虎よ、虎よとからかわれ

 
 愛犬のクッキーを送り出した夜、その “通夜” を執り行うようなつもりで、深夜、久しぶりに長男と酒を飲んだ。
 録画しておいた阿久悠の音楽特集(「歌の4時間スペシャルTBS」)を観ながらの酒となった。

 次から次へと流れる阿久悠の昭和歌謡を分析しながら、2人の会話が進む。
 ピンク・レディーの『UFO』(1977年)。
 果たして、この詞は何を意味しているのか。

 この時代の阿久悠は、本当にきわどい歌をつくっている。
 40年前の『UFO』という歌は、恋というものを満足に知らない若い女の子が、老練な年上男性に翻弄され、性のときめきを開花させてしまう話だ。

 歌のなかの少女は、UFOに乗ってきた “宇宙人” と遭遇する。
 その宇宙人は、
 「見つめるだけ愛し合えるし、話もできる」。

 そして、自分が言葉に出さずとも、何を願っているのか、さりげなくキャッチして、
 「飲みたくなったらお酒」
 「眠たくなったらベッド」
 と、うぶな女の子を巧みにリードしていく。

 “宇宙人” が、恋の手管を知り尽くした老獪な男性を意味していることは、いうまでもない。
 だから、年上男の高級なくどきのテクニックに酔ってしまった少女は、
 「近頃少し、地球の男に、飽きたところよ」
 と、同年代のクラスメイトの男たちに物足りなさを感じてしまうのだ。

 この歌がヒットした1978年。
 シンガーソングライターの杏里は、『オリビアを聴きながら』(作詞・作曲 尾崎亜美)を歌う。

 夜更けに電話をしてくる元カレに対し、 
 「あなたは私の幻をみたのよ」
 とクールに諭し、
 「愛は消えたのよ、二度とかけてこないで」
 と静かに受話器を下ろす。

 1970年代後半。
 男の子たちにとって、手に負えない女の子が出現する時代が始まっていた。
 阿久悠は、そういう時代を「女が自立する時代」と捉えたが、自立した女たちの身近にいた男の子たちにしてみれば、自分たちが無視され、軽蔑され、取り残されていくような心細さを味わったことだろう。

 以降、女に相手にされなくなった男の子たちは、女性がいなくても充足できる “オタク” の路線にひた走っていく。

 阿久悠は、女に置いてきぼりを食う切ない切ない男の心情を歌い上げるののもうまかった。
 
 夜更けに部屋から出ていく女に背中を向けたまま、
 「寝たふりしている間に出て行ってくれ~」
 とベッドの上でうめく男の子(沢田研二『勝手にしやがれ』1977年)。

 この男は、女の出て行った部屋に取り残されて、夜だというのに派手なレコードをかけ、朝までワンマンショーでふざけ続けるのだ。
 この “胃の痛くなるような” 孤独感と無力感。
 こういう切実な男の子の気持ちを描き切った作詞家は、阿久悠以前にはいなかった。

 私は、阿久悠の歌詞のなかに、男と女の緊張感を湛えた真剣勝負を見る想いがしたが、同じ録画を見ていた長男は、少し違った感想を持ったようだった。
 
 男女が、互いに相手の魂を削り合っていくような “消耗戦” は、お互いに傷つけあい、ともに疲弊させ、生産的な成果は何も上がらない、と長男はいう。
 もちろん、そうストレートに言い切ったわけではないが、彼は、そのような “昭和的な男女の格闘” の先にあるものを見つめようとしていた。 

 実は、長男は、「作詞」という自分の趣味を追求し始めている。
 作詞家を夢見る同人たちが集まるサークルに所属し、時間の許す限り、その会合などにも顔を出し、プロの作詞家による技術指導なども受けているらしい。

 そして、すでにそのうちの何作かの詞にはメロディーがつき、同人誌にも掲載され、少しずつ指導陣たちからの注目も集め始めているようなのだ。

 それなりに評価された彼の詞に、こんなものがある。

 ♪ ぼくらは いいとこ ぎゅっと結んでほらね
   ほらねと 笑顔で 生まれるよ
   みんなで 赤い糸 結んでまたね
   またねって 笑顔で 生まれたよ
   青空は うれしいな
   いつまでも 見ていたい

  あるとき あかんて 隅におかれて
  心が とっても かなしくて
  涙が ポロポロ こぼれてきたら
  やさしく 手のひら さし出して
  またすぐ 元気に
  なれるから なれるから

  ぼくらは いいとこ ぎゅっと結んでほらね
  ほらねと 笑顔で 生まれるよ
  みんなで 赤い糸 結んでまたね
  またねって 笑顔で わかれましょ
  ぼくらには 夢がある
  みんなにも あるかな?
 
 
 これは何を歌った歌なのか?
 全体の状況は、にわかにつかめないものの、なんとなくベタな応援歌のようなものが展開されている感じは伝わる。 
 
 そして、その曲調は、NHKあたりで流れる「みんなのうた」のような。
 童謡のような。
 小学唱歌のような。

 そんな子供向け歌謡の範疇に入るたわいない歌詞に思えるが、この歌のタイトルをみると、にわかに言葉一つ一つの色が変化し始める。
 
 タイトルは『エコボールの心』。

 エコボールとは、野球の練習で使われるボロボロになった硬球のほつれた糸を縫い直し、再使用できるようにしたもの。
 かつて、へたったボールは “用済み” のゴミとして捨てられていたが、今はそれを1球100円で修理する事業所が生まれ、このようにして、グランドに戻ってくる再生硬球を「エコボール」と呼ぶようになってきた。

 だから、この歌で、笑顔を取り戻してお互いに励まし合っているのは、擬人化されたエコボールたちなのだ。

 弱者の蘇生、共生、励まし合い。
 捨てられる運命にあった者たちが、ふたたびこの世に戻れたことを確認しあうときの喜び。

 長男のつくる歌詞には、「ポスト昭和歌謡」とも呼ぶべき、新しい連帯への模索が歌われていた。

 そこには、男女が火花を散らして暗闇で向き合うような、阿久悠的な迫力はないかもしれない。
 しかし、弱者同士がともに連携しあうことで、お互いの「弱さ」を「強さ」に変えようとする強靭な意志は感じられる。
 
 
 親バカかもしれないが、ちょっと感心した詞がほかにもある。
 タイトルは『古都』。

 ♪ 虎よ虎よと あの人に
   からかわれて カシュガルへ
   女一人の 迷い旅
   一人見つめる カラクリ湖
   空にはやがて おぼろ月
   シルクロード 一人旅
   あゝ地平線よ 砂漠の都

   雨に沈んだ 洛陽の
   夜にけぶる 街灯り
   遠くで流れる うた声が
   虎よ虎よと きこえてさ
   あいつの顔が はなれずに
   シルクロード 一人酒
   あゝ洛陽 いにしえの都
 
   流れ流れて 大和路へ
   風のたよりを 待つあたし
   どうしてあたし 虎なのさ
   大仏様に 愚痴語り
   今宵の酒も 手酌酒
   シルクロード 旅の果て
   ここで暮らすか 奈良の都

 なんとも雄大なスケール感が漂う詞である。
 シルクロードを西に向かうときの、地平線に沈む夕陽が瞼に浮かんできそうである。

 「カシュガル」
 「カラクリ湖」
 「洛陽」
 「大和路」
 「奈良」
 次々と繰り出される地名の響きがエキゾチックな風情を誘う。

 歌い出しは、
 ♪ 虎よ、虎よと
   あの人にからかわれ、

 ここでいう「虎」とはなんなのだろう?
 男が「お前は虎だ(笑)」とからかうような女とは、いったいどんな女なのか?

 この謎めいた冒頭の歌詞が、すでにこの歌のテーマを明瞭に浮かび上がらせている。

 男に、「虎のように人間を喰い尽す女」と思われてしまえば、もうその女に、男の寵愛を取り戻すチャンスはない。
 女は、泣く泣く男の後を追うような一人旅に出るのだが、旅の先々で、「虎よ、虎よ」という男のあざ笑いを幻聴する。
 
 なぜ、自分は虎なのか?
 それは日本にたどり着いて、大仏様に尋ねても答が得られない。
 
 「虎」とは、人間と共生できない野性の獣。
 その野性の獣が、一人の人間の男を恋い慕うという悲劇性が、この歌のテーマの根幹をなしている。

 だが、この歌は、女の悲劇性のみを歌っているわけではない。
 彼女は、砂漠のなかでも、異国の街中でも、強くたくましく生き抜いているのだ。
 その強靭さこそが、まさに、男から見れば「虎」なのかもしれないが、女はけっして自分が「虎」だと思われることを嫌がってはいない。 
 むしろ、それを宿命として受け入れようとしている。

 そこに、この女性の悲劇性と強さと、色っぽさがにじみ出ている。

 私は、長男に、「この歌には、シルクロードの地平線を超えようとした古代中国人たちの夢すら感じ取れる」と話した。
 実際に、ユーラシアの地平線の彼方を幻視しようとしたのはアジア人だけだ。
 当時、森林と山脈に囲まれた生活を送っていたヨーロッパ人たちは、こういう展望を持ち得なかった。

 代わりに、ヨーロッパ人たちは海洋を目指した。
 彼らは、地平線の彼方を夢想したアジア人とは異なり、地中海と大西洋の彼方に広がる水平線の魅力にとりつかれた。

 優れた詞というのは、そんなことまで思いつかせる力を持っている。
 
 

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息子と犬

 
 ペットであった犬の訃報を聞き、他県でマンション暮らしをしていた長男が急いで自宅に戻ってきた。
 日々の生活が忙しかったのか、ほぼ1年ぶりぐらいの里帰りである。

 彼は犬の死に目に会えなかった。
 しかし、葬儀社に引き取られる寸前に、最後の短い対面を果たすことができた。
 
 長男は、亡くなったクッキーが最もなついていた人間である。
 クッキーの晩年には、もうほとんど日常的に接することのなかった長男であったが、彼がたまに自宅に戻った日は、それこそアイドルのコンサート会場で、椅子の上から飛び跳ねるファンのような熱狂ぶりを見せていた。

 そういうとき、クッキーの目には私の姿もカミさんの姿も映らない。
 ひたすら長男の足元に絡みつき、うるんだ瞳で顔を見上げ、いつまでも床の上を飛び跳ねている。
 
 犬は、集団生活を送って生きてきた “狼族” の仲間である。
 だから、群れを束ねるリーダーには絶対的な服従を誓う。
 当然、人間と暮らすようになっても、家の中で、誰がリーダーであるかということに関しては敏感になっている。
 だから、二代目クッキー(写真下)の目には、長男がこの家のリーダーとして映っていたのだ。
 

  
  
 ところが、初代クッキー(写真下)のときは、そうではなかった。

 

 初代クッキーが家に来た頃、長男はまだ小学校の低学年だった。
 当然、思考もまだ幼稚で生活態度も粗雑だったから、長男が母親に怒られる姿を、初代クッキーは日常的に見つめていた。

 「こいつの序列は私よりは低いに違いない」
 と、初代クッキーは思ったことだろう。

 だから、長男にかまってもらっているときも、初代クッキーは横柄な態度をとる。
 もちろん、長男はそれが気に食わない。
 兄弟げんかのような争いが、犬と人間の間で始まる。

 でも、図体の大きさで、犬は人間にかなわない。
 けっきょく、ねじ伏せられるのは犬の方だ。
 憤懣やるかたないクッキーは、長男に陰湿な復讐をくわだてる。

 ケンカの後、クッキーは長男の部屋に通じる階段をこっそり上がり、長男がドアを開けて足を踏み出すスペースに、狙いすましたかのようにオシッコをまき散らし、何食わぬ顔で下りて来る。

 オシッコを踏んだ長男は、
 「こらクッキー !」
 と怒鳴り散らし、またケンカが再燃する。

 しかし、二代目クッキーの時代が来ると、立場は一気に逆転した。
 そのとき、長男はもう立派な高校生であったから、すでに母親の支配下を脱し、ときに母親の方を説教(口ごたえ?)するくらいの立場を確立していた。
 
 そうなると、親ももう高圧的な態度をとれない。
 ときに子供の言動を尊重したりして、ご機嫌をとる。

 「きっと、この若い人がリーダーに違いない」
 と、二代目のクッキーは思ったことだろう。

▼ 家に来たばかりの二代目クッキー

 
 二代目クッキーは、初代に比べて不器用で、なかなか人間の文明生活に適応できなかった。
 だから、カミさんにもよく叱られた。
 そんなとき、犬をかばうのは長男の役目だったから、犬はますます長男を庇護者として慕うようになった。
 
 
 お別れの日、犬の最期の姿を見つめていた長男には、言葉がなかった。
 彼は、二代目クッキーが実際の兄を慕うように懐いていたことを知っていたから、その最期をみとれなかったことは痛恨事であったろう。

 クッキーの遺体は死後20時間以上経過していたが、この暑い季節にもかかわらず、腐敗はまったく進行せず、死後硬直もなかった。
 毛並みの艶もよく、保冷剤で囲んだお腹の部分もフワフワした弾力を保ったままだった。
 
 「お兄さまが戻ってくるまでは、なんとしてもきれいな身体を保ってやる」

 そういうクッキーの固い決意が、死んだ後も身体の隅々に行き渡っていたのかもしれない。
 
 

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もうペットは飼いたくない

 
 もうペットは飼いたくない。
 そういう思いに沈んで、いま6時間が経過している。
 
 前の犬が亡くなったあとも、そういう思いに駆られた。
 11年前のことだ。
 しかし、その犬が逝ってからしばらく経つと、ペットロスを解消するには、やはり新しいペットを飼うしかないと思うようになった。

 私たち夫婦は、前の犬を亡くした辛さを強引に拭い去るように、新しいペットに愛情を注いだ。

 しかし、新しい犬にも同じミニチュアダックスを選び、さらに名前まで、前の犬と同じ「クッキー」と名付けたのは、やはり亡くした犬の面影をずっと追い続けていたということでもあるのだろう。

 新しくわが家にやってきた “クッキー2世” が、自分の一生を幸せに感じていたのかどうか。
 残念ながら、そこのところは、実はよく分からない。
 前の「クッキー」があまりにも聡明であったため、それと比較された「新クッキー」は可哀想でもあった。

▼ 新クッキー

 前クッキーは、並外れた理解力に恵まれ、即座に排泄シートの使い方を身に付け、その限られたスペース内に正確に排尿・排便することをあっけなく覚えた。
 そして、水を飲みたいときは、犬用食器のはしを前足で軽く叩いて飼い主の方を振り返り、「水がないよ」という明確なメッセージを送ってきた。

 それに対し、新クッキーはなかなか排泄シートをうまく使いこなすことができず、自信なさげに床の上に糞尿をまき散らすだけで、皿の水がなくなっても、じっと飼い主の目を覗き込んで、人間が気づくまでひたすら耐えるという性格だった。

 「どんくさい」
 最初カミさんは、そうとうイラだったようだ。
 当初は厳しくしつけたと思う。

 頭脳の回転が早く、積極果敢な性格に生まれついた前クッキーに比べ、この新しいクッキーは、頭の構造が単純で、ただひたすら不器用に耐え忍ぶ性格だったのだ。

 一度こんなことがあった。
 私が床に寝たまま、まだ子犬だった新しいクッキーの名を呼んだことがあった。
 すると、喜び勇んでこちらに突進してきた。
 私の顔に近づいているのに、その加速が止まらない。

 「まさか、飛び込んでこないよな … 」 
 と思った瞬間、
 ドスッという鈍い音とともに、犬の体が私の顔にめり込んだ。
 その反動で本人が弾き飛ばされたくらいだから、私の顔もそうとうなダメージを受けた。
 それだけで、この新クッキーの不器用さというものがすぐに理解できた。

▼ 子犬の頃の新クッキー

 だが、臆病で不器用な犬というのは、逆に慎重さを身に付け、飼い主に無理難題をふっかけるということもしないようになる。

 自分の要求をかなえるために泣いたり、吠えたりしない。
 自分がしてほしいことがあっても、飼い主が気づくまで、ひたすら耐える。

 要するに、ただじっと飼い主の目を見つめるだけなのだが、その瞳のなかに、「水が欲しい」「お腹がすいた」「頭をなでてほしい」「抱いてほしい」「優しい言葉をかけてほしい」というあらゆるメッセージが込められていた。

 「アイコンタクト」というやつ。
 新クッキーは、前のクッキーのような華麗なボディランゲージは何一つ覚えなかったが、逆に、目のなかにすべての思いを託す英知を身に付けるようになっていた。


 
 「動物も、その表情に感情を込めることができる」
 そういうことに気づいたのは、新クッキーのおかげだ。
 物言わぬ犬は、その目にそうとう濃い感情を浮かび上がらせる。

 クッキーの前で、夫婦の会話が進む。
 「こいつの脳は、そら豆ぐらいの大きさしかないかもな」
 「そうね。だからなかなかおしっこシートを使うコツを覚えられなかったのよ」
 
 犬には言葉が分からないと思って、そういう “いじめ” に近い会話を夫婦で交わしているとき、クッキーの目は悲しそうだった。今にも涙が溢れそうに見えた。

 逆に、良い行動をほめようと思い、抱き上げて頭をなでると、「どうだ !」といわんばなりに、やや頭をうしろにのけ反らし、得意そうな目で、私たち夫婦の顔を交互に見つめた。

 「こいつ会話ができる」
 そう思ったことが何度もあった。 

 犬は、人間の3歳児程度の知能を持つとよく言われる。
 3歳といえば、人間の子供はすでに言葉をしゃべり始める。
 犬には発語機能がないから言葉は発しないけれど、でも、人間たちがしゃべっていることはしっかり耳に入れて、その内容を理解している。

 それは家族が1人増えたようなものだ。
 “沈黙のコミュニケーション” ではあるが、しっかり心を通い合わせる家族が増えたのだ。

 新クッキーが、気味の悪いセキをし始めたのは、1ヵ月ぐらい前だった。
 喉に何かがつかえたように、「ケッケッケ」というセキを繰り返す。
 最初は食べ物がつかえたのかと思った。

 しかし、セキはなかなか止まらない。
 食も少しずつ細り始める。

 近所の動物病院に連れていって、診察を仰いだ。

 「夏バテでしょう」
 と獣医はいう。
 猛暑が続く時期になると、人間と同じように夏バテを起こす犬もいるという。

 栄養剤の注射を打ってもらい、消化の良いドッグフードと心臓と肝臓に効くという薬をもらって帰る。

 が、セキは相変わらず止まらない。
 やがて、ドッグフードを完全に受け付けないようになった。
 これまで好きだったチーズやハムをドッグフードに混ぜても、さほど関心を示さないのだ。

 ようやく “ただ事ではない !” ということに気づく。
 以降、いかにエサを食べさせるかということで、犬との知恵比べ、根比べが始まった。
 当初、鶏のささ身を煮て、その鶏がらスープと一緒に口の中に注ぎ込んだ。
 だが、それも胃の中に流し込んだのは最初の2日だけで、それから後は、スプーンでささ身を口に近づけても、プイッとそっぽを向くようになった。

 栄養バランスなどを考えているヒマはなかった。
 脂肪過多でもかまわない。
 ケンタッキー・フライドチキンを買ってきて与え、牛肉を少し甘辛くして味づけて食べさせた。

 物珍しかったのか、そういう食事は最初の1日は受け付けたが、翌日はもう口にしようとしなかった。
 流動食に近いものならいいのか … と思い、茶わん蒸しやプリンを口の前に運んでも、さぁっと顔をそむけるだけだった。

 獣医からもらった薬は吐き出していたので、それをすり潰して水に溶かし、スポイトを使って強引に口のなかに注ぎ込んだ。
 胃の調子が悪そうだと分かっていたので、人間の飲む胃薬も同じ方法で飲ませた。

 それが効いたのかどうか。
 胃の奥から漂ってくるような口臭が消え、セキの回数も減ってきた。

 「これで食欲が回復すればいいだけ。夏をしのげば元気になりそうだな」
 と、私たち夫婦は、少しは明るい希望を持つようになった。

 前のクッキーの寿命は14年。
 今のクッキーの年齢は11歳。
 「だから、この子もあと3年は楽に生きそうだよ」
 と、私たちは自分たちに言い聞かせるように励まし合った。
 
 そんなクッキーが、今から7時間前に、突然逝った。
 
 「今日は朝からなんとなく変だった」
 とカミさんは振り返る。
 まず、体を横たえようとしなかったという
 それまでは、疲れたら前足を折って床に横たわっていたのに、まるで重力に逆らうように、前足を伸ばしてしっかりと体重を支え続けていたとも。

 「足を折って横たわってしまうと、もう二度と立ち上がれなくなると思ったのかもしれない」
 カミさんは涙ながらいう。

 そのクッキーの踏ん張っていた足が、やがて体重を支え切れず、少しずつ八の字型に開いていく。
 体がだんだん床に沈み込んでいく。

 それでも、クッキーはけなげに横たわろうとしない。
 たぶん、その “頑張っている” というメッセージを込めた姿勢のまま、私の帰りを待っていたのだろうと、カミさんはいう。

 この日私は久しぶりに高校のクラス会に出席していた。
 昼からオープンした会は、夕方の7時ごろに散会となった。
 家に戻ったのは、夜の8時。
 犬が息を引き取ったは、その1時間後だった。
 
 私の顔を見て安心したのか、クッキーは珍しくカミさんにすり寄り、「抱っこしてちょうだい」とばかりに、元気よく体を伸ばした。
 だが、それが最後の動作だった。
 犬を抱いたカミさんの目から、少しずつ涙がこぼれ始めた。

 「今までの息と違う」
 という。
 肺のあらゆる力を振り絞って、部屋の空気を激しく吸い取るような呼吸だった。

 その深呼吸が3回続いた後、目が宙を仰いだ。
 そしてそのまま首が、力なく垂れた。

 8月6日(日曜日)、21時10分。
 享年11歳。
 誕生日が7月30日だったから、10歳と1週間だった。

 明け方が近いが、眠ろうという気が起きない。

 …… もっと散歩に連れていってやればよかった。
 …… もっと一緒に風呂に入れてやればよかった。
 人間の死も同じだが、死者は常に残された者を後悔の底に沈ませる。

 今でもクッキーが床を這いまわる、カサカサという足音が聞こえそうな気がする。
 だから、水とエサを与えていたお皿は片づけることができないのだ。
 同じように、その皿の近くにある排泄シートもそのまま残してある。

 思えば、最後の1ヵ月、体はますます苦しくなっていたはずなのに、あれほどルーズだった排泄が、ウソのようにきれいに処理されるようになった。
 それまで、必ず排泄シートからはみ出していたオシッコなども、見事に排泄シートのど真ん中に定まるようになったのだ。
 だから、私たち夫婦は、最近のクッキーの行儀良さを認め、「名犬 ! 名犬 !」とほめあげることが増えた。 

 今から思うと、クッキーはすでに死期を悟り、飼い主に対する自分の思い出を美しく飾るめに、排泄行為をコントロールすることにものすごい努力を注いでいたのかもしれない。
 
 そう思うと、さらに悲しい。
 こういう悲しみがまた訪れるのなら、もうペットなど飼いたくない。
 
 
前クッキーの話
 ↓
「クッキー最後の旅」
 
 

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ジェームズ・ブラウン ~最高の魂を持つ男

 
 BSテレビのWOWOWシネマで、2014年に公開された『ジェームズ・ブラウン ~ 最高の魂(ソウル)を持つ男』という映画を観た。
 
 ジェームズ・ブラウン。
 60年代~70年代のソウル音楽シーンをけん引したスーパーミュージシャンだ。

▼ 映画の予告編

▼ 映画ではなく本物のジェームズ・ブラウン 「セックスマシーン」

 映画の原題は『Get on Up』。
 ジェームズ・ブラウンの最大のヒット曲「セックスマシーン」(↑)の中で連呼される掛け声だが、要は “勃起しろ !” と叫び続けているわけで、彼の音楽思想の原点をなすような言葉だ。
 しかし、ジェームズ・ブラウンも「セックスマシーン」も知らない観客にとっては意味のない掛け声なので、「最高の魂(ソウル)を持つ男」というごく健全な邦題に落ち着いたとみられる。

 ジェームズ・ブラウンがどういうサウンドを築いてきた人かというのは、上の動画が端的に語っていると思うが、聞いて分かる通り、これは “音楽” ではない。

 では何か?

 「リズム」である。
 彼の音楽の大半はワンコードで構成され、基本的にメロディーというものがない。
 延々と続くのは、果てしないリズム。

 だが、そのリズムは炎のリズムであり、それこそ魂を焦がすリズムであり、人を狂気と歓喜に導くリズムである。
 言い方を変えれば、「グルーブ」という言葉も使えるだろうし、「ファンク」といってもいいのかもしれない。

 こういうリズム …… すなわち、観客が立っていようが座っていようが、無意識のうちに腰が左右に浮き始める画期的なリズムを創出したという意味で、彼は天才なのだ。

 で、この『ジェームズ・ブラウン ~最高の魂を持つ男』という映画は、「彼がいったいどういう天才なのか?」ということをガムシャラに描こうとした作品ともいる。

 「天才」は、常人の生き方のコード(規則)に縛られない。
 のみならず、周囲にいる人間のコードを乱暴に破壊し、時にその心をへし折り、失意の底に突き落とす。
 
 この映画に登場するジェームス・ブラウンという男は、まさにそういう魔性の生き方を貫いた人間で、自分の欲望のおもむくままに、妻も恋人も取り換えひっかえ。親友の友情も平気で踏みにじるし、バンドメンバーにはやたら強圧的な態度で臨むためにバンドマンたちからは何度も愛想をつかされ、固定的なメンバーにも恵まれない。

 気持ちが激高してくると、彼の言動には見境がつかなくなる。
 ささいなことで一般市民を銃で脅し、警官隊とカーチェイスを繰り広げたすえに銃撃戦に及び、人気が最高潮に達した時代に刑務所暮らしも味わう。

 ま、“ヤクザ者” の典型ともいえるキャラクターの持ち主なのだが、そのつくり出すサウンドとダンスパフォーマンスだけは革命的に斬新なもので、その音と踊りに魅せられてしまうと、けっきょくどんな女たちも、興行師たちも、マネージャーも、バンドマンも、まさに魔神にひれ伏す盲目的な信者として拝跪してしまう。

 彼を動かすエネルギーは、どんな逆境においてもマグマのように噴きあがる揺らぎのない自信と自己中心的な上昇志向。
 その思想は、基本的に女性蔑視に通じる “男根主義的” なマッチョイズム。

 そのような “負” のエネルギーともいえる諸々の感情が、火薬庫が爆発するような強烈なリズムをつくり出すという一点に集約してしまうところに、彼の偉大さがある。

 映画のなかで、印象的なシーンがある。
 バンドマンたちとの練習風景を描写したシーンだ。

 練習曲は「コールド・スエット」。
 出だしが気に入らなかったのか、ジェームズが不機嫌な顔で、「やめ ! やめ !」と叫ぶ。
 「お前らは、俺の音楽をまだ理解していない」
 ジェームズが怒る。

 彼のバンドでは、ギター、ドラムス、キーボードなどのほかに数々のホーンセクションが参加しているのだが、ホーンを担当するミュージシャンたちにはそれなりにプライドがあって、いつもジェームスのサウンド構成に納得しているわけではない。
 
 この日も、過酷な練習が続いていることに嫌気がさしてきたサックス担当のメシオ・パーカーが、ジェームスの要求する音合わせに異論を差し挟む。
 「メンバーのなかに技量の劣っている者が混じっているために、音が不安定になる」とメシオは指摘する。
 のちにファンキーなサックス奏者として名をはせることになるメシオ・パーカーだけに、彼の意見にはそれなりに建設的な意図があったのだろう。

 だが、それがジェームズ・ブラウンにとっては生意気な態度に映る。
 つまり、ジェームズは、個々のメンバーの演奏レベルなどを問題にしてはいなかったのだ。
 そうではなく、楽器に対する思想を問題にしていたのだ。

 ジェームズは、おもむろにメシオに対して質問する。
 まず、ドラムスを指して、
 「この楽器は何だ?」
 メシオが答える。
 「ドラムス」

 「よし。では、この楽器は何だ?」
 と、次にギターを指して尋ねる。
 「ギター」
 とメシオが答える。

 「違う ! ドラムスだ」
 ようやくジェームスが声を荒げる。
 「では、この楽器は何だ?」
 次にジェームスが差したのはメシオのサックスだ。
 
 「サックス ……」
 という答に、ジェームスの怒りは頂点に達する。
 「違う ! これもドラムスだ」
 そういって、オルガンを指し、トランペットを指し、
 「これもドラムス、こちらもドラムス」
 と、ジェームスは形相すさまじく連呼するのだ。

 このシーンは、非常に分かりやすくジェームス・ブラウンのサウンド哲学を表現した場面だった。
 つまり、彼にとって、すべての楽器はドラムスに代表されるリズム楽器だったのだ。
 そこから、彼の「ファンク」も「グルーブ」も生まれてくる。

 不承不承ながら、メンバー全員がそれを意識して、再度「コールド・スエット」がスタートする。
 そこにはジェームズ・ブラウンの思想が乗り移ったサウンドが生まれている。
 観客はみなそこで鳥肌が立つのを感じるのだ。

 ジェームズ・ブラウンを演じるのはチャドウィック・ボーズマン。
 声も似ている。
 ダンスもうまい。

▼ チャドウィック・ボーズマンの演じるジェームズ・ブラウン

 しかし、本物のジェームズ・ブラウンに比べると、いくらか顔が “端正” である。
 あのネイティブ・アメリカンの血も混じっているといわれるジェームズの荒くれた顔に、チャドウィックはビジュアル的に届かない。

▼ 本物のジェームズ・ブラウン

 私は、ジェームズ・ブラウンのヒット曲をリアルタイムで追っていたし、ディスコでよく踊った。
 武道館で行われた東京公演も見に行っている。
 そういった意味で、ジェームズ・ブラウンの “本物の質感” といったようなものをずっと体感しながら生きてきた。
 だから、映画に出て来るチャドウィック・ボーズマンの顔には、最後までなじめなかった。

 でも、この映画は、ファンがどう思おうと、ジェームズ・ブラウンの “負のエネルギー” こそが彼の想像を絶するサウンドの源泉となっているという秘密を解き明かしたという意味で、それなりに真面目につくり込んだ映画であったと感じる。
  
  
▼ 『ジェームズ・ブラウン ~最高の魂を持つ男』 スペシャル映像 

 
 
音楽映画の感想

「ジミ 栄光への軌跡」 ジミ・ヘンドリックス
「モノクロのローリング・ストーン」 ザ・ローリング・ストーンズ
「映画『キャデラック・レコード』」 エタ・ジェイムス&レーナード・チェス
 
 

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アネックス バンコン新仕様 2017

 
 この7月1日(土)より、いよいよ東京ビックサイトにおいて、「東京キャンピングカーショー2017」が開催される。
 それに先立ち、関西の大手キャンピングカービルダーの「アネックス」さんより、当日出展される同社のバンコンの新仕様のデータが寄せられたので、皆様にもご紹介したい。
 
  
WIZのマイナーチェンジ

 新仕様モデルとして発表されるのは2種。
 ひとつは、“2人旅モデル” として2008年にデビューした「WIZ(ウィズ)」。
 基本設計の段階でほぼ完成形を示していた同モデルは、9年間にわたり、ほとんど仕様変更を加えられないまま多くのユーザーに愛されるロングセラー商品として認知されてきたが、そのWIZが今回ようやくマイナーチェンジを受けることになった。

 その理由は、この9年間の間にアネックスが蓄積してきた様々な新しい技術を投入するためであるという。
 したがって、仕様変更される個所は、この9年間に向上した同社の技術レベルを反映したものばかりで、基本レイアウトはほとんどそのまま踏襲される。

 具体的な仕様変更箇所は、下記の通り。

 ① 右吊り戸棚の形状変更 (開口部を拡大して頭をぶつけにくい形状に)
 ② 右吊り戸棚下面のLEDランプ変更(ラインテープ状のものを採用し、テーブル面を均一に照らすように) 
 ③ 流し台の収納引き出しの大型化(隙間を極限まで活用)
 ④ テーブルの跳ね上げ機能(ベッド下の収納力拡大および全面ベッド状態でもテーブル使用を可能にするため)
 ⑤ 後部リクライニングギア変更(自立可能なギアに変更し、上部のパイプが不要に)


 
 
なお車両価格は下記の通り(税込)

 2WDガソリン   5,132,000円
 2WDディーゼル 5,630,000円
 4WDディーゼル 5,933,000円
 (マイナーチェンジ前から据え置き)
  
  
リコルソとファミリーワゴンにFIORDシリーズ誕生

 もう1車種は、アネックスが現在進めている “北欧テイスト” 家具の追加仕様。
 同社は、これまで基本ラインナップに加え、北欧ムードの明るい開放的なテイストの家具シリーズ(「ロラン」等)を展開して好評を博してきたが、今回新たに「FIORD(フィヨルド)」が追加された。


 
 仕様変更にかかる費用は、プラス54,000円。
 適応車種は「リコルソ」と「ファミリーワゴン」となる。
 
 詳しくはこちらを (↓)
 http://www.annex-rv.co.jp/
 
 

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キャンピングカーの総保有台数が10万台を突破

 
 日本RV協会(JRVA)がこの26日に発表した昨年度の業界動向調査によると、現在日本におけるキャンピングカーの総保有台数は約10万400台と見積もることができるようになったという。

 同協会は2007年度から「キャンピングカー白書」を編纂するために国産キャンピングカーの出荷台数及び輸入台数を調査してきた。
 それによると、調査を開始した2007年度においては、国産キャンピングカーの出荷台数が約 4 万1,000台、輸入台数が9,000台。当時は合わせて約 5 万台と推計されていた。

 それから約10年。
 日本のキャンピングカーの総保有台数は、調査開始時の 2 倍にふくれあがった計算になる。

 また、今年度調査(2016年データ)によると、キャンピングカーの売上げ金額は約365億円を突破し、過去最高を記録したという。
 これに関しても、調査開始時に比べると、めざましい躍進が見て取れる。
 調査開始時の2007年度は、業界全体の売上げ金額は約225億円であった。したがって、この10年間で140億円も増加したことになる。

 このような業界全体の繁栄ぶりを示すかのように、設備投資に意欲的に取り組む業者も2015年度の31.3%を超えて、2016年度は38.7%にまで上昇。
 従業員数も14.9人から18.4人に増えているという。

 詳しくはこちらを。
   ↓
 JRVA協会ニュース 「2017年度キャンピングカー業界の動向調査」
   

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180°words ワンエイティ―ワーズ

 
 偶然耳に入った曲が好きになり、そのCDを買ってしまうということがある。
 かつて、街のいたるところにCD屋(その前はレコード屋)があった時代には、ちょっとした時間が余ったときに必ずCD屋に足を踏み入れていたので、偶然かかっている曲を気に入り、よくCDを買った。

 しかし、今はもうCD屋というものが、街から姿を消している。
 だから、自分の場合、街を歩いてるときに音楽情報を得るという機会がなくなった。
 
 と思っていたら、このまえ、中央線・高円寺の北口でストリートライブをやっていた若者たちの音楽が気に入って、彼らに話しかけ、CDを買ってしまった。

 とにかく、暑い日だった。
 梅雨に入ったというのに、東京は連日炎天下。
 昼過ぎに、所用で高円寺に行って電車に乗って帰ろうとしたときである。


 
 北口の横断歩道のそばに、それぞれ楽器を抱えて集まっている集団がいた。
 ライブ演奏が始まりそうなのだが、観客は誰もいない。
 しかし、4人の青年はさほどそれを気にするふうもなく、せぇーのっと演奏を開始した。

 ―― 涼風が吹いた !
 と思った。
 リードギターの響きが、なんともいえない涼しげな風を巻き起こしたのだ。

 そのギターの音色と、歌われている曲のメロディー、そして歌詞がぴったりとシンクロした。

 個人的な好みをいえば、とにかく “夏の風” を感じさせるギターの音に弱い。
 たとえば、プールサイドの微風を感じさせる音色。
 水面のきらめきを想像させるフレーズ。
 そんなイメージが湧いてくるギター音が好きだ。

 だから、竹内まりやの「夏の恋人」とか、はっぴいえんどの「夏なんです」なんていう曲が自分のお気に入りなのだ。
 それらの曲に溢れている “夏のけだるさ” が大好きだ。 

 高円寺駅の北口でストリートライブを始めた若者たちの音は、まさに夏の音そのものだった。

 ライブ中、彼らの足元に立てかけられたスケッチ帳があった。
 「180°words」と書かれていた。
 それがバンド名らしい。

 何て読めばいいのか。
 「ワンエイティ―ワーズ」というのだそうだ。

 1曲終わったところで話しかけてみた。
 「今の曲がとても気に入ったのだが、YOU TUBE などにアップされているか?」
 「他の曲ではアップしたものもあるが、この曲はアップしていない」
 「CD化されているのか?」
 「CDなら用意している」
 
 ということで、1,500円払って、その曲の入ったCDを買った。 
 6曲入りのCDで、アルバムタイトルは「orange」。
 気に入った曲は「ふたりで」というタイトルの曲だったが、家に帰ってCDを聞くと、ライブの音よりも少しヘビーに感じられた。
 ライブで聞いたときの軽やかな音の感覚は、むしろ「オレンジ」というタイトル曲の方に近い。

 

 音の傾向でいうと、フォークロックというのだろうか。
 電気楽器の編成なんだけど、ものすごくアコースティックな響きが感じられる。
 自分なんかの世代だと、1960年代のバーズとかCSN&Y、1970年代のアメリカやファイアーフォールなどのサウンドを思い出す。
 日本の音でいえば、はっぴいえんどの「風をあつめて」とか、シュガーベイブの「ダウンタウン」などの音にも近い。

 とにかくリードギターの奏でるフレーズが印象的。
 その音が、歌詞が持っている世界観とよく調和している。

 歌詞の特徴はどこにあるのか。
 熱い恋愛が語られるわけでもなく、ドラマチックな事件が起こるわけでもなく、一見、平凡な日常が語られているに過ぎない。
 が、しっかり詞をたどってみると、その平凡な日常こそが “かけがえのないものである” と認識している作詞家の冷徹な視線が感じられる。

 「オレンジ」で歌われているのは、晴れた日曜日の公園で繰り広げられている “平和” そのものといった情景だ。
 ブランコに並ぶ子供たち。
 バンダナを巻いたゴールデンリトレバー。

 そんな何の変哲もない光景を眺めながら、歌の主人公は、「僕も景色に馴染めているのかな」とつぶやくように自問する。

 なぜ、自問なのか?
 それは歌の主人公が( … つまり作詞家が)、時には「環境に順応することのできない自分」もあることを知っているからだ。

 おそらく、この主人公はそうとうピリピリした感受性を持っている人なのだろう。
 その鋭敏な感受性によって、彼は周りの景色から弾かれてしまう経験も持っているのだろう。

 だから、その日、彼は “この平和な日曜日の公園の情景” が自分を受け入れてくれていることを感じ、そこから “柔らかい空気” を受け取ることができたのだ。

 ここに、このバンドの世界観が凝縮している。
 一見、幸福に満たされた退屈なほどの日常。
 しかし、その平和で健康な日常は、まるでガラスのような繊細さによって、かろうじて支えられているに過ぎない。

 一度それに気づいてしまうと、海面のきらめきも、頬に当たる風も、林の木漏れ日も、涙が出そうなくらい大切に思えてしまう。

 そういう切なさが根底に潜んでいるから、この歌は爽やかなのだ。

 「爽やか」とは「さびしさ」の別名である。
 「悲しみ」が濾過された「さびしさ」のことを、人は「爽やか」と呼ぶのである。
 
 このバンドのギタリストは、ほんとうにそこのところを知っている。
 だから、いい音になっている。  
 
▼ 180°words 「ウズマキ」
 

 彼らのCDを聞いていて、ふと「くるり」というグループの「Baby I Love You」という曲を思い出した。
 実は、くるりの「Baby I Love You」も、CD屋をさまよっているときに偶然聞いて、気に入って衝動的に買ったのだ。
 
 どうも自分は、こういう爽やか系フォークロックが好きなようだ。
 ※ 別のところではヘビーなコテコテブルースが好きだといいつつ、自分もかなりいい加減な人間である。

▼ くるり「Baby I Love You」

 
 
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最近のCMは完成度が高い

 
 日本の「テレビCM」というのは、ものすごく高度な表現を獲得していると思うことがある。

 なんていえばいいのか。
 たとえて、いえば、わずか15秒から30秒で完結する “映画”、あるいは “ドラマ” 。
 そんな凝縮した完成度を感じることがあるのだ。

 たとえば、長澤まさみと松尾スズキが登場する「虫コナーズ」(キンチョウ = 大日本除虫菊)のCM。

 

 古びた日本家屋で暮らす娘と父。
 2人の会話は、こんなふうに進む。

【長澤まさみ】 虫コナーズが、ほんまに効いてんのんかどうか。 いっぺん外してみるわって、去年言うてた吉田さん ……
【松尾スズキ】 ほぉ

【長澤】 どうなったと思う?
【松尾】 どうなった?

【長澤】 どうなったかは知らんねんけど
【松尾】 知らんのんかいなっ?

【長澤】 知らんねんけど ……………今年、またぶらさげてはるわ
【松尾】 ほぇ~

 これって、はたしてCMなのだろうか?
 おそらく、大半の視聴者はなんともいえない違和感を感じるだろう。

 もともと、キンチョウのテレビCMは、視聴者があえて違和感を感じるようにつくられているものが多い。
 その違和感から生まれる奇妙な笑いが、キンチョウのCMの個性でもある。

 だが、この虫コナーズの「どうなったと思う?編」は、もう違和感を通り越して、不条理に近い。
 ことさら奇妙さが強調されているわけでもなければ、笑いへの誘導線もない。
 ここにあるのは、まさに、日本の家庭のどこにでもありそうな、親子の日常会話をそのままなぞったような自然さだ。
 ただ、その “自然さ” は、けっきょくこの世のどこにもない “自然さ” なのだ。


 
 このCMに、なんともいえない不条理感をもたらしているのは、“間” である。
 娘が、父親に「知らんねんけど」といってから、「今年またぶらさげてはるわ」という言葉につながるまでの、異様に長い “間” が、このCMに一種の不条理感をたぐり寄せている。

 CMというのは、15秒もしくは30秒の間に商品の訴求ポイントをしっかり視聴者に記憶させるという使命を持っている。
 だから、商品の特徴を詳しく訴求するためには、できるかぎり無駄な時間を省きたいと思うのがCM制作者たちの偽らざる心境だ。

 なのに、このキンチョウのCMは、その貴重な30秒のうち、なんと7~8秒を親子がただ見つめ合うシーンに費やしている。
 その間、音は途絶え、出演している2人の姿勢も、ほぼ凍結したままだ。
 最大30秒しか許されない貴重なCMの時間の中核に、常軌を逸したような異様な “間” がどっかりと居座っているというのが、このCMの不条理感の正体だ。

 結果的に、このCMは視聴者の記憶にこびり付く。
 「虫コナーズ」という商品名が、強い違和感として、視聴者の脳裏に刻み込まれるのだ。
 テレビCMにおいては好感度を得ることよりも、商品名を覚えてもらうことの方が重要だとするのなら、結果的にこのCMは成功したと言わざるを得ない。
 
  

  
 印象に残るCMのほかの例を挙げるとすれば、パナソニックのロボット掃除機「ルーロ」のCMがある。
 俳優の西島秀俊を起用した作品で、「ルーロ」の三角の形状が、床の隅々に溜まるゴミを効率よく吸い込むのに適しているということを訴求するCMだ。

 

 ルーロが床掃除をしている状況を、部屋の主である西島が観察している。
 「あんな隅まできれいにされたら、ゴミも逃げ場がないな」
 と、彼はそう思いながら、掃除機の動きを目で追う。

 ところが、彼は突然ルーロに吸い込まれるゴミに “感情移入” してしまうのだ。
 画面が一気に変わり、ゴミになった西島は、ゴミ仲間と一緒に部屋のコーナーに追い込まれて絶叫する。

 一瞬にして、彼は現実に戻るのだが、ゴミとなって逃げまわっていたときの感覚は心の片隅に引っかかったままだ。
 それが、ゴクリッと唾をのみ込む西島秀俊の表情からうかがえる。


 
 なんと繊細なCMだろう。
 ゴミに感情移入して、ゴクリと唾を呑み込む主人公の映像など、商品を訴求することを考えるならば何の意味もない。
 
 しかし、このときの西島秀俊の表情には味がある。
 ゴミでなかった自分に安堵するわけでもなく、掃除機の能力に感心するのでもなく、視聴者の憶測を突き放すような “空白の心” が、一瞬顔に現れている。
 その表情が視聴者の脳裏に “謎” として残り、結果的にCMで訴求される商品を印象付ける。

 ここにも、“間” がある。
 西島が、人間からゴミになり、ゴミからまた人間の戻るときの “間” だ。
 そして、その “間” から、かすかな不条理感が浮上してくる。

 けっきょく、この不思議な不条理感があってこそ、このロボット掃除機の吸引力の強さが強調されるのだ。
 これなど、もう15秒で完結する “ドラマ” そのものといってよい。
 
  
 
 
 同じように、“15秒ドラマ” として印象に残ったCMをもう一つ挙げてみたい。
 それは、山田孝之が演じるフリマアプリの「フリル」のCMである。

 
 
 フリーマーケットで商品を買った女性が、売り主の女性に5000円のお金を渡そうとする。
 すると、どこからとなくやってきた男が2人の女性の間に割り込み、おカネを払おうとする女性から5000円を取り上げ、売り主に4500円だけ渡すのだ。
 その男が俳優の山田孝之。

 セリフはこうだ。

 「ハイ、5000円ね。販売手数料引いて、ハイ、4500円」

 4500円に差し引かれた女性は、山田孝之のあまりの図々しさに言葉を失ってしまう。
 その不信感をあらわにした女性に向かって、山田が諭すようにいう。
 「なんだよ。販売手数料ね」

 このときの山田孝之の表情と、そのセリフの語調が絶妙。
 ニヤリと不敵な笑いを浮かべ、言外に「文句は許さねぇぜ」的な脅しをチラリとほのめかしたまま、表面的にはあっけらかんとした笑顔で取りつくろう。

 そういう歴戦練磨の男の図々しさが、「なんだよ」ととがめるときの笑顔や、「販売手数料」と言いくるめるときの口調。そして、肩のあたりで軽く外側にカールしている長髪などから、見事に伝わってくる。

 視聴者は思う。
 「あぁあ~ …… 。いるよな、こういう男。働かずに女のヒモになって食いつないでいたり、闇金の取り立てて暮らしているようなチンピラ」
 視聴者の誰もが、そういうずる賢い男の姿を山田孝之に重ねてしまう。

 山田孝之にとっては損な役割なのかもしれないが、逆にいえば、それだけ俳優としての演技が冴えわたっているということになる。

 そして、チンピラ役の山田に対し、終始無表情のまま沈黙の抗議を貫く女性の表情もいい。
 彼女もまた、視線を動かすだけの演技で、山田の好演にしっかりと応えている。
 だから、2人のやり取りを見ているだけで、短い “ドラマ” を見ているような気分になる。

 いずれのCMにも共通していえることは、“間” の作り方に長けているということだ。
 CMに限らず、漫才やコントのようなお笑い芸においても、面白さを誘い出すのは芸人たちが生み出す “間” だ。
 この “間” が、長すぎても短すぎてもダメ。
 生物の命の波動から生まれくる絶妙の “間” には、人はどうしても快感を感じるようにできているのだ。
 
 “間” はタイマーのようなもので割り出されるものではない。
 メトロノームでも測れない。
 その頃合いを見つけるのは、その人間の感性である。
 だから、そういう “間” を自在に操れるプロを、我々は「役者」とか「芸人」とか呼ぶのである。
 
 

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小さな巨人とジュラシック・ワールド

  
 最近のテレビドラマで面白いと思っているのは、日曜日の夜に放映される警察ドラマの『小さな巨人』(TBS)である。
 政界・財界と癒着した警察機構の “闇” の部分に戦いを挑む正義感に燃えた一刑事(長谷川博己)と、彼の心意気に共感する同僚や部下たちの話だ。

 よくある筋書きではあるのだけれど、脚本も演出も非常に洗練されていて、先が読めない展開で飽きさせない。
 ついつい話に引き込まれてしまうので、一話が終了すると、即座に次の話が待ち遠しくなる。

 見どころは、やっぱり香川照之という役者である。

 香川照之は、長谷川博己が演じる真面目一辺倒の刑事の上司として登場。
 主人公とは対照的に、自分の上司や同僚を裏切る形で出世を遂げ、自己保身のために、ことあるごとに主人公の捜査を裏で妨害する。
 そういう “絵に描いたような” 悪辣な上司役を、香川という俳優はものの見事に演じ切る。

 表情がうまい。
 烈火のごとく怒った(振りをする)ときの顔。
 権力のあるものに媚びるときの顔。
 相手を油断させて罠にはめるときの甘い笑顔。
 どの表情にも、ヘドが出そうな嫌らしさがにじみ出る。
 
 こういう巧みな “顔芸” がこなせる役者は、いま日本の俳優陣の中でもこの人しかいない。
 「この顔芸に飽きた」という感想を持つ視聴者もいるようだが、香川照之の絶品ともいえる “顔芸” がなければ、おそらくこの『小さな巨人』というドラマ自体が成り立たないだろう。

 大ヒットドラマの『半沢直樹』(2013年)も、あの高視聴率の影には香川照之の顔芸があった。
 あのドラマは、主人公の半沢直樹を務めた堺雅人の個性が際立ったからドラマとしての評価も高かったが、この『小さな巨人』の場合は、主人公の長谷川博己が、堺雅人ほどの突出した個性を打ち出していない。
 長谷川が演じているのは、仕事を離れたら真面目だけが取り柄の退屈な男でしかない。
 
 つまり、長谷川博己は、敵役の香川照之の “嫌らしさ” が強調されることによって、ようやくその対比としての “正義の輝かしさ” を手に入れているのだ。

 そういう意味で、私にとっては、この『小さな巨人』というドラマの主役は香川照之なのである。
 
 
 また、この日曜日には、BS放送で、スピルバーグ監督の『ジュラシック・ワールド』(2015年)を観た。
 エンターティメントとしては、けっこう面白かった。
 少なくとも、シリーズ第一作目の『ジュラシック・パーク』(1993年)よりは楽しめた。

 『ジュラシック・パーク』では、CGで制作された恐竜たちがあまりにもリアル過ぎて、観ているうちに刺激に慣れてしまい、最後には動物園でライオンやキリンを見ているのと変わらないような気分になってしまった。
 そして映画館を出たあとに、「リアルすぎる恐竜というのは案外退屈なものだな」とつぶやいた記憶がある。

 そういった “退屈なリアルさ” は、この『ジュラシック・ワールド』にも引き継がれている。
 しかし、ストーリーの構成が『ジュラシック・パーク』よりは練れていたので、最後まで退屈せずに観ることができた。

 
 
 それにしても、ハリウッド製の怪獣映画というのは、やはり何かが足りない。
 日本の怪獣映画にあるものが、向こうの映画にはない。
 ハリウッド製の『ゴジラ』を観たときも、それを感じた。

 足りないものとは何か。
 それは現実感である。

 リアルであることと、現実感を伴うこととは若干違う。
 ハリウッド製の怪獣たちは、物質的なリアルさはあっても、心理的な現実感が乏しいのだ。

 確かに、ハリウッド製の恐竜や怪獣では、動き回るときの筋肉の動きまで巧みに映像化されている。
 さらに、やつらが近づいてくるときの息遣いや、吐き出す息の臭さのようなものさえリアルに伝えてくる。

 しかし、そういう物理的リアルさには、観客はすぐ慣れてしまうものだ。
 だから、観客は、「やつらは絶対スクリーンの外には飛び出してこない」という “安心感” を得ることができる。

 それに対して、昨年観た日本製の『シン・ゴジラ』は、ほんとうに多摩川を越えて、東京に迫ってきた。
 つまり、“もしかしたら、あり得る !” という心理的な現実感をかもし出すのに成功していた。

 その違いはどこから来るのか。

 シン・ゴジラは、生物としてのリアルさを描くよりも、その存在自体の不条理さを描こうとしたのだ。

 ジュラシック・ワールドの生物たちは、その存在が合理的な根拠によって説明できる。
 しかし、ゴジラは説明体系を拒む “闇” を抱えている。

 「いるはずがない生き物」が、もし見えるとしたら、それは “悪夢” でしかない。
 この世に存在する生物なら、最後には化学兵器のようなもので退治できるかもしれないが、人間の脳内に去来する “悪夢” を退治する兵器はない。

 合理的な説明がつく怪獣たちは、結局はスクリーンから抜け出てくることはないが、“悪夢” は映画を観た夜、寝ているときに脳内をはいずり回る。
 ゴジラの怖さは、悪夢の怖さである。
 だから、リアルなのだ。
 
 

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トレールジョイ J 220(アーカイブス)

 
※ この記事は読者のリクエストに応え、過去の『キャンピングカースーパーガイド』に掲載されたものを再掲載したものです。記事内容はその当時のものをそのまま採録しております
 
キャンピングカー・スーパーガイド 2007年版 
アーカイブス

Trail-Joy J 220

日本専用のアメリカン・ライトウェイト トレーラー

 トレールジョイは、アメリカントレーラーの専門ショップであるリトルハウスがこれまで手掛けてきたトレールライトのライトウェイト技術を活かし、日本のキャンプシーンで使いやすい仕様に仕上げられたアメリカントレーラー。
 今日アメリカでは8フィート幅以上の大型トレーラーがメインだが、この「トレールジョイ J 220」は、アメリカ仕様のトレールライトのオリジナルデザインをベースに、日本でけん引しやすい左エントランスのナローボディとして専用設計されている。

 このトレールジョイの特徴はなんといっても、アメリカントレーラーらしいフル装備。ルーフエアコン、サイドオーニング、電子レンジはもとより、大型冷凍冷蔵庫、大容量給排水タンク、温水ボイラーなど、通常オプションとされる装備がすべて標準で搭載されている。
 特に評判が高いのはルーフエアコン。省電力型なので、小型発電機や低い電力のキャンプ場でも利用可能。また、このトレーラーの特徴となっているフルカバーアンダーフロアは床下を温めてくれるので、ウィンターキャンプでも給排水設備が凍結しにくいと、これも好評。

 このようにトレールジョイは、他のトレーラーに比べ、国内ユーザーの使い勝手を重視した仕様になっており、家族と季節を問わず、アウトドアで快適に過ごすためのツールとして理想的なRVに仕上がっている。

【主要諸元】
全長 7100mm/全幅 2230mm/全高 2900mm
車両重量 1650kg
就寝定員 6 名
室内長 5920mm/室内幅 2130mm/室内高 1930mm
キッチン幅 1450mm/キッチン高 830mm
フロントベッド寸法 2130×1480mm
リヤベッド寸法 1880×1220mm
リヤ上段ベッド寸法 1880×680mm
ヒッチ荷重 200kg
タイヤ ST205/75D14
  
【標準装備】
ルーフエアコン/サイドオーニング/フロント大型外部収納ドア/U ダイネット/フロント折りたたみバンク/リヤダブルベッド/リヤ折りたたみバンクベッド/スクリーンドア/ブラインド/FF温風ヒーター/2ドア冷凍冷蔵庫/3バーナーガスレンジ/深底ダブルシンク/電子レンジ/電子着火式ガス温水器/ガス検知器/シャワー&トイレルーム/洗面台/シティーウォーターフックアップ/AC電源フックアップ/DCコンバーター & バッテリーチャージャー/バッテリー/モニターパネル/オーディオスピーカー & FMアンテナ/TVアンテナ & ブースター/ACコンセント/格納式エントリーステップ/ルーフラダー/清水タンク(110㍑)/グレー排水タンク(110㍑)/ブラック排水タンク(110㍑)/スペアタイヤ/スタビライザージャッキ/セフティーチェーン/分離ブレーキ/機械式ブレーキ

【オプション(一例)】
アルミLPGボンベ/ガスオーブン/外部シャワー/ファンタスティックファン/サイクルキャリア/カセットトイレ/ビルトイン発電機/フロントアクリルウィンドウ/ソーラーパネル他

【価格】
3,980,000円(税込 2007年度価格)

【発売】
有限会社リトルハウス
〒321-3562 栃木県芳賀郡茂木町馬門1007-1
電話:0285-63 -5087
http://www.littlehouse.co.jp/
メー ル:info@littlehouse.co.jp

【担当者のひとこと】
(有)リトルハウス 大森敬一 代表

 トレールジョイは国内専用仕様として、国内で組み立てています。装備類も充実させ、これまでトレールライトのお客様から要望の高かった装備をすべて採り入れています。例えば折りたたみ式ベッドやAVセンターなども標準です。また、ご要望の高いソーラーパネルやカセットトイレもオプションに加えております。

【ユーザーの印象記】

普段の生活をそのままアウトドアへ
佐々木路洋さん(北海道・札幌市)

 自分はアメリカかぶれのアメ車乗りなので、はじめて購入するトレーラーも、もう何年も前からアメリカントレーラーのトレールライトに決めていた。
 ところが、そのトレーラーが2年前に本国で生産中止になったと聞き、いったんは購入をあきらめた。
 しかし、たまたま会社でけん引免許を取得できたときにトレールジョイとして復活したことを知り、即座にこのトレーラーに決めた。
 ありがたいのは、我が家の駐車場にピッタリの左エントランス。
 このメーカー初の国内生産だったので、納車まで時間がかかったが、その分国産キャブコン並みに造りもていねいで満足。
 アメリカントレーラーらしい大きな清水・排水タンクを持ち、生活機能も充実。家にいるような普段の生活ができることも魅力。アメリカンテイストなインテリアにも満足している。

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大木トオル氏ブルースを語る

 
 筑波大学で開かれた大木トオルさんの “セラピードッグ” の講演会にて、犬との共生に関する様々な知見を得ることできたが、同時に大木さんがブルースシンガーとして活躍されてきた経験から、たくさんの音楽の話もうかがうことできた。

▼ 大木トオル氏

 なにしろ、大木トオルさんといえば、東洋人ブルースシンガーとして唯一全米ツアーを成功させるなど、日本のみならずブルースの本場であるアメリカでも非常にミュージシャンとしての評価の高い人。
 その交友関係を聞くだけでも、黒人音楽好きの人には目が飛び出るほどのビッグネームばかり。

 そのうちの1人をまず言えば、日本でも有名なライブアルバムとなった『フィルモアの奇跡』で、アル・クーパーと一緒にセッションしたマイク・ブルームフィールド。
 彼は白人だが、そのギタープレイの “黒っぽさ” で、黒人以上のブルースミュージシャンとして知られた人。
 大木さんは、このマイク・ブルームフィールドと親交を重ね、マイクの死の間際まで将来変わらない友情を育てた。

▼ 「フィルモアの奇跡」の有名なジャケット(左がマイク・ブルームフィールド)

 そのとき、大木さんをマイク・ブルームフィールドに紹介したのが、マーク・ナフリタリンだという。
 今の若い人たちは知らないかもしれないが、1960年代にポール・バターフィ―ルド・ブルースバンドなどのレコードに接していた私にはとっては、もうこのマイク・ブルームフィールドとマーク・ナフタリンという名前だけでもビッグネームなのだ。

 さらなるビッグネームといえるのは、全米で “3大キング” の一人と言われたアルバート・キング。
 3大キングというのは、B・Bキング、フレディ・キング、アルバート・キングのことをいうのだが、なんと大木さんはこのアルバート・キングと共演体験を持ち、アルバムも残し、多くの音楽論議も交わしている。

▼ アルバート・キング & 大木トオル セッションアルバム

 このように、本場のブルース界における大木さんの交遊録はほんとうに厚みのあるものだが、ブルースだけでなく、よりポピュラーなR & B分野においても、大木さんの付き合いは広い。

 大木さんと交遊を持ったR & B界の大物といえば、日本においても「スタンド・バイ・ミー」の大ヒット曲で知られるベン・E・キングがいる。

▼ ベン・E・キングと大木トオル

 「スタンド・バイ・ミー」は、1961年の作品だが、1986年にスティーヴン・キングの小説を映画化した同名映画の主題歌として取り上げられ、リバイバルヒットした。
 この歌は、ジョン・レノンをはじめ、多くのアーティストによってカバーされた知名度の高い曲で、私もまた、カラオケに行ったとき、歌詞カードを見なくても歌える二つの歌の一つとして身に付けている。(もうひとつはビートルズの「All My Loving」)
 
 
 とにかく大木トオルさんがアメリカで身に付けたブラックミュージックのエッセンスは、とろりと濃厚だ。
 それというのも、アメリカの黒人ミュージシャンたちが、肌の色も違えば文化も違う大木さんの歌に「SOUL」を感じたからだろう。

 大木さんの話によれば、そもそもアメリカの黒人音楽というのは、「救いを求める弱者の気持ち」が次第に「歌」の形をとっていったもので、悩める度合いの強さ、そこから抜け出したいという気持ちの強さが、歌としての強度を獲得していったという。

 大木さんにも、貧乏がゆえに一家離散という悲劇を幼少期に味わい、吃音というハンディーを背負って、かずかずのいじめにも遭い、それを音楽で克服していくという経験があった。
 そのときの「救い」を求める気持ちの強さでは、奴隷としてアメリカに売られてきた黒人たちの悲哀を克服しようという気持ちの強さと変わらなかった。

 そういう自分の運命にあらがうような激しい精神のほとばしりを、黒人たちは「SOUL(魂)」という。
 そして、そのSOULをリズムに乗せたのが、SOUL MUSICだ。

 ソウル・ミュージックの原型はゴスペル(黒人霊歌)である。
 アフリカから強制的に奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人たちは、新大陸では「人間」として認められなかった。
 彼らに与えられた主な仕事は綿花づくり。
 「人間」として認められない黒人奴隷には、移動の自由も、恋愛の自由も、家族を持つ自由もまったくなかった。
 つまりは、“心” の存在をまったく認められない、ただのワーキングマシーン。
 病気になっても、ケガをしても、消耗した機械部品が捨てられるように、そのまま遺棄されるだけの存在でしかなかった。

▼ ゴスペル映画 「天使にラブソングを」

 
 なにしろ、同じ仕事場で働く仲間ですら、「同胞」として認め合うことも許されなかったから、仲間同士の交流すら生まれない。
 労働中に、神を湛える讃美歌(ゴスペル)をみなで口ずさむことが、彼らにとって唯一の連帯を確認する行為であった。

 そのゴスペルから、やがてブルースが発生してくる。
 これは、神を湛えるゴスペルが少し世俗化したもので、神への愛を言葉にしつつも、そこに人間同士の恋愛感情のようなものが少しずつ折り重ねられてくる。

 ブルースになってくると、アカペラが主流だったゴスペルに、徐々に楽器が加わるようになる。
 手拍子だけでリズムをとっていたゴスペルに対し、ドラムスやベースといったリズム楽器が加わるようになり、さらにギターも加わってくると、今のブルースの原型が姿を現わす。

 大木さんの話で印象的だったものがある。
 ブルースに使われたアコースティックギターが、いつエレキギターにとって代わられたのか。
 大木さんは、ブルースの大御所のマディー・ウォーターズに、エレキを手にするようになったきっかけを尋ねたことがあったそうだ。
 すると、返ってきた答は、
 「だって、ようやくうちにも電気が届くようになったんだもの」
 というものだったそうだ。

 さらに、「エレキにすれば、前にいるお客さんだけでなく、後ろにいるお客さんにも音が届くだろ?」
 とも。
 この理屈の素朴さ !
 このシンプルさが、ブルースの強度を保証するものであるとも。

▼ マディー・ウォーターズ

 
 ブルースを語る上で欠かせないものが、一つある。
 それは、「グルーブ」という言葉だ。
 日本語に訳すのが難しい。
 しいて言えば、“ノリ” という表現になろうか。

 ブルースを奏でる黒人ミュージシャンたちがもっとも大切にしているのが、このグルーブで、それは音楽学校に行って譜面の読み書きを習い、一流の教師に師事したとしても身に付くようなものではない。

 それはリズムに合わせて自然に腰が動くように、無意識のうちにステップを踏むように、歌詞も知らないうちから「掛け声」が出るように、音楽と共に身体がバイブレーションを起こすときに生まれるものだ。

▼ アルバート・キング

 
 大木さんはいう。
 「多くの黒人ミュージシャンに尋ねてみましたが、誰も “グルーブ” がどういうものであるか、うまく説明できませんでした。
 それは無意識のうちに体が自然に身に付けるもので、言語で説明する領域を逸脱したものだったからです」

 だから、「グルーブというのは機械からは生まれない」と、大木さんは語る。
 つまり、音楽のドラムパートが「リズムマシン」のような機械音を使った装置にとって代わられることによって、ブルースやR & Bからグルーブが消えた、というのである。

 70年代の中頃、ソウル・ミュージックといわれた音楽の一部に、ディスコミュージックが台頭してきた。
 それは、ただひたすらディスコで踊るためだけに生まれた音楽であった。

 このとき、ディスコ産業の要請を受けて、人間はどういうリズムを与えられたとき、気持よく踊り続けられるかという楽曲上のテーマが浮上した。

 計算してみると、それは「BPM」(Beat Per Minute)120~140の幅に収まっているということが判明した。
 すなわち、1分間に120~140の拍子数が収まるリズムの曲が “心地よく踊り続けられる” という方程式が導き出され、以降、ディスコミュージックはメロディーが変わろうが、ミュージシャンが変わろうが、一律にそのテンポの曲で構成されるようになった。

 そして、そこで定められたBPMを正確にキープするために、人間が叩いていたドラムはリズムマシンに置き換えられ、アップテンポの曲はみな機械的に均等に割られたリズムで統一されるようになった。

 これを「グルーブの死」だと大木さんは語る。
 リズムマシンは人間ではないから、リズムが狂うことはない。
 しかし、人間がドラムを叩いたり、あるいはベースを弾いたりすると、機械のようにリズムを刻もうとしても、どこかで狂いが生じる。

 「その狂いがグルーブである」
 と大木さんはいうのだ。
 つまり、人間は、機械のようにリズムを刻もうと思っても、“ノッてくる”、すなわち気分が高揚してくると、同じテンポを維持していても、微妙な強弱が加わったり、意図的にテンポをズラしたりして、リズムの流れを豊かにしようとする。
 それは、そのミュージシャンの一瞬のひらめきが生むものだ。
 そのときに「グルーブ」が誕生する。

▼ 大木さんの著書「伝説のイエロー・ブルースマン大木トオル」

 この大木さんの説明は非常によく分かった。
 そして、(個人的な話だが)、自分はなぜ70年代の半ばに、大好きだったSOUL MUSIC から離れてしまったのかも、よく分かった。
 70年代半ば、ディスコミュージックの台頭によって、音楽からグルーブが失われてしまったからだ。

 今の時代の音楽はどうなのだろうか?
 「グルーブ」という観点から、もう一度、すべての音楽を聞き直してみたいという気もする。
  
 
▼ 大木トオル氏とアルバート・キングのセッション

  

関連記事 「大木トオル筑波大学セラピードッグ講演」

  
参考記事 「ブルースの正体(キャデラック・レコード)」
 
 

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大木トオル筑波大学セラピードッグ講演

    
 2017年 5月26日金曜日、筑波大学(茨城県つくば市)にて、ブルースシンガーであり、国際セラピードッグ協会代表である大木トオル氏が、『共に生きる~セラピードッグに生まれ変わる犬たち』という講演を行った。

▼ 講演会ポスター

 
 
 これは、「自然との共生」をテーマに研究を進めている筑波大学の白川直樹准教授(システム情報系構造エネルギー工学)の研究室が、セラピードッグを通じて “犬との共生” をテーマに活動している大木トオル氏の動物愛護の精神に共感し、白川ゼミの研究テーマの一環として主催したもの。

▼ 講演会の会場となった筑波大学のキャンパス

 そもそもこの講演の開催には、同大学の白川ゼミと、九州長崎のキャンピングカービルダー「カスタムプロホワイト」の池田健一氏との交流が背景にある。
 池田氏は、キャンピングカー製作・販売を進める一方、地元長崎で河川の研究を推進し、アユの生息などの実態調査で多大な実績を収めていた。

 その池田氏の活動に注目した筑波大の白川ゼミが、池田氏指導のもとにゼミ生が水中におけるシュノーケルの扱い方などを池田氏から学ぶという形で、長年の交流を深めてきた。

▼ 当日、池田氏指導のもとに、筑波大学の室内プールで開かれたシュノーケル教室

 一方、池田氏と大木トオル氏の交流は、池田氏がネットで連載しているエッセイ『答は風の中』から生まれた。
 同エッセイの31回「ドッグカフェにはブルースを」において、氏はテレビで大木トオル氏が歌うブルースの魅力に感服。さらに大木氏が進めているセラピードッグの啓蒙・普及活動にも共感。

 そのことを綴った池田氏の記事を、たまたま大木トオル事務所のスタッフが閲覧。それがきっかけで池田氏と大木氏との接点が生まれることになった。

▼ 大木トオル氏(左)と池田健一氏(右)

 それぞれ立場の違う者同士が、池田氏を軸に連絡を取り合ううちに、各自が “自然と人間のコミュニケーションの可能性探る” という共通のテーマを確認。
 こうして、大木トオル氏、筑波大学の白川ゼミ、キャンピングカービルダー池田氏との3者のコラボによる講演の開催が決定することになった。

 講演に先立ち、池田氏がまず演壇に立ち、
 「人間が自然と交流するには、人間もまた新しいコミュニケーションの形を身に付けなければならず、それには、SNSやネットというデジタルなシステムを使ったコミュニケーションだけではなく、人の無言の息遣いやアイコンタクトといった言語化できない領域における意思疎通の仕方を学ぶことも大事である」
 と挨拶。

 続いて、池田氏と長年の親交を持つキャンピングカーライターの町田厚成が壇上に立ち、次のように語った。
 「コミュニケーションには、それまでの自分の常識では理解できないものと出合うという意味もある。人間の脳細胞は日々新陳代謝を繰り返し、常に新しい刺激を求めている。そういう意味で、人間は昨日までの情報では満足できない動物であり、新しい刺激による “混乱” を楽しむようなところがある。だから、相手と出会って、時に混乱したり、時に困惑するような情報交換があっても、それもコミュニケーションの一環として、恐れずに、嫌がらずに楽しんでほしい」

 両氏の簡単な挨拶が行われたあと、いよいよ当日のメインゲストである大木トオル氏が登場。
 ご自身の生い立ちにおける犬との交流の話から始まり、セラピードッグという存在が社会のなかでどういう役割を背負っているのか、さらにペットブームやペット業界の繁栄の影に、密かに殺されていくペットたちの悲惨な実情を報告し、人とペットの真の共存をテーマに、約1時間にわたって熱弁を振るわれた。

▼ セラピードッグの役割を説明する大木トオル氏

 
 大木氏が力説したのは、人間の医療や介護の現場において、「犬」が非常に重要な役割を果たすということだった。
 特に、精神医療の段階で、犬が人間の情緒を安定させ、精神疾患による障害を緩和し、機能障害の回復を実現するという実例が数多く報告された。

 そのような実例のなかで、特に目立った効果を上げているのが、高齢者の認知症や脳梗塞の後遺症からの回復。
 重度の認知症患者や脳梗塞を罹患した人が、犬との共生を経験するうちに、次第に肉体的・精神的機能を回復していく様子を、大木氏はスクリーンを通じて数々の画像を展開しながら、解説した。

▼ 大木トオル氏

 このように、人間の医療的介護を目的に専門に訓練された犬を「セラピードッグ」といい、アメリカでは古くから、このセラピードッグを介した医療システムが確立されていたという。

 しかし、日本では、それまでそのような医療的介護を目指した犬の教育法などがまったく確立されておらず、音楽活動のために渡米した大木氏が、現地でたまたまセラピードッグが活躍する現場に接し、大木氏を通じて、ようやく日本にもその存在が知られるようになった。

 このセラピードッグの存在が日本全国に知れわたるようになったのは、大木氏がゴミ箱に捨てられてきた子犬を拾い、「チロリ」と名付けて、それをセラピードッグとして育てたというエピソードが波及したからである。

▼ 大木氏が書かれたチロリの本

 チロリはすでにこの世にはいないが、その生前の活躍ぶりが子供の教科書でも紹介されるようになり、渋谷の「忠犬ハチ公」、南極の「タロー・ジロー」、そして銀座の「名犬チロリ」として “日本の三大名犬” に認知され、セラピードッグの象徴的存在として人気を誇るまでとなった。

 しかし、セラピードッグの社会的認知が進んできた一方で、日本にはまだ捨て犬たちが待ち受ける悲惨な状況が横たわったままだと、大木は訴える。
 それが捨て犬(& 捨て猫)の「殺処分」。

 現在、日本は空前のペットブームに沸いているが、その華やかな話題の裏側では、毎年10万頭近くの犬(& 猫)がガス室に送られて苦しみながら死んでいるという。
 かつては65万頭にも及ぶ捨て犬・捨て猫が殺処分という残酷な運命にさらされていた。

 その後、動物愛護法が成立し、殺処分されるペットの数は一時期の5分の1までに減少したが、それでもこの法の順守が徹底されることはなく、相変わらず、飼い主に捨てられた年間10万頭の犬たちが、捕獲後5日の猶予をもらっただけでガス室に送られている。

 大木トオル氏は、可能なかぎり、このような殺される運命に陥った犬たちをもらい受け、今それをセラピードッグとして訓練する活動を進めている。
 それが犬の命をも救い、かつ介護を必要としている高齢者たちの環境改善にも寄与するという大木氏の信念はゆるぎない。

 このような活動に邁進する大木氏の報告に対し、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こり、講演会が大きく盛り上がったところで、大木氏はトレードマークとなっている白いハットを頭に載せた。

 「最後に、熱心に講演を聴講してくださった方々に、プレゼントをしたい」
 ということで、ブルースシンガーに立ち返り、生前親交のあったR&Bシンガーのベン・E・キングのヒット曲と知られる「スタンド・バイ・ミー」を熱唱。
 聴講者たちのリズミカルな手拍子も加わり、ソウルフルな雰囲気が盛り上がったところで、閉会となった。
 
▼ 「スタンド・バイ・ミー」を熱唱する大木トオル氏

一般財団法人 国際セラピードッグ協会HP

http://therapydog-a.org/ 
 
▼ 大木トオル「ダンス天国」(from You Tube)
 
   
 
関連記事 「大木トオル氏ブルースを語る」
  

※ このニュースに関しては、カスタムプロホワイトの池田さんも、ご自分のブログでレポートされています。
 ↓
「ミスターイエローブルース」大木トオルさんの「セラピードッグのお話と『スタンド・バイ・ミー』」
 
  

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最近タレントの顔や固有名詞が覚えられない

 
 うちのカミさんは、北川景子と栗山千明の区別がつかないようだ。
 同じ顔に見えてしまうらしい。
 だから、この2人のうちどちらかがテレビに出てくると、「この人は誰?」と画面に向かって、一人でつぶやいている。

▼ 誰だ?

▼ 誰だろう?

 同じように、彼女は、のん(能年玲奈)と広瀬すずの区別がつかないらしい。

▼ 誰だ?

▼ 誰だろう?

 さらに、高畑充希と有村架純の区別もつかない。
 この2人も同一人物のように見えるようだ。

▼ 誰だ?

▼ 誰だろう?

 
 年を取ってくると、最近の若いタレントや役者を識別する能力が衰えてくるという話はよくきく。

 かくいう私も、若い女子アイドルグループがほとんど分からない。
 「AKB48」というグループ名だけはなんとか知っているが、個々のメンバーの固有名として挙げられるのは指原莉乃だけで、あとの人たちは名前も顔もまったく覚えることができない。
 だから、当然「AKB」以外の「HKT」とか、「乃木坂」とか、「欅坂」とかなると、もうまったく何がなんだかわからない。

▼ 誰だろう?

 女性アイドルグループだけではない。
 最近のジャニーズの男の子たちのことがさっぱりわからない。
 せいぜい分かるのは「嵐」ぐらいだ。
 
 加齢によって現状認識能力が甘くなってくると、タレントの顔や名前だけでなく、一般的な物事の呼称も危うくなってくる。
 
 うちのカミさんなどは、「ニラレバ炒め」という料理の名前がいえず、ここのところずっと「ニバレラ炒め」とか「ニネレバ炒め」などと言っている。
 もともと彼女は「レバー(肝臓)」という食材が嫌いだ。
 だから、それを使った料理の名前など、はなっから覚える気もないようだ。

 それだけではない。
 語感にも自分の好みがあるらしく、世間的に流布している単語が彼女の好みによって読み替えられることもよくある。

 少し前、北朝鮮海域に集結するアメリカ海軍の艦隊のことを話題にしていたら、「原子力潜水艦」のことを、カミさんはずっと「原子力 スイセン艦」と言い続けていた。
 「センスイカン というより、スイセンカン と言った方が語感が自然だ」という。
 だけど、自分の好き嫌いで勝手に名詞を言い換えてしまうと、世間の人はそうとう困るのではなかろうか。

 最近よく話題になる「アニサキス」という恐ろしい寄生虫がいるけれど、これも彼女に言わせると「オニアキス」とかになる。
 それでいいんだそうだ。
 「オニアキス」を漢字変換すると、“鬼空き巣” 。
 確かに、気分は出ている。

 北朝鮮の貨客船に「万景峰号(マンギョンボンごう)」というのがある。
 彼女は、これもいえない。
 「マンボンギョンギョー」とかいう響きになる。

 もっとも、この名前は、私にもうまくいえない。
 これに関しては、2人とも正確な名前がいえないので、あまり話題にしないことにしている。

 私自身にも人にいえない間違いがある。
 (前にも一度ブログで書いたことがあったが)、中央道の「中央道原」というパーキングエリアの読み方が、「チュウオウドウ ハラ」と読むことが分ったのはつい最近のことだ。
 過去20年間、ずっと「チュウオウ ドウゲン」と読み続けてきた。
 
 おそらく、自分の気持のなかで、「チュウオウ ドウゲン」と読んだ方が、戦国時代の武将の名前のような響きでカッコいいという先入観があったからだろう。

 「武田信玄」とか「斎藤道三」とか、みんな響きがカッコいいではないか。
 だから、「中央 道原」という武将っぽい読み方があってもおかしくはないという私の気持ちは、たぶん多くの人に共感されるだろう。
 …… そんなこともないか ……
 
   

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木漏れ日の似合う音楽

 
 「木漏れ日の似合う音楽」というものを集めて編集し、ウォーキングに出たときに聞いている。

 
 
 これは、歩きながら聞くのではない。
 歩き疲れて公園のベンチなどに座り、木々の隙間から漏れて来る陽の光が美しく感じられるような瞬間を選んで聞いている。

 そういうときの音楽は基本的に、
 ① テンポがゆるい
 ② 爽やか
 ③ メロディーがきれい
 ④ 透明感・空気感がある
 … というものが中心になっている。

 もちろん、かなり主観的な選曲になってしまうので、曲名を挙げても多くの人の共感を得られるかどうかは分からない。
 しかし、どうせ聞くのは自分1人であるから、好みの偏りがあっても許されるはず。
 そういう音楽を聞きながら、木立の間を吹いてくる風を浴びていると、情感が刺激されて、身体が浴びる風と光に「物語」が加わる。 

 そういうときのオープニングは、たいていこの曲である。

▼ Blood, Sweat, & Tears 「Variations on a Theme by Erik Satie」

 Blood, Sweat, & Tears が、1968年に発表した2枚目のアルバム『Blood, Sweat,& Tears』の1曲目に収録された曲で、タイトルは「エリック・サティーの主題による変奏曲」。
 文字通り、エリック・サティーの「ジムノペディ」をベースに構成された変奏曲だ。

 サティの「ジムノペディ」はピアノ曲だが、このB・S & T(Blood, Sweat, & Tears)版は、ギターとフルートを使った牧歌的なアレンジに仕上がっている。
 もともと「ジムノペディ」はGmaj 7 & Dmaj 7 というメジャーセブンスを使った不協和音で構成されているので、美しいメロディーでありながら、どこか不安定な浮遊感が漂い、メランコリックな哀調がにじむ。

 しかし、このB・S & Tのアレンジではメランコリックな哀調がやや後退し、逆に爽やかさが浮上している。不協和音であるメジャーセブンスも、その “ゆらぎ感” が、ここでは木々の間で揺れている午後の光を連想させて、透明な空気感を演出している。
 

 
 話は脱線するけれど、このB・S & Tのジャケットは、どこか “素人の日曜画家” などといわれたフランスのアンリ・ルソーの絵を思わせる。

▼ アンリ・ルソー 「砲兵たち」(1893年)

 
 アンリ・ルソーは、人間が無意識の底に眠らせている “原初の光景” のような世界を描いた画家。
 まさに、デ・ジャブに似たような、“ノスタルジックでありながら、この世にはない風景” の描き手として知られている。
 その絵の大半は、まさに木々の葉のむこう側に、ちらちらと光が舞っていそうな情景で占められている。

▼ アンリ・ルソー 「ルクセンブルク公園 ショパン記念碑」(1909年)

 たぶん、「木漏れ日」の光というのは、アンリ・ルソーの絵のような “ノスタルジックでありながらこの世にない風景” を人間に教えてくれる光なのだ。

 このB・S & Tのアルバムジャケットデザインを担当したデザイナーは、アルバムの収録曲が「エリック・サティーの主題による変奏曲」で始まることを知ったとき、おそらくアンリ・ルソーの絵を連想したに違いない。

 だから、このジャケットは、(ルソーの絵のように)、古い屋敷の引き出しの中で眠っていた先祖の肖像画を眺めたときのような、くすんだセピア色に染まった画像になっているのだ。
  
   
 次のような曲も、私には “木漏れ日の似合う” 音楽に聞こえる。
 アルベニスの『タンゴ』。
 クラシックギターのファンにとってはおなじみの曲だが、この “眠気を誘う” ようなおだやかな曲調が、木立をかすめる風と優しく絡み合うとき、えもいわれぬ心地よさが生まれる。

▼ John Williams 「Albeniz Tango」(1980年)

 アコースティックギターというのは、数々の楽器のなかでも、いちばん風の音に近い音色(ねいろ)を奏でてくれる。
 特に “甘い風” を連想させる。
 たぶん、それはギターの歴史にも多少関係しているのかもしれない。

 ギターはアラブやインド起源の弦楽器が、8世紀頃、ムーア人のイベリア半島への侵攻によってスペインに持ち込まれ、そこで洗練されて、現在のスタイルに定着したものだといわれている。

 ギターを生んだ風土、すなわちインド、アラブ、北アフリカ、スペインの環境を特徴づけるのは陽射しの強さだ。
 そういう過酷な環境を和らげてくれるものが、すなわち、そこの住民が感じる 快感のベースとなる。

 陽射しの強さを和らげてくれるもの。
 それは、「涼風」である。
 ギターの調べが “風” に近いのも、過酷な風土で育った人たちが “快” と感じるオアシスの風を希求する音として発展したからだ。

 彼らが “オアシスの木々をかすめる風” にいかに憬れていたかは、スペインのグラナダにある「アルハンブラ宮殿」を見ると、よく分かる。

 中世に建てられたこのイスラム様式の宮殿は、はたして何をイメージして造られたものなのなのか。
 写真を見れば一目瞭然である。
 中庭に広がる池は砂漠のオアシスの泉を意味し、その周囲を囲むアーチは、オアシスの岸辺に生えるヤシの木である。

 そしてそのオアシスの素朴な情景は、そのままコーランに描かれるイスラム教の「天国」のイメージと重なっていく。


 
 すなわち、「木陰」と「涼風」こそがギターを生んだ民族たちの快感の源泉だったのだ。
 このように、「風」と「陽光」と「木の影」が、人間が自然から「快」を得るための3原則であることは間違いない。


  
 
 次の曲は、ずばりそのテーマが「風」。
 キャット・スティーブンスが1971年に発表したアルバム『ティーザー・アンド・ファイアーキャット』の巻頭を飾る曲「ザ・ウィンド」もまた “木漏れ日の似合う” 音楽だ。

▼ Cat Stevens 「The Wind」

 ここでは、キャット・スティーブンスが弾くアコギの音そのものが、木陰を吹く涼風を感じさせてくれるが、なによりも、彼の歌声がすでに “風の音” になっている。
 爽やかで、乾いていて、それでいて温かい。
 そして、少しだけ寂しい。
 これなど、まさに、夏の終わりに忍び込んできた「秋の風」である。

 キャット・スティーブンス(写真下)はギリシャ人の血を引く少年として、ギリシャ正教を身に付けた家庭に育ち、カトリック系の学校で授業を学び、10代の末に音楽の世界に入る。

 世界的なヒットとなるアルバムを数々と世に出しながらも、1977年に「ユスフ・イスラム」と名を改めてイスラム教に改宗。世界平和を訴える運動に従事するようになる。
 そういった意味で、きわめて宗教性の濃い人生を送ってきた人であり、この「The Wind」という曲もかなり宗教色の強い難解な歌詞で綴られている。

 ♪ 私は夕陽の当たる場所に座って、風を聞く。
   私の魂の風を聞く。
   それは神だけが知っている世界だ

 歌詞の意味するものは難しいが、サウンドそのものは、木々の葉っぱの間を通り抜けて来る「光」と「風」だ。
 ということは、「木々の合間をぬう光と風」とは、そもそもが神の世界の啓示なのかもしれない。


 
 
 「木漏れ日に合う音楽」とは何か?
 確かに、ここまで挙げてきた音楽は、どれも人間の心を癒し、おだやかな気持ちにさせてくれる優しい音楽であることは間違いない。
 
 しかし、その本質は、この世にさりげなく “あの世” の音を忍び込ませる音楽なのかもしれない。
 「木漏れ日」そのものが、人間の世界にこっそりと降り注ぐ “神の光” なのならば、それをイメージさせる音楽もまた、この世を超えた世界を暗示するような音にならざるをえない。

 ウィンダム・ヒルレーベルのつくり出す音楽は、まさにそのような音の集大成というおもむきを持っている。

▼ William Ackeman 「Pacific II」

 上に紹介したのは、ウィンダム・ヒルレーベルの創設者でもあるギタリストのウィリアム・アッカーマンの曲「Pacific II」。
 
 これもまた木立の間に降り注ぐ「陽の光」と、その合間を漂う「風」のゆらぎを感じさせてくれる曲である。
 ただし、この音は、優しさとおだやかさのなかに、どこか「人間が入って行けない世界」があることを暗示させる。

 そのニュアンスを、人間の言葉で表現するのはむずかしい。
 しいて言えば、「生活」の匂いがしない世界。
 すなわち、「風」と「光」以外のものが存在しない世界。
 透明度が非常に高い抽象的な世界。

 ウィリアム・アッカーマンのギターは、地球に人間が存在しない前の世界か、もしくは地球から人間が姿を消したあとの静かな世界を奏でているようにも思える。

 そういう “時間を超えた音” が、さりげなく木漏れ日が優しく揺れる現在の地球に漏れてくるという感じを、私はこの硬質なギターの響きから感じる。
 だから、この音の甘い美しさの底には、「永遠の虚無」がひっそりと沈んでいる。
 
 
 「木漏れ日の似合う曲」には、このウィンダム・ヒル系の “抽象画” のようなサウンドもあるけれど、もっと具体的なイメージを喚起させてくれる曲もある。
 次の曲は、ジャズ・バイオリニストのステファン・グラッペリの奏でる「煙草とワイン」。
 
▼ Stephane Grappelli 「Smoke, rings and wine」

 このサウンドから私が想像するのは、ガーデンに面したテラスを持った郊外のレストランなんかでくつろいでる情景だ。
 実際に自分がそういう体験を持ったことがあったのかどうか、あまりよく記憶にはないのだけれど、この曲を聞くとすぐに浮かんでくる情景は、遠くに森が見える芝生に面したカフェレストランのテラス。

 時刻は夕暮れ。
 森の木々の間に、沈みゆく太陽の光が見え隠れする。
 次第に陰りを増していく空の色に反比例するように、ガーデンの芝生を照らす街灯が明るさを増していく。
 自然の光と人工の光が、ちょうど同じぐらいの明るさで拮抗する奇跡の時間帯。

 なんと気持ちのいい夕暮れ !

 この曲は、そんな情景を頭のなかに引き寄せる音なのだ。
 おそらく、この演奏が終わるころには、私の最愛の人間がこの席にやってくる。
 私はその時間を楽しみに、一人でワインを飲んでいる。
 やがて、2人の語らいを祝福する夕焼けが、森の木々を最後の残照で飾ることになるだろう。

 … とかを想像しながら、公園のベンチに1人座り、この音を聞きながら、ペットボトルのお茶を飲み干す。
 
 今日のウォーキングのメニューを消化し、家まであと5分。
 家にたどり着いた頃が、ちょうど日没の時間かもしれない。
 
 

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ウォーキング ハイ 2

 
 基礎体力を回復させるために、ウォーキングを始めたことは前回書いた。
 確かに、それによって、少しずつフィジカルな持続力がよみがえってきた。
 恥ずかしい話だが、それまでは階段を昇るのも億劫だったのだ。

 駅のホームから改札口に上がるときも、目の前に階段があってもそれを避けて、ホームの端にあるエレベーターかエスカレーターを探すような体たらくであった。
 「肺血栓症」という診断が下る前の、階段を昇り切ったときに激しい息切れに襲われていたときの後遺症でもあった。

 が、少しの時間でも歩く習慣を身に付けることによって、「階段を上がることへの苦痛」がかなり緩和されてきた。
 誠に、ウォーキングの効果はありがたいものだと思う。

 
 そんなわけで、目下のところ、“楽しいウォーキング” を持続させるための知恵のようなものに注目している。

 テレビを観ていたら、「ノルディック ウォーキング」というものがブームであるということを知った。
 スキーをするときのように2本のスティック(ポール)を手に持って歩行行動を補助するというトレーニングだという。

 スティックを使うことによって、腕の振りが大きくなり、普通に歩くよりもいっそう運動機能が高まるのだそうだ。
 今はまだ検討中だが、そんなものも今後採り入れていきたいと思っている。
 
 
 ま、そこに至るまでに、現在は「音楽を聞きながら歩く」ということで、ウォーキングの楽しみを持続している。

 前回の記事では、マイケル・ジャクソンの『ビリー・ジーン』などを聞きながら歩くとハイになると書いたが、確かに、あの曲のような四つ打ちのディスコビートは、歩くときのリズムを保つには非常にいい。

 歩行時の気分を盛り上げるために音楽を使うというのは、おそらく人類の歩行の歴史とともに始まったのではないか。

 獲物を求めて遠い狩場まで狩猟に出かけていた原始人たちは、道中、長旅の疲れを克服するように、みんな一斉に歌のようなものを口ずさんでいたのではないかという気がする。
 そもそも行進曲というのは、歩行という行為を景気づけるために発達してきたようなものだ。

 そう考えると、運動を目的としたウォーキングのときに使う音楽には「軍歌」とか「行進曲」もありだ。
 たとえば、旧帝国日本海軍の『月月火水木金金』などは妙な悲壮感もなく、かつあまりイデオロギッシュでもないので、けっこう気楽に聞ける。

▼ 日本海軍の軍歌「月月火水木金金」

  
  
 いろいろな行進曲を拾ってみたけれど、やっぱり自分の歩行のリズムに一番合ったのは次の曲。

▼ 映画『ベンハー』(1959年)より「勝利の行進」

 『ベンハー』という映画は、(Wikipedia を読むと)1907年に最初の映画化が行われ、1925年の映画化で評判を取り、さらに1959年、2003年(アニメ)、2016年と、全部で5回映画化されているという。

 しかし、今日多くの人が『ベンハー』というタイトルでイメージするのは、1959年にチャールストン・ヘストン主演によって映画化されたウィリアム・ワイラー監督の作品だろう。
 私は、この作品を持って、ハリウッド製歴史映画の頂点を成した作品と見なすことをいまだにためらわない。

 興行収入からいっても、観客動員数からいっても、たぶんこの映画を超えるハリウッド作品はたくさんあると思われるが、“華(はな)” という言葉を使えば、これにまさる華やかさと贅沢さとスケール感を持った作品はその後60年経っても現れていない。

 この1959年の『ベンハー』の大成功を追って、その後ハリウッドからたくさんの歴史スペクタクル映画がつくられるようになった。
 この手の映画の大ファンであった私は、その大半を観に行っている。

 以下のような映画は、だいたい公開時に劇場で観ている。

 『トロイのヘレン』(1956年)
 『十戒』(1956年)
 『ソロモンとシバの女王』(1959年)
 『ベンハー』(1959年)
 『スパルタカス』(1960年)
 『アラモ』(1960年)
 『エル・シド』(1961年)
 『キング・オブ・キングス』(1961年)
 『アラビアのロレンス』(1962年)
 『クレオパトラ』(1063年)
 『ローマ帝国の滅亡』(1964年)
 『天地創造』(1966年)
 『ブレイブハート』(1995年)
 『エリザベス』(1998年)
 『グラディエーター』(2000年)
 『アレキサンダー』(2004年)
 『キング・アーサー』(2004年)
 『トロイ』(2004年) 
 『キングダム・オブ・ヘブン』(2005年)
 『ロビン・フッド』(2010年)

 これらのハリウッド製歴史スペクタクル映画のなかでも、1959年の『ベンハー』は、やはり群を抜いている。
 それに多少でも迫るものといえば、1961年の『エル・シド』と2000年の『グラディエーター』ぐらいである。

 ちなみに、以上の映画を私的に順位付けすると、ベスト5は次のようになる。

 ① 『ベンハー』(1959年)
 ② 『グラディエーター』(2000年)
 ③ 『エル・シド』(1961年)
 ④ 『アラビアのロレンス』(1962年)
 ⑤ 『キングダム・オブ・ヘブン』(2005年)

 『ベンハー』を1位に置いたのは、やはり「スペクタクルシーンというのはこういうふうに撮るものだ !」というカメラワークの圧倒的な技量が際立っているからだ。
 たとえば、下は戦車競走が始まる前のパレードシーン。
 (もちろんこのパレードのときの音楽も私のウォーキングBGMのひとつに取り入れている)

▼ 『ベンハー』 戦車競走のパレード

 この画面には、後のCGによるスペクタクルシーンでは表現できないような本物の手触りがある。
 何千人というエキストラを使った群衆シーン。
 ハリボテとはいいつつも、実物大に作られた巧妙なブロンズの巨像。
 おそらく絵であろうと思われるけれど、違和感なく仕上げられた遠くの山の風景。

 何よりも息を吞むのは、一糸乱れぬ足並みでコーナーを回るときのチャリオット(古代型戦車)の動きだ。
 コーナーの内側の馬たちは歩調を小さく取り、コーナーの外側の馬たちは歩調を大きく取り、見事に鼻ヅラを一直線に揃えながらコーナーを回っていく。

 4頭立てチャリオットを操るのは、おそらく古代ローマの実際の騎手たちだってそうとう修練が必要だったと思われるが、それをチャリオットを操る習慣のない現代人たちが、よくまぁここまで練習したものだと思う。

 こういう映像は、ぜったいCGなどで表現することはできない。
 贅沢なのだ。
 生身の人間が何週間もかけて、苦労しながらチャリオットの制御方法を練習し、それにかけた時間とコストがそのまま画面にあらわれている。

 ちなみに、チャリオットレースの映像は下記を。
 歴史スペクタクル映画のいちばんエキサイトシーンは「戦闘シーン」だと相場が決まっているが、この映画は戦闘シーン以上に観客を興奮させる映像があることを実証した。

 特に、プロのスタントマンによる凄絶な転倒シーンもCGでは表現できない。
 今はこういう命を張れるような名スタントマンがいない。

▼ 『ベンハー』 戦車競走シーン 

 あらゆる意味で、『ベンハー』の作品的偉大さは際立っているけれど、しかし、さすがに、映画全体に流れるユダヤ教的なイデオロギーの強さだけはちょっと腹にもたれる。

 この映画のテーマは “キリストの奇跡” を実証するというものなのだが、そういう宗教的なテーマを臆面もなく前面に掲げられたというのも、当時のハリウッド映画界がいかに強大なユダヤ資本のもとに置かれていたことを示すものだといえる。

 話がだいぶ脱線したが、ウォーキングに適した音楽の話に戻る。

 次も映画にまつわる話。
 近代の戦車隊同士の戦いを描いた映画だ。
 
▼ 映画『バルジ大作戦』から「パンツァーリート」

 『バルジ大作戦』(1966年)は、第二次大戦中のヨーロッパにおける連合軍戦車隊と、ナチスドイツ軍の戦車隊の激闘を描いた映画。
 ここで展開しているシーンは、ドイツ軍の西部戦線司令室がある地下壕で、戦車隊の指揮を取るヘスラー大佐とその部下たちが、「戦車兵の歌(パンツァー・リート)」を合唱しているところである。

 この映画の主人公たち(ヘンリー・フォンダやロバート・ライアン)は連合軍の戦車軍団を指揮する人々だから、ドイツ軍のヘスラー大佐(ロバート・ショー)はその “敵役” に当たる。
 しかし、今日『バルジ大作戦』というと、ほとんどの人がこのヘスラー大佐の方を主人公だと勘違いしてしまう。
 それほど、カッコいいのだ。

 では、ヘスラー大佐というのは、どういう人物なのか。 
 敵に対しては冷酷非情。
 部下に対しては厳格。
 「人間の情」という不安定なものを信じるよりも、「機械の正確さ」を好むという、誠に世界最強のティーゲル戦車軍団を率いる将校らしい人物として描かれている。

 そのヘスラー大佐が、ドイツ軍の地下壕の指令室で、新兵を閲兵する。
 戦車の何たるやも知らず、ましてや実戦の経験のない若者たちの顔を見ながら、大佐は「Boys … too many boys」(ガキばかりじゃないか !)と軽蔑したような厳しい視線を向ける。

 すると、ヘスラー大佐の意気を感じた新兵の一人が、おずおずと「パンツァーリート」を歌い出すのだ。
 それに合わせて、新兵たちの合唱が始まる。

 ♪ 嵐でも、雪でも、日の光さすときも、
   うだるような昼、凍えるような夜、
   顔がほこりにまみれようと、我らが心はほがらかに
   我らが戦車、風を切り、突き進む。

 その様子をじっと眺めるヘスラー大佐の表情が次第に変わってくる。
 そして、自分の副官にも「一緒に歌え」と命令し、最後には自分も口を大きく開けて合唱の仲間に加わる。

 つまり、このシーンは、「人間」というものを信じなかったヘスラー大佐が、はじめて新兵たちの「心意気」に触れ、人間同士の連帯が生まれた瞬間をとらえた映像なのだ。
 だから、このシーンは『バルジ大作戦』でももっとも感動的なシーンになっている。

 ヘスラーは敵役だから、最後は連合軍戦車隊の砲撃を受け、自分の戦車の中で火だるまになって死ぬ。
 しかし、彼は重傷を負いながらも、最後まで戦闘をあきらめず、言うことをきかなくなった身体をくねらせながら、戦車の操縦席ににじりよっていく。
 
 そのとき、彼は自分自身を鼓舞するために、かつて新兵たちと歌ったこの「パンツァーリート」を歌いながら燃え尽きていくのである。
 
 そんなわけで、この「パンツァーリート」もまた、私のウォーキングのときの必聴曲となっている。
 これを聞きながら歩いていると、自分が戦車隊を指揮しながら、荒野を走破しているような気分になってくる。

 ウォーキングを続けるコツとは何か。
 それは「物語」を持つことである。

 「健康」のためのとか、「節約」のためとか、そんな実用性ばかりを意識したウォーキングはやがて飽きる。
 それよりも、歩いているときの自分が映画の主役のような気分になれるかどうか。
 そういう感性と想像力がウォーキングを続ける秘訣であるような気がする。
  
  
参考記事 「『バルジ大作戦』 男の子はこんなシーンに泣く」
 
 

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ウォーキング ハイ

 
 肺血栓症の治療で入退院を繰り返しているうちに、深刻な運動不足に陥った。
 筋力が低下してきたため、腰をかがめて物を拾うことすら億劫になってきたのだ。

 一念発起。
 家の周辺を歩き始めた。
 少しずつ距離が出るようになって、20分から30分は歩けるようになってきた。

 これまで、「散歩」とか「ウォーキング」などといった習慣は皆無だったが、歩き始めると、この単純な運動が面白くなった。
 なんとなく、気分がハイになってくるのである。

 ランニングをしていると、脳内にエンドルフィンが分泌されて気分がハイになることがあるというが、ウォーキングにも “ウォーキングハイ” というものがあるかもしれない。
 要は、リズム。
 歩行にともなう規則的なリズムが、脳内になにがしかの快楽物質を分泌し始めることは確かである。

 音楽を聞きながら歩くと、その効果がさらに高まることが分ったので、いろいろな音楽ソースを自分で編集し、それを聞きながら歩くようになった。

 聞いている曲のテンポが歩行のリズムと合うと、気分がものすごく高揚してくる。(逆に、リズムが合わないと、足がもつれて不快になる)

 いろいろ試してみたが、今いちばん自分の歩行のテンポに合っていると思えるのは、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」(1982年)である。

▼ Michael Jackson 「Billie Jean」

 通常の歩行のテンポより多少速いテンポの曲だが、「さぁー歩くぞ !」と張り切って家を出たときは、この曲に合わせて歩調を取ると、実に気持ちがいい。
 
 1分間に何拍子刻まれているかという音楽のテンポを表現する「BPM」(Beat Per Minute)でいうと、この曲は117だといわれている。
 つまり、1分間に117拍で進行している曲だということなのだ。

 通常の歩行のリズムが78~93程度といわれているから、117というのは、確かに速い。
 速いということは、実は高揚感を引き起こすということでもあるのだ。
 
 人間の心拍数というのが、BPMでいうと、だいたい65~75程度。
 それが、人間が普通に生活しているときの “身体のリズム” なのだが、そのテンポを超えたリズムで体を動かし続けると、人間は次第に「ハイ」になっていく。 
 
 ダンスを踊るなんていうのが、その代表的な例。
 だからダンスを踊れるようなロックやR&Bは、だいたいBPM 120~140で作られている。
 ディスコで鳴り響く4つ打ちのダンスナンバーなどが、みな120~140という微妙なBPMの範囲を出ないように作られているのは、けっきょくその範囲内で踊っているかぎり、人は極端に疲れることなく興奮だけが持続するという生理学上の研究からきている。

 となると、この「ビリー・ジーン」。
 BPM 117というのは、非常に微妙なテンポといえる。
 通常の歩行のリズム(78~93)よりは速いが、ダンスビート(120~140)よりはゆるやか。(これ以上速くなると、ランニングのテンポになる)

 つまり、この「ビリージーン」のBPM 117というのが、すなわち「ウォーキング ハイ」に至るテンポなのだ。
 このリズムに乗って足を動かしていくと、次第に脳内にエンドルフィンが分泌され、わりと早い段階から、もう得も言われぬ恍惚感に満たされることになる。
 皆様もお試しあれ。
 
 
 この「ビリー・ジーン」と似たようなテンポの曲を拾ってみると、ブッカーTジョーンズとリタ・クーリッジがデュエットしている「We Could Stay Together」(1980年)がある。
 
▼ Booker T Jones 「We Could Stay Together」

 イントロだけでは、どんな曲が展開していくのか、ちょっと読めないところがあるが、リズムが流れ出すと、実に軽快。
 この曲も、BPMでいうと117程度(たぶん)。少し早足で歩くときのBGMとして、実に心地よい。

 ブッカーTジョーンズは、名ギターリストのスティーブ・クロッパ―を擁した「ザ・MG’s」を1962年に結成。サザンソウルの名門「スタックス」のハウスバンドとして、オーティス・レディング、サム&デイブなどのバック演奏を務めた人で、「グリーン・オニオン」などのオリジナルヒット曲も持つ。

 そういう実力派のミュージシャンであるブッカーTが手掛けただけあって、この「We Could Stay Together」などは極上の “Walking Music” になっている。
  
 
 では、いろいろな音楽のなかでウォーキングに適した音を拾いあげるコツというものがあるのだろうか? 

 ま、このへんは、その人なりの音楽の好みによっても変わってくるし、第一、人間が固有に持っているリズム感のようなものは、人によって微妙に異なるから、誰にでも当てはまる “万人共通” というものをピックアップするのは難しいかもしれない。

 ただ、大ざっぱにいえば、シンセドラムなどを使った4つ打ちビートの曲は比較的歩きやすい。
 誤解されるかもしれないが、一言でいえば、リズムに “工夫のない” 単調なテンポの曲がいいのだ。

 基本的にディスコでかかっていたような曲には、Walking Music に使えるものが多いが、R&B、Soul 系全般が歩きやすいとは限らない。黒人音楽独特の粘っこいタメ が(音楽として聞くとカッコいいのだけれど)、歩行という “味気ない(?)” 運動にはかえって邪魔になるからだ。

 つまり、リズムに “タメ” があってはだめ。
 もちろんシンコペーションなどはもってのほか。
 要は、メトロノームのように正確に( … ということは味気なく)一定のリズムを機械的に刻んでいく曲でないと、快適に歩けない。

 そんな曲として、ザ・エモーションズの「ベスト・オブ・マイ・ラブ」(1977年)などは比較的歩きやすい曲の一つだろう。

▼ The Emotions 「Best of My Love」

  

 R&B系でいえば、次のような曲も、音楽として聞いてもカッコいいし、張り切って歩くときもハイになれる。
 アン・ピーブルスの歌う「Slipped Tripped And Fell In Love」(1971年)。
 南部系ソウルミュージックの特徴が際立つ音だが、実に洗練されたサウンドである。 
 これも少し早めのウォーキング向けリズムとしては、お薦め。

▼ Ann Peebles 「Slipped Tripped And Fell In Love」.

 個人的に、気に入っているのは次の曲。
 バディ・マイルスの「Them Changes」。

▼ Buddy Miles 「Them changes」

 1970年に発表された同タイトルのアルバムに入っている曲で、ジミ・ヘンドリックスのライブアルバム(バンド・オブ・ジプシーズ)にも収録されたことのある曲。

 時代が古いせいもあって、かなり野暮ったい音ではあるのだが、なぜかすごく “歩ける ‼ ” 。
 ギターリフに合わせて、ザクッザクッと足音を立てて大地を踏みしめていくと、すごい快感。
 舗装された道路よりも、土がむき出しになった道が合いそうだ。
 この音を聞きながら野山を歩くと、「前人未踏の荒野を踏破していく!」というような活力が湧いてくる。
 
 
 ROCK全般からWalking Music を拾ってみると、まずブリティッシュ系でいえば、フリーの「オールライト・ナウ」(1970年)。

▼ Free 「All Right Now」

 フリーの音は、重く引きずるようなものが多く、あまりウォーキングには向かないのだけれど、この曲だけはリズムが等間隔にシャキシャキ切れていて、かなり気持ちよく歩ける。

 個人的には、フリーの場合は「Fire And Water」のようなミディアムテンポのブルースっぽい曲の方が好きなのだけれど、 あの曲では歩けない。あれを聞きながら歩くと、腹痛を起こして地面をのたうち回るような歩き方になるだろう。
 つまり、“好きな曲” と “歩ける曲” は違うのだ。
 
 
 フリーはイギリス出身のバンドだが、北米系のROCKから「歩いていてハイになる」曲を拾ってみると、まず筆頭に上がってくるのは、クリアデンス・クリアウォーター・リバイバルの「ボーン・オン・ザ・バイヨー」(1969年)。

▼ Creedence Clearwater Revival 「Born On The Bayou」

 リード・ヴォーカルを取っているジョン・フォガティの声の “破壊力” には背筋が凍り付いて、鳥肌が立ってしまう。.

 この時代、数多くのロックバンドが楽器によるハードさを志向していったが、クリアデンス・クリアウォーター・リバイバルだけは、そういう動きに対して “声” だけで立ち向かった。
 だから、この曲には “ウォーキング ナチュラル ハイ” が約束されている。 

 それにしても、この曲。
 ほとんどワンコードである。
 つまり、「メロディーなどどうでもいい」と開き直った曲なのだ。
 その潔さが、神がかり的なヴォーカルの迫力を生んでいる。
 
 このアーシーな(土臭い)音が気に入った人には、こちらもお薦め。

▼ Creedence Clearwater Revival 「Tombstone Shadow」

  
  
 C・C・R(クリアデンス・クリアウォーター・リバイバル)の汗と土の臭いがするロックが苦手という人に、甘くて爽やかなフォークロックを1曲。
 日本ではあまりなじみのないファイアーフォールというバンドの「イット・ダズント・マター」(1976年)。

▼ Firefall 「It Doesn’t Matter」

 クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングばりのハーモニーを効かせたヴォーカルが売り物のバンドだけど、ウエストコースト系バンドの爽やかさのなかに、どことなく哀愁を漂わせたメロディーを持っているところが特徴である。
 
. 
 フュージョン系からも1曲。
 オールマン・ブラザーズ・バンドに所属していたピアニストのチャック・リーブルを中心に結成されたバンドがシー・レベル。

 この「フィフティ・フォー」は、彼らの『オン・ザ・エッジ』(1978年)に収録された曲。小気味よいバスドラの響きが Walking Music として十分に活用できる。
 
▼ Sea Level 「Fifty Four」

 それにしても、こうしてピックアップしてみると、1970年代の曲が大半を占める。
 これは、やはり自分がいちばん音楽を聞いていた時代の体験が反映しているとしかいいようがない。
 早い話、古いサンプルしか知らないというわけなのだ (汗 ‼)

 あの時代、もちろんいろいろなROCK、R&B、JAZZを聞いてきたけれど、すべてそれは、自分の部屋だったり、ディスコだったり、あるいは車の中という閉ざされた空間の中での体験に過ぎなかった。

 しかし、今こうして戸外の空気を吸いながら、歩行のリズムに合ったものを拾い出してみると、音楽がまた変わって聞こえてくる。
 思い起こせば、1979年にソニーから発売された「ウォークマン」というのは、実に偉大な商品であったというべきかもしれない。 
 
 

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まずは体力づくりから着手

 
 肺血栓症の手術を終え、昼間の酸素吸入は免れることはできるようになったが、ここのところずっと体調が回復しない。
 とにかく、何もしないのに疲労感がどっと押し寄せて来る。

 具体的にいえば、昼も夜も眠い。
 パソコンを開いても、本を読んでいても、テレビを見ていても、とにかく体がダルいので、とりあえずベッドに横になる。
 すると、ものの2~3分で本当に寝てしまう。

 で、トータルで1日10時間ぐらい寝ても、疲れが取れない。
 目覚めてもダルさが抜けないので、椅子に座ってボゥ~っとしているのだが、そういう生活をしているとますます筋力が落ちて、さらに体も心もどんよりと重くなってしまう。

 医師の診断によると、3回の手術を重ねた結果、とりあえず肺血栓症の症状はだいぶ取れているという。 
 ただ、完治したわけではないとか。
 どうやらこの病気は、どういう状態が “完治” したといえるのか、はっきりしたデータがないという。

 というのも、肺血栓症をカテーテル療法によって治療するという方法はここ10年間ぐらいの間にようやく確立された手法らしく、「予後10年」以上の経過を教えてくれるデータがまだないのだそうだ。

 手術後も「大事を取る」という医師の方針には変わりなく、昼間は酸素吸入をしなくてもすむようになったが、夜寝るときは酸素マスクを付けて寝るように指導されている。
 昼間の血中酸素濃度は90を保っているが、寝ているときは、それが80台に落ちてしまうからだという。
 
 今年の11月には、首に穴を空けてカテーテルを通す検査がまた行われる。
 ほんとうはこの7月の検査ですべてが終わるはずだったのだが、ひょっとしたら、今後定期的にカテーテル検査が必要になるのかもしれない。

 でも、このままじゃ終わらないつもり。
 まずは、筋力を取り戻して、体力を回復していかなければ … 。
 そのため、外に出て、少しずつ歩くようにした。
 心の強さを取り戻すためには、まず壮健な体を取り戻さないとね。
 
 

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ついに退院 !酸素マスクから解放

 
 皆様、ご無沙汰でした。
 肺高血圧症の検査入院が予定より長引いてしまいましたが、本日退院してまいりました。
 
 これまで、検査入院1回。薬事治療のための入院1回。カテーテル手術のための入院3回。
 昨年から計5回ほど入退院を繰り返してきましたが、いちおう今回で手術入院は終了のめどが立ちました。

 でも、今回の検査入院はちょっと面倒でした。
 首に穴を開けてカテーテルを通すのは、鼠径部から通していくより肺に近いので肺の血管に到達する距離は短いのだけれど、部分麻酔なので、オペを担当する先生が力づくで管を差し込んでいく状況が分かるんですよね。

 ググッとカテーテルが血管に入っていく感触は、別に痛くはないんだけど、怖いんだよね(笑)。
 
 困るのは手術中に尿意が頻繁に生じること。
 処置中にずっと点滴される造影剤のせいだと思うんですけど、この尿意を我慢するのが辛い。

 2時間に及ぶ検査の最後に待っていたテストは、なんと “自転車漕ぎ” 。
 手術台に寝たまま、足だけ自転車のペダルに固定されて、寝たまま自転車を漕ぐわけ。
 
 これは体に負荷をかけた状態で、肺機能を調べるというテストなんだね。
 で、負荷をかけた状態で血中酸素濃度を測って、90を割ると危険な兆候。
 まぁ、結果的に90台を割ることがなかったんで良かったけれど、まぁ、きついテストでね。最初は軽いペダルが漕ぐうちにどんどん重くなっていくわけよ。

 終わりの方は、こっちも歯を食いしばって必死の形相。
 処置をしてくれる周りの医師さんや看護師さんも、「1,2、1、2 … 」と掛け声をかけて応援してくれるんだけど、その「1、2 … 」の2拍子のリズムが、こっちのペダルを漕ぐリズムと合わないわけよ。
 だから、せっかくの周囲の応援だったけれど、こっちは自分自身でリズムを刻んで、頭の中で「1、2、3、4」と4拍子でペダルを漕いだけどね。

 これらの検査を終えた結果、手術前より肺機能が回復していることが判明して、ようやく日常生活のうちで、昼間だけ酸素マスクから解放されました !
 酸素を吸引するのは、夜寝ているときだけ。
 まぁ、ここのところ外に出ているときはけっこう酸素マスクを外して行動していたのですが、ついにそれが正式に許可されました。  

 検査の結果、「PA」の「M」の値が「17」という数字に落ち着いたことを教えられました。
 (↑ 何のこっちゃかよく分かりませんが … )
 この値が「20」を超えると、いわゆる “肺高血圧” ということになるのだそうです。
 普通の人の場合は、この値が「15」程度だとか。
 もちろん普通の人よりまだ肺の機能が回復していないのですが、「肺血栓」という病名は免れたようです。

 検査手術はあと1回ほど、今年の10月末に検査入院が予定されていますけれど、昨年から続けてきたこれまでの手術はなんとか終了の時期が見えてきました。
 もちろん今後もずっと外来の検査が続くのですが、それはもうしょうがないですね。
 それと、薬も一生飲み続けなければならないものがあるそうです。

 ひとつ心配なのは、「肺高血圧症」という病気が治ったということは難病指定から外れることになるんだけれど、そうなると、月22万円の薬代が免除されていたという優遇処置はどうなるんだろうか?
 それがちょっと不安です。
 
  

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テリー伊藤さんのキャンピングカー観

 
 キャンピングカーに強い関心を抱いている著名人を一人選んで表彰する「キャンピングカーアワード」も今年で5回目を迎え、2月に開かれた「ジャパンキャンピングカーショー2017」(幕張)の会場で、タレントのテリー伊藤さんが2年連続で表彰を受けた。

 はたして、テリーさんはキャンピングカーに対して、どのような思いを持っているのだろうか。
 3月中旬に「名古屋キャンピングカーフェア2017」のトークショーで語られた談話の中から、彼のキャンピングカー観を拾ってみた。


 
 「小さい車に関心がある」
 とテリーさんはいう。
 「特に軽キャンピングカーは最高」
 とも。

 というのは、昨年テリーさんは「キャンピングカーアワード」の表彰を受けたときの副賞として軽キャンピングカー(インディ727 写真下)を1年間貸与され、それで遊んだ経験があるからだ。

 テリーさんは、どんなふうに軽キャンピングカーを使っていたのだろう。
 
 「翌日が休みという日には、僕は軽キャンピングカーでそのまま仕事に行っちゃうんですよ。
 そして仕事が終わったら、もうそのまま家に帰らずに遊びに行きましたね。
 僕は三浦半島が大好きなので、仕事場から海を見に行くんですよ。
 そして、そのまま海辺の駐車場で過ごして車の中に寝ちゃうの」

 そして、朝は港町の定食屋などで朝食をとり、洒落たカフェなどを見つけてゆっくりコーヒーを飲みながらくつろぐ。
 近くに温泉があるようだったら、一風呂浴びてから、家路に着く。

 そんな仕事場と遊び場の両方をつなぐ車として、どこにでも泊まれる軽キャンピングカーは実に便利だったという。

 「小さくてもポップアップルーフでしたから、中で立つこともできるしね。本当に使いやすい車でした」
 とテリーさん。
  
 今年貸与されたのは、長野県のキャンピングカーメーカー「フロットモビール」社が開発した「シュピーレン」(写真下)。

 「この車は軽キャンピングカーよりも大きいんですけど、普通のワンボックスカーよりは小さくて、実に取り回しがいいんです」
 と、テリーさんは、今年借りることができたキャンピングカーをすっかりお気に入りののご様子。

 借りたばかりなので、まだこのシュピーレンで遊びに行ったことはないという話だったが、とりあえず次の休みが取れたらこの車で、「軽井沢に行ってみたい」という。
 お洒落な高原の町でありながら、大自然にも近い軽井沢は、特にテリーさんの好きな街の一つ。
 「この車もお洒落なスタイルなので、軽井沢の街には合うんじゃないかな」
 と頭の中には、すでに使っているときのイメージを浮かべているようだった。
  
 テリーさんの好みのキャンピングカーは、コンパクトで取り回しがよく、都会でも田舎でも自在に使える車。
 仕事する場所が都心に集中するため、地下駐車場や立体駐車場でも難なく停められる車であることが条件。

 そういう車なら、仕事が終わったときに気分転換する場所も簡単に探せるという。
 最近は、都心にもキャンピングカーで遊べる場所が増えたとも。

 「東京でもウォーターフロント … つまり、お台場や豊洲の方にはキャンピングカーで入場できるバーベキュー場のようなものも整備されていて、なかなか楽しめるんです。
 そういう場所に行けば、もう停めたキャンピングカーの窓から、海の向こうに広がる大都会の摩天楼が見えるんです。お洒落ですよ」
 

 そういう都会に憬れる一方、テリーさんは、実はかなりのアウトドア派。
 「僕は家族の多い家に育って、兄弟も5人いたから、家には寝る場所すらなかったんです。
 だから僕が寝ていたのは押入れ(笑)。
 そういう習慣が身に付いているから、狭いところで寝袋などにこもって寝ている方が落ち着くんですね(笑)。
 だから車も小さい方がいいし、テントなどで寝るのも大好き」

 家にいるときも、ときどき庭にテントを張って、寝袋で寝ているという。
 
 「僕はね、都会も好きだけど、自然も好きなんです。キャンピングカーというのは、都会と自然をつなぐ魔法の乗り物ですよね。
 だから、僕はね、自然の中に入ったら文明生活を一切忘れるようにしているんです。
 だって、自然を<見る>ということは、神様が創ったものを<見る>ことなんですよ。
 人間は都会を造ることはできたけれど、自然は創れない。人間には花とか、昆虫とか、動物とか、命のあるものは造れないでしょ。それは神様しか創れないものなんです」

 そういう自然を見るための “道具” がキャンピングカーであるという。
 キャンピングカーで自然に触れることは、都会生活でこびり付いてしまった “心のアカ” を掃除する行為だとか。 

 都会の楽しみ方を心得ながら、自然を深く愛するテリーさん。 
 キャンピングカーの使い方をほんとうによく分かっていらっしゃる方だ。
 

関連記事 「テリー伊藤氏にシュピーレンを貸与」
 
 

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ユニクロのダメージジーンズのCM曲が評判

 

 ユニクロのダメージジーンズのCMが評判のようである。

 

 踊っている女の顔のアップから始まる。
 舞台は、どうやら深夜のガソリンスタンドらしい。
 

 女は、誰もいない室内で踊り続ける。
 しかも、空気が流れるかのように、優雅に。
 
 給油している男が、部屋のなかで踊っている女の存在に気づく。


 室内に向かう男。
 戸外に出ようとする女。


 すれ違い。

 そのシーンに、
 「ジーンズは、どこまで心を解放できるのか」
 というナレーションがかぶさる。


 
 男と女が絡み合う場面はまったく描かれず、男と女が動いた後に巻き起こる “空気の絡み合い” だけが描かれる。

 女はなぜ一人で踊っていたのか。
 その女に、男は何を感じたのか。
 すべて謎。 

 映画のワンシーンのような、ドラマチックでミステリアスな映像。
 お洒落なCM表現だと思う。

 このCM画像を印象深いものに仕上げている秘密はその音楽にある。
 夜のしじまに溶け込むように、けだるく、たゆたうように流れる甘いスローバラード。

 歌っているのは、Donnie & Joe Emerson(ダニー&ジョー・エマーソン) 。
 曲名は「Baby(ベイビー)」。

 信頼できそうなサイト情報によると、ワシントン出身の兄弟デュオが1979年にリリースした自主制作アルバム『Dreamin’Wild』に収録されていた曲だという。
 ところが、その後30年間まったく話題にもならず。

 2008年に、有名なレコードコレクターが、ようやくこの隠れた名曲を発掘し、アリエル・ピンクのカバーバージョンなども登場して、ようやく世の中に知れ渡るようになったとか。
 2012年には、アルバムも再度発売されたらしい。 

 YOU TUBEを周遊すると、同デュオが『Dreamin’Wild』というアルバムに収録したと思われる他の曲がいくつか散見される。
 いかにも70年代風のサウンドで、私などは、それなりに懐かしい思いに駆られたけれど、特に印象に残るものはない。
 もし、「Baby」という曲がなかったら、彼らのアルバムはそのまま永遠に埋もれたままになっていたかもしれない。

 しかし、「Baby」という曲だけは新鮮だ。
 夜の冷気が漂ってきそうなクールさが、現代的だ。
 特に、この “退屈なとりとめのなさ” がいい。
 モノクロの画像に合いそうなアンニュイ感があって、お洒落だと思う。
 間接照明の光を浴びたキャンピングカーの室内で、「曲」というより、「サウンド」として、夜ひっそり聞いていると気分がよくなりそうだ。
 
 

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ヴェルサイユの宮廷庭師

 
庭園のコスモロジー

シネマ漂流(映画感想記) No.13 
『ヴェルサイユの宮廷庭師』 2015年公開
 
 
人類初のテーマパーク !?

 今から300年前に造られた「ヴェルサイユ宮殿」は、実に不思議な空間である。
 それは、“おとぎの国” を実現するために造られた人類初のテーマパークだったのかもしれない。
 広大な敷地内は、どこを見渡しても、まるでディズニーリゾート。
 これほど莫大な建築費をかけながら、これほど生活感覚の乏しい宮殿というのは、ほかにない。


 
 特に、あの庭園を埋め尽くす幾何学模様の光景を見ると、人間が触れてはいけない “宇宙の法則” を図面化したもののように感じられて、めまいのようなものを覚える。
 
 そんなことを常に感じていたものだから、WOWOWの番組表で『ヴェルサイユの宮廷庭師』という映画タイトルを見つけただけで、それがどんな映画なのかも分からないまま、反射的に録画の予約ボタンを押していた。
 
 
庭園とは “失われた楽園” の復活

 ヴェルサイユ宮殿は、17世紀の後半に、「太陽王」といわれたルイ14世が建てたものである。

▼ 映画のなかの「ルイ14世」(中央)

 
▼ 「鏡の間」

 「宮殿」というから、建築物の方が “主役” に思われがちだが、あの施設の本当の主役は庭園である。
 実際に、宮殿を建設する以上の労力が庭園の造営に注がれたといわれている。
 宮殿建築に割かれた労働者の数は25,000人。
 それに対し、庭園の噴水建設に割かれた労働力は、建物よりも1万人以上も多い36,000人であったとも。


 
 この『ヴェルサイユの宮廷庭師』という映画のなかで、ルイ14世に扮した役者(アラン・リックマン 写真下)がこういうのである。

 「庭園とは、エデンの楽園を追われたアダムとイブが、自分たちの故郷を取り戻すための場所だ」

 聖書において、原初の人間であるアダムとイブは、神との約束を守らなかったために罰せられ、人間にとって理想郷とされるエデンの園を追われたことになっている。

 なのに、ルイ14世はその “楽園” を、人間の手で取り戻そうというのである。
 すなわち、ヴェルサイユ宮殿の庭園を造るということは、人間を罰した神への挑戦なのだ。
  
  
建築士の男と庭師の女との恋
 
 ストーリーは、ルイ14世の命を受けて “楽園” の建設に励む庭園建築家と、その助手を務めることになった女性庭師の話という形を取っている。

 男の名は、アンドレ・ル・ノートル。
 ヴェルサイユ宮殿の庭園をデザインした建築家として名が残っている人らしい。
 女の方は、サビーヌ・ド・バラ未亡人。
 こっちはどうやら架空の人物のようだ。

 彼らは、具体的にどのような仕事を任されたのか?
 ヴェルサイユの庭園そのものは完成していたのだが、一ヵ所だけ、国王や貴族たちがお忍びでくつろぐ野外の舞踏場のデザインが残っていた。

▼ 映画の終了間際に完成した野外舞踏場。水のないところに水道管を埋めて自然の滝が流れるように配置している

 その頃の国王のいちばんの関心事は、自分の自慢の庭の中のそのエリアをどう創造するかという一点にのみに集中していた。
 庭全体をデザインしたアンドレも、最後に残った野外舞踏場の作業がこれまでの工事とはまったく性格が異なることを感じていた。

 工事責任者のアンドレには、自分の仕事に助言を与えてくれる有能な助手が必要だった。
 彼がその助手を募集し、その面接に応じたサビーヌ・ド・バラ未亡人と出会うところから、この話は動き始める。

▼ 正装して面接会場に訪れるサビーヌ

 面接の現場で、2人は、お互いの造園に対する思想がまったく違うことをすぐに知ることになる。
 それは2人の対立をも生み出したが、仕事を進めていくにしたがって、お互いに共感し合うようになる。
 つまり、恋愛が発生する。
 そして、幾多の障害を乗り越えて恋愛を成就させ、その仕事ぶりもルイ14世に讃嘆されて幕を閉じる。
 
 
秩序ではなく、カオス(混沌)を !

 出会いがあり、互いに使命(ミッション)を受け、障害が降りかかり、それを克服して恋が成就する。
 話の流れは、ハリウッド映画流のハッピーエンドパターンであるが、その底に流れているものは、“世界観の対立と融合” というかなり硬派なテーマである。

▼ 一見、フランス貴族の優雅な日常を描いた “おとぎ話” のような映画なのだが ……

 
 
 どういう世界観の対立なのか?
 アンドレとサビーヌが面接の現場で顔を合わせたとき、アンドレは彼女に向かって、こう尋ねる。
 「景観の秩序を重んじるか?」
 

 
 この質問の意味は、ヴェルサイユ宮殿の庭というのは、幾何学模様のように精密な秩序の上に成り立っているのだが、「お前はそれを理解しているのか?」ということなのである。
 
 それに対して、サビーヌはこう答える。
 「秩序の重要性は理解しています」
  
 彼女は、答をその一言だにとどめて、ほんとうに言いたいことには口を閉ざす。
 すなわち、
 …… 秩序の重要性は理解しているが、庭園というものは秩序だけでは成り立たない。秩序と、その秩序を壊そうとするものとのせめぎ合いの中から、本当に面白いものが生まれてくる ……
 彼女はそう言いたいのだ。
 
 アンドレは、サビーヌの沈黙の意味を理解してしまう。
 そして思う。
 …… この女に任すと、ここまで造り込んできた庭園デザインを台無しにするリスクもある。だけど、行き詰った仕事に突破口を設けるには、彼女に賭けてみるのも手だ ……
 
 サビーヌは、庭園の “秩序” にいったい何を加えたかったのだろう?
 
 それは「混沌」である。
 実は、この映画の原題は「A Little Chaos (小さなカオス)」である。
 カオスとは、日本語に訳すと「混沌」だ。

 私流の言葉に言い直すと、すなわち「ノイズ」である。
 彼女は、庭園のデザインを面白くするには、「秩序(静けさ)のなかに混沌(ノイズ)を導入しなければならない」と言いたいのだ。
 
▼ 原題は「A Little Chaos (小さなカオス)」

 
 
カオス(混沌)とは自然なり
 
 では、その「混沌」とは、具体的に何を指すのだろうか?
  
 それは「自然」である。
 ヴェルサイユ宮殿の庭には、植栽も池もあるが、それは人間の手によって積み木細工のように配置されたものばかりで、本来の「自然」というものは皆無だ。
  
 サビーヌにとっては、それは「退屈」以外の何ものでもない。
 もし彼女が雄弁家ならば、こう言ったことだろう。
 
 「ヴェルサイユの人工的な庭というのは、自然を征服できると思い込んでいる人間の愚かさの象徴であり、むしろ手つかずの “自然” こそが神のもたらすより大きな “秩序” なのだ」 … と。
 
▼ ヴェルサイユ宮の庭

 
 ここには、二つの考え方の対立がある。
 一つは、アンドレやルイ14世の主張する「理性の力」で自然をねじ伏せ、自然の中に人間的な秩序を打ち立てようとする考え方。
 もう一つは、サビーヌの主張する「混沌とした自然」を受け入れることで、人間と自然が共存するような世界を目指す考え方。
 
 前者が意味するのは、合理的で明晰なフランス的思考が支配する世界だ。
 後者が意味するのは、経験則と直感を重んじるイギリス的な感性が支配する世界。

 つまり、この映画は、フランス的知性とイギリス的感性の衝突を描いた映画なのだ。
 
 
頭脳的なフランス人
経験的なイギリス人

  
 フランス人とイギリス人の世界観の違いは、まさに度量衡の取り決め方などに象徴的に表れている。
 たとえば、「子午線の長さの1千万分の1をもって1m」とするなどという規則の決め方は、フランス人でなければ思いつかない。

 “子午線の長さ” などといっても、誰もそのスケールを実感的にイメージすることなどできない。
 その代り、そのような基準値を定めることは、人を沈黙の重みで押し殺すような科学的説得力がある。
 フランス人は、こういうクールで抽象的な理念が好きなのだ。

 それに対して、イギリス人は、人間が肌触りとして感知できるような経験的なものを好む。
 それが度量衡にも表れていて、たとえば、「1フィート(30.48cm)」というのは(大男ではあるが)人間の足裏のサイズである。
 また、重量を計るときの「ポンド」という単位は、「大麦1粒の重さから換算して人間が1日に消費する食料の重さ」を割り出したものだといわれている。

 何事もにおいても、イギリス人は、生物が自然環境のなかで生き抜くときの皮膚感覚を思考の軸に置いている。
 
 
幾何学的なフランス庭園
写実的なイギリス庭園

 
 このことは、庭園デザインそのものに、二つの考え方があることも示唆している。
 その一つが、合理的で明晰な秩序を思考するフランス式庭園。
 その突出した例がヴェルサイユ宮殿の庭であるが、それとはまったく異なる理念で造形される庭園があって、それを「イギリス式庭園」と呼ぶ。
 
▼ イギリス式庭園を愛する人たちが、造園の模範として憬れたクロード・ロランの風景画

 
 イギリス式庭園とは何か。
 それは、自然の景観を尊重して、人間の作為をできるだけ排し、人工と自然の交わりぐらいをバランスよく配合させていく庭園形式である。
 今日一つのブームなっている「ガーデニング」などは、イギリス式庭園の思想を受け継ぐものだ。
 
 そして、それこそ、まさに、この映画のヒロインであるサビーヌ・ド・バラ夫人の思想そのものというわけだ。 
 映画自体は、甘い “糖衣錠” でくるんだラブロマンスそのものであるが、それは体裁だけであって、実は、フランス庭園のイデオロギーとイギリス庭園のイデオロギーがぶつかり合って、交じり合い、新しいものに生まれ変わっていく過程を描いたドラマなのだ。
 
 監督・脚本は、イギリス人のアラン・リックマン。
 彼は自ら俳優としても、ルイ14世役で映画に出ている。
 
 サビーヌを演じた女優のケイト・ウィンスレットもイギリス人俳優。
 アンドレを演じたマティアス・スーナールツはベルギーの役者だが、それ以外の脇役の大半はイギリス人で占められている。
 ヴェルサイユが舞台であることからして、フランス人が作った映画のように思われがちだが、実は、これはイギリス映画なのである。
 
▼ 役者としてルイ14世を演じ、かつ映画の脚本・監督を引き受けたイギリス人のアラン・リックマン

 
 
イギリス女のメランコリー(憂鬱)
フランス女のコケットリー(媚態

  
 そういう視点で、この映画を振り返ってみると、一見、きらびやかなフランス宮廷風俗を描いたような映画に見えながらも、あちらこちらにイギリス的メランコリー(憂鬱)が顔を覗かせている。

 たとえば、ヒロインのサビーヌの表情。
 いつも思いつめたような緊張をたたえた彼女の顔からは、メランコリーの影が消えることがない。
 この顔は、伝統的なイギリス人好みの顔なのだ。 
 

 下は、19世紀のイギリスで、ラファエル前派の画家として活躍したロセッティの描く女(「プロセルビナ」)。どこかこの映画でヒロインを演じたケイト・ウィンスレットと似てはいまいか。

▼ ロセッティ 「プロセルビナ」

 イギリスの女はたくましく生きる。
 もちろん、フランスの女もたくましく生きる。
 しかし、「たくましさ」の質が違う。
 フランス女は、自分の望みを実現するためには、時に男を上手に利用してまでもスマートに生き延びる。

 それに対して、イギリスの女は、自分の野心を実現するためには、ゴツゴツと社会とぶつかる。
 男ともよくぶつかり、時として自分の方が折れてしまい、悩んだり泣いたりする。
 ロセッティが描くのは、そういう「憂愁」を理解しているイギリス女なのだ。

▼ ロセッティ 「窓辺の少女」

 
 この映画に登場するサビーヌ・ド・バラン夫人も、「メランコリックなイギリス女」の系譜に入る。
 彼女たちは、常に自分たちの力の届かない世界と戦っている。
 そのことへのいら立ちと、不安と、緊張と、疲労が、彼女たちの表情を覆っている。
 だからこそ、イギリス女たちには、自然による “癒し” が必要なのだ。
 家庭のなかに “自然” を取り込もうとする「ガーデニング」という園芸文化を生み出したのは、イギリスの女たちである。

▼ サビーヌ役のケイト・ウィンスレット

 イギリス人の描く女は、たとえ少女であろうとも憂いがある。その目には、成人したときの労苦をすでに知っているような憂いが漂う。
 
▼ ジョン・エヴァレット・ミレイ作 「ベラスケスの想い出」

▼ ジョン・エヴァレット・ミレイ作 「花嫁の付き添い」

▼ ロセッティ作 「レディ・リリス」

 
 
今日的な「恋愛」の原型は
ヴェルサイユ宮殿で生まれた

 
 上のイギリス人画家たちが描く憂鬱なイギリス女たちに比べ、フランス人の描くフランス女は明るく、屈託がない。

▼ フランソア・ブーシェ作「春」(部分)

 
 彼女たちは、どんな相手に対しても、その心理の軌跡が手に取るように分かるからだ。
 あどけない顔をしていても、宮廷文化になじんだ少女たちは、物心がついた頃から貴族の男たちと交わす恋のゲームのルールを知り尽くしてしまう。
 だから、成人すれば、男のどのスイッチを、どう押せば、どこのライトが点滅するのか、すべて見えてしまうのだ。

▼ ヴェルサイユ宮での貴族たちは、男も女も恋愛ゲームに明け暮れた(映画「マリー・アントワネット」)

  
 下はルイ15世の愛妾として、フランス宮廷で権勢を奮ったポンパドゥール夫人。
 華やかさと美貌、機知とファッションセンス。女としての武器をことごとく手に入れた彼女は、この時代、もっとも人々の注目を集めた女性だった。
 そして、ヴェルサイユ宮殿の宮廷文化を今日に残るまでに洗練させた “影の実力者” だった。

▼ フランソワ・ブーシェ作「ポンパドゥール夫人」(一部)

 下は、同じくフランソワ・ブーシェが描く少女(「オダリスク」)。フランス宮廷で生きる女性たちは若い頃から国王や貴族の男たちの気を引く姿勢を自然に身に付けてしまう。

 同じ女性ながら、絵画的表現に写し取られたイギリス女性とフランス女性ではこれだけの違いが出てくる。
 フランス女の洗練されたセンスと思考様式は、たぶんにフランスが地理的にも歴史的にもイタリア・ルネッサンスの文化と近かったということが挙げられるかもしれない。

 我々が今日、ドラマや小説、さらに流行歌などから学んでいる「恋愛」というものの原型は、このヴェルサイユ宮殿で暮らした貴族や女官たちが繰り広げた心理ゲームから生まれている。


  
 彼らフランス人セレブたちの恋愛哲学というのは、次のようになる。
 
 「恋愛といえどもゲームであるから、駆け引きが必要だ。駆け引きの基礎は “計算” だから、そこには常に合理的でクールな分析力と洗練されたテクニックが必要となる」
 
 そう感じているフランス人の恋愛は、いつもヴェルサイユ宮殿の庭のような華麗さを帯びる。
 そこには、お互いの心理の底までは見せない仮面舞踏会のような楽しさがある。


 
 しかし、イギリス人にとっては、そういう恋愛は「つまらない」ものらしい。 
 彼らはこういうだろう。
  
 「恋愛は、山あり谷ありという大自然に似た起伏のある心理状態をいくつも重ねていくことによって燃え上がっていくものだ。ヴェルサイユの庭のような、超フラットな幾何学模様の世界からは情熱的な恋愛など生まれない」
 
 そういう考え方にも一理ある。
 二つの考え方のどちらに共感できるか。
 この映画をつくったイギリス人たちは、ただの恋愛ドラマと思われがちなストーリーに、ひそかにそんな大それたテーマまで潜り込ませたようだ。
 
  
参考記事 「官能美の正体 (ロココの秘密)」(フランス美術について)
  
参考記事 「ターナー、光に愛を求めて」(イギリス美術について)
 
参考記事 「ロイヤル・アカデミー展を観る」 (イギリス美術について)
  
参考記事 「クロード・ロラン」
 
   

カテゴリー: アート, 映画&本 | 12件のコメント

「キャンプ イン カー」板谷社長インタビュー

  
今レンタルキャンピングカーが面白い ‼
  
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レンタルキャンピングカーがブームに
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 今レンタルキャンピングカーに注目している人が増えている。
 「キャンピングカーを買うのではなくて、借りる」
 そういう風潮が台頭してきているのだ。
 
▼ レンタルキャンピングカー会社「キャンプ イン カー」が貸し出している「ナッツRVのグランツ」(九十九里有料道路)

 もちろん、これまでも、レンタルキャンピングカーのニーズはあった。
 しかし、乗用車のレンタカーと比べると、レンタルキャンピングカーの料金が高めであったことや、キャンピングカーで遊ぶというライフスタイルも浸透していなかったため、これまでは利用者の数も少なく、レンタル業務だけで採算が取れるほどの企業も出現してこなかった。

 ところが、様相がガラッと一変している。
 ここ数年、レンタルキャンピングカー業務に進出する業者の数が増加の一途をたどり、これまでレンタル事業にそれほど積極的ではなかったRVメーカーからも、新規にレンタル部門を立ち上げて、積極的にレンタル業務に乗り出す企業が現れるようになってきた。

 そこには、今後レンタルキャンピングカーの需要が伸びるという様々な計算が働いている。
 たとえば、インバウンド。
 年々増加傾向を強めている外国人観光客の間に、いま宿泊施設の問題が浮上している。
 観光地の宿が取りにくい状況が生まれつつあり、今後2020年に東京オリンピックが開催される頃には、さらにその問題が深刻化するのではないかといわれている。

 もう一つは、外国人旅行者のなかで、リピーターとして何度か日本を訪れたり、詳しい観光情報を取得した人たちの中には、既成のパックツァーでは飽き足らず、自分自身の “足” を確保して自分たちで旅行計画を立てたいと思う人が増えてきたことだ。
  
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人々のニーズが多様化してきた
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 これらのニーズを満たすのものとして、今レンタルキャンピングカーがにわかに脚光を浴びているのだ。
 特に、欧米のキャンピングカー先進国の観光客は、日本人以上にキャンピングカーを操る生活に慣れている。
 また、中国、香港、台湾、韓国、東南アジアなどの富裕層のなかには、若い頃に欧米に留学し、そこで運転免許を取得したり、キャンピングカーライフを楽しんだりする生活を経験している人が多い。
 だから、彼らが日本でレンタルキャンピングカーを扱うことは、われわれ日本人が考えている以上に楽なのである。

▼ アメリカ人観光客などはキャンピングカーの扱いに慣れている

 さらに、国内の市場においても、レンタルキャンピングカーへのニーズは高まっている。
 キャンピングカーでキャンプ場に行ってバーベキューを楽しんだり、温泉めぐりの足に使うといった従来の用途とは別に、市民マラソンのようなスポーツイベントの基地として使ったり、あるいは野外フェスティバルの宿泊施設として使うという新しいニーズが台頭しており、これまでキャンピングカーとはほとんど無縁だった人々がキャンピングカーの存在に注目するようになってきた。

 そのような種々のニーズが発生して、にわかに活気づいてきたレンタルキャンピングカー業界。
 今回は、その業界をけん引している若手グループのホープ「株式会社レヴォレーター」(レンタル事業部門名『CAMP IN CAR キャンプ イン カー』)の板谷俊明さん(写真下)に、レンタルキャンピングカー事業の現状とその将来性をおうかがいした。

▼ 株式会社「レヴォレーター」の板谷俊明さん

 
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キャブコンから軽キャンピングカーまで。
どんなキャンピングカーでもレンタルOK

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【町田】 レンタルキャンピングカー部門を作られたのは、いつ頃からですか?

【板谷】 3年前(2014年)ですね。自分自身がアウトドアが好きなものですから、アウトドア市場を開拓しようと思って、「Outdoor For Everyone」というキャッチを掲げて、幅広くアウトドア事業を展開するつもりだったんです。
 しかし、初心者をいきなり野山で焚き火するような「アウトドア」に引っ張り込むのはハードルが高いだろうと判断し、レンタルキャンピングカーを用意して、まずはそのハードルを低くしようと思ったんですね。
 そうしたら、意外とそのレンタル事業が好調だったので、ならばもっとこの分野を拡大しようかと思ったのがきっかけですね。
 
▼ 「キャンプ イン カー」で貸し出している車種の一例(バンテック ジル4WD)

 
【町田】 現在、レンタカーとしてストックされている車両は何台ですか?
【板谷】 68台です。
【町田】 それはすごい !
【板谷】 スタートしたときは3台でしたけれどね。拠点数としては全国で15拠点になります。
 各拠点では配車サービスもやっておりますので、ご連絡いただければご指定の場所まで車をお届けすることも可能です。また、引き取りサービスもやっています。
 拠点数が増えてきたので、そのうち乗り捨てをやりたいんですよ。東京で借りた車を京都で返すというような。
 そうすれば、お客様の便宜をもっと図っていくことになると思います。

▼ 拠点紹介
http://camp-in-car.com/kyoten/

【町田】 用意されている車種はどんなものが多いんですか?
【板谷】 キャブコン、バンコン、バスコン、トレーラー、軽キャンピングカー、輸入モーターホーム。何でもあります。
 変わったところでは、バイオトイレとシャワーを備えた車もあります。
 こういう車を業者さんが使って、もう1台、調理機能を充実させたキッチンカーと組み合わせると、どんな場所でも「ホテル」のようなサービスが可能になるんですね。
 そういう試みも新しい観光事業を立ち上げるときのヒントになるかな … と。
 また、こういう車両は災害時の生活防衛の拠点としても機能しますしね。

▼ バイオトイレ&シャワー機能を持った日産アトラス

▼ 「キャンプ イン カー」で貸し出している車種の一例(水陸両用トレーラー)。水にも浮かぶので釣りなどにも最適。災害時の津波などに襲われたきの緊急避難車両としても使える

【町田】 現在、レンタルキャンピングカーを借りるお客様層は?
【板谷】 6割がファミリー層。2割がグループ利用。残りの2割が学生さんのような若者たちといったところですね。

【町田】 その人たちが借りる目的としては、どんなものが多いんですか?
【板谷】 当初の狙いであった “アウトドアユース” というのは意外と少なくてですね(笑)、夏休みや年末年始の帰省に使うとか、大勢で借りて有名な観光地に行くとか。あと学生さんたちは卒業旅行みたいな使い方が多いですね。
 だから今のところ予約もGW、夏休み、年末年始に集中しています。
  
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ロックフェスティバルや合コンの会場にも
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【町田】 新しい使い方として注目できるような例はありますか?
【板谷】 若者たちの間では、「フジロック(Fuji Rock Festival)」のような野外コンサートを楽しむときに、宿代わりにキャンピングカーを借りる人たちが増えています。
 あのイベントもものすごく人気が出てきて、今では周辺の宿を取るのも難しくなってきているんですね。もちろん会場でテントを張るのも大変になってきています。そういうときに、「キャンピングカーを借りられて楽だった」という声はよく頂戴します。

▼ 「キャンプ イン カー」で貸し出している車種の一例(三菱キャンター AtoZ アーデンスペンド4WD)。パリダカでも参戦できそうなヘビーデューティー仕上げ

【町田】 ほかにはどんな使用例が報告されていますか?
【板谷】 市民マラソンのようなスポーツイベントの基地として使うという例も多いですね。あとはママチャリだけのレースとか(笑)。自転車競技も多様化してきて、ママチャリでないと走れないという競技もあるんですね。
 それと、目立って増えてきたのが芸能界系の使用。野外ロケのときに芸能人の休憩室とか更衣室として使われるケースですね。
 最近の面白い例としては、合コンの会場というのもありました(笑)。都心のバーや居酒屋を会場にするのではなくて、景色の良い郊外に集まって合コンするというのもブームなんですってね。

▼ ママチャリレース

【町田】 なるほど。最近は女子が積極的にアウトドアに進出するようになりましたね。そういう女子たちがキャンプ場などで食事を楽しむときに、お目当ての男子たちを呼ぶんですってね。
 で、料理などを作らせて、気にしている男の子がどれだけ家事に協力的なのか、あるいはどれだけ料理が上手なのか見極めるんですって(笑)。

▼ キャンプで楽しむ若者たち

 
【板谷】 なにごとも女性の方が積極的な時代になってきましたね。つまり、男の地位は相対的に後退している。
 でも、そういうときというのは、逆にいうと、男の腕の見せ所が生まれる機会なんですよ。キャンピングカーをカッコよく使いこなすというのは男の復権につながるんじゃないでしょうかね(笑)。
 うちでも「できるパパはカッコいい」(PAPA PRESENTS)というキャンペーンを展開して、各種のサービスを提供しているところです。

▼ PAPA PRESENTS
http://www.papap.jp/
 
▼ PAPA PRESENTS

   
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シンプルな方が使いやすい
レンタルキャンピングカー

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【町田】 昔は「キャンピングカー」というと複雑な機構のものもありましたけれど、最近のキャンピングカーはシンプルなものが増えていますから、経験のない男性がいきなりキャンピングカーに乗っても、そんなに戸惑うことはなくなりましたね。

【板谷】 そうです。特にレンタルキャンピングカーの場合は、“超シンプル” な作りでいいと思います。今やトイレなどは道の駅や高速道路のSA・PA、コンビニなどでもありますから、車内に設ける必要はない。
 バーナーもカセットコンロを置くだけで十分。必要なのは暖房機器のFFヒーターぐらいでしょうか。
 装備をシンプルにして、貸し出すときのコストを安くして、レンタル料金を低く抑える方が重要でしょうね。
 結局、装備よりもベッドメイクが簡単であるとか、掃除が行き届いていて、常に車が清潔に保たれていることが大事なんですね。

▼ シンプルなキャンピングカーの部類に入るバンコン

【町田】 お客様には、レンタルキャンピングカーを使って、今後どんな遊び方をしてもらいたいですか?

【板谷】 最初の話に戻りますけれど、私としては皆さんにもっとアウトドアを楽しんでほしいと思っています。 
 そのため、うちはチェア、テーブル、シュラフ、焚き火台、ランタンといったアウトドア用品やロードバイク、マウンテンバイクなどのレンタルギアも用意しています。さらに、将来はヨットのレンタルなども始めたい。

▼ 「キャンプ イン カー」で用意しているレンタルギア
http://camp-in-car.com/gear/
  
………………………………………………………………………… 
インバウンド対策も万全
…………………………………………………………………………
 
【町田】 今後は、インバウンドにも力を入れていくんですか?

【板谷】 そのとおりです。そうなってこそ、レンタルキャンピングカー業も文化事業となっていくと思っています。
 いま外国から来られる観光客の人は、ものすごく日本の文化に関心を持っていらっしゃる。なかには既成の観光案内に頼らず、自分たちの足を使って日本文化を掘り起こすということまでやっている。
 レンタルキャンピングカーというのは、そういうときの足として最適なんですね。好きなときに、好きな場所に車を停めて、自由に休憩しながら、心行くまで趣味を掘り下げられるから。

▼ 「海外の人に日本文化を知ってほしいですね」と板谷さん

【町田】 外国人にキャンピングカーを貸す場合の障壁のようなものがありますよね。交通ルールの違いとか。そのへんはどうサポートされるんですか?

【板谷】 それに関しては、英語バージョンとか中国語バージョンという形で、独自のマニュアルを作っています。そのときに、日本における交通ルールなども全部載せます。
 国内に来られた観光客にそういう資料をお渡しするのでは間に合わないので、海外にもサーバーを置いて、海外のネット情報として流すようにしています。
 いま外国人観光客に日本のスキー場が人気なんですよね。雪を知らない外国人もいっぱいいますから、彼らは雪を見るだけで楽しいんです。
 そういう案内もできるように、うちの会社にも英語をしゃべれる専門スタッフを置いて、直接情報のやりとりができるようにしています。

▼ スキー旅行にも活用されるレンタルキャンピングカー

  
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レンタル用の車両提供をオーナーの方々にお願い
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【町田】 この事業に今後の課題があるとしたら、それはどういうものですか?
【板谷】 とにかく、うちの会社の課題をいうと、まず台数を増やすことですね。現在68台ですが、これを400台にまで増やしていくと、売上げ金額の計算から一部上場のめども立ちますから、そこまでは頑張りたいと思っています。

【町田】 台数を増やすというのはけっこう大変なことですよね?

【板谷】 ただ、うちはちょっと変わった方法を採用しておりまして、うちの資金だけで物件を買い揃えるのではなく、キャンピングカーを共同購入していただく方を集めて、「それをレンタルキャンピングカーとして貸し出しませんか?」という提案をしているんですよ。
 これを「シェアリングシステム」と名付けています。車両の名義はうち(株式会社レヴォレーター)となりますが、複数の人が共同運営されるので、一人当たりの負担額は少なくてすみます。
 また、現在個人でキャンピングカーを保有されている方にも、「使用しない期間があれば、それをレンタルキャンピングカーとして貸し出しませんか?」というお誘いもしています。これを「フランチャイズオーナーシステム」といってます。
 現在私たちが管理している68台というレンタルキャンピングカーのうちの30台はそういう形式ですね。
 台数が増えれば我々の売上げも伸びますし、車両を提供してくださる方々にも利益分配できます。

▼ FCオーナー募集
http://camp-in-car.com/fc/
  
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「買う」から「借りる」の時代が始まる
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【町田】 レンタルキャンピングカー業界としての将来的展望はいかがですか?
【板谷】 時代の空気として、「必要なものは買う」時代から、「必要なものは借りる」という時代へと流れているように感じます。
 いま断捨離などというムーブメントが起こっているように、自分の周りに所有物をたくさん抱え込むというのはカッコ悪いという風潮が生まれつつあります。
 そういう時代には、使うときにだけ必要なものを借りるというスマートさがますます要求されてくるように思います。

▼ 「これからは使うときだけ借りる」という時代になるのではないか、と語る板谷さん

 
▼ 「キャンプ イン カー」で貸し出している車種の一例(東和モータース「カービィR2B)。取り回しのよいコンパクトなライトキャブコン

【町田】 このままレンタルキャンピングカー事業が盛んになっていくと、これまでエンドユーザー向けのキャンピングカーを製作して販売していたRV業界との関係はどう変化していきそうですか?
 
【板谷】 私はキャンピングカー製作部門とレンタル部門は、今後はますます相互依存関係を強めていくようになると思っています。
 とにかく、いちばん重要な課題は、キャンピングカー全体の市場規模を大きくしていくことです。
 それには、まずキャンピングカーを安い料金で一人でも多くの人に知ってもらうことが大事。その分野を引き受けるのが我々レンタルキャンピングカー業界だと思っているんです。
 そうしてキャンピングカーに関心を持つ層が増えることによって、個人で買いたい人も増えるでしょうから、RV製造業の方々のお仕事も安定していく。
 そうなってくれば、我々もより安いレンタル用車両を入手することができる。そういう協力関係がこれから強固になっていくと思います。
  
  
レンタルキャンピングカーCAMP IN CAR
http://camp-in-car.com/
 
全国レンタルキャンピングカー情報ネット 「レンタルキャンピングカーネット」
http://www.rental-camper.jp/
 
 

カテゴリー: campingcar, 旅&キャンプ | 2件のコメント

ボナンザ「コンパス23TK」

 
▼ ボナンザ「コンパス 23TK」

 アメリカのモーターホームシャシーが世代交代を始めている。
 長らく “巨体” を誇っていたアメリカンモーターホームも、近年の省エネ志向の波に逆らえず、ようやくダウンサイジング化が始まったが、その影響を受けて、クラスCモーターホームシャシーとして圧倒的なシェアを誇っていたフォードエコノラインのE450とE350のうち、E350が姿を消し、代わりにメルセデスベンツ・スプリンターや、クライスラー・ラム・プロマスターといった軽量小型の次世代モーターホームシャシーが台頭するようになった。

▼ メルセデス・スプリンターシャシーを使ったソアー・モーターコーチの「シェスタスプリンター」

 エコノラインシリーズのE450が残っているのには理由がある。
 30フィートクラスのモーターホームになると、さすがにスプリンターやラム・プロマスターでは許容荷重が不足してしまうからだ。そのクラスでは、いまだにヘビーデューティーなE450の独壇場となっているという。
 しかし、それ以下の23フィート、24フィートクラスのモーターホームは次々と次世代シャシーに移行し、しかもその大半はメルセデス・スプリンターに切り替わったと聞く。

 次世代シャシーへの切り替えが進むなかで、近年評判がいいのがフォード・トランジットのカットウェイシャシーである。
 このシャシーはディーゼルエンジンでありながら、エンジンの搭載方向は縦置きで、駆動方式はFRというアメリカ人好みのスペックを維持しており、「フォード」というアメリカンブランドへの親近感も手伝って、モーターホーム関係者やユーザーの人気は上々。

▼ フォード・トランジットを採用した「コンパス 23TK」の室内

 しかも、後輪がダブルタイヤということで、耐荷重的にも信頼性が高く、走行安定性がいいことも評価ポイントになっているという。
 米国の大手メーカーの一角を成すウィネベーゴ社も、このトランジットベースの「フューズ」を製作して、そうとうな人気を集めている。

 このほどボナンザが扱うトランジットベースの「コンパス 23TK」を製作したビルダーは、クラスAモーターホームの「ベガス」でおなじみの 「ソアー・モーターコーチ」社である。

▼ コンパス 23TKの外形

 
 同社の親会社は、あの「エアストリーム」や「ジェイコ」というアメリカンRVの有名ブランドを傘下に収めた「ソアー・インダストリーズ」だ。
 「ソアー・インダストリーズ」の創業は1980年。
 その年に「エアストリーム」を買収。以降、全米のRVメーカーを次々と統合して、2016年には「ジェイコ」社も買収し、今や全米一どころか「世界一のRV企業」といわれるほどの規模を誇るようになった。

 また、同じグループ内での統廃合も活発に行われ、「コンパス 23TK」を製作する「ソアー・モーターコーチ」も、実はグループ内の二つの企業の合併から生まれている。
 親会社の「ソアー・インダストリーズ」の傘下にあった「デイモンモーターコーチ」と「フォーウィンズ・インターナショナル」が2010年に合併し、グループ名の「ソアー」の名を冠して「ソアー・モーターコーチ」という新会社として発足したのだ。

 新しく生まれた「ソアー・モーターコーチ」は、「ソアー・インダストリーズ」グループのモーターホーム部門の中軸に位置付けられる存在だけに、そこで製作される「コンパス 23TK」は、アメリカにおいても新世代モーターホームナンバーワンの期待がかかっている。

▼ 「コンパス 23TK」フロントビュー

 この車においては、まず省エネ時代の要請を反映したコンパクトなサイズが歓迎されているようだ。
 全長7.16m。全幅2.28m。
 アメ車だけに、さすがに国産キャブコンよりは大きいが、このサイズなら日本の道路事情にも適合し、駐車場選びにもそんなに困らない。

▼ 「コンパス 23TK」サイドビュー

 エンジン性能に対する評価も高い。
 ボナンザの比留間武社長は、1号車を運転したときの第一印象を次のように語る。

▼ ボナンザ比留間武社長

 
 「運転する前は、アメリカのディーゼルエンジンに対する懸念というものがありましたので、エンジンフィールはどうかな … と思っていたのですが、このトランジットに乗ってみて驚きましたね。とにかく音が静か。静粛性においては、もうガソリン車とほとんど変わりません。
 それでいて、アメ車らしくパワフルで、スムースで快適な走りが楽しめます」

 フロアプランに関しては、日本人にもなじみのあるオーソドックスなスタイルのものが導入された。
 すなわち、リビング部に対面対座シートが設置され、通路を挟んで、その反対側にキッチンというレイアウト。リヤには、常設ダブルベッドとトイレ・シャワールームが設定される。

▼ 使いやすいオーソドックスなフロアプラン

▼ 外から見たスライドアウトルーム

 最大の特徴は、このリビング部が約50cmスライドアウトし、そうとう広いフロアが出現することだ。

▼ スライドアウトさせると、室内が50cm以上広くなる

▼ 大人4人がゆったり座れる対面対座式ダイネット

 ダイネット部はベッドメイクすることが可能で、ベッド展開すると165cm×105cmの子供用ベッドが生まれる。

▼ リヤベッドの方は広大。188cm×125cmという大人2人分の就寝が可能になる


 
▼ リヤベッドの隣はトイレ・シャワールーム。清水タンク容量は113㍑あるから、シャワーの水を出すのにそれほど神経質になることはない

▼ コンパクトながら機能的にレイアウトされたキッチン。丸形のステンレスシンクは深さもあって使いやすい。2口コンロは耐熱ガラスカバー付き

 エクステリアで特徴的なのは、アームレスのサイドオーニング(写真下)。
 オーニングを支えるフレームがないので、その下で椅子・テーブルを並べるときの自由度が高くなる。
 しかも、ボタン一つで出し入れできる電動式。
 LED照明付きなので、オーニング下の明るさも確保される。

▼ エクステリアTVも設定されているので、オーニング下でのテレビ鑑賞も可

 室内のカラーコーディネートや家具の質感は、落ち着いて上品なヨーロッパタイプ。
 車両サイズ的にも、日本に入ってきている欧州のフィアット・デュカト系モーターホームと変わらないので、輸入車を検討している人には選択肢が増えたことになる。

 魅力あふれる新世代アメリカンモーターホームが登場したことによって、アメ車とヨーロッパ車の新しい競争が始まったといえるが、軍配は果たしてどちらに上がるのか。興味は尽きない。
 
 
コンパス23TK 基本スペック

車両名:Thor Motorcoach COMPASS 23TK
車両タイプ:クラスC
ベース車:フォード・トランジット
エンジン種類:3.2㍑ 直列 5気筒ディーゼルエンジン
エンジン出力:138kW(185hp)/3000rpm
エンジントルク:474N・m(48.4kgf・m)1500~2500rpm
燃料種類:軽油 
駆動方式:2WD/FR
ミッション: 6速AT 
車両サイズ:7163mm × 2286mm × 3175mm(ルーフエアコン含む)
室内高:2032mm
車両重量:4700kg
車両総重量:6123kg 
積載許容重量:1423kg
乗車定員:6名
就寝定員:4名

主要装備
助手席回転シート/SRSエアバッグ/クルーズコントロール/エマージェンシースタートシステム/リヤダブルタイヤ/フレームレススモークプライバシーガラス/電動シェード付天窓/電動アームレス3.5m LED付きサイドオーニング/脱着式LPガスボンベ(日本製5kg×2)/5000ポンドヒッチレシーバー/外部シャワー/外部スピーカー/エクステリアTV/3600w発電機(onan)/外部収納(717㍑)/ルーフエアコン(AC100V)/ディープサイクルバッテリー×2/USBチャージャー/デジタルテレビアンテナ/電動スライドドア(奥行50cm)/LPガスFFヒーター/パワーベンチレーター/32インチTVブルートゥース対応DVDプレイヤー付き(リビング)/24インチTVブルーレイ&DVDチューナー付き(リヤベッドルーム)/電子オーブンレンジ/ガラスカバー付き2バーナーガスコンロ/ 3 Way冷蔵庫(150㍑)/カバー付きステンレスシンク/清水タンク113㍑/グレータンク141㍑/ブラックタンク107㍑/リヤダブルベッド(188cm×125cm)/ダイネットベッド(165cm×105cm)/ナビゲーションシステム/360度オムニビューシステム他
  
車両本体価格 13,860,000円(税抜き)
  
ボナンザHP URL: http://www.bonanza.co.jp/
 
   

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ファンルーチェ「エル・ニド」

 

 ファンルーチェは、日本でも屈指の信頼性の高いキャブコンを開発するメーカー。
 ハイエースをボディカットした「セレンゲティ」や「パタゴニア」といったキャブコンでは、強度や剛性を確保する鋼製スペースフレーム工法を採用し、またカムロード系には強化フレームで補強するなど、常に安全性の高い車両開発を心掛けていることは、すでに多くのメディアやユーザーが評価しているところである。

 同社は、2005年に中国の大連工場で、最初のキャブコンである「セレンゲティ」を製作。
 当時はまだ製造社名を「レクビィ名古屋営業所」と名乗っていたが、後に「ファンルーチェ」という独立ブランドを立ち上げ、「パタゴニア」、「ヨセミテ(シリーズ)」、「ウラル(シリーズ」)など、数々の意欲的キャブコンを開発して、今やキャブコンメーカーとして不動の地位を確立している。

▼ エル・ニド type W の室内

 そのファンルーチェが世に送り出した初のライトキャブコンが「エル・ニド(El Nido)」だ。
 ボンゴベースのキャブコンとしては後発になるが、先行する競合他車と比較すると、その車格、価格帯、装備類などにおいて、非常に明確なポジショニングを目指していることが見えてくる。

 まず、コンセプトが明確である。
 「ライトキャブコンのなかの上級車種」

 外形デザイン、内装コーディネートだけを見ても、一目でその狙いが「ハイグレードな車両開発」であったことが伝わってくる。

▼ エル・ニド typeW

 特に、外形フォルムとその塗装には力が入っている。
 カムロード系の一般的なキャブコンよりも骨格が整った美しいフォルム。
 メタリック塗装で仕上げられた重厚な下まわり。
 エントランスドアなども、一目で高級なパーツが選ばれていることが分る。

▼ エル・ニド type RE

 そのハイグレード感をしっかり主張しているのが、フロントビューのバンク部とボディ壁面に力強く浮かび上がる「funluce」のロゴデザインだ。
 とにかくヴィジュアル的な訴求力を明確に打ち出した車である。 

 次に、レイアウトパターンも明確。
 競合他車のなかには、家族構成や年齢層などを想定してあらかじめいくつかのレイアウトパターンや内装色を用意しているものがあるが、この「エル・ニド」の場合、レイアウトパターンは鮮やかにくっきりと二つだけ。

 すなわち、就寝機能を充実させたリヤ2段ベッドを持つ「タイプW」と、リヤエントランスを採用して広々としたダイネットを実現した「タイプRE」。

▼ タイプW

▼ タイプRE

 こういうふうに、2パターンに明確にセグメントされている方が、選ぶ方は迷わなくてすむ。
 乗車定員と就寝定員ともにどちらも6名なので、ファミリーだろうが夫婦2人だろうが、それぞれ自分たちの好みでフロアプランを選ぶことができる。

 この二つのフロアプランの狙いを強いて挙げるとすれば、就寝機能に重点を置くか、リビング空間の快適さに重点を置くかという違いになる。
 
 就寝機能に重点を置くとすれば、断然「type W」という選択になる。
 なにしろ、リヤに、ベッド展開する必要のない固定ベッドが用意されているということは、いちいちテーブルをベッドなどに変えなくても、疲れたらそのまま横になれるということなのだ。

▼ タイプW

 
 さらにいえば、4人家族までなら、お酒を飲んだ後にダイネットテーブル上の食器やコップ類を残したまま、バンクベッド組とリヤベッド組に2人ずつ分かれて そのまま寝ることができる。
 そこに、このリヤ2段ベッドスタイル(type W 写真下)のレイアウトの良さが集約されるのだが、エントランススペースやキッチンカウンターとダイネット空間を共有しなければならないため、type REに比べると、リビング空間は狭くなる。

▼ タイプW

 それに対し、広々とした開放的リビングを実現しているのが、リヤエントランスタイプ(type RE 写真下)。
 こちらは、エントランスドアを後ろに追いやったため、リビングそのものを広くとることができている。対面対座ダイネットの横にロングソファーが設定してあるので、大人数が集まって談笑できるというのも、このタイプの強みだ。

▼ タイプRE

 このロングソファーは、夫婦2人で使ったりするときも便利だ。
 買い物から帰ってきたときに、“とりあえず” の荷物置き場になるし、本格的に寝るのではなく、ちょっとだけ仮眠を取りたいときに、ゴロッと横になることもできる。

 「type W」と「type RE」。
 どちらがいいかは、ほんとうに使う人の好みによる。
 個人的には、視覚的な開放感が得られるREタイプの方が好きではあるが … 。 

▼ タイプRE キッチン

 価格は、両タイプとも、それなりの装備を付けるとなると、乗り出しで500万円台に届くこともある。
 しかし、その作りの質感といい、充実した装備内容といい、ある程度の出費に当然見合った内容が伴ってくる車だ。
  
 
エル・ニド 基本概要 》 

車両名 El Nido(エル・ニド)
車両タイプ キャブコン
ベース車 マツダ ボンゴトラック
排気量 1800cc
最高出力 102ps
燃料の種類 ガソリン 
駆動方式 2WD(FR)/パートタイム4WD
ミッション AT 
車両サイズ 4860mm×1930mm×2880mm
乗車定員 6名
就寝定員 6名
 
ファンルーチェHP URL: http://funluce.com/
 
 

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かまやつひろし『どうにかなるさ』

 
 ムッシュかまやつさんの訃報を今朝聞いた。
 好きなミュージシャンだった。
 私の年だと、彼が「ザ・スパイダース」に加盟してソロ活動に入るまで、ほぼリアルタイムで追いかけていることになる。

 めちゃめちゃ洋楽のエッセンスを理解されている方で、スパイダース時代の「フリフリ」とか「バンバンバン」などは、軽薄でアホな歌だと思われていたが、あれなんかはまさにデビューしたての頃のローリングストーンズ経由のブルース、ロックンロールそのものだった。

 「ノーノ―ボーイ」などは、初期レノン&マッカートニーのバラードと比べても遜色がない。
 カントリー&ウエスタンのテイストをつかみ取るのもお上手な方で、「どうにかなるさ」などという曲は、日本人が作った最高のカントリー&ウエスタンであると思う。

 昔、この曲のことをブログで取り上げたことがある。
 かまやつひろしさんを偲んで、その記事をここに再録する。

…………………………………………………………………………
「どうにかなるさ」 2010年3月6日 

 キャンピングカーの中の「独り宴会」が好きである。
 仮に泊まるところが、RVショー会場の駐車場であっても、酒と音楽があれば、窓の外の風景が無味乾燥だろうが、話し相手がいなかろうが、まったく苦痛ではない。
 

 
 ただ、酒はなくても、音楽がないと、ちと淋しい。
 だから、どんな短い旅でも音楽ソースだけはいっぱい持っていく。
    
 この前、名古屋のショーに出向いたときは、長島温泉の駐車場に泊まって、かまやつひろしの『どうにかなるさ』を何度も聞いた。
  

  
 
日本初の本格的カントリー&ウエスタンソング
  
 昔、この歌を聞いたとき、日本ではじめて「日本語のカントリー&ウエスタン」が生まれたと思った。
 それほど、作曲したかまやつひろしは、カントリー&ウエスタンのエッセンスというものを、よく捉えたように思えたのだ。
 当時の日本語のポップスは、どんなに洋楽の意匠を盛り込もうとも、どこかで歌謡曲の匂いがポロっと表れてしまっていたが、この曲にかぎっていえば、歌詞が日本語であることを除けば、純度100%のカントリーのメロディが再現されていた。
 
 で、このたび改めて歌われている言葉に注目してみたのだが、これがけっこう味わい深い歌詞なのである。
 
 こんな歌詞だ。
 
 ♪ 今夜の夜汽車で、旅立つ俺だよ
   あてなどないけど、どうにかなるさ
   あり金はたいて切符を買ったよ
   これからどうしよう。どうにかなるさ 

 
 主人公は、いったいどういう人間なのだろう?
 考え出すと、興味がどんどん膨らみ始めた。
 
 
主人公はどんな男なのだろう?
 
 面白いのは、主人公のキャラクターだ。
 切符を買うのに、「あり金をはたいてしまい」、「これからどうしよう」とつぶやいているわけだから、彼には危機管理能力というものがまったくないことが分かる。
 
 しかし、それでもこの男は「どうにかなるさ」と開き直る楽天性を備えており、少なくとも、うつ病患者が多いといわれる現代では、ちょっと考えられないようなキャラクターだといえそうだ。
 それにしても、そのとき彼は、いったいいくら持っていたのだろう。
 
 今だと、青森県から山口県まで、新幹線を使っても3万円ぐらい。
 この歌が生まれた時代では、3000円といったところか。
 
 その程度の金をつぎ込んで、「使い切る」と表現するいうことは、彼の給料は、現代に換算すると月15~16万程度か?
 
 いったいどんな仕事をしていたのだろう。
 手がかりは2番の歌詞にあった。
 
 ♪ 仕事も慣れたし、町にも慣れたよ
   それでも行くのか どうにかなるさ
   1年住んでりゃ 未練も残るよ
   バカだぜ、おいらは どうにかなるさ

  
 歌の雰囲気からは肉体系の仕事が連想されるが、ドヤ街の殺伐さも感じられないので、建設系ではないのかもしれない。
 仕事に慣れるのに1年かかっているところをみると、単純労働というよりも技術系の仕事であることも推測される。
 
 
主人公はどんな恋愛をしていたのか?
 
 住む場所は、どんなところだったのだろう。
 「町に慣れた」と言っているところをみると、そんなに複雑な大都会ではない。
 生活圏も広そうではない。
 仕事場とアパートの距離も短く、その間に居酒屋が数軒という小さな地方都市が目に浮かぶ。
 

 
 気になるのは、2番のサビの部分。
 
  ♪ 愛してくれた人も 一人はいたよ
    俺など忘れて、幸せつかめよ
    一人で俺なら、どうにかなるさ

   
 この恋人は、はたしてどんな女性だったのだろう。
 
 まず、考えられるのは、行きつけの飲み屋のママさんとか従業員。
 しかし、夜汽車の切符を買ってしまうと金さえ残らないような給料のことを考えると、そんなに足しげく飲み屋に通っているとは考えにくく、ひょっとしたら「棟梁の娘さん」 …というような、仕事を通じて日常的に会っていた女性と考えてもいいだろう。
 
 気になるところは、相手が「愛してくれた」… のに、主人公が応えてやらないことだ。
 こういう場合、三つのパターンが考えられる。
 
 ひとつ。
 相手は美人でもなく、性格的にも合わなかったというケース。
 どっちかというと、男の方がストーカー的に追いかけ回されたというパターン。
 その場合は、男が逃げ出したということになる。
 
 二つ。
 男の片思い。
 この場合は、 「これ以上追いかけ回すと、はっきりとフラれるな」という危機感から、相手をあきらめてしまうというケースが想定される。
 つまり、自分の自尊心を傷つけないように、「愛されている」という思いを維持したまま、最終的な破局から目をそらすという心の動きが想定される。
 そうなると、「俺など忘れて幸せつかめよ」というのは捨てゼリフとなる。
 
 三つ。 
 最初から、恋が成就しないことが分かっている相手。
 つまり、身分違いの女性。
 彼女は、良いところのお嬢さんで、高学歴で高収入の男のもとに嫁ぐことが決まっている。
 
 そうなると、歌詞で使われているボキャブラリーからして、あまり高学歴とは思えない主人公に嫁ぐことなど、親が絶対許さないということになり、それを解っている男は去るしかない。
 
 この解釈がいちばん自然であり、歌の雰囲気とも合う。
 私は、この女性は、主人公の勤める会社の社長令嬢だと推定した。
 
 たぶん、彼女には親が進めた縁談があったのだ。
 彼女は、それを破談にして、主人公と一緒になる決意を固めている。
 当然、親子の関係はこじれ、家庭も職場も収拾がつかなくなる。
 そういう事情を解ったからこそ、主人公は、あり金はたいて、急遽、夜汽車に乗る決意を固めたのだ。
 
 これは、カントリー&ウエスタンによくあるパターンといってもいい。 
 日本の演歌でも、“股旅もの” は、このパターンを踏襲する。
 洋の東西を問わず、古典的な人情劇の中軸を担っていたテーマである。
 
 
人口流動が歌をつくる
 
 こういうテーマが現実性を帯びて感じられる社会というのは、どういう社会なのだろうか。
 
 人口が流動的に動いている社会である。
 カントリー&ウエスタンという音楽は、「家族や村という共同体に縛られず、旅の空の下で死ぬ男」を歌ったもので、その根底には、人口が流動的に動く開拓期の精神風土が反映されている。
 さらに、20世紀の初頭、不況下のアメリカでは各地に放浪労働者がたくさん生まれ、彼らが当時インフラ整備されつつあった鉄道網を使い、日雇い労働者として全米に散らばっていったという歴史的事実も、その後のカントリー&ウエスタンを支えるバックボーンとなった。
 

 
 このような「人が動く時代」では、「住み慣れた町」を離れ、夜汽車に乗って「あてなくさまよう」ことすら、希望であったかもしれない。
 
 世界の大衆音楽の中で、「ロンリー」とか「ロンサム」という言葉がもっとも多用されるのがカントリー&ウエスタンだといわれているが、その曲調は、どれも明るい。
 そこには、「町を去り、人と別れる」ことが新しい「出会い」を約束するという楽観主義が横たわっている。
 
 日本も、似たような「人が流動する」時代を迎えたことがあった。
 
 『どうにかなるさ』がつくられたのは1970年。
 … ということは、60年代の精神風土を色濃く反映した歌だと思っていい。
 
 
1960年代の楽天性
  
 60年代というのは、「集団就職」に象徴されるような、日本全域を民族大移動が襲った時代。
 1960年から1975年の15年間のうちに、東京、大阪、名古屋の3大都市圏には、1533万人の人口が流入したという。
  
 『どうにかなるさ』という歌は、恋人と別れても、別の町に行けば、また新しい出会いがあるというカントリー&ウエスタン風の楽観主義に裏打ちされた歌なのだ。
 
 歌詞をつくったのは、山上路夫。
 かまやつひろしの曲が先にできたのか、山上路夫の詞が先にできたのかは分からないが、両者の目指す世界がぴったり合ったという気がする。カントリー&ウエスタンの精神風土を、日本の土壌に置き換えた名曲だと思う。
 
 …… ってなことを考えながら、自分のキャンピングカーの中で、一人ダイネットシートにあぐらをかいたまま、グダグダと酒を飲む。
 至福の時。
 

 
    

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