パク大統領とマリー・アントワネット

 
 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領への批判集会は、いったいどこまでエスカレートするのかなぁ、と思って、ずっと報道を見ている。

 ニュースの画面を見ていると、反パク・クネの集会には歌があったり、踊りがあったりして、まぁ、お祭りのような騒ぎ。
 古代の政治を「まつりごと」といったけれど、政治に参加するということは、まさに「お祭りに参加する」ことであったということが、よく分かるような気がする。

 それにしても、パク大統領というのは、どんな悪いことをしたのだろうか。

 その親友といわれる崔順実(チェ・スンシル)という人はほんとうに悪い人で、韓国の国民が怒り心頭に発するのもよく分かるのだが、パク大統領の方は、その親友といっしょになって私腹を肥やしたり、横暴に振舞っていたという印象がなぜか薄いのだ。
 むしろ、崔容疑者に操られ、いいように利用されていたという感じである。

 だからこそ、国民の怒りが収まらないのかもしれない。

 国民が怒りを感じる権力者というのは、必ずしもその権力者が狡猾で、腹黒で、残忍であるとは限らない。

 逆に、無知で世間知らずである方が、よけい民衆の怒りを買うことがある。
 「こんな無能なリーダーに統治されていたのかよ !」
 という怒りだ。

 ちょうど、フランス革命のときに、マリー・アントワネットとその旦那さんのルイ16世が民衆の怒りを買ったときがこれに当たる。

 「アントワネット様、いまパリでは民衆がパンを食べられなくて困っております」
 と臣下の者に言われても、
 「あら、パンが食べられなければケーキを食べればいいのに」
 と頓珍漢なことを言ってしまったマリー・アントワネットは、その発言だけで、もう断頭台で首をはねられる運命を手に入れた。

 もちろん、マリー・アントワネットが、実際に上記のような発言をしたという記録は残っていない。誰かの創作だといわれている。
 しかし、彼女の場合は、そういう発言がまったく違和感なく聞こえるような暮らしをしていたことが宮殿の外に漏れたのだろう。

 パク・クネという人の謝罪会見も、どこか民衆の感覚からズレているような雰囲気がある。
 本人にとって相当な政治危機が訪れているはずなのに、他人事を語るように、表情がどこか涼し気なのだ。

 その表情を見ているうちに、
 「この女性は、政治家としてもっともらしい発言を続けてきたけれど、普通の人間の暮らしというものをまったく経験することなく、ここまで来てしまったのかな」
 とふと思った。

 おそらく、彼女には、自分の置かれている立場を客観的に認知する力が育っていないのだ。その手の想像力に欠けているのだ。

 そうでなければ、謝罪会見時に、あのアルカイックスマイルにも似た意味不明の笑みを漂わすような表情など作れるはずがないのだ。

 もちろん、そういう余裕ある表情を見せたのはパク女史の必死の演技なのかもしれないけれど、そうだとしたら、これもまた判断ミス。
 上流階級のお嬢様政治家が泣きべそをかく表情を見て溜飲を下げたいと思っていた韓国の国民からすると、小憎らしく映ったはずだ。
 ここは、ウソ泣きでもして、みっともなく許しを請うような表情を作った方がホコ先をかわせたと思うのだが、お嬢様のプライドがそれを許さなかったのかな。
 
 マリー・アントワネットの場合も、自分の置かれている状況を客観的に眺める想像力に欠けていた。
 怒りに狂った民衆が宮殿に押し寄せてくるというのに、彼女とその旦那のルイ16世は、まるでピクニックに行くような気分で、逃亡用の馬車に乗り込んだという。
 だから、迅速に行動しなければならない脱出に、5時間も無駄な時間を費やしてしまった。
 それが災いして、この家族はけっきょく追手に捕まってしまう。
 
 こういう話から伝わってくるルイ16世一家というのは、きっとおっとりした人の良い人たちだったのだろう。
 庶民なら、その人の良さが愛される場合もある。
 しかし、国王の場合はそうはいかない。

 あまりにも度を越した “無垢と無知(イノセンス)” は、権力者の場合は立派な犯罪となる。
 「イノセンス」とは、「無実、潔白、無邪気、無害」などを意味するが、本来「無実で潔白」なはずのものが、どうして国王や王女の場合は「罪」となるのか。
 その不条理さが、人間の悲劇を強く訴えかけてくる。
 マリー・アントワネットとその旦那ルイ16世の悲劇は、そのもっとも分かりやすい例だ。
 パク女史の場合は、どうなるのかな。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ | 6件のコメント

カジノ法案も無策だよなぁ

 
 TVの政治トーク番組を観ていたら、自民党がカジノ法案(総合型リゾート法 = IR法)というのを可決させたらしい。
 俺はこの法案の中身をよく知らないから、頓珍漢なことをいうかもしれないけれど、何をバカなことを考えているんだとあきれてしまった。

 カジノを解禁して、それを観光立国の目玉にするんだって。
 そんなんで外国人観光客が急増するとでも思っているのだろうか。
 シンガポールやラスヴェガスにすでにあるようなものを日本に作って、そこらへんに住んでいる連中がわざわざ日本に来ると思うかぁ?

 バックパックを背負って、安い宿を探して泊って、浅草の浅草寺で豆絞りの手ぬぐいを買って喜んでいる連中が、カジノなんていくかぁ?
 
 別にギャンブル依存症がどうのこうのというつもりはない。
 共産党あたりは、これを強く懸念しているらしいけれど、そんなものはカジノができようができまいが、すでにパチンコ、競馬、競輪で依存症になった連中もたくさんいるんだろうしさ。

 民進党あたりは、自民党の強行採決に反対したらしいけれど、よく聞くと、党内にはカジノ賛成派もたくさんいたっていうじゃない?
 だからカジノそのものには反対できなくて、「強行採決に反対」とか言ってやんの。
 この党も腰が据わってないよね。

 で、俺がいやなのは、とにかく「カジノ」さえあれば、外国人観光客が倍増するだろう思い込んでいる頭の単純さなんだよ。
 どうせ、いろんな利権を意識して、商売のネタにしようとしている連中が陰でたくさんうごめいているんだろうけれど、ま、それはいいとしてさ。
 「観光立国の目玉」なんていう看板の掲げた方だけはやめてほしい。
 そういうのを想像力の貧困というんだよ。
 
 いま日本に来ている外国人というのは、誰もが伝統化された日本特有の文化を見たいんであってさ、別に世界のカジノにはどこにでもあるようなルーレット盤とか、バカラのカードとか、スロットマシンを見たいわけじゃないのよ。

 でもさ、どうせカジノを作るのなら、俺にはひとつ提案があるわけさ。
 自民党は、「日本の文化、伝統に根差した新しいタイプのリゾート型観光施設を目指す」とかいっているわけだからさ、いっそのこと、時代劇や初期の東映ヤクザ映画によく出てきた丁半賭博か手本引きをやるのよ。

 それこそ、昔の博徒が出入りしていたような日本家屋を再現してさ。
 そこに、片肌脱ぐと真っ赤な牡丹の刺青が見える女賭博師に扮した女性スタッフを置いてさ。
 「さぁ、おのおの方、ツボ入ります」
 とか言わせたらよ、外国人観光客に大うけだって。


▲ 『緋牡丹博徒』のお竜さん

 「忍者」はいま世界的な人気だけど、今度は「女賭博師」も人気キャラクターになる。
 昔の東映映画の主役にちなんで、そういう女賭博師のスタッフを「お竜さん」とか呼んでもいいんじゃない?
 
 「ニホンに行って、オリュウサンと遊ぼう」
 って、外国人観光客がわんさか来るぜ。
  
 

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家庭の危機は台所から始まる

  
 「洗い物をする旦那は奥さんに嫌われる」

 …… てなことがあるわけはない、と思っていたら、お昼のテレビを観ていたら、ほんとうにそうらしい。

 実は、私は食事が終わった後に、よく食器を洗ったりする。
 こちらとしては、食事を作ってくれたカミさんに対し、ささやかな “恩返し” のつもりで、汚れた皿が重なった洗い場に立つわけだが、実はこの私の作業が、カミさんに喜ばれた記憶がない。

 「あぁら、そんなことまでしなくてもいいのに」
 と、こちらを気遣ってくれるような反応があるときは、珍しく機嫌がいいときだ。

 たいていは、
 「やめて、洗い物をするのは … 。シンクの中の汚れた皿に手を付けないでちょうだい」
 と怒鳴られる。

 理由ははっきりと言わない。
 
 これは私の密かな推測だが、要は、私が洗い物をするのは、
 「お前が家事をサボっているから、代わりに俺がしてやっているんだぞ」
 という、私の嫌味ったらしいメッセージだと思っているフシがありそうなのだ。

 まったくそんなつもりはないのだが、私が洗い場に立つと、
 「あんたが洗い物を始めると、私は休めないじゃないのよ」
 などと怒られたりすることがあるから、たぶん、自分が「家事をサボるな」と言われているような気になるのだろう。

 そういうカミさんの叱責を受けずに洗い物を済ませてしまうためには、カミさんが台所を離れたタイミングを見計らい、猛スピードで一気にやってしまうしかないと思っているのだが、今日テレビを観ていたら、旦那の洗い物を嫌がる主婦の心理には、もう少し違ったものがあることを教えられた。
 
 

 主婦たちが、旦那の食器洗いを嫌う一番の理由は、
 「食器の洗い方が雑である !」
 ということらしい。
 だから、洗ってもらっても、けっきょく自分でもう一度洗い直さないとならないという。
 
 主婦というのは、漠然と台所に立って、韓流ドラマの次の展開を予想しながら口笛気分で皿を洗っているわけではないのだそうだ。

 食べ終わった食事の種類や皿の汚れ具合から、洗う工程を緻密に計算し、場合によってはしばらくお湯に浸け、洗う順番を定めて、洗剤の量を割り出す。
 そして、スポンジを選択。
 皿の汚れ具合によっては、スポンジを使い分け、洗剤を落とす水量も調節する。
 
 こういう手順がしっかり頭の中に叩き込まれ、洗う前に使用する水道の量、洗い終わる時間まで寸分の狂いもなくピタッと合うのが主婦の洗い物。

 … が、主婦がそういう細かな神経をつかっていることをまったく知らない旦那が気まぐれに洗い物に手を出すと、どうなるか。

 全体に雑。
 皿の油などが完全に取れていなくても頓着しない。
 水道は流しっぱなしで、水がシンクの外に跳ねても平気。
 当然、床がバスルームのように水浸しになっても気づかない。
 おまけに皿を割る。
 それも、いちばん大切にしている皿を、まるで狙いすましたかのように、見事に割る。

 さらに、イラっとするのは、
 「ほら、お前のために皿を洗ってやったよ」
 というあの “押しつけがましい” 得意顔だという。
 
 う~む ……
 うちのカミさんが皿を洗う旦那を嫌う理由も、これだったのか。
 
 しかし、そのことが分ってしまっては、もううかつに汚れた皿に手を出すことができない。
 油残し
 水はね
 皿割り
 
 どれもみな私の得意ワザだ。

 どうりで、私が洗い物を始めると、カミさんの顔が、桃太郎がサルとキジとイヌの護衛なしで、不用心に一人で歩いているところを見つけた鬼のような表情になるわけだ。
 
 覚えておこう。
 家庭の危機は台所から始まる。
  
 

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貨幣は共同体の<内>にあるのか<外>にあるのか

 
 このブログの読者であるHIROMITI さんという方から、これまで3回にわたるコメントをいただいた。
 テーマは、「貨幣と共同体」といったちょっと小難しい話である。

 1回目のコメントは、『軍事産業が世の中をリードする時代』という記事に寄せられたご意見であったが、こちらの書いた記事の趣旨を超えて、「貨幣の意味」、「人間社会の上部構造/下部構造」、「グローバル資本主義」などに言及した非常に広がりと深みを持った内容のものであった。

 以降それぞれのコメントとその返信の内容を深化させながら、議論を進めることになったが、HIROMITI さんの鋭い理論展開に反応するのはそうとう苦しい作業でありながら、同時に楽しいものであった。

 今回のこのブログにおいては、最後にHIROMITI さんに宛てた返信をそのまま掲載することにした。
 表現として、ところどころ氏への批判めいた言葉が出てくるところもあるが、内心では敬意を表しつつ反応したつもりである。

 氏が人間の経済活動と文化創造の矛盾に対して、どのような思想を持たれているのか、他の読者の方にも紹介してみたいという気でいる。

※ HIROMITI 氏からのコメントは下記をどうぞ(↓)。
 
http://campingcar2.shumilog.com/2016/11/15/%e8%bb%8d%e4%ba%8b%e7%94%a3%e6%a5%ad%e3%81%8c%e4%b8%96%e3%81%ae%e4%b8%ad%e3%82%92%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%89%e3%81%99%e3%82%8b%e6%99%82%e4%bb%a3/#comment-5954

 なお、氏は『ネアンデルタール人は、ほんとうに滅んだのか』というタイトルを冠したネアンデルタール人論を10年も書き続けていらっしゃる。
 現代の政治・経済・文化がはらんでいる様々な現象を、数万年前に生きたネアンデルタール人の生きざまから読み解くという独創的なブログで、知的な領域に関心を持つ固定的な読者層から強い支持を受けている(↓)。

http://d.hatena.ne.jp/HIROMITI/20161129

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以下、返信記事の内容

>HIROMITI さん、ようこそ
 とても精緻な論考でした。読みごたえは十分です。
 これだけの質的・量的コメントに対しては、やはりおそろかに返信できないという気にもなり、今回は多少昔読んだ倫理社会系の本などいくつかあさり、さらにネットなどでも関連用語を調べたりしてみました。

 けっこう大変でしたよ (;^_^A
 ただ、いただいたコメントの末尾に「何はともあれ、おもしろかったです」というお言葉が添えられていたので、こういう労力も無駄ではないのだろうな … と思う次第です。

 今回もまた丁寧な論考を重ねた返信をいただいたとは思いますが、やはりいくつ部分では、議論は平行線をたどりそうですね。

 その理由は、やはりHIROMITI さんがおっしゃるとおり、使われる言葉の解釈をめぐって、最初から食いちがいがあったせいかと思います。
 まず「共同体」という言葉に関して。

 HIROMITI さんが、あまりにも ≫「村落共同体などといったものは存在しない」と強調されるので、自分が理解していた今までの「共同体」という言葉が間違っていたのかと思い、昔読んだ文献などを探し出して調べたり、ネットで確かめたりしてみました。
 すると、(私の見たかぎり)、「共同体」という概念をHIROMITI さんのような理解の仕方で明示している文献は見当たりませんでした。

 もちろん、HIROMITI さんのターミノロジーが他の文献で確認できなかったとしても、それは当然のことながら、HIROMITI さんの思考の価値を貶めることにはなりません。
 新しい独創的な思想というのは、しばしば前人未踏の領域を一人で切り開いてきた人によって開拓されるものですから、はじめて聞いた理論だからといって、それを否定するつもりはまったくありません。HIROMITI さんも「これまでの共同体解釈は間違っている」という意気込みで書かれたのでしょうから、その覚悟には敬意を表します。
 ただ、(私自身が古い思考にとらわれているせいか、もしくは私の理解力が足りなかったせいか)HIROMITI さんの使われている「共同体」という概念を掌握するのはけっこう難しい作業でした。

 私が理解している「共同体」というものは、昔から教えられているドイツ語の「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」という概念で、前者は地縁、血縁などよにより自然発生した有機的な社会(Wikipediaより)。後者は近代以降に成立した会社組織のような目的を持った社会集団のことです。

 そして、大半の文献では、「ゲマインシャフト」のことを「家族や村落など、血縁や地縁に基づいて自然的に発生した人間の集団」と定義しています。

 もちろんそういう用語の規定は原則論であって、実際には拡大解釈も含め、さまざまな用法が生まれています。
 しかし、この言葉が共有しているイメージには、基本的に「お互いの顔が識別できる範囲の親しい人間の集団」という原型がまず最初にあって、「都市国家」、「国民国家」、「同一宗教の信徒」などといった大きな集団は、概してその延長線にあるものとして、地縁・血縁的共同体のアナロジーとして使われることが多いと感じました。

 HIROMITIさんが、このような既成の「共同体」という用語に異を唱えて、それに風穴を開けようとしているというのはよく分かりますけれど、少なくとも、このような社会通念になっているものを打破するためには、より精緻な考証と、より丁寧な理論構築が必要になるのではないでしょうか。

 少なくとも、
 ≫「村落共同体のような先験的な共同体があったのではない。村というのは<共同体>ではなく、ただの<集団>だ」
 と断定的に言い切るならば、その根拠をさらに明示する必要があるような気もします。あるいは、すでにそういう研究があるのなら、その研究の成果も原典を明記して表示する必要もありそうに思えます。
 そうでない限り、私の理解力は保守的なところがあるのか、HIROMITI さん流の「共同体」という用語は、スムーズに頭に入ってきませんでした。

 したがって、それに続くHIROMITIさんの「共同体と貨幣」をめぐる論考にも違和感を払しょくできませんでした。


 
 ≫「貨幣がどこで生まれたのかという問題を考えれば、共同体の内部でしょう。古代の日本人は、中国の銅銭を溶かしてしまって銅鏡や銅鐸をつくっていた。中国の銅銭は、中国の内部でしか意味も価値も持たない」

 本当でしょうか?
 貨幣がどこの国で鋳造されようが、それが「貨幣である」という信用体系が確立されていれば、商品経済が成立している世界ならどの国の貨幣でも通用するのではないでしょうか。

 弥生時代に、日本人が中国の銅銭を溶かして銅鏡・銅鐸を作ったとしても、それは、当時の日本人が貨幣の価値を理解していなかったことをストレートに伝えることにはならないと思います。
 HIROMITI さんも認めておられるように、初期の貨幣には呪術的な意味(貨幣の超自然的な力が権力者の権威を保証するといったような意味)も持たされていたはずです。
 だとしたら、日本人の作った銅鏡・銅鐸は、日本人にとっての呪術的な貨幣の性格も付与されていたのかもしれない。


 
 それに、日本で発掘された銅鏡、銅鐸がすべて中国の銅銭から作られたわけではないでしょう。その大半はあらかじめ中国で銅鏡として作られたものではなかったのですか?
 中国の銅銭が、日本では中国のように貨幣としての交換価値を持っていなかったというのなら、それは、当時の日本が中国のような成熟した商品経済を確立していなかったということだけでしょう。

 実際に、商品流通が盛んになってきた平安末期の平氏政権の頃には中国の宋銭が使われるようになりましたし、室町時代には明の貨幣が使われています。
 宗や明の貨幣は現在の「ドル」みたいなもので、アジア全体の共通貨幣でした。
 今だって同じことがいえますね。各国の定めた通貨があるにも関わらず、“世界通貨”である「ドル」が通用しない国はありませんから。

 このようにHIROMITI さんと私の間では、「共同体」という言葉の使い方が最初から食い違っていましたので、議論がかみ合わないままここまで来てしまいましたが、最後にもう一度、私の理解している “共同体” という言葉を使い、貨幣との関係を説明させてください。 

 HIROMITI さんはこう書かれる。

 ≫「貨幣とは共同体の制度そのものでしょう。“貨幣=資本主義” が共同体の制度を解体するといわれるが、もしも “共同体” が貨幣の成り立たない空間であるのなら、それこそ “のれんに腕押し” で解体できるはずがないじゃないですか。共同体というのは貨幣制度の上に成り立った空間だからこそ、お金お金のグローバル資本主義に煽られると、極端な国家(民族)主義が生まれてきてしまう」

 HIROMITI さん流の共同体解釈によると、共同体とは権力者が統治する古代都市国家が成立したのちに “発生” したということになるわけですね?
 確かに、そういう状況を前提とすれば、都市国家内部の市場に貨幣が浸透したとしても、それが直接の原因となって、都市国家共同体が解体したり、崩壊したりするとは考えにくい。

 現象的には、そのとおりです。
 しかし、ここではそのような具体的な空間イメージにとらわれず、もう少し柔軟に、それこそ理論の問題として捉えたらどうなんでしょうか。

 「共同体と貨幣」などというテーマは、現実の物理的空間を想像しているだけでは、その本質にはたどり着けないような気もします。
 「共同体」の≪内≫とか≪外≫というのは、村落とか都市国家の具体的な≪内≫や≪外≫を意味してはいない。それは抽象化された理論上のモデルです。
 
 それをご理解いただけたなら、「資本主義が共同体を解体する」という意味も少し変わって聞こえてくるのではないでしょうか。
 このことに関しては、以前の返信でも触れたと思うのですが、“解体された” ということは「共同体内部がバラバラになってしまった」というようなことではまったくありません。むしろ “統一” されたのです。

 つまり、「資本主義」というすべての価値観を最終的には平準化してしまう運動にさらされると、それ以前の民族が持っていた固有の文化、固有の価値観、固有の世界観が消滅していくことになります。

 もちろんそれが良いことであるのか悪いことであるのかは一概にはいえません。
 サーフィンは、ハワイ島住民の固有の遊びでありましたが、それが商品経済の中に組み込まれてファッション化され、スポーツとしての体裁を整えていくと、サーフボードも今のような形になり、ハワイ島で使われていたものとかなりスタイルを変えて流通するようになりました。
 それは、もともとあった土着のサーフィン文化の発展形態ともいえますが、逆にいえば「ハワイ固有のサーフィン文化は解体された」ということになります。

 19世紀の画家のゴーギャンは、晩年タヒチに渡って地元住民の生活を描き、「これぞ文明に汚されない無垢の自然の美しさだ !」などと自国の美術系メディアに称賛されましたが、ゴーギャンが渡った頃のタヒチ住民の共同体は、ヨーロッパの市場経済の渦に巻き込まれ、街にはヨーロッパ製品が溢れ、その収益はヨーロッパ人に簒奪され、地元民は固有の文化を失い、経済的にも文化的にもヨーロッパに従属するような悲惨な状態であったそうです。

 現在は、そういう資本主義の強大化(暴虐化?)がよりグローバルな展開になっているということなんですね。
 イランのような “アメリカ帝国主義” に反発する形で政権運営を進めてきた国であっても、街の中心部ではスマホショップが立ち並び、至るところにコカ・コーラとマクドナルドの販売店があり、若者たちはアメリカ製のファッションに身を包んで喜んでいます。

 グローバル企業の商品は、国家の統制などが及ばない形で浸透し、世界中を同じ文化・習慣に染め上げ、その国の “風景” をどこの国とも同じような色で染め上げていきます。
 イランのようなイスラム原理主義の傾向が強い国でも、もう生活・風俗の領域では、宗教共同体としてのイスラム文化の匂いは希薄になっている。トルコやエジプトのような世俗的国家では、それがそうとう早く進行していました。

 「資本主義が共同体を解体する」というのは、そういう意味です。
 イスラム過激派というのは、そういうイスラム共同体の解体過程から逆に生み出されてきた集団であると思います。

 その共同体に関連する話になりますが、「商人と共同体」というテーマ。
 HIROMITI さんは、次のようにお書きになる。
 
 ≫「商人だって共同体=権力と結託して利潤を上げている。それを(僕は) “寄生” といっているだけです。ユダヤの商人がアメリカの政治を動かしている、などというわけじゃないですか。貨幣は共同体の制度でしょう」

 「商人」という言葉でユダヤ人の例が出てきましたので、ここで少し触れたいのですが、ユダヤ商人がヨーロッパの諸都市を中心に金融業を営むことができたのは、そこの権力者と結託したからではありません。もちろんそういうケースも多々あったでしょうが、そこにユダヤ商人の問題の本質はない。
 彼らが、ヨーロッパで商業的利益を得ることができたのは、彼らが共同体の「外部の人間」だったからです。

 シェークスピアの有名な戯曲で『ヴェニスの商人』というものがありますよね。
 そこには狡猾で強欲なユダヤ商人のシャイロックという人物が登場します。

 彼は金貸し業者としてヴェニスの街で商売しているわけですが、別に権力者などと結託しているわけではない。
 むしろ最終的には、その地の権力の象徴として機能している司法の判定によって死刑を言い渡されたりしています。(話の進行上は劇の主人公の計らいで恩赦されますが)。

 劇に限らず、実際のユダヤ人が中世から近世、そして近代にいたるまで、その土地の権力者から疎まれてきた例は実に多い。
 特に、カトリック系の文化では「ユダヤ人はキリスト教の敵」と見なされることが多く、スペインのフェリペ2世の治世においては、スペイン国内のユダヤ人はすべて追放されています。

 このように、ヨーロッパ史で「商人」の代名詞ともなっているユダヤ商人は、キリスト教共同体の世界においては、不気味がられて軽蔑され、ときには追放される運命にありました。
 
 それでもユダヤ人は、金融業者としてヨーロッパの各都市で生きていくことができました。
 それは、彼らが「共同体の外の住人」だったからです。

 キリスト教共同体内では、概して金融業は嫌われる傾向にありました。それは、聖書のなかに「同じ共同体の仲間からは利子を取るべからず」という教えがあるからです。
 
 だから金融業というのはヨーロッパ社会では誰も成り手がなかったし、そういう職業が忌み嫌われたことから、貨幣そのものも庶民の間では「不浄なもの」と見なされるようになりました。

 しかし、都市の維持には商行為が欠かせない。そうなると当然金融業も必要になる。
 そこで、ヨーロッパ人はキリスト教共同体に属さないユダヤ人に金融業を押しつけ、自分たちは彼らを「軽蔑しながら利用する」というシステムを作り上げていったわけですね。

 もちろん、ユダヤ人たちも、そういう仕事で食べていったわけですから、そういった意味で、HIROMITI さんのおっしゃる「寄生」という表現も外れてはいない。
 しかし、生物学的な意味でも、「寄生するもの」と「寄生されるもの」というのは相互扶助の関係になっている場合も多い。ヨーロッパのキリスト教共同体は、そういった意味で、ユダヤ人に上手に「寄生してもらった」ということになるんでしょうね。
 

 さて、難問が一つ。
 HIROMITI さんの次の言葉。

 ≫「人類は農業を覚えたからこそ人口を増やすことができた、なんていうことがあるはずないじゃないですか。むちゃくちゃな論理ですよ。そういう下部構造決定論では説明がつかないでしょう。みんなそうやって、下部構造決定論に取り込まれてゆく」

 とHIROMITI さんがお書きになっているくだりですね。

 「人類は農業を覚えたからこそ、人口を増やすことができた」というのは、そんなにむちゃくちゃな論理ですか?
 ちょっと考え込みました。
 なんか、こっちが悪いことでも言ってしまったのか? … という思いに駆られるほど厳しい語調でしたから。

 HIROMITI さんが使われている「下部構造決定論」という言葉が、マルクスの言っていたような用法だとすれば、それを感情的なまでに否定して、いったい何を訴えたかったのか。
 HIROMITI さんは、≫「下部構造決定論には “人間とは何か” という問題が抜け落ちている」とおっしゃるけれど、はたして本当にそうなのか?

 まぁ、いろいろ考え込みました。
 このコメントにおいてもそうなのですが、HIROMITI さんは気分が高揚すると、ときどきケンカ腰になりますね(笑)。
 たとえば、
 ≫「交易が都市の発生の契機だとか人間性の基礎だと考えるなんて、人間性に対する冒涜であり、それは歴史の真実でもない」
 
 こう書かれると、まるで「あなたは人間性を冒涜している」と言われたような気分になります。
 私はHIROMITI さんの表現法にだいぶ慣れましたので、おっしゃりたいことはすぐに了承できましたが、はじめてコメントをもらったブログ管理者の中には、こういう表現に遭うと威圧的なプレッシャーをかけられた気分になる人もいるかもしれません。
 そういった意味で、誤解を受けやすい記述であるように思いました。

 話がズレて申し訳なかったですが、この “農耕文明と人口” の件、確かにHIROMITIさんのおっしゃることにも一理はあるとも思いました。
 というのは、「人類は農耕を覚えたから人口を増やすことができた」と断定的にはいえないことも分かるからです。

 HIROMITI さんのおっしゃるように、農耕を始める前の狩猟採集生活状態においても、微増ながらも人口増加ということはあり得る。
 そういった意味で、私が断定的に言い切ってしまったのは軽率だったといえるかもしれません。

 ただ、次のことはいえる。
 農耕文明が広まったとされる新石器時代の人口は1,000万人だといわれています。まだ農耕が普及しない旧石器時代の100万人に比べ、その10倍になっている。

 この人口増は、もちろん農耕のせいばかりとはいえないかもしれませんが、農耕の普及と人口増がパラレルな関係にあるということだけははっきりしています。
 もちろん、狩猟採集という生産手段は構成員の少ない集団が暮らすには効率が良いらしいのですが、いったん農耕を構造的に取り入れて人口が膨れ上がった社会になると、もう生産手段を狩猟採集に戻すことは不可逆的に無理であることもはっきりしてますよね。

 また、HIROMITI さんは、≫「生殖行動は、むしろ衣食住が不如意であるときのほうが活発になる」という。
 つまり、(餓死といったような?)死と親密になってゆくときにセックスが活発になるとお書きですが、「人口増」というのは、人間の生殖活動の活発さだけでは説明がつくものでもないでしょ。農耕によって食料を貯蔵することが可能になったため死亡率が減ったなど、さまざまな理由が絡むものだと思います。
 もちろんHIROMITI さんの見解も「人口増」を説明する種々の条件の中の1項目として有効な指摘であることは間違いありませんが。

 最後になりますが、この3回にわたったHIROMITI さんのコメントで、HIROMITI さんが展開された論考から受けた印象を一言でいうと、「懐かしい思想」という感じがするのです。

 こう言ってしまうと、なんだかとても失礼な表現になるのかもしれないと思い、今回まで言いそびれていましたが、率直な感想を述べると、「かつてどこかで接した懐かしい思想」というイメージを私は払しょくすることができません。

 どういうことかというと、たとえば、HIROMITI さんの次のようなご意見。

≫「都市になって “貨幣” という下地ができたから交易をはじめたのであって、交易をするために都市が生まれてきたのではない。都市の発生は、人と人が出会って祭りの賑わいが生まれたからであり、それは交易のためではない。交易は都市発生の結果であって、原因ではない」

 すでに何度かお互いの議論の対象になったテーマですが、HIROMITI さんがここで主張される “都市は祭りの賑わいから生まれた” という理論。

 私には、これがHIROMITI さんのオリジナルの主張であるとはあまり思えない。
 誠に申し訳ないですが、この論理には既視感があるのです。
 それはすでに1970年代に、文化人類学者の山口昌男らが『文化の両義性』などで言い尽していたことで、「いまさら」という気がしないでもないのです。

 山口昌男氏は、その当時の著書などで、ヨーロッパの諸都市や日本の江戸などに触れながら、「都市の魅力は、人間の光と闇の交錯する祝祭性にある」とし、「都市の文化が人間の生死という形而上学の分野と密接な関係にある」ことに言及しています。
 私は、そういう著書を30歳頃によく読んで、とても面白いと思い、山口昌男氏には実際に取材に行き、詳しく話を聞いたこともあります。

 彼の展開する都市論では、「都市の本質はその祝祭性にあり、商業の拠点という観点だけでは語れない」という姿勢が一貫して貫かれています。
 そこは非常にHIROMITI さんの論理に似ています。

 そういった意味で、彼にはそれまでの左翼系インテリたちが主張していた、「思想や芸術も経済原則が母体となる」という “俗流下部構造決定論” への反発もあったのでしょう。
 具体的には、それまで日本の論壇を支配していた吉本隆明的あるいは丸山眞男的な政治思想の枠組み(HIROMITI さんおっしゃるところの生活者の思想?)への異議申し立てのような気分もあったのかもしれません。

 ただ、私は次第に山口昌男的な世界観に物足りなさを覚え始めました。
 というのは、彼のせいでもないのですが、彼の思想がブームになり過ぎて、70年代後半からは、広告代理店ですら彼の思想のキーワードであった「トリックスター」とか「中心と周縁」などという用語を使ったCM文化を創造し始めたんですね。

 私は、自動車のマーケットを分析したり、CM制作の取材に関わる仕事をしていましたので、こういう広告業界の新機軸を非常に面白いと感じていましたが、やはりどんなユニークな思想でも、CM戦略などに援用され、営業の匂いに染められていくと次第に色あせたものに感じられることもあります。

 それでも巷では、“ニューアカ” ブームに乗って、山口昌男系の言説が当時の最先端CM文化まで取り上げられたのは事実です。

 「都市は祝祭空間である」という言説は、具体的には80年代のCM展開においてパルコなどの新しい都市開発思想と結びつき、やがて糸井重里の「おいしい生活」、「不思議大好き」といったキャッチとして新展開を見せるようになります。

 80年代の東京では、渋谷・原宿などを中心に新しい都市文化が栄えましたが、それはみな糸井重里やパルコ広報部などの、「経済重視の “生活者の視点” から都市を切り離し、都市を遊戯空間として再設定しよう」という狙いから生まれたものです。
 もちろん、その意図は、新しい消費ターゲットを育て上げ、これまでになかったマーケットを開拓しようというところにありました。
 そして、それは見事に当たり、あの頃を境に、東京の光景は1964年のオリンピック以来の変貌を遂げました。

 だから、HIROMITI さんが現在語られている都市論は、質的にはまったく異なるものとはいえ、イメージ的には、見事に80年代以降の潮流に乗っています。それはHIROMITI さんから見れば不本意なものかもしれませんが、印象的には、私には、なんとなく “どこかで出会った風景” に思えてしまうのです。

 また、同じように、HIROMITI さんの貨幣論も、私には既視感のあるものです。

 HIROMITI さんは、次のようにお書きになる。

 ≫「貨幣の本質は他者に対する祝福のプレゼントにある。(だから)貨幣の起源は、ネアンデルタール人が花を添えて埋葬したことにある、と考えている」
 
 美しい理論であると思います。
 しかしながら、この思想も、HIROMITI さんがはじめて唱えたものという感じがしない。

 昔、栗本慎一郎という学者がカール・ポランニーという経済人類学者の業績を日本に紹介しながら、自分の思索を展開した書籍をいくつか出したことがありました。
 『幻想としての経済』、『光の都市、闇の都市』などという本がそれにあたります。
 そのなかで、「貨幣は単なる経済的な交換手段として生まれたものではなく、物性を離れた他者への祝福性や呪術性を持った存在だった」という内容のことが書かれていました。

 そういう著作を読んだのは、私が26歳か27歳の頃だったと思います。
 なにしろ、それまで貨幣というのは、経済的な必要性から生まれてきたものだという思い込みがありましたから、栗本慎一郎(経由のカール・ポランニー)の視点は、まさに私にとっては “目からウロコ” でした。

 ただ、こういう理論にも、やがて飽き足らないものを覚えるようになりました。
 貨幣というものは、その起源を問うて簡単に答を出してしまうのはもったいないテーマだと思うようになってきたからですね。
 つまり、「貨幣には人間の本質を考えるときの根源的な問題が含まれているのではいか」
 そんなふうに考えるようになりました。

 ≫「ビーズの玉や貝殻のようなきらきらした素材をベースにした貨幣は、他者を祝福するためのプレゼントであった。それは人間の生と死のはざまで輝くものとして人間に珍重された」
 というのは、確かに鮮やかに整理された美しい貨幣の起源論です。
 でも、その答で満足してしまっていいの?
 という気分もあるのです。
 
 私には、貨幣の正体そのものを明かすことよりも、貨幣がいつまでも「謎」のままであった方がいいという思いがあります。

 貨幣はほんとうに謎だらけです。
 まず貨幣は物(商品)なのか? それとも物ではないのか?
 こういう素朴な疑問すら、まったく解決されていません。
 この謎は、「貨幣が貝殻から始まった」とか「ビーズから始まった」というような起源論だけでは十分に説明がつかない。
 しかし、誰もがそういうことに素通りして、当たり前のように貨幣を使っている。

 貨幣は人間の意識に、いったいどういう影響を及ぼしたのか。 
 それは、まず「それさえあれば何でも買える」存在として、人間の「物にこだわる欲望」を抽象的なものに置き換えました。
 さらには、貨幣がどんどん蓄積していけば、この宇宙の中で買えないものは何もないという幻想すら人間に抱かせました。

 これは、人間の悪しき妄想であり、人間の精神を堕落させる諸悪の根源かもしれませんけれど、同時にそういう妄想は、人間の思惟に広がりを与えるきっかけにもなっているかもしれません。

 つまり、貨幣は、人間に「無限」と「抽象」という二つの概念を授けたのではないか。
 そういうことを夢想すると、貨幣の不思議さに目がくらみそうになります。

 私は、そういうことまで想像させてくれる思想を、「わくわくする思想」もしくは「ときめき感のある思想」と言いました。
 しかし、HIROMITI さんは、≫「(そういう)きらきらした思想なんかなんの興味もないですよ」とおっしゃいます。

 ≫「僕は芸術家じゃないから、きらきらした思考や思想なんかよりも客観的な事実・真実が知りたいだけです。そして、そのためには、できるだけシンプルに合理的に考えたいと思っているだけです」
 というわけですね。

 HIROMITI さんはそれでけっこうだと思います。
 ただ、私は、「客観的な事実や真実」というものにそれほど魅力を感じないのです。
 だって、思想上の “真実” なるものは、今日まで星の数ほど書き換えられてきたではないですか。野心ある思想家は誰だって、「今までの学説は間違っていた。俺がこれからいうことが真実だ」と言いたがるものです。それはアリストテレスから、マルクスから、吉本隆明に至るまで、みんなそう。
  
 もちろん、プロの学者であるならば、その学者の言動からなにがしかの知識を得ようとしている人たちに対する責任というものもあるでしょうから、「客観的な真実を追求したい」と言い切る人はいるかもしれません。

 しかし、私のような素人の場合は、客観的な真実よりも、その真実に至るまでの思考のプロセスの方に興味があるといっても許されると思います。
 たとえ、その思想的な営為が真実に至らなくても、思考のプロセスが、それに触れた人間に鳥肌を立たせるくらいの感動的なものなら、そっちの方が私には魅力的です。

 それを私は「わくわくする思想」という言葉で伝えたかったのですが、ちょっと上手に表現しきれなかったようですね。失礼いたしました。

 いずれにせよ、HIROMITI さんの言説を十分に咀嚼しきれず、誤解したまま感想を述べてしまった箇所も多々あるかと思いますが、これが正直なところ私の理解力の限界ですので、お許しいただければ幸いです。

 ただ一つ分かったことは、HIROMITI さんという方は、「人間の美しい心」というものに無垢な信頼を捧げ、その対極に「下品な心」というものを据え、その両極を眺めるときの振れがものすごく大きい人なんだな … ということでした。
 でも、それは爽やかなことであるように思います。

 この返信をしたためるため、30年ぶりぐらいに手に取った本などもありました。
 日頃なかなか経験したことのないことだったので、よい勉強の機会を与えてくださったと思い、感謝申し上げます。
 
 

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メジャーセブンスの魔法

 
「都会の夜」を音楽で表現するときの和音

『ダウンタウン』の衝撃

 シュガーベイブ時代の山下達郎が作曲した『ダウンタウン』(1975年)を聞いたときの衝撃は忘れられない。

 その頃、まだ “J ポップ” という言葉はなかった。
 日本語のポップソングを統括する言葉として、かろうじて「ニューミュージック」という言葉が生まれていたか、どうか。

 でも、1回聞いただけで、『ダウンタウン』という曲が、それまでの日本語ポップスとはまったく種類の異なる音楽であることはすぐに分かった。

 街、都会、シティー、アーバン  ……
 イントロのギターカッティングが始まるや否や、もう頭の中でそんな言葉がぐるぐる駆け回った。

 この曲から “都会” の空気を立ち昇らせたものは何だったのか?

 ♪ 七色の の黄昏  降りて来て
    C   Fmaj7  Em   Dmaj7

 メジャーセブンス (maj 7th) コードである。
 この開放的で広がりのあるセブンスコードのギターカッティングが、日本の音楽シーンを一変させた。
 フォークでもない、ロックでもない、歌謡曲でもない、演歌でもない、新しい音。
 一言でいえば、それは、日本の湿潤な風土から切り離された純度100%の “洋楽” の音だった。

 リフのコーラス部分がすごい。

 ♪ Down Town へ くり出そう
   Cmaj7      Fmaj7
 ♪ Down Town へ くり出そう
   Cmaj7      Fmaj7

 「これでもか !」としつこいほどのメジャーセブンスの決め打ち。
 この執拗な繰り返しが、聞く人間の脳内のアドレナリンをドバっと噴出させ、ウキウキとダウンタウンへくり出すときの高揚感を見事に生み出している。
 
 まさに、メジャーセブンスの音は「都会の音」そのものである。
 
 
ソウルバラードの名曲にはメジャーセブンスが多い

 もともとメジャーセブンス系のサウンドは、「都会の夜」を演出するときのBGMにはぴったりの音として重宝されてきた。

 だから、R&B、SOULミュージックにもよく使われた。
 R&B、SOULミュージックは、都会の音楽だからだ。

 まばゆいネオンライトに照らされたストリート。
 車のホーンと、人の喧騒。
 そんな中を泳ぎながら聴くか、もしくは天井のミラーボールがくるくると回り、シャンパンの匂いが漂い、ベルベットのカーテンが揺れるようなパーティ会場で聞けば、メジャーセブンスを多用したソウルミュージックは、得も言われぬ心地よさを発揮する。

 ジュニア・ウォーカーズ & ザ・オールスターズの『What Does It Take(ホワット・ダズ・イット・テイク)』。

 私の好きな曲だ。
 甘いストリング・セッションを配した、いかにもモータウンらしいゴージャス感を持った曲で、私が最初に「都会の匂い」というものを嗅ぎとったR&Bである。

  コード進行は、Gm7 と Fmaj7 の繰り返し。
 しかし、このセブンスの繰り返しよって、都会の軽佻な華やかさと、同時に、ほんのかすかだけど、アンニュイを含んだ都会の哀しさが漂ってくる。


 
 「都会の輝き(ブリリアント)」
 「都会の贅沢(ゴージャス)」
 「都会の頽廃(デカダンス)」
 「都会の憂愁(メランコリー)」
 「都会の倦怠(アンニュイ)」

 そういったものが、サックスの扇情的な音色にうまく表現されていると思う。


 

ゴージャスな甘さ、スイートな酔い心地

 ソウルバラードの王者スモーキー・ロビンソン(↓)の作った『Ooh Baby Baby』も、メジャーセブンスのコード展開を持つソウルバラードの傑作だ。

 ♪ I did you wrong
   Gmaj7
 ♪ My heart went out to play
   Am7
 ♪ And in the game I lost you
   Bm7
 ♪  What a price to pay
    Am7

 「♪ I did you wrong」という歌い出しのしょっぱなからかまされるGmaj7。

 もうこれだけで、スパークリングワインの華麗な泡と、口を半開きにして唇を寄せてくる美女のほほ笑みが目に浮かんでくるようだ。

 サビになると、このゴージャスなコード展開に分厚いコーラスが重なる。

 ♪ Ooo baby baby
   Gmaj7 Am7
 ♪ Ooo baby baby
    Gmaj7 Am7

 ここで、天井にまで上昇しそうな浮遊感に包まれない人はいないはずだ。
 
 
あの “浮遊感” はどこから?
 
 メジャーセブンスの醸し出す雰囲気を一言でいうならば、この「浮遊感」である。

 「宇宙をたゆたい、星と語り合う」
 そんな夢見心地の浮遊感こそが、メジャーセブンスの真骨頂だ。

 1977年に大ヒットしたフローターズの『フロートオン』は、まさにメジャーセブンスの “ふわふわ感” をそのまま歌詞にしたようなソウルバラード。

▼ フローターズのレコードジャケ

 

 Aquarius(水がめ座)、Libra(天びん座)、Leo(獅子座)、Cancer(かに座)と、それぞれ自分の星座を告げるラルフ、チャールズ、ポール、ラリーというグループの面々が、
 「♪ ほらね、見てごらん、僕らが君の前に漂っているだろう?」
 と歌い出す。
 そして、お互いに手を携えて、ふわふわと虚空を上昇し、宇宙空間で星座のパノラマを眺めようと呼びかけるという、まぁ実に気宇壮大なバラードが、この『フロートオン』。
 (ビジュアルで見ると、この三流の手品師のような衣装と振り付けにちょっと引いてしまうところがあるけれど)

 ♪ Float, float on
   Gmaj7 Dmaj7
 ♪ Float on, float on
   Gmaj7 Dmaj7

 ロングバージョンともなると、11分の長丁場になるのだが、その全編が、この「Gmaj7」と「Dmaj7」の繰り返し。
 要は、「メロディー展開の妙で聞かせよう」などという戦術を、もう最初から放棄したような曲なのだ。
  
 それでいて、この退屈な曲に、催眠術にかかったような気分のまま、うっとりと引きずり込まれてしまうのは、やはり、メジャーセブンスのなせるワザとしかいいようがない。
 
 
青空にぽっかり浮かんだ雲の影

 では、なぜメジャーセブンスは、都会の夕暮れ空をさまような独特の浮遊感を手に入れることができたのか。

 NHK・Eテレでかつて放映されていた亀田音楽学校の「大人のコード学」(2013年)がこの前再放送(11月20日)されていたので、それを観ていたら、亀田校長先生が面白いことを言っていた。

 「メジャーセブンスコードは4音で構成された和音であるが、その4音の中に、長調と短調の両方の音が混じっている」

 つまり、「明るい長調」と「悲しい短調」がメジャーセブンスの中には共存しているというのだ。
 そのため、「ピーカンの青空ようなあっけらかんと明るい音(長調)の中に、一点だけ雲がかかるような雰囲気が生まれる」

 「明るいのか、陰っているのか。そのどちらづかずの “陰影” のようなものが、メジャーセブンスの浮遊感の正体だ」
 というわけだ。

 このメジャーセブンスを、最初に意図的に取り入れて音楽を作ったのは、19世紀の音楽家エリック・サティ(↑)だといわれている。
 彼が1888年に作曲した『ジムノペディ』では、それまでのクラシック音楽ではあまり使われたことのないGmaj7 → Dm7 という和音進行が採用されている。

 いま改めてこれを聞いてみると、まさに “浮遊感音楽” の元祖である。
 

 明るいようで、暗いような。
 どこか、空中を取りとめもなく漂っているような。
 
 この『ジムノペディ』が呼び寄せるイメージを言葉で表すとすると、「透明感」、あるいは「空気感」という言葉に行きつく。

 いずれにせよ、それは光と影のコントラストがはっきり分かれる自然の中から流れて来る音ではない。

 真昼の太陽光でもなく、夜の闇の暗さでもなく、そのどちらともいえない淡い微光に包まれた空間を想像させる音。
 そう、これは人工照明の下に広がっている “都会の光” に満たされた音なのだ。

 もし、自然のなかで、このような音を想像させる光を求めるとしたら、それは夕暮れの一瞬でしかない。
 昼の「明るさ」や「爽やかさ」 と、夜の「暗さ」と「寂しさ」が、淡水が海水に交わるように交差する瞬間。

 そういう瞬間を音で表現するとなれば、それはまさにメジャーセブンスの音になるのだが、人間がゆっくり享受できる「黄昏(たそがれ)の贅沢」というものは、時間にしてほんの10数分でしかない。


 
 
「終わらない夕暮れ」を手に入れた都会人

 しかし、やがて人類は、終わることのない「黄昏の贅沢」を手に入れることになる。
 近代的な都市空間が誕生するようになって、街の照明が 「いつまで経っても終わらない夕暮れ」 を出現させたのだ。

 エリック・サティが「ジムノペディ」を作曲したのは、1888年。
 その翌年に、彼が暮らしたパリでは、万国博覧会が催されるようになる。
 このとき、「電気館」というパビリオンが登場し、そこでは、なんと電気を使った「動く歩道」なども出現し、電気照明に照らしだされた噴水は、万華鏡のような光をまき散らしたとか。

 パリの街にガス灯が登場したのは、1830年代らしいが、19世紀末には電灯も登場。それこそ街には 「永遠に終わることのない夕暮れ」 が生まれた。
 エリック・サティは、その人工照明に照らし出された新しい空間を、音で表現した。

 それが、メジャーセブンス。

 都会というのは、人々が撒き散らす喧騒がしょっちゅう渦巻いている世界。
 だけど、そこに集まる人々は、農村のような共同体から切り離されたときの孤独感やら寂しさも味わうことになった。

 都市に住み着いた人々は、やがて、自分たちの気持ちを代弁してくれるような音楽がないことに気づく。
 “近代都市住民” の感性を表現する音が、メジャーセブンスという和音が生まれるまではなかったからだ。 

 というか、この手の不協和音を “心地よい” と感じる感性を、それまでの人類は持ち合わせていなかった。

 言い方を変えれば、このメジャーセブンスという音を手に入れることによって、ようやく「近代の都会人」が誕生したといえるかもしれない。
 だから、この音には、都会の開放感もあり、お洒落感もあるけれど、代わりに、帰るべき故郷を失った都会人の寂寥感も表現されている。
 
 
▼ ROCKバンド「ブラッド・スウェット&ティアーズ」による『ジムノペディ』

 
 

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「ことわざ」は突っ込みどころ満載だ

 
 人生の真実を、気の利いた言葉の中に鮮やかに集約する「ことわざ」。

 日本人が、古来より受け継いできた「ことわざ」は、まさに、生きるための知恵の結晶である。
 だけど、よく考えてみると、どれも「なんか変 … 」という感触がつきまとう。
 
 たとえば、 
 「負けるが勝ち」
 … とかいうけれど、では勝ったら負けちゃうのか?
  
 「逃した魚は大きい」
 … とかいうけれど、では捕まえた魚は小さいのか?

 「嘘つきは泥棒の始まり」
 … では、泥棒は嘘つきの “終点” か?
 
 「可愛い子には旅をさせろ」
 … では、醜い子は家に閉じ込めておくのか?
  
 「風邪は万病のもと」
 … では、万病は風邪の “結果” か?
  
 ま、ことわざって、考えてみると、突っ込みどころ満載の表現なんだよね。
  
 たとえば、
 「勤勉は成功の母」
 父は誰だ?
 
 「五十歩百歩」
 五十一歩の場合はどうなのか?  

 「山椒 (さんしょう) は小粒でもピリリと辛い」
 唐辛子と比較した上でのことか?
 
 「舌を巻く」
 イタリア語では珍しくないぞ。
 
 「雄弁は銀。沈黙は金」
 “饒舌” は、さしあたり “銅” ぐらいか。
 
 「血は水よりも濃い」
 塩水の場合だったらどうなのか。
 
 「井の中のカワズ(カエル)は大海を知らず」
 カワズを大海に放り出せば生きていけるのか?
 
 

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横浜線・相原駅前で飲む

 
 昨日は、久しぶりに家の外に出て、酒を飲んだ。
 レンタルモーターホームを利用するアメリカ旅行をプランニングする「トラベルデポ」の小林社長が、「わが社のアメリカ在住の日本人スタッフである姫野氏が日本に一時帰国しているので一緒に歓談しませんか」と誘ってくれたからだ。

 集合場所は、B.C.ヴァーノンの開発者として知られる戸川聰(とがわ・さとし)氏が主催する「トレックス・ガーデン」(写真上・下が戸川氏)。

 私としては、酸素ボンベから鼻に酸素を流し込みながらの参加となったが、酒を飲める体調まで回復していたので、久しぶりに心地よい酒宴を楽しむことができた。

▼ トレックス・ガーデン事務所(中央が戸川氏)

 トラベルデポの小林社長とトレックス・ガーデンの戸川社長は肝胆相照らす(かんたんあいてらす)仲で、ビジネスパートナーとしての紐帯を強めつつもプライベートな交遊を深めている間柄。

 当日の集まりは、その小林社長が50歳の誕生日の直前の日であり、かつ戸川社長が80歳の誕生日を迎える日も近いということもあり、50と80というキレの良い人生の節目を数えるお二方を励ます祝宴という性格も濃かった。

 出席者には、両社が親しく交わっているユーザーたちも参加。
 招待客と両社のスタッフ合わせ、総勢9名。
 その9名で、トレックス・ガーデンのある横浜線・相原駅からほど近い居酒屋(写真下 中央が小林社長)で一次会をスタートさせた。

 芋焼酎のボトルを2本入れ、ロック、お湯割り、水割りなど各自好きな飲み方で酒を楽しみながら、鴨鍋で舌鼓。

 ほろ酔い気分で、居酒屋を出て、相原駅まで歩いて戻る。
 トレックスガーデンのある相原駅の東側には、まだコンビニがあり、居酒屋や焼き鳥屋が数件軒を連ねていたが、この居酒屋のある西口は、駅前なのに見事に店がない。
 
 まだ夜の9時半を少し回ったぐらいだというのに、こぎれいに整備された駅前ロータリーには人の姿もなければ、車も通らない。

 民家は並んでいるので、人が住んでいるのは分かるのだが、休日(勤労感謝の日)ということもあって、みな家の中でまったりくつろいでいるのか、話し声も聞こえない。

 だが、その静寂が心地よい。
 都心から少し離れた新興の地方都市が一様に持っている、“新しいさびしさ” みたいなものが気持ちいいのだ。

 爽やかな空虚感 … というのだろうか。
 あるいは、清潔な哀しみというのか。

 新しくてさびしい街というのは、村上春樹の初期短編に出てくる「どこにあるのかよく分からない静かな街」みたいに思えて、まるで小説作品の中に紛れ込んだような気分になるのだ。

 『風の歌を聴け』
 『1973年のピンボール』

 これらの小説には、主人公が “鼠” という友達とよく話し込む「ジェイズバー」というバーが出てくる。

 どこの町のどんなバーなのか。
 その詳細はほとんど描かれない。
 村上が青春時代を過ごした神戸の街中にあった店がモデルだろうともいわれているが、小説に出てくる「ジェイズバー」から漂ってくるのは、神戸のような繁華街の喧騒とは無縁の、静かでさびしい新興住宅街にぽつりと建っているというイメージなのだ。 

 この幻の「ジェイズバー」を求めてさまようことが、私が新興の地方都市を歩くときの唯一の楽しみといっていい。

 相原駅西口の階段を上がり、反対側の東口に降りる。
 こちらには、多少店ができ始めている。
 コンビニに居酒屋。
 そして、焼き鳥屋とハンバーガーショップ。

 このハンバーガーショップというのが、トレックス・ガーデンのスタッフの御用達のお店らしく、さっそく戸川さんが階段を上がっていく。
 
 店の名は『Dinner JOY(ダイナージョイ)』。
 近くの大学に通っている生徒らしい若者3人組がカウンターで、愛想のよい若いママさんの手作り料理を頬張っているところだった。

 ここのママさんは幼少期をアメリカで過ごし、アメリカ料理でその舌を鍛えたとか。
 だから、店のたたずまいもアメリカ料理が引き立つアメリカンテイスト。

 「本場仕込みのオリジナルハンバーガーも絶品だが、ここはチリビーンズがおいしい」 
 と戸川さん。

 バドワイザーの小瓶をラッパ飲みしながら、そのチリビーンズを口に運ぶと、確かにふくよかな味わいが舌に広がり、ビールと絶妙のハーモニーを奏でた。

 店を出ると、今度はすぐ近くにビストロ風の洒落た店舗が現れた。
 戸川さんによると、こちらの店はできて半年ぐらいしか経っていないという。

 …… ちょっと入ってみたいなぁ、と思っていたら、戸川さんの方から「ちょっと寄ってみませんか?」と背中を押された。

 お店の名前は『しみるワイン専門 マルクウク』というのだそうだ。
 ここに来るまでに、すでに2軒も寄ってきたので、お腹はいっぱい。
 店がお薦めする自慢のワインだけをいただくことにした。
 
 まいう~ !
 そんなにワインに親しんだことのないこの私にも、「これはうまいワインだ」ということがすぐに分かった。

▼ もう酔っぱらっていて、手元が狂ったためひどい写真になった。でも、この店の画像はこれ1枚しかない。あしからず

 ちらっとメニューを見ると、「エビのアヒージョ」「森林鶏の胸肉ロースト」「キノコとアンチョビのパスタ」など、都心のハイセンスなお店で出てくるようなお洒落な料理がずらりと並んでいた。
 今度、お腹を空かせたときに、ここに来てみたいもんだと思った。

 それにしても、横浜線相原駅って、面白い。
 今日立ち寄ったお店は3軒とも、ぜんぶ店主が若かった。
 彼らは若いからこそ、この “何もない駅前の風景” に、自分たちの夢の城を建てることに情熱を燃やしているのかもしれない。
 こういう街は、これから人気を集めてそうだ。

 深夜11時に、トレックス・ガーデンの佐藤氏のお見送りを受けて、「しみるワイン専門店 マルクウク』を出る。
 振り向くと、周りの静かな民家に紛れ込むように、店の灯りもぼんやりと闇に溶け込んでいる。

 またしても、街全体を覆う静寂。
 おとぎの国の町のような雰囲気だ。
 きっとこの街には “ジェイズバー” がある。
 
 
関連記事 「トレックス・ガーデン open」

関連記事 「モーターホームでアメリカを走る」(連載読み物)
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ | 2件のコメント

恋愛はいつどのようにして生まれたのか

  
 
トリスタンとイゾルデの愛 恋愛の起源 

 「恋愛」という概念は、いったいいつ、どのようにして生まれたのか?
 昔、夏目漱石の『こころ』をテーマにしたブログを書いた頃、そんなことを考えたことがあった。

 こういう問を、人は普段なかなか思いつくことがない。
 「恋愛」は、太古の昔から人類が連綿と受け継いできた一種の “本能” のようなものだとされてきたからだ。
 あたかも、人類という “種” を存続させるための、遺伝子の働きであるかのように。


 
 しかし、考えてみれば不思議である。
 子孫を残すためだけなら、人間の女性も動物のメスのように、言い寄るオスの中から一番生存率の高そうな遺伝子を持っているオスを選べばいいだけの話である。

 だが、人間の恋愛の場においては、必ずしも、腕力のある者や経済的に裕福な者、美貌に恵まれた者だけが勝者になるわけではない。
 
 たとえば、女性が求愛を受けたとき、その相手が、結婚の条件を満たすには申し分のない安定した職を持ち、誠実で、優しい性格の男でも、女がその気にならなければ(妥協による婚姻は可能であっても)「恋愛」は成立しない。
 一方、男だって、安定した家庭を約束してくれそうな良妻賢母型の女性よりも、男を騙し続ける小悪魔的な女を追いかけてしまうなんてことが、よく起こりうる。

 ということは、「恋愛」と「結婚」は、そもそも最初から別概念であるということなのだ。むしろ、「結婚」から限りなく逸脱していくところに、「恋愛」の本質があるといえるかもしれない。

 「恋愛」と「結婚」は、どちらが先に生まれたのか?

 一般的には、「恋愛」関係に陥った男女が親密度を増していき、最後に「結婚」というゴールを迎えると思われがちである。
 しかし、人類の歴史をたどると、「恋愛」は、むしろ「婚姻」という制度が整ったあとに発生している。
  
 
「愛は金で買えるか?」という議論の不思議さ

 では、「恋愛」は、どういう状況で生まれてくるのだろう。

 一般的に「恋愛」は、人間の精神活動を彩り、さまざまな情緒を喚起するインスピレーションの原動力となるものとして認知されている。
 それを裏付けるように、古来より多くの文学が「恋愛」をテーマに展開され、現代でも流行歌のメインテーマは「恋愛」であり続けている。

 しかし、恋愛には、どこか「商売」の匂いが染みついている。
 たとえば、恋のかけひきに使われる言葉を拾い上げてみると、
 「安売りする」
 「安っぽく扱う」
 「お高くとまる」
 「手が届かない」
 「手に入れる」
 「高嶺(たかね)の花」
 など、売買を想起させる言葉が多いことに気づく。
 特に、高嶺の花などは、「高値の花」から来たのではないかと思わせるようなニュアンスが漂う。
 
 また、恋愛には必ず「愛はカネでは買えない」とか、「愛だってカネで買える」といったような議論がついて回る。
 このようなことから、「恋愛」と「お金」は、どこかで密かに関係し合っているのではないかという推測が生じてくる。
 
 
恋愛の起源は、娼婦にある?

 実は、恋愛の起源を、女がカネで自分の体を売る「娼婦」の成立に求める人がいる。
 要は、おカネをやりとりすることで、男と女が対等な立場で向かい合える場所がはじめて生じたというのだ。

 それまでの人類の長い歴史は、「男」が主人となり、「女」を隷属させる社会で成り立っていた。
 そのような歴史のなかで、娼婦が存立できる場所こそが、男女が同等の立場で向かい合える場所だった。
 「恋愛」という概念は、その娼婦たちの間から生まれてきたというわけだ。

▼ 古代ギリシャの壺絵に描かれた娼婦と客

 
 この理屈には、異を唱える人が多かろう。
 誰もが直観的に、恋愛の起源を娼婦に求めるのは “非道徳的” だと思うはずだ。
 娼婦と客の関係は、「女を、カネの力で従属させる悪しき男性中心主義」だとフェミニストたちは非難するかもしれない。

 しかし、このことを明るみに出したのは女性である。
 文学理論の研究家で、現在は小説家としても活躍している水村美苗さんだ。
 水村女史は、1981年の『現代思想 反恋愛論』という特集における対談のなかでこう語っている(多少意訳)。

 「人類史の大半において、女性は、(文化人類学者の)レヴィ=ストロースが言っていたように、男性中心的な共同体(= 村とか部族)の中で、他の共同体との友好関係を保つための交換価値としてしか見なされてこなかった。
 つまり制度として公認された “婚姻” の歴史というのは、女性を交換価値としてしか考えなかった共同体の歴史を物語っているに過ぎない。
 レヴィ=ストロースは、あたかもそれが人類一般の法則であるかのように語ったが、それは自己完結型の共同体内で当てはまる現象でしかない。
 だから、男が権力を握って君臨している共同体の中で、女が『弱者』の立場から解放されるには、女はそのような共同体の<外>に出るしかなかった」

 水村氏がここで語る<外>とは何か。
 それは、共同体の掟(おきて)の届かない場所のことである。

 そのような “場所” があるのか?

 それが、「商品を売り買いする場所である」と水村氏はいう。

 そのような貨幣がすべてを決するような場所においてこそ、女ははじめて男と対等の立場に立つことが可能となり、“男の支配” から逃れることができる。

 世間ではよく娼婦のことを、「男が女をカネで支配する」制度だと決めつけたがるが、事実は逆である。
 女は、娼婦になることによって、「男に日常的に配されていた存在」から、「カネでしか支配されない存在」に昇格したのだ。

 このとき、女にはじめて “選ぶ権利” が生まれる。
 すなわち、男がカネを持ってきても、気に入らない男なら「自分を売らない」という態度をとることができる。
 そして、気に入った男なら、カネを取らずに自分を捧げることも可能になる。

 それが、「恋愛」の起源である。
 そして、それを可能にするためには女と男が、ともに共同体の<外>に出る必要があった。

▼ 古代アテネの高級娼婦アスパシア

 
 
貨幣と恋愛は、ともに共同体の<外>で生まれた

 水村女史は、「貨幣」と「恋愛」は、共同体と共同体の<間>、つまりどちらの共同体のルールも届かない、その “すき間” のようなところで発生したという。

 具体的にいえば、それは「都市」である。
 先史社会においては、都市こそが、一つの共同体の秩序が途切れるところであり、別の共同体の秩序と出遭うところであった。

 「都市」の生成過程を追うと、最初に市場が登場するのは、みな村外れのような共同体と共同体の境界あたりであることがわかる。
 そこは、どちらの共同体のルールにも支配されない領域であるから、そこに集う人間たちは、一つの共同体が保証する身分や権力が通用しない体験と引き換えに、その市場を練り歩くときの祝祭的高揚感と自由を手に入れることができる。

 そのように成長してきた有力都市は、巨大な古代帝国が興隆したあかつきには、その支配圏に属することになるが、都市の本質的な機能は変わらない。
 つまり、そこが「交易の場」であるかぎり、絶えず帝国(共同体)内の法規制に縛られない商取引のルールが誕生し、新しい文物がどんどん参入して、それまでの商品体系を壊し、新しい商品体系を形成していく。

 そして、そのような変転めまぐるしい商品体系を制御する “普遍的な価値” として、「貨幣」があらゆる商品価値を規定する幻の上位概念として定着していく。
 貨幣さえ所有していれば、どんな貧乏人でも、王侯貴族と同じように「人」や「物」を動かすことできるようになる。
 <平等>という概念は、貴族と平民といった階級制度を無にしてしまう貨幣の流通を前提にして、ようやく人類が手に入れることができたものだという。

 そういう場所には娼館が生まれ、貨幣の力で<平等>を手に入れた娼婦が、同じく客として<平等>になった男を招き入れるようになっていく。
 そしてそれが、男女が<平等>でなければ成り立たない「恋愛」という意識を生み出す母胎となる。
 そのことを踏まえ、水村女史は「貨幣」と「恋愛」の起源は同じであると語る。


   
 確かに、これは一理あるかもしれない。
 実際に、人が「恋愛」といわれる心情に陥ったとき、はたしてどんな反応に見舞われるか考えてみよう。

 恋愛の本質とは、“不在の相手に対する思慕” である。
 つまり、実際に目の前にいる相手に対してではなく、その相手と逢わないときにこそよけい募ってくる恍惚と不安。
 その心理的高揚感が、恋愛感情の基礎をつくる。
  
  
恋心は、買物するときの快感に似ている

 三省堂の『新明解国語辞典』によると、「恋愛」は次のように定義されている。

 「特定の異性に特別の愛情を抱いて、二人だけで一緒に居たい、できるなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する状態)状態」(第四版)

 さらに、角川書店の『歌ことば歌枕大辞典』で恋(こひ)の項を探すと、そこにはこのようことが書かれている。
 「眼前にいない人や、事物・場所などに心惹かれ慕う感情。特に目の前にいない愛する異性を慕い求める感情」

 このような感情は、まさにおカネを握りしめて、欲しい商品を手に入れる算段をしているときの高揚感とそっくりではなかろうか。

 貨幣はあくまでも貨幣に過ぎない。それは、実際に「手に入れたい “物” 」からは、永遠に切り離されている。
 なのに、その貨幣こそが、“物の不在” を通じて、実際に手に入れられる “物” 以上に、人間の狂おしい渇望を自覚させる。
 それは、まさに「恋愛」が、相手の不在によって妄想が高まることと同じ軌跡を描いている。

 「婚姻」には、実体がある。
 しかし、「恋愛」には実体がない。
 それはあたかも、商品としての実体を何ひとつ持たない貨幣が、いつのまにか、どの商品よりも最上位に君臨してしまうという、貨幣経済の倒錯的な価値体系をそのままなぞっているように見える。

 水村美苗はいう。
 「市場においては、娼婦が『売る立場』になるわけだが、商談が成立するには、客も『売り=買い』の場に立ち会わなければならない。
 『売り=買い』の場というのは、『買う立場』にいる人間の持っている貨幣の価値を危うくする場でもある。『いったいこの女にいくら金を積めばいいのだろう』というところから、逆に『金で買えない愛情』をやりとりするものとして恋愛が規定されてきた」
 
 
西欧的な恋愛は、騎士道から生まれた


 
 水村女史は恋愛の起源について、こう言う。
 (以下はそうとうな意訳)。

 「ヨーロッパで、最初に “恋愛” という概念が人々に浸透し始めたのは中世からだといわれている。
 その要因になったのは騎士道である。
 騎士というのは、封建領主でもあったから、本来は農村というローカルな共同体を束ねる人間として、貨幣経済とは無縁な存在であった。
 しかし、騎士は、基本的には戦士であったから、(十字軍の遠征を見ても分かるとおり)、商人と同じようにモビリティー(移動性)を持ち、その従軍の過程で、貨幣経済が横行する都市生活を知るようになる。
 騎士たちの間で、そのような条件が整うことによって、共同体のルールを超えて結ばれる男女の心を “恋愛” と呼ぶきっかけがつくられた」
 
 つまり、西欧における「恋愛」とは、農村というローカルな共同体の<外>に
踏み出した騎士たちの間に、自分たちの存在基盤を支えるイデオロギーとして広まっていったというわけだ。
 そして、ヨーロッパ中世においては、共同体のルールに縛られない騎士たちのメンタリティーを表現するたくさんの恋愛詩や宮廷ロマンが生まれるようになったという。

 彼らの「恋愛」とは、基本的に不倫である。
 宮廷の主催する馬上試合などでは、どの騎士も、主催者の家族が集う観覧席の前で、参列する人妻の貴婦人の一人に情熱的な忠誠を誓うことを堂々と宣言する。
 そして、その貴婦人のために、体を張って馬上試合に臨み、また戦いの最前線におもむいて命を燃焼させる。
 それが、中世の騎士たちのアイデンティティを保証した。


 
 しかし、騎士たちの不倫愛は、どこまでいっても肉体的な合一を退けた “プラトニックラブ” という形をとった。
 プラトニックラブであるからこそ、そこには精神の高貴さが求められ、それが「恋愛」という特殊な感情を崇高なものに高める土壌を形成する。

 このときに、「恋愛が “婚姻” という共同体のルールとは別の形で、男女の結びつきを意味する概念」として認められるようになったというのだ。
 そして、そのような「恋愛」は不倫が前提となっているがゆえに、しばしば「悲恋」という形で終息する。

 このような騎士道文化の流行を指して、フランスの歴史家シャルル・セーニョボスは、「恋愛とは12世紀の発明なり」と語っているという。
 ちなみに、12世紀のフランスで成立した西欧最古の恋愛文学といわれる『トリスタンとイゾルデ』の説話を簡単に紹介してみる。
 この話は、「恋愛」が共同体のルールをおかす「不倫」という形から生まれたことを端的に物語っている。
 
 
西欧最古の恋愛文学『トリスタンとイゾルデ』

 
 以下、社会思想社刊『教養人の世界史』(現代教養文庫449)より引用。

 「コンウォールの王マルクの甥である騎士トリスタンは、大恩のある伯父王のため、マルク王の王妃となる『金髪のイゾルデ』をアイルランドまで迎えに行く。
 しかし、2人は誤って王夫妻のために用意された『惚れ薬』を飲み、マルク王に隠れて不義の愛を語らうようになる。
 恋人たちは手に手をとって、マルク王の城に近い森に隠れる。
 マルク王は狩りの道すがら、語り疲れて眠っている2人を見つけ、抜き身の剣を2人の間に立てて、黙って立ち去る。

 目覚めた2人は剣の主を知り、悔恨の念にかられて別離を誓い合う。
 そして、『金髪のイゾルデ』は自分の心を押し殺してマルク王に嫁ぎ、トリスタンはブルターニュに退いて、『白い手のイゾルデ』という娘と結婚する。(イゾルデが2人現われるので、ややこしい !)

 しかし、惚れ薬の魔力から抜けられないトリスタンは、『金髪のイゾルデ』を恋い慕うあまり、癩者や狂人に化けても、恋人の姿を求めてマルク王の城のあたりをさまよい歩く。

 ついに最後の日がやってくる。
 トリスタンは戦場で毒剣に傷つき瀕死の床につく。
 毒を消す薬を知るのは、医術をも身に付けている『金髪のイゾルデ』のみである。

 使者が立ち、もし恋人が来てくれるなら船に白い帆を揚げ、だめならば黒い帆を掲げよというトリスタンとの約束に従い、『金髪のイゾルデ』は船に白い帆を張ってトリスタンのいる城に急行する。
 しかし、夫の不義を知った『白い手のイゾルデ』は嫉妬にかられ、『黒い帆が近づいて来ます』と嘘をつく。
 
 絶望して息絶えたトリスタンの遺骸を抱いた『金髪のイゾルデ』も悲しみに胸が張り裂け、恋人の後を追う。
 マルク王は2人の死を悼み、すべてを許して比翼の塚に葬らせる。
 するとトリスタンの墓から伸びた茨のつるがスルスルとイゾルデの墓に入ってゆき、切っても切っても、また伸びて、死もまた2人の愛を阻むことができないことを伝えるようであった」


 
 … というのが、西欧最古の恋愛文学といわれる『トリスタンとイゾルデ』の説話である。
 この話は、もともとケルト民族に伝わる伝承であったものが、12世紀のフランスで物語化され、やがて『アーサー王と円卓の騎士』の説話に組み込まれて今日に残ったものといわれている。

 これが “西洋最古の恋愛文学” であるとするならば、そもそも「恋愛」こそが「婚姻」という共同体のルールを破るときに発生するものであることを物語っているといわねばなるまい。
 そして、そのような恋愛は悲恋に終わることが定型化され、それがシェークスピアの『ロミオとジュリエット』のような恋愛物語へと継承されていく。

 ロミオとジュリエットの話こそ、互いに対立する二つの氏族(共同体)の《間》に生まれた「禁じられた恋愛」の典型であった。
 この話も、『トリスタンとイゾルデ』の説話同様、愛し合った2人の「死」によって完了する。あたかも、共同体のルールを逸脱した「恋愛」が、その共同体によって罰せられるように。

 シェークスピアは、このドラマの着想をギリシャ神話の「ピュラモスとティスベ」から得たといわれている。
 元となったギリシャ神話も同じように、仲たがいする二つの家の反目を嫌う恋人同士が、お互いの家を抜けて駆け落ちする話だが、やはり2人の死をもって幕を閉じる。
 そのようなエピソードが古代からずっとあったということは、「恋愛」が共同体のルールと反目するということを教訓的に伝えていることを示唆している。
  
  
吉本隆明の「対幻想論」の読み方
 
 「恋愛は、共同体の拘束から抜け出ようとする宿命を帯びる」ということを、“幻想論” という視点から説き起こしたのが、吉本隆明の「対幻想」という概念である。
 彼が1968年に著した『共同幻想論』は、理論書としては荒唐無稽なところもあり、思想も文体も古色蒼然としたものとなってしまった感じもするが、その中の「対幻想」という概念だけは、光の当て方によっては依然として「恋愛」の本質を浮かび上がらせる力を保っている。


 
 吉本隆明は、『共同幻想論』のなかで、「国家」は法整備や政治システムなどという実体で語られるものではなく、それ自体が、人間の妄想の上に成り立つ壮大な「幻想体系」だと訴えた。

 それに対し、男女が「性的な交渉」を含む「一対一の関係」を取り結ぶときだけ、国家の共同幻想に対して “逆立” するという。

 逆立とは、「逆らう」という意味であり、「逸脱する」という意味でもある。
 吉本隆明は、この男女の関係を「対幻想」という言葉で表現し、国家が個人を従属させるイデオロギーとして機能する「共同幻想」に対峙するものと規定した。
 これは、言葉を変えていえば、「恋愛」は国家という「共同体」の外に出ようとする力を持っていると、言い直すこともできる。

 ただ、吉本隆明の「対幻想」はかなり曖昧な概念であって、男女が「一対一」で向き合う関係から、やがて「家族」にまで発展し、さらには「親子」という関係に至るまでのすべてのプロセスをすべて含むように説明される。

 しかし、男女の一対一の関係が、「家族」にまで発展していけば、それは、「国家」という共同体の利害と対峙することもありうるが、逆に「国家」を支えるものとしても機能する。
 国家は、法整備や治安の保証によって、「家族」という最小単位の共同体を保護する代わりに、「家族」が内包してしまう「国家」に逆らう要素をことごとく排除することも可能だからだ。

 そのときの排除の形は、「国家の秩序を破った男女は悲惨な死を迎える」という形で定型化される。

 このような、共同体から罰せられて死を賜る “悲恋神話” の積み重ねから、人は「恋愛は死に隣接している」という想念を育てていったと思われる。

▼ 古来より、死とエロスは密接に結びついていた

 
 共同体は、人々のこういう想念を打ち消すために、個人の「死」と「恋愛」が結びつくことをタブーとして、逆に、個人が「共同体のために死ぬ」というイデオロギーを奨励した。
 祖国を救済するために、自分の生命を犠牲にして戦う人間がヒーロー視されるのは、そういう理由による。
 その極端な例は、太平洋戦争時の日本の「特攻隊精神」かもしれないが、日本に限らず、“国や民族” のために自己犠牲的な行動を取る人間を称揚するのは、共同体存続の基本イデオロギーである。

 しかし、このような共同体の思惑を超えて、悲恋説話が人々に語り継がれるのには、やはり、それなりに意味があると言わざるを得ない。
 それは、共同体のルールを逸脱するときこそ “ときめき” があることを、人々が密かに感受していたことを物語っているからだ。
 
 
恋愛は、ときに一国を崩壊させる

 恋愛は、厳格な “平等主義者” である。
 恋愛の平等性は、共同体内のヒエラルキーなどをいとも簡単に無化してしまう。

 そのため、恋愛における “ときめき”は、ときにヒエラルキーの頂点に君臨する権力者をも危うくすることがある。
 権力者の男が、いくら金銀財宝を見せびらかし、統治する帝国の一国さえ与えようとしても、女がその権力者を「嫌い」といえば、それで終わってしまう。
 国家をも支配できる男が、一介の無力者に成り下がるのは、このときだ。
 
 逆にいえば、女は、出自が貧しかろうが、財産など持たない家に生まれようが、権力者の心を射止めれば、権力者を思うように扱うこともできるわけだ。

 思えば、権力者が惚れた女に簡単につまづくことを、我々は歴史上の出来事として、どれほどたくさん見てきたことか。

▼ 楊貴妃

 
 中国の唐王朝崩壊のきっかけをつくったのは、玄宗皇帝の寵愛をほしいままにした楊貴妃であったし、ローマ時代に、オクタヴィアヌスと覇を争ったアントニウスを破滅させてしまったのはクレオパトラであった。

 アントニウスは、アクティウム沖の海戦で、味方の兵士をも戦場に放り出したまま、「勝機がない」と勝手に判断して逃亡していくクレオパトラの船を追い、勝利も、自分の運命をも放棄してしまった。

▼ ハリウッド映画『クレオパトラ』を演じたエリザベス・テイラー

  
 それほど、「恋愛」は男の立場を危うくすることもあり得るのだ。
 (女が権力者の場合は、逆のこともあり得る)

 批評家の東浩紀は、『弱いつながり』という本のなかで、18世紀の思想家ジャン・ジャック・ルソーに言及した章で、次のように語る。

 「(男と女が)一晩一緒に過ごしたという関係性が、(その人の)親子や同僚といった強い絆をやすやすと超えてしまうことがある。社会的に大成功を収めていた人が性犯罪で破滅することがあるかと思えば、まったくの敗北者が権力者(との性の結びつきで)政治を左右するようなパートナーになったりする。
 そういう非合理性が、人間関係のダイナミズムを生み出している。
 もし人間に性欲がなかったら、階級は今よりもはるかに固定されていたことだろう。人は性欲があるからこそ、本来ならば話もしなかったような人に話しかけたり、交流を持ったりしてしまう。
 ……人間は、目の前で異性に誘惑されれば思わず同衾してしまう、そういう弱い生き物であり、だからこそ、自分の限界を超えることができる」

 東浩紀がここでいう「性欲」は、そのまま「恋愛」という言葉に置き換えてかまわない。
 とすれば、東浩紀のこの記述は、
 「恋愛は、人に自分の弱さを知らしめるからこそ、自分の限界を超える力となる」
 と読み替えることができる。
 これは、人類普遍の真理であるように思える。
 

 
 
関連記事 「恋愛は罪悪である ― 漱石『こころ』100年」
 
参考記事 「VRの旅と、リアルの旅  東浩紀 『弱いつながり』 」
  
  

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そこの旦那さん、奥さんから何と呼んでほしい?

  
 世の中の奥さんたちは、旦那さんに声をかけるとき、なんて呼んでいるのだろうか。
 もちろん「ヘイ・ユー」とか「お~い(お茶)」とかいうわけはないだろう。
 
 なんとなく想像できるのは、「お父さん」か「パパ」だ。
 もちろん、子供がいる夫婦の場合だけど。
 
 ネットでちょっと調べてみたら、実際に旦那さんのことを「お父さん」もしくは「パパ」と呼んでいる妻は52.7%だという。
 
 ま、無難なところだろうな。
 この言葉には、要するに、「あんたは “男” としての役割は終わったから、あとは良い “父親” になればいいから」 というメッセージが込められているようで、旦那としては、少しさびしいけれど、それはそれで気楽なところもある。
 
 「お父さん」と「パパ」の次に多いのが、愛称を呼ぶケースだという。
 つまり、「ポチ」とか「チョコ」とか「ミケ」のたぐいだ。
 これが38.3%。 
 
 堂々と名前を呼ぶというのもある。29.8%。
 「おいヤスオ !」、「こらマサキ !」などというやつのことだろう。
 
 それ以下は名無し。
 「ちょっと」とか、「ねぇ」とか、「ほら、そこの人」 … みたいな呼び方を指す。
 
 「あなた」 というのも、この “名無し” の分類に入るらしいが、「あなた」という呼び名は、それを言われるタイミングによっては、ちょっと怖い響きを伴う。
 
 「あなた。夕べ酔っ払って玄関に入ってきたとき、女モノのサンダルを履いていたんですけど。いったいどこに寄っていらっしゃったの?」
 なんていうときの「あなた」は怖い。
 
 「あ、あれはね… (汗 !)、娘のアヤカの成人式のお祝いに買っておいたものなんだ」
 「娘に買ったプレゼントを自分で履いてしまうんですか? それに、あの子の名前はアヤカじゃありませんよ。誰それ ? 」
 
 こういうように、「あなた」 と呼ばれたときは、会話が最悪の方向に向かうことを覚悟した方がいい。
 
 では、私は、カミさんからなんて呼ばれているのか。
 正直にいうと、最後の「名無しグループ」なのだ。
 それも、「おい」、「こら」、「ちょっと」の3パターンのうちのひとつ。

 最近、そこに、「また」というのが加わった。

 「また、同じパジャマ着ている !」
 「また、風呂にも入らずに寝たのね ?」
 「また、酔っ払って転んだの ?」
 「また、きのうと同じ靴下はいていない ?」
 
 この「また」という言葉は、たいがい鼻をつまんで、顔を歪ませた状態て吐き出される。
 3日分ぐらい溜まった生ゴミを捨てるとき、人間はよくそんな顔をする。
 もしかしたら、「あんたはゴミ」 というメッセージなのかもしれない。
 
 ところで、うちのカミさんは、他人と話すとき私をどんなふうに呼んでいるのだろう。
 
 改まった席では、「うちの主人が申しますには … 」みたいな表現になるのだろうけれど、親しい主婦同士での会話となると、「うちのはねぇ … 」で片付いてしまうらしい。
 
 要するに、私が存在していることを表す言葉は、「の」という一文字だけなのである。
 まさに「物以前」というか、存在そのものが視野の中に入っていないというか。
 
 で、たまに息子と会話をしているときは、二人で私のことを「おじさん」と呼びあっているようだ。
 だから、犬もそれに同調するようになって、「おじさん」という言葉が出ると、なぜか犬も、私をシラッとした目で仰ぎ見るのである。
 
 おじさん
 
 要は「家族外人間」ということだ。
 力の衰えたスポーツ選手は、よく「戦力外通告」というものを出されるけれど、さしあたり、私の場合は、「家族外通告」。


 
 なんとなく、家族の前を通り過ぎても、誰も振り向かない透明人間にでもなったような気分の今日この頃である。
  
  

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自転車を買った

 
 新しい自転車(↓)を買った。

 それまで使っていた自転車が、ずっと壊れたままになっていたからだ。
 それでも日常生活に不便を感じなかったのは、入院していたり、退院してからも自宅療養していたりして、要するに、あまり外に出ることがなかったからだ。
 
 で、少し体調がよくなったので、久しぶりに自転車に乗って買い物に行こうと思った。
 そしたら、壊れていて乗れないことを思い出した。

 やっぱり安い自転車はだめだな。
 前の自転車は1万円ぐらいで買ったものだが、3年でリムがへたってきて、走行中にブルブルと揺れるようになった。
 さらに、チューブも劣化してきたのか、空気を充填しても、すぐに抜けるようになった。
 
 買った店に行って、「チューブを交換したい」と言ったら、「新品チューブと新品タイヤを合わせると1万円ぐらいかかる」という。
 しかも、「リムもへたっているので、タイヤを交換してもすぐに壊れるだろう。だから同じ1万円出すなら、新しい自転車に買い替えた方が得だ」という。

 こっちの考えすぎかもしれないが、店員の表情が不愛想だったので、「安いものを買うからこうなるんだ」と言われているような気がした。

 なんとなく惨めな気持ちになって、別の店に行くことにした。

 次に行った店は、いちおう「ブリヂストン」の特約店だった。
 並んでいる自転車がやはり少し高い。
 「ブリヂストン」の保証書が付いた自転車は2万円台になるので、さっきの店よりもさらに1万円高い。

 でも、店員の対応が良かったので、予算を1万円ほどオーバーしたが、こっちの店で買うことにした。
 
 今度の新車もまた基本的には、前のものと同じ「シティサイクルの標準型」というやつである。
 ギヤもない。
 ライトも、タイヤの回転で灯りがともるタイプ。
 でも、コンビニに「つぶあん&マーガリン」や「ねぎ塩カルビ弁当」を買いに行ったりすることがメインなので、これで十分なのだ。

 新しい自転車に何も不満なものはなかったが、ハンドルだけは、前に使っていたものと交換した。
 この形(↓)のハンドルが好きなのだ。

 

 でも、これで外に出るのが楽になった。
 何よりも助かったのは、肺に酸素を送り込むために常に携帯している酸素ボンベがカゴの中に納まるようになったこと。

 今までは、外出するときにはコロコロとカートのように引っ張っていったものが、今度は自転車のカゴに乗るようになったのだ。

 酸素ボンベの持ち運びが楽になったので、今まで以上に気楽に買い物などに行けるようになったのはうれしい。

  ♪ サイクリング、サイクリング、ヤッホー、ヤッホー
 

   
    

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美しい不条理

 
 ベルイマンやアントニオーニの映画について
  
 
 若い頃、理由もなく、“難解な映画” が好きだった。
 50年以上も前のこと。
 1960年代の話だ。

 当時、新宿に「ATG(アートシアターギルド)」という映画館が生まれ、そこでは、あまり観客動員できそうもないヨーロッパ系のマイナーな芸術映画などが上演されていた。

▼ アートシアターの映画パンフレット

 
 
 その頃、映画や演劇の世界で、“アンダーグラウンド” という言葉が流行った。
 「表に出ない文化」といえばいいのだろうか。
 一般的な人々が好む商業主義的な文化を軽蔑し、一部のマニアだけが評価する、地下に根を張ったような暗い芸風を追い求めるところに「アンダーグラウンド文化」の特徴があった。

 そういう “アングラ系” の映画が脚光を浴びるなかで、突出した人気を誇るようになったのが、イングマール・ベルイマンやミケランジェロ・アントニオーニの映画であった。

▼ ベルイマン『第七の封印』

▼ アントニオーニ『太陽はひとりぼっち』

▼ アントニオーニ 『BLOW UP』

 
 暗くて、重くて、哲学的めいて、何が言いたいのかよく解らない。
 しかし、その難解さを愛することが、“一般大衆のレベル” をはるかに超えた知的エリートの条件であるかのような風潮が、当時はあった。

 しかし私は、そういうエリートたちのスノビズムとは別のところで、こういう “難解系” の映画に魅せられていた。
 
 それは、一言でいえば、「美しい不条理」に出遭うことへの期待のようなものだった。

 「有限の存在である人間が、無限や永遠を知りえることができるのか?」

 もし、そういう問があったとしたら、この問には間違いなく美しさが秘められている。

 そういう美しい不条理こそが、私はあらゆるアートや文学の源泉であるように思うのだが、難解系のヨーロッパ映画は、みなこの不条理感を持っていた。

 そういう映画から得た教訓というのは、
 「人間が何か新しいものを感じたり、新しいことを考えようとするには、わけの解らないものに接するしかないのだ」 
 ということだった。

 「難解だ」
 と感じることは、思考が飛翔するためのジャンピングボードに立ったことを意味している。
 
▼ ベルイマン『沈黙』。当時神の沈黙を問うた作品といわれた

 たとえば、ベルイマンは映画のなかで、「神の存在」について問おうとする。
 欧米人にはともかく、まぁ、日本人にとっては、もっとも難解なテーマの一つであっただろう。
 「神」なんて、キリスト教的文化が希薄な日本にいれば、真剣に考えようという気にならないものだ。

▼ ベルイマン『沈黙』

 しかし、あのどんよりとした北欧の情景をバックに、登場人物たちの陰々滅々とした表情で語られる重いセリフを聞いていると、「神を問うことがどういうことなのか」という登場人物たちの気分が伝わってくる。
 それは、心が、この世を離れたものを想像する契機となるものだ。

 ―― この世を離れたもの ――
 すなわち、難解系ヨーロッパ映画というのは、「超越的なもの」を心に受け入れるための準備体操みたいなものだった。

 人間の脳が刺激を受けて、そこから新しいイマジネーションやら新しい思考が生まれてくるときというのは、必ず「超越的なもの」に触れているときである。
 
 映画監督のベルイマンにとって、ほんとうは「神」などどうでもよかったのかもしれない。
 彼は、映画のなかに「神」というテーマを設定することで、観客に「超越的なものの気配」を感じ取ってほしかっただけなのだろうと思う。

 その「超越的なものの気配が訪れる」ことを、俗に「インスピレーションを授かった」などという言葉で、われわれは理解している。
 それは、人間の頭のなかに天空から雷光のごとく降りてくる “ひらめき” のことをいう。
 哲学者のカントは、それに対し、「サブライム (Sublime)=崇高」という言葉を当てた。


 
 誰かが何かの書評で書いていたけれど、カントは『判断力批判』という書物で、こんなことを言っているらしい。

 「崇高なものとはいうのは、人間が激しい雷や巨大な渓谷のように、圧倒的な何かを見て、呆然自失のまま、怖いとか、美しいと感じるときに現れるものをいう。つまり、相手があまりに大きくて自分とは比較できないときに感じるもの」
 … だとか。

 これこそ、人間の想像力の根源にあるものではあるまいか。
 つまり、人間が「世界」を測るために考えた尺度を、軽々と超えてしまうような圧倒的なスケール感に触れたとき、我々の想像力は活発に動き出す。

 そのスケール感というのは、向き合うもの物理的な大きさだけを意味しているのではない。

 “ありえないこと”

 日常生活のなかではありえない現象と向き合っているという感覚。 
  

 そのときに感じる “息を吞むような畏れ” のなかに「超越的なるものの気配」が忍び寄ってくる。

 で、「難解」といわれた1960年代のヨーロッパ芸術映画というのは、みなこのような観客の想像力を刺激する “超越性” を持っていたように思うのだ。

 つまり、難解であるということは、「すぐには言葉で表現できないもの」に接することである。
 そして、「言葉に表現できないもの」こそ、実は「魂が表現を求めている」ものなのだ。

 これは、自分の体験だが、たとえばモノを書くとき、なかなか最初にひらめいたイメージを言い表す言葉が見つからないときがある。
 で、あ~だ、こ~だと、言葉を探す。
 
 そのうち、「なぁ~んだ、みんながよく使う言葉があるじゃないか」と思いつく。
 しかし、万人に理解してもらえるような「言葉」を思いついたときというのは、実は、最初に心を襲った、あのうまく言葉にならないような “得体のしれない” 感動は忘れさられている。
 要するに、「言葉」を思いついたとき、何かが死んでいる。

 多くのもの書きの多くは、そこのところを誤解している。
 たくさんのボキャブラリーを持つことが、もの書きの条件だと思い込んでいる人は多いが、それは間違いだ。
 そうではなく、ボキャブラリーとして獲得される前の<原初の風景>をどれだけ感受できるかが、もの書きの条件となる。

 言葉にするということは、実は、妥協することである。
 どう処理したらいいのか分からないような原初の<感動>を、とりあえず、みんなが知っている言葉に置き換えて言いつくろうことである。

 最近よく聞く会話。

 「あの映画どうだった?」
 「感動した !」
 「泣けた ! 」
 「元気がもらえた !」
 …… というような会話によく出てくる、「感動した」「泣けた」「元気がもらえた」などという言葉は、まことの意味での「豊かさ」の敵である。

 おそらく、「愛」とか、「友情」とか、「思いやり」とか、「美しさ」、「正義」といった、誰にも否定できない(だからこそ退屈な)言葉も同類である。
 それらもほんとうの「豊かさ」とは相容れない言葉だ。

 「豊かさ」とは何か。
 それは、人が簡単に納得してしまうような “退屈な言葉” がまったく通用しないものと出遭うことだ。

 1960年代に流行っていたヨーロッパの “難解系” 映画には、みなそのような「豊かさ」があったと思う。

 
関連記事 「ベルイマン『沈黙』」
 
関連記事 「ベルイマン『第七の封印』」
 
関連記事 「アントニオーニ『太陽はひとりぼっち』」
 
関連記事 「アントニオーニ『欲望(BLOW UP)』」
 
 

カテゴリー: 映画&本 | 5件のコメント

軍事産業が世の中をリードする時代

  
 
戦争は成長のチャンスである !?
 
 米国のトランプ次期大統領が掲げた公約のうちに、
 「日本や韓国など、アメリカ軍基地を持つ同盟国には、それ相応の防衛費を負担させる」
 というものがある。

 それに応じない同盟国からは米軍を撤退させるというのだが、テレビなどの報道を見ていると、これに懸念する日本人識者が多い。

 その大方の意見は、
 「現在日本は、米軍基地を維持するために、すでに相当額の援助をしており、これ以上の経済援助は負担が大きすぎる」
 というもの。

 その額がどのくらいかというと、(アメリカと日本では計算式が違うため、計上金額は異なるらしいが)アメリカの計算によると、同国が日本にある基地を維持するために計上される支出は、年間約55億ドル(約5850億円)。
 そのうち、日本が支援しているのは、その約半分で、約20億ドル(約2200億円)だといわれている。

 これは、地球上に展開しているアメリカ軍基地の支援額としてはそうとう高額なものであり、「トランプ氏はそのことを知らないのではないか」とつぶやく日本人も多い。

 だが、そのようなことを、ここで言いたいのではない。
 このような軍事費が、いま世界の国々の支出額のうち、いったいどのくらいの額になっているのか、という問題を考えてみたいと思ったのだ。
 
 
 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)という機関がある。
 そこの試算によると、2015年度の世界全体の軍事費は1兆6760億ドル。
 その1/3強をアメリカ合衆国が計上しているという。

 アメリカの軍事費は、5960億ドルとか。
 これは世界の軍事費全体の35.6%に当たるらしい。
 
 ちなみに、その次が中国の2150億ドル(12.8%)。3位はサウジアラビアの872億ドル(5.2%)で、4位はロシアの664億ドル(4.0%)。日本は、409億ドル(2.4%)で8位であるそうな。

 こうしてみると、やはりアメリカの軍事費は突出している。
 トランプ次期大統領は、
 「アメリカはもう “世界の警察” として、平和維持のための軍隊を養っている余裕はない」
 と演説したが、この軍事費の出資額を見れば、それも当然、と納得できる。

 もし、世界各国が計上している軍事費の総額、すなわち1兆6760億ドルのせめて半分の8000億ドルを、現在地球上で蔓延している「貧困や格差の解消」などに充てると、どういうことになるのか。

 前述した機関の試算によると、次のことが可能になるという。

 ① 飢餓の8億人に1年分の食料費(980億ドル)
 ② 難民2千万人にテントと毛布(1億ドル)
 ③ 全人類に基礎教育(60億ドル)
 ④ 全人類に安全な水と下水道(90億ドル)
 ⑤ 全世界の女性の出産保険衛生費(120億ドル)
 ⑥ 全人類が健康に必要な栄養(130億ドル)
 ⑦ 全地球の砂漠化防止(87億ドル)
 ⑧ 全世界の兵器を廃棄(1720億ドル)
 ⑨ 全世界の地雷を撤去(330億ドル)
 ⑩ アフガニスタンの復興(250億ドル)
 ⑪ 貧困国の全債務を免除(4210億ドル)

 以上の政策を実行しても、なお22億ドルの余剰金が残るという。

 世界の軍事費を削るだけで、地球上に蔓延するこれだけの貧困や格差の是正が可能になるというのに、現在どこの国でもそれを目指そうという国はない。むしろ、どの国においても、軍事予算は増額傾向にある。

 それはなぜか。

 もちろん、古来より、「軍拡」は戦争の抑止力を維持するために必要なことであり、「軍拡」こそが平和維持の前提条件となる、という考え方は、どの国においても主流であった。

 だが、21世紀に入り、各国が軍事費を増大させているもう一つの理由が顕著になりつつある。
 それは、もう「産業の成長」が「軍事の成長」を抜きにしては語れなくなってきたということなのだ。

 こういう傾向を、「軍・産複合体制」などと呼ぶことがある。
 最近は、そこに大学などのアカデミックな研究機関が加わり、「軍・産・学」が三位一体となって機能する開発システムが確立されてきた。

 この流れは、第二次大戦後に、冷戦構造が誕生してきた頃から顕著になってきたものだが、最近はますますその三者の結合軸が強まり、もうそれぞれを分離して考えることは無理な状態になってきている。

 分かりやすい例を一つ出すと、自動車などのナビゲーションシステム。
 これはGPSという衛星信号を利用した技術だが、その衛星が軍事衛星であることはよく知られているところである。

 また、実用化が “秒読み段階” に入ってきた乗用車の自動運転システム。
 このシステムに必要なセンサーやカメラ技術も、軍事技術の転用である。
 某メーカーが研究中の自動運転車に搭載されるカメラは、イスラエルの企業が開発したものだが、これは無人爆撃機などを製作する過程で生み出されてきたものだ。

▼ アメリカの無人爆撃機

 現在、身障者のサポートや工場労働における人間の代替物として期待されているロボットの開発。
 このロボットも無人兵器として活用するために、軍需産業の要になりつつある。
 
 このように、民需として平和利用される技術の多くが、いまは軍事技術と並行して開発される時代が来ている。

 そうなると、技術開発の実験の場が “戦場” であるということも大いに起こりうる。
 そして、技術開発のコストを下げるために、開発された武器を戦場で大量消費しなければならないという産業側の要請も出てくる。

 事実、2003年から始まったイラク戦争は、このように進められた。
 あれは、ラムズフェルトやチェイニーらのブッシュ政権下にいた “ネオコン(新保守主義者層)” が、自国の軍事産業を育成・強化するために “発案” した戦争という側面があった。
 
 実際にイラクの戦場に投入されたアメリカの新兵器は、どれも最新型のものばかりで、その膨大なテストデータが開発企業側にフィードバックされ、さらなる技術進歩をうながすことにつながった。
 そして、そこから秘密裏に加工され、民需に回っていった新技術も、きっと数えきれないほどあったに違いない。

 このように、我々の生活レベルの向上は、戦場で試される軍事技術の発達抜きには考えられないようになってきた。

 これに、異を唱えられるだろうか?

 リベラル派は、「即座に “軍・産・学” 体制を見直し、軍事費を削減して世界の貧困の撲滅に当たれ」というかもしれない。
 しかし、それは、今となっては「口に言うはやさしいが、実行は不可能」に近いスローガンになりつつある。

 “世界平和” を口にするためには、産業の成長をあきらめ、生活水準を落とすことを覚悟しなければならない世の中を、いったいどう考えればいいのか。

 これは、「成長」という意味をどうとらえるか、という哲学の問題でもある。

 さあ、あなたならどうする?
 
 

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トランプ以前とトランプ以降

 
トランプ報道が刺激的なのはなぜ?

 トランプ大統領が誕生してから4日経ったというのに、いまだ日本のメディアでは “トランプネタ” が尽きることがない。

 今後、日米同盟はどうなるのか?
 米軍は日本の基地から撤退していくのか?
 米軍基地を維持することになったとしても、日本が負担する基地の維持費はどれだけ膨張していくのか?
 TPPはどうなるのか?

 戦後70年続いた日米関係が大きな転換点を迎えることになるのだから、メディアがこのネタを手放そうとしないというのも、よく分かる。
 
 しかし、このメディアの過熱報道ぶりは、それだけでは説明がつかない。
 もっと根本的なこと。
 つまり、トランプ大統領の誕生というのは、国際政治や国際経済が大きく変わるということ以上のものを、我々に突きつけたのではないか?

 ひょっとしたら、我々が考えてきた「人間」という概念が、“トランプ以前” と “トランプ以降” では変わっていくのではないか?

 そういう “匂い” を、おそらくメディアはかぎ取ったのだ。
 理屈ではなく、感覚として。
 
 ちょうど夏の風が、いつのまにか秋の風に変わっていたことに気づくように、メディアは、トランプ氏の登場に今までと異なる風の匂い、風の温度、風の強度を感じ取ったのだ。
 だからこそ、この話題はいつまで経っても尽きないのだ。


 
 
パクスアメリカーナの終焉

 トランプ大統領の出現は、後世になって、これを歴史的に見るとどういうことになるかというと、それは「パクスアメリカーナ」の終焉である。
 それまで掲げてきた “アメリカによる世界秩序” の旗がおろされ、世界の法と秩序を守ってきた(と彼ら自身が思ってきた)「アメリカによる正義」が終わりを告げることになる。

 欧米民族の間で、この「パクスアメリカーナ」と規模的にも理念的にも匹敵する “世界秩序” といえば、それは2000年ほど前にヨーロッパに誕生した「パクスロマーナ」しかない。
 ローマ帝国の軍事力と経済力によってもたらされた平和。
  
 2000年前、そのローマ帝国の覇権が衰え、「パクスロマーナ」が消え去った後にヨーロッパを襲ったのは何だったのか?

 それは、ゲルマン諸族による国境分断と領土争いの世界だった。
 5~6世紀から始まったゲルマン民族の熾烈な闘争の繰り返しによって、ヨーロッパのローマ的文化・伝統・教養は闇の中に葬り去られ、時代は一気にローマ帝国以前の蛮族の時代に逆戻りした。

 たぶん、それと同じことが起こる。
 もし、トランプが選挙戦を戦ってきたときの公約をそのまま実現していけば、アメリカ国民の分断どころか、それに呼応して、EU諸国においても分断化が進む。

 イギリスのEU 離脱派の台頭に始まり、いまイタリアにおいても、オランダにおいても、ドイツにおいても、フランスにおいても、「他国民」「他文化」に対して門戸を閉じ、自国内の結束を図ろうとする政治党派が勢いを得ている。

 オランダでは「自由党」。
 イタリアでは「北部同盟」。
 ドイツでは「AfD (ドイツのためのもう一つの選択)」
 フランスでは「国民戦線」。
 
 これらの政治勢力は、基本的に、反ユーロ、反移民・難民、反イスラムを掲げ、EU が目指す方向と厳しく対立する。

 それらの政治党派の役員たちは、アメリカの大統領選の始まる少し前あたりから、トランプ陣営に足を運び、「他国民」や「他文化」を排除して、自国内の民族だけで結束していく戦術をトランプの周辺にいる側近たちから勉強していたという。

 そして、トランプ大統領の誕生と同時に、彼らは自国内で集会を開き、「トランプに習って自国から移民や異文化を排除し、自分たちの新しい国家秩序を構築しよう !」とシュプレヒコールを挙げたとか。   
 
 
他国に非寛容な強いリーダーが求められる時代

 彼らが求めるのは、これまでにない強い指導力を持ったリーダーで、自分たちの利益に反するものを容赦仮借なく葬り去る実行力だ。
 そういった意味で、ロシアのプーチン大統領やフィリピンのドゥテルテ大統領などもその部類に入るだろう。

 そういう “強いリーダー” たちの進める排外主義的なプロパガンダが、いま世界の人々に心地よく聞こえる時代が近づいてきている。

 こういう “自国優先主義” 的な指導者たちが運営する国家というのは、はたして、どういう国家になっていくのだろう。

 異民族・異文化的なものをいっさい排除していこうとするわけだから、まず国内の文化的価値が一元化されていくだろう。
 
 「文化」というのは、異種交配からしか生まれない。
 他の世界からもたらされる不安に満ちた刺激。
 それまでの体験をくつがえすような違和感。
 そういう、一見ネガティブな感情をともなって心に突き刺さってくるものこそ、新しい文化を想像する原動力となる。

 ところが、排外主義的な国家思想は、まずこの未知の世界から来る刺激をシャットアウトしていこうとするだろう。

 トランプ大統領が誕生した翌日、アメリカの大学では、イスラム教の信仰を意味するヒジャブ(頭髪を覆い隠すスカーフ)を巻いた女子学生が2人の男性に襲撃され、財布などを盗まれたという。
 襲った男たちの言葉は、「もうじきトランプの世の中になるのだから、お前ら覚悟しておけ」というものだったそうだ。

 この話は、アメリカの排外主義思想は、もうイラスム的なシンボルであるスカーフという文物さえ許しておけなくなることを伝えてくる。

 こうして、排外主義的な言動を繰り返すリーダーの元では、次第に単一的な価値観しか許されない空気が蔓延していく。
 
 
アメリカ文化は2016年が頂点だった

 では、トランプ政権下のアメリカ文化はどうなっていくのか? 

 たぶん、それは “他国との接点を失った” アメリカ文化になる。
 東部のインテリたちが好む日本食や、若者たちが喜ぶジャパンクールのアニメなどは排撃の対象となり、食事はハンバーグかフライドチキンのようなファーストフード、観る映画は『スターウォーズ』だけという人たちが主流派になるだろう。

 映画でも、演劇でも、音楽でも、アメリカ文化の頂点は2016年となる。
 この年にトランプに反対したレディー・ガガも、ビヨンセも、反体制派に与する過激芸能人ということで、これからは「マイナーアーティスト」のレッテルを貼られ、年を追うごとに活躍の場を奪われていく。

 それ以降は、眠気を誘うようなノスタルジックな “古き良き時代” の文物がアメリカ国内に蔓延していき、トランプ支持者たちは、これぞ「Make America Great Again」の成果だと評価することになるだろう。

 そういう文化的停滞に怒りを感じた若者たちは、60年代の学生反乱のビデオなどを探し出して、研究を重ね、再び街頭闘争を始めたりするかもしれない。
 
 ま、ほとんどは冗談である。
 しかし、排外主義的な思想が立ち込める国の文化は、どうしても多様性を失っていく傾向になる。
 「多様性を失う」ということは、「人間性を失う」ということでもある。
  
 
ビジネスマンの考える「文化」がダメな理由
 
 「トランプはビジネスマンだから、これまでの政治家にはない発想で政治に取り組むだろう」
 と、トランプ大統領に期待を寄せる発言もある。

 しかし、ビジネスマンだから、困るのだ。
 ビジネスマンというのは、無駄が嫌いである。
 商売になることしか考えない。
 
 困ったことに、実は「文化」といわれるものの大半は、無駄からしか生まれない。 
 「有益性」や「効率性」から生まれた文化など、一つとしてあった試しがない。
 
 「有益性」や「効率性」の追求をモチベーションとして生まれてくるのはテクノロジーである。
 ところが、世の中にはテクノロジーのことを「文化」だと勘違いしている人がいる。
 特に、ビジネスマンの多くはそうである。
 
 で、ビジネスマンたちが考える文化は、「何万台売れたか?」とか「何万人動員したか?」という “文化” でしかない。
 
 トランプ大統領的な人間観が目指すのも、けっきょくは、そういう “何万台売れたか文化” である。
 そういう “文化” で育った人間たちが、「優秀な人間」として評価するのは、新しいマーケットを創出した人々でしかない。
 彼らがいう「ブレークスルー」とは、生産性を上げるための新しいテクノロジーが誕生したことをいういすぎない。
 
 もちろん、それは大事だ(当然である)。
 だけど、そういう人間評価からは、松尾芭蕉の句から季節を感じたり、シェークスピアの表現に潜んだ哲学に驚愕したりする感性は抜け落ちていく。

 私( … のような偏見で固まった鼻持ちならないエリート主義者)から言わせれば、それは「文化の劣化」である。
 劣化した文化は、劣化した人間しか育てない。 
 トランプ以前と以降では、「人間が変わる」といったのは、そういう意味だ。
  
  
参考記事 「トランプ候補の出現によるアメリカン・ドリームの終焉」
 
  

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まさかのトランプ大統領誕生

 
 まさか、まさかのトランプ大統領の誕生。
 イギリスのEU離脱が決まった国民投票の結果に続き、世界中の人々の大方の予想を裏切る結果が出た。

 日本のテレビメディアも、今日は朝からアメリカ大統領選の結果をフォローする報道に終始したが、お昼ごろには結果が判明するといわれながらも、混戦の結果、大勢が判明したのは午後4時に近かった。
 それほど、アメリカ国民の気持ちは真っ二つに割れていたということが分る。

 イギリスのEU離脱と、このトランプ政権の誕生は、地球上に同じ現象が生まれてきたことを意味するという人がいる。
 『問題は英国ではない、EUなのだ』(文春新書)という近著があるエマニュエル・トッド氏である。

 私はこの本を読んでいないし、著者に対する知識もほとんどないが、風邪を治すために通った病院の待合室で読んだ週刊誌(週刊文春)の書評欄で、このエマニュエル・トッド氏が、「英国のEU離脱とアメリカのトランプ現象はともにグローバリズムの転回点を示すものだ」と言っていることを知った。

 つまり、1980年代以降、“新自由主義” の旗を掲げてグローバル経済を展開してきたアメリカとイギリス(レーガノミクスとサッチャリズム)が、この2010年代に入って、そのグローバリズムに疲れを感じてきたことを意味するというのだ。

 グローバリズムによって実現された社会が何であったのか。
 (週刊誌の記事によると)、それは先進国を中心とした中産階級の没落と、一部のお金持ちだけの富の増大。
 つまり途方もない規模の格差社会の誕生であった。

 だから、エマニュエル・トッド氏によると、イギリスで「EU離脱」を叫んだ人々とアメリカで「トランプ候補支持」を打ち出した層は、同じであるという。

 それは、一部のメディアでいわれているような、「教養のない下層労働者階級」ではないとか。
 むしろ、かつてアメリカやイギリスにおいて、民主主義の核となる部分を担ってきた “中産階級” だというのである。

 その中産階級が、新自由主義の潮流を背景に、世界を席巻したグローバリズムの影響を受けて、経済的にも社会的にも没落していった。
 その嘆きの声が、イギリスにおいては「EU離脱」の叫びとなり、アメリカでは「トランプ支持」の訴えとして広がった。

 … というのが、自分が病院の待合室で拾い読みしたエマニュエル・トッド氏の近著の紹介文から読み取ったことだ。
 メモも取っていないので、正確に内容をフォローしているのかどうか自信はないけれど、このエマニュエル・トッド氏の言及で見逃せないのは、先進国では「リベラルと保守」の転換が起こっているという話だった。

 かつて、政治を改革し、新しい政治を目指していくのがリベラルで、古いものを大事にして、改革に懐疑的なのが保守というイメージが定着していた。
 しかし、最近は、既得権益のなかで安住し、自分の “知性” に自信をもって、保守派を上から目線で軽蔑するのがリベラル。

 それに対し、世の中を「理念や思想」で解釈するのではなく、肌身で感じた危機をきっかけに、そこからの脱出を試みようとするのが保守。

 そうなると、アメリカのクリントン支持者とトランプ支持者の素顔が見えてきそうだ。
 けっきょく、クリントン支持者の多くは、自分たちの知性と教養を武器に、トランプ支持者を「無知な大衆」とあざけっていたのではないか、という気がしないでもない。

 それに対し、トランプ支持者たちの方が、民主党の大企業との癒着関係やグローバリズムを推進していることへの批判的な視点を持っていたということになる。

 確かに、トランプ支持者の核となる人々は、一生自分の州から出ることもなく、(ひょっとしたら海を見ることもなく)、ただ半径10kmの世界だけを見つめて暮らし、「あぁ、工場が閉鎖されて、俺たちの仕事もなくなったなぁ、そういえば最近やたら英語も満足にしゃべれない移民ばかり目立つようになったなぁ、あいつらのおかげで俺たちはどんどんビンボーになってきたんだな」という感情を持っている人々ではあるだろうけれど、彼らはけっきょくはアメリカ流グローバリズムの犠牲者たちであったということだ。

 たぶん、アメリカは大混乱になるだろう。
 それは、世界中が大混乱に陥るということだ。
 
 私は、これを「世界中で劣化が始まった兆候の最たるもの」と捉えているが、一方では、これによって既成の政治秩序がガラリと変わることに期待している人が増えていくことも確かだろう。
 
  

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風邪にご用心

 
 風邪の症状が10日も続いている。
 息ができないほど、鼻が詰まってどうしようもない。

 肺の負担を軽くするために、今ずっと酸素を強制吸引しているのだけれど、風邪でその鼻の奥が遮断されているため、酸素が鼻から肺に入っていかない。
 
 しかたなく、ときどき酸素を吸入する管(カニューラ)を口にくわえ、喉から酸素を送り込んでいる。
 そのため、舌の上に、苦くて酸っぱい鼻汁の味が残るような気がするのだが、気のせいかもしれない。 
 どっちみち、味覚も損なわれているので、何を食ってもうまくない。

 最初に、「風邪かな?」と思ったのは、肺を手術するために入院していた病院でのことだった。

 退院まぎわに、熱が37.8度ぐらい出て、それが2日ほど続いた。
 病院から処方された風邪薬を飲んで、なんとか熱を下げて退院したけれど、家に戻ってから、また熱が上がってきた。
 熱冷ましや鼻孔の炎症を抑える抗生物質などをいろいろ飲んだけれど、決定打がなく、今日に至っている。

 外に出られないために、家にずっとこもっているのだが、はなはだしく集中力も欠いているため、本を読んでも頭に入らないし、テレビを観ていても面白くない。

 こういうときは、寝ているに限る。
 寝て、少しでも回復に向かう体力を維持していかなければならない。
 
 

 
 
 寒暖の差が激しい今頃は、体調を崩す人も増えて、風邪もはやるという。
 皆様も、くれぐれも風邪にご用心。
 
 

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ピコ太郎、不思議

 
  「ピコ太郎」って、何が面白いんだろう?
 すでに YOU TUBE の動画再生回数が、関連動画も含めて、1億3400万回(世界一)だとか。
 

 これだけ短時間のうちに、世界的に有名になった人も珍しいのではなかろうか。
 しかも、わずか1ヵ月ほど前まで、ほとんど無名だったにもかかわらず。

 でも、いったい何がウケたのか、今一つよぉわからん。
 
 誰もがそう思うらしく、ネットには「ピコ太郎」のどこが面白いのかということを論じたサイトがたくさんあるけれど、どれを読んでもピンとこない。
 おそらく、書いている人たちも、実はよく分かっていないのだろう。

 いくつかの “解析” はある。
 たとえば …
 ① 豹柄のコスチュームにパンチパーマ。怪しげなチョビヒゲに、えぐいフレームのメガネ。
 その “アブナイ” 外観の割には、人の良さそうな目と表情。
 要は、外しの美学。 

 そのミスマッチ感覚が面白いという人は多い。
 
 ② あと、世界中の人に理解できる簡単な英語だけで構成された歌詞。
 ③ わずか1分(ショートバージョン)というキレの良さ。
 ④ ほかに、ジャスティン・ビーバーが、この人の画像を見つけてSNSで拡散させたことがヒットの要因とか。

 ほかに、
 ④ リズムが耳に残る。
 ⑤ “良家のマダム” が顔をしかめそうな悪趣味があって、庶民派にはそれが心地よい。
 ⑥ ナンセンスの極みまで行きついているので、むしろ哲学的 !

 なんだぁ、それ ……?
 諸説いろいろあるけれど、どれも合点がいかない。
 まぁ、みんなが注目しているから、何? 何? 何? … という連鎖反応的な野次馬根性があちこちで生まれて、それがこのブームになっているのだろうな。
 でもけっきょくは、どこか面白いのか、謎。

 おそらく、この “どこか面白いのか謎 !” という違和感こそがピコ太郎ブームの正体なのだ。
 だから、何度も動画を見てしまう。
 どこが面白いのか探ろうとするために。
 自分も何度も動画を見た。
 何度見ても、けっきょくどこが面白いのか、よぉ分からない。

 しかし、まぁ何度でも見てしまうほどの “魔力” というのは、確かにある。
 このあまりにも芸のない、単純素朴な、ギャグ以前の不思議な “芸” (?)は、意味が溢れすぎている現代メディアの中では異色だ。
 そして、意味過剰のうざったいニュースばかり垂れ流すメディアのなかで、一服の清涼剤的効果がある。
 
 でも、ものすごい短時間のうちに、このブームは消えるだろう。
 おそらく、年末あたりに話題になる「今年の10大ニュース」で、「8位にランクインしたのはピコ太郎ブームです」とか取り上げられて、多くの人が、「あ、そういえば、そんなのあったあった」という反応になるのじゃなかろうか。
 
 

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まっすぐな道はさびしい

 
 俳句とか短歌が持っているなんともいえない情感が好きである。
 
 普段はめったに接することのない俳句・短歌のたぐいだが、退屈ざましにめくった週刊誌などの “俳句コーナー”などで見かけた句に、しみじみとした情感をかきたてられることがある。

 『サンデー毎日』(2016年10/30号)の “サンデー俳句王(はいきんぐ)” というページで、次のような句を拾った。

 まっすぐな道に出(いで)けり秋の暮れ

 作者は高野素十(たかの・すじゅう)。
 俳句とか短歌というこの手の文芸にうとい私にとってはじめて聞いた作者だったが、この句を選んだ石寒太(いし・かんた)氏の解説によると、高野素十は、1895年に生まれて1976年に亡くなった茨城生まれの歌人だとか。たぶん『サンデー毎日』を読まないかぎり、一生知ることのなかった作家であったかもしれない。

 この句のインパクトは何か?
 それは、100%情景しか詠(うた)っていないことの鮮烈さである。
 
 描写されているのは、「まっすぐな道」と「秋の暮れ」の二つだけ。
 それを見て、「面白い」とか「さびしい」とか「悲しい」とか「切ない」などという作者の詠嘆は一言も詠われていない。

 なのに、この句が孕んでいるとてつもない “さみしさ” は、いったいどこから来るのだろうか?
 これを読んだのは、入院していた病院のベッドだったが、鳥肌が立つような切なさに襲われた。

 目に浮かんでくるのである。
 晩秋の弱々しい陽射しに照らされた、何の変哲もない直線路の寂寥感が。
 
 とにかく、構成がうまい。
 最初の「まっすぐな道」という一言では、まだ何も語られていない。
 しかし、それに続く「に出(い)でけり = に出てしまった」という言葉で、にわかに読者の心にさざ波が立つ。
 おそらく、この句の読み手(主人公)である人間は、それまで、うねうねと曲がった見通しの悪い田舎道でも歩いてきたのだろう。
 
 ところが、突然視界が開け、そこに見通しの良いまっすぐな道が現われた。
 それは読み手に、なにがしかの驚きをもたらした。

 その驚きとは、“見通しが良いのに誰もない” という「さびしさの発見」がもたらすものである。

 「誰もいない」ということが、どうして分かるのか?

 もし、直線路に人がいたり、牛がいたりすれば、「道」ではなく、見たものが語られるはずだからだ。

 この “不在感” が、この句の最大のポイントである。
 「出でけり」 = 「出しまった」という途方に暮れた感じの言葉づかいが、詠み手の “心細さ” のようなものを表現してあまりある。

 そして、ひっそりとした直線路が、“弱々しい秋の陽光に照らされている” という終句で飾られることによって、寂寞たるさしびさが完成する。

 
 「まっすぐな道」はなぜさみしいのか?
 それは、見通しが良いのにもかかわらず、目が何も捉えることができないからだ。
 「見えるはずだったのに、何もなかった」
 人間の感じる “挫折” というものを一言で言い表せば、そういう言葉になろう。
 「視界が良い」ということは、「さびしい」ということでもあるのだ。

 この “一本道のさびしさ” は、また多くの画家が好んで取り上げる画材の一つでもある。
 たとえばエドワード・ホッパー(1882~1967年 アメリカ)の描く道。

▼ エドワード・ホッパー

▼ エドワード・ホッパー

 
 上のような一連の絵とからめて、再び前の句を読んでみると、また新しい感慨も湧いてくる。

 まっすぐな道に出(いで)けり秋の暮れ
 
 絵画などを眺めながらこの句を噛みしめてみると、見通しの良い直線路こそ、むしろ「迷宮の入り口」ではないかという気分になってくる。

 この句を取り上げた石寒太氏は、同じテーマを追求した句として、次の二句も挙げている。

 この道や行く人なしに秋の暮れ (芭蕉)

 まっすぐな道でさみしい (山頭火)

 ともに、秋の寂寥感(せきりょうかん)のようなものが色濃く立ち込めて来る句である。
 
     

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桐野夏生『猿の見る夢』

 

 桐野夏生氏の新刊『猿の見る夢』(講談社)を読む。
 ある意味で、“完璧な娯楽小説” 。
 SFだとか推理モノとか、ホラーとかいうジャンルに関係なく、「娯楽小説」の定義を、「ページをめくる手が止まらなくなる小説」とするならば、これはほんとうにそのような作品である。
 450ページに及ぶ長編であったが、「次の展開がどうなるのか?」という興味に急き立てられるように、ほぼ2日で読了した。

▼ 作者・桐野夏生氏

 ネタバレになっても、それで面白さが変わるような作品ではないので、簡単に概要を記すと、社会的成功を収めたサラリーマンの定年後の安定した生活と夢が、あることをきっかけにボロボロと崩れ去っていく話、といえばよいのだろうか。
 
 主人公の「薄井正明」は59歳。
 大手銀行に勤務していたが、その後取引先であったアパレル系企業に出向。
 一時は “都落ち” の悲哀を味わったが、そのアパレル会社の商品開発が時流に乗り、思わぬブランド企業に成長していく。
 おかげで、彼のサラリーマン生活も順風満帆となり、自分を引き立ててくれた現会長の覚えもめでたく、「次期社長」の夢もちらつき始める。

 もちろん、家庭生活にも何の支障もなく、妻子も健在。
 親の遺産をうまく相続できれば、都内に2世帯住宅を建てることも可能であり、しかも、こっそりと関係を続けてきた10年来の愛人との仲も良好。
 週に1~2度は、都内の一等地にマンションを構える愛人宅に転がり込み、ワインを飲んで、愛人の手料理を味わい、セックスを楽しむ。

 ある意味、熟年男子サラリーマンの “理想の(?)” のライフスタイルが描かれているといっても過言ではない。

 この物語の進行が、現在の日本をそのままなぞっているとしたら、この小説の主人公は、はたしてどういう時代を生きた男といえるのだろうか。

 59歳にして、「還暦」、「定年」、「老後」というテーマを抱えたという年齢から考えると、この主人公は高度成長期に生まれ、バブル時代に青春を謳歌し、日本企業がバブル崩壊の予兆に怯え始めた頃に、運よく銀行に就職。
 その後の減速経済時代を乗り切って、現在は「アベノミクスの恩恵に与れるような企業で老後を迎える」という非常に恵まれた男ということになる。

 一方、主人公が週に1~2度セックスを重ねる愛人は46歳。
 彼女は、年齢的にいうと、「ジュリアナ東京」がオープンしたときに20歳を迎えたという計算になろうか。

 要するに、彼女もまたバブル文化の申し子であり、身の回りをすべてバーキン、エルメスなどのブランド品で飾り、飲む酒もシャンパンかワイン。
 本来はこじゃれたレストランで外食することが好きなのだが、愛人である男の要望を受け入れ、自分のマンションに男を招き入れて手料理でもてなしている。
 そのために、彼女は男から月3万円のお手当をもらっている。

 しかし彼女は、その金額では、自分が用意する手料理の食材やワインなどの対価にならないと内心思っている。
 そのため、主人公とケンカするたびに、「今までの関係を清算したいのなら、指1本だからね」と脅迫する。
 “指1本” とは1,000万円を意味している。
 
 もちろん、男は1,000万円など払う気持ちもなく、月に払う3万円の手当ですら高いと思っている。

 一方、主人公は愛人以外の別の女性にも心惹かれている。
 会長の秘書を務めている38歳の女性である。
 愛人が、身の回りのすべてを一流ブランドで固めるタイプの女性であるとするならば、この秘書は、会長の希望に従って安物の自社ブランドで装うこともいとわない庶民派タイプ。
 
 しかし、体つきが肉感的であり、主人公は、愛人には内緒で(もちろん妻にも当然内緒で)、この女性ともこっそり遊びたいと思っている。

 そのため主人公は、彼女の私的な悩みごとの相談相手になると申し出て、言葉巧みに夜の食事に誘い出す。
 高級ホテルのレストランに予約を入れ、さらに肉体関係に持ち込むために、別のホテルにもダブルベッドの部屋を予約。

 しかし、主人公の作戦は見事に相手の女性に見破られ、彼はけっきょくレストランでは1万8,000円のワインをがぶ飲みされ、別のホテルのルームサービスでは5万円のワインを飲み逃げされ、計15万円ほど散財してしまう。

 すべてが、この調子。
 つまり、ここに登場する中年男女のラブゲームでは、すべておカネのやりとりが恋愛の基本フォーマットを形づくっているのだ。

 「愛」というあいまいなものは、言葉で語り尽せるものでもないし、ましてや「心」などといった無形のものに還元することなどできない。

 「愛」を確認するいちばん確実な方法は、おカネで、その度合いの深さを計量することである。
 彼らは無意識のうちに、そういう思考方法を身に付けている。

 この物語は、日本の高度成長期からバブル期において、日本の “大人の恋愛” を成立させていた背景が何であったかを解き明かしてくれる。
 ここに描かれているのは、日本の消費社会における恋愛ビジネスの構造と、その消費額の相場なのだ。

 80年代から90年代のTVドラマにおいて、そして流行歌において、日本人の恋愛は不倫一色に染め上げられた。
 なぜか?
 それは、あの時代、不倫がビジネスだったからである。
 “バブル文化” というのは、早い話、大人にとっては不倫文化に過ぎなかったといっていい。

 しかし、不倫にも香気が漂っていた時代が、かつてあった。
 それは、恋愛が文学と結びついていた時代だ。
 ラクロの『危険な関係』、フロベールの『ボヴァリー夫人』、トルストイの『アンナカレーニナ』、スタンダールの『赤と黒』。

 恋愛は、文学やその他のアートに触発されるように誕生し、男女の関係の落ち行く先も、文学やその他のアートが松明(たいまつ)となって道を照らした。
 しかし、第2次大戦後、大衆文化の勃興とともに、エリートたちの教養で磨かれてきた恋愛文化の通俗化が始まる。
 そして、戦後の経済成長を背景に、“恋愛の文化” のフォーマットがカネの力で形成されるようになっていく。

 日本においては、高度成長期からバブルの時代へと進んでいく過程で、「気に入った女の子と寝るにはクリスマスイブに1泊10万円の部屋を予約し、ティファニーのペンダントをプレゼントしなければならない」といったような、恋愛の計量化が始まった。
 このときに、それまで不倫を支えていた文芸的な香気も同時に失われていった。
 近年の不倫に対する世間の糾弾が激しさを増してきたのは、要するに、文芸的香気を失った不倫が、単に男女の性欲がむき出しになった貧しいものになってきたからにほかならない。

 その発端は、1980年代にある。
 この時代の若者のセックス観がどんなものであったか。
 田中康夫は、デビュー小説の『なんとなくクリスタル』(1981年)の中で、ヒロインの口を借りて、こんなことを言わせている。

 「私がいやだったのは、彼ら(同世代の男たち)は、深い関係になった女の子の数を友だちと争うことしか能がないという点だった。女を陥落させるゲームを友だちと競争しているに過ぎない。
 だから、ラブ・アフェアーの経験は豊富でも、彼らは余りにも貧相だった。それに、彼らは話題に乏しいときていた。女の子と車の話題を彼らから取ってしまったら、彼らには何も残らない気がした」

 おそらく、ここに登場する “彼ら” の40年後の姿が、この『猿の見る夢』に現れる主人公だといっていい。
 その名前も、「薄井正明」。
 (正義も明晰性も “薄い男” という皮肉がこもったような命名である)。

 さて、ここで、もう一つのテーマを語らなければならない。

 80年代のバブル期に恋愛のビジネス化が始まり、愛の度合いが計量化される時代が始まったともいえるが、しかし、人間の心が合理的に計算されるようになるということは、逆にいえば、合理化・計量化できない闇の部分も広がったということでもある。

 恋愛がカネで取り引きされる時代というのは、カネで解決できない恋愛の闇も深くなるということなのだ。
 近年、恋愛トラブルが発端となった不気味なストーカー殺人が増えているのも、そのことを物語っている。

 また、怪しげな占い師や預言者のたぐいが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、合理的な判断を下せると思い込んでいる人々を次々とマインドコントロール下において詐欺事件を起こしたりするのも、それと同じ構造である。

 実は、『猿の見る夢』という小説でいちばん重要な登場人物は、途中から登場する女占い師なのである。
 悩み事を抱えている主人公の妻が、ある日自宅に招いた女占い師が、主人公の運命を変えていくのだ。

 世の中のすべてのことを合理的な打算でしのいできた主人公は、当然、占いなどという “まやかし” を信じない。
 しかし、実際はこの怪しげな占い師の登場を機に、彼の人生は転落を開始する。

 この女占い師の登場によって、徐々に、この小説にホラーじみた空気が漂い始める。
 最後は、まさに “あの世” の扉がかすかに開くような気配を漂わせながら、小説は幕を閉じていくのだが、その顛末は、ここでは触れない。

 装丁が秀逸。
 鴨居玲氏の『出を待つ(道化師)』という装画をあしらった装丁だが、この道化のやつれて崩れた表情が、主人公の崩壊を物語っているようで、切なくなる。
 けっして感情移入のできるような主人公ではないのだが、この絵を見た後に、ふたたび本文に目を通すと、ふと主人公の肩に手をかけてやりたくなるのだ。 

 
  
 
参考記事 「桐野夏生 『バラカ』」
 
参考記事 「桐野夏生 『抱く女』」
 
 

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病室の人情ドラマ

  
 今回の入院では、ナースステーションの真ん前にある病室に収容された。
 今までこの病棟には3回入院しているが、ナースステーションの真ん前の部屋というのははじめてだった。

 驚いたことが一つある。
 にぎやかなのだ。

 この病気(肺血栓)になってはじめて知ったことだが、病院というのは(静かで落ち着いた施設というイメージがあるが)、実はけっこうにぎやかな場所である。
 
 まず、病棟内にはいろいろな種類のチャイムがある。
 キンコンカンのたぐい。
 その合間を縫って、今度はアラームが鳴り響く。
 ピンポーンピンポーンのたぐい。

 当然、それらの音にはみんな意味があって、ピンポンパンは患者が胸にテープで張り付けた心電図が外れた音であるとか、ピープーピープーは車椅子でしかトイレに行けない患者のナースコールだったりとか、「♪ アマリリス」のチャイムは食事を載せた配膳車がやってくるときの音だとか、ジージーというのは、看護師さんたちがポケットに忍ばせた携帯電話のコール音だとか、… まぁ、いろいろあるのだ。

 とにかく、このチャイムとアラームとブザーの協奏曲には度肝を抜かれた。
 病院というのは、パチンコ屋やゲームセンターのようなものなんだな … ということがよくやく分かってきた。

 だが、“病院サウンド” は、そういう機械音だけではない。
 “合唱” も加わる。

 ナースステーション前というのは、若い女性看護師たちの笑い声、話し声が集中する場所でもあった。

 彼女たちは、個々の患者に接するときは、最大限の注意を払って、優しく、ていねいに、物静かに振舞っている。
 だが、3~4人集まると、とたんにお昼休みの女子高のような空気が生まれる。
 話の内容までは聞き取れないが、ナースステーションに集まってきた女性看護師たちの会話は、あっけらかんと明るく、さわやかである。

 その声を色っぽいと思った。
 若い女性たちの華やかな笑い声は、それだけでももう十分色っぽいのだ。
 しかも、この病院の看護師たちはみな可愛い。
 思わず見とれてしまうほどに。
 それだけで、病気とは別なところで悩ましい気分に陥る (笑)。

▼ 認知症がかった老人にも、優しく、辛抱強く対応する看護師さん

 ま、そういうナースステーションからの音は大歓迎なのだが、今回は同室の患者さんが発するセキ、うなり声、タンを吐く音、寝言、独り言、さらにはお叱りの言葉にも見舞われて、閉口した。
 隣のベッドの住人が、体の動かない寝たきり老人だったのだ。
 もともと手術を受けるために入院したらしいのだが、手術前に体調を壊し、ベッドから動けなくなってしまったようなのである。

 当然、食事も看護師さんがサポートしてくれないと食べられない。
 下半身の世話も看護師さん任せ。
 そういう満身創痍の患者さんと同室した場合は、こっちも気をつかう。

 しかし、普通の会話ができないというのは困ってしまった。
 朝など、検温と脈拍の測定のため、担当看護師の巡回がある。

 「町田さん、おっはよう ! 朝の担当○○でぇ~す」
 と元気な看護師さん。
 それに合わせて、
 「夜の帝王、町田でぇ~す」
 … なんて、こっちが悪ふざけしたのが悪いんだけど、

 「もっと静かにしてくれんかな ! 声が甲高い」
 と、隣の住人からお叱りを受けてしまった。

 これには驚いて、すぐヒソヒソ話に切り替えたのだけど、それも気に障るらしい。
 「小声で悪口を言うのは止めてくれんかな」

 別に悪口なんか言ってない。
 採血するときの注射針を刺す位置を相談していただけだ。

 体が思うように動かず、あちこちが痛い。
 熱もある。
 そういうとき、人間は異常に神経が高ぶるものだから、そういう相手がそばにいたときは、こちらも必要以上に静かにしてあげなければならないのだが、相手が疑心暗鬼になってしまうと、声をひそめるのも逆効果。
 これには看護師さんの方が、「ごめんなさい」と謝らざるを得なくなった。

 そのときは、それで収まったが、以降、こちらがちょっと椅子を引いたり、テーブルを動かしただけで、カーテン越しに「うるさいなぁ」という不機嫌な声が響いて来るようになった。

 「うるせぇのはテメェの方だろうが ! テメェの夜中の独り言やら寝言で、こっちは夜も眠れねぇぜ」
 と、よっぽど言い返してやろうと思ったけれど、他の同室の患者さんや病院のスタッフたちに迷惑をかけてはならないと思って、黙って、じっと耐えた。

 言い返さなくて良かった、と思った。

 午後、その老人の奥方が見舞いに来たのである。

 ―― いったいどんな夫婦なんだ?
 こっちは野次馬根性むき出しで、ベッドから半身を起こし、聞き耳を立てた。

 「かぁさん、悪いなぁ」 
 と老人の声。
 「何が悪いんですか? 気にすることないですよ」
 と奥方。

 2人とも同じぐらいの年だろうか。
 そうなると、75~76歳か、80歳前後?

 「こんな俺をよ、見捨てることなく、見舞いに来てくれてなぁ」
 
 …… ありゃりゃ ? まるで夫婦の人情ドラマにでも出てきそうなセリフ。
 旦那の言葉に返す奥方の返事も泣けてくるのだ。

 「何を言っているんですか。さんざん世話になったのはこっちですよ。見捨てるなんてとんでもない」
 
 「だけどよぉ、お前にはあまり楽しいことをしてやれなかったな」
 「これからですよ。これから楽しくやりましょうよ」

 「ダメだよ。俺はもうそんなに長くないよ」
 「弱気になると、本当にダメになってしまいますよ。まだ一緒になって40年しか経っていないじゃないですか」

 「いや、もう50年だよ。早いなぁ … 」
 「そうですか。50年ですかぁ … 」 
 
 そのあとの2人の声はだんだん低くなって、最後は何をしゃべっているのか分からなくなってしまったが、まるで明治か大正時代の芝居のような、ベタな人情ドラマを見せられた気分だった。

 でも、こういうのを “夫婦” というのだろうな。
 いいじゃないか。
 逆ギレしなくて、ほんとうに良かったよ。

 その夜から、寝返りを打つのにも慎重に、音が出ないように気をつかった。

 しかし、2日後に部屋を移動させられた。

 部屋を移動するとき、ベッドを押していく介護士さんが、こう言う。
 「お疲れでしたね。町田さんも気をつかわれたでしょ?」
 
 何を指しているのか見当はついたけれど、
 「え?」
 っととぼけて、
 「ナースステーションから遠ざかるとさびしくなるな」
 とだけ答えた。

▼ ここの病院はほんとうにケアシステムが充実している。一人で入院している老齢の患者の話し相手になってくれるスタッフさえそろっている
 
  

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10月はまた入院

 
 めっきり秋めいてきた。
 わが “町田城” の天守閣から眺める風景も、秋の気配を強めつつある。
 
 気のせいか、城下を歩く町民たちの姿も、冬支度を始める前のあわただしさを増してきたようだ。

 この木々が少しずつ葉を落とし始める時期が迫ってくると、城内は忙しくなる。
 庭の落ち葉の掃除が大変なのだ。

 なにしろ、城内には庭番の老人と、奥女中と、番犬しかいない。
 その3人が、城主と、奥方と、ペットも兼ねているというのだから、人手不足もはなはだしい。

 そんなとき、城主の私がしばらく城を留守にすることになった。
 肺血栓症の “再手術” する日が来たからだ。

 現在、受けている手術は「カテーテル治療」と呼ばれるもので、血栓を取り除く作業そのものは胸を切り開いて行う手術よりも軽度なものの、そのかわり何度かに分けて行わなければならない。
 その2回目の治療があるので、今日はこれから病院に向かうことにしている。

 今年になって、入院はこれで3回目。
 最初の入院は1月末から3月まで、ほぼ2ヶ月にわたった。
 今回は2週間ぐらいですみそうだ。
 
 なにしろ、この病院のありがたいところは、女医さんや女性看護師さんなどに、いやまぁ ! 美人が多いこと。
 女医さんはみな女優級。看護師さんたちはみなアイドル級で、思わず、イヒヒヒヒ と笑みがこぼれてしまうのである。 

 あと、ありがたいのは、私が患っているのは、国が定めた “難病指定” に認定された病気なので、今回から治療費が無料になったこと。
 これまで月20万円を超える薬代も自己負担していたけれど、今後はそれが免除されるだけでなく、認定の申請書を提出した日以降の薬代も払い戻しを受けることができるようになった。
 
 この入院に備えて、病院で読む本なども用意していたので、ゆっくり静養してきます。
  
  

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インターネットにつながらない

 突然、パソコンのインターネットに接続できなくなって、だいぶ苦労した。

 いつものように、インターネットエクスプローラーにアクセスすると、白っぽい画面の中に、「このページは表示できません」という表示が出てきたのだ。

 「表示できません」といいながら表示してくるというのも変な話だが、ま、「インターネットは立ち上がりませんよ」と言いたいらしい。

 「接続の問題を修正」
 というボタンがあったので、それをクリックしてみた。
 
 「問題を検出しています」
 という案内が出て来て、しばらく機械のなかで何かが勝手に動いているようだった。

 私は、まったく理科系の思考ができないので、工学的に苦手なものは、みな「複雑怪奇」という意味で “機械” という言葉に集約していまうクセがあって、パソコンも “機械” の一種というイメージを持っているのだが、機械というのは、止まったときにペンペンと叩いたりすると動くことがあるけれど、パソコンだけは叩いても動くことがないので、これは機械の仲間ではないのかもしれない、と思った。

 で、機械に成りそこないの我が “馬鹿パソコン” が自己診断するには、
 「ブロードバンドモデムで接続の問題が発生しています」
 という。

 「モデム」って何だよ?

 「モデル」でも「マダム」でも「ムカデ」でもないことは明らかなのだが、それらしいイメージを浮かべようと思っても想像力が貧困なゆえに、結局どんな像も結ばない。

 しかたなく、プロバイダーに電話を入れた。
 向こうも慣れたもんで、
 「まず、入力用の小窓に××××と打ち込んでください。次にパスワードとして××××と打ち込んでください」
 と矢継ぎ早に指示を出してくる。

 何をやらされているのか、まったく意味も分からないまま、言われたとおりの作業を行う。
 
 で、いくつかのテストをしてみた結果、
 「ルーターが様子がおかしいようですね」
 という診断を得る。

 「ルーター」って何だよ?
 「モーター」でも「チーター」でも「ピーター」でもないことは分かるんだけど、いったい何のことかさっぱり … 。

 で、その壊れかかった「ルーター」をどうすればいいのかという問題は、また別のセクションに相談しなければならないことになった。

 次にかけた電話に出てきた女性オペレーターに、
 「ルーターの調子がおかしいと言われた者なんですけど … 」
 と自己紹介すると、
 「では、お客様番号をお知らせてください」
 と聞き返される。

 面倒くさいので、
 「別に怪しい者ではありませんが」
 と抗議してみたが、
 「それが分からないと対応ができませんので … 」
 と、彼女、日暮れの山道で途方に暮れた女の子のような声を出す。

 その悲しそうな声に、つい情にほだされて、個人情報を明らかにしてしまった。
 ついでに、尋ねられない前に、名前、住所、電話番号、好みの女性のタイプも教えてやった。

 ややあって ……
 「お客様の場合は電話料金が未納になっていますね」
 と衝撃的な事実を突きつけられる。

 「電話料金が未納だと、インターネットもつながらないんですか?」
 青天の霹靂で、思わず絶句。
 「はい、そうなんです ‼ 」
 電話口の女性は、ピクニックの行き先を問われて答える小学生のように、明るい声でそう言った。

 考えてみれば、確かにそうだよなぁ … プロバイダーがNTTの子会社。
 NTTって、立派な電話会社じゃないか。
 
 良い社会勉強をした1日だった。
 人生、いくつになっても勉強しなければならないことはたくさんある。
 
 

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『高校三年生』

 
 我々のようなジジババ世代だけが意識していることかもしれないけれど、最近やたら “昭和歌謡” の番組が多い。

 特にBSテレビ。
 8時台とか9時台。
 いわゆるゴールデンタイムと呼ばれる時間帯になると、多いときは3局ぐらい一斉に、昭和の歌番組みたいな企画を同時進行的に流している。

 で、こういう昭和の歌番組の時間帯というのは、ちょうど我が家の晩飯の時間帯に重なるから、ついついメシを食いながら観てしまう。
 そうすると、
 「この歌が流行っていた頃って、オレまだ高校生だったよなぁ」
 とかいう感慨にふけったりして、つい飯粒を拾う箸が止まったりする。

 この前、そういう番組の一つに舟木一夫(71歳)が出て来て、彼の代表作『高校三年生』(1963年)がヒットした時代の思い出を語っていた。

 彼の歌には、『修学旅行』、『学園広場』、『仲間たち』など、高校生活を歌った “学園もの” と呼ばれる一連の青春歌謡がある。

 そういう歌が大好きな友人が、昔いた。
 私は、小学生の頃から歌謡曲より洋楽に馴染んだガキだったから、舟木一夫よりも、ニール・セダカ、コニー・フランシス・ポール・アンカの方に興味があった。
 中学に入ると、もうビートルズの洗礼を受けていたので、そのままストーンズ、ジミヘン、ドアーズ、クリームの方にスライドしていった。

 だが、舟木一夫の青春歌謡 が好きな友人は、「ビートルズなどは音楽ではない」という。
 「心に迫るものがない」
 というのだ。

 と言い切ったところで、彼はいつも得意な歌をうたい出す。
 「♪ ああ~あぁ … 高校三年生。ぼくら離れ離れになろうとも、クラス仲間はいつまでもぉ」

 この舟木一夫の歌には “魂” があるという。
 「卒業式を迎えて、それぞれの道に進んで行く仲間同士の離別の悲しさと新しい旅立ちへの励ましを歌った舟木一夫の方が、ビートルズなんかよりも日本人の胸を打つ」
 というのが彼の持論であった。

 もっとも、彼はそういう言葉をそのまま使って自説を述べたわけではない。

 「ビートルズなんかいくらもいけねぇわな。それに比べてよぉ、『高校三年生』は心があるわ」
 というぐらいの表現でしかない。

 私は長い間、彼の音楽観を心に深く受け止めたことがなかった。
 だが、ある日、突然一つのことに気がついた。
 彼は、高校生活というものを、まったく経験したことがなかったのだ。 

 彼と私が、同じ学校生活を共有したのは小学校の6年間であった。
 卒業後、私は親の意向で都心の進学校に入学し、彼は地元の中学に入った。
 
 しかし、「ろくに授業に出たことがなかった」と彼は中学時代の思い出を語る。
 その学校で、“番を張っていた” という。

 つまり、他校の不良中学生から自校の生徒を守るため、昼は校門の近くに張り込み、放課後は繁華街にたむろして、いじめられそうな自校の生徒を守るため、他校の不良とケンカをしていたというのだ。

 だから、彼は中学生の頃から、歌でうたわれるような健全な学園生活など経験したこともなかった。
 
 武勇伝がある。
 他校の番長から呼び出されて、「タイマン」だという言葉を信じ、1人で決闘場に出向いたところ、10数人に囲まれてケンカになったという。
 そのとき、相手方全員に体を拘束され、口の中に丸太を突っ込まれたらしい。
 そのせいで、歯が全部欠けた。

 「オレ全部差し歯なのよ」
 飲み屋で昔話になると、彼はそう語りながら歯をむき出し、ニッと笑う。

 「でも、オレは一歩も引かなかったぜ。その後向こうの番長を町のなかで見つけ出してよ。しこたま仕返ししてやったわ」
 というのが自慢話。

 中学を卒業した彼は、やがて地元の旋盤工場に勤めて、機械工作の技術を身に付ける。
 ガタイもよいし、根性もあり、手のひらも大きく、器用な男だったから旋盤の扱いがうまく、優秀な工員として経営者にも気に入られたらしい。

 私が彼と再会したのは、そんなふうに、彼の仕事も充実していた頃だった。
 私はまだ親のすねをかじった大学生。
 私から見ても、社会人の彼は大きく見えた。

 そんな男が、酔うと、『高校三年生』をよく歌った。
 カラオケのない時代。
 居酒屋で飲んだ深夜の帰り道。
 あるいは、人気の絶えた夜の公園の野外ステージ。

 「♪ あかぁ~い、夕陽が、校舎を染めぇてぇ」

 彼がそう歌うとき、そこにはどんな気持ちが込められていたのか。
 高校生活どころか、中学の学園生活もろくに知らない男。
 クラスメイトとのなごやかな交流に背を向け、他校の不良たちと殺伐としたケンカに明け暮れた男が、『高校三年生』という歌に何を求めていたのか、私はいまだによく分からない。

 彼は、舟木一夫の『学園広場』や『修学旅行』もよく歌った。
 「学園生活」というものを、まるで歌を頼りに想像するかのように、思い入れたっぷりに歌うのだ。

 それらの歌が、求めて叶えられなかった自分の青春を取り戻す歌だとしたら、もう一つの流れとして、自分の今の心情を吐露する系列の歌もあった。

 「♪ 夜がまた来る。思い出を連れて。オレを泣かせに足音もなく」
 (小林旭 『さすらい』)

 「♪ 窓は夜露に濡れて。都、すでに遠のく。北へ帰る旅人ひとり、涙流れてやまず」
 (小林旭 『北帰行』)

 これらのいくぶんセンチな歌が、彼の本当の “心の歌” であったのかもしれない。

 “さびしい自分” に酔う。
 といえば酷な言い方になるかもしれないが、彼には、若干自分自身を演歌のヒーローに仕立てるような傾向があった。

 しかし、やはり実際に孤独な男だった。
 幼くして父親を失い、兄はヤクザになって家を飛び出し、母親は飲んだくれで働くこともせず、彼がなけなしの給料で買ったスーツを勝手に質屋に売り飛ばして飲み代に替えていたという。
  
 私が付き合っていた頃、彼に恋人やガールフレンドの影は見えなかった。
 だが、想い人がいることだけは、なんとなく気配で伝わってきた。
 もちろん、その相手との関係が現在進行形なのか、それとも過去の淡い思い出なのか、それは分からない。

 ただ、女に対して何も語らないことが、かえって彼の本気度を表しているような気もした。 
 彼が『北帰行』や『さすらい』を歌っているときというのは、たぶん相手の面影をいちばん強くたぐり寄せているときだったのだろう。 
 歌い終わると、話しかけても振り向きもせず、公園の湖面に映る月影をいつまでも眺めていることもあった。

 やがて、彼は仕事を辞め、私が通っている大学のキャンパスに昼間から顔を出すようになった。
 私のマージャン仲間とマージャンを打つためである。
 学生相手では、たいした稼ぎにもならなかっただろうが、それでも日々の飲み代ぐらいはマージャンで稼ぐようになった。
 
 しかし彼は、それを自分のふところに全部入れるわけではない。
 ゲームが終わった後、付き合った学生たちを引き連れて、盛り場に繰り出すのである。
 そして、自分がマージャンで稼いだ金で、学生たちに奢る。
 なんということはない。
 我々は自分たちの飲み代を、事前にその男に預けていたようなものだった。

 彼は大勝したときは、女性のいる高い店にも我々を誘った。
 ボトルを入れ、店のホステスたちにも酒をふるまい、豪勢なツマミをたくさんテーブルに並べて、彼は悦に入っていた。
 学歴のない自分が学生たちに奢ってやるという立場を得ることが、彼の自尊心をいたく刺激したことは確かだったろう。

 地味な旋盤工を辞めた後、彼はしばらくそうやって遊び暮らし、やがて半場を流れ歩く工事現場の建設員になった。
 バブル前。
 建設系の仕事はいくらでもあっただろう。
 彼の金遣いはさらに派手になった。

 この頃、彼の歌う歌が少し変わった。
 学園歌謡や演歌だけではなく、洋楽が加わったのだ。
 サイモンとガーファンクル。
 あるいは、ボブ・ディラン。

 「歌ややっぱり歌詞だ」
 と彼はいう。
 ROCKの歌詞には “心” がないが、サイモンとガーファンクルやボブ・ディランの歌には “魂” があるといい始める。
 
 この頃から、彼は読書家にもなっていた。
 「三島由紀夫や大江健三郎はつまらないな。せいぜい読めるのは五木寛之だ。あんたら学生は五木寛之をバカにしているけれど、五木は演歌という世界をよく分かっている。それって、人情が分かるってことよ」
 一緒に飲みだすと、よくそんなことを語っていた。

 さらにいう。
 「あんたらが教祖だといって崇めているヨシモト・リュウメイだっけ? あれはバカだな。難しいことを言うことが偉いことだと勘違いしているぜ。それよりも、本当にすごい作家は色川武大(阿佐田哲也)だ。マージャン小説だって、人の心を凍らせるようなことを書くぜ、あいつ」

 どういう角度で文学に接しているのかよく分からないが、彼には独特の文学観というものがあった。

 時に、とんでもない難解な文学者の著作を口にする。
 埴谷雄高の名が出たり、ドストエフスキーの名が挙がったり。
 どれほど理解していたのか。あるいは本当に読んだのか。
 そういうことまで私などにはよく分からなかったが、少なくとも、さまざまな文学者の吐いた言葉、演歌の歌詞、広告系のキャッチなど、面白い言葉を拾うセンスには長けた男だった。

 彼はその卓越した言語感覚を生かしながら、人を恫喝するような表情でジョークを言い、人を小ばかにしたような表情でマジな心境を語る男になっていった。

 勉強をしないまま中学で番を張り、旋盤工から建設業を渡り歩き、マージャンで稼いだ金で学生たちに酒を奢る。
 短い生涯だったが、彼は、それなりに充実した人生を楽しんだのかもしれない。

 晩年は生活費に苦しみ、ほぼホームレスに近い生活を続けていたが、昭和が終わる頃に亡くなった。
 酔って、歩道からいきなり車道に飛び出したという。
 自殺か事故か。
 それはいまだに分からない。

 私の昭和歌謡には、そういう思い出がある。
 そして、彼のマージャンを打っていた時代の姿は、多少のアレンジを加えられながらも、桐野夏生氏の小説『抱く女』に描き込まれている。
   
  

  
  
参考記事 『抱く女』
 
参考記事 「伝説の麻雀師」
  
参考記事 「風に吹かれて」
 
 

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キャンピングカーも自動運転の時代が来るか?

   

 
 大変な時代になったものである。
 東京オリンピックが開催される2020年になると、ついに自動運転の自動車が市街地を走り始めるという。

 すでに、高速道路を自動で走行する車は、メルセデス・ベンツによって発売されている。
 高速道路の走行は市街地に比べ、運転に必要な情報量が少なくてすむ。そういう環境においては、自動化も簡単であるらしい。

 しかし、市街地になると、そうはいかない。
 至るところに信号がある。
 横断歩道を渡る歩行者のスピードもみな異なる。
 隣の車線を走る車との距離も、常に一定ではない。
 道路の左側には、ところどころに違法駐車車両。
 右折レーンを間違えた車が、元の車線に急に入り込んでくることもある。

 人間が運転する場合は、こういう細かい情報を目が捉え、脳に信号を送って判断を仰ぎ、手足が脳の指令を実行する。
 我々は慣れてしまえば、それを無意識にうちに行えるようになるのだが、考えてみれば、これは大変な作業を行っていることになる。

 こういう想像を絶する運転操作を機械が行ってしまう自動運転車の時代が、もうそこまで来ている。 
 先月テレビの『NHKスペシャル』で放映された「自動運転革命」によると、20年後には年間3,000万台を超える自動運転車が生産ラインに乗るようになり、4台に1台が自動運転車になるという。

▼ 自動運転車では手放し運転も可能

 なぜ、自動運転化がそんなに急ピッチで進められているのか。
 自動運転車になると、人間の判断ミスによる事故が激減し、交通も飛躍的に円滑化され、移動・物流においてスムースな交通社会が実現するからだという。
 
 手っ取り早い目標としては、高齢者や障害者の移動手段の確保。
 先進国ではのきなみ高齢社会が到来し、高齢ドライバーによる認知の遅れから来る事故も多発することが予測される。
 そういう場合、車の自動運転化が進めば、お年寄りが安心して医療機関や介護施設へ通うことも可能になる。

 いつの日にか、この自動運転車をベースにしたキャンピングカーが生まれるとしたら、それはどんなメリットを生むことになるのだろう。
 
 メルセデス・ベンツは、すでに市街地での自動運転を可能にするコンセプトカー(写真下)を発表している。

 それによると、自動運転モードに切り替わると同時にハンドルが格納され、運転席・助手席を反転させれば、車内がリビングのように変わるという。


 NHKの番組では、いかにもその車内レイアウトの変化が画期的であるかのように謳っていたが、運転席・助手席が反転する車など、キャンピングカーでは珍しくもない。
 つまり、自動運転車がベースとなったキャンピングカーが開発された場合、走行中に車内で食事をしたり、家族の団らんを楽しんだりすることが可能なのだ。
 


 
 もっとも、ドライバーが完全に運転から解放される “全自動運転” が実現するまでには、まだ少し時間がかかるという。
 先ほども言ったように、とてつもない情報量を必要とする市街地走行では、機械の精度は、まだまだ人間の判断力にまで至っていない。 

 自動運転の場合、人間の “目” に当たるのがカメラとセンサーである。
 それが周囲を認識し、その情報を人の “頭脳” に当たるソフトウエア(コンピューター)が分析する。
 その分析結果がハンドルやアクセル、ブレーキに伝わり、ようやく人の手や足と同じ操作が完了するのだが、問題は二つ。
 
 一つは、人間の “目” に当たるカメラとセンサーの精度をいかに上げていくか。
 もう一つは、カメラとセンサーが把握した情報を解析する “頭脳” 部分であるソフトウエアのデータ量を、どう確保するか。

 そういった作業の進行具合は、主に4段階に分けられるという。
 ハンドル、アクセル、ブレーキなどのいずれかを自動で操作できるのがレベル
1。すでに普及している自動ブレーキはこれに当たる。

 次に、複数の操作を自動で行うのがレベル2。
 ハンドルとアクセルを操作し、車線変更するケースがこれに当たる。

 そして、すべての操作を車が自動で行うのがレベル3。
 このレベル3まではドライバーの乗車が必要だとされる。

 さらに、そのドライバーすら不要になるのがレベル4。
 ここまで来て、はじめて “完全な自動運転” といえるようになり、いま世界中の自動車メーカーが開発を競っているのは、レベル2から3の間であるらしい。

 このような自動運転車の開発においては、従来の自動車メーカーではドイツ勢が一歩リードしているとか。
 ドイツの場合は、国が自動運転を産業開発の柱に置き、開発をバックアップしているからだ。
 そのおかげで、先ほどのベンツなどではレベル2の複数の操作を自動で行う車を市販したばかりか、前述したようにレベル4のコンセプトカー(写真下)さえ発表。
 アウディーなども時速200kmを超えるスピードで自動走行する車を実現している。


 
 NHKのテレビでは、国産メーカーとしては日産の例が紹介されていた。
 日産車も、2年前から20kmの一般道を走り切る自動運転のテスト走行を重ねており、4年後の発表に備えているという。
 同社は、特にカメラにおける画像認識に力を入れており、そのために、世界でトップレベルの技術を誇るイスラエルの「モービルアイ」社と提携した。

▼ 日産が開発している自動運転車

 イスラエルは、知る人ぞ知る軍事産業大国。
 現在は、無人爆撃機などの開発が注目されており、標的を認識するカメラ技術においては世界トップクラスといわれている。
 日産はそのイスラエルのカメラ技術を導入し、自動運転車の開発では、世界の自動車メーカーのトップに名乗りを上げる構えだ。

 しかし、ここに来て、自動運転技術の先端を行くのは、ひょっとして自動車メーカーとはまったく違う会社ではないのか、という見方も出てきている。
 それは、IT の巨人である「グーグル」である。
 グーグルは、得意とするビッグデータの解析や人工知能を武器に、自動車メーカーとはまったく違う角度から自動運転車にアプローチしてきている。

 なにしろ、データ収集力が自動車メーカーの比ではないのだ。
 グーグルの開発状況がどこまで進んでいるのか、にわかには明らかになっていないものの、少なくともデータ取りのために使っているテスト車両は50台以上。その走行距離はのべ300万km。なんと地球70周分を超えるテスト走行を重ねていることだけは分かっているという。

▼ 自動運転のデータ取りを行うグーグルのテスト車

 グーグルは、このような市街地・高速道路などあらゆる走行データを収集・解析し、いま完璧な自動運転システムを作りつつあるという。
 その完成を待って、グーグルは新しい自動運転車を世に問うてくるのだろうか?

 在米自動車評論家は、グーグルは車を作る気はないと推測している。
 それよりも、グーグルは「自動運転のプロバイダー(サービス供給者)を目指している」とか。
 つまり、自社で開発した自動運転のソフトウエアを全世界の自動車メーカーに販売するのだそうだ。


 
 「そうなると、自動運転の開発に遅れをとったメーカーは、積極的にグーグルのシステムを買うことになるだろう」
 と専門家(写真上)はいう。

 自動車の自動運転化は、われわれが思っている以上に早く進んでいくかもしれない。
 たぶん、乗用車に普及してしまえば、トランスポーターにまで及んでいくのは時間の問題だろう。
 そうなると、それをベースにした “自動運転キャンピングカー” も出現するはず。
 そういう時代になると、キャンピングカーは文字通り “動くリビング” になっていくだろう。
 
 

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犬の年齢の数え方

  
 キャンピングカーを購入するきっかけの一つに「ペットと一緒に旅をしたいから」と答える人はけっこう多い。
 ペットブームを反映してか、ペット同伴で泊まれるホテルやペンションも、確かに増えた。
 しかし、その数はまだ少ないし、一緒に泊まるといっても、同じ部屋に泊まるのではなく、ペット用ケージを置いた別棟が用意されているだけというホテルもある。
 
 その点、キャンピングカーなら、飼い主がペットと常に同じ空間で寝泊りできるので、ペットも飼い主も安心できる。
 さらに、キャンピングカーの場合、乗用車と違って断熱対策を施されたボディ構造のものが多いので、飼い主が温泉などを利用するときも、車内に残したペットが熱中症にかかったりする率も低い。

▼ うちのクッキー。キャンピングカーのフロア全面に乗用車用フロアカーペットを通路幅に切って敷きつめ、土足解禁にした。犬が車内でおしっこを漏らしても、マットを水洗いすれば大丈夫

   
 犬連れキャンピングカー旅行で、ちょっと面倒なのは、やはり車内に残して車を出たときに、一人残される不安を感じて鳴きやまない犬もいることだ。
 
 うちの犬も、知らない土地に一人だけ残されるのが不安だとみえて、飼い主の姿が完全に見えなくなるまでは、フロントガラスにへばりついて、ときどき遠吠えをする。

 ま、そうやって、孤独に打ちひしがれたようなポーズをするのだが、こっそり帰って、そおっと中を覗いてみると、たいてい涼しい場所を探して、ヌクヌクと眠りこけている。
 
 留守番を納得させる方法の一つとして、車に戻ったときに、「ご褒美」をやるようにすると、そのうち、留守番を苦にしなくなるという訓練方法もあるようだ。
 少量でいいから、ドックフードを一口与える。
 好物のオヤツをひとかけら与える。
 それだけで、普通の犬は、車内に取り残されることを、苦にしなくなる。 


 
 そんなわけで、「クッキー」という犬と旅するようになって、いつの間にか10年経った。
 小型犬の10歳というと、人間の年に換算すると、かなりの老犬の部類に入る。
 では、いったいどのくらいの年齢なのか。

 犬年齢を人間の年齢と比較する場合は、小型犬と中型犬は、最初の2年で24歳になると計算し、3年目以降は1年に4歳ずつ年を取ると考えるといいのだそうだ。

 計算式にすると、次の通りだ。
 24歳+(犬の年齢-2年)×4歳

 大型犬の場合は、最初の1年で12歳まで成長し、2年目以降については7歳ずつ年を取る。

 計算式はこうだ。
 12歳+(犬の年齢-1年)×7歳

 わが家のクッキーは、ミニチュアダックス(小型犬・メス)で、今年で10歳。
 だから、24歳+(10歳-2年)×4歳 =56歳。

 いや、もうホントにババァだわ ‼ 
 でも、ババァのくせして、妙に色気があったりして、ときどきドキッとすることもある。
 あのジトッとした目で眺められると、思わず抱き上げたくなる。
 動物は話しかけてくることはないけれど、目だけで交わせる「会話」というものもある。

 「アニマル・セラピー」という言葉があるように、犬のいる生活って、やはり癒しになる。
 
 

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「運命に似た、恋」の斎藤工

    
 昔から、テレビの恋愛ドラマというものをあまり観たことがなかった。
 80~90年代に流行ったトレンディードラマの時代も、いっさい興味がなかったから、カラオケ屋に行ってCHAGE&ASKAの「Say Yes」とか「ラブ・ストーリーは突然に」などを歌っていても、それがドラマの主題歌であることなどまったく知らなかった。

 それほど恋愛ドラマに疎い(うとい)自分が、唯一毎回欠かさず観たドラマは、韓国製の『冬のソナタ』だった。
 これだけは毎週楽しみにしていたが、しかし、その後 “韓流” に染まることもなかった。

 だが、恋愛ドラマというのは、(いや恋愛ドラマに限らず、ドラマというものは)たまたま1回観てしまうと、なんとなくその後も気になって、つい見続てしまうものである。
 
 NHKで始まった『運命に、似た恋』(金曜日 夜10時~)の初回をついうっかり最後まで観てしまっために、なんとなくその続きが気になって、2回目も観た。
 きっと、最後まで観てしまうのだろう。

 配達クリーニング店に務める45歳のシングルマザーが、マスコミで騒がれているイケメン年下デザイナーと恋に陥るという話。

 高校生の息子の世話をするだけが生きがいのヒロインは、イマドキの話題などにまったく興味がない。
 だから、洗濯物を届けに行った相手が話題のカリスマデザイナーであることなど知るよしもない。

 が、“運命の神様” は、どこでいたずら心を発揮するか分からない。

 モテモテ男のデザイナー氏。
 なんの気まぐれを起こしたのか、彼は自分に言い寄ってくるセレブ美女よりも、このさえない中年女性の方に興味を持ってしまうのだ。

 このカリスマデザイナーとして登場するのが斎藤工( ↑ 35歳)。
 クリーニング屋のオバサン配達員を演じるのが原田知世( ↓ 48歳)。

 2人とも実年齢ぐらいの役を演じているのだけれど、若くて、イケメンで、女たちにモテて、才能もあり、社会的な地位も高いという男が、何が悲しゅうて10歳上のクリーニング屋のオバサンを相手にしなければならないのか ? … というありえない話なのだが、たぶん、そこが “恋愛から遠ざかって30年ぐらい” という年齢のオバサン族の心をくすぐるのであろう。

 このドラマ。まさに男役を演じるのが、斎藤工でなければ成り立たないような話でもある。

 第1話。
 軽トラに乗ってクリーニングの配達に来た原田知世に興味を感じた斎藤工が、車の前でちょっかいを出す。
 バックドアに知世を追い詰め、いきなりドアガラスに手のひらをドンと突く。

 驚く知世に対し、
 「あ、ごめん …… これ知ってます? 2~3年前に流行った壁ドン」

 こういう臭い演技を真顔でやって、なんとかサマになるのは、やはり斎藤工をおいてほかにいない。
 イケメン俳優は数多くあれど、他の男優がやると、みんなギャグにしかならない。

 だけど、斎藤工は、ギャグとキザの危うい境目を、まるでサーカスの空中ブランコ乗りのような涼しい顔でやってのける。

 実は、ずいぶん前から、私は斎藤工という男優を気に入っている。
 男の私から見て、“男の色気” というものを感じるのだ。
 別にバイセクシャルとか、トランスジェンダーとかいう好奇心ではなく、“人間としての色気” というのだろうか。
 たとえば、織田信長のような苛烈な男を主人公にした大河ドラマなんかで、彼を主役にさせてみたいと思っているのだ。

 で、この斎藤工。
 遅咲きのイケメンスターとして、数年前にようやく脚光を浴びたというのに、わずか1~2年ほどブレイクしただけで、NHKの朝ドラ『あさが来た』に出演したディーン・フジオカ(↓)に、あっという間に人気で追い抜かれてしまった感じだ。


 
 確かに、似ている。
 斎藤工とディーン・フジオカ。
 
 同類の匂いがするのだけれど、ディーン・フジオカにあって、斎藤工にないものがある。

 それは、清潔感だ。
 斎藤工よりも、後から出てきたディーン・フジオカの方がオバサンの人気を集めたのは、彼には “こざっぱりした清潔感” があったからだろう。

 確かに、甘い言葉で近づいてきても、ぜったい悪いことはしないという安心感がディーン・フジオカにはある。
 だから、彼には、道徳的な潔癖性を持った役がよく似合う。

 それに対し、斎藤工には道徳的な正しさよりも、倫理観の強さを感じる。
 たとえ、不倫妻と “男女の関係” に陥ろうが、心の奥底では強靭な倫理観をたぎらせていて、そういうただれた関係を鋭く嫌悪する感じが伝わってくる。
 それでも心を凍らせたまま不倫妻と寝てしまうというのが、彼の怖さだ。

 氷のように冷たい外貌。
 しかし、その内面にまで手を伸ばした者には、たちどころに地獄の業火で追い打ちをかける魔性の男。
 斎藤工にあって、ディーン・フジオカにないものは、その危険な香りだ。 

 まさに、彼は、獲物を射程距離に収めて密かに跳躍のときを見計らっている肉食獣の気配を持っている。

 そこが、冒険にはあこがれても冒険をしないオバサマ族にとっては、ちょっと怖いのだ。
 怖いということは、暑っ苦しいのだ。   

 だからオバサマ方は、けっきょく斎藤工よりも、よりジェントリーな雰囲気をたたえたディーン・フジオカや鈴木亮平、東出昌大、西島秀俊、大沢たかお、松坂桃李、岡田准一、向井理あたりの方がお好みである。

 でも、私は女じゃないけれど、もし私が女であったなら、斎藤工に邪ま(よこしま)な恋心を抱き、じゃけんに追い払われたいという気分がないでもない。
 
 

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