ハイマーとメルセデス

 
メルセデスのハイパフォーマンスと安全性が
そのままハイマーに移植される

 

▲ ハイマーS830(2008年) 

 昨年(2017年)、ドイツの最大手キャンピングカーメーカーである「ハイマー」社が創立60周年を迎えた。
 その前身である「農業用カート」を製作していた時代から数えると、94年という社歴を誇ることになる。
 
▼ ハイマー本社

 ちなみに、アメリカの「エアストリーム」社の場合は今年で86年目。「ウィネベーゴ」社の場合は今年で79年目。

 日本では、他社に先駆けて定番(量産)モデルの「ロデオRV」をつくったヨコハマモーターセールスですら、その1号車からようやく35年目を迎える程度。
 こうしてみると、キャンピングカー先進国の欧米は、やはり日本の倍以上の歴史を持っていることが分かる。

 ハイマーの話に戻る。
 この会社が頭角を現してきたのは、キャンピングトレーラーの開発によってである。
 創業者アルフォンソ・ハイマーの息子であるアーウィン・ハイマーが、1956年にハイマーの新しいプロジェクトとして、トレーラー事業に手を染めたことが、現在の同社の礎(いしずえ)となった。


 
 トレーラーの名前は「トロール」。
 後に、「ピュック」、「ツーリング」、「ノヴァ」というハイマーキャラバンシリーズの先駆けとなる車であった。
 同車が世に出たのが1957年。
 「ハイマー60周年」というメモリアルイヤーは、この1957年を起点として計算されたものだ。

 トレーラー開発に続いて、自走式モーターホームの1号車が製作されたのは1961年。
 「Cravano」という車だった。

 「Cravano」の発音が分からない。
 ヨーロッパで広く「トレーラー」を意味する言葉として使われる「キャラバン」の派生語だと思うのだが、ドイツ語でどう発音するのだろうか。
 「キャラバノ」?
 う~ん ……
 とにかく、この「Cravano」は、今でいう “ワンオフ” に近い一品生産モノだったようだ。

 量産化が始まるのは、1970年代に入ってからである。
 1971年になって、ハイマーはメルセデスからシャシー供給を受けることになる。
 それ以降、ボディ製作にもメルセデスの技術陣が加わるようになり、ハイマー車はみるみるうちに “車両的完成度” を上げていく。

▼ 1971年に製作されたモーターホーム。
グリルにベンツマークがくっきり !

 この70年代というのは、ハイマーにシャシーを供給したメルセデス自体が、世界の自動車テクノロジーを書き換えようとした時代だった。

 50年代から60年代というのは、アメ車の黄金時代だった。
 エアコン、パワステ、パワーウィンドウといったドライバーの負担を軽減するの新機構を次々と実用化していったアメリカ車は、それらの快適装備を満載したまま、大排気量エンジンにものをいわせて、強力無比な動力性能を手に入れていた。

 メルセデスは、そのアメリカ車から生産技術と快適装備を学び、さらにアメ車にはなかった新しい価値観を打ち出す。

 それが、「高速域での安定性」である。
 スピード無制限を謳うアウトバーンを “テストコース” として使い、メルセデスは、信じられないほどのスピードを維持したまま、車体が路面をがっしりとトレースする抜群の安定性を獲得した。
 その段階で、“ドイツ的な価値観” が自動車文化の中軸を占めるようになった。

 このようなメルセデスの自動車技術は、当然シャシー供給を受けるハイマーにも生かされることになる。
 メルセデスの技術陣とともにモーターホーム開発に従事したハイマーの技術者たちにとっても、「ハイマー車」はキャンピングカーである以前に、メルセデス車と同等の走行性能と安全性能を維持する車でなければならなかった。

 すなわち、ハイマーのシャシー性能の向上を図るために、メルセデスの風洞実験設備が使われ、メルセデスのテストコースが用意され、そこで得られたデータ群をメルセデスの技術陣が解析することによって、「ハイマーモーターホーム」ができあがるという仕組みが完成した。

 「メルセデス並みの安全性」
 ハイマー車には、それを示すものが、車体の一部に堂々と刻印されている。
 クラスA型モーターホームにフロントに刻まれた「スリーポインテッドスター(ベンツマーク)」である。

 このベンツマークを付けているクラスA車両は、メルセデスの乗用車と同じ条件でクラッシュテストを行った車両と見なされ、メルセデス社が保証する安全性をクリアしているという証(あかし)となる。
 そういうキャンピングカーは、ドイツ国内においてもハイマー以外にはない。

▼ ハイマーモービル670(1994年モデル)

 メルセデスとハイマーの関係は、自動車メーカーとコーチビルダーのもっとも理想的な関係を表している。
 逆にいえば、メーカーとビルダーのこういう二人三脚がしっかり機能しないかぎり、理想的なキャンピングカーというものは生まれてこないのかもしれない。

 「ハイマー創立60周年」。
 その前身の会社から起算して、社歴としては94年。
 やはり、それだけの実績を積み重ねてきたビルダーだからこそ、メーカーに認められたということなのだろう。
 
 
※ ハイマーの歴史に関する詳しい記事は下記のアドレスでどうぞ。
https://camping-cars.jp/camping-car-news/4067.html
     
※ また、ハイマーML-T570(4WD)の試乗インプレッションは下記をどうぞ。
https://camping-cars.jp/camping-car-news/3763.html 
 
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

レクビィ ステーションでレンタカー事業も開始

 
 キャンピングカーの展示場が変わりつつある。
 これまでの展示場といえば、車両中心に構成されており、車を買いに来る目的でもなければ、立ち寄ることがはばかられるような構造のものが多かった。

 しかし、新しいタイプのキャンピングカー展示場は、「車」よりも「文化」を中心に構成されている。
 つまり、キャンピングカーというハードのかたまりを無機質的に展示するのではなく、「キャンピングカーのある暮らし」、「キャンピングカーがもたらすくつろぎ」というソフト面を見せるように変化してきたのだ。

 それは、もう “展示場” とは呼ばないのかもしれない。
 “ギャラリー” 。
 すなわち、絵画や彫刻、工芸品、宝飾などを陳列する美術館、あるいは博物館的な内容に近づいている。

 昨年の11月3日に、レクビィが愛知県瀬戸市にオープンした「RECVEE STATION」(写真上)が、そのようなニュータイプの展示場だ。
 別名「レクビィ サテライト」。

 サテライトとは、本社機能とは独立した営業理念で運営されている事業拠点のことをいい、地域に根差した情報や文化形態を尊重する施設のことをいう。
 つまり「レクビィ サテライト」とは、キャンピングカー製作を本務とするレクビィ本社から独立し、来場者に展示場周辺の観光情報を提供したり、利用者の休憩スポットとして機能したり、メーカーを問わずキャンピングカー全般の情報交換などを自由に行える施設を意味している。

 さらに、この「レクビィ ステーション」は、レンタルキャンピングカーの窓口にもなっているのだ。
 現在、同ステーションで扱われているレンタカーは、キャブコンでは「エルニド」。バンコンでは「レビィズ」(トップセイル)。軽キャンピングカーでは「EC」など全部で4台。
 全車が新車で、ナビゲーション、ETC、ドライブレコーダーが標準装備。軽キャンパー以外はバックアイカメラも装備されている。
 
 料金は、(今はオープニングプライスとして)、平日10,000円/1日
 詳しくは、下記を。
  http://www.recvee.jp/news/?DOC_NO=20180403140557&ACTION=DETAIL

 「レクビィ ステーション」を企画した株式会社レクビィの増田浩一代表(写真下)は語る。

 「私たちはキャンピングカー製作に30年以上携わり、買ってくださるお客様との熱い交流を続けてきたわけですが、そろそろ “まだキャンピングカーを知らない人々” に対して、もっと話しかけてみたいと思うようになったんです。そういう方々が、どんな旅行を楽しんでいらっしゃるのか、どんなカーライフを理想としていらっしゃるのか。
 今まで話したこともない人々の話を聞きながら、もしキャンピングカーというものに興味を感じてくださるようでしたら、“キャンピングカーライフ” の快適さや面白さも伝えてみたい。さらに興味を持ってくださった方には、レンタルキャンピングカーを試し乗りしてもらい、乗った感想などもお聞きしたい。
 そういう気楽なコミュニケーション空間としてこの展示場を考えたんです」

 だから、見学者が来ても、営業マンがさっと走り出て、
 「どんなお車をお探しですか?」
 などと声をかけたりしない。

 代わりに、暑い夏だったら、「エアコンの効いた休憩室(エアストリーム・トレーラー 写真下)で少し休んでいかれたらいかがですか?」と語りかけ、寒い冬だったら、「室内で少し温まっていってください」などと声をかける。

 キャンピングカーユーザーが来場したときも、
 「給水されるならどうぞ」
 「AC電源の充電も自由です」
 とは言うが、
 「いま乗っていらっしゃるお車、お見積もりしましょうか?」
 などとは、いきなり言わない。

 「とにかく、キャンピングカーというものを詳しく知らない人々に、“現物はこういうものですよ” 、と知っていただくための拠点」
 と増田代表はいう。
 「キャンピングカーというと、いまだにアメリカの巨大なモーターホームを想像される方々も多いのですが、街でよく見かけるワンボックスカーだって、立派なキャンピングカーになるんですよ、ということを知ってもらいたい」

 バンコンメーカーとして知られるレクビィだけに、自社製バンコンを中心とした展示になるが、ファンルーチェの「エルニド」のようなレンタルキャンピングカーとして使う他社メーカーのキャブコンも展示する。

詳細情報

〒480-1207 愛知県瀬戸市品野町 1-126-1
(道の駅 瀬戸しなの 第2駐車場)
電話:0561-59-7788
火・水曜休(祝日営業) 10:00~17:00
HP=http://www.recvee.jp/
sta@recvee.jp


 
アクセス 
東海環状自動車道・せと品野から瀬戸市街方面へ約3.3km
レクビィ本社工場から車で1分
 
 
※ レクビィの主要ブランドである「シャングリラⅡ」などの詳細解説は下記の情報をご参照ください。
https://camping-cars.jp/taidan/4036.html
(キャンピングカー総合情報WEBサイト「キャンピングカースタイル」:レクビィ増田代表インタビュー)
 
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

愛車自慢 コマンダーGT(再録)

 
 昔、「愛車自慢」というタイトルで、自分が乗っている「コマンダーGT」というキャンピングカーのことを書いたことがある(2007年7月1日)。
 しかし、一度クラッシュした旧ブログなので、画面が立ち上がるまでに時間がかかり、画像が抜け落ちた部分もあるので、「キャンピングカースタイル」というWEBサイトでこの車が紹介されたことを機に、多少リライトして、ここに再録する。


 
 
コマンダー開発秘話
 
 この車は、2002年(平成14年)に、横浜のキャンピングカーショップ(元)「ロッキー」から発売された。
 シャシーが韓国ヒュンダイ製。
 バンテックがそのシャシーを輸入し、ロッキーが企画を練り、バンテックのタイ工場で造られたキャブコンという意味では、東アジアを股にかけて製作された国際的なキャンピングカーともいえる。

▼ コマンダー(初期型)

 スタイル的な特徴といえば、かつてアストロをベースにした輸入モーターホームとして一世を風靡した「タイガー」を彷彿とさせるところ。プロポーションもタイガーだし、ストライプの走り方もタイガーを意識している。
 これは当時の「ロッキー」の社長がアメ車好きであったことに由来する。

▼ アストロタイガー(後期型)

 
 しかし、この企画を受けたバンテックの社長 故・増田紘宇一氏は、ヨーロッパ車が好きだったせいもあって、アメ車テイストの車をつくることには内心苦々しい思いを持っていたともいわれている。
 ただ、そこはバンテックのヒット商品を次々と発表していた増田氏のこと。ロッキー側の依頼を受けて、見事にアメリカンテイストのフォルムを造形した。

 ちなみに、増田氏がヨットを趣味としていたこともあって、その人間関係から、ボディ造形には日本を代表するヨットデザイナーの横山一郎氏が関わったといわれている。
 

 
 このコマンダーを購入するときの、選択肢としての基準は、5m未満のキャブコンで、車両本体価格が500万円未満(当時)。
 … ということであったが、実は、ベース車のヒュンダイSRXトラックにすごく興味があったからだ。

 なにしろ、このトラックは、商用車の分野でも国際マーケットへの進出を目指していたヒュンダイ自動車が、ヨーロッパのフィアット・デュカトの競合車として設計したトランスポーターだといわれている。
 つまり、アウトバーンでの走行も念頭においたもの !?
 … となると、当然走りを期待したくなる。

 このベース車を日本に導入するとき、バンテックがあちらこちらの国産ビルダーに、売り込みをかけた。
 それを受けたビルダーさんの反応が様々であった。

 某メーカーA社長。
 「いいシャシーですよ。ただ韓国製ということで、うちの営業は全員反対でしたね。エンジンブロックなどの構造が日本の三菱系とはいっても、不具合が出たらどうするか。未知の部分が多すぎて … 」

 某メーカーB社長。
 「シャシーはいいけれど、日本では売れないと思うよ。売れない理由が3拍子揃っている。ひとつは左ハンドル。次はディーゼル。そして、やっぱり韓国車はまだ日本では市民権を得ていない」

 某メーカーC社長。
 「これはいいシャシーだよ。ディーゼルだけど、やかましくないんだよ。それに、運転席が乗用車の雰囲気じゃない? しかも、ドアを閉めると、バタッと重厚感があって、トラックじゃないよ、あれは … 」

 某メーカーD社長。
 「韓国製っていうから、それほど期待していなかったけれど、実際走らせたらびっくり! カムロードなんかよりパワーがあるし(当時)、直進安定性もいい。ワイドトレッドなどをわざわざ設定しなくても、ベース車自体が広いから安定感がある。キャンピングカーにしたら良いクルマができると思うよ」

 某メーカーE社長
 「バンテックさんが入れるというので、ヒュンダイの工場まで試乗に行ったんですよ。そうしたら、思ったより完成度が高かった。まぁ、トヨタほどの完成度ではないけれどね。ターボの回り方はいいので、走りは軽快。ホイールベースも長くて安定しているし、トレッドも広いので、コーナリングの不安がない」


 
 … というように、架装した車両が生まれる前から、かなりの情報を得ることができた。
 賛否両論だったわけだが、逆にそのことで、ものすごく興味をそそられた。
 このシャシーを使ったバンテックのアトムSRXのプロトタイプが出たとき、当時バンテックにいたベテラン営業マンが面白い話をしてくれた。
 
 「ショーに出したら、みんな珍しがって寄ってくるんですよ。コレかっこいいねぇ。どこのクルマ? って。
 だけど、韓国製って言ったら、みんなサァーって引いていく。日本人はまだ、大昔の、ドアのバリが取れていないような韓国車しか知らないんだね」

 この話を聞いて、逆に、
 「面白いじゃん!」
 と思った。

 誰でも誉めるシャシーなんて、あんまり魅力がない。
 「よし、次のキャンピングカーを買うなら、このベース車のやつを … 」
 そう密かに心に決めた。
 
 
車両サイズ
   
 この「コマンダー」がデビューした2002年当時。ヒュンダイSRXベースの国産キャンピングカーは全部で3台あった。
 1台は、輸入元のバンテックが開発した「アトムSRX」。
 もう1台は、フィールドライフの「フランク」。
 翌年になると、マックレーの「エンブレム」が登場することになるが、2002年ではまだ「エンブレム」はなかった。
 
▼ バンテックのアトムSRX(初期型 2002年モデル)

▼ フィールドライフのフランク

▼ コマンダーGT

 その中で、このコマンダーを選んだのは、ずばりサイズ。
 5m未満。
 アトムSRXは、全長5585mm。
 フランクは、全長5670mm。
 それに対して、コマンダーは4980mm。
 
 悲しいかな、わが駐車場 … といっても月極だが、そこに収まるのは5m未満のコマンダーだけだった。

 実は、ベース車のヒュンダイSRXトラックの全長は5415mmなのだ。
 それをわざわざフレームの後部をカットしてまで、ショートボディにこだわったのが、コマンダーだった。

 理想的といえば、理想的。
 頑丈なフレームを残したベース車だから、ボディ剛性もしっかり確保された上に、衝突安全性も保証される。
 それでいて、全長5m未満。
 もう、それだけで、ほぼ自動的に購入車両は決まった。
 
 結果的に、この5m未満ボディのおかげで、旅行に出ても駐車場選びで困ることはなかった。
 なにしろ、キャブコンでありながら、コインパーキングに収まってしまうというのはやはり便利だ。


  
 スタイルにこだわれば、プロポーションが美しいのはフランクだった。もちろんアトムもきれいなフォルムをしていた。
 しかし、当時のわが駐車場は、立て込んだ民家の塀をかすめる感じで、斜めにバックしながら入れなければならなかったので、リヤオーバーハングが長い車は、もうそれだけで候補から外れた。
 その点、リヤオーバーハングがなく、全長も5m未満のコマンダーなら、切り返しを必要とすることなく駐車スペースに入った。
 
  
走行性能
 
 走りは、正直にいって「拾い物!」という感じだった。
 実は、「カムロードよりよく走る」という評判は聞いていたのだが、それほどのことはあるまいと、タカをくくっていた。 
 当時のカムロードは91馬力。
 SRXのスペックデータは、103馬力(初期型)だったから、それほど大きな差があるわけではない。だから、実際に走らせるまで、大きな期待はなかった。
 
 しかし、ターボの力あなどりがたし。
 キックダウンして回転数が上がるまでは、ディーゼルトラック特有のもたつきがあるが、ターボが効きだしてトルクバンドに乗ってくると、かなり胸のすく走行フィールが味わえる。
 ある販売店のスタッフが「乗用車フィール」と言っていたのも、よく分かった。

 高速道路では、軽々と120km巡航ができるので、最初のうちは得意になって飛ばしていたが、燃費はガタっと落ちる。
 
 ちなみに、市街地では5.8~6.8kmリットル。
 高速道路では、平均8.6kmリットルぐらい。
 しかし、100kmを超える巡航を継続していると、高速道路でも市街地並みの燃費に落ちる。
 そのため、急ぎの用がないときは、高速でも80~90km走行。
 80kmをキープしていればリッター10kmは走る。

 直進安定性もいい。
 なにしろ、ホイールベースが3280mm。これは、カムロードの2545mmを軽くしのぎ、ハイエースのスーパーロング(3110mm)よりもさらに長い。
 そのため、高速道路で100kmを超えても4輪(後輪ダブルだから正確には6輪?)がピタッと地面をトレースしている感触が伝わってきて、ハンドルがまったくぶれることがない。
 
 左ハンドル車を持つのは、実は初めてだった。
 だけど、幅2mを超えて、この車のように2.15mぐらいになってくると、やはり左ハンドルは悪くない。
 左いっぱいに寄せられるので、狭い道のすれ違いなどは、かえって右ハンドル車より有利に思える。
 ただ、最初のうちは、右席に乗った同乗者は、対向車線の車が飛び込んで来るように見えて、かなり困惑していたようだった。
 
 難点があるとしたら、右側から迫ってきた車に追い抜かれるとき、一瞬の死角が生じること。
 それを解消するのには、天吊りミラーが効果があるようだ(私は付けていない)。
 この “一瞬の死角” は、この車の納車が始まった頃から、すでに問題になっていたもので、何台かは補助ミラーをつけて納めたという話は聞いた。私は、「事前の注意と慣れ」でなんとかしのいでいる。
 
 
レイアウト
 
 「コマンダー」というキャンピングカーの外形的特徴をいうと、“鼻付き” であることだ。つまり、ボンネットがバン! っと前に突き出ている。
 
 ボンネット型キャンピングカーは、確かにカッコはいいけれど、5mクラスのキャブコンとなれば、このボンネット部分にスペースを取られてしまう分、居住空間が狭められてしまう。
 つまり、長さの割りに、室内が狭い。

 これを「損」と取るか、「贅沢」と取るか。
 私は、「贅沢」と取った。


 
 ただ、正直にいうと、家族の多いユーザーには向かない車だ。
 カタログで謳われている乗車定員は9名。就寝定員は6名だが、それは人間を動かないマネキン人形のように考えて、肌と肌を密着させた状態で詰め込んだときの数値で、実質的には夫婦2名+小さな子供2名というのが許容限度。
 理想をいえば、夫婦2人の車だ。

 息子は、いま身長が180cmを超えるが、こいつが一人乗り込んでくるだけで、室内があっという間に半分に縮小されちゃったのか? と思えるほど窮屈になる。
 でも、今はほとんど夫婦2人で使っているので、まったく問題がない。

 ボンネットなどという “無駄メシ喰らい” のスペースがあるため、室内空間は狭いのだが、それを感じさせないところが、この車の妙である。
 理由は、バックエントランス。

 エントランスドアが、ボディの真後ろにある。
 エートゥゼットのアミティRRがこれを採用し、評判を取った。
 その昔は、日本人が企画した車ではアストロスター、イーグルなどというキャブコンがあり、輸入車ではシヌークがあったが、いずれにせよ、このレイアウトは少数派だ。
 
 トラックキャンパーでは、構造上このスタイルしか取れないわけだから、それはやむを得ないとして、キャブコンでこれを採用する車が少なかったのは、出入口がオーニング下からずれるし、リヤにキャリア類が付けられない … などというデメリットがあったためだろう。
 
 でも、そういう不便さを気にしなければ、これは無類にスペース効率の良いアイデアだ。
 フロントエントランスにせよ、リヤエントランスにせよ、ボディの横に入口がある車は、その入口まわりに家具を置くことができない。つまり、エントランスステップが “デッドスペース” になってしまうわけだ。
 
 コマンダーは、バックエントランスを採用したため、運転席からリヤエンドまで真っ直ぐに伸びる純粋なキャビンスペースを確保している。
 そのため、“生意気にも” シャワー・トイレルームさえ実現している。

 (写真上)ボディサイドにエントランスドアがない分、室内には、ドーン! と優雅なサイドソファが通っているのが特徴。
 足の長さなど自慢できない奥ゆかしい私なんぞは、このサイドソファがあるだけで、(フロアベッドを作ることなく)そのまま寝っ転がることができる。

 トラックベースに見えない運転席周りも気に入っているところのひとつ。
 乗用車っぽくハンドルが立っている。
 運転席・助手席とも、肘掛けが付いていて、快適だ。

 下は、キッチンスペース。
 さすがに狭いけど、いちおう2口コンロ付き。
 コンロの上には換気扇があって、煙草を吸っていたときは、この下で煙を吐き出すと同乗者のカミさんに迷惑をかけることがなかったので助かった。

 12V仕様の電子レンジ(↓)も最初から標準装備だった。
 これもけっこう便利。AC電源が取れなくても、冷凍モノを温めたりできるので重宝している。

 ゆったりしたダイネットシートに座り、窓の外に広がる港の夜景などを眺めながら、気に入った音楽を流し、ウィスキーなどをすすっていると、最高の気分である。


  
  
 ※ キャンピングカーライターの岩田一成さんとの対談による “愛車自慢” に関しては、下記のサイトをどうぞ。
 https://camping-cars.jp/usage/3986.html
(キャンピングカー総合WEBサイト「キャンピングカースタイル」) 
 
 
コマンダーGT(初期型モデル)主要諸元

ベース車両 ヒュンダイSRXトラック
全長 4980mm
全幅 2150mm
全高 2700mm
エンジン種類 インタークーラー付きターボディーゼル
排気量 2476cc
最高出力 103ps/3800rpm
最大トルク 24,0km/2000rpm
ミッション 4速AT(アイシン精機製)
駆動方式 2WD(FR)
ホイールベース 3280mm
トレッド(前) 1570mm/(後)1408mm ※後輪ダブルタイヤ
最小回転半径 6.3m
燃料タンク 70㍑(軽油)
発売当時価格(初期型) 4,600,000円
 
主要装備
FRP一体成形ボディ/網戸付きペアガラス/バックエントランスドア/温水ボイラー/ファンタスティックベント/ギャレー(シンク&2口コンロ)/大型外部収納庫(左右)/給排水タンク(各94㍑)/3ウェイ冷蔵庫/12V電子レンジ/105Ahサブバッテリー×2/カセットトイレ/ベバストFFヒーター/サイドオーニング/バックアイカメラ/リヤラダー/大型凸面ミラー/走行充電装置ほか 
 
 

カテゴリー: campingcar | 7件のコメント

トレーラー販売店最大手の「インディアナ・RV」の歴史

 
 キャンピングトレーラーの専門ショップ「インディアナ・RV」がこの春にリリースした「エメロード406」は、輸入トレーラーのなかでも左エントランスドアを実現した日本仕様モデルとして話題を呼んでいる。

▼ エメロード406

 
 「エメロード406」は、ヨーロッパではハイマーグループと肩を並べる巨大グループを統括している「トリガノ」社の製品。
 同社は、傘下に収めている企業も含めると、ヨーロッパ全土で20以上の工場と4.000人規模の従業員を抱えた大企業。各工場のラインからは自走式もトレーラーも流れているが、トレーラーだけで年間1万台以上出荷しているといわれている。
 

 
 普通、これほどの大企業ともなると、マーケット規模が小さい日本の使用条件を考えた製品など、まず考えることはない。よほどの大量注文でもないかぎり、新たに生産ラインを増やさなければならない輸入元のリクエストには、ほとんど応じないのが常識だ。
 
 しかし、その常識を破って、今回は日本の左側通行帯に合わせた左エントランス仕様のキャンピングトレーラーが実現した。さらに、インディアナ・RVが打ち出した「脱プロパン」システムの根幹となる灯油式FFファンヒーターの組み込みも、向こうのラインで対応してくれることになった。
 
▼ エメロード406 U字ダイネット

 
 「トリガノ」社が、「インディアナ・RV」にこのような優遇処置をとった背景には、両社が取引を始めて、ちょうど10年という節目を迎えたことも大きかった。
 しかし、それだけではない。
 インディアナ・RVの30年近いトレーラー販売実績の積み重ねが評価の対象となったからだ。
 
 「エメロード406」というトレーラーの情報は、下記のサイトで詳しく展開したが、ここではインディアナ・RVが今日までたどってきた歴史を、同社の降旗貴史氏のインタビューを通じて紹介したい。
 
※ エメロード406詳細情報(↓)
https://camping-cars.jp/taidan/3962.html
(キャンピングカー情報総合WEBサイト「キャンピングカースタイル」)
 
…………………………………………………………………………
 
「インディアナ・RV」はトラックキャンパー
 の発売から始まった

 
インディアナ・RVの歴史を降旗貴史代表に聞く
  
  

【町田】 インディアナ・RVさんの創業期の話を多少うかがいたいんですが、スタートはいつ頃だったんですか?
【降旗】 私たちの店がオープンしたのは1991年です。だから、今年(2018年)で27年目ということになりますね。
 最初は中古自動車の販売店としてスタートしたんですが、事業を始めてまもなく、「メキシコで日本の中古車を売ったらどうか?」 という話が舞い込んできたんです。
 結果的にその話は頓挫したわけですが、交渉のためにメキシコに行っているときに、アメリカ製のキャンピングカーを見る機会が多かったんです。それを見ているうちにだんだん惹かれるものを感じてきて、「いっそのことキャンピングカーを日本で売ろう!」とひらめいたわけです。

【町田】 そのときすでにトレーラー販売を念頭に置いていたんですか?
【降旗】 はい。最初からトレーラーを売るつもりでいました。特にフォールディングトレーラー … テントトレーラーですね。それが面白そうに思えたので、2~3台入れてみたのですが、いざ発売するとなると、当時は日本の法規制がまだそうとう厳しくて、手続きが非常に面倒になることが分かったんですね。
 それでいったんトレーラーをあきらめて、トラックキャンパーから始めることにしました。

【町田】 その時代のことはよく覚えていますよ。確か、お店の名前は「タックス湘南」でしたよね?
【降旗】 そうです。中古自動車を販売していたときの名前をそのまま使っていました。トラックキャンパーを始めた時も、1995年までは「タックス湘南RV事業部」という名称を使っていました。

【町田】 「インディアナ」という会社名を使われたのはいつからですか?
【降旗】 1996年からですね。その前からアメリカの「シャドウクルーザー」という会社のトラキャンに「インディアナ」というブランド名をつけて売っていましたから、それを社名にしようと思ったんです。「インディアナ」という名前自体も、たまたま「シャドウクルーザー」社がインディアナ州にあったというところから付けただけのことです。 

▼ インディアナ657

【町田】 トラキャンはいつまで扱っていらっしゃったのですか?
【降旗】 確か、1997年ぐらいまでだったと思います。ポップアップルーフを持った「インディアナ651」と、ハードタイプのシェルを持った「インディアナ656」という2種類のタイプをまずそろえ、その後エアコンを常設した「インディアナ657」を出しました。
 でも、お客さんと話していると、トラキャンに不満を感じている人が多いことも分かってきたんですね。たとえば、「ダブルキャブのセカンドシートが直角になっていてくつろげない」とか、「車検のときに、いちいちシェルを積み下ろすのが面倒」とか。
 そこでもう一度トレーラーに戻ろうかと思っていた矢先、トレーラーに対する日本の法規制が緩やかになったんです。
 ならば、「シャドウクルーザー」社に、けん引免許の必要のない750kg以下に抑えた日本向けのトレーラーをつくってもらおうと考え、本社にまで相談に行ったんですよ。
 
 
ついに人気トレーラーをプロデュース
 
【町田】 ああ、それが「インディアナTR-4」になっていったわけですね。

【降旗】 そのとおりです。「シャドウクルーザー」社というのは、そんなに大きな会社でもなかったから、私たちの意向を汲んでくれて、検討材料として実寸のモックアップまで作ってくれたのね。
 そのとき、その社長が苦笑いするんですよ。「日本人は本当にウサギ小屋を欲しがるんだなぁ」って。「ウサギ小屋」というのは、当時日本人の住環境を表現するときにアメリカ人がよく使ったジョークなんですね(笑)。

【町田】 日本のマスコミも、昔はよくその言葉を使っていましたね。
【降旗】 まぁ、とにかく「シャドウクルーザー」社のトラキャン技術を採り入れたトレーラーが完成して、それを日本で218万円という価格で売り出したら、これがヒットしてくれたんですね。
 そのあと、それを改良した「TR-4 V2」や、その車体を少し伸ばした「TR-4 V2L」などを加えていったのですが、どれも評判がよくて、ようやく “トレーラー専門店” の体裁が取れるようになったんですね。
 
▼ インディアナTR-4  

 
【町田】 それで社名も「インディアナRV」に変えたと?
【降旗】 そうですね。でも、そうやって私たちの事業も順風満帆に進むかと思ってい矢先に、突然「シャドウクルーザー」の社長が自分の会社を他社に売ってしまったんですよ。会社の評判も上ってきて、高く売れると分かったときに他社に売ってしまうというのはアメリカではよくある話なんですけどね。
 そのあとは、ちょっと迷走しましたね。イギリスの「スイフト」社に行ったり、オランダの会社に行ったり、ベルギーに行ったりしましたけれど、なかなか条件の合う会社がなくてね。
 そんなとき、ポルトガルの「マルカンポ・キャラバンズ」という会社が製作を引き受けてくれて、それがうちの人気商品となる「ポルト」シリーズになったわけです。
 
▼ インディアナポルト5

【町田】 このときに、「2ダイネット」仕様が定番スタイルになったわけですね。
【降旗】 そうです。ポルト5、ポルト6、ポルト7とぜんぶ2ダイネット仕様で世に出しました。
 そのあとは、ヨーロッパの大手メーカー「クナウス」との繋がりができて、やがてさらに大手のトリガノとのパイプができて、現在に至っているというわけです。

【町田】 すごいな、激動の人生 !
【降旗】 そんなことはないよ(笑)。
【町田】 日本RV協会(JRVA)の会長という新しい職務も加わって、たいへんお忙しいことだと思いますが、今後も日本のトレーラー文化の育成に向けて、頑張ってください。
 
 
インディアナ・RV社の扱う最新トレーラー情報などは、こちらをどうぞ。
(↓)

https://camping-cars.jp/taidan/3962.html
(キャンピングカー情報総合WEBサイト「キャンピングカースタイル」)
 
 

カテゴリー: campingcar | 2件のコメント

井の頭公園駅前の喫茶店「千」

  
▼ 井の頭公園の桜

 散歩コースとして気に入っているエリアの一つに、井の頭線の「井の頭公園駅」(東京都・三鷹市)がある。

 そこから600mの距離に、中央線では屈指の繁華街として知られる「吉祥寺」が控えているというのに、たった一駅離れた「井の頭公園駅」は、まるでローカル線の無人駅をしのばせるような、こぢんまりした小さな駅舎の面影をとどめている。

 隣の「吉祥寺駅」の1日の利用者数は29万人。
 それに対して、「井の頭公園駅」の1日の利用者数は7千人。 
 たった1駅しか違わないのに、この駅の利用者は吉祥寺の40分の1にすぎない。

 それだけに、朝晩の通勤ラッシュが過ぎると、「井の頭公園駅」は、駅自体が眠りにつくように、のどかな静けさに包まれる。

 駅前にある店舗も数えるほどしかなく、数軒の喫茶店と居酒屋を眺めながら50mほど歩くと、いつのまにか閑静な住宅街になってしまう。

 メルヘンとか夢のなかに忽然と現れる “幻の町” 。
 そんな風情が好きで、天気の良い日は、家から40分歩いてこの駅までやってくる。

 駅前に並ぶ居酒屋と喫茶店も、みな “ひと癖あり気” な雰囲気をたたえている。

 店内に入ったわけではないが、表から眺めるかぎり、どの店もオーナーの “こだわり” が道路まで溢れてきそうに思える。
 「文化の香り」
 というものかもしれない。
 このへん一帯を “武蔵野” などと呼ぶことがあるが、「武蔵野」と言葉にして吐き出すときの文芸的香気がどの店からも漂ってくる。

 国木田独歩の随筆『武蔵野』。
 大岡昇平の恋愛小説『武蔵野夫人』。
 山田美妙の短編時代小説『武蔵野』。

 “武蔵野” を冠した文芸ものは実に多い。
 そういう文芸的香りというのは、かつて隣町の吉祥寺が持っていたものだが、同市が中央線を代表する一大消費都市になってしまった今、文芸的な空気感はすっかり吉祥寺から消えた。
 そのかすかな香りが、一駅離れたこの「井の頭公園駅」にひっそりと残っている。

 駅前に数軒開いている喫茶店のうち、「千」という名の店(↑)に入ってみた。
 「炭火焼珈琲」という看板を掲げた入り口を覗くと、上にあがる階段が見えた。

 階段を上がり切ったところに、艶やかな花を生けた壺が置かれている。
 生け花のことなどまったく知らない私だが、入り口に目を見張るような花を配したところに、この店のオーナーの心遣いが感じられる。
 つまり、「ここから先は日常空間とは一味違ったくつろぎの場所ですよ」というアピールなのだ。

 店内を覗くと、4人掛けのボックスが四つ。
 2人掛けのボックスが二つ。
 たゆたうように低く流れるショパンのノクターン。
 煎れ立てのコーヒーの香りが、店内の隅々まで届きそうな “ほどよい狭さ” が落ち着く。

 さりげなく置かれた調度の一つひとつに味がある。
 クラシカルなランプ。
 小さな彫刻。
 棟方志功の版画。
 窓辺を飾る観葉植物も手入れがゆき届いていて、葉の一つ一つがみずみずしい酸素を吐き出していそうだ。

 コーヒーは、オーダーを受けてから、オーナーが豆を挽き、一杯ずつドリップで煎れる。
 小さな角砂糖とザラメ状のコーヒーシュガーの2種類がミルクと一緒に運ばれてくる。
 一杯600円というコーヒー代は、メニューを見たときは「高い」と思ったが、その味と香りを味わってみて納得。店内の雰囲気代も入っていると思えば、きわめてリーズナブルに思えた。

 何よりも気に入ったのは、床である。
 見事な光沢をたたえたフローリング。
 床の光り方に “大正ロマン” 的な味わいが感じられて、古き良き時代にタイムスリップしたような気分になる。 
 この渋い光は、相当な年月を重ねないと浮き上がってこない。ワックスがけなどの日頃のメンテナンスもたいへんなのではあるまいか。

 窓から「井の頭公園駅」が見下ろせる。
 野口五郎の歌に「私鉄沿線」というヒット曲があったが、小さな私鉄沿線の駅というのは、恋愛ドラマの格好の舞台となる。
 この店で、コーヒーをすすりながら駅を見下ろしていると、作詞家ならば歌の一つを。小説家ならば短編の一篇を思いつくかもしれない。

 「昭和」という時代には、この店のような「喫茶店文化」ともいえる匂いを持った店が街のいたるところにあった。
 しかし、「平成」になると、「ドトール」や「スターバックス」のようなチェーン店のカフェが普及するようになって、どんどん昔ながらの喫茶店は消えていき、それとともに「喫茶店文化」も消えた。

 チェーン店のカフェでは、コーヒーは飲めるが「文化」はない。
 喫茶店の「文化」とは、その店のオーナーの思想そのものだからだ。
 オーナーの世界観によって統一された空間が、昭和の喫茶店だったのだ。

 この「千」という喫茶店には、友と文芸やアートやクラシック音楽を語りたくなるような空気が漂っている。
 たぶん、それはこの店のオーナーの世界観がつくり出した空気なのだ。

 そういう店は、日本全国の街の中心部から消えつつある。
 しかし、逆に、このような喫茶店は、吉祥寺といったような一大消費都市の周縁部にひっそりと残っているから風情があるのかもしれない。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ | コメントをどうぞ

キャンピングカー業界が迎えた激動期をチャンスに変える

  
トイファクトリー 藤井昭文 代表インタビュー 2018

 キャンピングカーの取材・報道の仕事に24~25年携わってきて、今ほどキャンピングカーそのものが大きく変わろうとしていることを感じたことはない。

 その変化は、車づくりそのものからも感じ取れるし、国産メーカーのなかからグローバルな視野を持ち始めた企業が出てきたことからも感じられる。
 さらには、業界の一部で組織再編成の動きが始まっていることからも伝わってくる。
 
 しかし、いちばん大きな変化は、なによりもキャンピングカーのベース車の変化だ。
 「自動車が変わろうとしている」
 それがいちばん大きな問題なのだ。

 キャンピングカーも、しょせんは自動車である。
 それも、乗用車メーカーが供給するベース車に架装することでキャンピングカーが成り立つわけだから、ベース車の変化は必然的にキャンピングカーにも変化をうながす。

 自動運転化
 EV(電気自動車)化

 世界の自動車はものすごい勢いで、そちらの方向にシフトしている。
 そういう時代を迎えて、キャンピングカーはこれからどういうスタイルを身に付ければいいのだろうか。
 バンコンビルダーのトップを走り続けるトイファクトリーの藤井昭文代表へのインタビューから、キャンピングカーの未来を占う話題を中心に拾ってみた。

自動運転技術はキャンピングカーを変えるか?

【町田】 最近の乗用車のCMなどを見ていると、国産車の大半が自動ブレーキを搭載して、障害物や通行人あるいは他の車両との接触を避けるような車両であることをアピールしています。
 こういう乗用車の新しい方向性は、やがてキャンピングカーにも反映されてくるものなのでしょうか?

【藤井】 まだ今のところは難しいですね。というのは、キャンピングカーの場合は同じベース車でも、ビルダーによって架装重量も異なるし、家具を配置するバランスも異なります。さらに、乗車定員や就寝定員も車によって変わってきますし、なかには、ベース車をボディカットした車両もあります。
 そうなると、自動ブレーキを作動させるためのセンサーも、何に焦点を合わせればいいのか絞り切れないんですよ。
 そういう理由から、自動車メーカーさんも、まだ自動ブレーキシステムを載せたベース車をどこのビルダーさんにも供給できないんです。

【町田】 なるほど。それはそうですね。
【藤井】 しかし、自動車メーカーさんと共同開発できるような車両ならば、可能性は出てくると思いますよ。
【町田】 トイさんの場合は、それを可能にしているんですか?

【藤井】 一部の車両ではすでに実現しています。実は、このたび私たちが開発した「101 T-SR」というチューニングブランド名を持つ車は、トヨタさんの自動ブレーキシステムである「トヨタ・セーフティー・センス」を搭載しているんです。つまり、昼夜を問わず、歩行者や他の車両、自転車などの動きを検知して、衝突回避や被害を軽減できるようなシステムを搭載しています。

※ 詳しくは「キャンピングカースタイル」 https://camping-cars.jp/taidan/3937.html 参照

【町田】 なるほど。さらにおうかがいしたいのですが、現在外国の自動車メーカーを中心に、高速道路内に限定した自動運転技術を実用化し始めていますよね。さらに将来は一般道においても自動車の完全自動走行を実現させるための研究が進められています。
 それにはまだそうとうな課題が残されていると思うのですが、もしそういう自動車が出てきたとしたら、それはキャンピングカーも変わっていくことになりそうですか?

【藤井】 そうなればキャンピングカーも劇的な変化を遂げるでしょうね。たとえば、ベース車が自動運転化されれば、キャンピングカーの乗員はみな対面ダイネットをつくって移動中からくつろげるわけです。すでに多くのキャンピングカーメーカーはそういうイメージを未来の商品に投影していると思います。
 ただ、やはり自動運転システムも誤作動を起こす可能性がありますから、そういうときにどう対応するか。
 そこのところで、自動車メーカーさんと緊密な連携を取れるビルダーじゃないと、自動運転キャンピングカーはつくれないでしょうね。

【町田】 もし、そういうキャンピングカーが現実のものとなれば、われわれのキャンピングカーライフはまったく違った次元に移行するのでしょうね。
【藤井】 キャンピングカーに限らず、カーライフ全般が変わるでしょうね。昨年の「東京モーターショー」を見学して驚いたのですが、車を使う人間のライフスタイルそのものが変わってきたことを示すブースがものすごく増えてきているんです。

【町田】 どう変わってきたのですか?
【藤井】 「車」というよりも、「家が走る」というコンセプトを訴えたものが目立つようになってきたんですね。
【町田】 わぁ、“キャンピングカーだ” 。
【藤井】 そうです。たとえば、介護が必要な家族がいる部屋があって、その部屋が自動車として簡単に切り離されるようになっているんですね。そして、家族が運転すれば、介護を受ける人がベッドに寝たまま病院に行けるようになっている。

▼ ホンダ「家モビ」Concept

【町田】 今の時代にぴったりのテーマですね。
【藤井】 そういうように、自動車の「概念」そのものが大きく変わろうとしています。

【町田】 そうなれば、キャンピングカーにも大きな飛躍のチャンスが訪れることになりますね。
【藤井】 確かにチャンスでもありますが、同時にピンチであるとも考えられます。
【町田】 どういうことですか?
 
 
運転手の要らない車社会が、すぐそこまで迫っている?

【藤井】 ベース車がEV化したり、自動運転化したりするということは、自動車メーカー同士の開発競争が激化していくことになるんですね。そうなると、当然技術上の秘密事項というものがどんどん増えていくことになります。
 そうなった段階で、自動車メーカーがどこまでキャンピングカービルダーのことを信頼してくれるのか。メーカーが自分たちの秘密を守るために、われわれに供給するベース車をものすごく限定してくる可能性はあります。

【町田】 ああ、なるほどね。キャンピングカービルダーにとっては「試練の未来」
が待っているかもしれないと … 。
【藤井】 キャンピングカービルダーだけでなく、現在自動車を使っている仕事全般が見直されるようになるかもしれません。
 一般道における完全自動運転が可能になってからの話ですが、そういう世の中になると、まず「運転手さん」が要らなくなる。バスの運転手さん、トラックの運転手さん、タクシーの運転手さんという仕事がなくなることも考えられます。

【町田】 恐ろしいような変化が待ち受けているわけですね。
【藤井】 そうですね。そういうように、「運転手がいない」車というものが生まれてくれば、それはもう(従来の意味での)車ではなくなるわけですね。中心となるユニットはコンピュターの塊りによって占められるようになるでしょうから、車と呼ぶより、もう「家電」と呼んだ方がふさわしいかもしれない。

【町田】 そうなった場合、キャンピングカーはどうなるんですか?
【藤井】 今までのような “キャンピングカー屋さん” じゃなくてもキャンピングカーをつくれる時代がきてしまう。
 たとえば、どこかの大手工務店さんが、「うちは内装が得意だからキャンピングカー屋さんよりも安く請け負いますよ」などといってくれば、われわれはそういう業者さんに一気に仕事をとられてしまうかもしれない。

【町田】 そうならないためには?
【藤井】 そういう時代が来る前に、軽量化の問題とか、安全性の問題などで、しっかりしたキャンピングカーづくりのノウハウを確立し、乗用車メーカーさんから「このビルダーは使える」と認知されるような実力を蓄えておかないとならないでしょうね。
 
 
リチウムイオン電池ブームに対する懸念

【町田】 安全対策なども、これからはシビアなものが要求されるでしょうね。
【藤井】 そうですね。たとえば、リチウムイオンバッテリーがいまキャンピングカー業界で脚光を浴びていますよね。
 しかし、現在の段階では、ビルダーさんレベルが開発したもののなかには、まだ不安定な要素を抱えたものも混じっているんですね。もちろん日産自動車さんがキャラバンに搭載しているようなものは別です。あれは乗用車メーカーが絶対的な安全性を謳い、「メーカー保証を付ける」といっているくらいですから、製品的にも信頼できるものだと感じます。
 しかし、民間レベルのものはまだ安全面の課題を残したものも混じっていると私は思います。

▼ 日産自動車のリチウムイオンバッテリー

【町田】 そういうことは、なかなか私の立場としては言いづらいですね(笑)。

【藤井】 いいですよ(笑)。「藤井の個人的な意見だ」ということにしておいてください(笑)。
 私が注意して見ているのは、現在リチウムイオン電池の開発費に数百億円をかけている自動車メーカーですら、「積極的に採用するには、まだ課題が残っている」といって慎重な姿勢を崩していないところなんです。
 さらに、ヨーロッパのキャンピングカーメーカーも、もう一時ほどリチウムイオン電池にこだわらないようになってきました。実際にそれを搭載している車両も減っています。
 その理由の一つに、普通の鉛バッテリーの性能がどんどん上がってきていることが挙げられます。昔だったら2年ぐらいのサイクルで交換しなければならなかったものが、充電効率を見直せば4年くらいは持つようになってきました。普通に使っても3年くらいは持ちます。
 そうなると、高価なリチウムイオン電池を使うよりも、安価な鉛バッテリーを買い替えていった方が経済的だという計算も成り立つんですね。
 そういうことを総合的に判断して、トイファクトリーが自社製品にリチウムイオン電池を搭載するタイミングは、自動車メーカーが純正品として採用したときだと考えています。

【町田】 キャンピングカー業界の “常識” は次から次へと変わってきているんですね。

【藤井】 ユーザーさんの意識もずいぶん変わってきていますね。ユーザー同士の声がネット上で交換されるような場では、少し前ですと、みなキャンピングカーメーカーがいうことよりも、ネットの声の方が優先されていたんですね。たとえば、新しい電装品として話題になっている商品を自らDIYで取り付けた方が、「この電装品を付けたらすごく効果が出た」という意見を公開したとします。昔ならば、それに対して多くの人が飛びついていったわけです。
 しかし、最近はまた変わってきて、今の例においても、「素人の配線じゃ危ないよね」などという意見もすぐアップされるようになりました。
 つまり、情報発信者が素人であるかメーカーであるかを問わず、ユーザーさん自身が「信頼できる情報か、信頼できない情報か」を見極める力を付けてきているんですね。

【町田】 ずいぶんユーザーさんも成熟してきましたね。
【藤井】 そうなんです。だからキャンピングカーメーカーも常に努力して、正しい情報を提供できる力を付けておかないとならないんですね。
 
 
国産キャンピングカーに海外マーケットへ道は開けるか

【町田】 話は変わりますが、日本のキャンピングカーメーカーさんのなかには、最近海外マーケットを視野に入れたような商品開発を試みるところも出てきました。
 しかし、それをいうならば、トイさんはすでにアフリカなどに救急医療回診車などを出していますよね。
 さらに、発展途上国の要人たちのVIPカーを「自動車メーカー」ブランドで製作しています。
 日本のキャンピングカービルダーが、国際マーケットで通用するような車両づくりのコツというものが何かあるのでしょうか?

▼ トイファクトリーの救急医療回診車

【藤井】 私たちの場合は、「トイファクトリー」というブランドで出荷するわけではなく、あくまでも「自動車メーカー」のブランドを掲げた車づくりを進めているわけですね。
 そうなると、当然家具の仕上げから配線に至るまで「自動車メーカー基準」というものが要求されるわけです。これはキャンピングカービルダーのレベルではとてもクリアできないような、そうとう厳しい基準になっています。
 それをこなすために、私たちも何年という歳月をかけて苦労を重ねてきましたが、そこで得たノウハウが、けっきょくトイファクトリーのキャンピングカー開発力を高めることになりました。
 説明するのは難しいのですが、それが「コツ」といえば、コツになりますかね。

【町田】 つまり “自動車メーカー基準” を満たせば、海外マーケットでも通用する車両づくりが可能になるということでしょうか?
【藤井】 そうですね。自動車メーカーさんは、車両の安全面や装備の完成度においても完璧なものを要求されますし、家具などの質感においてもそうとう厳しいチェックを行います。
 たとえば、家具の表面やエッジの部分なども、品質管理の担当者が手のひらで入念に表面を撫でられるんですよ。そして、女性や子供が触っても違和感のないような手触りになっているかどうか、触感や視覚に関する部分まで綿密にチェックするんですね。
 
 
セブンシーズのクオリティは海外でも通用する
 
【町田】 そういうことなれば、またずいぶん洗練された商品になっていくでしょうね。
【藤井】 ええ。その域にまで達すると、ようやく海外マーケットに出しても恥ずかしくないものになります。
 この前の「ジャパンキャンピングカーショー2018」に出展したバスコンの「セブンシーズ」は、ヨーロッパで年間5万台のレンタル用キャンピングカーを扱っている方から、「この車をヨーロッパ仕様にしてくれれば3,000台買ってもいい」といわれました。

▼ セブンシーズ外形

▼ セブンシーズ内装

【町田】 ヨーロッパ仕様とは?
【藤井】 ECE基準の前突の問題が絡むので、規定上日本のマイクロバスのままでは使えないんですね。
【町田】 そうなった場合はどう対応することになるんですか?
【藤井】 たとえばフィアット・デュカトですね。それを使って、このセブンシーズのコンセプトとクオリティーを再現すればOKだというわけです。

【町田】 実際に検討されますか?
【藤井】 今のところデュカトは、まだシャシー供給の見通しが流動的なので、なんともいえませんが、魅力的な話であることは事実です。

▼ フィアット・デュカト バンボディ

【町田】 もし国産キャンピングカーが、今後海外のマーケットに出ていくことになったとしたら、そのときの日本のキャンピングカーの “武器” は何になりますか?

【藤井】 残念ながら、生産技術や量産化体制などの点で、現在のところ国内のビルダーが海外のブランドに太刀打ちできる条件は整ってはいません。
 ただ、勝機があるとしたら、それはやはり日本にしかない技術を搭載したキャンピングカーを仕上げたときでしょうね。
 たとえば、日本の家庭用インバーターエアコンを使う技術などは、まだ世界のどこにも生まれていません。そういう技術を効率よくシステム化するには、今度は家電メーカーなどとの綿密な連携プレーが要求されるんですね。
 トイファクトリーの場合は、シャープさんにご協力いただき、高効率のソーラーシステムを構築して、それをインバーターエアコンなどを駆動させる動力源の補助として使えるようにしています。
  
   
▼ シャープ製ソーラーパネル装着車

 
  
日本の電装技術をうまく採用すれば、日本の
キャンピングカーも国際競争力を身につける

  
【町田】 やっぱり電装技術が大きな “武器” になりますか?
【藤井】 そうですね。電装系に関しては、まだまだ日本の家電メーカーは世界のトップを走っています。日本のメディアは、たとえばシャープさんが台湾の「ホンハイ」に買収されたことを例にとって、「日本の家電メーカーの凋落」などと報道しますが、それは皮相的な見方であって、実際はシャープさんが従来の技術力を維持したまま、さらなる資金源を獲得したという方が事実に近い。
 そのシャープさんが、日本にしかない技術としてプラズマクラスターを持っていて、それがいま世界中の注目を浴びています。
 
【町田】 その技術をキャンピングカーに応用するということですか?

【藤井】 そういうアイデアも魅力的だ、ということですね。キャンピングカーにはペットを乗せる率も高い。そうすると動物の臭いが車内に沁みつく。また人が寝泊まりする空間ですから、知らず知らずのうちに生活臭がこもる。
 このようなことをヨーロッパのキャンピングカーユーザーは嫌うのですが、それに対して、外国のメーカーは対処しきれていない。トイファクトリーはすでに専用モデルにて対応していますが、外国のビルダーには、まだそれを解決する技術がないんですよ。
 そのような海外ユーザーのニーズに応える形で日本の電装技術を搭載したキャンピングカーが出荷されるなら、そこに商品価値が生まれる可能性は高いと考えます。

【町田】 なるほど。そのシャープさんと提携を結んでいるトイさんなら、ヨーロッパ市場で注目を浴びる国産キャンピングカーを開発できると。
【藤井】 あくまでも想定であり、アイデアの段階ですけれどね(笑)。まだ現実的なアクションを起こしているわけではありません。
 
 
プロパンガスの評価が海外でも変わりつつある
 
【町田】 ただ、いくら国産キャンピングカーの電装技術が発達したといっても、たとえばヒーターやコンロ、温水器などに関しては、海外の車両はみなLPGシステムを採用していますよね。充填設備もふんだんにあるから、ガスの補給に困るということもありません。
 だから熱源ことを考えると、海外の使用環境では、日本車の優位性はそれほど目立たないと思うんですが。
【藤井】 ただ、最近はLPGに関する向こうの評価も変わってきているんですね。たとえばヨーロッパのビルダーに上がってくるユーザーの不満のなかには、LPGに対する不満が増えてきているんです。

【町田】 どうしてですか?
【藤井】 日本のように、「充填に支障がある」とか「ガスは危険だ」とかいうことではないんですが、要は効率が悪いというんですよ。特に冬場などは2~3日でタンクが空になってしまう。そこに不満を感じるユーザーさんが増えているんですね。
 だから、日本の得意とする省エネ技術で、それに代わるエネルギーシステムを構築していけばいいと思います。
 
 
「少子高齢化」問題を乗り切る

【町田】 国内マーケットの話に戻りますけれど、日本の場合は「少子高齢化」という問題を抱えていますよね。どの産業もみな国内マーケットが縮小していくのではないかと心配しています。この問題はどう考えていらっしゃいますか?

【藤井】 確かに製造業にとっては大きな問題だと思っています。ただ、このままキャンピングカーの国内マーケットがしぼんでいくとも考えていないんですよ。まだまだ掘り起こしは可能です。 
 まず、若者マーケットについて。
 よくマスコミは「若者の自動車離れ」という報道を繰り返しますよね。あれはとんでもない間違いだと思っています。
 私たちの本社は岐阜県にあって、工場は沖縄にあるのですが、そういう地方で若者を声を拾ってみると、自動車を欲しがらない若者なんて一人もいません。
 ただ、一般的な若い方は “高い車” が買えないんです。さらに自動車ローンより高い首都圏の駐車場代なんて、とても払えない。
 そのため、マスコミがインタビューする首都圏内では、登場する若者がみな「車なんて要らない」と答えるようになりましたが、地方の若者は、移動手段がないとどうしようもありませんから、おカネを工面して、みな軽自動車を買ったりしています。そして、結婚して家族ができれば、安全面を考慮して少しだけ大きい車に買い替えています。
 
▼ 首都圏の繁華街で遊ぶ若者たち

 
【町田】 つまり、東京23区以外のエリアに住んでいる地方の若者は、みな車は必要だと思っているわけですね。確かにそうであるならば、当然車に興味を持つようにもなりますよね。
【藤井】 そうですね。車に興味を持てば、当然キャンピングカーにも関心が向くようになると思います。
 今ちょうど、若者の間にアウトドアブームが起こっていますよね。テントキャンプも盛んになってきています。そういうブームが広がり始めると、キャンピングカーに関心を持つ人々も増えてくることになります。

【町田】 ただ、高い乗用車が買えないという若者がいる以上、やはり高額商品だと思われがちなキャンピングカーも “遠い夢” ということになりませんか?
 
 
トヨタ・ハイラックスは何が若者に評価されたのか?
 
【藤井】 私は、それを「車が買えない」のではなく、「買いたい車が見つからない」というふうに捉えています。
 問題は、今のキャンピングカーが、若者の心を捉える商品になっているかどうかということですね。
 昨年の秋にトヨタが13年ぶりにハイラックスを発売しました。リサーチしてみると、20代から30代くらいの若者の90%がそれを歓迎しているんですね。あんな高いトラックをですよ。370万円台から400万円近い金額になるというのに。
 でも、彼らは「欲しい」という。
 ひとつはスタイルなんですね。そしてもう一つは、荷台があって、何か積めそうで、何か遊べそうだというイメージがある。
 
▼ 新型ハイラックス

 
【町田】 その延長線上にキャンピングカーはありますものね。
【藤井】 そうです。「何か遊べそう」というのは若者向け車両のキーワードになると思うんです。
 けっきょくわれわれキャンピングカー業界は、「何か遊べそう」というイメージを若者たちに発信する力が中途半端だったのではないか? それは、われわれ自身が遊んでいなかったからではないか?
 そう思って、トイファクトリーでは、「もっとみんなで遊ぼう!」という思いを声にするために、自分たちが管理するキャンプ場を2年前から運営することにしたんですよ。
 
 
「トイの森」で社員も遊ぶ

【町田】 「トイの森」のことですね。
【藤井】 はい。これはトイファクトリーの車を購入してくださったお客様に、プライベートキャンプ場のような気持ちで使ってもらうために開設した施設ですが、実はわれわれ自身も遊べるようにしたものなんです。
 そんなにしょっちゅう開いているわけではないですが、定期的に社員が集まって、自転車のトライアルレースをやってみたり、焚き火を囲んで酒を酌み交わしたりしています。

▼ トイの森

【町田】 お客様に遊びの提案をするためには、まずショップのスタッフが遊びを知らないと駄目だ … とはよくいわれますね。
【藤井】 そのとおりです。やっぱり星の下などで、焚き火の炎を眺めながら語り合うと、キャンピングカーに対するアイデアが無限に湧いてくるんですね。オフィスでテーブルを囲んでする会議とはまったく違う。

【町田】 一種のブレーンストーミングみたいなものですね。
【藤井】 そうです。楽しいアイデアというのは、楽しい時間からしか生まれないんですね。
【町田】 そういう時間をつくるには、キャンプなどがうってつけというわけですね。
 
 
人間教育の基礎は「自然観察」
 
【藤井】 要するに、人間に思考をうながすのは、「自然」ではないかと思っているんです。
 人類は、自然のなかに隠された情報を読み採る作業を繰り返しているうちに、今の文明にたどり着いたわけですよね。
 だから「自然観察」というのが、人間教育の基礎になるのではないかと。

▼ トイの森

【町田】 すごい話になってきた! でも、そうかもしれません。自然のなかにランダムに散らばった現象から共通のものを取り出し、それを仲間と確認し合う作業を通じて「言語」が生まれてきたわけですからね。

【藤井】 だとしたら、「トイの森」というのは、そういう人類がたどってきた知的作業を復習する施設なのかもしれません(笑)。
 今われわれは、このキャンプ場で「ネイチャースクール」というものを開催しています。そこでは子供たちを集めて、青、赤、黄、緑、白、茶などのプレートを渡し、「自然のなかで、これと同じ色をしているものを探してみて」というゲームを行っているんですね。
 大人がそううながすと、子供たちは実に真剣に考えるんです。
 自然のなかにある色は、人間がつくり出す色とはやはり微妙に違うんですね。そのため子供たちは、真剣になって自然の色を観察する。そのときに「人工物」と「自然」の違いを感覚で知ることになる。

【町田】 そうやって観察力が養われて、それが「知性」になっていくんでしょうね。
【藤井】 そうでしょうね。そういう作業の積み重ねによって養われた感性が、やがてキャンピングカーのなかに「遊び」を発見する力になるような気がします。
 遠回りかもしれないけれど、「ネイチャースクール」のような仕事も、キャンピングカーメーカーにとっての “未来の種まき” になるような気がしています。
 
 
※ 藤井代表インタビューにおける車両の話題や技術的な話題は、下記の記事をご参照ください。
https://camping-cars.jp/taidan/3937.html
(「キャンピングカースタイル」)
 
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

息子の中学時代最後の旅

 
 1994年に、「ギャラクシーⅢ」という1台目のキャンピングカーを買った。ピックアップトラックのトヨタハイラックス4WDに架装したキャブコンであった。

 このとき、長男はすでに中学1年生。13歳。
 親と一緒にキャンピングカー旅行について来るのか来ないのかという、微妙な年齢に達していた。

 小学生のときまで、親といっしょに旅行していた子供も、中学に入るともう親にはついて来ない、とよくいわれる。
 中学生から本格的な部活を始める子も多い。そうなると、休みの大半が部活に奪われてしまう。
 また、小学生の頃に比べると、友達づき合いの質も変わる。
 親にも相談できないような悩みごとも増え、友達同士の方がお互いに悩みを打ち明けやすくなったりするのもこの頃だ。

 たぶん、中学生というのは、子供が「社会」と向き合う年齢なのだ。
 「社会」とは、むき出しの “個” が、世間と対峙する世界のことをいう。
 つまり、自分一人でいろいろな問題を解決しなければならない “場” を指す。
 
 それに対し、小学生までは、まだ「共同体」の一員である。
 「共同体」とは、すなわち、家族や親せき、隣人といった取り巻きが未熟な人間を「社会」の荒波から守ってくれる “場” のことをいう。
 両親・兄弟は「家族共同体」である。
 近所づきあいなどといわれる隣人同士の繋がりは、「地域共同体」という。
 小学校も、基本的には地域社会に基盤を置くから、これも広い意味での「地域共同体」である。

 しかし、中学生活を始めるということは、そういう共同体のプロテクターが及ばない領域に足を踏み入れることをいう。
 そこで待ち受けているのは、たとえば、自分が他人にどう見られているのか? という自意識の不安かもしれないし、恋を知ることのときめきかもしれないし、人間関係の齟齬(たとえばイジメなど)に対する恐怖であるかもしれない。

 いずれにせよ、子供たちは、生まれてはじめて、他者が介在してくる “場” を経験するようになる。
 それは、この世には、親にも相談できない悩みがあることを知ることでもある。
 子供が、親といっしょに旅行に行くのを避けるようになるのは、部活や友達付き合いを優先したいからだけではない。
 自分が「親にも相談できない悩み」を抱えてしまったことで、親を心配させたくないからだ。

 
 わが家は、長男がそういう微妙な時期に入ったとき、ようやくキャンピングカーが間に合った。
 中学1年生になった息子は、すでに部活も始めていたし、新しい友人関係も結ぶようになっていた。
 それでも、誘えば、何度か親のキャンピングカー旅行についてきた。
 断ったりすると、親ががっかりすると思ったのかもしれないし、単純に、はじめて経験するキャンピングカー旅行というものに好奇心を持ったからかもしれない。

 しかし、それもせいぜい中学1年かぎりだった。
 中学2年以降は、運動部の部活でそれなりにリーダー的立場が要求されるポジションに就いてしまったため、親とは休みのスケジュールが合わなくなった。

 彼の中学生時代の最後のキャンピングカー旅行は、1年の夏休みが終わる最終週だった。
 夏の部活が終わり、9月の2学期が始まる直前にようやく旅行のスケジュールが取れた。
 男同士の2人旅となった。


 
 群馬県にある宝川温泉に寄ったりしながら、宝台樹(ほうだいぎ)キャンプ場というところで1泊した。
 目の中が緑色に染まるような、深い木立に囲まれた山のキャンプ場だった。

 オーニングを出し、椅子・テーブルをセッティングしたあと、緑に染まった山々を見ながら、コーヒーを飲んだ。
 息子は、夏休みに組み立てる予定だった戦車のプラモデルを箱から取り出し、テーブルの上で組み立て始めた。


 
 お互いに会話はなかった。
 子供が中学生ぐらいになると、親子の会話というのは、そんなに多くないのが普通だ。
 男同士だと、互いに照れくさいということもある。
 無理してしゃべり合うことの不自然さというのもお互いに分かっている。
 
 しかし、短い会話の心地よさというものもある。
 「お前、コーヒー飲むか?」
 「飲む」
 「砂糖は?」
 「いる」
 「 …… 」
 「 …… 」
 「緑がまぶしいな」
 「まぶしいね」
 
 そんな会話を交わしながら、長男はプラモデルを組み立てる手を休めない。
 ぽつりぽつりと途切れる会話なのに、けっこう充実した時間が流れていく。

 午後の陽射しが気持ち良いので、オーニングの下でうつらうつらする。
 目が覚めると、息子の戦車が完成していた。

 息子がそれを草の上に置く。
 大草原を疾駆する勇壮な戦車。
 プラモデルが完成したときのいちばん充実した時間を、いま彼は堪能しようとしている。

 しかし、そのとき彼の口からこぼれたのは、意外な言葉だった。
 「終わっちゃったな …」
 なんとも深いため息だった。

 プラモデルは、完成させるまでが “遊び” なのだ。
 完成して、もう手を加えることがなくなってしまうと、それはただの置物にすぎない。
 おそらく、彼はそのことを嘆いたのだろうと思った。
 しかし、次に出てきたのは、こんな言葉だった。

 「もうこれが夏休みの最後だね」
 そういって、彼は草の上の戦車から目を離し、遠くの山々をまぶしそうに眺めた。
 
 明日このキャンプ場からキャンピングカーを撤収して、家に戻れば、その翌日から2学期が始まる。
 「夏休みの最後」
 という言葉の切なさは、私にも十分伝わってきた。
 彼は、そのとき、生ぬるい癒しに満ちた “家族共同体” に背を向けて、再び “社会” という厳しい世界に戻っていくことの辛さを言葉にしたのだ。
 
 
 その夜、2人で懐中電灯をぶらさげたまま、キャンプ場の敷地を出て山の方に散歩に出かけた。
 月明りに照らされた道路の彼方を、黒い影が横切った。
 大きな犬のようにも見えた。

 「クマだ !」
 私はそう叫んで、息子を追い立てながら、一目散にキャンプ場向かって駆け戻った。

 2人とも息を切らしながら、車の中に入り、ようやく顔を見合わせた。
 「怖いものを見たね !」
 と口では言いながらも、息子の顔は輝いていた。
 彼にしてみれば、夏休みの終わりを飾るにふさわしい “イベント” に遭遇したのかもしれなかった。
 
   
 参考記事 JRVAコラム
 「子供はいくつになるまで親のキャンピングカー旅行について来るか?」

 (↓)
 http://www.jrva.com/column/detail.php?column_cd=73
  
 

カテゴリー: campingcar, 旅&キャンプ | コメントをどうぞ

キャンパー鹿児島「レム レポーズ」誕生

 
リチウムイオン電池を搭載した
キャンパー鹿児島の新キャブコン

 業界でもいち早くリチウムイオンバッテリーを搭載したキャンピングカーの実用化に踏み切ったキャンパー鹿児島。
 同社が開発した「KULOS(クロス)」というリチウムイオンバッテリーは、発電容量がケタはずれに大きく、従来の鉛バッテリーの7倍~10倍の寿命を保ち、しかも重量が軽い。
 このバッテリーで車内のエアコンを駆動させたとき、8時間から13時間程度の連続運転できるようになっている。

 さらに、同バッテリーの場合はそれまでのリチウムイオンバッテリーとは異なり、キャンピングカーに搭載した場合は走行充電が可能であるのみならず、アイドリング充電も可能という画期的なもの。現在、メディアやユーザーの間で大反響を巻き起こしている。

 しかし、同バッテリーはこれまではバンコンにしか搭載されたことはなく、キャブコンへの採用を期待するユーザーの声は高かった。 
 「レム レポーズ」は、そんなユーザーのリクエストに応えて、キャンパー鹿児島がはじめてリリースした「クロス」を搭載したキャブコン。

 ユニークなスライドアを装着して、明るく開放的なエントランスを実現している。
 室内は、バンコン開発で培ってきた同社の洗練された内装でまとめられ、高機能な装備とハイセンスなデザインが融合したチャーミングなキャブコンに仕上げられている。



詳しい情報は、こちらをどうぞ (↓)
https://camping-cars.jp/camping-car-news/3838.html
(キャンピングカースタイル「リチウムイオンバッテリー搭載キャブコン レム レポーズ」)
 
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

ハイエース用ウィンドウ スマートシェード

 
 お洒落なコンパクトキャンピングカーを開発するメーカーとしてユーザーから一目置かれている「ホワイトハウス」は、また人々の意表を突く商品開発を行う会社としても知られている。

 ホワイトハウスの視線は、常にヨーロッパキャンピングカーに向けられており、たとえば欧州キャンパーの大半が採用しているフロント席回転機構をハイエースを使って日本でいち早く開発している。 

 そのホワイトハウスが、またしても欧州キャンパーで普及している新機構を日本でも実現して話題を呼んでいる。
 それが「ウィンドウ スマートシェード」。
 フロントウィンドウと運転席・助手席のサイドウィンドウを覆うプリーツ式(蛇腹式)のブラインドである。

 欧州キャンパーでは、下記の例のように、従来の遮光カーテンに代り、このスマートシェードが急速に普及。今ではほとんどのキャンピングカーに取り付けられるようになった。

▼ ハイマーML-T(2018年)のスマートシェード

▼ ラ・ストラーダ(2015年)のスマートシェード

 
 今回ホワイトハウスが実現したスマートシェードは、日本のハイエース用にということで、欧州キャンピングカーシェードの90%のシェアを持つ「REMIS(レミス)」と共同開発したもの。
 蛇腹式のシェードを格納するときは、端から順次折りたたまれてピラーのなかに収まっていくという機構で、これまでの遮光カーテンで窓を覆うタイプのものよりも格段に操作性が上がり、かつ見た目もすっきりするようになっている。

▼ ホワイトハウス「ハイエース用ウィンドウ スマートシェード」
_フロントウィンドウ用

▼ ホワイトハウス「ハイエース用ウィンドウ スマートシェード」

 この「REMIS」のようなパーツを開発する部品サプライヤーが欧州では数多く存在し、それが欧州キャンパーの量的・質的拡大に大きく貢献しているが、こういうパーツを日本用に加工するのは難しい。
 というのは、欧州と日本ではキャンピングカーの生産量が違いすぎるため、欧州で普及している便利なパーツを国産車用につくり直すのはコストがかかり過ぎるからだ。
 そこに踏み込んだホワイトハウスの英断は、大いに評価してよい。
 
 このスマートシェードの情報も含め、ホワイトハウスの開発するキャンピングカーの詳しい話は下記のサイトをどうぞ。

https://camping-cars.jp/taidan/3807.html
 「キャンピングカースタイル」
 ホワイトハウス酒井裕二郎 キャンピングカー事業部長インタビュー
.
 
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

ハイマーML‐T・4WDインプレッション

 

 ハイマーML-T570・4WD(輸入元RVランド)という車のインプレッションを語り合うという企画がキャンピングカーの総合WEBサイト「キャンピングカースタイル」で行われ、3月初旬、キャンピングカーライターの岩田一成氏と対談する機会を得た。夜はハイマーの車内で酒などを酌み交わしながら、岩田氏からいろいろなことを学ばせていただいた。

 私は “キャンピングカーライター”などという肩書を持ちながら、自分で買った2台のキャンピングカー以外、それほど多くの車を試乗してきたわけではない。どちらかというと、色々な資料を読み、開発担当者の話を聞いて取材対象の車を分析するという “耳学” 頼りの頭脳作業が多い。

 それに対し、『Camp Car MAGAZINE』をはじめとする数々のキャンピングカー誌、アウトドア誌にキャンピングカーの試乗記を載せ、若い頃からアメ車やカスタムカーに親しんで、ジャンルの異なる車同士のコンセプトも比較できる岩田さんはさすがである。
 重量バランスや足回りのセッティングへの言及は、実際にいくつもの車を運転してきて、“身体のセンサー” を鍛えてきた人でなければ語り切れない話だと思った。
 対談中、記事掲載からは省かれたが、若い頃の岩田さんの車遍歴なども非常に興味深く拝聴した。

▼ 左が岩田氏

 このハイマーの対談記事も、とても上手に構成されていた。
 インタビューや対談を書き起こす仕事は自分の得意分野のつもりでいたが、今回のように、自分の談話が別のライターさんからしっかりした文章としてまとめられているのを見ると、いろいろと参考になることも発見できて、ありがたかった。
 正直にいうが、「言葉」として発していないにもかかわらず、心の中まで察して、あたかもしゃべっているように構成してくれたことに関しては、感謝した気持でいっぱいである。

対談記事はこちら(↓)
https://camping-cars.jp/camping-car-news/3763.html

 この車両に関する詳しいインプレッションは、上記のサイトに飛んでいただければ楽しめると思うが、ここでは、以下この車両を貸し出してくれたRVランドの阿部和英社長の談話を少しだけ紹介して終わらせたい。

…………………………………………………………………………
阿部社長が語る “ハイマー4WD” の魅力

車両を貸し出してもらう前のRVランド展示場にて

▼ RVランド 阿部和英 社長

【町田】 「ハイマーML‐T570・4WD」という車のヨーロッパにおける位置づけなど教えてください。

【阿部】 ご存知のように、現在ヨーロッパのキャンピングカーシャシーの7割近くはフィアット・デュカトに占められているわけですね。もちろんハイマーの扱う車両にもフィアットシャシーがずいぶん含まれています。
 しかし、フィアットの場合、使える場所がベンツほどオールラウンドじゃないんですよ。少なくとも雪道や泥濘地の走行はそれほど得意ではない。特に滑りやすい坂道を登るのは苦手な方なんです。
 その理由は、フィアットはFFであるがゆえに、後軸に荷重がかかりすぎると、駆動輪である前輪が浮いてしまい、トラクションが得られにくくなってしまうからですね。特にキャンピングカーは架装重量がありますから、リヤヘビーになればどんどんフロントの駆動輪が頼りなくなっていく。全長が長くなれば長くなるほど、その傾向は強くなります。

▼ フィアットシャシーを採用したハイマーのバンコン

【町田】 でも、アルプス以北のヨーロッパの国々は日本より雪が多いというのに、なぜそれほどフィアットの方がウケるんですかね?
【阿部】 ヨーロッパのユーザーたちは、フィアットが雪道で不利だという話を出すと、必ず「日本人は運転が下手なんだ」と反論してきます(笑)。要は、「前輪が滑り始めたら、車の向きを変えて、バックで登ればいいんだ」と。

【町田】 ジョークですか?(笑)
【阿部】 いや、半分くらいは本気なんじゃないですか(笑)。でも、実際にヨーロッパ人はFF車でもうまく乗りこなしますよ。
 ただ、ウィンタースポーツなどをしょっちゅうやるようなユーザーは、やっぱりFF車を敬遠しますね。そういう人たちに、このハイマーML‐T・4WDがウケているわけです。実際にノーマル車のベンツにおいても、需要の4割は4WDだといいます。

【町田】 ならば、どうしてベンツシャシーは、フィアットに比べてヨーロッパのキャンピングカーでは伸びないんでしょう?

【阿部】 最大の理由は価格ですね。ベンツとフィアットを比べると、エンジンスペックではほぼ同じ馬力を発生するにもかかわらず、フィアットの方が100万円以上安いわけです。
 そうなると架装メーカーの方も、その差額分だけ装備類や内装設計にコストをかけることもできるし、車両価格を安くすることもできる。そういった理由でフィアットが伸びたわけですね。 
 もうひとつ理由があるとしたら、それはフィアットの方が架装の自由度が高いことでしょう。
 フィアットの場合はキャブ部とフロントタイヤ以降はシャシーの長さが自由に選べるようになっています。もちろんフィアットのオリジナルシャシーがそういう設定になっているわけですが、より走行安定性が高いアルコシャシーをチョイスした場合も、架装メーカーの方で長さのオーダーができるんです。

【町田】 しかし、それは架装メーカーさんの話であって、ユーザーサイドに立てば、雪道にも強いメルセデスの方が安心だという見方もできますよね。
【阿部】 そうなんですが、ベンツのようなFRは、やはり架装メーカー泣かせの部分があるんですよ。
 というのは、車体下にドライブシャフトが通っているので、水タンクなどの装備が積みづらくなるんですね。その部分に関していえば、FFキャンピングカーの方が架装効率はよくなります。

【町田】 日本で使う場合、メルセデスのシャシーとフィアットのシャシーでは、どちらが好まれると思いますか?
【阿部】 それは好き好きではないでしょうかね(笑)。ATミッションの場合、フィアットには独特のクセがちょっとあって、最初のうちはそこに違和感を感じるユーザーさんはいらっしゃいますね。慣れの範囲の問題でしかないのですけれど … 。
 その点、ベンツの方は、どんな車から乗り換えられても、違和感なくその操作感覚にすぐ慣れます。
 それと、ベース車自体のステータス性でいえば、現在ではベンツの方が上じゃないですか。

【町田】 両者を比べた場合、メンテナンス性はどうでしょう?

【阿部】 昔のフィアットキャンパーならば、トラブルが出たときのメンテナンス体制が問題になったこともありましたけれど、これからはフィアット車でもまったく問題なくメンテが受けられるようなサービス拠点が増えていくと思います。
 ただ、現状にかぎっていえば、まだベンツシャシーの方が安心できますね。
 というのは、日本ではベンツのテスターを持っている工場が非常に多いからです。今のベンツだと、テスターにつなぐと、トラブルが生じているパーツが部品番号で明示されるようになっているんですよ。
 だからその部品番号に従って、日本でベンツを扱っている会社に供給をお願いすれば、すぐに部品が入手できます。

【町田】 その場合、キャンピングカーベース車も一般乗用車と同じに考えていいのですか?
【阿部】 このML-Tで使われているようなトランスポーターでも、エンジンやミッションを構成するパーツは基本的に乗用車と共通なので、ベンツの乗用車をメンテできる町工場ならほとんど対応してもらえます。もちろん旅先でも、我々にご相談いただければ、トラブルに対しての具体的な対応をご説明いたします。

【町田】 それは心強いお話ですね。… 最後に、この車を導入されたときの日本の市場の反応はどうでしたか?
【阿部】 2月の「ジャパンキャンピングカーショー」に出展したあと、ハイマー系で売れたのは圧倒的にベンツシャシーでしたね。8割以上がベンツ車で、残りの2割がフィアットとトレーラーでした。

【町田】 このML‐T570・4WDの場合、顧客としてはどういうタイプの方々が多かったのですか?
【阿部】 年齢的には、非常に多岐にわたっていました。20代を除けば、30代から60代まで満遍なくいらっしゃいました。
 なかでも、30代~40代の方になると、それこそ、時代の先端をいく仕事をされている方々が多いという印象でした。特にスキーのようなウィンタースポーツが趣味というほどのことはないのかもしれませんが、「ベンツの4WDモーターホーム」という希少価値を評価されたようです。
【町田】 なるほど。これからは、この車の姿を都心でみかける機会も増えるかもしれませんね。
 
 
 ※ 今回ともにハイマーの取材に携わってくださった岩田一成さんの著作はこちら
 『人生を10倍豊かにする至福のキャンピングカー入門』
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

軽キャンパー「テントむし」人気の秘密

 
 今やキャンピングカーのジャンルのなかで、人々の注目をもっとも引き付けているのが「軽キャンピングカー」だ。
 価格や維持費が安い、取り回しがいい、スタイルが可愛いなどと、軽キャンパーの魅力はいくつも上げられるが、人気の秘密を一言でいえば “気楽さ” である。

 キャンピングカーショーのようなイベント会場に行っても、軽キャンパーなら気楽に近寄って、中を覗き込める。
 巨大な高額モーターホームなどになると、「どうせ自分は買えないんだから … 」という卑屈な気分に襲われるのか、中を覗くのも遠慮がちになるし、気のせいか、エントランスドアあたりで “門番している” スタッフも偉そうに見えたりする。

 しかし、軽キャンパーなら、室内を覗き込むときも、夜店の金魚釣りの水槽を覗き込むように、顔をニュッと突っ込むことができる。
 高級モーターホームの場合は、エントランスから首を突っ込むと、ダイネットのテーブルしか見えないが、軽キャンパーは運転席からリヤドアまで一目で見渡せるからホッとする。

 このような軽キャンピングカーの気楽さを、「テントむし」の開発者バンショップミカミの見上喜美雄代表はこう語ったことがある。


 
 「軽キャンパーが気楽なのは、“キャンピングカーは遊びの車だ” という本来の性格をいちばん強く打ち出しているからでしょう。
 これ以上大きな車になると、バンコンでもキャブコンでも、“遊びの車” という以前に “生活の車” というイメージが出てしまいます。
 でも、軽キャンパーは、形自体が “オモチャ” みたいなので、“遊びの車” という印象がふくらんでいきますよね。だから、人々の好奇心を刺激するのだろうと思います」

 開発者がそう語るだけあって、軽キャンパーの「テントむし」は確かにチャーミングだ。

 上の写真は、今年の2月にデビューした最新型「テントむし」。
 とにかく、外形がプリティ !
 軽やかな “ポップフィーリング” に満ちている。
 薄いブルーと白いサイドパネルのカラーコーディネートが爽やかだし、エントランスドアの丸窓もおシャレだ。

 この小粋な感覚というのは、実はすぐには気づきにくい細かいところから積み上げられたものなのである。
 たとえば、タイヤハウスまわりの優美な盛り上がりに注目。
 パッと見では目立たないが、実はオーバーフェンダーになっている。
 

 見上さんは、こういう。
 「走行安定性を増すために、トレッドを広げました」
 スペーサーを入れて、前は片輪15mm。後ろは片輪20mm広げてあるという。
 「その分ボディにフェンダーカバーを付けて、タイヤが出た部分をカバーしています」
 とのこと。

 そう言われてみると、確かにオーバーフェンダーになっていることがはっきりと分かる。
 「でも、(このフェンダーは)合法的な寸法の範囲に収まっているので、車検は問題なく通ります」
 という。

 カッコよく盛り上がって見えるのは、実は視覚的な演出が施されているせいもある。
 「若干ですが、シェル幅を狭くしているんですよ」
 と見上氏は秘密を打ち明ける。

 シェル幅を縮めないと、ヒンジや窓枠が外側に出っ張ってしまって、軽自動車の枠に収まりきらなくなる。
 そのため、シェル幅を多少狭く設計したわけだが、それによる視覚的な効果として、フェンダー部分が優美な弧を描いて盛り上がって見えるようになった。

 なんと芸が細かいことか !
 テントむしの洗練された外形フォルムというのは、実はこういうディテールの作り込みの蓄積から生まれている。

 室内造形も冴えわたっている。
 冷蔵庫の天板(↓)がフラットになっているのが分かるだろうか。

 実は、この冷蔵庫のフタは、バンショップミカミのオリジナル天板なのだ。
 本来このスペースには、背中が盛り上がった上ブタ式冷蔵庫がビルトインされているにすぎない。

 しかし、それでは冷蔵庫の上に物も置けないし、見た目も味気ない。
 そこで、
 「FRPの型を起こして、オリジナルの天板をつくり、冷蔵庫のフタが平らになるように加工しました」
 と見上さん。

 しかも、冷蔵庫のフタの素材は、テーブルの天板の素材と同じものが選ばれているから、インテリア全体に見事な統一感が生まれている。

 あいかわらず “憎い演出” が随所に盛り込まれた新型「テントむし」。
 名車「テントむし」が生まれてくるまでの秘話も含め、くわしい情報は下記のネットでどうぞ。
 https://camping-cars.jp/taidan/3743.html
(キャンピングカースタイル 「テントむし成功の秘密を徹底解剖」)
 
 

カテゴリー: campingcar | 4件のコメント

ベンツの4WDシャシーを使ったハイマーの魅力

 
ハイマーML‐T570を岩田さんと語る
 

 キャンピングカーライターの岩田一成さんといっしょに、ハイマーML‐T570の試乗印象を語ることになった。
 私もキャンピングカーメディアの仕事を24~25年ぐらいやってきたけれど、こんな車に出会ったのははじめて。

 4WD仕様のキャンピングカーというのは数多くあれど、4WDシャシーの上に、あの … あのですよ ! 「ハイマー」が載っているというのは、本当にびっくり。

 ハイマーといえば、いわずとしれた世界一の高級キャンピングカー。
 その内装ともなれば、エレガントでノーブル。
 成金趣味とはまったく別の、上品な大人の高級感をたたえたインテリア空間を思い浮かべる人は多いと思うが、そういう洗練された室内が、ごっついタイヤを履いたベンツの4WDシャシーに乗っているというのは、もう “事件” といってもいい。
 おだやかな暮らしを保証された貴族のお姫様が、猛獣と戦いながら、サバイバルナイフで密林を切り開きながら疾走しているという感じの車だ。


 
 その走行感覚やら室内の使い勝手など、多くの人が興味をつのらせるだろうインプレッションに関しては、岩田一成さんが「キャンピングカースタイル」というWEBサイトで詳しく書かれているので、ここではとりあえず画像だけを紹介しておく。

 見て ! こんなの(↓)。
 これ、価格でいうと、1,600万円の車ですよぉ !
 それをわざわざ「ダートの走破性を試してください」といって貸し出すRVランドの阿部社長もずいぶん太っ腹だ。

 で、室内インテリアは、やんちゃな外形と一転して、こんなにエレガント(写真下)。ハイマー60周年記念モデルなので、インテリアカラーには特別色が使われているが、ソフィストケイトされた室内と、ワイルドな外形とのギャップに、しばらくの戸惑ったのも事実。

 ワイルドといいつつ、都会の風景にもさりげなく溶け込んでしまうのもさすがハイマーならでは(写真下)。
 「アーバン&カントリー」
 持ち味の幅がとてつもなく広い車だ。
  

 それでは岩田一成さんの記事(↓)をどうぞ。
 私も、この車に関する多少の感想と、ハイマー社の歴史のようなものを書く予定です。
 https://camping-cars.jp/camping-car-news/3763.html   
 「ワイルドな4駆ハイマーML-T570」(キャンピングカースタイル)
 
 
 ベンツシャシーとフィアットシャシーなどの違いに関するRVランド阿部佐長の談話は、下記をどうぞ。
http://campingcar2.shumilog.com/2018/03/12/%e3%83%8f%e3%82%a4%e3%83%9e%e3%83%bcml%e2%80%90t%e3%83%bb4wd%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%97%e3%83%ac%e3%83%83%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3/
 

 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

ナッツRV 荒木社長の企業戦略

 
大量生産は「量」を増やすことだと思うと、
勘違いする。それは「質」の進化をうながすことだ

 
 
 今年2月初旬に開かれた「ジャパンキャンピングカーショー2018」の会場にて、国産キャンピングカーのトップビルダーであるナッツRVの荒木賢治代表から、同社の製造・販売の目標や将来の夢、車づくりの “哲学” などを聞かせていただいた。

 時間にして1時間を超える取材内容のなかには、なごやかな雑談も含まれたし、オフレコの話もあった。
 しかし、ナッツRVのフラッグシップモデル「ボーダー」への思いや、渾身の電装システムである「EVOLUTION SYSTEM(エボリューションシステム)」開発の狙いなど、現在のナッツを支えるすべてのプロジェクトの陣頭指揮を執った人の解説は、さすがに力がこもっており、聞いていても圧倒された。


 
 それらの技術的な話や、ナッツRV創業期から現在に至る歴史などについては、下記のWEBサイト(↓)に詳しく書いた。
 https://camping-cars.jp/taidan/3704.html
(※ キャンピングカー情報総合WEBサイト 「キャンピングカースタイル」)

 興味のある方は、そちらに飛んでいただくことにして、このブログでは、一般的な商品情報からは少し離れ、企業戦略および経営哲学といった、いわば思想性を帯びた話だけを抜き出すことにする。

 ナッツRVは、現在、北九州に敷地4千坪の本社工場を持ち、ほかに中国工場とフィリピン工場を稼働させている。また今年度には国内に大規模なパネル工場を建設する予定もあるという。
 従業員数は、国内だけで120名強。中国とフィリピンで働く従業員を加えると、総勢370人程度の規模だ。

 これらの数値を紹介するだけで、ナッツRVがこれまでの国産キャンピングカーメーカーに比べてケタ外れに巨大な生産システムを構築していることが分かる。
 そのような大規模生産体制を、耳慣れた言葉で「大量生産」と呼ぶ。
 
 これまでの日本のキャンピングカーメーカーの多くは、家族および少数の従業員による “家内制手工業” 的な生産規模を維持してきた。
 当然、そういう工場でつくられるキャンピングカーの台数は少ない。
 しかし、「日本のマーケットは小さいのだから、それで十分なのだ」という意見がいまだに大勢を占める。
 そこにナッツRVは、変革のクサビを打ち込もうとしている。
 その狙いはどこにあるのか?

 当日私との間に交わされた次のような会話から、荒木代表が考える “車づくりの哲学” のようなものが見えてくる。

…………………………………………………………………………
【町田】 ナッツさんの車の特徴といえば、ひとつにカラーリングの美しさがあります。これはやはりアルミパネルを効果的に使っているところからもたらされるものなんですか?

▼ アルミボディのクレア

【荒木】 アルミは平滑性がありますからね。ペイントした状態がものすごくきれいになるという特徴があります。さらにアルミを多用すると、軽量化が実現できるし、リサイクル性もある。もちろんエココンシャスである。
 しかし、アルミは仕入れる段階までが大変だったんですよ。実は、全ヨーロッパで使うアルミ素材の80%ぐらいのシェアを持つオランダの会社まで行って、何度も交渉したんですが、ほとんど相手にしてもらえなかったんですね。「最低でも10トン単位で買ってほしい」 というわけです。
 しかし、10トンといえば、200台分ぐらいの量となる。はたして、そんな量を買って大丈夫なのかと。
 ずいぶん悩みましたけれど、開発技術の将来性のことを考えると、今後の世界の趨勢はアルミ化の方向だろうと。その先行投資だと思って決断しました。

【町田】 やはり、大量生産ができるかできないかで、キャンピングカーづくりの根源的な部分が変わってきてしまうということですね。
【荒木】 そのとおりです。大量生産というのは、単に同じような品質のものを大量につくることではないんです。商品の質そのものが変わってくる。私たちのアルミボディもそうですが、部材を大量発注・大量生産できる体制そのものがキャンピングカーに質的な進化をもたらすんですね。

【町田】 そこのところが、なかなか日本のキャンピングカーメーカーさんには理解されにくいところですね。
【荒木】 そうかもしれません。けっきょく日本のキャンピングカーづくりと、欧米のキャンピングカーづくりの差を一言でいえば、日本のキャンピングカー業界には大量生産するノウハウがないということです。

【町田】 それがないと、どうなるのでしょう?
【荒木】 高品質を維持したまま安い価格の商品というものがつくれない。
 僕は、キャンピングカーを年間1万台ぐらいつくっている会社をいろいろ見てきました。ヨーロッパではハイマー、ホビー、デスレフ、クナウス、アドリア。オセアニアではオーストラリア・ジェイコとかね。 
 そういうところでは、もうパーツを全部ラインで流して、流れ作業で組み立てているわけです。そういう手法を採らないかぎり、製品の均質化も図れないし、コストを下げることもできない。
 コストが下がれば、販売価格も下げることができますから、多くの人が買えるようになる。
【町田】 それがキャンピングカーを普及させる早道というわけですね。
【荒木】 私はそう思っています。
…………………………………………………………………………

 以上のインタビューから読みとれるのは、「大量生産」システムの構築が、すでに荒木代表の商品開発哲学になっていることだ。
 理論的にいうと、これは1908年にヘンリー・フォードが確立した “T 型フォード” の思想である。20世紀の製造業は、すべてこのフォードの理論を踏襲して成長していったものばかりだ。
 だから、近代産業の歴史を知る者にとっては、ナッツの営為は「何をいまさら」と思えるようなものかもしれない。

▼ T 型フォードの生産ライン

 しかし、忘れてならないことは、T 型フォードが、あきらかに自動車の歴史を変えたことだ。
 いや、自動車の歴史を “つくった” と言い直してもいい。
 ヘンリー・フォードは、自動車の歴史をつくっただけでなく、同時に「自動車のマーケット」をつくったのだ。

 フォードが「大量生産」を打ち出す前まで、世界のどこにも「自動車マーケット」というものは存在しなかった。
 荒木氏は、それから110年経った極東の日本という地域で、ヘンリー・フォードにならって「キャンピングカーマーケット」というものを、はじめて掘り起こそうとしているのかもしれない。

 ただ、マーケットというのは、商品の供給体制が整ったからといって自動的に発生するものではない。当然のことだが、その商品を求める購入者があってはじめて成立する。

 日本RV協会(JRVA)の発表する『キャンピングカー白書』最新版によると、日本の国産キャンピングカーおよび輸入キャンピングカーの出荷台数や総売り上げはゆるやかながらも右肩上がりの成長を維持しているという。

 しかし、日本のキャンピングカーの総保有台数は、統計を取り始めて以来約10年経ったというのに、いまだに10万台を超えた程度にとどまり、2016年単年度のキャンピングカーの新車販売台数は、国産車・輸入車合わせて5,364台。2016年の日本の乗用車の新車・登録販売台数(4,970,260台)と比較すると、その1,000分の1程度でしかない。
 
 はたして、日本には、本当にキャンピングカーが根付く土壌があるのだろうか。

 荒木代表は、「土壌」というものは “つくり出す” ものだという。
 どうやって、つくり出すのか?
 それが「文化の力」だという。
 
…………………………………………………………………………
【荒木】 けっきょく「文化」という形にまで昇華させないと、キャンピングカーなどは普及しないんですね。
 日本の風土を考えると、ある意味、恵まれてすぎているんです。観光地の周辺にはホテルがいっぱい建っている。道中にはファミレス、コンビニ、高速のSA・PAなどというインフラが整備されている。
 そういう社会では、「寝泊り可能な空間」としてのキャンピングカーをいくら宣伝してもほとんど説得力がないわけですよ。乗用車でドライブしてホテルに泊まればいいわけだから。
 要するに、「車内で寝泊りする “楽しさ” 」を訴えないかぎり、誰の興味も引かない。
 その “楽しさ” を人々の心に上手にイメージ付けさせる力が「文化」なんですね。
 たとえば、車に泊まることによって得られる「非日常的な面白さ」とか、「車を止めてこそ見られる幻想的な光景」とか。
 そういうように、ユーザーの想像力を刺激することこそ「文化」なのであって、今のキャンピングカー業界の広報に欠けているのは、その部分だと思っています。
…………………………………………………………………………

▼ ナッツRV「京都店」

 つまり、日本には、「キャンピングカーを買って楽しもうという気持ちにさせる文化がないから、マーケットが未成熟のままなのだ」と荒木代表はいう。

 「文化」とは何か?
 
 「僕は “文化” という言葉を、ひとつの文物が人々の生活に根付いている状態をイメージして使っています」
 と彼はいう。

…………………………………………………………………………
【荒木】 たとえば、「車中泊文化」といった場合、現象だけ取り出すと、単に「車の中に寝る」という意味でしかないですよね。
 しかし、その「車中泊」が、旅行というトータルな楽しみの一部として成立し、車の中で寝るためのノウハウも生まれ、家庭でも職場でも車中泊の経験や情報が面白い会話として成立する。そうなれば、もうそれを「文化」とみなすことができると思っています。
【町田】 つまり、「ライフスタイルにまで昇華したもの」という意味ですね?
【荒木】 そうですね。そういった意味で「車中泊」はもう立派な文化であると。
…………………………………………………………………………

 「文化」という言葉のこのような使い方が正しいのかどうか、私にはよく分からない。
 ただ、一つ言えることは、荒木代表が、「文化とは人々をその気にさせるものだ」と理解していることは、100%当たっている。
 「文化」とは、知識のことでもなく、教養のことでもなく、人々を何かに駆り立てる物質的な力のことである。

 そのことを荒木氏がはっきりと理解していることが、今回のインタビューから非常によく伝わってきた。ナッツRVという会社が、国産キャンピングカーの頂点に立っていることの秘密も、このインタビュー(↓)にすべて集約されている。
 
https://camping-cars.jp/taidan/3704.html
 
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

北朝鮮美女たちのメランコリー

 
 平昌(ピョンチャン)オリンピックが終わって、日本選手のメダルラッシュに日本中の人々が湧いたが、私が感じたこのオリンピックは、妙に異様な空気に満ちた大会であった。
 そう感じた理由は、北朝鮮の関与である。

 応援にかけつけた北朝鮮美女軍団のパフォーマンス。
 同じく北朝鮮楽団の演奏模様。
 そして、それらを統率して、韓国側とさまざまな交渉を進めた “謎の女性団長” 玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏。 
 そして、外交特使として訪韓した金正恩の実妹である金与正(キム・ヨジュン)氏。
 
 今回の大会には多くの北朝鮮美女たちが関わることになったが、この人たちのかもし出す空気は、世界のどこの女性も持っていない独特のものだった。
 「仮面の笑顔」
 といえばいいのか、これほど人間の「内面」から遊離した笑顔というものを、自分は今まで一度も見たことがない。

 “未来の技術” といわれる高度なAI を搭載したアンドロイドたちは、もしかしたら、みなこういう笑顔を浮かべるのだろうか。
 一糸乱れぬ華やかな演技を繰り広げる美女応援団のパフォーマンスを見ていると、まるで精巧にプログラミングされたAI 回路が超高速度で運動しているように見える。


 
 “謎の美女楽団団長” といわれた玄松月氏の表情も、どこか人間離れしていた。
 精一杯 “威厳” を崩さぬように振舞っている彼女の表情から、「ふてぶてしさ」を感じる人もいただろうが、私はそこに、人としての感情を職務としてはく奪された人間のメランコリーを見る。

 彼女はすでに、喜怒哀楽を表現することを許されない軍神として、“敵国” に降臨したのだ。
 個人の「内面」の代りに、そこに詰め込まれたのは、相手にすきを見せない政治的冷徹さ。他国を睥睨(へいげい)する威圧感。すなわち「国家としての威容」そのものである。

 金正恩委員長の代理として登場した実妹の金与正氏も、生身の人間としての笑いをはく奪された「仮面の微笑」を貫き通した。

 彼女も、顎を少し上げた仕草が、傲慢、尊大という批判にさらされた。
 しかし、これも「傲慢・尊大」に見えるように振舞ったわけではない。
 北朝鮮という「国家」を代表する者として、個人の意思や感情を抹殺せざるを得なかった人間の “がらんどう” の内面がそのまま表情に表れたにすぎない。

 米国のペンス副大統領は、金与正氏のことを「地球上で最も残虐で抑圧的な体制の中心人物」と批判したが、彼女にそれほどの主体性があるわけではない。
 彼女は、金正恩委員長の実妹ということで、国家的イベントをすべてプロデュースする影の実力者といわれ続けてきたが、実妹といえども、おそらくあの国では「女性が男に代わる実力者」として認められることはないだろう。

 「女はすべて男の欲望と生活を支える人間型アンドロイドである」

 そういう女性観が、この国では揺らぐことなく存在し続けている。
 北朝鮮美女軍団の「仮面の笑い」の謎も、そこに由来する。

 だから、彼女たちの表情は、どこか絵画的である。
 「内面」の奥行きを失った彼女たちを表現するには、動画や画像のような3次元的表現よりも、表と裏の違いを喪失した二次元表現の方が適している。

 私が金与正氏の顔を見て、真っ先に思い出したのは、エドヴァルド・ムンクの「マドンナ」(写真下)だった。 

 透き通るような肌の白さ。
 さびしさを内に宿した薄幸そうな表情。
 生きているうちに、どこか死のほとりをさまよっているような虚無感。
 金与正氏の立ち居振る舞いから立ち上ってくるのは、ナンバー2権力者という評判とはほど遠いメランコリーである。

 仮にクーデターか人民蜂起などが起こり、金王朝の宮殿が焼け落ちることになっても、彼女は大理石の階段に悄然と腰かけたまま、燃え崩れる円柱をぼんやりと眺めていることだろう。


 
  
 美女楽団の団長として訪韓した玄松月氏(↓)も、また絵画の中から現れた女性のように見える。

 彼女の画像を見ていて思い出したのは、ジェイムス・アンソールの「仮面たちの中の自画像」だった。
 ひしめく不気味な仮面の男女に交じって、一人だけ正気を保ったままこちらに視線を向ける男。

 「周りは化け物 !」
 おそらく、それは韓国の地に降りった玄松月氏の心境そのものだったに違いない。
 「国家としての威厳を失わないように」
 という絶対的な命令に服従するために、死を賭して韓国に乗り込んだ玄氏は、回りを取り囲んだ人間たちに気を許すことができなかった。
 だから、その表情は、アンソールの描いた「仮面の男女に囲まれた男=画家」の表情に似てくるのである。

 彼女が受けた命令がどんなものであったのか。
 それは下の絵を見るとよく分かる。
 ジョルジョ・ド・ラ・トゥールの描いた「いかさま師」。

 上の絵は、純朴な若者をトランプ賭博に誘い、女主人がまさにインチキを仕掛ける瞬間を描いたものだが、玄氏はその女主人とそっくりの目をしている。
 北朝鮮が、今度のオリンピックを利用して何を仕掛けようとしたのか。
 玄氏が、「いかさま師」の絵画に出てくる主人公と同じ目をしていることから、それが伝わってくる。

 国家の謀略を遂行するために、自分の生死まで捧げようとしている北朝鮮の美女たち。
 彼女たちは、いまどんな芸術家でも描き切れないような、憂いと虚無を内に隠した「禁断の笑顔」を獲得している。
 
 

カテゴリー: アート, コラム&エッセイ | 5件のコメント

「SINOBI」和室仕様の圧倒的迫力

  
 今もっとも外国人が好きな空間
 それは「和室」

 
 
 「ジャパンキャンピングカーショー2018」に登場した日本特種ボディー株式会社(NTB)の「SINOBI(しのび)」は、そのシェルのなかに、完全な和室空間を実現したキャブコンである。
 

 
 畳や襖(ふすま)で構成された和室のキャンピングカーというのは、これまでも何度か試みられたことがあった。「キャンピングカー」という欧米文化に対する日本文化への回帰というモチーフが、そこには込められていた。

 しかし、日本人の一般家庭にまで椅子・テーブルの生活スタイルが浸透してきた現在、今の若い世代には畳と襖の居住空間に抵抗を感じる人々も出てきている。
 それなのに、畳と襖で構成されたキャンピングカーをつくるなんて、時代に逆行していないか?

 … と考えるのは早計かもしれない。
 「クールジャパン」という標語に魅力を感じ、年々増加の一途をたどる訪日外国人観光客が、今いちばん興味を抱いている建築様式が、畳や襖で統一された和室空間なのだ。

 「エキゾチックだ」
 と彼らはいう。
 畳という自然素材で構成された床。
 それは、戸外に広がる自然環境が室内と地続きに連なったエコロジー空間だ。
 襖というのも、素材としてはほんとうに頼りない “紙” で空間を仕切る日本独特の造形術。
 そこには、石の壁と頑丈な木の扉で空間を仕切る欧米的な空間処理には見られない繊細さが潜んでいる。

 薄い紙を貼って、外光を遮断する障子(しょうじ)。
 閉めてしまえば、まったく外の景色は見えないはずなのに、なぜか薄い障子を通して、時間とともに移ろいゆく陽の影がはっきりと伝わってくる。

▼ 外国人が美しいと感じる “和的なインテリア空間” (SINOBIとは関係ありません)

 外国人にとって和室空間とは、まさに
 「ファンタスティック !」なアートなのだ。

 そういう外国人の視線によって、和室空間が新しいスポットライトに照らされるようになった現在、NTBの「しのび和室仕様」は新しい時代のグローバルスタンダードではないのか?

 「キャンピングカースタイル」というWEB上のポータルサイトで、そんな「しのび和室仕様」の魅力に迫ってみた。
 シャシー説明や装備品などのほか、開発者インタビューも加えた詳しい記事は、
 こちらをどうぞ(↓)
 https://camping-cars.jp/camping-car/3668.html

 
 

カテゴリー: campingcar | 2件のコメント

ウィネベーゴ フューズ23T上陸

 
ニートRV扱いのクラスC「フューズ」
に新レイアウトが追加

 2月初旬に開かれた「ジャパンキャンピングカーショー2018」で、ニートRVが扱う「ウィネベーゴ・フューズ23T」の2019年モデルがデビューした。

 「フューズ」は、長い間アメリカンクラスCのカットウェイシャシーとして人気を集めていたフォードエコノラインに代わる新シャシーを採用したモデル。すなわち、フォード・トランジットをベースとした新シリーズである。

 このニューシャシーの最大の特徴は、ディーゼルエンジンであること。
 長らくガソリンエンジンにこだわり続けていたアメリカのモーターホームとしては、劇的な転換といえる。

 アメリカ人がガソリンエンジンに愛着を感じていたのは、やはりスムーズな噴き上がりと、心地よいトルク感のためだったが、アメリカの原油価格が安いという消費構造も影響していた。

 ところが、「エコロジー」とか「省燃費」を意識しなければならない世界の趨勢に迫られ、ついにアメリカの消費者たちも環境問題に適合性の高いディーゼルエンジンの採用に首肯せざるを得なくなったのだろう。

 フォード・トランジットというのは、そういう時代的要請に従って誕生してきたシャシーであり、コモンレールディーゼルエンジンを採用したことによって、CO(一酸化炭素)、HC(炭化水素)、NOx(窒素酸化物)などの排出量をかなり低いレベルに抑えたところに特徴がある。

 それでいて、駆動方式はFR。
 ディーゼルエンジンを搭載する欧州モーターホームの大半は、FF方式のフィアット・デュカトによって占められているというのに、トランジットは頑固にFRに固執している。

 もちろん、FRであることのメリットははっきりしている。
 すなわち、モーターホームとしての架装重量が増えすぎると、リヤヘビーになったFF車はフロントタイヤに掛かるトラクションが減って路面との摩擦係数も少なくなる。
 つまり、駆動力が不安定になるため、雪道・泥道などのスリッピーな路面ではFRより頼りない操舵感覚をもたらす場合もある。
 それに比べ、車体の下でプロペラシャフトが豪快に回転し、車全体を力強く後ろから押してくれるFRの手応えは、運転するドライバーに安心感と高揚感をもたらす。

 そこがこの車のアドバンテージともいえる。
 ヨーロッパ的なパワーユニットと、アメリカ的な駆動方式がバランスよく融合した新時代のモーターホームシャシーの誕生である。

 さて、この2018年型フューズ23T(アメリカでは2019年モデル)の特徴はどういうところにあるのだろう。 

▼ 23A

 昨年導入された23A(↑)とは、まったくレイアウトが異なる。
 上の図に見られるように、23Aは、スライドアウト機構によって、フロントのダイネットスペースが広がるという特徴を持っていた。車体後半部にはツインベッドが左右に振り分けられ、最後尾にシャワー・トイレルーム。
 乗車定員と就寝定員はともに4名だから、夫婦2人か少人数家族向けのレイアウトといえる。

▼ 23T

 それに対して、今回導入された23T(↑)は、ダイネット部分が充実している。
 すなわち、2人掛けシートがL字型にテーブルを囲み、さらに助手席が回転することによって、最大5名がテーブルを挟んで向かい合う団らんスペースが誕生する。
 したがって、乗車定員は7名(就寝定員4名)。
 夫婦2人で使うことを前提としながらも、移動するときは7名までがこの車でドライブを楽しむことができる。

▼ 23Tのダイネット

 
 最大の特徴は、リヤのベッドスペース。
 23Tは、リヤ側にスライドアウト機構が組み込まれているのだ。
 寝室がスライドアウトしたときに生まれるベッドスペースは、1900mm×1470mmというクィーンサイズ。
 23フィートクラスで、クィーンサイズのベッドを持つモーターホームというのは、非常に珍しい。普通はせいぜいダブルベッドサイズである。

▼ 23Tのリヤベッド

 フロントダイネットもベッドメイクすることが可能で、そこでも2人分の就寝スペースが確保される。
 ただし、扱いとしては、あくまでもエマージェンシー的なもの。
 寝心地などの快適性ではリヤベッドの方に軍配が上がる。

 リヤベッドと向き合う形で、トイレ・シャワールーム。
 水タンク容量は124㍑だから、余裕をもってシャワーを浴びることもできる。

▼ シャワー/トイレ室

 トピックスとしては、このモデルからは、冷蔵庫がDC12V専用のコンプレッサー式電気冷蔵庫に変ったことを挙げてもいい。
 「アメリカよ、お前もか !」
 である。
 日本と違って、LPガスの充填問題などに悩まされることのないアメリカが、ガスに頼ることも多い3ウェイ冷蔵庫を廃止し、電気のみの1ウェイに切り替えた理由はいったい何だったのだろう?

▼ 冷蔵庫

 「メンテナンス性の向上を狙ったのでしょう」
 と、ニートRVの猪俣慶喜常務(写真下)は説明する。
 確かに、キャンピングカーの熱源としてはLPガスがいちばん効率がよい。
 しかし、使用環境によって、ガスから電気などにいちいち切り替えるというのは操作性が悪いし、メンテナンス性も悪くなる。

 「だから、DC12V仕様に一元化したのだと思います」
 と猪俣氏。
 「それだけ最近の電気式冷蔵庫は、性能が上がってきたということです」

 冷蔵庫容量(150㍑)は、ガスを使うタイプとまったく変わらないという。
 そのこと自体、最近の電気式冷蔵庫の性能アップを実証しているようなものだとか。
 脱・ガス思想は、日本のみならず、ついにアメ車にまで広がってきたようだ。
 
 フューズ23Tは、果たしてどんな顧客のニーズを拾い上げるのだろうか。
 23Aとそろい踏みすることによって、レイアウトの選択肢が広がった。
 どちらのレイアウトが日本人の好まれるのか。
 その動きが多少気になるところである。
 
 
ウィネベーゴ・フューズWF423T 概要》
 
【ベース車】 フォード・トランジット
【乗車定員/就寝定員】 7名/4名
【全長/全幅/全高】 7,350mm/2,320mm/3,110mm
【排気量】 3,200cc
【最高出力】  137kW(185ps)/3000rpm
【最大トルク】 474Nm(48.4kg-m)/1500~2500rpm
【ミッション】 6速AT
【駆動方式】 2WD FR
【燃料】 軽油
【車両本体価格】 13,500,000円(税抜き) 
【主要装備】 エアコン/冷蔵庫/ガス式FFヒーター/水タンク(124㍑)/ブラックタンク(155㍑)/グレータンク(162㍑)/ビルトイン調理器具/温水シャワー/サブバッテリー/電動サイドオーニング/外部電源/ルーフベンチレーター/ルーフエアコン/マリントイレ/遮光カーテン/リヤクィーンベッド/外部収納庫(1024㍑)他
 
ニートRV URL:http://www.neatrv.com/
 
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

リチウムイオンバッテリーのさらなる進化

 
日産のリチウムイオン電池車
に2018年モデル登場

 今年2月初旬に開催された「ジャパンキャンピングカーショー」は、これまで各キャンピングカーメーカーが研究を重ねてきた新技術が、より実用的なレベルにまで高められたことをはっきりと示すショーでもあった。
 そして、そういう新技術には、グローバルなマーケットで得た実証実験の結果を反映したようなものが出てくるようになった。

 バンテック「V670」の記事でも書いた「キャンピングカー業界のグローバル化」というのは、ただ単に海外マーケットを意識した商品開発が始まったということだけを意味してはいない。国内マーケットにおいても、グローバルな世界で試された技術蓄積が反映されたものでなければ通用しなくなってきたということなのだ。

 その代表例が、日産自動車が進めているリチウムイオンバッテリーを搭載したキャラバンシャシーの開発である。
 この車に採用されたバッテリーは、なんと日産の電気自動車として世界に流通している「日産リーフ」と同じものなのだ。

 リーフは現在、世界で23万台走っており、それらを合わせた走行距離はおよそ27億km。
 つまり、今回のキャラバンに採用されたリチウムイオンバッテリーは、23万台の車両によって、27億kmの走行テストを繰り返した結果、はじめて実用化されたキャンピングカー用バッテリーと見なすことができる。

 実は、リチウムイオンバッテリーというのは、どのような環境で使用するのが最適なのか、まだ不透明な部分を残した電装品といわれ、トヨタのような大メーカーにおいてもその扱いは慎重な管理のもとに進められている。

 その点、トヨタよりもEV(電気自動車)開発で先行した日産は、様々な実験を経た結果、いち早く世界マーケットに打って出て、そこで実用化レベルに達したことを証明した。

 昨年(2017年)日産自動車が発表した「NV350キャラバン“グランピングカー”」(キャラバン・キャンピング特装車ワイドボディ)というのは、実はこういう日産の世界戦略から派生してきたキャンピングカーであったのだ。

 ただ、2017年に展示されたモデルは、キャンピングカーとしては開発途上のシステムを積んだものであったため、細かい部分での技術的解決課題を残したままの状態であった。
 しかし、今回の「ジャパンキャンピングカーショー2018」に登場した同車は、かなり市販車に近い状態にまで仕上げられた進化版としての体裁を整えてきた。

 いちばん大きな特徴は、前回総電力量12kWhであったバッテリーが8kWhにまでスリム化されたことである。
 これは、その後のテストによって、開発陣が求めていた基本スペックを満たすには8kWhで十分であり、むしろ12kWhというのは “過剰装備” になることが判明したからだという。

 バッテリーシステムをスリム化したことによって、様々なメリットも生まれた。
 すなわち、家具の架装効率が上がり、シートなどのスペースを広げることができるようになった。
 さらに、重量も20kg程度軽減され、それによって運動性能も向上した。

 バッテリーの充電システムに関しても、そうとうな進歩が見られる。
 前モデルでは、充電中は機器をすべてOFFにしなければならなかったが、現行モデルでは、電装機器を使いながらの充電が可能になった。たとえばエアコンを作動させながらの充電もOK。その場合は多少充電時間が長くなるが、それでも10時間あれば満充電となる。

 このバッテリーを搭載したキャラバンシャシーのデリバリが始まるのはいつ頃なのだろうか。
 日産のスタッフによると、「年内」という答が返ってきた。
 今年の秋口までには、販売価格も明らかにして、架装メーカーに案内を出すという。


 
 日産車をベースにしたキャンピングカーを手掛ける「日産ピーズフィールドクラフト」は、今回のショーで、すでにこのバッテリーを搭載した架装モデル(写真上)を登場させている。
 われわれがこの車を町で見かけるようになるのは、そう遠い話ではない。
 
 
  ※ この記事に関する詳しい情報や
  画像はこちらをどうぞ (↓)

 https://camping-cars.jp/camping-car-news/2159.html
 
 
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

テリー伊藤さん、フロットモビールの高森社長と懇談

 
 芸能人のなかにはキャンピングカー好きな人がいる。
 もともとキャンピングカーというのは、カーテンを閉めたり、ブラインドを下ろしたりすれば、外から覗かれることのない個室になるため、芸能人がロケ地で出番待ちをするときの休憩室や更衣室として使われることが多い。

 ただし、プライベートでキャンピングカーを使っているほとんどの芸能人は、自分がキャンピングカーを持っていることを秘密にしてしまう。
 車内を他人に覗かれることなく、落ち着いた気分でくつろぎたいからだろう。
 キャンピングカーに乗ったままテレビの取材を受けたりする劇団ひとりさんなどは、例外的存在といえるのかもしれない。

 キャンピングカーが好きな芸能人といえば、もう一人テリー伊藤さんがいる。

 テリーさんが使っているのは、フロットモビールの「シュピーレン」。
 この車はテリーさんが購入したというよりも、日本RV協会が毎年キャンピングカーに強い関心を抱いている著名人を一人選んで表彰する「キャンピングカーアワード」の表彰を受けたときに、1年契約で貸与されたものだ。

 「そうとう気に入った車です」
 と、テリーさんはこの車を借りたときの印象を述べたことがある。
 2017年の「名古屋キャンピングカーフェア」の会場で開かれたトークショーの席上でのことだ。

 もともと「小さいキャンピングカーに関心がある」というテリーさん。
 仕事する場所が都心に集中するため、地下駐車場や立体駐車場でも難なく停められるキャンピングカーが絶対条件だった。

 その点、「シュピーレンという車は、軽キャンピングカーよりも大きいけれど、普通のワンボックスカーよりは小さくて、実に取り回しがいい」
 と高評価。

 テリーさんは、キャンピングカーをどのように使っているのか。
 長期旅行を楽しむような時間が取れないため、仕事の合間に、気分転換をかねて、東京近辺の海に行き、ベッドを作ってから、空を眺めたり、星を眺めたりして過ごすのだそうだ。

 そういう体験談を語るときのテリーさんの語り口がうまい。
 芸能人というよりも、文化人として “キャンピングカーを語る素敵な言葉” をたくさん持っていらっしゃる方だ。

 以前もこのブログで一度紹介したことがあるが、キャンピングカーに関して、テリーさんは次のような感想を述べたことがある。

 「僕はね、都会も好きだけど、自然も好きなんです。キャンピングカーというのは、都会と自然をつなぐ魔法の乗り物ですよね。
 だから、僕はね、自然の中に入ったら文明生活を一切忘れるようにしているんです。
 だって、自然を<見る>ということは、神様が創ったものを<見る>ことなんですよ。
 人間は都会を造ることはできたけれど、自然は創れない。人間には花とか、昆虫とか、動物とか、命のあるものは創れないでしょ。それは神様しか創れないものなんです」

 そういう “神様のワザ” を鑑賞するのに最適なツールがキャンピングカーだと彼はいう。
 哲学的な深さもあり、文学的な味わいもある言葉だと思って、感心したことがある。

 マガジン大地が発行する「キャンプカーマガジン」のvol.66に、岩田一成氏が書いたテリー伊藤さんのインタビュー記事が載っている。
 それを読むと、テリーさんがシュピーレンに対して、次のような感想を述べていることが分かる。
 (以下、著作権に触れるかもしれないが、無断で一部引用)

 「(シュピーレンと)1年間付き合っていると、情が湧いてきて、もう返したくないというのが正直な気持ち。
 箱庭的な感覚というか、限られたスペースを有効活用しているアイデアが素晴らしいよね。
 ライトエースというのはコンパクトな車なのに、車内は広々して窮屈さを感じさせない。しかも、随所に使う人の気持ちを考えた、きめ細やかな配慮が詰まっている」

 車を見ているだけで、これを開発した「フロットモビール」という会社の高森代表の人柄がしのばれるという。

 そのテリーさんが、「ジャパンキャンピングカーショー2018」に来場して、フロットモビールのブースを訪れた。
 その場にたまたま居合わせた私は、テリーさんと高森代表が交わし合う会話の一部始終を聞くことできた。

 「1年で返す約束なんですけど、もう少し貸してもらっていいかな? とってもいい車だから、この車を試してみたいところがいっぱいあってね」
 とテリーさん。
 
 「もちろんです! ご自由にお使いください。そういってくださるだけでも光栄です」
 テリーさんに車をほめられて、高森氏も喜びを隠しきれない様子。

 しばらく雑談のあと、席を立ちあがったテリー氏は、高森氏に一言。
 「今度飲みに行きましょうよ」
 車も気に入ったが、それを開発した人間の人柄も気に入ったという感じの温かい口ぶりだった。

▼ テリー伊藤さんを囲んで、フロットモビールメンバーが記念写真

  
 

カテゴリー: campingcar | コメントをどうぞ

マクレントジャパンついに本格的に始動

 
 現在、日本のキャンピングカー業界を突き動かしている大きな潮流を一言で言い表せば、それは「グローバル化」である。
 つまり、この業界が、国内マーケットだけで充足しているような営業規模から脱しようとしているのだ。

 グローバル化の形態はさまざまである。
 フィアット・デュカトをベース車に使い、「V670」という国際マーケットまで視野に入れたキャブコンを開発したバンテックのような企業もあれば、逆に、世界的な規模で流通しているパーツを自社製品のなかに組み込み、製品的信頼度を国際レベルにまで高めようとしている企業もある。

 近いうちに紹介することになるが、日産自動車がキャラバンシャシーに搭載したリチウムイオンバッテリー車は、EVとして世界で23万台走っている日産リーフに搭載されているバッテリーである。
 その23万台の全走行距離を計算してみると、約27億km。 
 キャンピングカー業界が新しいパーツをテストしようとしても、まずこれほどのデータを蓄積できる企業など一つもない。

 いま日本のキャンピングカー業界は、このような形で、グローバルな世界と向き合い始めている。

 レンタルキャンピングカーの領域においても、文字通りグローバルな営業戦略を打ち出したグループが現われた。
 「マクレントジャパン」である。
 
 「マクレント(McRent)」とは、ドイツを本拠地とする世界的な規模のレンタルキャンピングカー会社。
 2004年に、8ステーション約360台の小さなレンタル業者としてスタートしたマクレントだったが、10年ほどの間に大発展を遂げ、2016年にはドイツ、フランス、イギリス、イタリア、オランダ、スペイン、ポルトガル、エストニア、フィンランド、アイルランド、アイスランド、ノルウェー、ポーランド、スウェーデンなど15ヵ国に68拠点を構築。 
 2017年にはアメリカ進出を果たし、現在は欧州最大のレンタルキャンピングカー企業に成長した。

 そのマクレントの日本法人を設立し、責任者になったのが高橋宣行 代表取締役会長(かーいんてりあ高橋 社長)である。
 世界規模で活躍しているレンタルキャンピングカー業者のグループに入り、「マクレントジャパン株式会社」を立ち上げた意図はいったい何だったのか。
 高橋会長(写真下)に、直接に尋ねてみた。

【町田】 レンタカー事業をグループ化するだけだったら、国内の業者さんと連絡を取り合うだけでも可能だと思うのですが、なぜ世界的なレンタカー事業者さんと提携することになったんですか?

【高橋】 現在、訪日外人観光客がものすごい勢いで増加していることはご存知だと思うのですが、そういう方々が、日本に来てレンタルキャンピングカーを借りる率が急上昇中なんですね。
 しかし、日本のレンタルキャンピングカー制度というのは、まだインバウンドのことを意識しない前に整備されたものですから、外国人にとってはとても使い勝手が悪い。外国とは交通事情も異なるのに、それを教えるための情報も整備されていない。
 このまま放置しておくと、レンタルキャンピングカーを借りる外国人にも迷惑がかかることになるし、日本のキャンピングカーのイメージも悪くなりかねないと考えたわけです。

【町田】 そのシステムづくりを「マクレント」の力を借りて、やり遂げようと?
【高橋】 そうです。「マクレント」本社はネットなどを通じて、世界に情報を発信しているんです。どの国に行ったら、どういう車があって、どういう使い方ができるか。またどういう観光が楽しめるか。
 そういう国際的な情報ネットワークのなかに、日本も入り込んだということなんですね。
 だから、マクレントの情報に接するだけで、日本でキャンピングカーを借りようとする大半の人は、自国にいるうちに、日本でキャンピングカーを使うときの基礎的なコツを身につけることができるわけです。

【町田】 彼らが日本に来て、マクレントジャパンの窓口を訪れたときは、英語の対応になるんですか?
【高橋】 そうですね。今は英語の対応のみですが、やがて韓国語や台湾語(中国語)でも対応できるように整備していきたいと思っています。インバウンドといっても、実際に増えているのは英語文化圏の人たちよりも韓国や台湾、あとは香港の方々ですから、早急にもそういう人たちの便宜を図っていきたい。
 
【町田】 もちろん日本人のお客さんにも車を貸し出すわけですよね。
【高橋】 当然です。ただ、日本人だけを相手にしていると、レンタルキャンピングカー事業というのは成り立たないんですよ。
 というのは、日本人がこういう車を使うのは、盆・暮れ、正月とGWだけ。その期間だけは借り手が集中するんですが、普段はほとんど借り手がいない。だからその間を埋めるにはインバウンドしかないんですね。 

【町田】 外国人観光客がレンタルキャンピングカーを借りる率が高まっているというお話でしたが、貸し出す車両は足りているのでしょうか?
【高橋】 まだまだ少ないと思っています。ただ、われわれの仲間づくりも進み、グループとしても固まってきましたから、企画段階のときと比べると、稼働する車両も増えています。

【町田】 現在のグループとして、どんな会社が集まっているのですか?
【高橋】 レクビィさん、バンテックさん、ケイワークスさん、岡モータースさん、ダイレクトカーズさん、ミスティックさん、後はうち(かーいんてりあ高橋)ですね。現在のところ7社です。

【町田】 貸し出す車両としては、どんな車が中心となるのでしょう?
【高橋】 ひとつは、M・Y・S ミスティックさんが開発したレンタルキャンピングカー専用車というものがあります。

【高橋】 これはつくりをシンプルにして、キャンピングカーに慣れない人が扱っても壊れる部分を少なくした専用車両なんですね。電気設備なども極力簡単にして、ヒューズの位置や配線などもメンテしやすいように分かりやすい場所に配置しています。
 ライトエーストラックをシャシーに選んだ小型キャブコンですから、日本の道路事情や駐車場事情にも適合しています。

【町田】 車種はそれ1車種に絞られるのですか?
【高橋】 いえいえ。それだけでなくて、グループ各自がそれぞれ自分のところで製作している車両をレタンカー仕様で開発してきています。
 ただ、基本的には新車です。新車でレンタル事業を行うというところに意味があるんですね。

【町田】 どういうことでしょう?
【高橋】 これはわれわれ業者の内部事情も絡むことなんですが、新車を扱うことによって、業界の製造台数や販売台数が伸びるんです。
 キャンピングカーを買ってくださるエンドユーザーの伸び率が少なくても、レンタカー事業が伸びていけば、新車の製造・販売台数は確実に伸びる。そうすれば、スケールメリットを追求することも可能になるでしょうから、コストも下がる。すると、さらに買いやすい価格帯の車を増やすことができる。そうなれば、買って下さるお客様もまた増える。
 つまり、レンタカー事業というのは、キャンピングカー製造業の人たちの仕事を増やすことにもつながるんですね。

【町田】 なるほどね。今までのレンタルキャンピングカー事業というと、中古車を買い取って、それをレンタカーに回すというイメージがありましたけれど、そこが変わってきているんですね。
【高橋】 そうです。新車をまずレンタル車にして、何年か経ったらそれを中古車として売る。そういうサイクルの方が商売としてうま味があるように思えます。

【町田】 レンタルキャンピングカー事業というのは、商売として考えると、将来性はありそうですか?
【高橋】 今までと同じ発想でしたら、あまり儲からない事業だと思いますよ。私もこの事業だけで利益を出せるとは思っていません。それよりも新車の販売台数を増やすということが主目的だと考えるべきでしょうね。
 ただ、発想を転換すれば、利益が出ることもあり得ると思っているんです。
 つまり、「レンタルキャンピングカー」だからといって、利用者に必ずしも運転させる必要はないと思っています。

【町田】 では、何に使うんですか?
【高橋】 イベント会場などに設置して、ホテル代わりに使う。たとえば、年に1回とか2回、山の中などでアウトドアイベントが開かれたりすることがありますよね。
 しかし、そういうところには宿がない。
 今フジロックフェスのような野外コンサートがブームになっていますけれど、何万人という若者が集まるのに、周辺に泊まれる宿は少ないんですね。テントなどを持参してくる人もいますが、それでも寝られない人がたくさん出てくる。
 特にスタッフが大変なんですね。
 前日から準備をして、作業が終わるのが夜中。ホテルに戻ると深夜の2時とか3時。明け方の5時には会場に戻らなければならない。
 そういう人たちのために、会場近くにレンタルキャンピングカーを用意してあげる。

【町田】 それはいいアイデアですね。車内にしっかりしたベッドがあるだけでも、疲れが取れますからね。
【高橋】 そういう需要があらかじめ分かっていれば、全国のマクレントで車を手配しておいて、陸送屋さんに運んでもらえばいいわけですからね。
 とにかく、今この業界は再編成の時期を迎えているんです。今後は業界内の企業が3社・4社集まって巨大グループを形成していくかもしれない。
 「マクレントジャパン」というグループが、そういう再編成に向かうグループになるのかどうか分かりませんけれど、そういう動きもにらみながら行動した方がいい時代なってきたことは確かです。

マクレントジャパン HP
https://www.mcrent.co.jp/
 
 

カテゴリー: campingcar, news | コメントをどうぞ

V670で日本のキャンピングカーシーンが変わる

 
ジャパンキャンピングカーショー2018総括

 早いもので、2月初旬に幕張メッセで開催された「ジャパンキャンピングカーショー2018」から10日経った。
 このショーを見学するために、開催日前日(車両搬入日)から現地に泊まり、4日間かけてすべてを取材した。

 インタビューを行った出展者の方々は約30人。
 詳しく話を聞いた新型車両などの数は約40台。
 それらの談話を録音機器に収めた時間は20時間。
 録音された内容を聞き取りながら、メモに起こすのにかかった時間は60時間。

 これから少しずつその内容を、このブログや他のウエブサイトで紹介しようと思うのだが、実はちょっと気持ちがヘビー。
 というのは、“これはオフレコね” とクギを刺された談話が多く、今回あまりにも生々しさを感じる内容の多い取材になってしまったからだ。

 「オフレコね」といわれた話は、どれも無類に刺激的なものばかり。
 すぐにでも声を大にして叫んでしまいたくなるような内容ばかりだが、さすがにそれはできない。
 公表してもよいタイミングが来るまで、個人の心のなかに仕舞いこんでおくしかない。

 今回の取材では、なぜ “オフレコ話” が多かったのかというと、それはキャンピングカー業界が激動期を迎えているからである。
 どのキャンピングカーメーカーも、自社の生き残りをかけて、必死に新戦略を模索しているというのが、今の状況だ。
 まさに、「歴史的」という言葉が使えるほど、今この業界は大きな転換期を迎えている。
 早い話われわれは、これからまったく新しいキャンピングカーと、まったく新しいキャンピングカーづくりのシステムが生まれる時代の入り口に立っている。

 それは、あるキャンピングカーメーカーにとっては飛躍のチャンスを得たことを意味するだろうし、別のキャンピングカーメーカーにとっては存亡の危機として受け止められるようなものかもしれない。
 いずれにせよ、今回の「ジャパンキャンピングカーショー」からは、展示ブースの地下から真っ赤なマグマが噴き出してきそうな激動の気配が感じられた。

 業界を貫く激動の正体を一言で表せば、それは
 「グローバル化」
 である。
 
 日本の基幹産業は、製造業においてもサービス業においても、すでにグローバル化の波を受けて世界に漕ぎ出ているが、キャンピングカー業界だけは、静かな内海の波打ち際で、おだやかな商売を営んでいるように見えた。

 しかし、この業界のいろいろな経営者に話を聞くと、実はかなり前から「激動の時代」が来ることを意識して、さまざまな準備に取りかかっていたという。
 もちろん、それらの準備は、ひっそりと潜航した状態で進められていた。
 それが、偶然にも一気に噴き出したのが、このショーのタイミングだったようだ。

 その変化を一言でいうと、町工場の延長線上にあったキャンピングカー製造者の集まりが、ようやく巨大企業も擁する「産業」としての体裁を整え始めたということなのだ。

 「産業」とは、単に製造業として特化した状態を指すものではない。
 販売や流通を整備したものでもない。
 製造・販売・流通などを有機的に結合させながら、消費者に「文化」として受け止めてもらえる形態をとったものが「産業」である。
 今日、多くの日本の「産業」が、国際的な緊張感のなかでしのぎを削っていることを思うと、キャンピングカー業界も同じ意味で、国際的な緊張感のなかで生き抜いていく時代を迎えたのだろう。

 抽象的な話が長くなりすぎた。
 具体的な話に移ろう。


▲ バンテック「V670」

 今回、日本のキャンピングカー産業がグローバル化を遂げようとしている象徴的な例を挙げるとすれば、「VANTECH(バンテック)株式会社」がリリースした「V670」というキャブコンである。
 これは欧州キャンピングカーシャシーの70%を占めるといわれるフィアット・デュカトをベース車に採用した日本初のキャンピングカーである。

 なぜ、このフィアット・デュカトが欧州のキャンピングカーで多く採用されているかというと、ひとつはその抜群の走行安定性が評価されているからだ。さらに、欧州キャンピングカーメーカーからの大量オーダーを抱えている分、コストも下げられているということが大きい。


▲ V670内装

 日本のキャブコンシャシーといえば、現在はトヨタのカムロードが圧倒的なシェアを誇っているが、いかんせん開発されてから20年を経たシャシーだけに新鮮味に乏しく、カムロードの下のクラスを構成するマツダボンゴは小型トラックがゆえに、許容荷重も制限され、サイズ的にもライトキャブコンの域を超えることができない。

 そこに登場したフィアット・デュカトベースの「V670」。
 なにしろ、国際水準をクリアしている定評あるシャシーだけに、それに架装したキャブコンといえば、サイズ的にも走行性能においても、現在の国産キャンピングカーの理想形が実現されているといっても過言ではない。

 もちろん現在では、この「V670」はまだ “参考出品” の域を出ない。
 今後市販化されるためには、さまざまなハードルをクリアしなければならない。


▲ V670 フロントビュー

 問題は、この車のメインマーケットがどこなのかということだ。
 国内市場を考えると、現在日本に輸入されている本場モノのフィアット車と競合せざるを得ず、バンテックはそれらに太刀打ちできる魅力を、どうこの車に付与するかというシビアな課題を突き付けられることになる。価格設定においても、そうとう厳しい試練が待ち受けているはずだ。

 しかし、逆に、この「V670」をバンテックの海外戦略車種として位置づけると、意外な勝機が見えてくることも確かだ。
 それは、電装テクノロジーなどの分野で、まだ欧州車が手に入れていないエキゾチックな “ジャパンテクノロジー” を披露できたときだ。
 もちろん内装デザインにおいても、上品な “和テイスト” が要求されるだろう。
 だが、洗練されたジャパンテクノロジーと和テイストがうまく融合したあかつきには、V670は、欧州市場で「クールジャパン」を体現した車に化ける可能性がある。
 バンテックが、今後この車にどういう筋書きを盛り込むのか、今のところ定かではないが、私はこの車には、同社の海外戦略が込められていると見る。

 ※ 詳しい記事は、こちらをどうぞ(↓)
 https://camping-cars.jp/camping-car/3622.html
 「バンテックV670の登場で国産キャンピングカーが変わる」(キャンピングカースタイル)
 
 これからしばらくは、「ジャパンキャンピングカーショー2018」で見分した日本のキャンピングカー業界が迎えている転換期の様子をレポートしていきたい。
 
 

カテゴリー: campingcar | 6件のコメント

鬼塚雅さんのキャンピングカー

 
 最近の若いアスリートは、とにかくカッコいい。
 男性はイケメン。
 女性は美人。

 「平昌オリンピック」を目前に控え、ウィンタースポーツ系のニュース番組をよく見るようになったけれど、スノーボードで優秀な成績を収め、金メダル候補の最前線に位置する選手たちが、みなカッコよくてびっくりした。


 
 ▲ 平野歩夢(ひらの・あゆむ)君。
 19歳。
 現在、男子ではもっとも期待されている若手スノーボーダーだという。

 女子にもいる。
 ▼ 鬼塚雅(おにづか・みやび)さん。

 こちらも19歳。
 やはり、日本女子スノーボーダーのなかで、金メダルにいちばん近いところにいる女性だとか。

 なかなかの美人。
 それも、切れ長の一重瞼で、いまどき珍しいくらいの純和風美女。
 まさに、「雅(みやび)」という名のごとく、3月の「桃の節句」のひな壇に飾られるお人形さんのような顔立ちだ。

 この鬼塚雅嬢。
 テレビで、松岡修造のインタビューを受けて答えていたが、自宅から練習場まで “車で移動” しているという。

 自宅というのは、九州の熊本。
 練習場というのは、岩手県のスキー場だったり、自分専用の練習コースのある「アルツ磐梯」(福島県)。

 「なんで飛行機使わないんですか?」
 と松岡修造が尋ねる。

 すると、雅嬢、 
 「車の方が、周辺のいろいろなところを回れるから便利」
 という。
 「寝泊りも車の中で済ましてしまう」
 とも。

 …… 「ははぁ、キャンピングカーだな」
 と思ったが、番組のなかでは「キャンピングカー」という言葉はついに一言も出ることはなかった。
 それでも、彼女が車内にいるときの写真が1カットだけ登場した。

 これは(たぶん)、アム・クラフト時代の「コンパス・ドルク」というバンコンである(現・ホワイトハウス扱い)。
 下の写真が「コンパス・ドルク」。
 彼女の持っているキャンピングカーも、ほぼそれだと思って間違いない。 

 それにしても、日本のトップアスリートが、当たり前のようにキャンピングカーを使う時代になった。
 九州の熊本から、岩手や福島のスキー場まではそうとうな距離がある。
 松岡修造がいうように、飛行機や新幹線を使った方が楽だろうに。
 
 それでも、彼女はキャンピングカーを使って移動する。
 疲れたらSAなどで仮眠を取ったり、途中の温泉に寄ったりと、けっきょくその方が体調管理などがうまくいくのだろう。 
   
  

カテゴリー: campingcar | 4件のコメント

消えていくテクノロジーがノスタルジーをくすぐるのは何故か?

   
 1年に1回ほど会う友人がいる。
 出身校は違うが、同年齢だ。
 団塊世代の少し下という世代である。

 その友人は、昔からクルマの好きな男で、マニアックな知識をいっぱい蓄えている。
 駆動系を自由に改造できる時代に車にのめり込んでいた人なので、「ボアアップ」とか、「ソレックスの3連」とか、「2T-G」とか、もう私が30年も遠ざかっていたボキャブラリーが飛び交うような会話で盛り上がった。

 その彼が、「自動ブレーキ」が定着しつつあるような風潮を嘆き始めた。
 「ドライバーが自分で危険を感知し、緊急回避できないような車に乗るぐらいだったら、もう免許なんてお上に返上してしまった方がましだ」という。

 さらには、「車が便利になりすぎて、“白物家電” のようになってしまったから、若者の車離れが始まった」とも。
 そして、最後は「我々はいい時代に生きた」という結論になった。

 ま、そうではあるのだが、私個人としては、古いテクノロジーに親しんできた人間が、新しいテクノロジーに違和感を持つのは常であって、「我々」だけが良い時代を生きたということではないように思うのだ。 
 … が、そのとき彼にはそうは言わず、「ほんとうにそのとおりだね」と相槌を打った。

 しかし、たぶん20~30年後には、今のEVや自動ブレーキの運転感覚に慣れた人たちだって、その後の新技術を搭載した自動車に違和感を感じるはずだ。
 そして、そのときには、「昔は良かった。俺たちはいい時代を生きた」などとジジ臭いことをいうのだろう。
  
 
 なぜ、われわれは、古いテクノロジーに郷愁を感じるのか。
 真空管のアンプに凝ったり、ターンテーブルを回してレコードをかけることに生きがいを感じたり、古いネジ巻き式の柱時計を収集したりしている人も後を絶たない。
 誰もが、自分が生まれて最初に手にしたテクノロジーに、生涯そこはかとない郷愁を抱き続けるのは、いったいなぜなのだろう。

 それは、人間の感受性というのは、実はその人間が成長期に接したテクノロジーによって左右されてしまうからだ。

 普通、ヒトの感受性は、絵画だとか、小説とか、音楽のようなアート系の文物の影響を受けると思いがちである。

 しかし、絵画や文学というものは、すべての人に影響を与えるとは限らない。
 そういうアート系の教養は、それを趣味として楽しめる人でないかぎり、「感受性」とは無縁の存在にすぎない。

 それに対し、テクノロジーは、個人の趣味や教養などと関係なく、否が応でもその人の生き方を変えていく。

 電話機が固定電話からスマホに変わっていくように。
 レコードやCDで聞いていた音楽がネット配信に変わっていくように。
 フィルムカメラが、いつの間にかデジカメに変わっていくように。
 テクノロジーは、個人の趣味とは無関係のところから舞い降りて来て、強引に個人の趣味を変えていく。

 だからこそ、テクノロジーはひとつの時代を生きた人間の郷愁をそそるのだ。

 自分の青春時代を彩ったテクノロジーが「お役ごめん」となって消え行こうとしている姿を見て、それに密着して生きてきた人々は、そこに時の推移の非情さを感じ、物質のはかなさを発見する。
 そこにノスタルジーが生まれる。


 
 しかし、そのようなノスタルジーを誘う古いテクノロジーでさえも、実は、それが普及する前には別のテクノロジーを葬り去っていたことは忘れられている。

 SLにノスタルジーを感じるファンは多いが、そのSLだって、19世紀の中ごろに「馬車」というそれまでの移動手段を排除して、世に広まったものである。
 
 作家の中には、今でも紙の原稿用紙に向かって手書きの文字を書くほうが、パソコンやワープロを使うよりも小説がうまく書けるという人が多数存在する。
 だが、その原稿用紙を構成する紙だって、一般庶民が手に入れられるような現在のスタイルが確立されたのは、15世紀ぐらいからである。

 しかし、そのことは忘れられており、あたかも紙は、古代エジプトあたらりから連綿と続く人類の文化遺産のような価値を与えられている。

 そして、それはさらに神格化され、電子メディアでは実現できない人間の “温かみ” を伝えるコミュニケーションツールのようなイメージを付与されている。
 しかし、そのようなイメージも、やはりテクノロジーの産物にすぎない。

 テクノロジーの変化によって、新しい感性が生まれる例を、もっと卑近な例からあげてもいい。
 たとえば、ロックミュージック。
 エレキギターが登場した頃の初期のロックンロールの音と、いろいろなサウンドエフェクトが多用されるようになったジミヘン以降のギターサウンドは全然違う。

 ビートルズにおいても、4トラックで録音していた時代のものと、多重録音に移行した後期のものとでは、表現される音が違うだけでなく、背後にひかえている世界観まで異なっている。
 当然、その差異は、聞き手の音楽に対する感性をも変えていく。
 
 われわれの感性というのは、新しい時代が来れば捨てられる運命にある現在のテクノロジーによって支えられている。
 しかし、そのことを自覚するのは、たいてい自分の感性を育てたテクノロジーがこの世から消えようとしているときである。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ | 8件のコメント

米国ストックトン銀行カレンダー2018

 
 アメリカ在住の日本人シンガーサミー(茅野雅美=ちの・まさみ)さんより、今年もアメリカのカレンダーを送っていただいた。

 このカレンダーは、サミーさんが住んでいらっしゃるカリフォルニア州ストックトンの銀行が毎年発行するもので、昔この町で暮らしていた人々の写真を集め、それを1月から12月まで並べたもの。
 原版は当然モノクロ。
 それに人工着色を施しているので、絵画のような味わいが生まれている。

 集められた写真の撮影年月日をみると、1893年、1898年、1900年、1910年など大第一次世界大戦あたりに撮られたものが中心となっている。
 ストックトンという町が、ニューヨークやサンフランシスコほどの大都市ではなかったせいか、街の風情にはどことなく西部開拓時代の匂いも残り、古い映画ポスターでも眺めているような気分だ。

 現在のような写真装置が完成したのは、1840年代だといわれているから、1890年代ぐらいの人々は、写真に撮られるというのは、テレビに出演するぐらい晴れがましい気分であったのかもしれない。

 下の写真は、「田舎町でポーズをとる人々」(1898年)。
 今風の “カメラ目線” ではなく、各自がいちばんお気に入りの角度に視線を向けてポーズを取っている。
 この家族にとって、一世一代の「晴れ舞台」だったのだろう。

 こちらの写真(↓)は、「獣医たち」(1900年)。後ろの建物は、獣医病棟のようだ。
 みんなインテリっぽい顔をしているので、“先生たち” といわれば納得するけれど、着ているものだけを見ると、「銀行ギャング団」といった雰囲気もある。

 下は、アスパラガスの出荷風景(1925年)。
 農村部に生きる人たちの生活の匂いが漂ってくる貴重な画像。
 

 
 この建物(↓)は理髪店(1895年)。
 3人の床屋さんが腕組みをして、ポーズを取っている。
 お客さん用の椅子がすごい。
 まるで王様が座る玉座のようだ。

 こういう写真を残した人々の住むストックトンという町は、いったいどんな町なのだろう。
 サミーさんによると、
 「町を出ると、関東平野がいくつも連なるような平坦な農業地帯が広がる土地」
 だという。

 東には、シェラネバダ山脈。
 西に行くと、サンフランシスコ。
 東南に向かうと、ラスベガス。

 遠い異国の歴史的風物を伝える貴重なカレンダー。
 おそらく、日本に住んでいる日本人で、この「ストックトン銀行カレンダー」の2018年版を持っているのは、この私だけではあるまいか。

 サミーさんに感謝。

参考記事 「伝説のソウルシンガーサミー」 2011年

 

カテゴリー: コラム&エッセイ | コメントをどうぞ

小田原城ロマン

  
 うちのカミさんは、小田原の出身である。 
 神奈川県・小田原市といえば、戦国時代は関東最大の城郭都市。
 いま “人口一番” を誇っている横浜市などが、100戸足らずの半農半漁の寒村であった時代に、北条五代の城下町として栄え、当時の関東・東海では並ぶもののないメガポリスであった。

 が、カミさんがいうには、
 「小田原というと静岡県だと勘違いする人が多い」
 という。

 いま「神奈川」で大都市といえば、1に横浜、2に横須賀。
 川崎や相模原市も存在感を強めており、茅ヶ崎、逗子、鎌倉あたりは、“湘南” という言葉の響きが幸いして、なんとなく明るい陽光、青い海に囲まれて、サーファーたちが「オフショア」「オンショア」など呼ぶ風が吹きまくっている感じがする。
 
 それに対して、小田原。
 ぱっと思い浮かぶのは、カマボコ。
 アジの干物。
 お猿のカゴ屋が掲げる小田原提灯。

 戦国時代に君臨した北条氏のエピソードまでさかのぼらないと、「勇壮」とか、「豪快」とか、「強大」とかいう言葉が浮かんでこない。

 その北条氏にしても、豊臣秀吉の大軍に小田原城を包囲され、城主の北条氏政は切腹させられて、領地を没収されている。
 その印象が強くて小田原市というとなんとなく、悲運の城下町という印象もつきまとう。
 
 が、私はこの町が大好きである。
 カミさんの実家には何度も遊びに行っているから、近くの飲み屋とか割烹料理店、鰻屋、天ぷら屋などもよく知っている。

 街並みには「古都」の風情が溢れ、にぎやか過ぎず、寂し過ぎず。
 城址公園にも恵まれ、古い町並みも残り、住むにはいい町だ。
 木立の間をかすめる風は冬でも温かく、甘く、のんびりした空気を伝えてくる。

 「小田原って静岡でしょ?」
 と勘違いする人たちは、おそらくこの町ののんびりした空気感に、横浜とか東京といったギラギラした都会感とは異質なものを感じるからだろう。

 カミさんの実家は、JRの新幹線口といわれた出口から数分のところにあった。
 私の子供が小さいときは、その手を引いて、家の裏手にあった百段坂という坂道を登り、そこから青い弧を描く相模湾をよく眺めた。

 百段坂を登りきると、その奥のひらけた場所に、「忠霊塔」と呼ばれる句碑がそびえ立ち、そこから先は静かな林が広がっていた。

 この林が、私と小さな子供との遊び場だった。
 両脇を切りたった斜面に挟まれた深い谷があり、そこまで足を踏み入れると、一気に深山幽谷(しんざんゆうこく)の風景に変わった。

 「ドラクエ」などのロールプレイングゲームに出てくる魔物の棲む秘境。
 谷の景観には、そういうファンタジックな風情もあり、子供と一緒に任天堂の「ドラクエⅡ」とか「ドラクエⅢ」を遊んでいた私には、その斜面を駆け上がり、駆け降りるだけで、ゲームの世界に入った気分を味わえた。

 その “谷” が、かつて小田原城の一番外側に位置した防衛ラインを構成する「堀切」という外堀であったことは、後に知った。
 
 昨今、小田原市の歴史的遺構の調査が進められていく過程で、北条氏のつくった小田原城が、これまでのイメージをくつがえすとてつもない大城郭であったことが浮かび上がってきた。

 城内には食料を自給自足できる耕地も確保され、長期にわたる籠城にも十分に耐えうるものだった。
 そのような城郭構造の外側には、さらに大規模な土塁が幾重にも張り巡らされ、城を囲む防衛ラインの規模は、当時としては空前絶後のものだったという。

 「難攻不落の城」
 とは、まさに小田原城を形容するために生まれてきたような言葉で、実際に、戦国時代には上杉謙信、武田信玄という名だたる大名がこの城を包囲したが、ついに落とせなかった。

 豊臣秀吉も、20万という大軍でこの城を囲んだが、けっきょく戦闘で落としたわけではない。
 北条側に戦うことを諦めさせ、「降伏」という形に追い込んで、北条氏を自滅させている。

 北条氏の士気を削ぐために、秀吉はあらゆる策略を張り巡らせた。
 「北条氏など眼中にない」という余裕を見せるために、秀吉(↓)は本陣で連日茶会を開き、京から芸妓を呼び寄せて、北条氏の前でどんちゃん騒ぎを見せたという。

 また、小田原城を見下ろす石垣山に “一夜城” を築いたというのも、秀吉得意の心理戦の一つ。彼は、石垣山の斜面に生えている木々の裏で密かに築城を進め、城ができた時点で木を取り払った。

 それを見た小田原勢は、「一夜にして城を造った秀吉恐るべし!」と驚愕し、一気に戦意を喪失したといわれている。

 今日このエピソードから伝わってくるのは、秀吉の必死さである。
 彼は、内心は戦々恐々とし、冷や汗をかきながら命がけの「余裕」を演出したのだ。

 このとき、小田原に籠城した北条氏の兵力は約5万。
 それに対し、秀吉に従って小田原城を囲んだ兵力は20万であったが、それは秀吉直属の兵ではなかった。
 それぞれ自国に領地を持つ諸大名の兵だったのである。
 大名のなかには、自分たちの保身のために仕方なく秀吉側回った者たちも多く、秀吉側が不利と分かれば、いつ何時裏切るか分からなかった。

 そういう秀吉が抱えていた不安を知ることができれば、北条氏政(↓)は徹底抗戦という手段に訴えてもよかったのだ。

 だが、100年近く続いた名家北条氏の跡取りに生まれついた氏政は、やっぱりお坊ちゃんだったのだろう。百姓の身から関白に成りあがった海千山千の秀吉に比べ、肝っ玉の据わり方が半端だった。

 BSプレミアムの人気番組『英雄たちの選択』で、秀吉と北条氏の戦いを特集したことがあった。 
 これまでの歴史的評価によると、この戦いは、暗愚な北条氏政が戦略の大天才秀吉に「赤子の手を捻られる」ごとく敗れ去ったというのが定説になっている。

 しかし、番組に参加したゲストたちは、「北条氏は巷の評価をくつがえし、そうとう善戦した」と口々に評価した。
 もし、氏政が降伏せず、最後まで籠城を貫けば、兵糧の尽きた秀吉軍は小田原から撤退せざるを得なかっただろうとも。

 ゲストたちのトークを要約してみると、この戦いは「日本が中世から近世へ移行したことを象徴する歴史的な事件」なのだそうだ。

 信長・秀吉という2大ヒーローが登場するまで、この国には絶対王政的な中央集権勢力が存在しなかった。

 絶対王政的権力の出現が「近世」の幕開けを意味するものだとしたら、このとき秀吉が集めた20万という大軍は、まさに「近世」という時代が生んだ軍事力だった。
 それに対し、その兵力と拮抗できる小田原城を構築した北条氏は、地方分権勢力が乱立していた「中世」を、もっとも洗練させた形でまとめあげた一族だった。

 だから、秀吉の小田原攻めというのは、日本における「中世」と「近世」の激突だったのだと。
 さすが、最近の歴史研究者たちはうまいことをいうなぁ … と感心して聞いた。

 敗れたとはいえ、北条一族の善戦を知ると、小田原という町にも独特のロマンを感じることができる。

 小田原という町を包み込む、あのほんわかとした空気感。
 それこそ、「中世的文化」の香りなのではなかろうか。
 もし、この町が北条氏の抵抗もなく、秀吉勢力に一気に蹂躙されていたら、「近世的緊張感」を湛えた息苦しい町になっていたかもしれない。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ | 6件のコメント

ムード歌謡オジサン

 
 知り合いに、カラオケの大好きなオジサンがいる。
 70歳ぐらいの方だ。
 ときどきご一緒させてもらっている。

 その人は、基本的にはカラオケバーとかカラオケパブといった店が好き。
 つまり、おしゃべり上手なママさんがいて、甘え上手なおネエさんたちがいるような店だ。

 席に座ると、おしぼりを渡してくれたママさんに対し、
 「今日は一段と美人だね」
 と、ハタで聞いているとのけ反るようなベタな言葉を送って、おしぼりで顔を拭き、隣に座ったおネェさんには、
 「ヨッ彼氏ができたね? きれいになったもんなぁ」
 と軽い挨拶を送る。
 
 その自信たっぷりの表情や言葉から、どうやら、
 「自分はモテる ‼」
 … と思っていらっしゃる風情が漂ってくる。

 モテるには、理由がある。
 … とご本人は信じている。
 その理由とは、(たぶん) “ムード歌謡” のレパートリーが広いからだ。

 私が聞くかぎり、演歌もムード歌謡もそう変わらないように思えるのだが、70歳ぐらいのカラオケ好き男性の美意識においては、どうやら両者は決定的に違うらしい。
 
 演歌 = 泥臭い田舎モンの歌。
 ムード歌謡 = 洗練された都会人の歌。

 口にそうはっきりと出しておっしゃったことはないけれど、オジサンの心の中にはそういう区別(偏見?)があるらしい。

 というのは、私がド演歌などを歌うと、
 「演歌の方が好きなの? ムード歌謡は知らないの?」
 と、ものすごく余裕に満ちた表情を返してくれるからだ。

 で、そのオジサン。
 マイクを握ると、まずは軽くロス・プリモスの『ラブユー東京』あたりから始める。
 次の曲は、ロス・インディオスの『コモエスタ赤坂』。あるいは東京ロマンチカの『君は心の妻だから』。
 興が乗ってくると、『夜の銀狐』、『霧にむせぶ夜』。

 好きな歌手というのも、もちろんいる。
 その筆頭は石原裕次郎。

 しかし、裕次郎のレパートリーは、後半部にとっておく。
 気に入ったものは最後の方に残す性格なのかもしれない。
 たぶん、お寿司を食べるときは中トロとかウニなどを残しておいて、一番最後に召し上がる方なのだろう。

 で、店に女性客がいると、オジサンは見逃さずにデュエットを迫る。
 選曲はだいたい自分で決めて、どんな女性に対しても、『銀座の恋の物語』か『東京ナイトクラブ』。

 お気に入りのデュエット曲は、『居酒屋』。
 特に初対面の女性がカウンターに座っていると、ママさん経由でその女性にマイクを回し、
 「『居酒屋』知っているでしょ?」
 と、手を挙げてニコニコ。

 店のママさんも乗せ上手だから、その女性に向かって、
 「デュエット申し込まれたら、何かご馳走してもらわなきゃだめよ」
 とか言って、売上げを伸ばそうとする。

 まぁ、デュエットが成立してもしなくても、ママさんはオジサンに対して、いいタイミングで “ヨイショ” を決めていく。
 オジサンがムード歌謡を歌うと、1曲ごとに、
 「ほんまにお上手やわ ! 心がうずくわぁ !」
 と、目を潤ませて拍手を送るのだ。

 それに気をよくしたオジサンは、歌い終わると、いったんマイクをママさんに返す。
 つまり、
 「俺はマイクを持ったら離さないようなマナーをわきまえない人間とは違う」
 と言いたいのだろう。
 「ムード歌謡を歌う人間は紳士なんだ」
 という自負があるらしい。

 かくして、ムード歌謡が流れるスナックは、今日も平和に暮れていく。
 
 
 それにしても、「ムード歌謡」なるものは、いったいどういう背景から生まれてきた音楽なのだろう。
 
 ムード歌謡の歌詞には、よく酒場が出てくる。
 それも、「ご新規さんナマ3丁、枝豆2人前 !」とかいう酒場ではなくて、ドレスの女性が「お隣に座ってよろしいかしら?」と肩に触れてくるような店だ。

 天井を見上げると、ミラーボールがぐるぐる。
 チークダンスも踊れるフロアがあり、ステージでは楽団が大人の男女を楽しませる演奏を奏でている。
 そういうところというのは、(私は行ったことがないが、きっと)「キャバレー」とか「ナイトクラブ」などといわれた酒場ではあるまいか。

 「キャバレー」とは、楽団が演奏できるステージを設けた酒場のことをいう。
 そういう店では、ショータイムの時間がくると、演奏があり、歌があり、ときにコントがある。
 石原裕次郎が主演する昔の日活映画などでは、よくキャバレーのシーンが出てきて、ステージで裕次郎がドラムスを叩いたりした(『嵐を呼ぶ男』 1957年)。

 現在は、隣にホステスが座るだけの「キャバクラ」が主流になってしまい、「キャバレー」の数は激減した。

 ムード歌謡で歌われる舞台の大半は、かつての「キャバレー」である。
 歌の主人公はそこに勤めるホステスだ。
 で、そのホステスが店に来るお客に惚れるのだが、「騙されて」「捨てられて」「酒でまぎらわす」という王道パターンを繰り返す。

 捨てられた女は、好きだった男の影を探して夜のネオン街をさまよったり、その男の名前をボトルに書き込み、「ひろみの命」と付け加えたり、折れたタバコの吸い殻で、男の心変わりを悟ったりする。

 まぁ、男の “天国” だわね。
 ホステスとして店に雇ってもらえるような女性ならば、それなりに美人だろうし、身のこなしもセクシーだろうし、金回りだって良さそうだ。
 そういう女性が、別れの時間が迫るたびに、涙ぐんで、そっと時計を隠し、白い小指をそっとからませる … なんて、男の天国じゃね?

 「ムード歌謡」の好きな男性というのは、たぶん自分の美意識をこういう理想郷に設定しているのだ。
 ゴージャスで、華麗。
 そして、女のいじらしさが香るセンチメンタリズム空間。

 現在70歳以上の男性 … つまり、いわゆる団塊世代で、上の方に属する人たちは、こういう世界を “カッコよさ” の原点として持っている。

 団塊世代というと、よく「ビートルズエイジ」などと言われるけれど、上の方の世代になると、青春時代にビートルズを聞いていたというのは少数派だ。
 それよりも、圧倒的に大多数の団塊世代を魅了したのは、日本の石原裕次郎である。

 「ムード歌謡」の担い手たちは、ラテン、ハワイアン、ジャズなどを演奏する楽団が中心であったが、それは “キャバレー文化” の範囲に留まるものであって、ムード歌謡に広く市民権を与えたのは、石原裕次郎であるともいえる。
 
 『ブランデーグラス』
 『夜霧よ今夜も有難う』
 『銀座の恋の物語』
 『恋の町札幌』
 『赤いハンカチ』
 『粋な別れ』

 カラオケで、これらの裕次郎 “ムード歌謡” を一度たりとも歌わなかった人はいないのではなかろうか 
 
 実は、彼こそが「ムード歌謡」のスーパーヒーローなのだ。

 「ムード歌謡」のヒロインとして登場する “捨てられた女たち” 。
 そういう彼女たちの胸を焦がした男というのは、実は石原裕次郎をイメージすればいいのだ。

 これは、実際に当時の現役ホステス(今はおばあちゃん)に聞いた話だが、1950年代後半 … すなわち裕次郎が日活映画で『嵐を呼ぶ男』、『錆びたナイフ』、『風速40米』などのヒット作を連発していた頃、キャバレーに来る客は、みな石原裕次郎のような男ばっかりだったという。

 すなわち、一流私大に籍を置くような学力レベルを持ちながら(裕次郎は慶應大学)、放蕩三昧を繰り返し、余るほどのカネを遊びに費やすから女にモテることもハンパないのだが、モテすぎるために、どこかアンニュイの影を放ち、ちょっとやそっとの女の甘い言葉などには何の反応を示さない。

 当時のキャバレーに遊びに来るのは、そんな男ばっかりだったという。
 ホステスたちは、そういうお客に色めき立った。

 彼らは、ボックスに座っているときは物憂くタバコをふかすだけだが、おもむろにダンスフロアに立てば、優美なステップで女性をリードし、ステージに上れば楽器演奏もプロ並み。歌はプロ歌手並み。

 休日には、ヨットハーバーまでドライブして高級クルーザーを操り、サーキットを走ればプロレーサー並み。
 勉強などしなくても地頭が良いから、親のコネで大企業に入ってしまうと、とんとん拍子に出世して、やがて大手企業のボスに収まってしまう。
 ムード歌謡に出てくるヒロインたちを泣かすのは、こういう男たちだったという。

 もちろん彼らのハートを射止めたホステスは、めでたく玉の輿に乗れたが、大半のホステスは、もてあそばれるくらいならまだラッキーな方で、ほとんど一方的な片思いで終わった。

 「ムード歌謡」の背景には、こういう世界があった。
 だから、このジャンルは、現在60歳後半から70歳代の男女のハートをがっちりつかんでいるのだ。
 
 で、今でも場末のスナックでは、昔キャバレーでモテ組に入れなかったオジサンと、モテる男に言い寄られた経験のないオバサンたちが、満たせなかった昔の夢をしのんでムード歌謡に酔っている。
 
 

カテゴリー: ヨタ話, 音楽 | 1件のコメント