「ジェリー四方」氏の久々のライブ

 
 このブログでも何度か紹介している、シニアバンドの「Rock-O-Motions(ロコモーションズ)」。
 Jerry四方(四方寿太郎)氏が率いる4~5人編成のバンドだが、今回は、四方氏とキーボードのEddy早川(キーボード)両氏だけによる2ピース(デュオ)スタイルのライブとなった。

 これまで東京の赤坂、西麻布、銀座を活動拠点としていた同バンドだったが、今回の会場は珍しく世田谷区。
 小田急梅ヶ丘駅にも近い「Bar珍品堂」(梅丘1-15-13 オーナー中村早苗氏)という店で行われた。

 ここは、骨董品屋の店舗に椅子・テーブルを備え、バー(&喫茶店)の機能も加えたという面白いお店で、規模そのものは小さいため、声を掛けられた来場者も20人程度。

 しかし、アットホームな雰囲気と、四方氏の絶妙のトーク、そして円熟味を増した演奏で、とても盛り上がった4時間のライブとなった。
 
 話の続きは、下記をどうぞ。
 (例によって、捧腹絶倒のトークショーも一部紹介しています)
 https://campingcarboy.hatenablog.com/entry/2019/03/31/150334
 
 

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レクビィ35周年記念ミーティング開催

 
 キャンピングカー業界の老舗「レクビィ」さんの創業35周年記念ミーティングを取材してきた。

 この会合に参加したのは、レクビィの車両を販売する各ディーラーのスタッフと、キャンピングカーメディアの代表者やキャンピングカーライターなど総勢40人ほど。

▼ 集合場所となった「サテライトギャラリー(レクビィ・ステーション)」

 当日は、各招待者がレクビィのサテライトギャリーに集合し、お昼のお弁当をご馳走になったあと、道の駅の会議室で、レクビィの歴史、企業理念、現行車種の説明、オリジナル装備の機能紹介、マーケット分析、キャンピングカー文化の将来的展望などの説明を受けた。

 会議室の説明会では、キャンピングカーライターの岩田一成氏といっしょに、演壇に座り、参加者の前でトークショーを行った。
 テーマは、レクビィ車の機能性とその文化的意義。

 岩田さんが、レクビィのバンコンが心がけている
 「簡単なベッドメイキング」
 「人の動線を確保したフロアプラン」
 「(トップブランドにおける)トイレスペースの意義」
 について言及したあと、私は、
 「(同社のフラッグシップモデルである)シャングリラをはじめとするカントリー・クラブ、ファイブスターなどのトイレスペースを持つバンコンの心理的効果」について語らせたもらった。

▼ ファイブスターのトイレ・スペース


 
 そのあとは、レクビィ本社工場(↑)を見学。
 同社のバンコンがどのように造られているのかという説明を受けたあと、「猿投(さなげ)温泉」という温泉宿に全員バスで移動。
 山深い “秘境” の風情すら漂う落ち着いた宿で、宴会となった。

 翌日は、有志だけの参加となったが、瀬戸市内に瀬戸焼の窯を構える波多野正典氏の工房『燄(えん)』の見学メニューが用意されていた。

 同氏の工房は、レクビィ社とも縁が深く、レクビィの看板バンコンである「カントリークラブ」などのシンク(写真下)が、この波多野工房で生産されている。

 瀬戸市が “瀬戸物” の産地として知られているため、同じ瀬戸市に工場を構えるレクビィが、波多野工房に「瀬戸焼き製シンク」の製作を依頼したという経緯もあるが、そもそもキャンピングカーのシンクに “瀬戸物” を使うという発想自体が面白い。

 それこそ、日本製の漫画・アニメなどのポップカルチャーや、日本製ゲームコンテンツ、現代アート、ファッションなどを総称する「クールジャパン」の “キャンピングカー版” ともいえる。

 旅行日数は、行きと帰りの移動日に、それぞれ2日掛けるという贅沢なものになった。
 昼は中央自動車道の山並みを眺めながら走り、夜はSA・PAで音楽を聞きながらの独り宴会を楽しんできた。

 詳しくは、下記をご参照。
 https://campingcarboy.hatenablog.com/entry/2019/03/30/003802

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ネット詐欺が横行するわけ

  
 今ものすごい勢いで急増している「出会い系詐欺サイト」。
 これに引っかかる女性が増えているという。

 最近テレビのワイドショーの情報で知ったのだが、いま、独身女性に限らず主婦層まで、のきなみ「出会い系サイト」の “サクラを使った詐欺行為” にコロコロ引っかかっているらしい。
 その被害状況は、電話を使った「振り込め詐欺」よりもひどいとか。

 「出会い系サイト」というと、一般的には、性的な交渉を匂わす悪質勧誘というイメージがつきまとうけれど、最近のサイトでは、「会員の身の上相談に答えるだけの簡単な仕事があります」という、求人広告の体裁をとっているものが多いという。

 実際に相手と会わなくてもいい。
 スマホやパソコンを通じて、相談相手と簡単なメールのやり取りをするだけで報酬がもらえる、というのだから、これは確かにリスクの少ない魅力的な話に思える。

 で、それにうっかり引っかかって、登録してしまった女性はどうなるのか。

 やがて、“会員” と称する男性から、私生活上のちょっとした悩みや、不安を感じた出来事などを報告するメールが届くようになる。
 それも、決まって「弁護士」、「医者」、「航空機パイロット」などのステータスを持った男性ばかり。

 しかも、その “悩みごと” というのは、専門的な仕事上のことなどとは関わりがなく、自分の妻との心の行き違いなど、いわば素人でも相談に乗れるようなテーマがほとんど。

 だから、高校時代の同窓会とかクラス会のノリで、
 「女房の心理というのは、意外と単純なんですよ」
 とかアドバイスすると、相手から、「目からウロコが落ちました」とばかりに感心され、さらに自分に頼ってくる感じが強まるのだそうだ。

 回答している女性には、「自分が弁護士や医者のような知的な職業に従事している男性から認められている」という想いが芽生える。

 「弁護士みたいなエライ先生と対等に話し合うなんて、最初は無理だと思っていたけれど、案外、私のアドバイスなんかで救われる人もいるんだ!」

 そういう思い込みが、快感を招き寄せる。

 で、どうなるかというと、その “仕事” を斡旋した会社は、彼女に報酬を払うどころか、いろいろと名目をつけて、逆に支払いを請求してくる。

 さらに、その会社とグルになっていた(サクラの)男性も、「自分が後で払うから、とりあえず立て替えておいてください」とシャーシャーと言う。

 このようなメールのやり取りが詐欺行為だと被害者が気づくのは、すでに相当な額を振り込んでしまった後だとか。

 こういう被害に遭った人たちは、口々に「よもや自分がそんな詐欺に引っかかるとは夢にも思わなかった」と言うらしい。
 つまり、多くの人は、怪しいと思ったらすぐに引き返すつもりで話を進めていたのだ。

 ところが、ある段階でその慎重さが、スパッとなくなる時がくる。
 どういう時か。

 「自分が他者に認められた!」
 という快感を味わった時からである。

 つまり、彼女の「自己承認欲求」が、非常に理想的な形で満足させられた時からなのだ。

 「自分よりエライはずの弁護士先生が、私のアドバイスを喜んでくれた!」

 これは、恋愛サイトで「あなたが好きです」といわれる以上に、人間をうっとりさせるものらしい。
 
 
面と向い合っていれば、相手のウソはすぐ分かる
  
 もし、これが面と向かい合う「リアル・コミュニケーション」を通じたやりとりであったら、どうなっていただろう。

 ホストあがりのチャラい若者が、弁護士になりすましたところで、その不自然さを、相手になった女性はすぐに見破るだろう。
 男の目付きや、言葉を舌に転がすときの仕草、その他もろもろの動作で、女性は動物的な直観を働かし、相手の不自然さを見抜くに違いない。

 ところが、メールだけのやり取りでは、文面以外のことは、ほとんど分からない。
 その文面だって、弁護士なら弁護士らしい言葉づかいとか、医者なら医者らしい言葉づかいの定型フォーマットが用意されているわけだから、簡単に見抜けない。

 そんな不確かなコミュニケーションツールを、人類はあっという間に手に入れて普及させてしまったのだ。

 それは、人類が何万年かをかけて培ってきた、「相手の目を見、表情を探り、言葉に表現されたもの以外の情報から人間を見抜く」というスキルを無にしてしまったことと同じだ。

 そもそも、テレビの情報伝達そのものが、人を見抜く能力をスポイルする方向に向かっている。

 テロップ文化が、それだ。
 今のワイドショーなんかでは、登場人物がしゃべる内容を考える前に、カンペが用意され、その発言内容をテロップで補うような文化が進んでいる。

 「人の真意をさぐる」という現代人のスキルが退化してきているのは、今の世の中全体の流れなのかもしれない。
 
 
こちらの関連記事もどうぞ(↓)
「芸能人装うサクラサイトに要注意」
 
 

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話題性よりも普遍性

 
 この「ホビダス」の趣味ログにアクセスできない時間が増えるにしたがって、仕方なく二つのブログを掛け持ちするようになった。
 
 私以外にも、昔から活躍していたほとんどの「ホビダス」ユーザーがここから引っ越されて、別のブログサービスに移動している。「ホビダス」では、まったくログインできない日が2~3日続くこともあるから、無理からぬことだと思う。
 
 私も最近は、新しく始めたもう一つの「はてなブログ」の方の更新頻度が高くなってきている。

 こうして、「ホビダス」と「はてな」の二つのブログサービスを掛け持ちするようになって、いろいろ見えてきたことがある。
 (これは前にも書いたことがあるが)、近年「ブログが衰退してきた」という声を耳にする一方で、「ブログを書くことで救われている」人も増えているという気がするのだ。

 「ブログによって救われる」
 という言葉が適切かどうかは分からない。

 ただ、「はてな」ユーザーのブログを閲覧していると、切実なテーマを抱えている人がけっこういるということが分かってきた。

 あるブロガーは、競争社会のなかで生き抜くことの辛さをぼやく。
 別のブロガーは、会社から不本意な人事異動を言い渡されたことをグチる。

 もう少し深刻になると、認知症を患った家族に対し、献身的に介護しなければならないという義務感を募らせる一方、面倒なことに関わりたくないという気持ちを抑えきれない自分を責める記事を書く人がいる。
 
 さらに、「自分の書くテーマが決まらない」と嘆くブロガーもいる。
 何かを書きたいのだが、人に読んでもらう価値のあるものが書けない。そのため、1日の大半をアイデアを絞り出すことで費やしてしまう。
 そうなると、ブログを書くこと自体が苦痛になってくるが、強迫神経症にかかったように、ブログをやめられない。
 
 また、別れた恋人から受けていた悲惨な仕打ちを連載しているブロガーもいる。
 そうすることで、その人は少しずつ別離の悲しみから距離をおこうとしているのだろう。
 
 
 もともとブログというのは、ネット上に公開する “個人の日記” なのだから、どのような内容でも、本人が公表したいと思っている心情を綴ることができる。

 なかには、「こんなあからさまな告白をして恥ずかしくないのだろうか?」
 と思えるような記事を書く人もいるが、Facebookなどと違って匿名OKの世界だから、プライベートな部分の核心を秘しておくことは可能なのだ。

 そのように匿名性を維持したまま、彼らは、固有の悩みを明かし、他者との交信を求めている。
 励ましの言葉を求めていたり、有益なサジェスチョンを求めていたり、場合によっては、ただ読んでくれることだけを求める人もいる。

 それぞれ希求するものは異なるけれど、みなコミュニケーションを望んでいることだけは確かだ。

 おそらく、それが「はてなブログ」というものの存在意義なのだろう。
 ここには、仲間同士の交流を深める巨大な共同体が形成されている。

  とにかく、みな( この私も含めてだが  )「自己承認要求」が強い。

 その点においては、ツィッターやフェイスブック、インスタなどに参加している人と同じだが、インスタ系のコンテンツが、「本当の自分よりも、“見てもらいたい” 自分」を中心に構成されているの対し、ブログの人々は「本当の自分」を評価してほしいという傾向が強い。

 たぶん、そこが、SNS系をやっている人たちと、ブロガーの最大の違いだ。
 ブロガーは本当の自分をさらすことに抵抗感を持たない代わりに、みな理論武装をする。
 「自分はこういう趣味を持ち、こういう思想を持ち、何をめざしている」
 ということを、はっきりと言葉で表現する。

 では、最終的に、彼らは何を目指しているのか?

 はっきりしていることは、自分の主張の正当性だ。
 「正統性」というと、語弊があるのかもしれないが、別の言葉でいえば「普遍性」だ。

 自分の意見は、けっして孤立無援の奇異な意見ではなく、多くの人たちと価値を共有できる普遍的な意見になっている。
 … ということを、彼らは目指している。

 「話題性」よりも「普遍性」。
 SNS系のコンテンツがいちばん大事にしているものが「話題性」だとしたら、ブロガーが目指しているものは「普遍性」。

 マイノリティーとして声を発し、最終的には、自分の意見をマジョリティーの思想として定着させる。

 ブロガーたちの目指すものは、簡単にいってしまうと、そういうことかもしれない。
 
 
https://campingcarboy.hatenablog.com/

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ケンカの仕方にお国柄が表れる

 

 お昼時ぐらいに商店街を歩いていたら、私鉄の駅前で、何やら騒がしい一団が口角(こうかく)泡を飛ばして、激論していた。

 男1人に女2人。
 男を挟んで、左右の女が眦(まなじり)を決して、お互いを罵り合っている。
 その声のでかいこと、でかいこと !!
 そうとう遠くから中国語だと分かった。

 女2人の形相が凄まじい。
 お互いが相手を指差し、白目をむき出し、大地を踏み固めるように足を鳴らし、まるで京劇の格闘シーンのようなパフォーマンスを繰り広げている。
 
 ちょっと日本人のケンカと違う。
 「闘志」の形が “演技的” というか。
 一種の “口論ショー” という雰囲気もなきにしもあらず。

 あまりにも珍しいので、駅の時刻表を見るふりをして、しばらく観察した。
 眺めること10分。
 1人の女の方が黙りこみ、一方の女の罵倒がいっそう激しくなる。
 男は … というと、女たちの間にぼおっと立っているだけで、どちらの話にも加担しない。

 中国語が分からないので、何が争点なのか見当もつかないが、そこから歩いて10分ほどのターミナル駅まで歩いていくか、私鉄を使うかということで意見が分かれた … みたいな様子にも見える。
 いや、もっと深刻な対立が生まれたのかもしれないが、推測するすべもない。
 
 やがて、黙りこくっていた女の方が反撃に出た。
 つっ立っている男の方に向き直り、
 「あんたはどうなのよ」
 と、男を責め始めたのだ。

 するともう一人の女も男をにらみ、
 「そうよ。黙ってないで、この女にビシッと言ってやんなさいよ」
 という感じで、そっちの方も男に詰め寄っている。
 
 それに対して、男はだんまりを決め込んで、どちらの言い分も公平に聞いてやるという態度をとっている。
 泰然自若というか、開き直っているというか。

 「この男はダメだ」
 と、女同士は思ったのか、再び男を放ったまま罵り合いを始めた。

 淡白で気の短い日本人だったら、さっさと取っ組み合いになっていたはずだ。
 しかし、中国人たちはそれをしない。
 顔と、言葉と、ボディランゲージで相手を威嚇しながらも、ドツキ合いまでには至らない。

 驚嘆すべき粘り強さというか、言論に対する自信というか。
 日本人のような、すぐ殴り合いが始まるケンカの方が怒りが激しいように思われがちだが、実は違う。
 それは、口論で相手をぐったりさせる粘り強さが欠けているだけのこと。
 中国はディベートの国なんだな … と思った。
    
  
  
  
 日本人のケンカはそうはいかない。
 昔、朝の通勤電車内で女同士のケンカを見たことがある。

 ひとりはOL。もうひとりは女学生 というか専門学校の生徒風。

 「なんだ、このぉ!」
 「何すんだよぉ!」

 いきなり車内で怒号が飛び交ったかと思うと、アッという間に取っ組み合いが始まった。
 肩が触れたのか、カバンでも当たったのか。

 「今日はハッキリ決着をつけるわよ、私のカレと別れて!」
 … というような “ワケあり” のケンカでもなさそうで、単なる偶発的なドンパチだと思うが、もう、草原でしとめた獲物を争うハゲタカとハイエナの猛々しさ。

 すげぇんだ!
 髪の毛の引っ張り合い。
 もう、ホントにお互いの毛がちぎれそうなんだわ。
 
 こういうときに仲裁に入るのが、たいてい中年オヤジなんだけど、どうして女同士のケンカを止めに入る男って、みんな余裕ぶっこいたニヤニヤ顔なんだろう。
 
 「まぁ、みっともないから止めなさいよ。かわいい顔が傷つくよ」
 なんて、中途半端に “大人の男” を演じようとするから、かえって火に油を注ぐだけ。

 「消えろよ! ハゲ」
 と2人に言われて、あっさり引っ込んじゃうんだから、男の時代も終わったよな。
 
 あとは、もう人間のいないジュラ紀か白亜紀の大地。
 「このやろう、やったわねぇ!」
 「うるせぇ黙れ! このバカ」
 「てめぇ、逃げるんじゃネェよ、こいつぅ!」
 「死ねぇ、このバカやろぉ」
 
 言葉だけ聞いていると、もう男だか女だか分からない。
 取っ組み合った女同士は、そのまま転がるようにホームに降りて戦闘を継続していたけれど、残念ながら(?)、電車がホームを離れてしまったため、リングを変えた第2ラウンドは観ることができなかった。
 
 それにしても、男も女もイライラしている。
 みんな生きるのが大変な世の中になったようだ。

 人がキレやすい時代というのは、いったいどういう時代なんだろう。
 自分が巻き込まれるのはイヤだけど、野次馬としては、楽しみが増えた。
 
 
 こういう記事もあります(↓)
 「女が男を蹴っ飛ばす時代」
 
 

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キャブコンの疾走感に合うROCK

 
 「スピードに酔う」というのは、ある意味、人間の本能的欲求だ。
 どんなに健全な市民を自認する人だって、自動車を運転中、時には制限スピードを振り切って飛ばしてみたいという誘惑に駆られることがあるだろう。


 
 しかし、むやみな暴走は、反社会的で危険な行為につながるのみならず、省エネという観点からも好ましくない。
 そんなとき、スピードを上げなくても疾走感を楽しめる「媚薬」がある。
 
 音楽だ。
 


   
 世の中には、時速200㎞で走らなくたって、「200㎞の気分」を味わう音楽というものがある。
 たとえば、シニアドライバーならば、若い頃ディープ・パープルの「ハイウェイスター」などを聞きながら、高速道路を飛ばしたなんて経験を持っている人は多いのではなかろうか。
 あの曲の風を切るようなスピード感は、時速100㎞巡航でも、200㎞気分を味わえる媚薬として機能していたように思う。

 私は、最初はこの曲が大嫌いだった。
 基本的にブラックミュージックが好きだったから、“ブルースの波動” を伴わないロックを生理的に嫌悪していた。

 しかし、車を運転するようになって、ようやくこの曲の “趣旨” を理解できるようになった。
 「ハイウェイスター」
 つまり、これは、文字通りハイウェイ走行の高揚感を音にした曲だったことが分かったのである。
   
 で、ドライブを楽しむようになった頃はこういうハイテンションのロックサウンドを聞きながら高速道路を飛ばすのが好きだった。

 しかし、キャンピングカーを持つようになって、好みが変わった。
 乗用車のときに聞いていた、あの息をつくヒマもないようなハイスピードのロックが合わないことが分かった。
 音楽に、車体の運動性能がついていかないのだ。

 もちろん “キャンピングカー” といっても、ベース車によって走行感覚は変わってくる。
 乗用車ベースの小型キャンパーやハイエースクラスのバンコンの場合、音楽のテンポに “車が遅れをとる” ということはないだろう。

 しかし、私の場合は、トラックシャシーにシェルを架装したキャブコン。
 もちろん、同類のキャブコンの中では、そこそこ走りが自慢できる車なのだが、それでもワゴンベースや乗用車ベースのキャンピングカーに比べれば、動きが鈍重である。


▲ 愛車の「コマンダーGT
このクルマに関する詳細は下記にどうぞ(↓)
はてなブログ 「愛車自慢 初期型コマンダーGT」
 
 
 で、こういうキャブコンのスピード感に合う音楽となると、先ほどいったディープ・パープルの「ハイウェイスター」のような曲は、はっきりいってミスマッチである。
 その理由は、走りのトロさもさることながら、それ以上に、着座位置が影響してくる。


 
 トラックシャシーがベースとなる以上、大半のキャブコンの着座位置は高い。
 つまり、路面とドライバーとの視覚的な「距離」が生まれる。道路を見下ろす視線になるため、心理的な余裕が生まれてしまうのだ。
 その “余裕” が、逆にスピード感を鈍らせる要因になっている。
 
 つまり、「ハイウェイスター」のような曲は、バイクか、あるいはスーパーセブンのような、着座位置が低い乗り物に焦点を合わせた音楽といっていい。着座位置の高いクルマでこれを聞くと、かえって曲の方が間抜けに聞こえてしまう。
  
 
 では、キャブコンのスピードに合う音楽とはどんなものか。
 ミディアムテンポのロックである。
 それも、ベースとギターがユニゾンで、重厚なギターリフを響かせる音がいい。
 この重々しい “ゆったり感” が、特に、トラックベースのキャブコンのギヤ比と合う。

 その実例を挙げると、…… これも私の年齢(1950年生まれ)が出てしまうので、非常に古いサンプルしか思い浮かばないのだが、…… 先ほどのディープパープルの話を続ければ、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」。

 彼らの「ハイウェイスター」がピーキーなエンジン特性を発揮するスポーツカーに合う音だとすれば、トルクフルなトラックの走行感をサポートするのは、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の方である。
 
 
 この系統で、さらに私の好みを挙げれば、キャブコン系ドライブミュージックの一押しは、クリアデンス・クリアウォーター・リバイバルの「ボーン・オン・ザ・バイヨー」。


 
 ギターの緊張感あふれるイントロが流れると、絶妙のタイミングで、リズム隊がそれを追う瞬間など、もうアドレナリンが大噴出!
 そして、ジョン・フォガティのエネルギッシュなヴォーカルがかぶさってくると、80㎞ぐらいで巡航していても、気分は200㎞圏内に突入だ。
  
 
 ZZトップもサイコ-!
 ZZトップでは、特に1979年のアルバム「皆殺しの挽歌」に収録された「アイ・サンキュー」が絶品。元歌を歌っていたサム&デイブの音よりもドライブ向きだ。
 腹の底にネジ込むようなドライブの利いたブギのリズムが、腹の臓腑を突き破って、脳天まで駆け上がってくる感じ。

▼ ZZトップ 「アイ・サンキュー」

 
 ZZトップは、アメリカのサザンロックのなかでは、いちばんヘビーな音を出すバンドである。
 そういった意味で、軽快な疾走感を大事にするオールマン・ブラザーズバンドなどの対極に位置するグループといっていい。
 
 重低音の秘密は、ベースラインとバスドラのコンビネーションの巧みさにあるが、白く長いヒゲとサングラスというお決まりのビジュアルも、いかにも「重い音を出すぞぉ~ !」的な演出効果を高めるのに貢献している。 

 彼らの「アイ・サンキュー」が車のなかで流れると、ついついアクセルを煽り気味になる。
 気づかないまま、前の車との車間距離をつめたりしたら大変だ。
 それこそ “煽り運転” になりかねない。
 ZZトップを聞くときは、前方に車がいないことを確認してからということになる。
  
   
 ブリティッシュロックの雄フリーは、だいたいどの曲もキャンピングカーのスピード感に合う。
 特に、ライブアルバムが素敵。
 あの70年代的な暗さが、なんともたまらない。

 

 「オール・ライト・ナウ」
 「ファイアー・アンド・ウォーター」
 といったミディアムテンポとスローの中間ぐらいのリズムが、意外と高速走行と調和する。
 子供たちがリヤ席で眠りこけ、奥さんも助手席で高いびきという状況の、孤独なお父さんの深夜ドライブにぴったり。

 そのフリーのアルバムの中で、個人的に好きな曲は、「ビー・マイ・フレンド」。
 スローテンポのバラードだが、ポール・ロジャースのヴォーカルに合わせて、アンディ・フレイザーのベースがずしんとはらわたに落し込まれると、フロントガラスにゾンビの顔が貼り付いたような戦慄が、身体中を駆け巡る(ほめ言葉ね!)。

 フリーの “引きずる” ような粘りを持ったサウンドは、トレーラーをけん引しているときにも似合うかもしれない。
  
  
 そのフリーを敬愛しているアメリカのレーナード・スキナードも、キャンピングカー向けのミディアムテンポの名曲を数多く残している。
 レーナード・スキナードは、「サザンロック」というカテゴリーで語られるグループだが、オールマンやZZとは異質。

 イギリス風の暗さとアメリカ南部のアンニュイが混じりあった、独特のダルい雰囲気をかもし出している。
 お勧めは、「ザット・スメル」。そして「サーチング」。 
  
 
 ビートルズで1曲選ぶとすると、初期の名曲「ユー・キャント・ドゥ・ザット」。
 ジョン・レノンの不良っぽいシャウトが、カウベルの小気味よいリズムに煽られて、グイグイ乗っていくところが絶妙。「ドライブ・マイカー」と並んで、ビートルズの曲中もっともドライブの利いたサウンドになっているのではなかろうか。

 Tレックスのマーク・ボランが歌う「ゲット・イット・オン」のブギリズムも、なかなかトラック系キャブコンと合う。
 
 少し時代が下った頃の音では、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「リラックス」。
 あるいは、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの「パワー・オブ・ラブ」。
 そして、ブロンディの「ラプチャア」。
 さらに、シャーデーの「スムース・オペレーター」。

▼ シャーデー

 80年代の音としては、このあたりのリズムもトラックシャシーのキャブコンと相性がいい。ただし80年代のロックは、ディーゼルではなく、ガソリンエンジンの感覚だ。
 
 ブラックが奏でるR&BとかSOUL MUSICは、スピードを追うドライブミュージックとは合わない。
 好きなジャンルだけど、あれはダンスビートが根底にあるので、リズムに上下動感覚が残り、ハイウェイ走行の水平移動とはシンクロしない。
 R&B 系は、「飛ばす」という心境とは違う心の状態のときに、楽しんでいる。
 
 勝手なことを書いた。
 すべて個人的な趣味の話。
 古い曲ばかりで、若い人には知らない曲が多かったと思う。
 1曲ぐらい、知っている曲がありましたか?
 
※ 爽やか系の音がお好きな方は、こちらを(↓)
https://campingcarboy.hatenablog.com/entry/2019/03/03/052947
   
 

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JRVAさんHPにコラムを書きました

 いつまでこの「ホビダス」にログインできるのか、非常に不安でありますが、とりあえず書き込める状態のときに、ひとつお知らせ。

 JRVA(日本RV協会)さんのホームページにキャンピングカーネタの新着コラムを書かせていただきました。
 キャンピングカー旅行記です。
 もし興味とお時間があります方は、下記にもお越しください。
 https://www.jrva.com/column/detail.php?column_cd=97

 また、「はてな」の方のブログにも、「キャンピングカー」というカテゴリーを追加しました。
 今後はその「カテゴリー」を使って、新車情報や旅行記も加えていきたいと思っております。
 よろしくご贔屓のほどをよろしくお願い申し上げます。
 
 

「はてなブログ」(↓)
https://campingcarboy.hatenablog.com/
 
 

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趣味ログよ、頑張れ!

 
 このホビダスの「趣味ログ」がゴーストタウン化している。
 この1月末から2月にかけて、アクセスできなかったり、ログインできなかったりする時間帯が急激に増えたため、参加ユーザーの “お引越し” が相次いでいる。

 常連ブロガーの方々が、移転先ブログのニューアドレスを記したまま次々と去っていくのを見ていると、空き家になった建物ばかり増えていく町を、じっと眺めている気分になる。

 「さびしい」とも思うが、状況はそこまで切羽詰っているのかもしれない。

 『僕たちの電気鉄道・別館』というブログを管理されている方の報告によると、ホビダス・趣味ログを運営しているネコ・パブリッシングという会社には、すでに「趣味ログ」の担当者がいなくなっているという。
 会社全体のWebの担当者は存在しても、趣味ログにまで関わってはいないから、現在起こっている不具合についても把握していないとも。

 … だとしたら、これは相当深刻なことだと思う。
 この状態が続くのなら、趣味ログのサーバーが完全に停止しても、社内にはそれに気づく人すらいないわけだから、即刻機能停止になってしまうこともありうる。
 そうなれば、自分の書いた過去記事にも二度とアクセスできなくなる可能性が出てくる。
 
 そうなってもいいように、過去13年間のアーカイブスのなかから特に愛着の強いものだけを「はてなブログ」というところに移設しているけれど、「あれも、これも … 」と選択していると、とてもじゃないけれど、時間がなくなる。
 
 かといって、「エクスポート → インポート機能」を使って一気に機械的に引っ越しをするとなると、今度はくだらない記事も一緒に持っていくことになるので、それもうんざりする。
 この際、断捨離をしたいという気持ちもあるのだ。

 ここのところ、この「ホビダス」では、そんな記事ばかり書いている。
 同じ内容のことを繰り返しているだけなので、せっかくここにお越しになった読者には申し訳ないという気持ちでいる。

 そこで、移転作業の途中ではあるが、もし「町田に独り言」の “別館” の様子をご覧になりたい方は、一番下のアドレスまでお越しいただければ幸いである。(記事数も少ないし、基本的には、昔書いた記事を多少リライトしたようなものばかりなので、新味はないと思うけれど … )

 新ブログには、『アートと文藝のCafe』というタイトルを付けた。
 この名前が恥ずかしいので、実はあまりここでは広報したくなかった(笑)。
 ここでは「町田」という名前も大きく使わず、ニックネームの「たぬき」で通している。
 
 

 もちろん、このホビダスにも新しい記事を引き続き残していくつもり。
 ただ、いつまでアクセスできるのか、不安ではある。
 
 ↓ 新ブログ
 https://campingcarboy.hatenablog.com/
 

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改めてブログの意味を問う

 

 ここ数日、「ホビダス・趣味ログ」にログインできる状況が安定している。
 いつまでこの状態が続くのか分からないけれど、このまま維持してくれるのなら、ホビダスも続けていきたい。

 1ヵ月前から平行して運営している「はてなブログ」の読者にもだいぶなじんでもらったが、やはり読んでくださる読者の数が違う。
 「はてな」では、(現在のところ)1日のアクセス数が平均100しかない。
 最初の2週間ぐらいは、1ケタ台がずっと続いた。

 それに対し、「ホビダス」では1日平均800アクセス。PVでいうと、1日3,500PVある。
 このことは、今までそれほど意識してこなかったが、「はてな」と比較してみてようやく気づいた。
 今日までずっと「ホビダス」の記事を読んでくださった読者に対しては、改めて「ありがとう」と言いたい気分である。

 現在、「はてな」の方では、この「ホビダス」の過去ログから抜き出したものを転載するにとどまっている。
 しかし、サーバーの安定感を比較してみると、やはり「はてな」の方が上なので、「長く残したいもの/広く広報したいもの」は、「はてな」中心にならざるを得ないように思う。

 キャンピングカー関係の記事も、できれば「はてな」に新しいサイトを設けてみたいと考えている。
 そうなった場合は、この「ホビダス」の過去記事と連携を保ちながら進めていくことになると思う。

 
 「はてな」の読者投稿を見ていると、参加者たちが、自分のブログのアクセス数をそうとう強く意識していることが伝わってくる。
 とにかく、「ついに2,000アクセス達成 ‼」というような報告がやたらと多い。

 私もブログを始めた直後は、そうとうアクセス数を意識していたから、「はてな」は、それだけ初心者が多いということなのだろう。

 ブログのアクセス数というのは、SNSの「いいね!」みたいなものだから、増えれば増えるほど、自己承認欲求が満たされる。
 それは人間の性(さが)みたいなものだから、文章表現を磨くことによって自己承認欲求を満たそうという方向は健全なことかもしれない。

 前にも書いたが、「はてな」の記事に訪問してくれる読者は圧倒的に若い人が多く、みな「文章による自己表現の向上」みたいな目的を持っている。

 私のブログには、子育て中の主婦の固定ファン層ができてきたのだが、そういう方々の記事に目を通してみると、子育ての記録を「よい文章にして保存したい」という気持ちがしっかり感じられる。
 若い主婦層の向上心は「ハンパない!」ということに気づいた。

 そういう読者に喜んで読んでもらえる記事となると、今のところ、「文章上達法」の書籍を紹介するようなものが中心となる。
 あとは、現代文学と大戦直後の昭和文学を比較したような記事。
 それと(意外だったのは)、西洋古典絵画の解説。
 思った以上に、読者はハードなテーマを求めていると感じた。
 
 個人ブログの運営は、もちろん書き手の自己承認欲求を満たすという目的がいちばんだが、やはり、自分の書いたものが、どこかの読者の役に立っているという実感を得ることも大事だ。
 子育て中の母親が、西洋古典美術の解説などに☆マークをたくさん付けてくれたりするのを見ると、その人が、そこから生きる上でのなにがしかのヒントをつかんでくれたのかもしれないと思う。

 今までとは違う読者の存在に気づいたことによって、書く記事にも責任を持たなければいけないと改めて感じた。
 文章表現の正確さとか、情報の精度といったことと並んで、書き手の誠実さみたいなものも問われるように思った。

 真面目くさった原稿を書けばいい、ということではない。
 ふざけるなら、徹底してふざける。
 そのかわり、大いに笑ってもらう。
 そういうブログに育てていきたい。
  
 

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若い読者に向かい合う覚悟

 
 今の「ホビダス・趣味ログ」に投稿するのは、ひやひやものである。
 画面を開いているうちに、ストンと凍結してしまうことがあるからだ。
 
 私の場合、いったん下書き用テキストに入力しておいて、完成したらそれをブログ画面にコピペするようにしているのだが、この前、そうやって整えた原稿をいざ投稿しようとしたら、次の瞬間、もうログイン画面にアクセスできなくなっていた。

 趣味ログを利用されている皆さんがおっしゃるように、このブログサービスがクローズされるのも時間の問題かもしれない。
 
 ホビダスが終焉してしまえば、自分の過去ログもすべて凍結してしまうことになる。
 そのため、愛着のある記事だけを抜き出して、アクセス可能なタイミングを見計らっては、新しい「はてなブログ」にコピーするという作業を始めている。

 “お引越し” ということで、新ブログにすべてエクスポートしてしまえば簡単なのかもしれないけれど、ネタの鮮度を考えれば捨ててしまった方がいいような過去ログも多い。
 そのため、多くはこのまま残していくことに決めた。

 今のところ1ヶ月で、約40記事ほど移し終えた。
  ざっと概算すると、ホビダスに載せた記事数は1,600ぐらいになるはずだから、まだまだ「日暮れて道遠し」の心境である。

 「はてな」の方で、この1ヶ月間の作業中に寄せられたアクセス数は1,360。
 アクセス数という言葉を「ユニークビジター(訪問者)」と解釈すれば、まだまだホビダスの1日分のアクセス数と変わらない状況だ。

 過去ログをコピーしているのは、ジャンルでいえば、「映画」「アート」「文学」「音楽」のたぐい。
 いずれも、頭の中が五里霧中の状態からスタートし、原稿を書くことによって、モヤモヤしていた思考を整理できたようなものばかりだ。

 「愛着がある」というのはそういう意味だが、悩みがひとつ。
 アクセスしてくる「はてなブログ」の読者が若すぎるということだ。
 
 自分が主に扱っているのは、1950年代の映画の感想とか、戦後文学の批評。ネタとしてはそうとう古いものばかり。「はてなブログ」の読者にとっては、なじみの薄いテーマにならざるを得ない。

 しかも、読者の趣味にも合っていない。
 アクセスしてくれた方々のプロフィールを見るかぎり、その趣味は「英会話」、「ランニング」、「グルメ」、「ガーデニング」、「寺社巡り」、「スマホ活用術」、「ガジェット機器批評」 … など。
 それらを見るかぎり、私がアップしているジョルジュ・ルオーの絵画とか、マル・ウォルドロンのジャズとか、長谷川等伯の絵などとはあまり接点がなさそうに思えてくる。

 ただ、それでもアクセス数が増えてきているということは、趣味的には合わなくても、私が書いた記事になんらかの共感を抱いてくれた人が増えたからだろうと思っている。
 そう考えると、とてもありがたい。

 そうであるならば、今の方針を貫きながらも、「はてな」の若い読者たちと連帯できる方法がありそうに思えてくる。

 基本的に、彼らは “若い” がゆえに、悩みを抱えている。
 社会経験が乏しいための自信喪失、迷い、焦燥などが、その書いた記事から読み取れる。

 どこでそれが分かるのか。

 悩みを抱えている人ほど、読者に対して、「元気を出せ」と叱咤し、激励するようなメッセージを送りがちになるからだ。
 「失恋で落ち込むことほどバカバカしいことはない」
 「生きることに前向きに向かい合おう」
 「悩みは成長を促進するうえで必要なものだ」
 など、若者は落ち込んでいるときこそ、ベタな “人生ブログ” 風の記事に傾きがちになる。

 それらの大半は、「外にいる読者」というよりは、自分自身に向けられたメッセージだ。
 仮想読者に対して指導するような立場を取ることで、自分の矜持を保とうとしているのだろう。

 私は、そういう読者に、むしろ積極的に古典絵画の見方や、昔の映画の鑑賞法、古い小説などを紹介していきたいと思った。
 人類の残した文化遺産のなかには、必ず「若いころの悩み」を解決するためのメッセージが込められている。
 そして、「人間」をどうとらえるのかという見方が提示されている。

 私がしなければならないことは、そういう古い絵画、文学、映画などの「文化」に、現代的問題を見出すことだと思っている。
 失恋も、いじめも、不倫も、パワハラも、セクハラも、ストーカーも、今に始まったことではない。
 それは、古代ギリシャ・ローマの時代から、そして日本の奈良時代・平安時代からすでにあったことだ。

 それらをどう紹介していけるのか。
 力及ばずながら、なんとかそこにトライしてみたい。
   
 

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「ホビダス」だけに頼らないように決めた

 
他のブログサービスはこんなに豊かだ!
 

  
 私がいま参加しているこの「ホビダス・趣味ログ」というブログサービスが、サーバーの容量不足のためか、ときどき不安定になることがある。
 アクセスしても、自分の管理画面までログインできなかったり、アクセスそのものが不可能な時間帯があったりする。

 安定した日が数日続くこともあるが、安心していると、すぐ裏切られる。
 一瞬「つながった!」と思い、アップする記事を急いで用意したりするが、いざ載せようとすると、再び閉ざされていたりする。
 読者の方からも、「最近つながりませんね」とよく言われるようになった。

 運営状況の不具合について、会社の方からのインフォメーションは何もないし、こちらから「ホビダス」さんにメールを差し上げたこともあるが、返信が戻ってきたためしがない。
 
 「ホビダス」さんには、もう13年以上お世話になっているので、なんとかこのまま続けさせてもらいたいのだが、メールの返信もないところをみると、ある日サービスがストンと打ち切られる可能性が高くなってきたように思える。
 こんなことを書いたら失礼かもしれないけれど、「そろそろ、ここも賞味期限切れかな … 」と思わないでもない。
 
 
お引越しではないが、一部過去ログの移転を開始
  
 そのため、今年に入ってから、少しずつ過去のアーカイブを別のブログサービスに移し始めている。
 「過去記事」をすべてほかのところにエクスポートする、いわゆる “お引越し” ではない。
 基本的には、これからも「ホビダス」さんに軸足を置いたスタンスでいることには変わりないからだ。
 
 ただ、「突然の閉鎖」という事態に備え、自分にとって愛着のある記事は、もう少し信頼性のあるブログサービスに移しておきたいという気持ちは強くなった。


 
 過去記事をコピーして移し替えているのは、ジャンルでいえば、(現在のところ)、「映画系」、「アート系」、「文学系」、「音楽系」の記事。プラス、ギャグネタを中心とした「ヨタ話」。
 自分の本業はキャンピングカー記事の作成だが、そっちの方も新しいブログサービスで、専門のパワーアップ版を作ってみたいと思っている。
  
 移し替え作業を始めたことをきっかけに、過去ログを振り返ってみたが、情報としてはまったく通用しないものが多いことも分かった。
 たとえば、「トランプ政権がどうした … 」などという時事ネタは1年も過ぎてしまえば意味がない。
 「夏休みにどこに行った」、「5kgやせたが6kg太った」などというレポートも公共性が薄い。
 
 
過去のブログは見やすいスタイルに手直し
 
 そういうネタは “個人の備忘録” としての意味はあるかもしれないけれど、私のような市井人のアーカイブが、社会的な価値を持つなどということは、まずありえないから、それほど愛着のない記事は新しいところには保存しないつもりだ。
 サイバー空間には「限りがない」とはいえ、価値の低いものをこれ以上バラまく必要はないと思っている。

 逆に、自分でも「面白いな」と思えたものは、冗長になっていた文章を削ったりして、記事そのものを作り直した。
 以前のものと同じ内容ではあっても、段落ごとに小見出しを入れたり、不鮮明な画像を別のものに差し替えたりして、多少は(スマホでも)見やすい状態にしたと思う。
 
 新しいブログサービスに投稿した数が、開始3週間で33個にのぼる。
 アクセス(PV)総数は約800。
 今の「ホビダス」だと、1日3,500PV(850アクセス)、月にすると85,000PVぐらいあるので、新ブログの3週間分のPVを集めても、「ホビダス」の1日分に及ばない。

 過去13年間の蓄積の重さがそういうところに表れていたことを痛感した。
 それだけの読者が「ホビダス」ブログを支持してくださっていたことを、あらためて感謝しなければならないと思った。
 
 
試験してみたのは「はてなブログ」
 
 テスト投稿してみた新しいブログサービスは、どんな会社か。
 
 名前は有名な「はてな」である。
 この会社を選んだ理由は、いろいろなブログサービスの会社をネットで探しているときに、「サーバーがいちばん強力だ」という情報を得たからだ。
 
 もちろん、不安定なときもあるらしい。
 しかし、そんなときは「はてな」本社から逐一「今サーバーをメンテナンス中」とか、「復旧しました」というインフォメーションが流されているようだ。
 そこがとても良心的に思えた。

 また、基本的には無料ブログであるが、有料ブログへの案内もある。
 つまり、ブログサービスの収益構造をしっかり考えているということで、これはかえって信頼できる。
 収益の見通しがなくなると、一方的に閉鎖してしまう無料ブログよりも、「はてな」の方が誠実だという言い方もできる。
 
 
「はてな」の規模の巨大さにびっくり !
  
 しかし、このような大手のブログサービスに接してみると、戸惑うことも多かった。
 まず、参加ブロガーの数がハンパないのだ。
 日々寄せられる投稿を一目見ただけで、あらゆる趣味嗜好を持った、あらゆる年齢層の人たちがひしめきあっていることがすぐに分かった。
 一説によると、はてなブロガーの数は、23万~24万人いるとか。(うわさだけど … )
 実際はもっといそうな気配がある。
  
 「ホビダス」はどちらかという似た趣味を持つ人たちのサークルなので、ネタも絞られてくるし、話題も安定している。
 記事のアップスピードもゆるやかなので、参加ブロガーの最新コンテンツがすぐ消えることはない。
 
 しかし、「はてな」では、悠長には構えてはいられない。
 「ホビダス」のような「新着記事コーナー」がないため、(よほどの人気ブログにでも成長しないかぎり、)自分が書いたものがどこにあるのかも分からない。
 
 もちろん自分の管理画面だけはチェックすることができるけれど、それを見ても、(最初のうちは)「アクセスゼロ」状態がずっと続いるだけなので、「誰の目にも留まらなかったんだなぁ … 」という徒労感のみが蓄積していく。
 
 

  
 
2つのブログの年齢層の違い
 
 「ホビダス」と「はてな」のもう一つの違いは、参加人口の年齢層である。
 概して、「ホビダス」の年齢層は高い。
 これは趣味のサイトという性格が強いため、長年それ一筋に打ち込んできた人の経験値の蓄積がないと一定のレベルが維持できないというところからきているのだろうと思われる。

 それに対して、「はてな」の参加人口は圧倒的に若い。
 20代から30代ぐらいの方々が主流で、多少高齢になったとしても40歳代どまり。

 これも拾ったうわさだが、ある「はてな」の投稿者によると、
 「はてなブロガ―は30代の男性が中心で、エンジニアが多く、興味はインターネットやガジェット機器」だとか。
 しかし、実際にはかなり女性の投稿者が目立つ。
 私がみた男女比率は、男6・女4といった感じだ。 

 ただ、いずれにせよ、ブロガーが若すぎてく、最初のうちは、この年齢差のギャップに大いに戸惑った。
 「はてな」の他のブロガーさんの記事を開いても、まず「使っている言葉」が分からないのだ。
 
 「最近の『はてな』は “オワコン化” しているね」
 って言われても、それ何? 状態。
 
 「今のファッションは “エシカル” が主流」
 って言われても、それって色の名? 生地の名? デザイナーの名? … ってくらい意味不明。

 「このケーキうまい ! “マジ卍” だねぇ !” 」
 とか言われても、「饅頭(まんじゅう)はケーキじゃねぇだろ?」っていう反応しかできない。
  
 
ブログは、SNSではできないことをやるメディア
 
 こういう “若い言葉” は、LINEなどでやりとりしている女子中高生の日常用語に近い。
 「ブログ人口は高齢化している」と思い込んでいたが、「はてな」を見るかぎり、そうでもないようだ。
 「言葉が若い(新しい)」ということは、生きた現場感覚を持っている人たちが参入してきているということだ。
 
 生活現場から直接送られてくる記事は、やはりそれなりに生々しい。
 「若いからいい加減」という感じはまったくなく、逆に、「若いから真剣」という熱が伝わってくる。
 
 どういう記事が多いかというと、「どこに行った」、「何を食べた」という “SNS的” アプローチが目立つものの、それ以外には、仕事や対人関係上の悩み、子育てに対する疑問やその解決法などがけっこうストレートに綴られていたりする。
  
 それらを一読してみると、みなSNSではできないことをやっているという気がした。
 ツィッターやフェイスブックでは、失恋相談も、職場で同僚や上司から受けるセクハラ・パワハラの告白もできない。
 ましてや “お洒落感” が大事なインスタグラムでは、ヘビーなテーマはとてもじゃないけどアップできない。
 
 ヘビーなテーマをブログで綴るということは、
 「私はこう思っていますが、読者の方はどう思われますか?」
 という双方向の意見交換を前提にしているということだ。
 
 そこがSNSに向かう人たちとは違うような気がした。
 SNS系の人が消費型・発散型だとしたら、ブログ系の人は蓄積型で対話型。
 SNS系が言葉より映像を重視する傾向が強いことに対し、ブログ系は言葉を大事にしている。
 
 
アクセスを増やすノウハウを伝える記事が人気
 
 「はてな」ブロガーのもう一つの特徴は、新規参入者が圧倒的に多いこと。
 「ブログを始めて2ヶ月経ちました」
 「ようやく100記事書きました」
 という報告がやたらと多いのだ。

 そういう人たちの関心事は、「いかにアクセス(PV)を増やすか」ということにあるから、流通するブログ記事も、アクセス稼ぎの秘伝を明かしたようなものが多い。
 
 小さなブログサービスでアクセスを増やそうとすると、どうしてもグーグルやヤフーのような検索エンジンに拾われることを目指すしかない。
 
 しかし、「はてな」では、同じブログサービス内でのブロガーの交流を緻密にすることで、内部的なアクセスが増えるようになっている。
 SNSの「いいね」のような機能を持つスターマークや、SEO効果につながるブックマークといったシステムが数多く存在し、それらを有機的に組み合わせていけば、「はてな」内部でのアクセスアップが図れるのだ。
 
 さらに、「mixi」のような同じ趣味を共有するサークルのようなものもたくさん用意されていて、そのどこかに所属すれば、仲間同士の温かい交流も生まれるようになっている。
 
 ちなみに、「音楽・映画」という趣味グループに参加しているブログ数は、約6万5,000ブログ。
 「コンピューター・IT 」というグループに参加しているのは、約1万3,000ブログ。
 その次は、「芸能・アイドル」で、約 8,000だった。
 ほか、「旅行」、「グルメ」、「スポーツ」、「ゲーム」、「カメラ」、「自動車」、「自転車」、「鉄道」などというグループがあり、そのどれかに所属すれば、書いた記事が同じ趣味を持つ人の目に留まりやすくなる。

 ブログ内の誰が読みに来たのか、ということもたどれるようになっているので、相手の記事が気に入れば、こちから出向いていくこともできる。
 
 
自己完結性の強い「はてな」の世界
 
 しかし、そのような美点は、ある意味、このサービスの閉鎖性を暗示しているような気もする。
 居心地が良い分、「外に出よう」という意欲が減退しそうに思えるのだ。
 
 ここのルールに沿って記事を書いている限り、同調するファンの支援も見込まれそうだし、書いているものが炎上することもなさそうだ。
 かわりに、書く内容がいつのまにか、こぢんまりしそうな気がする。
 
 実際、私もここでは気に入らない有名人などの過激な批判記事は載せられないという気分になった。自分の気が晴れるような批判記事を書きなぐっていると、その相手を無邪気に信奉していた人たちの心を傷つけることもありうるということに気づいたのだ。
 
 とにかく、「はてな」に接してみて、「ブログの世界は広い」ということを再度認識することができた。
 これを機に、自分の書くものが変わっていく可能性も出てきた。
 
  でも、「閉鎖」の連絡が来るまでは、しばらくは「ホビダス」でやっていくよ!
 
 

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ブログの時代は終わるのか?

  
 個人ブログの寿命というのは、いったいどのくらいなのだろうか。
 それまで長く続けてきた人のブログが、ある日突然更新を止めることがある。
 そして、そのまま時は流れ、最終更新日の日付の上に、いつとはなしに歳月が積み重なっていく。
 最近、そういう光景を目にする機会が増えた。

 私が、このホビダスというブログサービスを使って「町田の独り言」というブログをスタートさせたのは2006年だが、その頃、同時期にスタートしたたくさんの仲間がいた。

 しかし、その初期メンバーの多くは、やがてお引越ししたり、更新を中止したりして、いつの間にか名前を消していった。
 
 どこのブログサービスにおいても、似たような状況かもしれない。
 実はこの前、ネットの「お気に入り」を整理するために、最近はあまり開かなくなったかつての愛読ブログを調べたことがあった。
 すると、その半数以上は、もう3~4年以上更新が途絶えていた。

 はっきりと、「配信をフェイスブックに切り替えました」と明記する人もいたが、大半は途中でプツリと断ち切られたまま放置されていた。

 そのような消息を絶ってしまったブログの更新履歴を見てみると、だいたい活動を始めてから3年というものが多かった。
 つまり「3年」というのは、とりあえずの「個人ブログ」の寿命と考えてもよさそうだ。

 3年を境に更新が途絶えてしまった事情はみなそれぞれ異なるのだろうけれど、なんとなく、「ブログを続けよう」というモチベーションがいったん途絶えるのが、開始3年後ぐらいなのかもしれない。
 逆にそれを越すと、皆さん元気に更新される傾向が強くなり、長寿ブログとして健在ぶりを示すものが増える。

 ただ、最近は、「ブログ文化」というものが大きく変わり始めているような気もしている。
 すでに、「そのピークは過ぎた」という人も多い。

 ブログが話題になり始めて、日本にブログ人口が急増したのは、2005年から2006年頃だといわれている。
 それから2010年代にかけて、空前のブログブームが訪れ、ピーク時のブロガーの数はおよそ300万人ぐらいだと試算した人もいた。

 しかし、2010年以降、ブログが世の中の世論を形成しているという実感は、急激に薄れつつある。
 今、ネット系コンテンツで、世の中に情報として拡散しているのはYOU TUBEなどの動画であり、巷の話題をリードしているのはツィッター、フェイスブック、インスタグラムというSNSだ。
 
 「記事中心のブログはまどろっこしいから読まない」
 という人は、若者のみならず、中高年にも増えている。
 つまり、「情報は読むもの」ではなく、「画像として眺めたり、キャッチコピーだけで把握するもの」という傾向が顕著になってきている。
 要は、IT にアクセスする手段が、完全にパソコンからスマホへと移行しているということなのだ。

 スマホで得られる情報は、時間との勝負となる。
 情報のタイムリー性が価値そのものとなるからだ。
 また、あの小さい画面で多くの情報は処理できないから、情報量も限られてくる。
 そのため、スマホでは洒落た画像、刺激的なキャッチを、瞬時のうちにシャワーのように利用者に浴びせまくることによって、末梢神経的な快楽を喚起するコンテンツが好まれるようになる。

 そういうスマホ時代に適合するコンテンツとなると、やはり、動画とゲーム。
 視覚に刺激を与えるエンターティメントが中心にならざるを得ない。

 動画とゲームには、「批評」が要らない。
 「感想」を言葉にまとめて述べる必要もない。
 他人のSNSにコンタクトを取ろうとしたいときは、「いいね!」ボタンを押すだけでいいのである。

 この気軽さが、スマホ系SNSの最大の特徴で、それがゆえにスマホは利用者を “依存症” 状態に誘い込み、今や学生も主婦層も、中高年サラリーマン層も、片時もスマホを離さなくなってきた。

 人と人と待ち合わせするときの連絡ツール。
 ショッピングやグルメの近場情報の取得手段。
 知らない場所に行くときのナビゲーション機能。
 カメラ・動画などの撮影・録画道具。
 さらに、家のなかの家電に対する外からの遠隔操作。 

 何から何までスマホがまかなってくれるので、それが手元になくなると、誰もがパニック状態に陥ってしまう。

 ただ、そういう時代だからこそ、逆にスマホでは作れないような(PC系)ブログの復権がありうるのではないか? という見方をする人もいる。

 スマホがないと、生きていけない人が大半を占めるようになったということは、ある意味、それが文化的にはピークを迎えたということでもある。
 もちろん、今後もスマホ用アプリとしては続々と新しいものが誕生してくるだろうし、生活用具としてのスマホの役割はさらに重要度を増すだろう。

 だが、「コンテンツ文化」としてはもうピークである。
 さらにいえば、悪ふざけ映像をツィッターなどで拡散させる迷惑動画がはびこり始めている状況などを見ると、すでに動画コンテンツは退廃の兆しすら見せている。

 一度、スマホ系コンテンツに冷めた気分を抱くと、その次から人間は、「そんなものはなくても何とか生き延びられるものだ」という経験則を身に付ける。
 そうなると、「付き物が落ちる」ように、気持が依存症状態から脱していく。

 実は、視覚的な刺激を中心としたスマホ系コンテンツに飽きてきた若者が増えているという話を聞いたことがあるのだ。
 そういう若者たちの目に再びとまり始めたのが、昔風の “読み物主体” のブログだという。

 「軽いものって、結論がみな同じになっちゃうじゃないですか。そういうものをいくら貯えてもやがて退屈するだけ」
 という若者も出てくるようになったとか。
 あまり頭を使わない「軽いもの」が好まれる文化のなかにおいて、逆に「重いもの」がカッコいいという見方が復活しているのも確かなことらしい。

 これはネットで拾った意見だが、
 「誰もがスマホで情報を発信し、情報を享受するようになった時代だからこそ、パソコンを使いこなせることがスキルになるんです」
 という声を載せたサイトがあった。

 ゲームや動画のような、スマホで流通する情報は瞬時のうちに消費される。
 しかし、ブログのような、パソコンを経由してくる個人運営の知的情報サイトの知識は、ネット空間にストックされる。
 ストックされた情報は、いろいろな機会に検索エンジンによって掘り起こされ、何度も浮上してくる。
 すると、その情報価値が次第に「普遍性」を身に付け、人々の価値概念として定着していく。

 そうなったときに、パソコンだからこそ発信できる情報形態が見直される。
 すなわち、読んだ人間の「視覚」を刺激するのではなく、「脳活動」を刺激する情報が再びニーズとして浮上してくる。

 若者がそういうところに着目し始めたのは、それが若者の仲間内で自分を差別化する武器となるからだ。
 そして、そういう情報ソースを知っていることで、就活や企業活動の分野で社会的評価を得られることに結びつく機会も増える。

 もちろん、クラシカルなブログが、かつての意匠のまま復活してきても、誰からも相手にされない。
 知性や知識を人に訴えるものであっても、ビジュアルは当然今風にリファインされていなければならない。

 すなわち、最初の1行目から読者の目をくぎ付けにするキャッチコピー。
 内容を魅力的なものに訴える洗練された画像。
 読みやすい個所で段落を切る文章技術。
 要は、スマホの画面にきれいに収まるような体裁が取られていなければならない。
 それには、これまで以上に、デザイン力やエディターマインドが要求されることになるだろう。

 しかし、もしそのような洗練された “知的ブログ” が復活してきたら、それが再び大きな潮流になっていく可能性は大である。
 
 

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バレンタインデーの悲哀

 
 今日はバレンタインデーやね。 
 そんなもんが気にならない年になって、もうずいぶんになる。
 
 会社というものから退職して、もう5年くらい経つけれど、すでにその5年くらい前からその会社には、いわゆる “女性” というものの姿が見えなくなっていたから、かれこれ10年、私はチョコレートをもらったことがない。

 カミさんは、昔からチョコレートなんかくれたことがない。
 かつては犬もいた時期があって、…… メス犬だったけれど、彼女もチョコレートなんか人間にもらったことがないから、そういう食い物をオス系の動物に渡すという発想そのものがなかった。
 

 
 そんなわけで、私は、バレンタインのチョコとは、昔から縁の薄い人生を送ってきたわけだが、私にチョコが来なかったのは、別にモテなかったからではない。
 逆なのだ。
 昔から、モテ過ぎてしまったのだ。
 つまり、私のような “モテる男” というのは、女性同士が牽制し合ってしまうから、案外、バレチョコはもらえないことが多い。
 
 高校時代なんか、私にチョコを渡そうと思っていた女の子がいっぱいいたはずなのだが、そういう女性はみなライバルを警戒しすぎて、お互いに牽制しあい、とりあえず、その場を通りがかった男の子に渡しちゃうために、結局、“本命” であるはずの私のところには一つも来ない。
 
 で、たまりかねて、ちょっと気になっていた女の子に、「オレの分はないの?」と聞いてみたこともあったが、彼女は、たぶん一番好きだった私に、突然声をかけられたことでドキドキしてしまったのだろう。
 自分でも思ってもいない言葉を口にしたようであった。
 
 「ごめんね、町田君の分は忘れてた …… 。来年きっとね」
 
 そうか、本命の男性に声かけられちゃうと、どんな女の子も恥ずかしがって、つい心にもないことを言っちゃったりするよね … などと思って、その場を立ち去ったけれど、よ~く考えてみたら、それが高校生最後のバレンタインデーで、「来年」はないことに気がついた。
 
 私にとっては痛恨の出来事だったが、彼女にとっても一生の悔いとして残った事件であったろう。
  
  
 ところで、義理チョコという習慣が生まれたことに対して、女性たちはどう思っているのだろうか。
 無駄な出費とメンドーな対応が増えただけで、もううんざり … と思う人も多いのではなかろうか。
 
 私が女性だったら、義理チョコってすご~く面倒くさいように思う。
 だから、もし私が義理チョコをもらう立場になったら、まず相手の女性へのいたわりを口にするだろう。
 
 「あ、吉村さん、ありがとね。その気がない男に配るのって、けっこうイヤなもんだよね。でも、うれしいな。
 だけどさ、さっき河合に渡しのは、ちょっと大きめのハート型だったけれど、僕のは、ただの四角い銀紙でくるんだだけのヤツで、小倉に渡したのと同じだよね。
 僕とか小倉はさ、“義理チョコグループ” ってわけなんだよね。
 でも、いいの、いいの。
 そういう吉村さんの優しい気持ちに触れるだけでさ、僕なんか癒されるのよ。…… へへへ」

 とか、俺なんか相手の気持ちに立ってそう言うだろうけれど、もしかしたら、こういうのが嫌われるのかな。
 
 だから、私は、義理チョコを渡すために部屋に入ってきた女性がいたとしたら、こう対応することにしている。
 
 「町田部長 …… 」
 
 「いや、分かっている。気持ちはうれしい。だけどね、僕は糖尿病の身だし、もう甘いモノに魅力を感じなくなったし、その気持ちだけを受け取らせてもらうよ」
 
 「いいえ、そんなこと …… 」
 
 「いや、分かってる。君の優しさも分かっている。ありがとう」
 
 「あの、町田部長 …… 」
 
 「だから好意だけ受け取らせてもらうよ」
 
 「町田部長! あの、お客様がお見えなんですけど!」
 
 ま、取り次ぎの女性がいるような環境でもないし、来客も滅多にないので、そんなこともありえないだろうなぁ。
 
 義理チョコのない世界は、気楽でいい。
   
  
 中学時代のバレンタインデーの思い出を書いた記事は、こちら
 (↓)
https://campingcarboy.hatenablog.com/entry/2019/02/10/191339
 
 

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ジャパンキャンピングカーショー2019

 
 2月1日(金)から2月3日(日)まで、幕張メッセで開かれた「ジャパンキャンピングカーショー2019」を見学してきました。
 搬入日(1月31日)から数えると4日間。
 ずっと、広い会場を歩き回っていたので、ちょっと疲れました(笑)。
 ホテルに帰ってきてから足が攣っちゃったりね。

 来場者も3日間で67.848名を記録(主催者調べ)。
 日本最大・アジア最大級を名乗るのにふさわしい成績を収めたイベントでした。

▼ ジャパンキャンピングカーショー2019会場風景

▼ 入場する前に、もう長蛇の列

▼ 今回から登場した日本RV協会のマスコット「JRVA君」も来場者をお出迎え

 
 で、今回のショーは、これからのキャンピングカーシーンがどのように推移していくかということがはっきりと浮かんだ、とても面白いショーだったといえます。

 端的にいうと、キャンピングカーにおける「ライフ」と「ライフスタイル」がはっきりと分かれていく気配を感じました。

 「ライフ」とは、まぁ、文字通り「生活」ですね。
 これまでキャンピングカーというのは、旅行やアウトドアのツールとして使われながらも、家の機能をそのまま維持するクルマという意味で、言ってしまえば、「ライフ」を追求したビークルだったわけですね。

 で、こっちの方は、昔からどんどんどんどん進化しており、もう「家庭生活の快適さ」などをいとも簡単に超える贅沢環境を維持できるところまで来ています。

 もちろん、そういうクルマは高額商品になりますけれど、しかし「家を一軒買うよりは安い」。
 ということで、「住む家はそこそこのレベルにとどめ、思い切ってクルマで贅沢してみるか!」
 という選択肢すら生まれかねない状況です。
 
 
 それに対して、新しく台頭してきたのが、「ライフスタイル」を提案するクルマ。
 「海辺を楽しむクルマって、いかがですか?」
 とか、
 「キャンプ場で焚き火を楽しむクルマは、どうですか?」
 というようなやつ。

 つまり、日々の生活拠点から遠ざかり、アウトドア的な “ライフスタイル” を満喫するような車両が増えてきているんですね。

 コンセプトは、「不便を楽しむ」。
 まぁ、「家庭生活」の快適さ断念したがゆえに、手に入る “屋外の手触り” みたいなものを追求したクルマということです。

 今回のショーは、そのどちらの分野においても、存在感の強い出展車両が目立つショーとなりました。
 詳しくは、このブログで再度取り上げますけれど、まずは “新車” として登場した話題のクルマをピックアップ。
  
 
ウィネベーゴ ミニープラス


 
 「快適さ」の追求といった意味では、今回のショーではこれに叶うものなしといった迫力を見せつけてくれたのが、ニートRVがこのほど導入した「ウィネベーゴ ミニープラス 27RLTS」というフィフストレーラーです。

 なんと、全長9,250mm。
 定置したときに室内が拡張するスライドアウトという機構を備え、最大室内寸法で3,900mm。


 
 もちろんエアコン、ヒーターといった冷暖房完備。
 冷蔵庫、キッチンもビッグサイズで高機能。
 「家」ですな。

 ショーの開催中、室内を見学してみたいという人々の列が途切れることがありませんでした。


 
 
キャンターベースのバレンシア520

 国産キャブコンのシャシーといえば「カムロード」という時代がずっと続いていますが、マックレーがリリースした新しい「バレンシア520」のベース車はFUSOキャンター。
 シャシーとしての堅牢性や安定性がしっかり保証されているだけでなく、キャブコンらしいどっしりとしたスタイルも魅力。


 
 床暖房などの快適装備を生かすために、リチウムイオンバッテリーを搭載しつつ、それを充電するための2800Wの発電機も標準装備。
 「快適キャンピングカー」の先端を極めています。
 
 
TR500 C-LH(シーエルエイチ)


 
 「ホテルのような室内空間」をキャッチとして登場したのが、RVトラストの「TR500 C-LH」。
 ハイエースのボディカットキャブコンですが、これまでに類例のないレイアウトを実現。
 運転席・助手席の後ろに、大きめのツインベッドが並んでいるというフロアプランが提案されています。

 なんと後部座席がいっさいなし。
 「ベッド兼シート」なんですね。

 このベッドに腰かけ、格納式テーブルを通路に引き出せば、そこが “ダイネット” 。
 きわめて合理的なレイアウトで、5mサイズのキャブコンながら、実に広大な居住空間を創造しています。
 
 
カムロードにリヤダブルタイヤ仕様がついに登場


 
 今回のショーで大きな注目を集めたのは、新型のカムロードシャシー。
 キャブ部から後ろのシェルがまったく架装されない状態で、これほどまでに話題を呼んだ展示物もほかにはありませんでした。
 注目を集めた最大の理由は、リヤがダブルタイヤ仕様となっていたこと。

 実は、カムロードにはすでにリヤにダブルタイヤを履かせた仕様がありました。
 しかし、それは小径タイヤだったため、シングルタイヤに比べて耐荷重面におけるアドバンテージがそれほど高いというわけでもありませんでした。

 しかし、今回のダブルタイヤは前輪と同径。さらにワイドトレッドを実現しています。
 これにより、リヤの耐荷重はそうとう補強されたと考えていいでしょう。 
 
 
 このダブルタイヤは、ナッツRVさんとトヨタ自動車が長年の研究を重ねて共同開発したもの。
 トヨタの “お墨付き” があるということは、安全性・安定性において各段に信頼度が上っていると期待できそうです。
 
 これを見て、カムロードを使っている他のメーカーさんたちから、
 「うちもこのシャシーを使う」
 「うちもこれを検討している」
 という声が会場のあちらこちらから聞こえてきました。
 

 このような、伝統的なキャブコンが新境地を開拓していく一方で、「車中泊車以上/キャンピングカー未満」といったライト感覚の車両が充実してきたのも、今回の「ジャパンキャンピングカーショー2019」の特徴でした。
 
 
シエンタ MR Vibes(エムアール・バイブス)

 その筆頭に挙げられるのが、Van Revo(バンテック新潟)さんがリリースした「トヨタ シエンタ MR Vibes(エムアール・バイブス)」。
 若者から圧倒的な支持を集めているトヨタ・シエンタの2列シートモデルを使ったミニバン感覚キャンパーです。

 ベース車として使われたのは、シリーズのなかの「ハイブリッド ファンベースG」。 
 それを使い、電子レンジやケトルなどの家電製品が手軽に使えるモデルを実現しています。


 
 
アウトランダーPHEV E:POP
 

 三菱のアウトランダーPHEVを使った「アウトランダーPHEV E:POP」も同じような狙いを秘めた車両です。
 こちらはポップアップルーフを備えている分、縦方向で居住空間を稼ぐというアドバンテージを秘めています。

 架装したのは「デリカD:5キャンピングカー」をリリースした「西尾張三菱自動車販売」さん。
 今回もデビュー間もない新型デリカを使った「D:5キャンピングカー」を展示する予定だったそうですが、現在まだベース車がデリバリされていない状況。
 旧型シャシー(↓)での展示となりました。


 
 
オフタイムCROSS ROAD


 
 若者に爆発的な人気を誇っているジムニーのキャンピングカーも、ついに完成車として登場しました。
 スマイルファクトリーさんが開発した「オフタイムCROSS ROAD」というクルマがそれ。

 このクルマの特徴は、“電源ボックス” という名前の電装システムをリヤ側に搭載しているところにあります。
 ベッドマットはその電源ボックスの上に設定されることになりますが、大人2人が余裕で寝られる広さは確保され、冷蔵庫などの電化製品を使いながら、ゆったりと車中泊するという奇跡のような空間を実現しています。
  
  
Tent Car(トイ・ジムニー)

 バンコンメーカーとして有名なトイファクトリーさんからも、ジムニーベースの小型キャンパーが提案されました。
 名前は「Tent Car」。
 

 
 ただし、この車両は、まだ完成車として売り出す予定のないコンセプトモデル。
 ルーフラックの上に自転車をディスプレイするなど、「車両の展示」というよりも、「ライフスタイルの展示」という性格が強いものといえるでしょう。

 ただ、ここで使われているジムニー専用のベッドキットだけは販売される予定です。フルサイズで1,840×1,290mm。
 お値段は98,000円のようです。


 
 
トリップトップ 


 
 極めつきは、RVランドさんが開発した「トリップトップ」。
 ジープラングラーをベースに、ポップアップルーフを架装した究極のアウトドアビークル。
 これもコンセプトモデルとのことですが、カッコよさではこれにかなう車両は会場でも見当たらないという感じでした。
 

 
 
RIW(リュウ)350

 キャンピングカーを使った “遊びの提案” という意味で、まったく独自の境地をばく進しているのが、「RIW(リュウ)350」。
 これは大阪の老舗キャンピングカービルダー「アネックス」の工場から出荷されるものですが、「アネックス」ブランドではなく、独自の「RIWブランド」として開発されているところがミソ !

 その特徴は、土足でそのまま車内に入れるようにしていること。
 つまり、スライドドアを開けたときの「車外」と、「クルマの内側」を自由に行き来することによって、“内と外” が混然一体となった新しい空間が生まれています。


 
 だから、このクルマには「アウトドア」という言葉が使えません。
 外と内の仕切りのない “アウト・イン・ドア(?)” という、これまでにないエリアが創造されています。
 
 
 というわけで、4日間の取材を終え、わが家に帰ってきたら、なんと家でもJRVA君がお出迎え。


 
 どこから来たのかな? 君 … 。
   
 ※ ここでは紹介しきれなかった車両は、次回からもう少し詳しく個別にUPしていきます。
 
 

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「町田の独り言」の読者の方へ

 
 いつもご愛読ありがとうございます。
 さて、過去11年にわたって、この「町田の独り言」というブログを管理してきましたが、最近とてもアクセスしづらい状況が続いています。

 おそらく、このブログサービスを運営されている「ホビダス」さんのサーバーの容量が足りなくなってきているのではないかと推測されます。
 そのため、同ブログサービスを利用されている他の管理者さんのブログも開けない状況が増えてきており、もちろん自分のブログへのアクセスも難しくなっています。

 ときどき、(気まぐれのように?)アクセスが可能になるときもあるのですが、自分の管理画面までログインすることができなかったりすることも多く、残念ながら、現在このブログが開ける時間は1日の半分ぐらいになりつつあります。

 そのため、他のブログサービスに少しずつ軸足を移していくことも検討中です。
 そのためのテストも始めています。

 もちろん、そっちのブログサービスを始動したとしても、全面的に “お引越し” することまでは考えておりません。
 長い間にお世話になった「ホビダス」さんには感謝しておりますし、このブログサイトへの愛着もあります。

 それに、もしかしたら、「ホビダス」さんが強力なサーバーに換えて、今までどおりの安定したブログ運営を再開してくれるかもしれません。
 
 それに期待して、過去のアーカイブもここに残しつつ、かつ新着記事も更新しながら、他のブログでも配信できる状態を固めていこうかと思っております。

 新ブログの立ち上げが軌道に乗り始めたら、いずれここにアドレスを公開させていただきます。
 そのときは、引き続きご贔屓のほどをお願い申し上げます。
 
 

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AI に「心」は生まれるか?

     
 「シンギュラリティ」という言葉をよく聞くようになった。
 「技術的特異点」と訳す。

 原語そのものがむずかしいだけでなく、訳語もむずかしい。
 知的レベルが高いことを自慢したがるインテリ好みの言葉に聞こえるが、たぶんこの言葉は、そのうち一般庶民の会話にも頻繁に顔を出すようになるだろう。
 「AI (人工知能)」が日常会話のレベルまで浸透したようにである。

 「シンギュラリティ」というのは、そのAI が発達し、人間の知性を超えることによって、人間の生活に大きな変化が起こる “転換点” のことをいう。

 いま話題になっているのは、それが「いつか?」ということだ。

 この言葉を世に広めたレイ・カーツワイル博士(AI 研究者)の予測によると、それはだいたい2045年頃とされる。
 もちろん諸説ある。

 ただ、AI の進化は、今後さらなる加速度を増し、21世紀中にはその「シンギュラリティ」が訪れるだろうという見方だけは、いろいろな研究者やジャーナリストの間で一致している。
 
 その後は、どうなるのか?
 人間を超えるほど進化したAI は、それ以降、人間を必要としなくなる。自分自身で問題を見つけ出し、その回答を考え、さらなる進化を続けていく。

 それを説明する言葉として、すでに「ディープラーニング」という概念があるが、シンギュラリティ後のAI は、その「ディープラーニング」という言葉では説明しきれない段階にまで達しているという。
 つまり、人間は、もうその “時代” を予測する能力を持たないのだ。
 それくらい、AI は、人間の想像域を超える進化を果たしてしまう。

 こういう未来予測を、楽観的に考える人と、悲観的に考える人がいる。
 楽観論に立てば、これまで人間を苦しめていた過酷な労働はすべてAI が担当するようになるので、人間は自由気ままに、好きなことだけを追求して生きていけばいい、ということになる。

 古代ギリシャやローマの貴族は、ほとんどの労働を奴隷に任せていた。
 そして、スポーツに打ち込み、趣味としての「政治談議」に花を咲かせ、美食に酔いしれた。
 それは、奴隷といわれる人間たちが、生産的な労働をすべてまかなっていたからだ。

 AI 時代というのは、その “奴隷制” が形を変えて復活する時代だという人もいる。
 つまり、頭脳労働はすべてAI に任せ、肉体労働はAI 搭載型ロボットに任せておけばいいことになるのだとか。

 一方、悲観論も根強い。
 進化したAI にとっては、「非効率的な生き方しかできない人間」は、邪魔者になる。
 そもそもAI というのは、作業上の効率化を極限にまで進めるために開発されたものである。

 そういう彼らにとって、人間は一種の「バグ」であり、「ノイズ」でしかない。
 自分たちが進める “理想社会(?)” を実現させるためには、人間をこの世から一掃しなければならない。

 そういう未来社会を想像してしまうと、その先にあるのはSF映画の『ターミネーター』や『マトリックス』の世界になる。

 私自身は、その両極端に分かれた世界のちょうど中間ぐらいの世の中になっていくのだろうと思っている。
 人間が行ってきた労働のかなりの部分を、AI 搭載のロボットが代行するようになることは確かなことで、人間の仕事そのものは減っていく。

 しかし、同時に、人間にとって新しい仕事が生まれる可能性もある。
 AI が代行する仕事が増えるに従って、逆にAI ではこなせない仕事というものも見つかっていくだろうから、そこに人間が新たに関与すべき世界も広がっていく。
 
 人間を抹殺しようとするAI が生まれてくるとしたら、それは人間がそのようなプログラムを仕組んだときだ。

 ただ、最後の問題が残る。
 はたして、「AI は心を持つようになるのだろうか?」ということだ。

 結論からいう。
 人間が持っているような「心」を、AI は持たない。

 AI が人間の精神活動といわれるものに大幅に関与する時代が来たとしても、現在われわれがイメージするような「心」を持つことはない。
 もし、AI が、現在人間が関与する精神活動を、人間に代わって指導するような時代が来たとしたら、それは人間の方も、「心」を必要としない時代になっているということなのだ。

 では、そもそも「心」とは何か?

 それは「謎」を感じる力のことである。
 つまり、世の中にある “不思議なもの” に気づき、そこに隠されている秘密を解き明かそうとする好奇心のことだ。

 AI には、その「謎」を感じる力がない。
 これが最大の人間との差異である。

 AI と人間の “能力” を比べた場合、演算能力においては圧倒的な優位に立つAI ではあるが、けっきょく、「謎」に気づくのはAI を使う人間の方であり、AI の頭脳には、人間に与えられた問に対して最適解を計算していくプロセスしか存在しない。

 しかし、人間は「謎」に立ち向かいながらも、ときに「謎」の美しさに戸惑い、我を忘れ、沈黙に身を浸すことがある。

 ―― 宇宙が始まる前には、何があったのか?
 ―― 生命はどうして生まれてきたのか?
 ―― 人類は、何をきっかけに、「愛」を手に入れたのか?

 そういう答のない「謎」に美しさを感じるのが、人間である。
 すなわち、「心」とは、「謎の美しさ」を楽しむ感受性のことをいう。
 
 
 「謎」が人間を魅了するのは、そこに「無限」という感覚が潜んでいるからである。
 たとえば、“宇宙の果て” のようなものを想像するとき、人間は眩暈(めまい)に近い虚脱感を感じるが、そういう感慨をAI が持つことはない。

 どれほどのビッグデータを包摂しようが、AI に「無限」という “データ” がインプットされることはない。
 なぜなら、「無限」は、AI が得意としている「計算」の《外》にあるからだ。
 数字しか扱えないAI には、数字に置き換えることのできない「無限」を読み込む回路がないのだ。
 

 
 人間が美しさを感じる「答のない謎」とは、すなわち、この「無限」に属するものにほかならない。

 「無限」こそ、「有限の人間」には理解も、想像もできない領域で、その「無限」を感知するアンテナ感度を上げようと思い詰めるときにだけ、人間の魂は浄化される。
 そこに哲学や宗教の原点があり、アートや文学の原点がある。
 
 
 又聞きであるが、昔、ドストエフスキーが非ユークリッド幾何学に凝った時期があったということを、何かで読んだことがある。
 通常の幾何学では、「平行線」というのは、どこまで行っても永遠に交わらないものと定義される。

 しかし、非ユークリッド幾何学では、
 「平行線は無限遠点で交差する」
 とされる。
 ドストエフスキーは、この「無限遠点で交わる」という言葉に神の存在を重ね合わせ、そこから創作上のインスピレーションを汲み取ったといわれている。

 数学は、あらゆる学問のうち、もっとも理論的な整合性に貫かれた学問で、それ自体が完結した「小宇宙」を形成している。

 しかし、ドストエフスキーは、その自己完結型の数学にも、実は《外》に向かう “脱出路” があることを発見した。
 そして、それは、イエス・キリストという存在を、定型化して硬直化した “キリスト教” という枠組みの《外》に見い出す作業にもつながった。

 結論をいえば、人間の「想像力」は「無限」からやってくる。
 すなわち、「有限」の人間が、「無限」を問うことの空しさに気づいたとき、その空しさを埋めるものとして想像力が舞い降りてくる。
 
  
関連記事 「ペッパー君が会社の社長になる日」
  
 

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怖い短歌をつくる人

 
 知人の勧めに従って、「短歌の会」というのに入った。
 月に一回程度、自作の歌を持ち寄り、合評会を開くという。
 参加者は地元のご老人が中心。

 知人がいうには、
 「短歌などつくったことのない人ばかりの集まりなので、最初は “凡作・駄作” の寄せ集めだったが、切磋琢磨しているうちにみんなのレベルも上がり、和気あいあいとした交流が生まれている」
 とか。

 最初は断ろうと思った。
 短歌のようなものを観賞するのは、特に嫌いではない。
 しかし、自分でつくるほどの才能があるとも思っていない。
 まず第一に、面倒くさい。

 しかし、誘ってくれた “知人” には恩があるので、むげに断れない。

 喫茶店で1時間あまり話をしているうちに、
 「とりあえず何作かつくってみて、合評会の様子も見学し、その後に入会するかどうか決めればいい」
 ということになった。

 そういう流れに乗ってしまうと、もはや断れないということは分かっていたが、喫茶店の窓から眺める外の陽射しも穏やかで、コーヒーもうまかったので、ついついその人の誘いに応じることになった。

 好奇心というやつである。
 自分も68歳になったので、もう立派な “老人” である。
 しかし、“本格的な老人” たちとの付き合いがない。

 ゲートボールもやったことがないし、地元の「老人会バス旅行」みたいな行事にも参加したことがない。
 「早起き老人クラブ」(← そんなものがあるのかどうか知らないけれど … )が公園でやっているラジオ体操みたいなものにも興味がない。
 自分が老人でありながら、老人との交流がないのだ。

 だから、老人の実態調査をするうえでも、こういう会に顔を出すのはいいチャンスかもしれないと思った。

 声をかけてくれた知人から、さっそく歌をつくってくれという手紙が届いた。
 サンプルとして同封されていた作品集を眺めてみると、かなり本格的で正統的な歌ばかりである。

 たとえば、
 「まだ散らぬ紅葉と 池の時止まり 鯉たちだけがゆくり泳ぎて」
 「元号が変わる前にと急ぐのか 喪中はがきの多くなりけり」
 「石ノ森章太郎のマンガ読み 思い返すは 昭和のぬくもり」
 
 “素人っぽい” といえばそれまでかもしれないけれど、情景や作者の気持ちが的確に描き込まれていて、それなりのワザが感じられる。2~3作程度の練習ではここまで到達できないことは、すぐに分かった。

 はたと困った。
 こういうレベルまでたどりつくのも大変だが、その前に、何も思い浮かばないのだ。

 悶々としているうちに、たまたまテレビから流れていたワイドショーが若者のインスタグラムブームを特集していた。
 …… おお、これかぁ … と思ってさっそく一首ひねってみた。

 「元カレのインスタ見つけて悪ふざけ 十代の女に化けて “いいね” 押す」

 自分自身はインスタもやったことがないし、他人のインスタを見て「いいね」ボタンを押したこともない。
 だから、インスタの実態などよく知らないのだが、なんとなく今の世相に絡んだような歌をつくってみたかったのだ。

 しかし、この歌が「怖い」という評価を下された。
 はじめての合評会に顔を出したときのことである。

 市民会館の会議室で開かれた発表会には、12~13人の参加者が集まっていた。
 年の頃でいえば、60代後半から70代後半ぐらい。
 男性は、自分を含めて3人。
 残りすべては女性であった。

 まず、参加者が提出した短歌を、みんなが順番に読み合う。
 次に、司会者に指名された人が、読み上げられた作品について、その感想を述べる。
 最後に作者自身が、作品を思いついたきっかけなどを解説する。
 
 で、私の短歌が読み上げられる番が来たとき、指名された女性が、
 「これが当たっちゃったのかぁ !」
 と苦笑いを浮かべた。
 今まで提出されたことのない作風だという。
 「どう解釈していいのか戸惑っていた」というのだ。

 多くの参加者が、私の歌に次のような批評を寄せた。

 「インスタ」という言葉の意味が解らない。
 「“いいね押す”」という表現も何のことか不明。
 また、「元カレ」という言葉を使うかぎりは、作者は女性であるはずなのだが、それを男性が読んでいるためにイメージが混乱する。

 なかには、こういう感想を述べた女性もいた。
 「こういう歌って、なんだか怖い」

 「下手」であるとか、「凡作」であるとかいう批評は覚悟していたが、「怖い」という評価は予想外だったので、かえって興味がつのった。
 そのとき、はじめて、「怖くない短歌というのはどういうのだろう?」という好奇心が湧いた。

 参加者からの感想が収まった頃、リーダー格の女性がまとめてくれた。
 「これ、はじめてつくった歌なんでしょ? 誰でも最初はそんなものですよ。
 でもね、めげることはありません。そのうちコツが分かるようになりますから」

 つまり、“作品以前” ということらしい。
 したがって、この歌に関しては、添削もなし。
 「別の作品を提出するように」といわれただけだった。

 
 合評会に出した短歌は、“無評価” で終わってしまったが、会自体は、とても面白かった。
 こういう会は、脳細胞の活性化をうながす。
 自分の短歌を作ることも想像力を刺激するいいチャンスとなるが、人の作品の感想を述べることも大事な脳の訓練となる。

 私にも、よその人の作品について述べる機会が何度か回ってきた。
 当てられた瞬間、いうべき言葉を急いで探す。
 作者の意図は何か?
 使われている語句が適切かどうか?
 瞬時に判断し、頭をくるくると回転させなければならない。
 そういう作業は知的な緊張感をはらみ、それが心地よい刺激を生む。

 
 発表会が終わった後、近くのファミレスで “お茶” となった。
 私の周りを取り囲んでくれたシニア女性たちが口々にいう。

 「ほんとうに常識的な方でよかったわ。ああいう歌を提出されたので、どんな方が来るのか、ほんとうは怖かったの。でも普通の人でよかった」

 ふ~む … 。
 「インスタ」をテーマにしただけで怖がられるのか … 。

 私はニコニコと対応しつつ、内心、「大変な会に入ってしまったものだ」という気持ちも少しだけ抱いた。
 
 

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人生最大のピンチ

    
 人生のピンチは、何の前触れもなく、突然やってくる。

 「なんでこんなときに?」
 「なんで俺が?」
 … みたいな不条理感をともなって、ピンチは、人の不幸に舌なめずりをする死の女神のように、足音も立てず、気がつくと、ひっそりと隣りにたたずんでいるのだ。

 俺の最大のピンチは、思い出すだけで2回ある。
 ひとつは小学校のときだ。
 休み時間、校庭の鉄棒でくるりと逆上がりをしたとき、突然訪れた。

 鉄棒の上で、口が閉まらなくなったのである。
 開きっぱなしのまま、口が固まってしまったのだ。
 最初は何が起こったのか、まったく呑み込めなかった。

 鉄棒から降りて、足を地面につけても、相変わらず口が閉まらない。
 顎(アゴ)がだらんと垂れ下がったまま、閉じようとする筋肉の意志をまったく受け付けなくなっている。

 声を出そうにも、ふはふはふは、と喉の奥が鳴るだけで、声が出ないのだ。
 
 「これって、アゴが外れた状態なのだろうか?」
 恐怖がじんわりと足元からこみ上げて来た。


 
 両手でアゴを挟む。
 それをカクカクと動かしながら、骨と骨が噛み合うポイントを探してみる。
 
 しかし、なかなか見つからない。
 だんだん焦りが出てきた。
 保険教室にでも駆け込んで、誰かの助けを借りるか。

 そう思った瞬間、カチッという音とともに、見事にアゴが頭蓋骨に収まった。
 九死に一生を得た思いだった。
 

 もうひとつの絶体絶命のピンチは、社会人になってからである。
 会社のトイレで小便をすませたあとだった。

 ぷるんぷるんと飛沫を便器に跳ね散らかしながら、ズボンのチャックを上にあげた。

 すると、チャックが途中で動かなくなった。
 同時に、激痛が襲った。
 チャックが自分の大事なアレ … なんていうんだろうか、男性の、いわゆる陰茎部とでもいうのだろうか。
 その裏側の皮をはさんだまま、チャックが止まったのだ。

 初期状態に戻そうと思い、チャックをもう一度下側に引いてみた。
 激痛が走る。
 … が、動かない。
 皮に食い込んだチャックは、うんともすんとも言わない。

 押してもダメ。
 引いてもダメ。
 次第に冷や汗が垂れてきた。

 厳冬期の男性用トイレ。
 窓から寒風が吹き込んでくるというのに、顔が紅潮して熱くなっている。

 「こうなったら、もう病院へ駈け込もう !」
 というくらい気合を込めて、血が出るのも覚悟の上で、思い切ってチャックをずり下げた。

 「痛てぇ !」
 … というほどのこともなく、あっさりとチャックは皮からはがれた。
 陰茎部を裏側にひっくりかえし、子細に皮の様子をチェックしてみたが、それほどダメッジを受けた様子もなかった。
 
 ホッと胸をなでおろす。 
 チャックを開けたまま、医者のところに飛び込むのもカッコ悪いところだったから、これも九死に一生を得たような思いだった。
  
 
 ピンチは知らないうちにやってくる。
 しかし、それを自力で乗り越えたとき、自分が一回りも二回りも大きくなったように感じる。

 次は何が起こるのか。
 怖いようで、楽しみだ。
 
 

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奇皇后とエカテリーナ

    
 韓国の歴史ドラマ『奇皇后』(BS日テレ)の再放送が、この2019年の1月で終わってしまった。
 2013年に制作されたドラマで、韓国では最高視聴率29.2%を記録したという超人気番組だった。


 
 これをハードディスクに録画して、時間ができたときに面白そうなものだけを選んで漫然と観ていたのだが、そのうち引き込まれるようになり、最終回前の3~4話からはほんとうに熱中した。

 内容は、韓国歴史ドラマによくある宮廷内の派閥争いをテーマにした “陰謀劇” 。
 邪魔者を取り除く手段の大半は毒殺で、どちらかというと陰惨な展開だが、それでも脚本・演出がしっかりしているうえに、役者たちがうまかったので、けっこう楽しめた。

 特に、主役の奇皇后を演じた俳優ハ・ジウォンがよかった。
 彼女は、昔、男と女が入れ替わってしまうラブ・コメティーの『シークレット・ガーデン』に出演していたが、そのときはそんなにいいとは思わなかった。
 しかし、『奇皇后』の皇后役を見ているうちに、だんだん惚れてきた。
 
 「権力を持った女の傲慢な美しさと哀愁」 
 基本的に、私はそういうものを匂わせるヒロインが好きなのだ。

 奇皇后というのは、14世紀に朝鮮の高麗から元(中国のモンゴル王朝)に “献上品” として送られてきた女性だったので、最初は周囲から屈辱的な扱いを受ける。

 しかし、元の皇帝からの寵愛を受けるようになり、最後は正皇后に昇格。
 それと同時に、皇帝と対立する宮廷内の陰謀集団と戦い、皇帝の身を守るようになる。

 そのときの敵対集団に向けた威圧的な眼差し、毅然とした言動はなかなかの迫力。
 敵に対しては、そういう一面を見せながら、守るべき男に対しては、献身的な優しさを貫く。 
 ま、いわゆるツンデレ。


▲ こういう意地悪系の目が好きだ

 ハ・ジウォンは、そういう冷徹さと優しさのダイナミックな振幅を上手に表現できる女優であった。
  
 
 
 もうひとつ、『奇皇后』と同じくらい楽しんだ海外ドラマがあった。
 2014年にロシア国営テレビで放送されていた『エカテリーナ』(BS日テレ)である。
 
 エカテリーナというのは、18世紀のロシアに君臨した女帝の名で、1922年にソビエト連邦が誕生するまで、ロシア帝国を統治していたロマノフ王朝最大の女傑である。


 
 演じるのは、マリーナ・アレクサンドロワ。
 NHKの大型ドラマ『坂の上の雲』(2009年~2011年)で、ロシアに留学した日本海軍の広瀬武夫中佐の恋人役として起用されたこともある女優だ。
 
 このマリーナ・アレクサンドロワの演技もまた、実に素晴らしかった。
 『奇皇后』のハ・ジウォン同様、私の好きな「権力を持った女の傲慢な美しさと哀愁」が強調されていて、『奇皇后』の “ロシア版” ともいえた。

 すなわち、
 他人に対する冷酷な眼差し。
 敵対者や部下に対する容赦ない言動。 
 高飛車で、傲慢で、わがままな振舞い。


▲ こういう意地悪系の目が好きだ
 
 そういう女が自分一人になったときに見せる、権力者としての孤独と不安。 
 そして、愛する男への懊悩。

 見逃してならないのは、マリーナ・アレクサンドロワが漂わす「神秘性」である。

 「神秘性」というのは、カリスマになるためには絶対必要なアクセサリーだ。
 特に、エカテリーナの場合、男の将軍たちにカリスマ性を発揮するには、どうしても「神秘」のベールで内心を隠す必要があっただろう。

 権力者としての孤独と不安を表に出した瞬間に、男たちは「弱い女」を感じて襲いかかってくる。
 場合によっては、肉体を奪いに来るだろう。
 それを避けるためにも、エカテリーナは男たちに対し、冷酷で傲慢でなければならなかったのだ。
 
 「冷酷さと傲慢さ」の奥に隠された女としての「弱さと恥じらい」。
 そういう対比は、ある種の男たちにとっては、ものすごくエロティックなものである。

 このドラマも、現在「シーズン2」が終了したところで、いったん中断されている。
 「シーズン3」がロシアで放送されるのは、2019年の 9月以降らしい。
 日本公開は、その年明けか。 
 待ち遠しい。
 
 

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亡くなった親父の夢

 
 24年前、「阪神淡路大震災」が起きた日が親父の亡くなった日だった。

 偶然の符号というのか、「関西で大惨事」というニュースが東京のワイドショーで一斉に速報される時間と重なるように、「親父が危篤」という知らせが病院から届いた。

 病院に駆けつけると、親父はすでに、ベッドの上で医師の手による人工呼吸の最後の処置を迎えていた。
 もう家族には何もすることができない。
 ただ、呼吸が途切れる最後の瞬間を見守ることしかできない。

 病室から外れた廊下のどこかで、阪神淡路大震災の被害状況を伝える報道が小さな音で流れていた。

 行方不明者がたくさん出た震災の悲惨さに比べ、こうやって親父の死に目に会えるだけ、まだ幸せな方か … と自分を慰めてみたが、自分の体を満たす喪失感のようなものが薄れることはなかった。
 
 懸命に介護に当たってくれた医師の身体が親父から離れたとき、親父の「魂」が身体から抜けたことを知った。
 
 すでに、親から自立した生活を営むようになっていたが、父親が死ぬということは、こんなに心細い気持ちにさせるものなのか、と知って、茫然となった。
 大地に立っている自分の足が、やけに細く、頼りないものに感じられた。

 それからしばらくは、ときどき親父が夢に現れた。
 夢のなかの親父は、いつも痩せほそり、言葉も少なく、もの憂げであった。
 
 
 その頃見た夢で、印象に残っているものがある。

 夢のなかの私は、仕事仲間と一緒に古めかしいホテルにたどり着く。

 フロント脇にくすんだロビーがあり、その一角に置かれたソファーに、なんと親父が座っている。
 既に死んでいるわけだから、当然幽霊である。
 しかし、あまりにも生々しいので、幽霊とは知りながら、
 「おいおい、どうしてこんなところにいるんだ?」
 と近づいて声をかける。

 私は、親父の肩に手を置き、
 「今から仕事ですぐ出かけなくてはならないが、必ず戻るからここで待っていてくれ」
 と言い残して、その場を去る。

 仕事から帰ってくると、ホテルのロビーには人影もなく、ソファーに座っていたはずの親父の姿が見えない。

 私はホテル中を歩いて親父の姿を探す。
 レストランにも、バーにも、客室の通路にもいない。

 フロントに戻って、「体の悪そうな老人がソファーに座っていなかったか?」と尋ねる。
 するとフロントマンが、「その方なら、先ほどチェックアウトされましたよ」と答える。

 「どこに行くか、聞いていませんか?」
 「なんでも、旅に出られると言っていました」

 さらに、フロントマンはこう続ける。
 「杖を突いて、辛そうに出て行かれましたから、最後の旅になりそうな感じでした。もう一度このホテルをご利用されるお元気があればいいと祈っていますけどね」

 私は、もう幽霊としての親父にも会えないような気がして寂しくなる。
 そこで目が覚める。
  
 

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朝鮮半島の悲劇

  
韓国国民の83%が日本への圧力強化を支持
  
 韓国の日本批判が激しさを増している。
 
 韓国海軍による日本の自衛隊機に対するレーダー照射問題。さらには、元徴用工訴訟における日本企業への差し押さえ請求問題。
 その前には、韓国政府が、日韓合意に基づいて設立された「慰安婦財団」を一方的に解散するという問題も起きていた。
 
 韓国政府がくり出してくるさまざまな日本への攻勢は、我々日本人から見ると、常軌を逸したヒステリックな言動に思えるのだが、韓国国民の多くは、その政府の方針を支持しているという調査もある。

 先だって行われた韓国の世論調査によると、このような韓国政府の対日姿勢について、「政府は日本に対してもっと強く対応すべきだ」と答えた人の比率が45.6%という数値になり、「政府は適切に対応している」という回答も37.6%に達したという。
 一方、「政府は日本に対する圧力を自制すべきだ」という冷静な答はわずか12.5%であったとも。 
 この調査を鵜呑みにすれば、韓国国民の83,2%が日本に対する政府の圧力強化を期待していることが伝わってくる。
 
 
韓国人の反日感情はどこから来るのか?

 韓国での反日感情の背景として、考えられるものはいくつかある。
 ひとつは、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が北朝鮮との融和を優先するために、日本を仮想敵国として位置づける一連の左翼政策。
 もうひとつは、韓国国民が幼少期から教え込まれる反日思想教育。

 日本を仮想敵国のように考えることは、政治の問題。
 国を挙げての反日思想教育は、文化の問題。

 この二つが改まらないかぎり、韓国の反日ムードは収まることはないだろうといわれている。
 
 
韓国人と中国人のメンタリティーの違い
  
 韓国人の反日感情の特徴をよく見ると、非常に観念的であることが分かる。
 現実を冷静に直視するのではなく、頭のなかに沸き起こってくる「観念」や「原理」の方を重視する傾向が強いのだ。 

 同じ東アジア民族である中国人と比べると、その違いは歴然としている。
 概して、中国人は「観念」よりも「実利」を重んじる。
 原理がどうの、プライドがどうの、… などとゴチャゴチャこだわるのは損。
 「人生は儲けてナンボ」
 というのが、中国人の基本的なメンタリティーである。
 
 そういう中国人の精神構造は、中国人民が3,000年の歴史のなかで培ってきた「政権への不信感」がベースになっている。
 彼らは、歴史上の為政者が(今の共産党政権も含めて)自分たちの権力維持だけに神経をつかい、人民を守ってこなかったことをよく知っている。
 だから、中国の人民は、為政者の国家理念や統治思想などに耳を傾けるよりも、まず自分たちの家族やその利益を守ることの方に神経を注いできた。

 韓国人はそうはいかない。
 彼らは、中国のような巨大で安定した政権を築いたという経験を持たない。朝鮮半島の歴史は、常に3ヵ国ぐらいが覇を競い合う流動的な傾向が強く、李氏朝鮮のような統一国家が生まれても、政権内の派閥争いが激しすぎて、中央集権的な統制を貫くことができなかった。
 
 だからこそ、彼らは「王朝の正統性」、「君主の徳の高さ」、「正義の尊さ」という理念的なものに憧れた。
 それらの理想に実体が追い付かない場合は、事実を捏造しても、虚構の「神話」にすがるようになった。

 もちろん、「理念」を重んじるためには、理性的・合理的な思考力が要求される。
 しかし、実体の伴わない虚構の「神話」を信じるとなれば、むしろ非合理的な情熱の方が必要となる。
 そのため、韓国国民は “反日” を掲げたときには、常軌を逸するほどのエモーショナルな行動をとることになる。
 
 
地政学的に朝鮮半島が抱えた問題
 
 そのような韓国人のメンタリティーというのは、やはり、韓国が昔から抱えていた地政学的な問題が根深く絡んでいる。

 巨大な大陸と地続きになった小さな半島。
 それが、韓国が抱えた歴史的宿命のすべてだ。

 巨大な大陸にいる “親分” は、常に中国であった。
 歴代の中国王朝は、朝鮮半島の国々を属国に置くか、独立国として認めたとしても、文化的・政治的支配権からの独立を許さなかった。

 つまり、朝鮮半島の歴史というのは、常に巨大な中国王朝の支配のもとでしか存続を許されなかった小王朝の歴史であった。

 この中国に対する文化的・政治的隷属状態が長く続くうちに、次第に朝鮮民族のメンタリティーのようなものが確立されていった。
 すなわち、日本人や満州人、ベトナム人といった中国文化圏に組み込まれている住民のなかで、朝鮮民族が最も優等生であることを中国に認めてもらおうと、彼らは思い始めたのだ。
  
 
朝鮮文化の形を決めた朱子学
 
 特に13世紀、中国の朱子学が朝鮮に伝わってからは、歴代の朝鮮王朝は、朱子学を国家イデオロギーの最高形体として認知し、それを統治理念の根幹に据えた。
 結果、朝鮮の朱子学研究は本場の中国をしのぐほど精緻を極め、壮大な体系が樹立されていった。

▼ 朝鮮朱子学を完成させた代表的学者の李退渓(イ・テゲ)
 江戸期の日本の思想史にも影響を与えた

 このように、朝鮮民族は、その模倣の忠実さにおいて、中華帝国の周辺諸国のなかでは群を抜いた優等生だった。
  
 しかし、朱子学というのは、生活の規律を厳密に重視する学問であったから、政治においても文化においても、「異端」を許すことがなかった。
 当然、朱子学を根本原理に据えた統治政策では、世の中の新しい動きをすべて封印せざるを得ず、結果的に人々の進取の気性を削いでいくことになった。

 朱子学的空気のなかでは、儀礼の知識とその遵守だけが大事にされ、それに疎い人々を「下等人種」として蔑む気風が生まれていった。
 特に、“隣国の日本人” は、朱子学を尊重する気配もなく、礼もおろそかにしている野蛮人だという認識がインテリ朝鮮人の間に広まり、日本人に対する優越意識が台頭するようになった。
 
 
中国へ向かうはずの怨念が日本に向かった
 
 その “劣等民族” であるはずの日本人が、室町時代の「倭寇」、豊臣政権下における「文禄・慶長の役」、昭和の「日韓併合」と、三つの侵略戦争を仕掛けてきた。
 まさに、文化も礼も知らない野蛮国の愚行だ !
 … と彼らは思ったことだろう。
 韓国人の感情のベーシックな部分には、そういう恨みの気持ちが連綿と続いている。

 彼らにとって最大の悲劇は、歴代中華王朝に隷属するという屈辱の歴史を強いられたことだが、しかし、彼らにとって、中国はすでに “偉大な父” のような存在になってしまっているため、反抗すること自体がおそれ多かった。
 
 そのために、自分たちが団結するときの “旗じるし” として、中国よりも軽い存在に収まっている日本という仮想敵国が必要なってきた。
 そのような反日思想が固まっていく背景には、「文明的に劣った日本人に統治された歴史を持つことの悔しさ」という、きわめて “民族的な哀しみ” も横たわっていただろう。 

 これが、反日感情のベーシックな部分を形成している空気であるが、ただ、彼らの役割のすべて批判するわけにはいかない。
 日本は朝鮮半島があったおかげで、ある意味、ずいぶん助けられたという一面もあるからだ。
 
 
朝鮮半島が日本の “防御壁” となった

 韓国と同じ極東に位置する日本にとっても、歴代中華王朝の膨張政策は脅威であった。
 その心配が当たってしまったのが、鎌倉時代の蒙古襲来(元寇)だった。

 「神風」が吹いたか、吹かなかったかというのは、今日議論の分かれるところであるが、いずれにせよ、日本を取り巻く海が “防波堤” となり、日本は中国大陸からの大軍を食い止めることができた。

 しかし、このとき日本を救ってくれた要因は、「神風」のような自然災害だけでなく、実は元側にもあったのだ。
 それは元の先軍を務めた高麗兵たちの厭戦気分であった。

 元軍は、日本攻撃部隊の先兵として、大量の高麗兵を朝鮮半島から動員した。
 のみならず、派遣艦隊の製造も高麗に請け負わせた。
 
 大量の木造船をつくるために、朝鮮半島の樹木はことごとく伐採され、自然破壊が進んだ。朝鮮半島にはげ山が多いのは、このときの森林伐採からいまだに立ち直れていないからだという。

 時の高麗王は、元の圧力から逃れることができず、大量の兵士、大量の軍船、大量の食糧を供給せざるを得ない羽目に陥った。
 朝鮮半島の男たちは、徴兵のためにみな駆り出され、田畑は荒れ、国中が疲弊した。
 ※ このときの朝鮮半島の悲劇は、井上靖氏の『風濤』(新潮文庫)に詳しい。

 過酷な状況に置かれた高麗兵たちに、日本とまともに戦う気力など残っていなかったのは当たり前の話である。
 高麗兵たちは、日本を占領しても元軍の手柄になるだけだと知っていたから、本心は、さっさと戦いを止めて国に帰りたかったのだ。
 
 このような高麗軍のやる気のなさが、元軍全体の士気を下げ、日本武士たちが勝機をつかむきっかけを作った。
  
 この例からも分かるとおり、「朝鮮半島」という “地理的防波堤” があったために、日本は、中国の脅威に直接さらされることから逃れたという事実も見逃せない。
 地政学的にそういう地域に国を持ってしまった朝鮮民族というのは、つくづく可哀想な民族であると思う。
 
 

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ますます盛況 オートサロン

 
 2019年の1月11日~13日まで開かれた「東京オートサロン」。
 最終日に見学に行ったが、例年30万人を超える入場者を誇るビッグイベントだけに、会場の混雑具合はすさまじかった。
 
▼ 入場者数もハンパない !

 大半が、20代から30代ぐらいの若者。
 このショーを見ているかぎり、マスコミが話題にしたがる “若者の自動車離れ” なんてウソだと思った。

 カップル同伴率も高く、まさに “リア充” の祭典。
 あちこちのブースでは、重低音のノリノリサウンドをバックにヒップホップ系のユニットがライブを繰り広げている。

 「♪ ローダウンした タイヤに履かせた アルミホイール クロームの輝きひと際まぶしく しぶきが飛び散る 雨の西湘バイパス …… ♪ ドンドコドン !」
 ってな調子なんだな。
 
 まぁ、カスタムカーの祭典であるのと同時に、ディスコサウンドの祭典でもあったわけだけど、口径の大きいスピーカーを30年前に売ってしまったオジサンとしては、久しぶりに聞いた大音量音楽はちょっと疲れた。
  
 しかし、若者が好むクルマのトレンドというものが分って、けっこう勉強になった。
 
 展示された車両の傾向は、大きく分けると二つ。
 一つは、スタイル、塗装などでカッコよさを追求したもの。
 かつては、車高を下げてスポイラーを張り出したヤンキーテイストのクルマが人気を集めていたが、最近はそっち系は影をひそめ、むしろリフトアップしたオフローダー系のカッコよさを狙った車両が目立ってきた。
 
 塗装も、ド派手で萌え系の “痛車” 風ではなく、艶消し塗装でオリジナリティーを追求するという傾向になってきている。
  
  
アウトドアユースもトレンドに
 
 こういう “カッコよさ” を打ち出したものとは別に、もう一つの流れとして目立ってきたのがアウトドアユースである。
 車内で寝られる機能があることをディスプレイでも訴える「車中泊車以上/キャンピングカー未満」を狙ったようなクルマだ。
 
 そういった車両を展示しているブースのスタッフはいう。
 「本格的キャンピングカーになってしまうと、普段使いは難しくなってきますけれど、うちのクルマは、普段使いができて、かつアウトドアでも使えます」
 
 
「ゴードンミラー」ブランドの車中泊車
 
 そういう展示車の代表格の一つが、オートバックスセブンの「GORDON MILLER(ゴードンミラー)」ブランドの車中泊仕様車。

 「ゴードンミラー」というのは、オートバックスが提供する洗車用品やカーメンテナンス用品といったグッズ類を総称するときのブランド名。
 そのブランドイメージを踏襲する “車中泊車” として開発されたのが、トヨタ・ハイエースベースの「GMLVAN V-01」と、日産NV200ベースの「GMLVAN C-01」の2車種だ。
 
▼ 「GMLVAN V-01」外装

▼ 「GMLVAN V-01」内装

▼ 「GMLVAN C-01」外装

▼ 「GMLVAN C-01」内装

 
 両車とも、内装にリアルウッドを使っていることが特徴。
 木のフローリングを施したのは、アウトドア用の荷物をたくさん詰め込んでも、床面へのダメッジを少なくするという意図と、あとは質感。本物の木を使うことによって、手触りの良さを追求したかったためだという。
 
 ともに、テーブルの設定や就寝時のフルフラット化が可能になっており、車中泊車としての機能は万全。
 今年の6月ぐらいに販売が予定されており、ハイエースベースの車両が400万円程度。NV200は300万円程度という価格帯が検討されている。
  
 車中泊やキャンプを楽しむとなると、当然キャンプグッズ類や遊びのギアの収納が問題となる。
 
 
 
 そこで活躍するのが、上記の車両を開発したオートバックスセブンが用意している「ゴードンミラー」や「JKM」といった同社のブランド名を掲げた収納ケース(↑)。
 サイズもいろいろ用意されているので、荷物の形状に合わせて好みのものをチョイスすれば、効率よく収納できて、見た目もきれいになる。
 最近は、整然と収まったグッズ類をインスタにアップするユーザーも増えているという。
 
 
ホンダの “サーフィン&旅” 仕様
N-VANベースの「トリップバン」
 

 ホンダからは、「サーフィン&旅」をテーマにしたN-VAN(写真下)が出品された。
 車両サイズとその構造からいって、基本的に「ひとり旅」仕様であるが、車内にアウトドア用品を詰め込んで、全国のサーフスポットをめぐるというコンセプトのクルマだ。


 
 なかなかよく作り込んであるので、ひとり旅が好きな独身男性などは、ちょっと好奇心をくすぐられるかもしれない。
 しかし、この車両はあくまでもコンセプトカー。
 このスタイルのまま、完成車として販売する予定はないという。
 
  
 
 
アルフレックス「CAVEX(ケイベックス)」
 
 キャンピングカービルダーとしても人気のある「アルフレックス」からは、都会的なテイストに溢れた “アウトドアカー” という非常にユニークな思想を持ったハイエース改造車が出展された。
 その名も「CAVEX(ケイベックス)」(写真下)。

 内外装が非常にポップで小粋な仕上がりを見せるところに特徴があり、デザイン的にはキャンピングカーとバニングカーの “良いとこ取り” という性格を持っている。

 特徴は、なんといってもリヤゲートを跳ね上げたときに現れる大画面の4Kテレビ。
 左右には口径の大きいスピーカーが取り付けられ、ちょっとした “リヤゲートシアター” を実現する。

 テレビ前には、コンロとシンクを並べたギャレーユニット。
 それを使って簡単なツマミを作り、外に持ち出したチェアに腰かけて、テレビを見ながら、ワインを開ける。
 つまり、アウトドアに身を浸しながら、究極のインドアユニットを堪能するというのがこのクルマの狙いだ。


 
 しかし、開発したアルフレックスは、
 「あくまでもコンセプトモデルだということをご理解いただきたい」
 という。

 つまり、この仕様を寸分たがわず実現した完成車の販売は、今のところ考えていないとも。
 ただ、リヤのギャレーユニットのキットや、室内のカラーリングなどは、リクエストがあれば、別の市販用キャンパーに転用は可能。
 価格も相談に応じるとのこと。
  
  
新型デリカD:5
 
 それでは、そのほかの話題の展示車を紹介。
 下は、三菱デリカD:5(ディーファイブ)の新型モデル(写真下)。昨年の11月から注文が開始され、受注も好調だというが、一般公開されるのはこのショーがはじめて。


 
 もともとデリカD:5は、質実剛健なタフネスさが売り。
 もちろん、今回のモデルも機能的にはその特徴を踏襲している。
 ただ、デザイン的には大胆に一新され、そうとう洗練されたスタイルを身にまとってのデビューとなった。
 
 
ジムニーサバイブ
 
 スズキ自動車からは、人気のジムニーのカスタマイズ仕様車が展示された。
 名前は「ジムニーサバイブ」(写真下)。
 名前からして、悪路走破性の高さをアピールするようなコンセプトだが、もともとは洗練されたアーバン4WDとしての性格が付与されたクルマなので、やんちゃな悪路攻めのディスプレイを施されようが、どこか貴公子然としたスマートさが維持されている。

 
  
 
クローラー付き日産ジューク
 
 下は日産のブースで展示されていた「JUKE(ジューク)」のカスタマイズコンセプトモデル(写真下)。
 オーダーフェンダーを改造して、4輪にクローラーを履かせているところがミソ。
 実際の走行も可能だという。
 
 
 
 
なつかしの旧GT-R
 
 旧車オークションコーナーでは、「ケンメリ」「ハコスカ」などと呼ばれていた時代のスカイラインGT‐Rも展示され、いまだに衰えない人気を誇示していた。
  
 
 
 

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シウマイっていえば崎陽軒だろ?

 
 関東で育った僕の場合、「シウマイ」といえば、もう横浜の「崎陽軒(きようけん)」なのだ。

 もちろん関東には、シウマイを作って販売している企業はいっぱいある。
 中華料理店でも、たいていオリジナルのシウマイをメニューに載せているし、町のお肉屋さんなんかでも、手作りのシウマイを販売しているお店は多い。

 そういうシウマイを食べ慣れている人からすれば、それが “普通の” シウマイの味だと思うのだろうけれど、生まれたときから崎陽軒のものしか食べていない僕は、味の異なるシウマイを口にしただけで、「あ、これは “本物” じゃない!」などと思ってしまうほど洗脳されているのだ。

 で、この前、
 「崎陽軒のシウマイみたいな味、俺ダメなんですよ」
 という友人と出会った。

 「では、どういうのがいいの?」
 と聞くと、スーパーや肉屋で売っている多少大ぶりのシウマイがおいしく感じるというのだ。
 小さい頃から家で食べていたのが、そういうシウマイだったと彼はいう。

 “好みの味” というのは、それこそ家庭環境やら、文化風土、土地柄などによってずいぶん異なるもんだなぁ … というごく当たり前のことに気づいたわけだが、その話を聞いた瞬間は、まさに青天の霹靂(へきれき)だった。
 崎陽軒のシウマイを「おいしくない」と感じる人間がいるなんてことを想像したこともなかったからだ。
 
 
 僕が崎陽軒のシウマイに出会ったのは、国鉄の東海道線・横浜駅ホームだった。(当時「JR」などという言葉もまだなかった)
 昭和30年代。
 5歳か6歳のときだった。

 その頃、僕は年に一度か二度、親父やお袋に連れていってもらう湘南海岸の海水浴を楽しみにしていた。
 
 ある海水浴の帰り、汽車が横浜駅のホームに滑り込んだときに、親父が列車の窓を開けて首を出し、弁当売りのおっさんに声をかけたのだ。
 そのとき買ったのが、崎陽軒のシウマイだった。
 たぶんわが一族は、東京駅にたどり着く前に、電車のなかでシウマイを食べつくしたのだと思う。
 
 「うめぇ !」
 腹も空いていたタイミングだったのか、こんなうまい物が世の中にあったのかぁ ! とびっくりした。

 以来、親父は出張などで横浜駅を通るたびに、崎陽軒のシウマイをお土産に買ってきてくれるようになった。
 今は、関東圏の主要都市なら、たいてい駅ビルやデパ地下などで崎陽軒のシウマイは買える。
 しかし、昭和30年代は、横浜駅のホームでしか買えなかったのだ。

 この崎陽軒のシウマイがすごいなぁ ! と思うのは、僕が5歳か6歳の頃食べていたものと、現在食べているものが味もサイズがまったく変わらないことだ。
 そのシウマイが入った「シウマイ弁当」のオカズも、何十年経ってもまったく変わらない。

 “驚異のマンネリ” ともいえるが、それでいいのだと思う。
 お客に飽きられることを心配するよりも、同じ味をキープする方が勇気がいる。
 1日3食シウマイ弁当を食う人間なんていないからね。
 

 シウマイのお土産を楽しみにしていた頃、1箱買うと、その中に必ず陶製の醤油さしが1個入っていた。
 「ひょうちゃん」といった。
 ひょうたん型の醤油さしには、みな横山隆一氏が描いた “顔” がついていて、これを貯めるのが、また楽しみだった。

▼ 初期型ひょうちゃん

 僕は “ひょうちゃん” のお尻に粘土の土台を付けて、机の上でも立つようにした。
 机の上に立ったひょうちゃんは、全部で70個か80個ぐらいになっただろうか。
 それを兵隊人形に見立て、整列させたり、散兵させたりして、1人で遊んだ。

 このひょうちゃんは、3度くらい世代交代して、ときどき “特別仕様” などが出ることもあったという。
 レアものになると、一個2,500円から3,000円ぐらいの価格がつくものもあるとか。

 僕が持っている初期型ひょうちゃんの兵隊たちは、捨てた記憶がないので、今も倉庫のどこかに眠っているかもしれない。
 時間があるとき探してみようと思っているが、果たせないまま2~3年経っている。
 
  

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ハイテク時代のオランダを描いたフェルメール

  
フェルメールは “庶民派” の画家だったのか?
 
 ヨハネス・フェルメールといえば、市民のささやかな暮らしぶりを優しい眼差しで描く「庶民派の画家」というイメージが強い。

▼ フェルメール「牛乳を注ぐ女」

 彼の絵には、尊大な王侯貴族が登場することもなく、男を惑わす妖しい美女の姿もない。
 ミルクを鍋に注ぐ家政婦。
 手紙を書く少女。
 レース編みに没頭する女。
 当時のオランダの家を覗けばどこでも見られるような、ごくありふれた人物と、何の変哲もない光景が描かれているに過ぎない。

▼ フェルメール「レース編みをする女」

  
 なのに、この “何気ない” 光景にこそ、実は17世紀ヨーロッパの激動の歴史がすべて凝縮している。
 フェルメールの絵は、この時代のオランダが世界に冠たる海洋国家に成長していく姿と、オランダの資本主義がどのように興隆していったかを物語る “生き証人” のような存在でもあるのだ。

▼ フェルメール「デルフトの眺望」

 このことは、実は過去にも私のブログで、何度か触れた。
 しかし、今回、経済学者の水野和夫氏と、東京画廊社長の山本豊津氏の対談『コレクションと資本主義』(角川新書)という本を読んで、これまでのフェルメールの論考に少しだけ書き加えたいことが生まれた。
 そこで、「資本主義の誕生」という側面にしぼって、フェルメールの業績に再度触れてみたい。  

▼ 『コレクションと資本主義』  

 
 
市民階級だけが支配する巨大都市の誕生
 
 『コレクションと資本主義』によると、フェルメールが活躍していた17世紀のオランダは、大型帆船の技術力を高め、大航海時代を迎えたヨーロッパを代表する海運国家に成長していたという。
 もともと、オランダ、ベルギーを含むフランドル地方は15世紀ごろから毛織物産業によって北ヨーロッパでも屈指の工業地帯としての実力を蓄えていた。

▼ オランダの帆船

 ただこの地方は、政治的にはスペイン国王の領土であったため、商業利益のほとんどは宗主国のスペインに収奪されていた。
 そのことを不満に思うオランダの商人階級が結束し、1568年にスペインに対して独立戦争を挑むことになる。

 その結果、どういうことが起こったか。
 オランダ市民軍がスペイン王国の軍隊を打ち破り、ヨーロッパで初の「商人階級」による政府が誕生したのだ。
 
 それによって生まれたフランドル諸都市の自由闊達な空気は、ヨーロッパ中の商人を魅了してやまなかった。
 オランダ・ベルギーの主要都市には世界の商人が利益を求めて集まるようになり、やがて、国家自体がひとつの「世界市場」を形成するようになった。

▼ 国際商業都市アムステルダム

 
 当然、そこでは様々な国の言語、習慣、宗教、文化が交差するようになる。
 そのなかでも、スペインの宗教的弾圧から逃れてオランダに移住してきたユダヤ人の存在は大きかった。
 彼らは、ヨーロッパ各地に張り巡らせていた金融ネットワークと、それまで各地で培ってきた金融テクノロジーを駆使し、オランダをヨーロッパでも屈指の経済大国に押し上げることに貢献した。
 
 
デカルト哲学を生んだ無国籍的な空気
 
 余談ではあるが、近代哲学の祖ともいわれるルネ・デカルトは、こういうオランダの “無国主義的” な風土を味わうことがなければ、あの「コギト(われ思う)」という哲学的省察を手に入れることはできなかっただろう。
 
▼ ルネ・デカルト

 
 フランス人であったデカルトは、世界のどこの哲学体系からも切断されたオランダの言説空間に触れて、はじめて自分が育ったフランス共同体の思考から解放された。
 
 そういう「普遍」を見据えた思考は、多民族、多宗教、多言語、多文化が交錯する(一見カオスにも見えるような)流動的な社会からしか生まれない。
 そういう “文化的マグマ” のようなものが、この時代のオランダの地下から地上に向かって一気に噴き出していたのだ。
  
 フェルメールの絵画というのは、こういう新興国オランダの燃えたぎるような経済的繁栄を背景に生まれてきた芸術であることを、まず念頭に置いておいていいだろう。
 
 では、彼の一見つつましやかで静かな画風のなかに、グローバル経済を牛耳っていた当時のオランダの姿は、いったいどういう形で描き込まれていたのだろうか。
  
 
フェルメール絵画に登場する
「地図」と「地球儀」の謎

  
 フェルメールの後期の作品を代表する『天文学者』および、『地理学者』には、壁の背景や机の上の小道具として、世界地図や地球儀がさりげなく描かれていることにまず注目してみたい。

▼ フェルメール「天文学者」

 
▼ フェルメール「地理学者」

 
 天文学者や地理学者にとっては、地図や地球儀は商売道具であるから、人物の周辺に置かれるのは当然だろう。
 しかし、一般女性のつつましやかな日常を描いた『水差しを持つ女』、『青衣の女』、『リュートを調弦する女』などにおいても、彼女たちの背景にはくっきりと地図が描きこまれている。
 
▼ フェルメール「水差しを持つ女」

 
▼ フェルメール「青衣の女(手紙を読む女)」

 
▼ フェルメール「リュートを調弦する女」

 
 フェルメールの絵画の背景として描かれた地図は、1569年にフランドル地方(現ベルギー)の地理学者であるメルカトルが考案した「メルカトル図法」にのっとったもので、絵の中では “室内装飾” のように扱われているが、実際には実用的なハイテク・アイテムといった性格が強い。
 
▼ フェルメール「士官と笑う女」

 そのような最新テクノロジーの地図や地球儀が、現代の液晶テレビやパソコンのように、当時の庶民の居間に浸透していたということは、当時のオランダの人々が、海洋国家の一員として、グローバルな視野で “世界” を見つめていたことを意味する。
 それこそ、いざとなったらそのまま海洋に乗り出せるような教養と気骨を持った人々すらいただろう。
 
 
「手紙」は17世紀最強の
ハイテク通信手段だった !

  
 フェルメールの絵に表れるもう一つの “ハイテク・アイテム” は「手紙」である。
 彼の絵には、手紙が登場する頻度が非常に高い。
  
▼ フェルメール「手紙を書く少女」

  
▼ フェルメール「青衣の女(手紙を読む女)」

 
 これは、いったい何を意味するのだろうか?
 この時代が、一種の「通信革命」を迎えた時代だったことを示唆している。
  
 ヨーロッパにおける郵便制度は、17世紀の初頭、ほとんどの国を巻き込んだ「30年戦争」を機に、戦況を連絡し合う軍事郵便という形で急激な発達を遂げた。
 それが、郵便システムを整えることにつながり、やがて民間の家族や恋人同士が私信を交わし合う手段にまで成長する。
 
 世界貿易に乗り出したオランダ人たちは、この「手紙」を通じて、はるか離れた地域から自分の近況を家族に伝えるようになった。
 もちろん、現在の通信テクノロジーと比べれば、手紙のやり取りはそうとうのんびりしたものでしかなかった。
 
▼ フェルメール「手紙を書く婦人と召使」

 
 しかし、それでも、地球の裏側あたりで仕事をしている家族の直筆を庶民が受け取るということは、それ以前の社会では考えられないことだった。今の感覚でいうと、「電子メール」のようなものだった、という人もいる。
 
 このように、静謐でつつましやかなフェルメールの絵画というのは、実は、当時の最新テクノロジーをさりげなく使いこなす庶民のハイテク生活を切り取ったものであったことが浮かび上がってくる。
  
 
油彩画による “画材革命”
が資本主義を呼び寄せた 

 
 水野和夫氏と山本豊津氏の共著による『コレクションと資本主義』によると、この時期のフランドル地方で生まれた絵画が、後のヨーロッパで確立される “絵画マーケット” の基礎をつくったという。


 
 15世紀頃から、フランドル地方には絵画技法の革命が起こっていた。
 すなわち、それまでのルネッサンス絵画は、教会などの壁に漆喰を塗って、それが生乾きのうちに顔料を塗り込んでいくフレスコ画が中心だった。ボッティチェリも、ミケランジェロも、ラファエロも、みなこのような技法で作品を残したのである。
 
▼ ラファエロがバチカン教皇庁の壁に描いたフレスコ画「アテナイの学堂」

 
 ところが、フランドル地方では、まったく新しい絵画技法が生まれていた。
 それが、フーベルト・ファン・エイク、ヤン・ファン・エイク兄弟らによって生み出された油彩画だった。
 
 これが絵画の “ダウンサイジング” をうながした。
 
 それまでのフレスコ画は、教会や宮殿といった大きな壁を要求するものであったが、油彩画になると、小さなキャンバスですむようになる。

▼ キャンバスに絵を描き込む男

 
 このような小さなキャンバスは、「作品」の持ち運びを可能にした。
 つまり、フレスコ画が施設内に定置して使う巨大な “オフィスコンピューター” だとしたら、キャンバスは “ノート型パソコン” の役割を果たすことになったのである。
 
 その結果何が起こったか?
 絵画を買って、自分の家に持ち帰って鑑賞する新しい購買層が誕生したのだ。
 
 スペインやフランスなどの絶対王政下においては、巨大絵画の発注者は王族や教会に限定されていたのに対し、フランドル地方では、中産階級が自宅で自由に飾れる絵画が生まれたのだ。
 これを機に、絵画は「作品」から「商品」に移行していく。
  
  
グーテンベルクによる出版革命
  
 『コレクションと資本主義』によると、このような「アートの商品化」が始まる過程は、ちょうどグーテンベルクの金属活字による活版印刷が普及していく過程と重なるという。
 この時期、書籍とアートは、それぞれ“大量生産” という道を歩み始めたのだ。
 
▼ 金属活字の活版印刷

 
 もちろん活版印刷が書籍の生産量を飛躍的に伸ばしたことは容易に想像できると思うが、アートに関しても同じことが起こった。
 銅版画(↓)である。


 
 そもそもグーテンベルクは、活版印刷の商売を始める前は、銅版画を印刷する仕事で生計を立てていた人だった。
 
 それまでアートでは、基本的に1人の作者が生産できるものは1点と決まっていた。
 しかし、銅版画は、1人の作者が手掛ける作品を大量に印刷することを可能にした。
 それによって、一品あたりの単価も安くなり、多くの一般市民が芸術作品に触れる機会が広まった。
 

 
 1500年代後半、ベルギーのアントワープは、ヨーロッパ最大の版画制作の拠点となり、デューラーやブリューゲルなどの北方ルネッサンスの作家たちが手掛けた数多くの版画がヨーロッパ中に広まり、同時にフランドル芸術が発展する基礎をつくった。 
 
   
知識・情報などの “大衆化” が始まる
 
 活版印刷と銅版画。
 この二つの文化の普及は何を意味したのか?
 知識・情報などの “大衆化” である。
 
 活版印刷が普及したのは、一般庶民が「知識」を必要とするようになったからだった。
 とりわけ、航海に対する「知識」の需要が高まった。
 そのなかには、操船術などの具体的知識も含まれていたが、さらに交易によって広がった東方マーケットの知識、… すなわちヨーロッパ人以外の民族の生活習慣、宗教といった基本情報への需要が生まれていた。
 それによって、「庶民は聖書だけに関心を持っていればいい」という時代は終わりを告げた。
 
▼ デューラーの銅版画

  
 では、銅版画のような、アートの普及は何を意味したのか。
 これは、一般庶民が接するメディアが、「映画」から「テレビ」に代わったと思えば分かりやすい。
  
 
絵画が「私的財産」になって
何が始まったか?

 
 写真、映画、テレビなどといった近代的視覚文化が生まれる以前は、絵画はこの世でもっとも刺激に満ちた視覚メディアだった。
 町の教会の壁を埋めていた宗教画は、神の偉大さを讃えるメッセージそのものであったし、貴族の宮殿などに飾られた肖像画は、彼らの権威と徳を讃えたプロパガンダとして機能した。
 
▼ 大掛かりな宗教画

 
 ただ、そのようなアートは、いずれも現物が飾られている現場に向かわないかぎり、誰も拝むことはできない。
 つまり、映画館で見る「映画」のようなものだったのだ。
 しかし、銅版画や小さなキャンバスに描き込まれた小品は、市民が家のなかで楽しめるという意味で、現在の「テレビジョン」の役割を果たした。
 
 絵画が、個々の家でテレビのように管理されるようになったことは、絵画が「私的財産」になったことを意味する。
 「私的財産」であるかぎりは、誰もが好きなときに、好きなように売り買いできる。
 「商品」としてのアートが誕生したといっていい。
 
 フェルメールが、“名もない一般庶民” を描き続けたのは、たぶんその方が「商品」として扱いやすかったからだろう。
 
 貴族の館に飾られる肖像画は、制作を注文した貴族の家族たち以外には価値がない。
 しかし、モデルが誰だか特定できない人物が絵の主人公になれば、どんな購買者でもそこに感情移入する余地が生まれる。
 名もない少女のポートレートは、鑑賞者がそこに自分の理想の恋人像を重ねることも可能にしたのだ。
 絵画と鑑賞者の間に、淫靡な相互関係が生まれるのも、そんなときだ。
 
▼ フェルメール 「真珠の耳飾りの少女」

 
 フェルメールという画家が、自分の絵をどれほど商品として計算していたかは、実際のところは分からない。
 彼が量産家でなかったことからすれば、1枚の絵にありったけの時間と情熱を注ぎ込む純粋な芸術家であったかもしれないのだ。
 
 しかし、結果的に彼の絵は、資本主義社会の商品として機能するあらゆる特性を帯びることになった。
 彼をして「近代絵画の祖」という言い方が生まれたのも、そんなところに由来しているのかもしれない。
  
  
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平成のコミュ力

 
 新しい元号が決まる年が明けたせいか、最近「平成最後の …… 」という言葉をよく聞く。
 
 年末年始も、テレビでは、「平成最後の大晦日」、「平成最後の正月」などという言葉が飛び交っていた。
 この調子でいくと、新しい元号が決まる前の晩は、「平成最後の酒盛り」、「平成最後の入浴」、「平成最後のトイレ」などという言葉が日本中でささやかれるだろう。

 ところで、「平成」とはいったい何であったか。
 テレビのワイドショーなどを見ていると、いろんな評論家やコメンテーターが、「平成とはどういう時代であったか」を解説している。
  
 しかし、あまりピンとくる内容のものがない。
 その理由は、発言する人の大半が昭和生まれなので、「平成を語る」といいながら、比較するものとして持ち出してきた「昭和」の方を語ってしまう人が多いからだ。

 そうなると、発言者のノスタルジーも加味されて、「豊かな昭和」vs「貧しい平成」というステレオタイプな結論になることが多い。

 そんななか、NHK・Eテレが企画する『ニッポンのジレンマ』は、さすがに面白いアプローチをする。
 この正月は、「平成とはコスパの時代であった」というテーマで、主に平成生まれの若い論客を集めて討論させていた。(この感想はブログ記事として書いた

 去年の7月頃に放映された『ニッポンのジレンマ』では、「コミュ力」という切り口で、平成世代の意見を聞いていた。

 これも面白い企画だと思った。
 確かに、平成という時代は、老いも若きも「コミュ力」を高めるために必死にあがいてきた時代だったという気もするからだ。

 では、「コミュ力」とは何なのか?
 こう縮めてカタカナ書きすると、「こみゅか」とも読めてしまう。
 なんか変な言葉である。
 
 そもそもは「コミュニケーション能力」のことなんだけど、「コスパ」もそうだが、縮めて略語化すると、間の抜けた響きになってしまい、なんか本来の意味から外れてくる感じがする。 
 おそらく、言葉を縮めた段階で、本来の英語とは異なる日本語としての意味が生まれてくるのだろうと思う。

 では、「コミュニケーション能力」と「コミュ力」の違いは何か?
 「コミュニケーション能力」といった場合、そこには生死をかけて意思疎通を図ろうとする者同士の真剣勝負の響きが漂う。
 それに対し「コミュ力」は、他人のインスタに「いいね!」をつけるタイミングの問題にすぎない … というわけでもないだろうけれど、そういう軽さがある。
 
 
 「コミュ力が高い人に見られるノウハウ」を紹介するネット記事というものがあった。
 それによると、コミュ力が高い人というのは、
 ➀ 話題を多く持っている
 ② 協調性がある
 ③ ポジティブで明るい
 ④ 笑顔が絶えない

 要は、必死で忖度して空気を読む人になれ、ということのようだ。
 バカなんじゃないの? これつくった人。

 そんなことは、もう誰にも分かっていることだし、分かっていても、そうはできない人もいるというだけの話なのに。

 私は、「コミュ力」を身に付けるために必死になっている若い者を可哀想だと思う。
 確かに、いま会社の新卒採用の基準に、「コミュ力」を挙げる企業が増えているという話は聞く。
 なんでも、ここ13年連続で、新卒社員の選考基準のトップは「コミュ力」だったとか。

 これは、産業構造の変化に伴って、モノを生産する製造部門よりもサービス部門の方に力点を置く企業が増えていることを物語っている。

 しかし、企業側も就活側も、何か勘違いしているのではなかろうか。
 ・ 協調性がある
 ・ ポジティブで明るい
 ・ 笑顔が絶えない
 もし、そんな属性を「コミュ力」だと定義しているのだとしたら、「体育会系」の人間しか引っかからないことになる。

 人間の「想像力」と「創造力」は、無理してポジティブになることによって萎えてしまうことだってあるのだ。
 
 これは、私の経験上の判断によるのだが、概して「おしゃべり上手」なヤツは、文章を書かせると、退屈なものしか書かない。 
 下手な文章ではないとしても、浅いのだ。

 おそらく、おしゃべり上手な人というのは、他者に「話す」ことによって、自分が貯えてきた情念をきれいさっぱり発散してしまうからだろう。

 面接官の前で上手に話す。
 合コンで、狙った女の子の気持ちを会話でそらさない。
 そういうのを「コミュ力」とはいわない。

 「コミュ力」とは、謎めいた人間に思われることである。
 相手に対し、自分を魅力的なパズルとして差し出す。
 ときには沈黙も雄弁なワザとなる。
 
 

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