夢の中の島

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 世界遺産の登録をめぐって、ここのところ、長崎県の軍艦島(端島)がよく話題に取り上げられる。
 テレビなどに映像が出ると、見るたびに、つくづく不思議な光景だなぁ … と魅せられる。


▲ 軍艦島

 この島のたたずまいには、いったい何が潜んでいるのか。
 そこには、人間の好奇心を無性に駆り立てる秘密が隠されているような気がする。

 もちろん、私は一度も行ったことがない。
 なのに、どこかで似たような光景を見たという思いが強く残るのだ。

 どこで、だろう …
 と気になっていたが、ふと、下の絵であることが分かった。
 

▲ アーノルド・ベックリン 『死の島』

 別に軍艦島が“死の島”であるというような、不吉な照合を示そうというわけではない。
 だが、似ている。
 この両者には、何か共通した気配がある。
 一言でいうと、人間のスケール感を狂わせるような、作図上の仕掛けがある。

 まず、アーノルド・ベックリンの絵から見ていこう。
 鏡のように平らな海に浮かぶ小さな島に、小舟に載せた棺が運ばれていく。
 その先には、岩をくり抜いた古代風デザインの廃虚が島いっぱいに広がり、島の中央には、黄泉(よみ)の国から来た使者がたたずむように、糸杉が並んでいる。
 まるで島全体が、死の静寂に包まれた巨大な「墳墓」のようにも見る。

 糸杉
 乾いた岩におおわれた島
 古代世界風の廃虚

 そのような地中海世界の特徴をふんだんに採り入れながら、この絵からは、地中海世界の明るさが伝わってこない。
 むしろ、ドイツロマン派にも通じるような、暗さと、神秘性と、メランコリーが画面全体を支配している。

 異様なのは、芝居の書き割りのような、島の “人工性” だ。
 島の面積に不釣り合いなくらい、糸杉と廃虚が大きい。
 生物学的に判断しても、立派な糸杉が根を生やすほどの地味ある土地とは思えない。
 見る人間は、まずそこで現実的な判断力を削ぎ落とされてしまう。

 同じようなことが、海上から眺めた軍艦島の廃虚にもいえる。
 ベックリンの絵画同様に、建物の大きさが、島の面積に不釣り合いなくらい大きい。
 

 
 軍艦島の上にたたずむ建物は、その質感があまりにもどっしりとしているため、それを支える島の頼りなさのようなものが、逆に浮かび上がってくる。
 つまり、海上に蜃気楼の街が浮かんだような、どこかこの世ならぬ気配が漂ってくるのだ。

 ベックリンの「死の島」と「軍艦島」の光景に共通していえることは、ともに、
 「自然界のバランスが無視されている」
 ということだ。

 つまり、“極度に人工的”である … ともいえるのだが、その人工性が、「人間の管理できない超自然の世界」にもつながっているという “不思議な気配” を両者は持ち合わせている。

 「軍艦島」と「死の島」は、そのような人間の管理できない “あの世の世界” を見事に映像化したものだといえる。

 では、人間に管理できない世界とは何なのか?

 それは「過去」である。
 「過去」は常に「現在」 を規定しているが、だからといって人間は「過去」に遡って「現在」を変えることはできない。
 
 「軍艦島」と「死の島」の共通点は、決して蘇えることのない「過去」が、“廃墟”という形をとって、「現在」にぬっと顔をさらしているところにある。

▼ 古代のローマの廃墟

 「軍艦島」は、かつて炭鉱の島として栄えた「過去」そのものが「廃虚」として残存したものだが、ベックリンの『死の島』もまた、「過去」の視覚化がテーマになっている。

 『死の島』の主題が、「棺(ひつぎ)を納める島」であることに注目していいだろう。
 「死者が誰であるか?」
 と問うことは、意味がない。
 ここでは、絵全体が「すでにこの世に戻らないもの」を表現していると見るべきであろう。

▼ 建築途上の高速道路

 
 同じように、未来に向かうはずの建築途上の建物も、廃虚と同じ性質を持つ。
 私などは、野原の真ん中に、造りかけの高速道路の橋げたなどが取り残されているのを見るたびに、そこに、「廃虚」と同じ匂いを嗅ぐ。

 廃墟と、建築途上の建設物の違いは、時間軸が「過去」に向くのか、「未来」に向かうのかという違いでしかない。  
 いずれにせよ、廃虚は、「ここではないどこか」を暗示させる場所である。
 そこに多くの人は、一種の「詩」のようなものを感じるのだ。
    
 
参考記事 「ベックリン『死の島』の真実」
   
参考記事 「アントニオーニ『赤い砂漠』 」
  
   
 

カテゴリー: アート, コラム&エッセイ   パーマリンク

夢の中の島 への4件のコメント

  1. 木挽町 より:

    なんで杉なんだろうと思いました。もしかしたら杉は真っ直ぐに天に向かって育つ木なので死者の魂が天に昇ることを表現しているのかなあ。美術を専攻すれば良かったなあ。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      木挽町さんの直感は素晴らしい。

      なるほど !!
      >>「死者の魂が天に昇ることを表現」
      まさに、そんなふうに見えますね。
      ビジュアル的にも不思議な形をしている木で、姿自体に “物語” を潜ませているように思えます。
       

  2. Get  より:

    今日は。
    「死の島」で描かれている糸杉。
    一般的にはイタリアン・サイプレス。
    及び、地中海・サイプレス、トスカーナ・サイプレス、ペンシル(鉛筆)杉、
    極め付きの、!墓場杉!
    世界中の墓場、至る所で植えられている筈です。
    この木は強靭で、思い切り切りつめても再成長はじめます。
    切り株から芽を吹き10年もすれば元のように立派な幹を育てます。
    これにより死者の魂が蘇る意味を託してこの杉を墓場に植えるようです。
    この木のシンボル(花言葉)としては ”Mourning” “Grief” 「死・哀悼・絶望」
    しかし天にも昇るように真っ直ぐにのびる樹勢は一般にも好まれて至る所で目にできます。

    因みに2012年7月、イタリアはヴァレンシア地方で5日間燃え続け、
    22,000ヘクタールを焼き尽くした山火事でも、この糸杉は燃え残ったそうです。
    樹齢22年、946本の糸杉, そのうちの12本だけが火事で延焼。

    http://sociedad.elpais.com/sociedad/2012/08/12/actualidad/1344804535_438591.html

    ”死” に強いだけでなく火事にも強い様で、
    「死の島」で描かれている糸杉を、例えばマグノリアとか、木蓮などで描いたとしたら、
    「死の島」のテーマではなく、週末パーティー特別招待会場になっちゃう訳です。

    • 町田 より:

      >Get さん、ようこそ
      「糸杉」について、勉強させていただきました。
      いやぁ、本当にお詳しいので、びっくりです。

      「糸杉が死の象徴」という言葉は、自分は、昔E・A・ポーの小説の注釈として読んだだけで、その深い意味を知りませんでした。

      ただ、この樹木はヨーロッパ絵画にはよく登場しますね。
      ゴッホもよく描いていたかな。

      映画『グラディエーター』でも、イタリアの風景を彩る樹木として要所要所に出ていたように思います。
      そのせいか、これの木を見ると、古代イタリアを感じます。

      とにかく、糸杉はたたずまいがユニークですね。
      木自体が炎となって空に舞い上がっていくような。
      神秘的で。象徴的で。
      なんともいえない形です。

      Get さんは、どんなジャンルにおいても豊富な知識を持ちあわせていらっしゃる。
      また、いろいろお教えください。
       

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