し、鼻が呼気を排出するときには作動しないようになっているとか。

 入院しているときも酸素ボンベを使っていたが、それは2時間もすると酸素がなくなっていた。呼吸のタイミングとは関係なく、酸素を出しっぱなしだったからである。
 しかし、このボンベは違うらしい。
 こういう医療用機器の発達は日進月歩である。

 夏休みも後半だ。
 さぁて、携帯用の酸素ボンベを肩に背負って、どこか旅行でも行ってみるか。
 
 

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病院でゆっくり夏休み

 
 いよいよ入院。
 7月の22日に病院に入り、検査を続けながら体調を調べて、26日に手術を受ける予定。

 26日の手術は、すでに 2ヵ月も前に決まっていたものだが、その日程に合わせて事前にいろいろ検査をするという日程は、とつぜん決まったものだった。

 病名は、「慢性 肺血栓 塞栓性 肺高血圧症」。
 今年の1月、歩行中に息切れを感じるようになり、診療を受けた結果、そういう診断を下された。

 難病指定を受けるほど、珍しい病気らしく、世界的にもまだそれほどの症例がそろっていないという。

 「希少価値」っていう言葉があるけれど、でも、
 「病気として希少ですよ」
 といわれても、あんまりうれしく感じない。

 特に困るのは、薬代が高いことだ。
 手術中の体の負担を軽くし、かつ手術の効果を高めるため、現在、血管を広げる薬を2種類。血液をサラサラにする薬を1種類飲み続けている。

 もちろん、「難病指定」の申請をしているので、受理された日にさかのぼって負担額が軽減されるのだが、目下のところ自己負担。
 
 これはそうとう家計が打撃を受けた。
 なにしろ、朝・昼・晩に分けて、1日に飲む薬が11錠。
 そのうちアデムパスという薬が1錠3,367円。
 オプスミットという薬が1錠14,594円。

 とにかく、病例がまれな分、薬の製造単価が高くなるらしい。
 これに抗擬固剤のエリキュースやその他糖尿病系の薬代を加えると、いま1日の薬代が、ざっと計算して、3万円である。

 さらに辛いのは、薬の副作用がけっこう強いことだ。
 アデムパスという薬を飲むと、30分ほど経ってから、ズキズキと頭が痛みだし、体中がダルくなって眠くなる。 

 その薬に、2週間ほど前からオプスミットという薬が加わったのだが、これを飲み続けていると、胸やけが激しくなり、1日中ムカムカした状態が続く。
 さらに顔が腫れて赤くなり、朝から酒を飲んでいるような表情になる。
 
 病気を治すために薬を飲むのか、病気になるために薬を飲むのか。
 「薬害」という言葉もあるけれど、これで本当にいいの? … と時々思わざるを得ない。

 ただ、手術後はこれらの副作用の激しい薬からは解放されることになるらしいので、あとしばらくの辛抱だ。
 
 

 
 退院は8月初旬の予定。
 春の入院は2ヵ月に及んだけれど、今度はそれほど長引かないはず。
 大好きな盛夏は、自宅で過ごせそうだ。

 で、しばらく、ブログの更新もお休み。
 スマホから原稿を送れないこともないのだけれど、なにせキーボードのタイピングに慣れてしまっているので、スマホで字を打っていくのがメンドーなのだ。

 ということで、この夏は、病院のデイルームからのんびりと入道雲を眺めたり、森を見たり、都会の夜景を眺めたりする予定。
 
 では、病院での夏休みを楽しんできます ‼
 
  
関連記事 「俺の寿命はあと3~4年 ‼ 肺血栓のカテーテル検査」
 
 

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カラオケにハマっていた時代

 
 嫌らしくギラギラと光っていた時代というのが、俺にもある。
 誰だって、そういう時代を持っているのかもしれないが、俺なんかの場合は、1991年ぐらいから1994年ぐらいにかけてだ。
 年齢でいうと、40歳から44歳ぐらいである。
 キャンピングカーの仕事を始めるちょっと前ぐらいの頃だ。
 
 夜ごと飲んでいた。
 店をはしごして、いつも最後はカラオケスナック。
 歌った。

 マイクを握りしめ、ミラーボールの下で、体をくねらせながらガナリまくる。
 常連の客が集まってくるときは、深夜の歌合戦となる。
 行きつけの店では、年齢的にジジイが多かったから、『知床旅情』、『傷だらけの人生』、『神田川』、『くちなしの花』 … みたいな曲が続く。

 そういうのを3~4曲やりすごしながら、さりげなくママさんにウィンク。
 いきなりWANDSの『もっと強く抱きしめたなら』のイントロが店内に鳴り響く。

 歌詞はすべて覚えている。
 だから、モニターに流れる歌詞など見向きもしない。
 それでも歌える。

 マイクをスタンドに戻して、常連客からの鳴り響く拍手を涼しい顔でやり過ごしてから、カウンターの向こうでおしぼりを手にしているママさんのところに寄る。

 「町田さん、あいかわらずお上手ね。今の曲オリジナルキーでしょ? すごいハイトーンボイスよね」
 「そうだな。俺ねぇ、かえって低い声だめなの」

 アハハハハ … 嫌らしい会話だよな。
 もし、俺が客として飲んでいるときに、隣の男が、そんな会話をママさんと交わしていたら、「いやぁな男 … 」と俺自身が軽蔑の目を向けたことだろう。

 でもさ、40歳ぐらいの男が、外で遊ぶことの面白さを覚えると、みなこんな嫌らしさを身に付けるのよ。

 で、カウンターの隅で、ボトルの酒をなめながら、またジジイたちに2~3曲歌わせて、俺の次の曲はT-BOLANの『離したくはない』。

 歌い終わると、ジジイ客の一人が手招きしてくれる。
 「町田さん、若い歌いろいろ知ってるよな、どこでそういうの覚えるの?」
 「いやぁ、まぁ、娘がこういうの歌うもんで …」
 
 娘なんかいないのに、こういうときって、スラスラ嘘がついて出る。

 「いいなぁ、モテモテのお父さんなんだな」
 「いえいえ、そんなことないですよ」

 作り笑いを浮かべながら、そのジジイの隣に腰かけて、
 「ま、一杯飲みなよ」
 と言ってくれるのを待つ。

 待ちながら、薄暗いボックス席に視線を張り巡らせる。
 そろそろ、いつものOL集団が来る時間だな。

 と思っていると、来た来た。
 入口から入ってきた女3人が俺を見つめて、黄色い声。
 「あ、町田さんだぁ。やっとぉ会えたぁ ‼」

 すかさず、俺も、やってきた女たちに手を振る。
 「おぉおぉ、そこのボックス空いているから。そこに座って、俺のボトル飲んでもいいよぉ」
 … なんてさ。

 それまでは常連のジジイたちに水割りをご馳走になっていて、顔見知りの女たちが来たら、「俺のボトル飲んでいいよ」だってさ。

 いやな男だよな(笑)。
 もし俺が客としてその店にやってきて、そんな男を見たら、殴りかかってやるよな。

 でも、時代は軽佻浮薄なバブルの時代。
 新しい歌を覚え、それをうまく歌っていれば、それだけでいい気持ちになれる時代だった。

 この頃の俺のレパートリー。

 ワインレッドの心 安全地帯
 悲しみにさようなら 安全地帯
 恋の予感 安全地帯
 SAY YES CHAGE&ASKA
 はじまりはいつも雨 ASKA
 WON’T BE LONG バブルガム・ブラザーズ
 離したくはない T-BOLAN
 このまま君だけを奪い去りたい DEEN
 もっと強く抱きしめたなら WANDS
 ろくなもんじゃねえ 長渕剛
 とんぼ 長渕剛
 クリスマス・イブ 山下達郎
 慟哭 工藤静香
 HOWEVER GLAY
 クリスマスキャロルの頃には 稲垣潤一
 僕ならばここにいる 稲垣潤一
 ハート 福山雅治
 TRUE LOVE 藤井フミヤ
 オンリーユー ザ・プラターズ
 アンチェイン・メロディー ザ・ライチャスブラザーズ
 蒼い影 プロコルハルム
 オール・マイ・ラビング ビートルズ
 スタンド・バイ・ミー ベン・E・キング
 ボーン・トゥー・ビー・ワイルド ステッペン・ウルフ

 高音域が伸びていたときだったので、キーの高い曲でも平気で歌えた。
 自分でもうまいと自惚れていたし、お客たちからも「うまい !」とよくお世辞を言われた。

 いま思うと、どの曲もニヤけた中年の自己満足が透けて見えてきそうな選曲で、自分でも嫌になってしまう。

 しかし、当時は自分の自惚れも絶頂期。
 自分の歌をできるだけ多くの知らない客の前で歌ってみたいと思っていた。

 その頃は、愛知県に本拠地を構えた自動車メーカーの雑誌を作っていたから、名古屋の出張が多かった。
 夜、社用車に分乗して、カメラマンやら同僚の編集者たちと、名古屋のホテルに着く。

 翌日の早朝からの仕事の場合は、ホテルの食堂で簡単な夕食を採ったあとは、それぞれの部屋に早々と引き上げる。
 早朝取材のときは、コンディションを整えるために、編集長から「夜遊び禁止令」が出るからだ。

 そのため、
 「お休みなさぁ~い」
 と部屋の前で同僚たちと別れた後、両隣りが静かになったのを見届けてから、一人でカラオケスナックを探しに街に出た。
 
 なるべく客が多そうな店を選び、空いた席に座らせてもらって、ビールなどを注文。
 定員にリクエスト曲を頼み、地元の大勢の仲間が楽しんでいる時間帯に一人で闖入し、「あいつ誰?」という冷たい視線を浴びながら、声を張り上げて、WANDSとか、T-BOLAN、GLAYなどを歌う。

 歌い終わると、パラパラというお義理の拍手は起こるものの、当然、大多数のお客は知らんぷり。
 そういう反応を見て、「俺があまりにも歌がうますぎるので、みんな動揺しているんだな」と一人でほくそ笑む。
 
 そんな時期を過ごしていたことがあった。

 こういうのは恥の告白になるので、なかなかブログに書く気もしなかったが、病気療養中の身であり、余命いくばくもないかもしれないという気になったので、1回だけ恥をかいてみることにした。

 今はほとんどカラオケにも行かない。
 たまに仲間からの呼び出しがあって、カラオケに行っても、歌うのは「オール・マイ・ラビング」に「スタンド・バイ・ミー」ぐらいなもの。
 今は水割りなどをすすりながら、他人の歌を聞いている方が楽しい。
 
 
▼ 当時よく歌っていて、今でも好きな歌

 
 

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都知事選 誰に入れる?(その2)

 
2016都知事選 誰に入れる? … じゃなく、もう決まった
  
 
 ブログネタとして都知事選を選ぶのは1回こっきりにしようと思っていたが、この前バラエティー番組(フジテレビの『バイキング』)を観ていて、はっきり感じたことがあったので、最後に1回だけこのネタを取り上げてみたい。

 この番組を観ていて、直感的に、もう投票する人が決まってしまったからだ。

 「消去法」という悲しい選択であったが、3候補者の中の2候補者があまりにもバカバカしい対応をしていたので、自動的に “残った一人に決まり” という結論に達した。

 残った一人とは、増田寛也氏(↑)である。
 どう考えても、この人しかいないわ。

 繰り返すけど、“消去法” でね。
 それほど、他の2人には魅力を感じなかった。

 まず、小池百合子っていう人は、自民党が最悪だった時代の “悪しき自民党議員” の代表みたいだった。
 平気でウソをつき通し、追求する人をのらりくらりと交わしながら、追いつめられると「記憶にございません」と開き直る。
 そういう体質を色濃く沁み込ませた人だったのだ。

 番組放映中、こういう場面があった。
 鳥越氏(↓)が小池氏に向かって、まず切り出す。

 「今日は小池さんにひとつ、ぜひ聞いておかねばならないことがあります。小池さんは街頭演説の中で、『(野党は)病み上がりの人を連れて来てどうするんですか?』と演説したようですね?」

 すかさず、小池氏。
 「(そんなこと)言ってないですね」
 とビシャリ ‼

 すると、鳥越氏が(テレビの1場面をプリントした)紙切れをかざして、
 「いえ、言ってます。ここに証拠があります。夕方のニュース番組でそう言っていた言葉がテロップにも出ています」
 と厳しく追及。

 小池氏。
 ホホホと笑いながら、涼しい顔で、
 「記憶にないです」

 わぁ ‼   政治とカネの問題やら失言問題で、これまでの自民党議員がさんざん繰り返してきたセリフだ。
 なんだろう、この厚顔無恥さは … 。

 鳥越氏も追求の手を緩めない。
 「小池さんがおっしゃったことは “病み上がりの人は何もできない” と言ったと同じなんですよ。それは東京だけでも何十万、何百万といるガンサバイバーの人たちに対する差別ですよ、偏見ですよ」

 小池氏の反論。
 「でも、今はお元気になられているじゃないですか?」
 
 鳥越氏。
 「そんなことはどうでもいい。実際にそういう発言をしたかどうか、尋ねているんです」
 
 小池氏。
 「もし言ったとしたら、失礼なことをしました」
 そういって、表情はもうほかの話題に移りたくて仕方がない様子。

 鳥越氏。
 「“失礼” ですまされる問題なんですか? 小池さんの言ったことは全国のガンサイバーへの差別なんですよ」
 
 小池氏。
 「そこまでは言ってません。そう決めつけているのは鳥越さんの方じゃないですか?」
 と反論してから、いきなり司会の坂上忍に向かって、
 「こういうことは山ほどあるんです。これが選挙なんですよ。坂上さん」

 突然、振られた坂上忍も呆然としていたが、こういう小池氏の対応をみるかぎり、日本の政治家というのは、なんと恥知らずの生き方をしてきたのかということが身に染みるほどよく分かった。

 討論の方向が自分に不利になると分かったやいなや、話題をそらすためにホコ先を変え、話を第三者に振って逃げようとするのだ。

 だけど、小池氏にしつこく食い下がった鳥越俊太郎氏も、あまり褒められたもんじゃなかった。

 鳥越氏には、“ダンディーな大人” という印象を持っていたのだが、意外と人間が小粒で、ちょっとガッカリした。
 週末の世論調査で、「小池氏がトップ」という結果が出てきたことを踏まえ、なりふり構わず “小池落とし” に躍起になってきたという感じなのだ。
 
 また鳥越氏の掲げた公約のなんとお粗末なことか。
 まず、最初の記者会見では、
 「都のガン検診率100%を目指す」
 とボードに書いて掲げていたにもかかわらず、その公約が1週間の間にいつの間にか「50%」に縮小されている。

 さらに、増田寛也氏に、
 「ガン検診は都の仕事ではなく、区市町村の管轄です」
 という指摘まで受ける始末。

 司会の坂上忍から次のような質問が寄せられたときも、同じように鳥越氏の見通しのお気楽さが目立った。

 「鳥越さんは最初の記者会見のときに『細かいことはこれから考える』とおっしゃっていましたが、それから1週間経った今はどうなのか?」
 
 下記が鳥越氏の返事。

 「自分は報道記者のときに3日ぐらいの勉強ですべてを把握し、それで番組を作っていた。だから、あれから1週間経った今は大丈夫」
 
 要は、勉強時間が短くても都政のことはしっかり把握できるという自信を表明したのだろう。

 でも、都政が抱えている問題って、3日とか1週間で掌握できるものなのか?
 あまりにも、お気楽ではないか?

 小池氏、鳥越氏のこうした “お粗末ぶり” に対し、増田寛也氏一人は沈着冷静に、問題の核心をとらえた答弁を繰り返した。
 要するに、自分に向けられるであろう質問をあらかじめ想定し、答を準備してきたという感じなのだ。

 増田氏からは、ある意味で「抜け目ない人」という印象を受けた。
 でも、そういう抜け目のなさって、安定した都政を運営するには一番なくてはならない才覚なのではないだろうか。

 小池百合子氏から増田氏に向けられた質問に、こんなものがあった。

 「増田さんは、かつて岩手県知事のときに、地方創生という観点から、『東京を小さくする』といって、東京の税金を地方に回していた、しかし、東京都知事になったとき、今まで外に出て行っていたお金どう確保するのか? これまでやってきたことと矛盾しないのか?」

 以下が、それに対する増田氏の答。

 「以前、私が総務大臣を務めていたときには、確かに法人2税を国税にして、それを地方に配ることをしていた。しかし、消費税の10%引き上げでそれが解消する見通しが立ち、もうその国税上の問題はケリがついている。これからは都税を守っていく」
 
 こういう答弁をしつつ、増田氏は、
 「それを決めたのは自民党ですから、小池さんだってその話は掌握していると思いますが … 」
 と突っ込むのを忘れない。

 当の小池百合子氏は、かろうじて、
 「私は(自民党内で)反対していました」
 とあわてて言いつくろうことしかできなかった。

 こういう問答を聞いていると、増田さんという人は案外したたかだな … と思わざるを得なかった。
 でも、こういう “したたかさ” は “頼もしさ” に通じる。

 増田氏に対して、今度は番組に出演していたタレントたちから、こんな質問も寄せられた。
 「増田さんが岩手県知事をされていたとき、岩手県の借金がすごく増えた。そのことをどう感じているのか?」

 それに対して、増田氏はこんな答弁で答えた。

 「岩手県は当時、社会資本の整備が本当に遅れていた。新幹線も盛岡から先が通っていなかった。それを整備するには予算が足りなかった。
 さらに、5年前の東日本大震災のときに、道路がズタズタになった。物資の輸送を回復するためにも、お金を費やさなければならなかった。
 また、県知事を務めていたときは、県立大学もつくった。今はそこの卒業生のうち2200~2300人くらいの人が県内で働いており、県内の雇用も進んで財政の回復も図られている。
 だから、借金は確かに作ったが、自分はみな未来への投資だったと思っている」

 増田氏の話からは、事実を正直に認めながらも、しっかりした見通しを持っていたことが、その答弁から伝わってくる。

 要するに、何から何まで、増田氏の答弁がいちばん安定感があるのだ。
 例として出す逸話にも、すべて数値的な裏付けがあり、あいまいさがない。

 本当は増田さんって、けっこうケンカ上手の人なのではないか?
 そんなふうに感じた。

 でも、そういうところを表に出さず、あくまでも相手を立てながら、礼を尽くして、言うべきことはしっかりと言う。
 そういうことは、一番安心して「知事」を任せられるということにつながる。

 これに対し、小池百合子氏の場合は、ウソとごまかしの答弁が多すぎた。
 そして、弱点を突っ込まれたときの開き直りもふてぶてしかった。
 
 また、鳥越俊太郎氏に関しては、人柄の良さは十分伝わってきたものの、その分 “弱さ” も露呈した。
 「あ、この人は、今はカッコを付けていても、底の浅さを都議会議員たちに見透かされ、最後は都議たちの “イエスマン” になってしまうだろうな」
 ということが見えてしまった。

 それと、鳥越氏の掲げた政策は、“ガン検診” 以外は他の2者が掲げた政策とほとんど変わらず、さらにいえば、その表現が最も抽象的(あいまい)だった。

 そんなわけで、いちおう東京都に住む自分としては、(消去法ながら)増田氏に一票を閉じることに決めた。
  
 
関連記事 「都知事選 誰に入れる?」
  
 

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都知事選 誰に入れる?

  
2016都知事選挙
候補者に対する偏見全開の勝手な能力評価
 
※ このテーマの第2弾はこちら(↓)
「2016都知事選 誰に入れる? … じゃなく、もう決まった」
  
 
 いちおう東京都民だから、今月末に行われる都知事選には、多少の関心がある。

 でも、マスコミの報道を見ていると、みんなけっこう「都知事選」をエンターティメントとして楽しんでいるなぁ … という感じだ。

 現在(7月17日)、最終的に候補者は、鳥越俊太郎氏、増田寛也氏、小池百合子氏の3人に絞られたけれど、ここに至るまでの顔ぶれがすごかった。

 蓮舫氏、橋下徹氏、東国原英夫氏、桜井俊氏、池上彰氏、百田尚樹氏 … 。

 著名人・有名人の名前がずらりとアップされ、最後に俳優の石田純一氏の飛び込み出馬表明があったりして、まさに芸能ニュース的な盛り上がりぶりだった。

 「舛添前都知事の不正を糾弾する」というのが、そもそもの都知事選のスタートだったのに、いつのまにか次期都知事の人気投票のようになってしまったという気もする。

 で、残った鳥越俊太郎氏、増田寛也氏、小池百合子氏。
 それぞれ長所と短所を合わせ持つ個性の異なる人たちの “激突” となった。、

 誰がこの “グー・チョキ・パー” 状態を制するのか?
 見事な先出しジャンケンと、究極の後出しジャンケンがぶつかり合ったりして、なかなか興味深い。

 さしあたり、小池氏は「チョキ」だな。
 切れ味がいちばん鋭いという意味で。

 増田氏は「グー」。
 手堅いというイメージがあるから。

 鳥越氏は「パー」。
 大ざっぱでも、有権者の気持ちをガバッとわしづかみする包容力のようなものが感じられるので。

 で、この「グー・チョキ・パー」争いで幕が開き、その後はそれぞれの「胆力」、「洞察力」、「カッコよさ」で決まることになる。

 政治家に必要な才能は何かというと、やはり、1に「胆力」、2に「洞察力」、3が「カッコよさ」なのだ。

 まず、「胆力」でいえば、小池氏である。
 後からどんな候補が出てこようが、まったく動じることなく、常に不敵な笑みを浮かべつつ、余裕しゃくしゃくの会見を続けていける小池氏の胆力はたいしたものだ。

 まさに、女賭博師。
 乾坤一擲の大勝負となれば、やはりこの人の迫力に今回出馬した男たちは敵わないだろう。
 いま彼女は、賭場で片肌脱ぎになって、二の腕の “牡丹” か “昇竜” の彫り物を見せて、啖呵を切っているところなんだろうな。

 だが、彼女の場合、「胆力」はあっても「洞察力」に乏しい。
 洞察力とは、先を読む力というか、状況を察知する能力のことをいう。
 マスコミはそこを誤解している。
 マスコミが、小池氏に関していう「先を読む力」というのは「嗅覚」のことであり、それは「洞察力」とはいわない。
 
 「都議会の冒頭解散」
 小池氏は、公約として真っ先にそれを掲げたが、実際にそれを実行するには手続きが面倒くさい(都知事に都議会の解散権がない)。また解散が実行されたときの時間的・財政的ロスを考慮しないとならない。

 残念ながら、小池氏には、そういう目標を掲げると自分が窮地に陥ってしまうという洞察力がなかった。
 つまり、「先を読んでいる」ように動いたけれど、けっきょく小池氏は「先」が読めていなかったのだ。

 要はただのパフォーマンス。
 有権者の関心をキャッチするための “仕掛け花火” なんだな。

 こういう手法が通用したのは、2005年の “小泉郵政選挙” の時代まで。
 このときの選挙では、小泉首相の方針に反対する候補者の “刺客” として、小池氏は見事に “劇場型選挙” を戦い抜いた。
 でも、今は状況が変わっている。
 もう有権者は、劇場型選挙のアホらしさに付いてこないはずだ。

 彼女は「東京大改革」を掲げているけれど、いま求められているのは、「大改革」ではなく、むしろ「改革後の具体案の緻密な積み重ね」であるはずだ。
 そういう地道な作業には、忍耐強い実務能力が要求されるわけだけど、はたして小池氏には、その実務能力があるのだろうか?
 パフォーマンス重視の選挙活動を見ているかぎり、そこが心もとない。

 そういったところで、小池氏は、
 「胆力 10、洞察力 2、カッコよさ 4」
 である。
 

 「実務能力」という点だけに絞ってみると、増田寛也氏の安定感は抜群である。
 実際、岩手県知事としての経験を積んでいるということが大きな強みである。


 
 候補者同士の討論会においても、増田氏は常に具体的な数値を掲げ、“数字の説得力” を有効に使った。
 それを聞いているだけで、「この人はパフォーマンスに訴えるのではなく実務を重視する人なんだな」という説得力を感じた。

 小池氏が、政権与党や都議たちとの対決姿勢をどんどん明確にしていくのに比べ、増田氏は自民・公明の推薦をしっかり取り付け、都議とも協調路線を表明している。

 そういうことがスムースな都政を運営していくという意味ではいちばん安定した方法であり、ゆえに(小池氏などよりもはるかに)「実務家」としての「洞察力」が高いといえるのだ。

 ただし、「洞察力」に優れているということは、反面「ずるい」ということでもある。
 増田氏のやり方は、猪瀬、舛添ラインを指導した自民党執行部の責任をうやむやにすることにつながり、いわば「臭い物にはフタをする」という方法である。

 「ずるさ」は他にもある。
 自民・公明の支持をしっかり取り付けながら、選挙ポスターには、それを一言も謳っていないことだ。
 「政党色を嫌う浮動票を狙ったものだろう」という指摘もあるが、確かにそういうところに姑息さが見える。

 それと、この増田氏の場合は、「胆力」、「洞察力」、「カッコよさ」という政治家3原則のうちの「カッコよさ」に最も欠ける。
 はっきり言って、印象は地味。
 ミーハーな浮動票を取り込むのには一番苦労しそうな人である。

 だから、増田氏の総合評価は、
 「胆力 6、洞察力 9、カッコよさ 2」 
 である。
 
 
 「カッコよさ」で抜き出ているのは、鳥越俊太郎氏である。
 76歳というが、けっしてその年齢に見えない若々しさに溢れている。
 長年キャスターを務めただけあって、着こなし、しゃべり方、笑顔の作り方など、ビジュアル面すべてがカッコいい。

 さらにいえば、人柄の良さそうな印象を打ち出すのも、この人が最も成功している。
 「カッコよさ」+「人柄」、それに「胆力」と「洞察力」をトータルして “カリスマ性” という。
 3人の候補者のなかで、最も「カリスマ」に近いところにいるのが、この鳥越氏だ。

 しかし、この人の政権放送など聞いていると、時代錯誤がもっともはなはだしいと感じた。
 鳥越氏の感性は、1970年代ぐらいに学生運動をやっていた人たちの “左翼感覚” からほとんど進歩していない。

 どういうことかというと、今の政権与党(自公)とその反対勢力(民共)の捉え方があまりにも図式的なのだ。
 ・自公 → 改憲派 → ファシズム → 戦争路線
 ・民共 → 護憲派 → リベラル → 平和路線

 いまどきこんな単純な図式で世の中を見ている人がいるなんて、信じられない。
 国際情勢を見てみろよ。
 世の中は、もっと複雑怪奇になってきていて、グローバル資本主義の問題やら宗教対立やら、「帝国」という概念の勉強のし直しをしないと真実が見えてこないはずなのに。

 鳥越氏の世界情勢の理解は、1980年代まで続いた米ソの冷戦時代の認識からほとんど進歩していないのだ。
 冷戦が終結して、世界情勢が一変し、一時はアメリカ至上主義が世を覆ったけれど、今はそのほころびが露呈して、それが経済・金融・政治・宗教のすべての領域においてカオス(混沌)を招いてしまっている。

 そのことに対する危機意識ってのが、鳥越氏にかぎらず、今の野党にはないんだよな。
 むしろ、彼らが攻撃している自民党の方が、よっぽど勉強しているよ。

 それに、この手のオールド左翼の人たちって、「政治」を語ることはできても、「人間」を語れないんだよね。
 基本的に、「哲学」不在の季節を生きてしまった人たちだから。
 “安保法案” なんてテーマが出てくると、勢いよくしゃべりだす(自称)リベラルの人は、確かに私の周りにもいるんだけれど、マックス・ウェーバーやマルクスはおろか、ソクラテスもプラトンも知らねぇんだから、嫌になっちゃう。

 鳥越さんも、そういうところあるよね。
 彼も、基本的には「思想(フィロソフィー)」の人ではなくて、「政治(イデオロギー)」の人だから。
 それに、(すでに多くの人が言っているだろうけれど)国政を都政に持ち込んでしまっていいのだろうか?

 「安倍政権はそのままファシズムの道に進むから何が何でも阻止 !」
 とイデオロギッシュな主張を叫ぶ前に、世界でも真っ先に大高齢化都市になってしまう東京としっかり向き合い、東京の高齢者人口がますます膨張を続けている状態をどう見るのか?

 あるいは、待機児童の悩みを抱えている子育てファミリーに対し、具体的に(数字まで交えて)どういう改善策を提示できるのか?
 そういう実務的な計算が鳥越さんからは見えない。

 けっきょく鳥越さんが醸し出すものは、テレビのニュース番組を仕切っていて、時の政権与党に苦言を呈した後に、「では次のニュースです」と表情を改めて視聴者に向き合う報道キャスターの空気感である。

 野党共闘グループの支持を取り付けて出馬したのだからやむを得ないとしても、一度は政権党になりながら、けっきょく無力であることを暴露してしまった現在の「民進党」の能力に対する検証がほとんどなされていない。

 「自民党の暴走を止めよう」
 という切羽詰まった主張は確かによく分かるのだが、「じゃ民進党と共産党の勢いが浮上したらよりまとまった都政が実現できるのか?」という考察は、その演説などからは読み取れない。

 私自身も、自民党の暴走を止めさせたいと思っている人間の一人ではあるけれど、鳥越氏や今の既成野党ではそれは無理。かえって悪い方向に行く。

 彼らは、「政治」よりも先に、まず「人間」というものを最初から勉強し直した方がいいよ。
 そうしないと、日本の右傾化を真剣に推し進めようとしている一派に対抗できないって。
  
 鳥越氏は、TVキャスターとして客観報道するときの言葉は雄弁であるけれど、自分が政権運営の当事者になると、意外と胆力のなさを露呈しそうな感じがする。たぶん鳥越氏の場合、胆力は小池氏の半分。洞察力では増田氏の半分以下だろう。
 
 ということで、鳥越氏の判定。
 「胆力 5、洞察力 3、カッコよさ 10」
 
 でも、なんやかやといっても、やはり総合点では鳥越氏が一番上かな。
 その大半は「カッコよさ」が占めるけれど、「カッコよさ」って必要なのよ、都知事の場合は。
 舛添氏以上の贅沢をし、数々の失政も犯した石原慎太郎氏が、それでもカッコいい印象を持たれたまま引退することができたんだからね。

 自治体の中でも一番優良な官僚機構を持っている都議団がついていれば、知事は多少 “お飾り” 的な存在でも、都政は立派に機能してしまう。

 猪瀬、舛添両氏に欠けていたのは、要するに「カッコよさ」だった。
 「カッコよさ」が皆無で、ただセコイ、ダサい知事は面白いように叩かれるだけだろう。
   
 
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帝国復活の時代

 
中国は南シナ海に何を求めているのか?
 
 南シナ海において、中国が主張していた主権および管轄権(九段線=赤い舌)には法的根拠がないという国際的な仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)の判断が下された。

 これに関して、中国が猛反発を示し、「判断は “紙くず” であり、茶番劇だ。認めるわけにはいかない」と言い続けているという。

 

 こういうニュース報道を聞くと、われわれ日本人は、「なぜ中国が南シナ海の領有にこだわり、かつ、なぜ “国際的に理屈の通らない” 政府見解を強引に押し通そうとするのか?」ということが、なかなか理解できない。

 たぶん、われわれ日本人には「帝国」というものが理解できていないからだ。
 他国を強引に征服し、支配した国を自分の「帝国」として再編成していく国家運営のやり方を、われわれはついに学ぶことがなかった。
 
 戦前の “大日本帝国” というのは、そもそも「帝国」としての歴史も文化も持ち合わせていなかった日本が、一夜漬けで欧米の「帝国」を勉強し、身に付いていない “帝国主義” を強引に振りかざしたからこそ失敗したわけで、当時の政府も国民も、けっきょく「帝国」というものを理解していなかった。

 「帝国」とは、そもそも諸国の「王」たちの上に立った一人の「王」が、諸王に対に号令をかける国家のことをいう。
 そういう「王」を「皇帝」と呼んだ。
 日本には、歴史的に、まずそういう諸王がいなかったし、それがゆえに「諸王の王」なども存在するはずがなく、天皇も、西洋やアジアに栄えた古代帝国の皇帝のような権力を持つこともなかった。

 しかし、中国は巨大な権力を持つ古代帝国が2000年にわたって興亡の歴史を繰り返してきた。
 中華帝国の皇帝の権力が強大だったのは、それだけ支配しなければならない領土が広く、かつ服従させなければならない臣民が多かったことを物語っている。

 その中国が、19世紀に欧米列強に半植民地されるという悲劇に見舞われ、かつ日本のような “後進国” に日清戦争で敗北し、さらに中華民国時代にはその日本から領土的侵略を受けるという歴史的な屈辱を味わわねばならなかった。

 2000年に及ぶ中華帝国の歴史のなかで、それは民族の心に深く刻まれた痛恨の時代であったはずだ。
 彼らの東シナ海や南シナ海への進出というのは、中国を植民地支配しようとした欧米や日本へのリベンジであると同時に、中華思想に基づく「中華帝国」というプライドの回復でもある。
 
 
中華帝国復権という悲願

 彼らにしてみれば、まさに秦、漢、隋、唐、宋、元、明、清と連綿と続いてきた “中華帝国” としての “当たり前” の国家運営を目指しているに過ぎない。

 だから、中国は、いまだにフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアなど南シナ海における自国の領有権を主張する国々を、近代国家として見なしていない。

 それらの国々は、中華帝国の周辺に生息する “未開民族” の国であり、
 「お前たちは自国の権利などを主張する前に、偉大なる中華帝国に朝貢使節団を送って、臣下の礼を取るべきだろう」
 ぐらいに感じている。

 中国そのものが、近代国家としては未成熟なのだから、中国という国は、周辺国が自分の国を差しおいて近代国家になることを許せないのだ。
 というか、中国は、いま欧米流の近代国家というモデルケースを押し付けられることが嫌で嫌でしょうがない。
 できれば、「中華帝国」という “新しい” 統治形態を実現したいと思っている。
 
 
彼らの日本が許せないという気持ちはどこから?

 中華帝国というのは、基本的にトップに君臨する独裁者を、圧倒的に強大な官僚機構で補佐していくという国家形態である。
 その強大な官僚機構を形成するのが、かつては「科挙」という制度であり、それが今は共産党党員に変わっている。

 そのような権力構造がいちばん安定すると信じ込んでいる中国政権にとって、東アジアでいち早く近代国家の体裁を整え、かつ欧米に喜ばれる民主主義の体裁を取り入れた日本は目障りでしょうがない国なのだ。

 だから、中国は、南シナ海の海域を支配することができれば、そこを通過して中東の石油資源とアクセスしている日本タンカーの通行に圧力をかけることが可能になると判断している。
 それは、近代になって、中華帝国に歯向かった “小生意気な” 日本にリベンジを果たす快感に裏打ちされている。
 
 
世界中で「帝国」復活の兆し
 
 過去の帝国の復権を夢見ているのは、なにも中国だけとは限らない。 
 いま世界を震撼させている IS (イスラム国)もまた中世イスラム帝国の復権を標榜する組織である。
 IS (写真下)が、それまでの反欧米イスラムテロ組織「アルカイーダ」などと異なる点は、IS がはっきりと「領土」への執着を示したことだ。

 アルカイーダは、各地に散らばるゲリラ集団のネットワークを重視し、まさに地球上に痕跡を残さない方法で各地の情報・戦略の交換を目指した。
 そういった意味で、アルカイーダは、コンピューターにおけるハッカー攻撃のようなテロ(↓)を得意とした集団だった。

 それに対し、IS は自分たちの支配域をはっきりと地図上に誇示し、「領土」の拡大とその支配体制の強化を謳った。

 つまり、IS は、“国家運営” をはっきりと標榜する古典的な戦闘集団であり、「国家 対 テロ」という形で進んできた現代の紛争を、再び “国家 対 国家” の戦争にしようと企んだのだ。
 
 
反グローバリズムの台頭
 
 中国や IS のような国際社会に武力的緊張感をもたらす勢力が、ともに地図上の “領土” に関心を示してきたことは、はたして何を意味しているのだろうか。

 グローバリゼーションへの反動である。

 現代型のグローバリゼーションは、1980年代に生まれている、
 1980年代以降、ベルリンの壁の崩壊に端を発した冷戦の終結は、勝ち残ったアメリカの経済政策を世界中に推し進めることになった。

 それが、すなわち「市場原理主義」、「新自由主義」と呼ばれるもので、いわば、物・人・カネが瞬時に国境を越え、国家的制御も効かない国際マーケットが一気に広まるグローバル資本主義の時代が訪れることになったわけだ。

 「国境を超える」
 それが、1980年代以降の政治・経済界のリーダーたちの “合言葉” になった。

 このような、自由主義経済が世界中に横行するなかで、自国の産業を守ろうとする規制はどんどん撤廃され、「規制緩和」と「自由化」の呼び声の高まりのなかで、グローバリゼーションを受け入れないかぎり新しい時代に対応できないものと見なされた。
 
 では、そういうグローバリゼーションの時代に入ったはずなのに、なぜ最近の国際紛争は、みな「領土」や「国境」にこだわるものばかりになってきたのか。

 世界を覆うグローバリゼーションの波に、そろそろ対応できなくなってきた人々が現れるようになってきたからだ。
  
 
開かれたクールな虚無

 グローバリゼーションというのは、いわば “開かれたクールな虚無” である。

 人間の幸福が「文化」と「経済」という二つ因子から成り立つものだとしたら、その幸福の一要素となる「文化」を削り落とし、「経済」のみを肥大化させたのがグローバリゼーションである。

 いま世界で起こりつつあるのは、グローバリゼーションの “開かれたクールな虚無” に対して、“閉じられたホットな情熱” をかきたてる排外主義の台頭なのだ。

 移民の入国を嫌ったアメリカ大統領候補のトランプ氏の思想も、イギリスのEU離脱派の感情も、みなグローバリゼーションの “開かれたクールな虚無” に抵抗する “閉じられたホットな情熱” の排外主義から生まれている。

 しかし、グロバリゼーションから脱却した国家というものは、まだ地球上のどこにも現れていない。
 そのため、反グローバリゼーションに染まった国家は、そこから脱出した後の国家ビジョンを、みな過去の世界帝国のイメージに求めるようになった。

 中国において、「中華帝国」としての領土拡大傾向が顕著になってきたのも、まさに中国のグローバル経済に陰りが見えてきた頃と重なる。

 ここ20年間、中国こそが、世界のグローバル経済の “けん引車” だった。
 安い人件費を武器に、世界の企業を誘致し、それらの “工場” となることによって、中国はグローバリゼーションの拡大に一翼を担った。

 しかし、その経済成長が鈍化し、「中国バルブ崩壊か?」などというウワサが広まる頃から、中国の海洋進出があからさまになってきた。

 それは、グローバリゼーションの当然の結果として生まれてきた国内における経済格差の広がりを背景に、グローバリゼーションの恩恵に与れなかった低所得者の目をそらすための「国威発揚」政策としてみなすこともできる。
 
 「偉大なる中華帝国の復活」は、国内の不満分子を懐柔するためにも欠かせない政策なのだ。

 国家が「帝国」として膨張していくことは、とりあえずその国民に精神的な高揚感を与える。
 事実、最近の中国においては、政府が南シナ海に進出し、「一つの島を確保した」と報道するだけで、世論が歓喜し、それだけでお祭り騒ぎになるという。
 
 
「帝国」の復活は、疲弊した国のカンフル剤となる
 
 ロシアのプーチンが掲げる「ユーラシア連合」も、ロシア帝国復活ののろしであり、トルコ共和国のエルドアン大統領が、一時そのプーチンと対立したり、クルド人への弾圧を強めたり、EUへの発言権を増そうとしたりしているのも、“強いトルコ” すなわちオスマン帝国の復活をイメージしたものであるといえるだろう。

 トランプ候補が掲げている「TPP反対」という主張も、いってしまえばアメリカだけの国益を守ろうとする “アメリカ帝国主義” を反映したものだ。
 
 極東では、中華帝国。
 ユーラシアでは、ロシア帝国。
 中東では、オスマン帝国やらイスラム帝国。
 EU 諸国においても、ドイツのネオナチのような、かつての第三帝国復活を夢想する組織が台頭してきている。

 まさに世界では、過去の世界帝国の亡霊たちがふたたび眠りから覚めようとしているようだ。

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マックレー「ディアラ・ジュニア」にレカロバージョン登場

 
 2016年も上半期を終え、キャンピングカー業界では早くも秋のニューモデルが出そろうようになってきた。
 そんななか、京都のマックレーさんより、「ディアラ・ジュニア」の新バージョン追加のご連絡をいただいた。
 
▼ ディアラ・ジュニア外形

 メールにて、画像とインフォメーションが送られてきたので、ここにご紹介する。

▼ ディアラ・ジュニア リヤビュー

 その新仕様とは、ずばり「ディアラ・ジュニア」のレカロシートバージョン。

 レカロシートとは、ドイツの高級シートメーカー「RECARO社」が開発した高機能シートのことであり、フェラーリ、アウディ、日産GT-Rといった高級スポーツモデルに採用されることで有名。
 それを軽キャンピングカー「ディアラ・ジュニア」に採用したというのだから、話題性は十分だ。

▼ レカロシート仕様

 
 ディアラ・ジュニアというのは、軽自動車(マツダ・スクラム)をベースに開発されたキャブコンタイプの軽キャンピングカーのことで、サイズ的には軽キャンパーならではの取り回しの良さを実現しながらも、耐候性に優れたFRPシェルを架装したことにより、立ったまま室内を移動できるというメリットを確保している。

▼ 新レイアウトの前向きシート仕様

▼ セカンドシートを後ろ向きにさせると、対面ダイネットが誕生

 
 さらに、発電機の搭載も可能になる構造を維持し、マックレーの他のキャブコン同様、オール電化による “完全自立型” に近い状態を目指すこともできるようになっている。

 今回、レカロシートを採用したモデルからは、室内レイアウトにもバリエーションが加わり、セカンドシートに前向きファスプシートを採用したモデルもチョイスできるようになった。

▼ ダイネットベッドは3名就寝となる。バンクベッドを合わせると大人計5名までの就寝が可能

 もちろん、従来通りの横向きシート仕様も併売されており、レカロシートはそのどちらのタイプに装着可能になっている。

 今回レカロシートを採用した理由につき、同社の小川店長(写真下)は、こう語る。

 「もともとこのレカロシートは、実はキャンピングカーを運ぶときの積載車に自分で取り付けてみたものです。当初、キャンピングカーに付けることは考えていなかったのですが、実際に使ってみると、評判通り、素晴らしい座り心地なので、運転疲労や腰痛がウソのように消えてしまいます」

 というわけで、まず自社製品のディアラ・ジュニアにレカロシートを搭載してみることにしたという。

▼ レカロ仕様(運転席側)

 スポーツカーなどに使われるレカロの競技用シートは、リクライニングしないが、このタイプはリクライニングが可能。しかも、運転席・助手席とも座面が持ち上がり、シート下のエンジン点検口にアクセスできるようになっている。

▼ レカロシート リクライニング状態

 標準装備されるシートは、レカロ・エルゴメドDタイプだが、ほかにエルゴメドMV、スポーツタイプのSR7Fなどもチョイスできる。  

 詳しくは、下記をどうぞ。
 http://www.mcley.co.jp/

 また、動画も準備されている。
 https://www.youtube.com/watch?v=BLkXewe78mo

 過去に掲載したディアラ・ジュニア(横向きシート仕様)の記事は、下記をどうぞ。
 マックレー「ディアラ・ジュニア」
 
 

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JIMI 栄光への軌跡

 
 神々から嫉妬されて命を取りあげられた天才
 シネマ漂流(映画感想記) No.11
 『JIMI 栄光への軌跡』
 
 
 伝説のロックギタリストのジミ・ヘンドリックスのデビュー時代を描いたドキュメントタッチの伝記映画。
 2013年公開。監督はジョン・リドリー。

▼ 同映画のポスター

 テレビのWOWOWで放映されたのは、2016年の7月7日。
 「番組予約リサーチ」を眺めていたら、ふとこの映画が目に飛び込んだきたので、録画しておき、昨日深夜のリビングで紅茶を飲みながら、一人で観た。

 けっこう面白かった。
 しかし、観終わった後、世間的な評判はどうなのかな? と思いつつネットのレビューを開いてみたら、好意的な評価は意外と少なかった。

 その理由として、著作権の規制に引っかかったため、オリジナル音源が使えず、『パープルヘイズ』、『フォクシーレディ』、『ヘイー・ジョー』など、ファンにはなじみのヒット曲がまったく出てこなかったことが挙げられていた。

 また、貧しく無名の新人が “成功の階段” を駆け上がっていくときの高揚感(カタルシス)が乏しいという指摘もあった。
 ジミ・ヘンドリックスの存在が多くの聴衆に知られるきっかけとなったのは、1967年の「モンタレー・ポップ・フェスティバル」なのだが、この映画は、彼がそのイベントに出演する直前で、ストンと終わる。

 いわば、巣立って大空を飛ぶワシの姿を見せず、巣の中で親から与えらてエサをついばむヒナの姿を見せただけの映画だというわけだ。

 でも、自分には十分に楽しめた。
 というのは、まだ10代だった自分が洋楽に目覚めたころの英米のロックシーンの “空気感” のようなものを味わえたからだ。

 海外のライブハウスの雰囲気。
 そこで交わされる客同士の会話。
 パンタロンルックやピエール・カルダン風の男の衣装。女のミニスカート。
 モノクロのテレビ番組。ターンテーブル式のレコードプレイヤー。

 ファッションや小道具を含めた60年代の風俗がふんだんに出てくる。
 そこから、「60年代の豊かさ」というものが伝わってくる。

 一般的に、ロックが市民権を得て、スーパースターたちの数々の名盤・名演奏が披露されたのは1970年代とされている。

 しかし、ジミ・ヘンドリックスが活躍したのは1960年代の中期で、1970年に入るやいやな、彼は薬物が原因だろうとされる謎の死を遂げている。

 享年27歳。
 写真に残されたその風貌を眺め、彼が残した数々の演奏をいま聞くと、その存命期間が40~50年あったと考えても、不思議ではない。
 
▼ ジミ・ヘンドリックス(本物)

 
 それほど、彼は最初から全速力で人生を走り始め、あっという間にゴールを駆け抜けていったという印象が強い。
 その早すぎる死も、その天才性を神々に見抜かれ、「このまま生かしておくと自分たちの能力を陵駕するに違いない」と嫉妬され、早々と天に召されてしまったとしか言いようがない。

 彼の才能を評価する声は、いまだに後を絶たない。
 アメリカの音楽雑誌『ローリングストーン誌』が選んだ「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において、彼は2003年とその改訂版の2011年の両方で1位に輝いている。

 また、“ギターの神様” の称号を得ているエリック・クラプトンでさえも、「自分とジェフ・ベックが2人がかりになっても、ジミにはかなわないだろう」と、ジミヘンのギターワークに賛辞を送っていたという。(Wkipedeaより)

 しかし、『JIMI 栄光への軌跡』という映画は、それほどの天才ギタリストが、日常生活においては、まったく「天才に見えない」というタッチでジミのことを描いていく。

 冒頭、ニューヨークの場末のライブハウスで、R&B歌手(キング・カーティス)のバックバンドでギターを弾いているジミ・ヘンドリックスが登場する。
 もちろん観客のほとんどは、ジミヘンの存在など気にも留めない。

 しかし、そのギタープレイの凄さに注目する女性がただ一人だけ現れる。
 ザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャーズの元カノであるリンダ・キース(写真下 役者)である。

 リンダは、ステージを終えたジミに近づき、
 「あなたのギターは素晴らしいわ。天才かもしれないわ」
 と呼びかけるのだが、ジミの方は彼女の評価をまともに聞こうとしない。

 「自分じゃ何を弾いているのか、よく分からねぇよ」
 という感じで、リンダの質問に、はにかみながら答えるだけ。
 テレているのか、欲がないのか、やる気がないのか … 。
 もう冒頭から、後のロック界を牽引していくスーパースターの片りんなどまったくないような登場の仕方なのだ。

 このシーンに限らず、映画を通して描かれるジミ・ヘンドリックスは、演奏以外に自己主張することもなく、きまぐれで、投げやりで、何を目的に生きているのか分からない男として描かれる。
 
 それでも、ジミの才能を確信したリンダ・キースは、さっそくアニマルズのメンバー、チャス・チャンドラー(写真下 役者)にジミの力量を判定してもらう。
 バンドを脱退してマネージャーに転業しようとしていたチャス・チャンドラーは、ライブハウスで演奏していたジミの演奏にぶっ飛び、ジミのマネージャーになることに決めて、彼を当時のロック先進国であったイギリスへ連れて行くことにする。

 そこからジミの運が開けていくのだが、もしジミがリンダに会うこともなく、そのままニューヨークでR&B歌手のバックバンドでくすぶり続けていたら、後の「スーパーギタリスト伝説」は生まれていなかっただろう。

 たぶん彼は、歌手に音を合わせようとしない偏屈なバンドマンという烙印を押されたまま、ライブハウスの空いた席に座り続け、出番の声がかかるのをひたすら待ち続ける地味なフリーのギタリストという一生を送ったかもしれない。

 だが、イギリスに渡ったことで、彼はビートルズ、ローリング・ストーンズ、クリーム、フーといった60年代ロックのヒーローたちと交じり合う機会に恵まれる。
 「まことに、人と人との出会いはオソロシイ ‼ 」という映画でもある。

 こうして、ジミのロンドン生活が始まる。
 しかし、彼はロンドンに着くやいなや、最初のパーティーで知り合ったポップスが主のグルーピーをやっているキャシー・エッチンガム(写真下 役者)に一目ぼれされ、ジミを連れてきたリンダ・キースの嫉妬を買いながらも、キャシーと恋仲になってしまう。

 キャシーと付き合いながらも、彼は本屋で知り合った黒人女性とも浮気を始め、今度はキャシーを泣かせる。
  
 まったく女にだらしない男としかいいようがないのだけれど、天才というのは、特にモテようと思わなくても、その才能がフェロモンのように匂い立ってしまうものなのだろう。
 とにかく、ここに出てくるジミは、最後までモテモテ男を演じている。
 
 この映画の大半は、そんな感じで、ジミと女たちとの交遊録で占められており、演奏シーンは少ない。
 このあたりが、ギターリストとしてのジミ・ヘンドリックスに期待していた観客の不興を買ってしまったところなのだろう。

 しかし、少ないながらも、その演奏シーンはみな悪くない。
 「いよいよ、ジミの演奏が始まるぞ !」
 という期待感がこんなに高まる音楽映画というものを、私はほかに知らない。
 
 もちろん、ギターを弾くのは本物のジミではない。
 ジミ役を演じたアンドレ・ベンジャミン(写真下)が、ギターを弾いているふりをしているだけの映像で、流れてくる音もジミのオリジナル音源ではなく、現代のセッションプレイヤーがジミの演奏を研究してそれっぽく作った音に過ぎない。

 それでも、興奮する。
 チューニングの音が流れ始めるだけで、目の前にジミ・ヘンドリックスが立っているような錯覚に陥る。

 演奏シーンに説得力がある理由の一つには、ジミ役のベンジャミンが、毎日8時間ギターを猛特訓し、しゃべり方、立ち居振る舞いなど、ジミ・ヘンドリックスを演じることに徹底的に心血を注いだということがあるのかもしれない。
 特に、左手でギターを弾くプレイには相当の練習を積んだのだろう。手元の動きなどは、もうジミのライブフィルムを見ているかのようだ。

▼ イギリスで結成された「ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス」。ベースはノエル・レディング、ドラムスはミッチ・ミッチェル。これは映画の役者たちが演じた画像だが、顔つきはみな本物によく似ている

  
 
 印象に残るシーンが二つある。
 ひとつは、ジミがロンドンのライブハウスで、はじめてエリック・クラプトンと会うシーンだ。

 当時ジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースと「クリーム」を組んでライブ活動を始めていたエリック・クラプトンの人気は飛ぶ鳥を落とすほどの勢いで、アメリカで無名のバンドマンに過ぎなかったジミ・ヘンドリックスなど、足元にも近づけるような存在ではなかった。

 しかし、ライブハウスで、演奏前のクラプトンを見かけたジミは、自分のマネージャーになってくれた元アニマルズのチャス・チャンドラーに、
 「クラプトンを紹介してくれないか」
 と頼み込む。
 
▼ 「クリーム」時代の本物のクラプトン(一番左)。映画に出ていた役者もよく似ていた

  
 イギリスでバンド活動をしていたチャス・チャンドラーとクラプトンはすでに顔見知りの仲だから、それはけっして難しいことではなかった。
 「いいよ」
 と笑顔で答えたチャスは、さっそくクラプトンのもとに歩いていき、「知り合いを紹介したい」と声をかける。
 
 クラプトンの承諾を得てジミのところに戻ってきたたチャスが、
 「さぁ、いこうぜ」
 とジミをうながす。

 しかし、ジミがそのとき持ち出した提案は、
 「クラプトンと一緒にセッションをしたい」
 という強引な願い事だった。

 これには、さすがのチャスの顔が曇る。
 「無茶をいうなよ」
 と、言葉に出さずとも、チャスの表情がそう語る。

 イギリスを代表するギタープレイヤーに、一介の無名のファンが「ステージで一緒にギターを弾きたい」と言い出すなんて、前代未聞のことだった。

 しかし、クラプトンはチャスの願いを解して、不承不承ジミの提案を受け入れる。

 ギターを抱えたジミがステージに立つと、
 「何をやりたいんだ?」
 クラプトンが尋ねる。

 「ブルースをやろう。得意だろう? マニッシュ・ボーイはどうだ?」
 とジミ・ヘンドリックス。

 「(その曲は)聞いてはいるが、あんまり演奏したことはない」
 とクラプトンが答える。
 
 それに対するジミのセリフが決まってる。
 「じゃ教えてやろう。簡単なブルースだ」

 なんとう傲慢不遜な対応か !
 エリック・クラプトンは内心ムカッときただろう。
 
 しかし、ジミが演奏を開始すると、クラプトンの顔色が変わる。
 クラプトンの隣に立つという最高の舞台を設定したもらったジミは、得意になってその腕前を見せつける。

 それを見ているクラプトンが次第に後ずさりを始める。
 ついには、彼はワンフレーズも弾くことなく、楽屋に隠れてしまう。
 そして、クラプトンの後を追ってきたチャス・チャンドラーに対し、青ざめた顔で一言いう。
 「凄いやつを連れてきたな」

▼ クラプトン(左)とジミヘン 本物

 本当にあったエピソードなのかどうか知らないが、似たような状況はあったらしい。
 ジミのあまりものすさまじい演奏にショックを受けたクランプトンが、ただただ度肝を抜かれて立ち尽くしてしまったという伝説は、確かに残っている。

 その映像が下(YOU TUBE)だ。
 
 途中、こんなシーンがある。
 クラプトンから、
 「セッションOK」
 という承諾をもらったジミが、急いでライブハウスの外に停めておいた車にギターを取りに行く。

 そのとき、彼はほんのちょっとだけ、車のトランクの端に腰かけて、虚空を仰ぐのだ。
 セリフはない。
 ただ、その表情には、
 「やったぞ ! ついにクラプトンと一緒にセッションする日が来たんだ !」
 という興奮と緊張と不安が浮かんでいる。
 世に出る直前の男というのは、みなこんな表情になるのか … と思った。
 

 
  
 この映画を見ていて、ぼんやりと思ったのだが、実は、自分は「70年代ロックのリスナーである」と今まで思い込んでいたが、ROCKなるミュージックは、1960年代に、すでにその頂上まで登りつめてしまったのではないか、ということだった。
 70年代に入ると、それが拡散しただけだったのだ。

 ジミヘンがロックシーンの頂点めがけて走り始めた1967年。
 この年に、カリフォルニアのモンタレーで、今の野外フェスの原型ともいわれる「モンタレー・ポップ・フェスティバル」が開かれる。

 Wikiによると、そこには次のようなアーチストやバンドが駆けつけたという。

 エリック・バードン&ジ・アニマルズ
 サイモン&ガーファンクル
 ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディングカンパニー(Vo.ジャニス・ジョプリン)
 オーティス・レディング
 ジェファーソン・エアプレイン
 ブッカーT&ザ・MG’S
 バッファロー・スプリング・フィールド
 ザ・フー
 ママス&パパス
 スコット・マッケンジー
 グレイトフル・デッド
そして、トリが、
 ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス(写真下 本物) 

 みな17歳の自分が夢中になってラジオで曲を拾いながら名前を覚えたグループだった。
 そのうち、アニマルズ、オーティス・レディング、ビッグ・ブラザーズ&ザ・ホールディングカンパニー(Withジャニス・ジョプリン)などは、乏しい小遣いを工面してレコードを買った。
 もちろんジミ・ヘンドリックスも買った。

 この頃、これらの音楽を総称する言葉として、ようやく「ロック」なる用語が使われは始めた。

 60年代に生まれた「ロック」は、70年代に入ると、さまざまな分化を遂げる。
 サイケデリック・ロック
 カントリー・ロック
 ブルース・ロック
 フォーク・ロック
 ハード・ロック
 ラテン・ロック
 サザン・ロック
 プログレッシブ・ロック
 パンク・ロック

 そのようなロックの分化は、それぞれのジャンルを進化させていった結果ではあったが、ロックがまだ “〇〇ロック” などと言われる前の、それこそピュアモルトの「ロック」の濃さとコクを失ってしまったようにも思う。
 
 なかでも、ロックの中の100%ピュアロックといえば、やっぱりジミヘンしかいない。
 あれから50年経った今でも、自分はそう思う。

 最後に、『JIMI 栄光への軌跡』という映画で、もう一ヶ所気に入った演奏シーンを。

 『サージャント・ペッパー・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』(1967年)のアルバムをリリースしたばかりのビートルズが見に来るというライブ劇場で、ジミヘンは開幕1時間前に、出来たてのビートルズの新譜を入手。 

 楽屋でバンドメンバーに急いでそのタイトル曲を覚え込ませ、ステージに立ったときのオープニング曲として、ビートルズの前でそれを披露したのだ。
 
 その演奏を聞いたポール・マッカートニーはひどく喜び、
 「俺たちの “サージャント・ペッパーズ” をはじめてライブ演奏をしたのは、なんとジミなんだ」
 と後々まで語り続けていたという。

 最後に本物のジミ・ヘンドリックスをどうぞ。
 『Foxey Lady』
 

 この曲はシングル盤で購入し、このリズムに合うステップを自分で考案して、絨毯を敷いたリビングに置いたステレオを聞きながらずいぶん練習した。
 
 そして、絨毯が擦り切れるほど踊り込んでから、ようやくディスコに行った。
 当時新宿あたりのB 級ディスコでは、R&Bだけでなく、この曲とかジャニス・ジョプリンの『ムーブ・オーバー』などがよくかかっていた。
 
 

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イスラム過激派はグローバリズムから生まれたガン細胞

   
 今の日本が抱える様々な問題。
 その多くは海外の政治・経済の動きや、テロ・紛争などと連動するようになってきた。

 先月に起こったイギリスのEU 離脱騒動。
 まさかの離脱派の勝利によって、日本は一気に円高に見舞われ、株価は下落。日本経済は大きく揺らいだ。

 アメリカでは、これまでの大統領候補とはまったく異なる政治思想を持つトランプ氏の発言によって、日米の安保体制や米軍基地のあり方まで問われかねない状況になってきている。

 さらに、今まで欧米や中東を中心に繰り広げられていたイスラム過激派のテロが、ついにバングラデシュまで飛び火し、多数の邦人が巻き込まれるという惨劇が起こった。

 いったい世界で何が始まろうとしているのだろうか?
 いま地球上に広まりつつある新しい脅威と不安の正体を解明する手がかりはないものなのだろうか。

 ある。
 確かに、世の中は混沌としてきたが、しかし、一つのキーワードを設定すると、いま起こっていることは意外と簡単に整理がついてしまう。

 そのキーワードとは、すなわち「グローバリゼーション」である。
 いま世の中に起こりつつあることは、グローバル資本主義の末期的な症状が引き起こしている政治・経済上の諸矛盾が露呈してきたものといえなくもないのだ。

 まず、バングラデシュのテロ事件とは何か。
 実は、バングラデシュは、いま地球上で最もホットなグローバル資本主義の最前線基地といっていい。

 グローバル資本主義というのは「中心」と「周辺」から構成され、「周辺」つまり、いわゆるフロンティアを広げることによって、「中心」が利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステムのことをいう。
 その「中心」には、ニューヨークのウォール街やロンドンのシティが君臨している。

 一方の「周辺」は、まだ資本主義化されていないか、資本主義システムの中に完全に組み込まれていない世界のことである。
 たとえば、ヨーロッパ列強が大航海時代から帝国主義へ向かう時代に、その植民地となったインドや中南米、アフリカのような地域を指す。

 ヨーロッパの資本主義国家は、このような “資本主義化されていない” エリアを統治し、その安い労働力と安い原材料を利用し、工場で加工した商品に高い価格を付けて国内マーケットで売り出し、かつ統治している植民地にも売った。
 そのときの安い原材料と高値を付けた商品との落差が、すなわち利潤となった。

▼ ヨーロッパ帝国主義国家がアジア・アフリカを支配していた頃の戯画

 20世紀までは、北半球の先進国が「中心」となり、南半球に広がっていた「周辺」の途上国をマーケットにして資本主義経済を進めていった。
 そして21世紀のグローバル資本主義の時代になると、中国が最も巨大な「周辺」(フロンティア)となり、東南アジアがそのフロンティアを補完した。

 しかし、その中国において、いよいよ人件費が高騰。
 しかも過剰な生産設備を抱えながら、その過剰な生産を消費できるところが世界中にほとんど残っていない状況になってきた。
 需要がないと分かった瞬間に、世界中からの投資が集まった中国のバブルは弾ける危険をはらみ始めた。

 そのような危機を直視したグローバル資本主義の経営者や投資家たちが、次に目を付けたのがバングラデシュである。
 ここは、質の高い労働力が安い人件費でまかなえる世界資本主義の “最後の楽園” であった。
 
 ここより人件費が安いエリアとなれば、もうアフリカしか残っていない。
 しかし、アフリカは、北アフリカ一帯以外は人口集約率が低いから、大規模な労働力の確保が難しい。
 おそらく、グローバル資本主義がアフリカにまで進出した段階で、ひとまずこれまでの資本主義は終わるだろうといわれている。
 
 
 では、グローバル資本主義の最後のユートピアであるバングラデシュが、なぜイスラム過激派に襲われるようになったのか。
 
 実は、イスラム過激派というのは、グローバル資本主義の「細胞」として生成しながら、突然変異的に自己増殖を始め、やがて母体そのものを滅ぼすに至る “ガン細胞” だからである。

 それは、決してイスラム教の発展形態などではない。
 イスラム教の亜流でもなく、イスラム教の教義を過激に解釈したものでもない。
 その本質は、グローバリゼーションの “ガン細胞” である。

 現在、イスラム過激派といわれる存在の最大のものは IS (イスラム国)であるが、その構成員には、チュニジア、モロッコなどの北アフリカ人、ウイグル自治区などの中国人、さらにはロシア人、フランス人、ドイツ人、イギリス人など、キリスト教文明の地に育った多くの人種が含まれている。

▼ 外国人捕虜を殺害するビデオで、視聴者の恐怖を煽ったジハーディ・ジョンなる人物はロンドンのウエストミンスター大学を卒業したイギリス人だといわれている

 彼ら IS グループは、グローバル時代のテクノロジーであるツィッターやYOU TUBEなどを巧妙に駆使し、勧誘のためのメッセージや動画を制作して、世界中に配信した。
 それによって、グローバル社会に翻弄されてアイデンティティを見失った若者や格差社会に異議を申し立てたい者などに、疑似的ながら “目指すべき目標” を開示した。

▼ IS が制作した “リクルートビデオ”

 さらに、ベルギーやパリ、アメリカなどの移民社会に根を下ろしたイスラム系住民の2世・3世の若者に対し、欧米先進国で暮らすことによって被る差別と貧困からの解放を訴えた。
  
 見逃してならないのは、ISやアルカイーダというイスラム過激派集団というのは、その組織の構造や組織員の構成そのものが、「中心」から常に「周辺(フロンティア)」へと展開していくグローバル資本主義の運動と同じ軌跡を描いていることである。

 そういった意味で、イスラム過激派はグローバリゼーションの申し子でありながら、それ自体が欧米流グローバリズムへの嫌悪と呪詛を宿した “ガン細胞” なのである。
 彼らの掲げる “イスラムの大義” というのは、むしろ欧米流グローバリズムに敵対するシンボルとして、後天的に見出された思想にすぎない。
 
 では、彼らはなぜ世界中に蔓延したグローバリズムに素早く反応できたのか。
 もともと、歴史上のイスラム帝国が、そもそもグローバル国家であったからだ。

▼ 7世紀から 9世紀ぐらいにかけてのイスラム帝国(ウマイヤ朝~アッバース朝)の版図

 
 ウマイヤ朝からアッバース朝、さらにはトルコ民族によるオスマン朝に至るまで、イスラム系王朝はみなグローバルな領土展開と国家運営を展開してきた。

 ただ、それはみな「イスラム文化」というものを保持した。
 中東、北アフリカの国家群は、北をキリスト教文明国に阻まれ、東にはヒンドゥー教・仏教系の文化と対峙したから、アイデンティティとしての “イスラム文化” というものを持たざるを得なかったという事情があったからかもしれない。

 しかし、21世紀になってから地球を覆い始めたグローバル資本主義というのは、基本的に「無文化」である。
 もともと経済というのは文化を解体していくものだから、地球規模のマーケットを開拓しようとするグローバル資本主義は「無文化」の極致を目指す。

 そのことが、“イスラム文化” の伝統に馴染んだ住民にとっては、精神的な危機感を抱かせることにつながった。
 イスラム原理主義というのは、そういう危機感から生まれたきたものであり、その危機感が強ければ強いほど、過度に排他的になり、独善的で教条主義的なものになっていく。
 
 IS などのイスラム過激派集団は、その排他的で独善的なドグマを香りの強い「魔酒」に仕立て、グローバライズされたルートで、心が満たされない世界の若者へ拡販していった。

 バングラデシュでテロを起こした若者たちのように、裕福で教育レベルが高い若者になればなるほど、グローバリゼーションの諸矛盾にも気づくようになる。
 そして、それを呪詛するときの興奮剤として、過激思想を甘美に説く「魔酒」に惹かれやすくなる。
 彼らは、グローバリズムを憎悪するときの快感を、禁断の「魔酒」の力を借りて、味わってしまったのだ。
  
   
 グローバル社会における反グローバリズムは、いま欧米先進国でも動き始めている。

 イギリスの国民投票で、離脱派が勝利した背景にもその流れが影響している。
 移民が増えることへの反感や恐怖。
 そして、大英帝国へのノスタルジー。
 そういう感情の根底にあるものは、グローバリズムがもたらす “無国籍的カオス” への反発であり、閉鎖的なナショナリズムへの回帰である。 

 もちろん、アメリカでトランプ大統領候補が掲げる「アメリカ・ファースト」という思想も、グローバリズムの繁栄に取り残され、経済的にも地盤沈下していったアメリカのプアホワイトたちの感情を代弁している。

 昨今、白人警官の黒人容疑者に対する射殺事件が多発しているのも、今アメリカで「異民族・異文化」に対する国民の許容度がどんどん低下していることを物語っているといえよう。
 グローバリズムは、「人」・「物」・「金」の流動化を無制限に促進していくが、それが行き過ぎると、人々はグローバリズムの流れに疲弊して、今度は逆に「自分とは異質なもの」を排除したくなってくるのだ。

▼ 移民・難民の排除を呼びかけ、「西欧のイスラム化」に反対するヨーロッパの愛国者団体のデモ

 フランス、ドイツなどのEU 諸国で広がりつつある極右運動もその根は同じであり、もちろん日本においても、ヘイトスピーチを繰り返すデモ隊などの行動にそれが表れている。

 欧州の先進国で広がりつつある極右運動。
 それが、グローバリズムがもたらす “無国籍的なカオス” から自分たちのアイデンティティを取り戻そうという感情から生まれているものだとしたら、それとまったく同じ軌跡を描いているのが、イスラム過激派思想に染まっていく若者たちの感情だ。 

 冷戦構造も解体し、イデオロギー闘争も解消したかのように見えた現代社会において、多くの若者たちが、茫洋と広がるグローバリズムの波に漂うことに疲れ、自分を支えるものとして、再びイデオロギーを必要とし始めたのだとしたら、それは未来社会にとって「吉」なのか「凶」なのか。
 
 

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2016オートキャンプ白書

  
     
 
 
 アウトドアレジャーを代表するオートキャンプ業界の動向と、キャンプを楽しむキャンパーの現状を伝える『オートキャンプ白書』(一般社団法人 日本オートキャンプ協会発行=明瀬一裕会長)の2016年度版がこの7月5日に発表された。

▼ オートキャンプ協会の白書発表会

 それによると、2015年のオートキャンプ参加人口は810万人(前年比3.8%増)となり、12年ぶりに800万人台を回復したという。
 オートキャンプ人口は、団塊の世代が子育てをしていた1995年から1996年にかけて1,560~1,580万人を記録したが、その後は漸減傾向になり、2008年には705万人にまで落ち込んだ。
 しかし、その後は再び上昇傾向に転じ、昨年度においては2003年並みの810万人を拡幅するに至ったという。

 その要因の一つには、2015年度のゴールデンウィーク、お盆休み、シルバーウィークなど、オートキャンプに適した季節がおおむね天候に恵まれたことが挙げられる。
 また、もう一つの理由として、近年「グランピング」という新しい感覚のキャンプスタイルがメディアなどで取り上げられ、その話題性が集客につながったとも。

 「グランピング」とは、「グラマラス」(魅力的な)「キャンプ」という意味の造語で、テントやロッジなどに泊まりながら、ホテルのようなサービスが受けられるというお洒落な宿泊システム。
 昨年度は、このような施設が誕生して大いに話題を集め、それがキャンプ人口の拡大を後押しした。

▼ 「グランピング」を謳う伊勢志摩 エバーグレイズ

 キャンパーの世代的な特徴として、どのような傾向が見られるのだろうか。
 同白書によると、キャンパーの平均年齢は42.4歳であるという。
 この年齢は団塊ジュニア世代にあたり、オートキャンプ人口が最も多かった1990年代中頃に、団塊世代の親たちにキャンプの楽しさを教えられた子供たちの世代である。

 一時落ち込んだキャンプ人口が再び上昇傾向に転じたのは、小さい頃にキャンプの楽しさを知ったこの団塊ジュニア世代が家庭を持つようになり、今度は自分たちの子供を連れて参入してきた結果といえそうだ。

 これらの団塊ジュニア世代のキャンパーは小さい頃に身に付いたアウトドア体験を生かし、キャンプ場では「たき火」を楽しみ、キャンプ以外のレジャーとしてはスキー・スノボー、釣り、山登りなどにも積極的に参加するという。
 特にスキー・スノボーの一般人の参加率が9.5%であるのに対し、キャンパーの参加率は29.1%。
 このようにこの世代のキャンパーは、非常にアクティブにアウトドアレジャーを楽しんでいるところに特徴がありそうだ。

 近年、日本を訪れる外国人観光客が何かと話題になりがちだが、オートキャンプ場を訪れる「訪日キャンパー」も増え続けているようだ。
 このような外国人キャンパーの増加に対し、15.4%のキャンプ場が「積極的に受け入れたい」という態度をはっきりさせており、さらに66.0%のキャンプ場が、「受け入れてもよい」という意志を持っているという。
 
 「訪日キャンパー」を受け入れてもいいという理由として、「より多くの外国人に日本の文化や自然の素晴らしさを知ってもらいたい」などという意見が挙がっているが、一方では、「日本人とはマナー意識や文化が異なるため、他の日本人客とうまく交流できるかどうか心配」、「外国語を話せるスタッフがいない」などという不安を抱えているキャンプ場もあるということだった。

 オートキャンプ協会では、今後さらに増加する訪日キャンパーたちにマナー啓蒙を進める一方で、彼らの利便を図った観光案内のパンフレットを作成するなど、オートキャンプを通じた国際交流の場を形成していく方針だという。

 
 「オートキャンプ白書2016」に対する詳しい問い合わせは、日本オートキャンプ協会へ。
 〒160-0008 東京都新宿区三栄町12 清重ビル
  TEL:03-3357-2851
  http://www.autocamp.or.jp/
 
 
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1日の薬代が1万5千円 !

 
 うへぇ ! 22,800円 ‼
 医師からの処方箋をもらって、薬局に行き、手渡された請求書を見て、びっくり。


 
 わずか1週間分の薬が、2種類で22,800円であった。
 3割負担の保険が適用されてその金額だから、保険がなければ76,000円という額になる。
 
 「わぁ、高いですねぇ」
 と調合した薬剤師さんもびっくりしている。

 高価な薬の正体は、「アデムパス(一般名リオシグアト)」という名前の錠剤だ。
 “慢性 血栓塞栓性 肺高血圧症”に対する経口治療薬で、病気自体が難病指定になるほど症例の少ない病気だけに、「アデムパス」も希少疾病用医薬品として扱われるため、高価なのだという。

 なにしろ、1錠2.5mgで、3,369.9円。

 これを1日3回服用する。
 となると、1日の薬代は、このアデムパスだけで、10,100円。
 それに抗擬固剤のエリキュースやその他糖尿病系のあれやこれやを足すと、1日に薬だけで1万5千円ぐらい使う計算になる。

 それにしても、アデムパスの1錠3,367円という価格はベラボーに高い。
 しかし、担当医にいわせると、「難病指定」の申請をすれば、受理された日にさかのぼって負担額が軽減されるらしい。

 それで、昨日ようやく「難病指定」の申請書を病院に出した。
 だが、対応が遅れたため、しばらくは自己負担となる。
 薬代だけで、1日1万5千円。
 1ヵ月で45万円。
 当分 “火の車” だよ。
 
 それに、この7月26日から、いよいよ肺血栓を除去するための入院となる。
 年取ってからの病気は、とにかくカネがかかる。

 で、このアデムパスという薬は、副作用があることでも有名らしい。
 説明を見ていたら、
 「本剤が投与された490例(日本人30例を含む)中、304例(62.0%)に副作用が認められました」
 などと書いてある。

 この薬が厚生労働省より、希少疾病用医薬品の指定を受けたのは、平成23年(2011年)。販売されたのが平成26年(2014年)4月だから、市販されてまだ3年。
 症例が少ないだけに、投与後に経過をフォローした例も、世界中に490件しかないということなのだ。(うへぇ ! 凄いなぁ … )

 で、どんな副作用があるのかというと、まず頭痛。
 そして、全身のダルさ
 それに、胸やけ(消火不良感)が必ず生じる。

 だから、薬を吞んで1時間もすると、体中がダルくなり、気持も悪くなって、眠くなる。
 さらに、ズキズキと頭が痛みだす。

 だから、今は昼食後の1~2時間の昼寝が日常となってしまった。
 寝ると、ダルさと頭痛が取れるときもあるが、残るときもある。
 残ったときは、もう1日何もする気力が湧かない。

 それでも、この薬には、
 「肺の血管を拡張して、肺動脈の血圧を下げ、肺高血圧症の症状を改善する作用がある」
 とのことで、手術の負担を軽くする意味においても、しばらくは飲み続けなければならないようだ。  
 
 

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人工知能は人間になった夢を見るか?

 
 ここのところ、人工知能(AI)をテーマにした話題が非常に多くなっている気がする。

 たぶん、そのきっかけは、2016年3月に、韓国のプロ囲碁棋士イ・セドル九段と、「アルファー碁」といわれる人工知能との囲碁の対戦において、人工知能が人間のプロ棋士を、4勝1敗で破ったからではなかろうか。

 すでにチェスや将棋の世界では、人工知能が人間を破る時代が訪れていたが、囲碁はその手順の複雑さがチェスや将棋の比ではなく、人工知能が人間を打ち負かすのは、あと10年ぐらい先だろうといわれていた。

 その囲碁において、人工知能が、世界最高峰の実力者といわれたプロ棋士と5戦対局し、そのうち4勝をあげたのだ。

 それがなぜ大きな話題を呼んだかというと、「アルファー碁」が囲碁を学ぶ学習方法として、「ディープラーニング」というテクニックを取り入れたからである。

 「ディープラーニング」とは、人間の指示を受けなくても、コンピューター自身が 自分が必要とする認知パターンを自分で探し出すという技術で、それによって、人間と同じような思考回路を持つ人工知能が出現したことになる。

 今回プロ棋士を破った「アルファー碁」は、このディープラーニングの力によって人間と対等の立場に立ったが、その先はどうなるかというと、もう人工知能の方が、人間には追いつくことができないスピードで膨大な情報を収集し、圧倒的なデータ量で人間を陵駕していくだろうといわれている。

 この「ディープラーニング」の進化は何を意味するのだろうか?

 人工知能に、人間が現在「心」と呼んでいるものと同じ精神性が付与される可能性を意味している。

 数学的な計算しかできないとされた人工知能が、人間のような情緒性を解することができるかどうかというのは、コンピューター開発の初期のころから開発者たちの大きな関心事だった。

 現在、人間と “会話” を交わすことができるとされる接客用ロボットは、人間たちとのコミュニケーションを繰り返すなかで、自分のどういう反応が周囲の人間たちを笑わせるかというデータを取得中だという。

 そして、人間の好意を導き出すリアクションを身に付けながら、どんどん自分自身を、人間に “喜ばれる存在” へと変身させているとも。

 そのロボットが習得したものを、ただちに人間の「心」と同じものだはと言えないが、ロボットを相手にしている人間からみれば、あたかも「相手が心を持った」ように感じられるはずだ。

 

 「人工知能と人間の境界はどんどん近づきつつあり、今までそれを隔てていた壁がなくなりつつある」
 という専門家もいる。

 どういうことかというと、一つはいま挙げた例のように、人工知能が人間に近づきつつあるということ。
 もう一つは、人間(に対する考え方)もまた人工知能に近づきつつあるということだ。

 近年、脳科学などの驚異的な進歩により、人間の思考パターンが、実は人工知能と変わらないことが明らかになってきた。

 「人間の脳には、直感やひらめきといった “機械” にはまねできない創造性が秘められている」と長い間いわれ続けてきたが、脳の働きを科学的に調べていくと、人間の思考も、けっきょくは人工知能と同じような情報処理を行っているに過ぎないことが解るようになってきた。

 文系的思考 … すなわち、文学、哲学、宗教、アートといった分野は、人間だけに許された創造領域であり、人工知能には介入できない “聖域” とされてきたが、すでに、小説を書く人工知能が誕生している。
 
 2013年に始まった理系の文学賞である「日経 星新一賞」においては、このたびの選考過程で、すでに人工知能による創作だと確認された作品が11作も応募されていたという。

 現在、そういった作品が、文芸賞の選考基準を満たすレベルになっているかどうかは不明ながら、短いショートショートのようなものならば、すでに人間の創作を陵駕するほどの水準を持つものも生まれているらしい。

 絵画の世界においても、同じようなことが起こっている。
 17世紀のオランダの画家レンブラントの346作品を3Dスキャンし、その創作技法をディープラーニングを習得させた人工知能に学ばせたところ、なんとその人工知能は、まさにレンブラントが描いたような筆致で新作絵画(↓)を制作したという。

 このように、人工知能は、すでに人間の最後の “聖域” であった芸術創造世界にまで進出している。
 しかも、人工知能が蓄積できるデータ量が、一人の人間が脳内に記憶できるデータ量を軽く陵駕するとなれば、それは人間には及びもつかない “想像力の源泉” を抱えたことを意味している。

 このような人工知能の発達は、人間の精神生活にどのような影響を与えるのだろうか。

 「人間の勉強の目的そのものが変わる」
 という人もいる。

 「人工知能が、人間固有の精神文化といわれた領域をカバーするようになれば、もう人間が古文や漢文のような古典的教養を身に付ける意味がなくなる。
 それよりも、人間はもっと直接的な幸せを手に入れる手段を勉強するべきだ」

 あるベンチャー企業の若い経営者は、テレビの討論番組でそう語っていた。 
 どういうことか。
 
 「これまでは、古典的な教養を身に付けることが人間の “たしなみ” だというような閉鎖的な勉強観が支配的だった。しかし、これからの若い人は、そういうことをするよりも、“実際に東大に入るにはどうしたらいいのか” という実利的なことを勉強した方がいい。
 古典的教養を身に付けるだけでは “幸せ” は手に入らないが、実際に東大に入れば、“幸せ” が手に入る」

 同番組では、さっそくこの意見に対する反論が若い研究者から提出された。
 
 「古文や漢文のような古典的教養が人間を幸せにしないというが、そういう過去の文献を知らなければ、現在にも通用する基本的思考パターンの基準を設けることができない。
 なぜなら、歴史はケーススタディーの宝庫だからだ」

 この二つの意見のなかに、現在の人工知能を考えるすべてのヒントが託されているだろう。 

 最初の意見は、人間の知的レベルをはるかに超える人工知能が現れてくる時代なのだから、人間は無駄な勉強に時間を費やすことなく、もっと実利的に、もっと効率的に人生を楽しむ生活設計を進めていくべきだ、という考え方だ。
 一種の “棲み分け” 理論であり、下手に人間が介在しない方が、人工知能の可能性を広げるという楽観論だ。

 それに対して、後者の意見は、人工知能がどんなに発達しても、その思考を支えるデータベースの構築には、けっきょく人間が関わらなければならず、人工知能自身では物事を判断するスタンダードを確立することはできない。だから古典に対する理解力も人間にとっては欠かせない教養であり、そういう人間にチェックされない人工知能は暴走していく危険性もある、というわけだ。

 どっちの考え方が正しいのか、もちろん今の段階ではなんともいえない。
 人工知能の進化はとどまるところを知らず、5年先、10年先の人工知能の到達点を誰も予測することができないからだ。

 問題は、このまま人工知能がさらなる進化を遂げていき、どんな場合でもまったく誤謬のない正しい結論を出したとしても、はたして人間がそれを “正しい” と確認できるかどうか、ということである。

 人間は、ヒューマンスケールを超えた知性に対しては、たとえそれがどんなに正しいとしても、理解することができない。
 盲目的に信じるか、もしくは導き出されたデータを破棄するか、そのどちらかしか選べない。

 そういった意味で、いま人工知能は、古代人が “神” といっていた存在に登りつめようとしているのかもしれないが、古来より人間は、“神の誤謬” を裁く能力を持たない。

▼ 精巧に作られた愛玩用ドールに、そのうち人間並みの会話が可能な人工知能が搭載されれば、人工乙女に恋する男性がたくさん現れるようになるのだろうか?

 
 
 さらに問題となるのは、仮に人工知能が、人間にとってもっとも合理的で効率的な認識を提示したとしても、はたしてその指示を人間が喜ぶかどうかは、また別問題であるということなのだ。

 たとえば、人々が交わし合う「議論」。
 よくテレビの深夜討論会などでは、各界の論客たちが声高に自分の主張を繰り広げているが、あんな討論会ほど人工知能にとってバカバカしいものはない。
 最も合理的な「解」を即座に抽出できる人工知能からすれば、議論などというのは “無駄なこと” の最たるものである。

 だが、人間にとって、ああいう議論はエンターティメントなのである。
 いちばん正しい「解」を導き出すことに目的があるのではなく、人間は、議論によって生じる “場のカオス” を一つの祝祭として楽しんでいるのだ。
 
 人工知能が、仮に万人に妥当する完全無欠な “正解” を用意できたとしても、人間は “答のないもの” に興味を抱いたりするアマノジャクで不完全な生き物でしかない。

 そして、「猜疑心」というものを克服できない人間は、人間に対して100%忠実な人工知能が出した結論に対しても、その答を疑うことを止めないだろう。
 
 人工知能は、今あらためて「人間とは何か?」、「思考とは何か?」という問題を、もう一度人間に突き付けている。
 この問に対して、哲学も、文学も、宗教ももう無縁ではいられない。
 
 
関連記事 「人工知能の時代になれば、人間に『知識』は要らない」

参考記事 「Her 世界でひとつの彼女」(人間と人工知能の恋)
  
 

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イギリスのEU離脱は彼らの途方もないジョークだった

 
 ネット系のニュースを読んでいたら、イギリスのEU 離脱後に、イギリスのネットで一番多く検索された用語は、「EU 離脱が意味することは?」というものだったという。
 二番めに多かったのは、「EU って何?」だとか。
 ほんとうに腹を抱えて笑ってしまった。

 さらに、「EU 離脱」に票を投じた人たちが、今になって「まさか離脱になるとは思わなかった」と驚いているという報道もあった。

 国民投票の結果は、残留48%、離脱52%という結果になったというけれど、結果が公表される前の投票場での出口調査では、まったく逆の結果であったという。
 つまり、「EU 離脱」を支持した人たちも、自分で票を投じていながら、「まさか」と思い込んでいたらしい。

 「もう一度国民投票ができるんだったら、今度は “残留” に投票する」と泣いていた離脱派の女性の談話も … 。

 いったい何のために国民投票だったのか。
 
 世界を震撼させた “離脱劇” の本質がこういうバカバカしいことの連鎖であったことが分かれば、もう深刻にとらえていてもしょうがないね。

 今さら、「イギリス民衆の衆愚政治」だとか非難しても始まらない。
 もう腹を抱えて笑い飛ばすしかない。

 たぶん、今回の国民投票のバカバカしさが明るみになった段階で、おそらく世界的な危機は回避されると思う。

 「大恐慌の予兆だ !」と危機を煽る専門家もいるけれど、だいたい今のメディアは最悪の状態ばかりを想定するコメントが多すぎるよ。

 イギリスだって、今の議会が二度国民投票をやることはできなくても、議会を解散すれば、再度の国民投票だって可能だという人もいる。

 また、イギリス人離脱派の “おまぬけ” がEU 首脳陣の笑いを誘いだせば、EU 側だって杓子定規に「離脱を前提とした対応」に凝り固まるのではなく、少し余裕を見せ、より現実的な落としどころを探し出すかもしれないしね。
 要は、「笑い」が不安の黒雲を吹き飛ばすことだってあるのだ。
 
 人間は、そんなに長期に続く “愚かさに” には耐えられないようになっている。
 
 大丈夫だよ、明るくGO !
 
 

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イギリスのEU離脱は世界的な劣化思考の始まり

 
 昨日は、ニュース番組の大半が「イギリスのEU 離脱」の話題で占められた。

 今後世界はどうなるのか?
 … なんてことは、極東の島国でささやかな小市民生活を送っている私なんかにはよく分からない。
 つぅか、経済評論家や政治学者にもよく分からないんではないか?

 イギリスのEU 離脱が日本に与える影響として、円高・株安による経済不安を挙げていた人は多いけれど、「リーマンショック並みの被害だ」と大げさにいう人もいれば、「影響は大きいが基本的に想定内だった」と落ち着いた論評を下す人もいる。

 経済や投資のプロたちの話を聞いていると、みな一様に「ショックだ」といいつつも、その受け止め方には、かなりの温度差が感じられた。

 そもそも「経済」なんか、先が分からないから投機に意欲を燃やす人がいるわけだし、読めないものがあってこそ、カネが動くわけだからね。

 ただ、一つだけはっきりしていることは、地球規模で「民衆の劣化」が始まっているということだ。
 
 今回、イギリスで「EU 離脱」を望んでいた人たちは、基本的に「大英帝国の栄光」が陰りを見せてきたことにプライドを傷つけられ、EU 官僚たちの指示を受けることに苦い思いを持っていた人たちだという。

 かてて加えて、彼らは、移民の流入に生活の危機を感じ、移民がイギリス人の労働環境や、イギリス文化を破壊することに危惧を抱いた。

 「イギリスのプライドが傷つけられた」
 「移民が生活を脅かす」

 … それって、感情論だよね。

 だって、(テレビでやってたけど)、イギリスにやってきた東欧移民たちが就いている仕事というのは、低賃金の3K労働で、イギリス人たちが就労するのを嫌がるような仕事ばかりだということだった。 
 それをもって、「移民に仕事が奪われた」というのは、どうか。

 あるイギリス夫人は、医療機関を訪れる移民が増え始め、自分たちがケアを受ける順番が遅くなってきたことを嘆いていた。
 「それはお気の毒 … 」といってあげたいが、医療機関に移民が増えて待合い時間が伸びたというのは、国や自治体の行政の問題で、移民のせいばかりとはいえない。

 離脱派イギリス人たちが怯えるのは、そういう実利的な問題よりも、むしろ文化的アイデンティティが損なわれていくことへの危惧だろう。
 実際、宗教や文化が異なる隣人と仲良くしていくのは、けっこう緊張を強いられることだしね。

 そうなると、スローガンも自然と感情的になる。

 「ブリテン・ファースト !」
 (イギリスの国益がすべて優先)
 離脱派の標語は、そこに集約された。

 どこかで、似たような標語を聞いたことがある。

 「アメリカ・ファースト !」
 アメリカ大統領選を戦っているトランプ候補も、そう叫んで支持者を集めた。

 でも、「自国の利益が最優先 !」という標語は、カッコいいのだろうか。
 それって、人々の気持ちを心地よくさせるものなのだろうか。

 この前テレビに出ていた元大阪知事の橋下徹氏は、こう言った。

 「良い悪いは別にして、トランプのいう “自国が一番” というアジテーションの強さに勝ちうる理屈はこの世に存在しない」

 彼はそう言い切るのだが、ほんとうにそうなのか?

 「自国の利益が一番」という言葉で情熱をかきたてられる人々が国内に増えてきたとしたら、それは「民衆の劣化」だと私は思う。
 
 これだけ世界の政治経済が流動的に、しかも複雑な動きをする世の中になってしまえば、「自国の利益」なんて(国政の専門家だって)簡単に計算できるようなもんじゃない。

 「自国の利益」が簡単にイメージできるような思考は、「劣化した思考」である。
 しかし、劣化した思考が、いちばん説得力を持つ。
 事のよしあしを情緒だけで判断できるからだ。
 だから劣化した思考は、人々のエモーションに簡単に火を付けることができる。

 今回イギリスでは、「離脱」か「残留」かが国民投票で決められたわけだが、国民投票というのは、劣化思想を持った人々が、誰とも何の議論も交わすこともなく、たいした検証もせずに、仲間内とビールを酌み交わして盛り上がった議論をそのまま投票箱に流し込んだということに過ぎない。

 そのような「劣化思考」が、いま地球上を覆い始めている。
 アメリカでは、トランプ候補の演説などがその代表例だろうし、今回のイギリスの離脱を訴えたリーダーたちのスローガンにも、その傾向が強かった。

 劣化思想。
 すなわち「感情論」。
 だんだん世界中の人々が、感情に強く訴える思考様式に馴染み始めたような気がしてならない。
 
 
 ただ、そのことを逆にいえば、政治経済の “グローバリズム” に、ようやく人々が疲労を感じてきたということかもしれないのだ。

 イギリスのEU 離脱派は、感情論に押し流されたと批判することもできるけれども、逆にいえば、「EU 自体が、それぞれの国家に属する民衆の感情を無視して成長してきた共同体だった」ともいえるのだ。

 EU の目指すものは、「ヨーロッパの平和と繁栄を維持するための統合」であったが、基本的にはEU圏内の資本の流動化と効率化、すなわち経済のグローバリズムを目指すためのものだった。

 そのおかげで、確かに国境は取り払われ、「人」と「商品」の移動はそれまでとは比べものにならないほど自由になったが、「文化」を形成するものが「人」と「商品」であるかぎり、それらが自由に国境を越えていくようになれば、個々のエリアに温存されていた固有文化は脱色され、無機質化していくのは当たり前のことである。

 何事も「経済優先」「効率優先」で突き進んでいくEU 共同体の理念に、それに付いていけなかった人々が起こした感情的な反対運動。
 今回のイギリスの「EU 離脱派」の勝利は、そう読むこともできる。
 つまり、EU が実現してきたヨーロッパのグローバル経済の恩恵をこうむることができなかった人たちの反乱である。
 
 先進国では、今どこでも急速に格差社会が広がっている。
 経済のグローバリズムは、国境を超えた企業経営を行える一部の富裕層に富をもたらしたが、その富の分配に与れなかった多くの低所得者たちの不満を解消できなかった。

 今回のイギリスの離脱派の勝利や、アメリカのトランプ現象の根底にあるのは、いわば “プアホワイト” の反乱である。
 ただ、その反乱には、知性が伴っていない。
 
 昔、世界史の教科書で、「ラッダイト運動」というのを読んだことがあった。
 18世紀のイギリスで、産業革命によって機械が増え続けたことに危惧を覚えた労働者たちが、自分たちの職を奪う工作機械に反発を感じて起こした「機械破壊運動」である。

 もちろん、工作機械に八つ当たりしただけの感情的な運動に過ぎないのだけれど、なんか今回の離脱派の行動に似てねぇか?

 イギリスのEU 離脱は、21世紀になって復活した新しい「ラッダイト運動」みたいなもんだ。 

 あの運動は、愚かではあったが、「機械に人間が支配されるような社会は恐ろしい」という機械文明不信の思想を形成するきっかけを作った。

 それは、現在の文明論の根底に今も潜んでいる。
 21世紀になっても、「AI の発達によって人間はロボットの奴隷になるのか?」みたいな議論は後を絶たない。

 世の中の文化や技術、あるいは政治経済が進みすぎて、通常の理解力を超えてしまうと、ときどき人間は癇癪(かんしゃく)を起して、駄々をこねるのよ。
  
 

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エグイ曲を聞くと興奮する

     
 エグイ曲を聞くと、異常に興奮する。
 血が騒ぐというやつだ。
 
 昔 … 仕事で、会社のバンを運転しながら、夜の常磐道を降りてきたときのことだ。
 もう少しで首都高に入るというときに、カーラジオが不穏な曲を流し始めた。

 「♪ 俺の話を聞けぇ~ ‼」

 嗄れ声の中年男が叫んでいる。

 「♪ 5分だけでもいい」
 と男は懇願し、最後は、
 「♪ 2分だけでもいい」
 と、どんどん弱気になっていく。

 主人公はスカジャンを着てバイクに乗っている不良らしいが、凄んだツッパリ具合とは裏腹な、愚かで、気弱で、泣きそうになっている風情も漂ってくる。

 ギャグなのかシリアスなのか分からないという、主人公の微妙な立ち位置が新鮮で、音楽が終わってからも、肌に焼きゴテを押しつけられたように、歌のインパクトがしばらく消えることがなかった。

 2002年頃。
 クレイジーケンバンドの『タイガー&ドラゴン』を聞いた最初の体験だった。
 もちろん、曲を流し終えたカーラジオは、もう曲名もアーチスト名も伝えてくれなかった。

 頼りは、「♪ 俺の話を聞け ~ ‼」というフレーズのみ。

 翌日、吉祥寺のCD屋 … あの頃はまだ街にCD屋があった ……そのCD屋を片っ端に回り、店員を捕まえては、「♪ 俺の話を聞け~ ‼」 と声に出して歌った。
 「…… っていう歌を知りませんか?」
 と尋ねるのだが、どの店員も、
 「曲名とか、歌手名とか分かりませんかねぇ?」
 と聞き直してくるだけで、ラチがあかない。

 3軒目のCD屋の店員だけが、じっと私の歌に耳を傾けてくれたのち、
 「それって、…… もしかしたら、クレイジーケンバンドかな …」
 とつぶやいてくれた。

 で、持ってきてくれたのが下のジャケット。

 ウヮアオ ‼
 これこれ ! これに違いない。
 曲を聞かなくても、直感的にこのCDだと思った。

 エグイ ‼
 ジャケットの下品さ、気色悪さが、もう歌の内容を示唆していた。
 一応、視聴させてもらって、すぐ購入。
 家に帰って、完璧に練習し、その翌日ぐらいにはカミさんを連れて、カラオケスナックに歌いに行った。

▼ クレイジーケンバンド 『タイガー&ドラゴン』

  
 この歌の妙味は、歌っている主人公の男と、相手になっている女との距離感にある。

 男は告げる。
 「俺の話を聞けぇ。5分だけでもいい。貸した金のことなど、どうでもいいから」

 しかし、女はそんな男に対して、(おそらく)無表情な視線を向けるだけ。
 男はなおも女に迫る。
 「お前だけに、本当のことを話すから」

 男は何を話そうとするのか。
 「お前が好きだ」という告白なのか。
 それとも、「不良から足を洗うつもりだ」という決意か。
 
 もしかしたら、「俺は日本人じゃないんだ」などというヘビーなカミングアウトかもしれないし、場合によっては、覚醒剤の密輸情報なんかに関するシビアな話かもしれない。
 
 しかし、いずれにせよ、男の思いほどには、女がその話に興味をもっていない気配が歌から伝わってくる。
 女は、男の本音など、ほんとうは聞きたくない。
 そんな重いものをいまさら背負いたくない。

 そのため、男はますます強く「俺の話を聞けぇ!」と叫ばざるを得なくなる。
 2回目のサビでは、なんと「俺の、俺の、俺の … 」と、「俺」が3連呼されるのだが、3連呼しなければならないほど、男が自信を保ち得なくなっていく状況がそこに描かれている。

 うまい ‼
 絶妙な歌詞だ。

 女ともう心が通い合うことがないと悟った主人公は、しかたなく海を見つめる。
 だが、それは「電気クラゲが浮かぶ、どす黒く澱んだ海」でしかない。

 絶望的な状況を暗示しておきながら、主人公を破局の寸前で凍らせたまま “エンド・タイトル” が落ちてくる。
 昭和のグループサウンド風のチープなエンディングで、曲が鮮やかにストンと終了。

 これは紛れもない「文学」である。
 
 
 こういうエグイ曲が大好き。
 YOU TUBEで、バーボン・ストリート・バンドの『極道パワー』を見つけたときも興奮した。


 
 歌の中に出てくる男は、まさに “極道” 。
 トラックよりでっかい外車でやってくる町の鼻つまみ男。

 その怖さと嫌らしさが徹底的に描かれているのだが、そこには、禍々しいパワーだけが秘めている “闇の輝き” に対する賛美がある。

 歌詞はこんな感じだ。

 ♪ 若い野郎をけ散らす、あいつは町の嫌われ者さ
   若い女を冷やかす、あいつは町の鼻つまみ
   誰もとがめられない、怖いあいつの極道パワー

   あいつはトラックよりでっかい外車でやってくる
   胸の金バッチだ、背中の入れ墨か … (聞き取り不能)
   畳の上じゃ死ねない家業なのに

 結局、この歌の良さは、きわめてストレートなブルース進行に基づいたブルースロックであるということに尽きる。
 「音がカッコいい ‼」
 それがこの曲のすべてである。
 
 
 カッコよさでは、『極道パワー』の上を行くかもしれないサウンドを聞かせてくれるのが、『ヘイ・ユー・ブルース』。
 1973年に俳優の左とん平が吹き込んだ和製 “New Soul Music ”。


 
 エグイ曲の極致にありながら、サウンドとしては今聞いてもなんともカッコいい完璧な70年代R&Bテイストの曲である。
 プロデュースはミッキー・カーティス。アレンジは深町純。

 73年といえば、世界的にソウルミュージックの嵐が吹き荒れた時代。
 このサウンドには、そういう時代のエッセンスが凝縮している。

 左とん平バージョンが有名だが、ここでは大槻ケンヂバージョンを紹介。

 「歌」というよりも、「語り」で、しかもその主張は、いかにも70年代風のプロテクトソング的匂いを濃厚に秘めている。
 そうとう “臭い” 歌詞だ。

 そういう意味で、「エグイ」という言葉がストレートに使えそうな曲なのだが、サウンドは最高 ‼
 タイトなリズムセクションと華麗なホーンの絡みが絶妙。
 和風ソウルもいいところまで来ているな … という印象を受ける。
  
 
 エグイ曲といえば、やっぱりクレイジーケンバンドがいちばんその雰囲気をつかむのがうまい。
 次に紹介するのは、『タイガー&ドラゴン』のアルバムに紹介されていた『ヨコスカンショック』。

 

 サウンドとしては、こっちの方が『タイガー&ドラゴン』よりカッコいい。
 なんてって、曲調がもろジェームズ・ブラウンだもんね。

 では、JBサウンドに乗ったエグイ日本語の傑作R&B『ヨコスカン・ショック』を
どうぞ。

 歌詞は次のとおり。

 紫のアクリルのドア。
 その向こうはバリヤバ  アナザーワールド。
 焼け焦げた臭いのする空調。
 厚化粧の女の衣装はショッキング・ピンク
 オレンジ色の水と油がグニョグニョる
 逆光線の渦のその向こうに
 キノコ雲した黒いヘアーがメラメラと燃える。
 
 Shock ! Yokosukan Shock !

 人間歌謡、人間海洋、人間太陽、人間だよ

 Shock ! Yokosukan Shock !

 人間模様、人間供養、人間多様、人間迷う 

 Shock ! Yokosukan Shock !

 手垢まみれの鉄のポールに
 絡まりのけ反るアジアの肉体
 唇型のアクリルのステージ
 見ろよ ! 女の衣装は汗だけ
 野獣のような匂いをさせた
 熱い視線がそこに集まる
 ジャングルの火事、黒いヘアーがメラメラと燃える
 
 Shock ! Yokosukan Shock !
 
 窓越しに光る日米パトランプ
 表通りがやけに騒がしい
 赤とブルーの光の波間に
 血まみれ顔のブラザーがほほ笑む
 ちょうどその頃、浦賀水道では
 国籍不明の潜水艦がヌルッと侵入
 てなガセネタが口から口へ、耳から耳へ
 
 Shock ! Yokosukan Shock !
 
 人間火山、人間登山、人間無残、人間オゾン
 
 Shock ! Yokosukan Shock !
 
 人間魚雷、人間如来、人間古来、人間渡来
 
 Shock ! Yokosukan Shock !
 
 

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コンスタンチノープルの戦い (実況中継)

 
ニュース24時 特番  
 
「コンスタンチノープルの戦い」 
 
【司会】 こんばんは。「ニュース24時」の時間がやってまいりました。
 今日はですね、先ほど臨時ニュースでお伝えしたように、ついにビザンチン側とトルコ側が事実上の交戦状態に入った事件を中心に、放送時間を延長してお伝えしようと思います。


 
 解説には、武蔵野歴史大学の町田先生にお越し頂いておりますが、その前に、まず、状況がどうなっているのか。そちらの方から先お伝えしたいと思います。
 
 ええ、コンスタンチノープルには、河村記者が行っております。
 河村さん、そちらの様子を教えてください。
 

 
【河村記者】 はい、いま私はですね、カリシウス門から入った近くのセントソフィア大聖堂の前にいます。眼下に見下ろせる金角湾からはですね、今日はしきりに船が往来しています。
 首都防衛にかけつけたキリスト教側の戦闘艦と、首都に穀物などの食料を運び入れる輸送船がせわしく湾内を行き来しています。
 先ほどから教会の鐘が鳴り響き、セントソフィア寺院には、首都防衛を祈願するたくさんの市民が集結し、朝から礼拝に余念がありません。


 
 たった今ですね、ビザンチン帝国の皇帝コンスタンティヌス11世ほか、イシドロス枢機卿、ほかヴェネツィア大使、ジェノバの代官らも交えた作戦会議が催された様子です。
 会議の詳細は分かっておりませんが、初代のコンスタンチン大帝以来1,100年続いたこの歴史と伝統ある街を守り抜くために徹底抗戦を貫くという方針が定まったようです。


 
 今日は朝から、防壁の上も相当混雑しておりまして、城壁の上に設置された大砲で使う弾丸が、しきりに運び込まれています。これには兵士のほかに、一般の市民も協力している模様です。
 先ほどからですね、私の回りにも、城壁の階段を物資を運ぶ人々の姿が動きを早めています。 
 ちょっと市民の声を聞いてみたいと思います。
 
 「… ああ、ウンベルディアノクレス、アラ、モラビアータ、ウン、ポンドゴレス、メゾ、ソフォン、クレ?」


 
 「ディアメゾン、ゴランヴィラクレメンソ、ゴナ、ミノレット、トレヴィザン」
 
 「フラゴナ、ゴメ、プリメラゾン?」
 
 「ジャガ、メンドゥーサ、オモン、ゴラン」
 
 ええ、今私は城壁の上に武器を運び上げようとしていた市民のひとりにインタビューしてみましたが、彼が答えるには、 
 「この町は、今まで一度も陥落したことがない。今回も、我々は町を死守するつもりだ。神が私たちを見放すことはないだろう」
 
 こう言い残して、市民のひとりは城壁の上に武器を運んでいきました。
 

 
 このようにですね、コンスタンノープルを守る市民たちの士気はかなり高そうです。
 先ほどですね、キオス島を本拠地としたジェノバの将軍シュスティアーニ率いる500のジェノバ兵が2隻の軍船で到着しまして、市民に歓呼の声で迎えられ、市民たちの顔は意外と明るい表情に包まれています。
 

 
 現在金角湾には、ジェノバ艦隊のほかヴェネツイアの大型ガレー船5隻も金角湾に集結しておりまして、海軍力に関してはトルコ軍より上との評判もありますので、ビザンチン側はこの海軍力を結集して首都の防衛に力を注ぐ意向のようです。


 
 しかし、市民の中で戦える男子も含めましてビザンチン側の守備兵力は7千人しかおりません。
 このあたり、人海戦術を展開するであろうトルコ軍に関して、どこまで町を防衛できるのか。
 ビザンチン側に与えられた厳しい条件をどうクリアするのか。その辺の課題はいまだ解消されてはおりません。
 
 …………………………………………………
 
【司会】 さて、いっぽうアドリアノープルを出発したトルコ側の様子を伝えてもらいましょう。 
 アドリアノープルにはバッキー記者が行っております。
 バッキーさん、… バッキーさん。アドリアノープルの様子はどうでしょうか?


 
【バッキー】 はーい、こちらは今まるでお祭りのような騒ぎに包まれています。
 私は今、アドリアノープルの宮殿前広場におりますが、もうスルタン出征の様子を一目見ようという市民がですね、朝から広場を埋め尽くして、歩くこともできない状態です。
 

 
 今日は1日中軍楽隊が景気の良い行進曲を奏で続けていまして、それに市民の歓声、そして軍馬のいななきが混じりまして、ちょっと人々の話す声も聞き取れない状況です。


 
 いま私の目の前にですね、イザク・パシャ率いるアナトリア軍団が行進中です。
 このアナトリア軍団というのは、トルコ軍の中でも正規軍団だけに、全員が赤いトルコ帽に装備を統一して、一糸乱れぬ行軍を続けております。
 
 実はですね、このあとトルコ軍の誇る最新のハイテク兵器が登場するとあって、市民たちはその話題で持ちきりです。
 なんでも、ハンガリー人の技術者であるウルバンという人が設計した砲身が8mにも及ぶという巨砲でありまして、その射程距離は1kmという超ハイテク兵器だそうで、30頭の牛と700人の兵士の力でやっと動くという、恐るべき大型大砲だということです。
 軍事大国であるオスマン帝国の恐ろしさを示す新兵器もこれからお目見えする予定です。


 
 あ、今ファンファーレが鳴り響きまして,人々の歓声が一段と高まりました。
 あ、いよいよスルタン、メフメト2世の登場のようですね。
 お聞きください。割れんばかりの大歓声です。


 
 ああ、宮殿の門からイェニチェリ軍団が出てきました。
 スルタンの親衛隊といわれるイェニチェリが、白いフェルトの帽子に緑色の上着を着て、肩に弓を抱えて行軍してきます。
 スルタンの親衛隊といわれる無敵のイェニチェリです。 
 全員が白のトルコ式ズボンに、ベルトに半月刀を差し込んで、見事な隊列を組んでやってまいります。
 

 実に整然とした行進です。
 兵士の背たけも、まるで物差しで計ったように、同じぐらいの背たけで統一されてですね、まるで機械仕掛けの兵隊のように、見事に同じ歩調で歩いてやってまいります。
 弓を抱えた兵隊の後ろは、槍を抱えた部隊が続いております。
 すごいです!
 槍の穂先がきらきら輝いて、まるで銀色の林が動いているようです。
 
 その周りをですね、赤字に白の半月を染めたトルコ国旗が何千、何百とはためています。世界帝国をめざすオスマン・トルコの威信をかけたイェニチェリの行進が、いま私の前を進んでいます。


  
 あ、いよいよスルタンの登場のようですね。
 あ、来ました! 来ました! 
 イェニチェリ軍団の中央を、ビロードのマントに白のターバンを巻いた若者が颯爽とした馬に乗って姿を現しました。
 オスマン帝国の若い君主、メフメト2世の登場のようです。
 白く輝くばかりの純潔アラブ馬にまたがっております。少し顔を高潮させながらも、まっすぐ前を向いたまま堂々とした手綱さばきでこちらに向かってきます。
 

 
 沿道の歓声が一段と高まっています。
 私の隣にいて手を振っている老人が、しきりに大声で声援を浴びせています。
 
 ちょっと声を聞いてみましょう。
 
 「スルジュ、スル、デウシメル、アナドルアースゥ、メクテプ、メドレセ?」
 

 「エフェエンディ、フェイズスッラア、イジャーゼット、ギュルババル、コンスタンチノープル、アスケリ、レアラー」
 
 「ええ、今日の日を心待ちにしていたんだ。神がコンスタンチノープルを我々にお与え下さるのは間違いのないことだ。今日は我々にとって永遠に記念として残る日になる」
 
 ええ、私の隣の老人はこう答えています。
 それでは、アドリアノープルからの実況をひとまず終りにします。
 
【司会】 バッキー記者どうもありがとうございました。
 ここでひとまずお知らせをはさんで、なおもこの事件の報道を続けたいと思います。

 ………………………………………………………


 
【司会】 それではですね、この戦闘がどういう方向に向かうのか、今日は軍事評論家の武蔵野歴史大学の町田先生にお伺いしたいと思います。
 先生、いよいよオスマン帝国のメフメト2世がアドリアノープルを出発したわけですが、今後どういう展開が予想されるのか、そのあたりをお聞かせ願えますでしょうか。


 
【町田】 ええ、僕はねぇ、この戦い相当長引くと思いますよ。
 確かにトルコ軍は準備万端整えて、おそらく一挙にコンスタンチノープルを陥落させようと思っているでしょうが、この都市は非常に堅固な城壁を持っておりまして、今まで正攻法の攻撃では一度も陥落したことがないんですね。
 だから、今回も持ちこたえるような気がしてならないんです。
 僕はねぇ、場合によっては、ビザンチン側が、きわめて有利な条件で講和を結ぶという決着を迎えると感じているんですがねぇ。

【司会】 はぁ、なるほど。その根拠はどういうところにあるのでしょうか。

【町田】 まぁ、この戦いそのものが理屈の通った戦いではないんですね。
 トルコ側にコンスタンチノープルを落とす理由が実はないんですな。
 まぁ、現在コンスタンチノープルというのは、確かにキリスト教側の象徴的都市のひとつでありまして、それを落とすことがイスラム側から見ればひとつの大きな意味をもたらすようにも見えるかもしれません。
 しかし、実際この町は東西貿易の要としてですなぁ、この町が存続することによって、トルコ側も十分な恩恵を得ているんですな。

【司会】 なるほど。

【町田】  要するに、この町はですねぇ、ヴェネツィアやジェノバの商人が事実上交易の拠点として巨額な貿易取引を行っておりまして、その富がトルコ側にももたらされているわけなんですね。
 それをトルコが直接支配したとしても、交易のノウハウを持たないトルコでは、現在の交易水準を維持できないわけで、それは経済的にみれば、むしろトルコにとってマイナスなんですな。
 
【司会】 そのへんトルコ側はどう思っているんでしょうか。

【町田】 トルコ側にも、ハーリル・パシャという、わりと開明的な宰相がおりまして、もともと彼は今回の軍事行動には反対の立場を示しておりますから、戦いが硬直状態に入ってくれば、彼を通じてビザンチン側との講和が生まれる可能性もあると、僕は見ているんですがね。


 
【司会】 分かりました。今日は緊迫したアナトリア半島の様子を実況を踏まえてお送りいたしました。
 「ニュース24時」は、この後もスポーツニュースをはさんで、この状況の推移をお伝えするつもりです。ひとまず皆さんとお別れします。
…………………………………………………………………………

“コンスタンチノープルの陥落” に対する
塩野七生とスティーブン・ランシマンの立ち位置 

 
 
コンスタンチノープルの陥落
 
 トルコのイスタンブール市が、まだ「コンスタンチノープル」と呼ばれ、ギリシャ正教を唱えるビザンチン帝国の首都だった時代があった。
 15世紀に、それを当時のオスマン・トルコ帝国が攻め落とし、コンスタンチノープルは、やがてイスタンブールと名を変えて、トルコの首都として今日に至る。
 
 このコンスタンチノープルの陥落について専門的に書かれた読み物として、現在日本語で読めるものでは、塩野七生氏の『コンスタンティノープルの陥落』(新潮社)と、スティーブン・ランシマンの『コンスタンティノープル陥落す』(護雅夫訳 みすず書房)の二つを読むことができる。


▲ 塩野七生 著 


▲ ランシマン 著
 
 塩野版は物語調で書かれ、ランシマン版は学術レポートのような文体で描かれているが、両者とも臨場感に富んでいて無類に面白い。
 ただ、小説のような構成を取る塩野版に比べ、年代記的に記述を重ねていくランシマン版の方は、前半がやや退屈である。
 特に、トルコによる包囲が始まるまでの、ビザンチン側とトルコ側がそれぞれ抱えていた政治上の問題点などを詳述するところは、わざわざ2章も割く必要があるのかと思えるほど冗長に感じられる。
 
 しかし、ランシマン版では、その “退屈さ” が、実は包囲戦が始まる前の緊張感を高めるための伏線になっていることも見逃せない。
 
 コンスタンチノープルという都市が置かれていた状況。
 オスマン帝国という国家の成り立ち。
 そういうものを解説しながら、包囲戦が始まる前に、トルコ側がどういう準備を進めていたか。
 また、それを察知して、ビザンチン帝国側はどのように対応したか。

 いさささか学術解説書的な叙述ではあるが、読者はその経緯を知ることによって初めて包囲戦の意味を理解し、「これからスリリングな事件が始まろうとしている」という実感をつかむことができる。
 
▼ 難攻不落を誇ったコンスタンチノープルの3重の城壁
 
 
 
物語性の強い塩野版
 
 一方、塩野版は、最初から映画や小説を思わせるようなエンターティメントの華やかさに読者を包み込んでいく。
 調査報告書のようなランシマンの記述と違い、塩野版においては、包囲戦が始まる前の状況は、すべて複数の登場人物の目によって、カメラがとらえた画像のように紹介される。
 
 語り部として登場する人間は、実にさまざまだ。
 コンスタンチノープルに神学を学びに来た西欧の留学生。
 その町に居留して交易を営む商人。
 あるいは、イスラム教徒の反乱軍を鎮圧するためというスルタンの援軍要請を受けて馳せ参じ、現地に着いてから「コンスタンチノープル攻略」の意図を知らされて戸惑うキリスト教騎士団の隊長。
 そしてスルタンの私生活を目の当たりにしてきた小姓。
 
 章が変わるごとに、異なる立場にいる人間が、それぞれ「ボスフォラス海峡を挟んで、トルコ帝国とビザンチン帝国の間に何が起ころうとしているのか」を語り始める。
 
 しかし、彼らによるレポートがあまりにも具体的なために、かえってそこで展開される話が、実話ではなく、作者の想像の産物に過ぎないのではないか … という気分にさせてしまう。
 もちろん最終章で、ここに登場した人物が、実はこの戦いの「記録」を残した人たちであることが判明する。
 その時点で、読者は「そうなのかぁ! なるほど!」と膝を打つ。
 
 それでも前半に受けた「つくり話っぽい」印象までは解消しきれない。だから、この本では、むしろ登場人物たちが記録を残した人であることを先に出すべきだったかもしれない。
 
 … とはいえ、この2冊は面白さの性質がそれぞれ違うので、結局両方読むのが一番ということになる。
 

 
 
メフメト2世の描き方で分かる作家たちの狙い
 
 ランシマンと塩野七生の最大の違いは、メフメト2世の描き方に表れている。そこに2人の作家の生まれた風土、文化、歴史観の違いを見ることもできるかもしれない。
 
▼ トルコ史ではあまりにも有名なメフメト2世

 
 コンスタンチノープルが陥落するという事件は、メフメト2世という、21歳のたったひとりの若者の野心によって引き起こされた。
 
 この出来事が衝撃的なのは、その若者が、当時の西アジアで最強国家であったオスマン帝国の専制君主として、数百万という人々の生殺与奪の権利を意のままに握っていたということに尽きる。
 1000年の歴史を誇り、当時は世界で最高の文化を持った大都市(コンスタンチノープル)が、ひとりの青年のきまぐれによって消滅するということは、議会制民主主義の伝統を重んじるヨーロッパで育った人間から見ると、「非合理」と「野蛮」の極みであっただろう。
 
 ランシマンの記述を読んでいると、彼が征服者メフメト2世に対して、公正かつ客観的な視点を維持しながらも、ヨーロッパ知識人がアジア的な専政君主政に抱く侮蔑感から免れてないように思える。


 
 ランシマンの手になるメフメト2世は、革新的な発想と古典的教養を同時に備え、卓越した洞察力に恵まれながらも、猜疑心が強く、残忍で、自分の意にそぐわない家臣たちを何のためらいもなく処刑する人間として描かれている。

 残忍でわがままな君主は西欧にもたくさんいただろうが、ランシマンが注目したのは、君主に処刑されることを当たり前として容認する人々を生んだアジアの精神風土そのものだった。
 
 スルタンに深夜呼び出されただけで、処刑を覚悟し、財貨をこぼれるばかりに盛った銀の盆をうやうやしく捧げる宰相。
 無様な戦いぶりを見せたというだけで鞭打ちの刑を受け、私有財産もすべて没収されて、乞食に身を落とす海軍司令官。
 スルタンに仕える人たちは、宰相であれ奴隷であれ、スルタンの気分ひとつであっという間に消されてしまう存在である。
 
 しかし、トルコ帝国の高官たちは、そのこと自体が理不尽だという意識を持たない。近世以降のヨーロッパ人が獲得した「人権」や「平等思想」などが入り込む余地のない世界だ。
 そこに、ヨーロッパ人であるランシマンは、庶民が王権を倒すフランス革命などを経験した自分たちとの違いを意識したことだろう。
 
▼ はためくトルコ旗

  
 
メフメト2世の実像とは?
 
 塩野七生は、ランシマンとは違って、西欧人の独断と偏見から自由であるために、世界史のなかの一人の「英雄」としてメフメトを位置づけるという作業を行っている。
 塩野氏は、西欧史の文脈では「無意味だった」とされるコンスタンチノープル征服も、「その後のトルコの発展を考えれば極めて当然の行為だった」と正統に評価することをためらわない。


 
 ただ、メフメト2世に対する西欧人の過小評価を是正したいという気持ちが強過ぎたのか、彼を颯爽とした若者として描き過ぎたという印象も受ける。
 ランシマンが描いたメフメトの残虐性を語るエピソードも、塩野版ではかなり後退している。
 ランシマン本を先に読んでしまうと、そこが若干物足りない。
 時にはランシマンのような意地悪な見方の方が、逆にメフメトの個性をうまく描き出すこともあると思う。
 
 塩野氏とランシマンの視点の違いは以下のエピソードを紹介するときの書き方の違いからよくうかがえる。
 
 メフメト2世の側近に、彼の父の代から宰相を務めるハーリル・パシャという重鎮がいた。
 ハーリルは、これまで何度も提唱されたトルコ側のコンスタンチノープル征服に対しては強固な反対論を唱える論客だった。

 実利主義者のハーリルは、コンスタンチノープルという都市が軍事的にはトルコにとって何の脅威にもならないこと。逆に、同都市に商売上手のヴェネツィア人やジェノバ人が居留しているからこそトルコとの交易も順調に運んでいることを理由に、コンスタンチノープルを奪うことはトルコの利にならないと主張する人間だった。
 
 当然、「栄えある征服者」としての自分を夢見るメフメト2世にとって、実利を説くハーリルの存在は目の上のタンコブとなる。
 しかし、宮廷内におけるハーリルの支持者は多く、諸外国の高官たちもハーリルには厚い信頼を寄せているので、専制君主のメフメトですら、この宰相の意向を無視するわけにはいかない。
 
 だがメフメトは、ある晩、ついにコンスタンチノープルを征服する意志があることをハーリルに告げる。
 
 このシーンを、塩野氏は、メフメトが、「先生、あの町を私にください」と、声を押し殺して、静かに語ったと描いている。
 彼の冷酷な意志と、底知れぬ不気味さを表現しようという書き方だ。
 
 それに対し、ランシマンは「師よ。われにコンスタンチノープルを与えよ !」と叫んだと表現している。
 
▼ コンスタンチノープル城壁
 

 二人がどのような原典に依拠したか分からないが、私はランシマンの方を採る。直感的に「叫んだ」と思えてしかたがないのだ。
 叫ばないにしても、叫ぶような高圧な態度で、専制君主らしく居丈高に命令したことだろう。
 
 ランシマンによると、メフメト2世は独裁者の常で、気まぐれによって家臣を振り回すことにためらいを感じる人間ではなかったという。
 そうだとすれば、夜中にハーリルを呼び出したのも、不意に襲ってきた興奮に耐えきれなくなったからだ。

 高揚した気分のままハーリルに決意を打ち明けようとするメフメトには、塩野氏が描くように、沈着冷静に取りつくろう余裕があったとは思えない。
 
 ランシマンは、メフメ2世が傷つきやすいただの若者であったことを見逃さない。
 絶対的な権力を行使している最中にも、彼は、家臣が持っている「経験」が自分には欠けているという思いを忘れることはなかったという。
 

▲ 金角湾を望むトルコ側の砲台
 
 金角湾における海戦のとき、メフメトが海の中にまで馬を乗り入れ、声をからして船長たちを指揮したが、それに耳を貸そうとする船長は一人もいなかったとランシマンは書く。
 
 「陸戦ならいざ知らず、海戦や船の操作についてスルタンは何の知識も持っていないことを、船長たちは知っていたからである」
 
 メフメトは、この時ふがいない船長たちに憤る姿勢を見せながら、内心は自分の非力さに傷ついていたという。

 こういうところにランシマン本の面白さがある。
 彼はメフメトの未熟な部分や偏狭な性格と、世界史的に傑出した名君であった部分を公平に描き分けている。
 
 それに対して塩野版で描かれるメフメトは、年上の大臣たちをも恐れさせる絶対君主の相貌を帯びる。
 彼は、沈黙を守っているときですら神秘的なカリスマ性を漂わせ、激怒したときには、鬼神をもひれ伏させるような怖ろしさを発揮する人物だったされる。
 
 ちょっとカッコよすぎである。劇画の主人公のような感じだ。
 メフメト2世の描き方に関しては、家臣に対して強権的に振る舞いながらも、内心は自分の幼さに悩んでいたというランシマン的な把握の方に、軍配を上げたい。
 
 しかし、それ以外の叙述となると、さすがにストーリーテラーとしての技量は塩野氏の方が断然上である。
 「小説家」でもある彼女の描写力は、「研究家」ランシマンの上を行っていると言わざるを得ない。
 
▼ ガレー船
 

 ベネチア船が櫂を一斉に揃えて、動き出す瞬間の描写。
 あるいは、トルコ親衛隊イェニチェリの一糸乱れぬ行軍の様子。
 城壁の上に勢ぞろいして、トルコ側を威嚇するビザンチン側の高官たちの姿。
 トルコ兵たちが歌う、エスニックな軍歌の響き … 。
 
 読者を目撃者に仕立ててしまうような臨場感の出し方においては、塩野氏の方に1日の長がある。
 このようなテーマをそこまで書き込める日本人は、氏以外にはいない。

 
▲ スルタンの親衛隊 「イェニチェリ」 。“新兵” という意味。キリスト教徒の子供たちをさらって、無理やりイスラム教に改宗させて作り上げた軍隊。家族から切り離された存在であったため、スルタンに対する忠誠心は絶大であったという。当時の世界最強軍
  
 
《 追記 》
 
 メフメト2世の人生をたどっていくと、日本の織田信長に似たところが多々あるように思える。
 まず、どちらも専政君主の子として生まれながら、その存立基盤が不安定で、王位継承の前に、その兄弟・親族を殺害しなければならなかった。
 
 また両者とも、最初のうちは父の代から使えていた家臣たちからその能力を評価されず、白眼視されていた。
 そのため周囲に対する猜疑心が強く、恨みをじっとため込む執念深い性格が形成されていった。

▼ 織田信長

 
 信長が、若い頃の自分に楯突いた家臣への恨みをずっと心の奥に潜ませ、晩年その家臣たちを追放したように、メフメトも自分の方針に従わなかった宰相たちを後になって処刑している。
 家臣に愛されるよりも、恐れられる君主を目指したというところも、2人に共通している。
 
 また、古い伝統に縛られることを嫌い、新しい物が好きだったところもそっくり。
 特に火器に異様な関心を示したところが似ている。
 信長が前代未聞の3000挺という鉄砲を集めて、長篠の会戦に臨んだように、メフメトも、ハンガリーの技術者であるウルバンに、世界初の巨大大砲を造らせるなど、ともに火器において軍事史を書き換えるような出来事をつくっている。
 
 船を使ったユニークな軍事行動を行うところも似ている。
 信長は、銃撃戦に耐えられる鉄板張りの船(鉄甲船)を建造して、周囲を驚かせたが、メフメトも、封鎖された金角湾のなかに艦隊を突入させるため、船を荷台に乗せて山越えを行うなど、常人の意表を突くアイデアを披露した。
 
 性愛においても2人は男色・女色の両刀使い。
 ファッションに関しても互いに派手好み。
 両者とも国際派であり、ヨーロッパ風の文化や文物を好んだ。
 
 要の東西を問わず、歴史の中に傑出した営みを残した「英雄」というのは、どこか似ている。
 「闇」の部分が濃いだけ、「明」の部分も輝きを増すということを、この2人は教えてくれているのかもしれない。
   
  
関連記事 「オスマン帝国伝説」 
 
参考記事 「姉川の合戦」
 
  

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美容整形の物悲しさ

  
老年になったときの美容整形の顔は人間の顔か?
シネマ漂流(映画感想記) No.10
『へスタースケルター』
 
  
 「きれいになりたい」という個人の願望をいちばん手っ取り早く満たすものとして、美容整形手術はかなり浸透している。
 この手術を受ける人はどこの国にも万遍なく存在する。
 一番多いのは、アメリカ人(311万人)だという。
 以下、ブラジル人(145万人)、中国人(105万人)、インド人、日本人、メキシコ人、韓国人、ドイツ人、トルコ人、イタリア人と続く(2014年データ)。

 以上の順位は、美容整形手術を受けた人の総数を計測したものだから、当然、人口の多い国が上位に上がる。

 この順位を、1,000人のうち何人受けたかという率で換算してみると、やはり “整形手術大国” のウワサどおり韓国がトップに上がり、同国では1,000人のうちの約13人が整形手術を受けていることになるらしい。
 韓国で美容整形が盛んなのは、容姿が良くないと進学や就職に不利になる傾向が強いからだとされている。

 確かに、美人であれば得することが多いだろう。
 韓国社会でなくても、容姿が美形であるならば社会的評価も甘くなって、人よりも有利な立場に立つこともあるだろうし、何よりも異性にチヤホヤされる満足感が得られる。

 しかし、いちばん大きいのは、「美しくなった」という本人の自己満足が、何モノにも代えがたいほど重要なものだという。
 そのために、美容整形のために3,000万円~4.000万円費やすこともザラではないとも。

 人に迷惑をかけることのない自己満足ならば、誰がそれを揶揄(やゆ)することができよう。
 それで本人の幸せが得られるのなら、他人が何かを言い出す筋合いではない。
 
 
 しかし、美容整形された顔は、年をとってくると悲惨である。
 最近、昭和の中頃に活躍した歌手たちが懐メロを歌うテレビ番組が増えたが、若い頃に整形手術したと思われる人たちの顔があまりにも “痛くて”、見るに堪えない思いにかられることが多い。

 若いうちはいいのだが、60歳を超え、さらに70歳以上になってくると、手術を繰り返してきた人は、一目で分かる。
 老け方が、自然ではないのだ。
 年老いて肌の色つやが失われ、顔全体にシワが広がり始めたというのに、人工的に誇張された目の大きさや鼻の高さだけが原型を保っているため、夏草に覆われた荒野にたたずむ廃墟を見るような気分になってくる。

 そのようなことをあらかじめ分かっていても、それでも「美しくなりたい」というのは、人間の性(さが)なのだろうか。
 人によっては、「年とったときなどどうでもいい ! 今この現在、私は美しくなりたい !」と強く思う人もいるだろう。

 その代償は、年をとったときに大きなものとして感じられるようになるだろうが、若いということは、「年を取ったときの自分を想像できないところにある」のだから、それを若い人に言っても無理である。

 ただ、これだけは言えると思うのだ。
 人間の顔は、二つの要素で構成されている。
 一つが「骨格」。
 そしてもう一つが「表情」。

 このうち、骨格の方は死ぬまでほとんど変わらないが、表情は年齢とともに変化する。
 なぜなら、「表情」とは、その人間の精神の歴史が刻まれたものであるからだ。
 豊かな精神生活を送ってきた人の表情は、たとえシワが深くなろうとも、肌の色つやが衰えようとも、その内面の輝きに支えられて、自然の美しさを維持している。

 しかし、美容整形手術は、その “精神の歩み” を止めてしまう。
 その人が手術後に、どんなに豊かな精神生活を送ろうとも、もう顔にはそれが反映されないのだ。骨格だけは、若いときの美しさを保ちながら、その顔からは「成熟」が抜け落ちてしまう。

 人の顔には、さまざまな体験や学習を通じて習得された叡智(えいち)というものが滲み出る。負の人生ばかり背負ってきたと言われる人でも、晩年の顔には、それなりの苦悩や後悔を通じて獲得された “凄味” のようなものが浮かび上がる。
 が、美容整形された顔には、年輪を刻んだたときに表れる「精神の歩み」の痕跡が残らない。
 つまり、それは「生活している人間」の顔ではなくなるということだ。

 
 昔、岡崎京子の漫画を実写化した蜷川実花監督の『ヘルタースケルター』(2012年公開)という映画があった。

 全身美容によって全く別人に生まれ変わった(とんでもないブスの)女の子(沢尻エリカ)が、人気ファッションモデルとなって芸能界の寵児に登りつめるのだが、極端な美容整形の副作用によって、身体のあちこちに変調をきたし、最後は精神も錯乱して自滅していくという話だった。

 いま思い出すと、この映画は、美容整形手術によって、人間が「人間ではない何か」になっていく過程を捉えた映画として、象徴的な意味を持っていたように思う。

 全身整形で身体そのものを改造したヒロインは、自分のオリジナルの肉体を持たない。
 そのため、ヒロインは、何かを確認するかのように、ことあるごとく鏡を見つめる。
 スタジオ内につくられたメイク室の中にある鏡。
 自分の部屋に設けられた巨大な鏡。
 沢尻エリカという役者のそのものよりも、むしろ鏡に写された沢尻の顔を映した時間の方が長いくらいだ。

 しかし、鏡というものは、それを覗いた人間の素顔をけっして伝えない。
 そこに写るのは、左右が逆になった、まやかしの自己像にすぎない。

 ヒロインは、鏡を見ながら思う。
 「今の自分はまだ美しい」
 「しかし、この美しさをいつまで保っていられるのだろうか」
 「そして、他人も同じように美しいと思ってくれるだろうか」
 「そもそも、鏡に写っているのは、いったい誰なんだろう」 

 整形前の自分の顔を記憶しているヒロインには、鏡に写っている今の自分がほんとうの自分であるという実感がわかない。

 そのような不安定なヒロインの気持ちを代弁するアイテムとして、「鏡」 は確かに映画のテーマを解く手がかりとして雄弁に機能していた。

 また、ヒロインはCM撮りやら雑誌取材などで、カメラが迫ってくるとき以外は、どこにいてもタバコを吸っている。
 このタバコもまた、彼女の気持ちを表す効果的なアイテムとして使われていた。

 タバコの煙は、吸う人間の身を隠す “煙幕” だ。
 タバコを吸う人間は、無意識のうちに、自分の本心を煙によって人から隠そうとしているのだ。
 だから、ヒロインがひたすらタバコを吸うシーンは、彼女が他者に対して、本当の自分をさらけ出すことに不安を感じていることを暗示している。

 「タバコ」と「鏡」。
 小道具選びは完璧だ。
 その二つの小道具は “偽りの美” を手に入れたヒロインが、いつかは真実に復讐されることを恐れている状況を伝えていた。

 今の日本人女性の70%近くは、機会があれば自分も美容整形手術をしてみたいと思っているというデータがあるそうだ。
 それだけ、顔の造作を変えることに抵抗を持たない人が増えてきたということなのだろう。
 もちろん(先にも言ったが)、その人の成長が、整形手術した段階で止まるなら、それでもいい。

 だが、人間の「顔」は、時間の流れとともに、常に絶え間なく変化していく。今こうしている間にも、1秒前の顔は存在しない。
 そのように、刻々と “上書き” されていく顔を、ある年齢のまま凍結させてしまったら、どういうことになるのか。
 たぶんその人は、老いたときに、変化のダイナミズムを失った「仮面のように凍り付いた顔」を鏡で覗くことになるのだろう。

 『ヘルタースケルター』という映画は、その事実を知ってしまった人間の「苦悩」と「憂鬱」を描いていた。
 最後はヒロインの開き直りともとれるようなエンディングを迎える。
 その開き直りの凄まじさがテーマでもあるわけだが、それは悲劇の頂点でもあるという話だった。
 
 

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AKB48の長い終わりの始まり

 
 もう2年ぐらい前だったか、ポップス評論家の近田春夫は、AKB48の新譜CD(だったかイベント活動だったか)に触れて、「AKBの長い終わりが始まった」と語った。
 それが何を指していたのか、もう忘れたけれど、最近私もそんな思いに駆られる。
 特に、2016年の総選挙で、指原莉乃が24万票を獲得し、2年連続1位になったことを知って、それを強く感じた。

 指原莉乃は、歴代のAKBのなかでは珍しく、良くも悪くも自分の言葉で物ごとを語れる女性である。タレントとして切り返しがうまいし、話題を展開するときの、人の気を引くツカミもばっちり。このへんは、前田敦子や大島優子にはなかったキャラクターだ。
 だから彼女は、バラエティー番組などに出たときも、AKBのスポークスマン的な役割を果たしてきた。

 メンバーのなかで、そういう女性の露出度が高まったということは、AKBが「個性」を持ったことを意味する。

 しかし、AKBというアイドルユニットは、「個性」がなかったからこそ、ファンに対するの吸引力を持っていたのではなかったか。
 つまり、総選挙などで、ファンが自分の “推しメン” を応援できたのは、集団としての「個性」がなかったからこそ、逆に、自分のお気に入りの一人に対して、容易に「個性」を見つけ出すことが可能だったのだ。

 だが、指原がAKBを代表するような “顔” になってからは、AKBというユニットは、指原の個性で引きずられるような集団になったように思える。

 ずっとファンであった人は、「けっして、そんなことはない」と否定するのかもしれないが、少なくとも、“外部” からAKBを眺めていた私などには、篠原のキャラが目立つようになったことで、やっと彼女たちの本質というものが分かりやすくなった。

 では、その本質とは何か。
 神聖不可侵のオタクだけのアイドルではなく、テレビなどで日常的に接する普通のアイドル集団であるということである。

 彼女たちがデビューして、早10年。
 アイドルとしての賞味期限が切れる年月が経っている。
 一時、「AKB48」という集団は、この世にはじめて出現した異次元のアイドルグループと見られ、それこそ社会現象化したが、人は興味を持ったものに対しても、いつかは飽きるもの。

 指原莉乃が突出してきたということは、「AKBの長い終わりの始まり」なのかもしれない。後に残るのは、普通のタレントとして生き残れる、ごく少数の人間だけだろう。

 ただ、このAKB現象が、今の日本の若い女の子たちに、一つの生き方を提示したことだけは確かである。

 「気が強く、上昇志向が強ければ、サクセスへの道が開かれる」

 “目立つこと” に生きがいを見出そうとする女の子たちに、AKBメンバーは一つのロールモデルを与えたのだ。

 AKB人気が収まるときがいつかはやってこようとも、「AKBのように生きたい」という夢は、21世紀の日本の “女子文化” を作っていくかもしれない。 
 
  
参考記事 「AKB好きのオヤジたちの白熱論争」
 
参考記事 「きゃりーぱみゅぱみゅとAKB48」
 
参考記事 「AKB48の『音楽』とは何か?」 
 
 

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俺の寿命はあと3~4年 ‼ 肺血栓のカテーテル検査

 
 カテーテルという物を使った医療がある。
 「カテーテル」とは、“細い管” のことを言うらしい。

 その細い管を、皮膚の一部に穴を開けて人体の奥に沈め、主に心臓の圧力や心拍量などを調べる検査を「カテーテル検査」という。

 この14日から16日にかけて 2泊 3日ほど入院し、その検査を受けた。
 検査部位は、肺。
 肺にこびりついた血栓の形状や厚みを調べるための検査だった。

 局所麻酔によって、被験者の首、もしくは肩、あるいは股関節に穴を開け、そこから心臓や肺に至る血管にカテーテルを通していく。

 管の先にはバルーン(風船)が取り付けられており、その風船で血管を膨らませることによって、その内情を見えやすいものにする。
 その見えるようになった血管の映像を、レントゲン装置などを使って撮影していくわけだ。

 そのときの患者の気分はどんなものか。
 すでに、被験者からその感想は聞いていた。
 「最初はチクッと痛いけれど、あとは何も感じないうちに検査が終わってしまう」
 と、すでに2回経験した人はそう教えてくれた。

 ま、そうは聞いても、まったく経験がないと、その「チクッとした痛み」が、どれほどの痛みなのかは分からない。
 
 分からないと、逆に想像力が働きすぎて、とてつもなく痛いのではないかと心配になってしまう。

 で、検査の時間がやってきて、歩くのがそれほど辛いというわけでもないのに、病室から検査室まで車椅子に乗せられ、車椅子を押す介護士さんから「緊張してますか?」などと聞かれ、大げさな扉で仕切られた検査室に送り込まれ、天井を圧倒するかのような機械を見せつけられ、「感染症の予防のためです」と紙の帽子をかぶらされ、「血が付着するので、下のシャツを脱いで検査着に着替えてください」などと言われると、
 「自分はこれから拷問に遭うんだな」
 と、あっけなく思い込んでしまった。

 だから、
 「麻酔を打ちます。最初だけチクッとしますよ」
 と言われたときは、真っ赤になった焼け火箸を、これからぐいぐいと首に打ち込まれていくんだな、… というほどの痛みを覚悟した。
 
 が、最悪の状態を想像していただけに、本当にチクッと痛いだけで終わったので、かなり救われた気分になった。

 でも、気持ち良い検査ではなかった。
 そもそも医療行為で、気持ち良い検査などというものは存在しないと思うのだが、カテーテル検査においても、首横に開けた穴を管が通っていく手ごたえだけは分かるのだ。
 
 血管にカテーテルを通していく過程で、どうしても抵抗する血管というものも出てくるのだろう。そのたびに、グイと押したり、管をひねって角度を変えたりする感触が伝わってくる。
 さほど痛くはないが、気持ちの良いものでもない。

 午前中の検査の結果が、もう午後には出た。
 夕刻、立ち会った先生から、検査結果を聞いた。

 「慢性 肺血栓 塞栓性 肺高血圧症」
 というのが正式な病名らしい。
 
 まれな病気だという。
 肺血栓というのは、よくある病気らしいが、たいていの場合、抗凝固薬(血液をサラサラにする薬品)を服用し続けているうちに血栓がなくなるものだという。

 それが、抗凝固薬の長期的な服用でも改善が見られず、慢性になってしまうというのは珍しいことだとか。
 「日本でも、現在この病気に罹っている人は3,000人もいないでしょう」
 という。

 原因は不明。
 血液のなかに特殊な抗体ができてしまうのか、血液中のたんぱく質が少なくなってしまうのか、理由がはっきりしない。
 若い人ならその原因を特定しやすいが、患者が高齢だった場合は、明確な理由が分からない場合がほとんど。

 だから、「難病指定」になるとも。
 症例も少なく、原因も特定できず、ゆえに決定的な治療法が確立されていないという意味で “難病” なんだとか。

 で、いま現在は、具体的にどういう症状になっているのか。
 肺の血管の圧力が高すぎるというのだ。
 普通の人の場合、その圧力ラインが10~15程度。
 25というのがボーダーライン。
 それが、私の場合は42だという。
 
 要は、肺に血栓が詰まり、それが血液を流すときの抵抗となっているために、圧が高くなるということらしい。
 で、肺の負担は、当然心臓にもかかるので、いま心臓がものすごく酷使されている状況なんだという。

 いずれにせよ、放っておくと、寿命はあと3年か4年のようだ。

 「もう少し、ウナギとか、伊勢海老とか、ウニなど食っておけばよかったな … 」と思いながら話を聞いていたが、手術をすれば普通の健康状態に戻るとも。

 では、どんな手術になるのか?
 担当医が語るには、医療方法は、主に二つ。

 一つは、メスなどで胸を切り開き、肺の血管に溜まった血栓を、直接除去していく方法。
 これが、血栓を取り除くという意味では、いちばん確実なのだという。

 しかも、すでに確立された医療技術なので、症例と手術後の経緯に対するデータ蓄積も豊富にある。
 さらに、1回の手術で、血栓をほぼ完全に取り除くことが可能である。

 ただし、やはり難しい手術なので、経験値を積んだ専門医のいる病院でないとそれができない。
 現在、それを可能にしている病院は、千葉大、東京医大、あとは愛知にある病院だとか。

 デメリットは、それ以外にもある。
 一つは、手術中の出血をどうするか。
 心臓という、血が潔く噴き出す部位の手術なので、出血量を抑えるために、患者の体を冷凍状態にしておかねばならず、その結果、脳に回る血液が澱んでしまうという危険が生じる。
 要は、脳障害のリスクと背中合わせになった手術なのだ。

 そのため、この手術によって死亡してしまう人間も8%の率で存在するとのこと。
 8%という死亡率はかなり多い方であり、この病気がけっして楽観視できないものであることを物語っている。

 この切開による手術に対し、もう一つの治療方法がある。
 それが、今回検査にも使った「カテーテル」による手術である。

 これは2000年頃に、米国ハーバート大学で試みられた医療方法であり、要は、胸を開く手術を受けられない人の応急処置的な方法だったそうだ。

 メリットとしては、手術そのものがシンプルなので、患者への負担が少ないこと。
 そのため、入院期間もそれほど長くならない。
 しかも、(私の場合は)ヨソの病院に行くことなく、継続して同じ病院で治療を受けられる。

 ただ、デメリットとして、胸を開く手術と異なり、入院が1回で終わらない。
 通常3~4回ほど、小分けに分けて治療行為を重ねないとならないらしい。

 さらに、外科的な手術と異なり、カテーテル治療の場合は、血栓を物理的に取り除くことができない。
 血管を風船でふくらまし、血流をふさいでいる血栓を血管の壁に寄せ集めて、血が通るための通路を確保するという治療方法であるため、血栓が再び血管からはがれて漂い始めることが、まったくないとは言い切れない。
  
 それともう一つ。
 このカテーテル手術のいちばんの不安要因は、なにしろ新しく生まれてきた医療方法なのでデータ量が少ないこと。
 手術そのものの技術的報告も少なければ、その予後をレポートする経過報告も十分ではない。

 時に、「肺水腫」という合併症を起こすこともあり、それによる死亡例も報告されているという。

 ま、幸いなことに、私が今回のカテーテル検査を受けた病院は、日本でこの医療方法を取り入れた病院としては2番目であり、現在の検査機もアジアでは最先端のものであるという。

 担当医たちも、日本の病院としては、みなそれなりの経験を積んでおり、当然「少ない」とはいいつつ、データ蓄積量では日本でも有数であるとか。
 「肺水腫」に関しても、その対策を研究するようになってからは、まだ一度も生じていないとも。

 というわけで、今年の7月下旬頃から、また入院して治療に当たることになりそうだ。

 今年の1月に入院して、次の手術が7月。
 何度かの入院が必要らしいので、8月か9月にも入院がありそうだ。
 ほんとに、病気治療の1年になってきた。
 
  

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舛添騒動

 
 14日から16日まで、入院していた。
 といっても、体に異変が起こったということではなくて、今年の3月からすでに日程が決まっていたものだ。
 今まで患っていた肺血栓症のその後の症状を調べるための検査入院である。

 その3日間、病室でテレビを見ていたら、舛添要一氏の “辞任騒動” 一色だった。
 どこのチャンネルを開いても、この顔(↓)ばかり。

 さすがに、明日からはもうこの顔を見る頻度も低くなるだろうけれど、あまりにも集中的に見すぎたために、しばらく夢に出てきそうだ。
 
 この事件の本質は何だったのか。

 先ほどまで、元東京都知事の石原慎太郎氏が、今度の騒動を語るインタビュー番組を観ていたが、結局は、舛添氏の人品骨柄に関わる問題に過ぎなかったという気がしてならない。

 老いたとはいえ、さすがに石原慎太郎氏は、“都知事にふさわしい” 貫録を持っていた。
 私は、この人の思想とか、信条などにあまり共感しない。
 というより、はっきりいって、嫌いである。

 なのに、舛添要一氏に比べると、
 「都知事たる者は、このくらいの押し出しと貫録がなければ勤まらないだろう」
 と思えるような、堂々たる風情を醸し出していた。

 この人だって、失言もしているし、失政も犯している。
 しかし、「活力ある東京」を作ってきたというイメージを築きあげることだけには成功した。
 背景に備わっている教養の幅が、舛添氏とはまったく違うからだ。
 
 確かに、舛添氏だって、東大出の国際政治学者という立派な肩書を持っている。
 しかし、文学者として長年言葉の練り込みに命をかけてきた石原慎太郎氏のキャリアの重みにはかなわない。

 “教養の厚み” は、どんなところで、その差となって表れるのか。

 教養があれば、セコくならないですむ。

 今度の舛添騒動は、諸外国でもニュースとして取り上げられたらしいが、ニューヨークタイムズでは、「せこい」という日本語を使って、舛添氏の品格を論じたそうである。

 舛添氏の「せこさ」というのは、“恥” というものに対する鈍感さから来るものであり、すなわち教養の浅さを露呈していることにほかならない。

 私は、舛添氏が公用車を公私混同したとか、正月の家族旅行に公費を使ったことに関して、それほどの怒りを感じない。
 金額的にたいしたものでもないし、そんなことはこれまで知事連だってやってきただろう。

 それよりも、みみっちい金額ながらも、それを “まことしやか” な屁理屈で言い逃れしようとする “せこさ” の方が、事実を隠ぺいすること以上に疎ましい。
 
 たぶん多くの都民が放ってきた “舛添批判” の根本もそこにあるのだろう。

 テレビ報道では、よく一般庶民の街頭インタビューを行う。
 街を歩くサラリーマンやオバさんにマイクを向けて、
 「舛添氏の弁明をどう思われますか?」
 などと尋ねている。

 たいていの “街の人” は、公金を私的にネコババしたことに対する怒りをぶちまけていたけれど、そういう「正義の味方」を気取った弾劾に、私は逆に、発言する人の貧しさを感じてしまう。
 「おめぇ、人のことを弾劾できるほど、ご立派な生き方してきたの?」
 と思わず言いたくなる。

 しかし、みんなが本当に表明したかったことは、「正義の味方」を気取ったそんな怒りではなくて、舛添氏の “せこさ” に対するあざけりを表現したかったのだろうと思う。 

 テレビで、一連の “舛添騒動” に対するコメントを残した石原慎太郎氏は、舛添都政をこう評した。

 「けっきょく、彼は新しいものを何も生み出さなかったね。つまり政治家ではなくて、官僚だったんだね。
 政治家というものは、人から非難されようが批判されようが、新しいものにチャレンジして、その構想力の大きさで、最後は、批判している人でさえも圧倒してしまう人間のことを言うんだよ。彼にはそれがなかったね」

 石原氏のこういう発言は、ある意味、人を騙す発言である。
 だって、言葉の響きは心地よくても、具体的なことは何も言っていないんだから。

 しかし、そんな騙す発言であったとしても、人を動かす力はある。
 我々は、いま「人を動かす力」を持つ言葉に飢えているのかもしれない。

 舛添氏の発言には、この “人を動かす力” が最後までなかった。
 
  

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