バーボン・ストリート・バンド

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 一時、関西を中心とした日本のブルースバンドが日本のロックシーンを席巻した時代があった。
 1970年代の中頃である。

 シカゴあたりのアーバンブルースの雰囲気を濃厚にとどめていた「ウエスト・ロード・ブルースバンド」。
 アコースティックな日本のオリジナルブルースを創出した「憂歌団」。
 ブルースというより、ジェームズ・ブラウン的なファンクのノリを持っていた「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」。
 ブルースのエッセンスを基本に据えながらも、ロックの前衛性を打ち出してた「村八分」。

 こういうブルース(もしくはR&B)を基調とした関西系ロックバンドが日本のロックシーンを牽引していた70年代中頃というのは、たとえていえば、恐竜が地球上をのし歩いていたような時代であった。関東のサザンオールスターズもユーミンも、そういう恐竜たちがにらみを利かす昼間は草むらの陰で身を潜めていた哺乳類みたいなものだった。

 その恐竜たちが死に絶えて、哺乳類の天下が訪れるわけだが、私個人としては、大地を地響きを立てて闊歩していた恐竜たちのサウンドの方にノスタルジックな共感をおぼえる。

▼ 村八分 「ぶっつぶせ」 はなからちょうちんの原曲 タイトル未定
 

▼ West Road Blues Band 「Tramp」

 
 
 で、今回ここで取りあげてみたいのは、バーボン・ストリート・バンド(写真下)。
 やはり、70年代末期に関西を拠点として活躍していたブルースバンドらしいのだが、実はYOU TUBEで偶然拾うまでは、まったく知らないバンドだった。(恥ずかしいことに … )。

 もっとも、YOU TUBEにアップされていた動画は1979年の「8.8.ROCKDAY」に出演したときのもので、日本コロンビアから出ているアルバムも同年のものだから、関西系ブルースロックのブームが終わろうとした時期に登場したブルースバンドということになる。
 ま、遅れてきた恐竜というわけ。

 だけど、なかなかいいんだな、これが。
 このときの日本の音楽シーンというのは、ユーミン、オフコース、松田聖子、田原俊彦、近藤真彦といったJポップ系/アイドル系がこの世を謳歌し始めた時代であり、ブルース系ロックって何それ? 暑苦しいし、暗いわぁ !! という風潮が生まれていた。

 バーボン・ストリート・バンドというのは、そんな遅れてきたバンドの時代錯誤的な重厚長大感が横溢していて、それが実に “絵” になっている。この世に居場所のなくなった「恐竜」の寂寥感と孤高の美しさがあって、感動的ですらある。
 
 で、下が「8.8 ROCKDAY ’79」でアップされた動画。
 曲名は「極道パワー」

※ もう少しクリアで音量の大きいバージョンを聞きたい人は、こちらもどうぞ。
https://youtu.be/yzQ3ZZcvNhE

 歌詞はよく聞き取れないところもあるけれど、こんな感じだ。

  ♪ 若い野郎をけ散らす、あいつは町の嫌われ者さ
   若い女を冷やかす、あいつは町の鼻つまみ
   誰もとがめられない、怖いあいつの極道パワー

   あいつはトラックよりでっかい外車でやってくる
   胸の金バッチだ、背中の入れ墨か…(聞き取り不能)
   畳の上じゃ死ねない家業なのに

 まさにブルースコード進行で、サビの部分ではブレイクが入り、典型的なブルース形式の曲だよね。
 歌詞からは、いかにも70年代的な “負のパワー” に対する入れ込み具合が伝わってきて、洗練されたユーミンとか松田聖子の世界に対する呪詛すら感じられる。
  
 そして、さらにいえば、これは反ヤンキーでもある。 
 強面(こわもて)だけど、どこか愛嬌があってお茶目なヤンキー気質とは無縁の、もっと生々しい暴力の匂いがする。
 主人公は、町で嫌われている「極道」であり、その怖さといやらしさが徹底的に描かれているのだが、聞いていると、むしろ賛歌のようにすら聞こえてくる。 
 この “極道” の描き方は、映画でいえば、深作欣二の『仁義なき戦い』シリーズに見るような、容赦のない剥き出しのバイオレンスと呼応している。

 曲調は、重苦しいミディアムテンポのサウンドで構成されており、そこに漂う “不穏な空気” は、なんだかアニマルズの『朝日の当たる家』(1964年)を最初に聞いたときの衝撃を思い出させた。
 
 
 さらに、彼らの次( ↓ )のような曲には、高度成長やバブルへと突き進む日本の繁栄から取り残された者たちの悲哀がギュッと詰まっている。
 60年代末期から70年代初期にかけてのアングラ的暗さというのか、あの時代の寺山修司などが持っていた “やるせなさ” が匂ってくる。
 

▲ 「ワン・ステージめからずっと」

  ♪ いつものように、客はまばらで
   なじみのあばずれ、ジャンキーたち 
   どいつもおいらの歌を 聞いちゃいないさ
   ワンステージめから ずっと

   スポットライトは、三つだけ
   そのうち二つは、ぶっつぶれていて、
   冷たいブルーが おいらを染める
   ワンステージめから ずっと

   いくつのときに バージンを失う
   何人の男に 騙されたんだ
   酔いつぶれた 女が泣いてる
   ワンステージめから ずっと

 このような歌詞から、昭和の繁栄に取り残された町外れの公民館などで興行を始めたドサ周り楽団の雰囲気が漂ってくる。
 このアナクロ感覚が、このバンドのつくり出す音の中核を占めている。
 つまり、ロックやブルースが、まだ市民権を得ていない時代の匂いがするのだ。

 怪しくて、暗くて、いかがわしい。
 そんな見世物小屋的なブルースって、いま聞くと、やけっぱちな「滅びの美学」があるように思う。 

 で、私は、そういう音が、なぜか好きなんである。
  
 
日本のロックについての記事

「山口冨士夫(村八分)の精神」

「ラフィンノーズという生き方」

「ザ・ストリート・スライダース」

「ゴールデンカップスの栄光」
  
 
  

カテゴリー: 音楽   パーマリンク

バーボン・ストリート・バンド への16件のコメント

  1. 木挽町 より:

    バンドそのものは知りませんでしたがいいですねえ。俺は俺みたいな感じで。一般大衆や親の価値観に受け入れられるよう作られた価値観に自分を合わせていないところが男気でいいですね。でも、当時これを聞いていた人たちが今では一般大衆のサラリーマンだったりするとがっかりですね。たとえば午前中の会議で日本経済や我が社の進むべき道を語っていた輩が、お昼の鐘がなるとお盆を持って食堂に並んじゃったり。そういう所作を疑問にすら思わないのがサラリーマンです。いやですねえ。ローンで買ったマンションを自慢するくせに、勝手口あるの?と聞かれて無いよと平気で答えられる感覚しかないのが大衆層サラリーマン。家の生ゴミと一家の主が出入りするところが同じでいいわけがない。そういうことに気がつかなきゃいけないような気がします。サラリーマンは人間のクズだと思ってしまいそうです。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      いやぁ、単なるブルースバンドの記事が、日本のサラリーマン論につながっていくようなロジック展開、興味深く拝読。
      さすがに木挽町さんならではの視点ですね。

      >>「サラリーマンは人間のクズだと思ってしまいそう」という木挽町さんの詠嘆には、「思ってしまう」 けど 「そう思いたくない」 という複雑な陰影が彫り込まれていて、現代社会に生きる人間の哀しさのようなものまで思い至らせてくれます。

      おっしゃるように、
      >>「日本経済や我が社の進むべき道を語っていた輩が、お昼の鐘が鳴ると同時にお盆を持って、われ先にと食堂に並ぶ」

      その光景に、今の社会に生きざるを得ない人々の哀しい姿を見る思いでした。
      誰だって、他人に対して、あるいは社会に対して大言壮語を吐けるくらいの “有能な人間”として評価されたい。しかし、実生活においては、目先のかすかな利益を守るために汲々としている。
      そのことを自分で気づいているにせよ、無自覚であるにせよ、そのような矛盾を抱えながら生きていくことが幸せであるはずはありません。

      おっしゃるように、1970年代後半に、このブルースを歌っていたバンドは、そういう路線からは決別していくんだ、というアジテーションを持っていましたね。
      だが、それを聞いていた人々が、「その心情はよし」と思いながらも、唯々諾々と会社の命令を受けながら生きる一般サラリーマンになったとしても、誰もそれを責められないような気もします。

      個人が自立して生きていくというのが、すごく難しい時代になってきたように思います。仮にサラリーマンの道を捨てて起業するにせよ、そこで成功するビジネスモデルというのは、すでにがっちりと固まった既定のビジネスモデルをなぞることでしか達成できない。

      「創造性」とか「個性」などというキャッチがメディアで踊れば踊るほど、メディアも企業も、消費者の「創造性」やら「個性」などを期待していないことがますます明瞭になってきているような気がするんです。
      彼らのいう「創造性」とか「個性」というのは、あまたある商品の中から、一つの商品を選び出すための「創造性」だったり「個性」に過ぎない。

      自分がバーボン・ストリート・バンドの無軌道性にノスタルジックな美学を感じるのは、それがすでに過去のものとして遠ざかってしまったという詠嘆から来たような気もします。
       

      • 木挽町 より:

        せっかくの良い話だったのに、話が変わってしまい申し訳ありませんでした。「「創造性」とか「個性」などというキャッチがメディアで踊れば踊るほど、メディアも企業も、消費者の「創造性」やら「個性」などを期待していないことがますます明瞭になってきているような気がする」「誰だって、他人に対して、あるいは社会に対して大言壮語を吐けるくらいの “有能な人間”として評価されたい。しかし、実生活においては、目先のかすかな利益を守るために汲々としている」。鋭いです。まさにその通りだと思います。自分もサラリーマンですが、振り返ってみると、結局は自分がやりたいことを見つけられなかったから結果としてサラリーマンになってしまったんだとも思います。哀しいことですが受け入れざるを得ません。

        • 町田 より:

          >木挽町さん、ようこそ
          >>「話が変わってしまい申し訳ありません」
          とんでもないです !
          何の変哲もないブルースバンドの記事を、「現代サラリーマン論」にまで発展させ、話題を広げるとともにテーマを深化させた木挽町さんの手腕の方に、むしろ感服しております。

          バーボン・ストリート・バンドの音を聞き、そこに「自分の人生を振り返る」契機を見出すとは、またなんと恵まれた感受性をお持ちなのかと、かえって羨ましいくらいです。

          私もまた40年間サラリーマン生活を送ってきた男です。
          「自分がやりたいこと」に関しては、半分ぐらいは見つけられたのかな … と思う反面、やはり残り半分はいまだ霧の中に隠れてしまって見えないような気分でもあり、この年になっても相変わらず、達成感と徒労感の間をさまよい続けています。

          でも、それでいいのかな … 、と思わないでもありません。
          「何かやり切れなかったものが残っている。俺の人生はこんなはずじゃなかった」という焦燥感は、ある程度の終末が予見できるようになった人間の常かなと。
          もし100%の達成感を得たとしたら、それは認知症の始まりかもしれないという気もしますから。
           

  2. Get  より:

    今日は。
    御旧ブログ ”なぜJ-pop は世界に通用しないのか” にコメントを投稿しました。
    宜しく。

  3. Miyuki より:

    懐かしい!このレコード持ってます!今も。友達から借りパクしたので心苦しく、レコードを全部処分したときも、これだけは残しておいたのです。10代のころ、(たぶん88ロックかもしかしたら他の野外ライブで?)バーボンストリートバンドを見て好きになってしまいました。友達がその後レコードを買ってきて貸してくれたのです。友達は家族と揉めて家を出てそのまま音信不通に。ライブもレコードも強烈で忘れる事はできません。どの曲も大好きでしたが、「極道パワー」と「史上最悪の女」の逃げ場のない恐怖感&可笑しさが最高でした。(アホアホな歌詞なんですけどね。笑)ほんとチンケな男を描かせたら世界一かもしれない。そういう男の魅力で溢れた大阪でしかない希少な曲がいっぱいのアルバムです。ファンキーでバリバリのブルース、カリスマ性抜群のVo、ブルージーなギター、ほんとうに素晴らしいバンドでした。
    当時、大阪は彼らだけではなくアマでもすごいバンドがゴロゴロしていました。友達のライブを見に行ったら毎回違った対バンが毎回毎回カッコよく、いったいどれくらいのすごいアマバンドがいたのでしょうか。そして愛するバーボンストリートバンドは今も音楽活動をされているのでしょうか。また生で見てみたいものです。

    • 町田 より:

      >Miyuki さん、ようこそ
      いやぁ、ほんとうにコメントありがとうございます。

      バーボン・ストリートバンドと「ブルース」というものに対し、これほど同じ感想を抱いていらっしゃる方からのコメントをいただけるなんて夢のようです。

      そうなんですよね !
      ≫「ファンキーでバリバリのブルース」、「カリスマ性抜群のVo.」、「ブルージーなギター」
      そうです、そうです !

      私などはこのバンドの遅れてきたファンですから、もちろん現役時代のレコードもライブも知りません。
      だから、先輩格のファンからコメントをいただけたことを、とても光栄に思っています。

      また、いろいろ昔のことを教えてください。
       

  4. maric より:

     あれは確か、1980年東京原宿のライブハウスで松原みきの追っかけをやってるころ、時を前後して8.8ロックデイ出身のブルースバンドがやってくるというので見にいったのがBSBでした。自分も75年の8.8ロックの四国ブロック予選に出たこともありすぐにファンになりました。東京のスッキリ爽やかな音楽に辟易していたとき、関西の泥臭いブルースをまき散らす彼らの音楽に私は拍車喝采でした。しかし都会の多くの大人しいお客には受けはいまいちでした。
     直ぐレコードを買って、それこそ針が擦り切れるまで聴いたものでした。曲は有名なブルースに強く影響を受けていたが、生活臭とユーモアを忘れない歌詞には参りました。その後バンド名を「バナナキッズ」と変えてからは、泥臭さとアクが無くなり自然消滅していった感じがしました。
     BSB時代の彼らのCDが出ることを私も切望しています。

    • 町田 より:

      >maric さん、ようこそ
      昔の「バーボン・ストリート・バンド」の貴重な情報をお寄せいただき、誠にありがとうございます。私のような、YOU TUBEの古い画像をたどって、ようやく最近このバンドを気に入っている者にとっては、昔の情報はほんとうにうれしいものです。

      私もまた70年代は関西系のバンドの音が好きで、京都のウエストロードブルースバンド、大阪の上田正樹とサウストゥサウスなどの東京公演にはよく行ってました。

      70年代後期に出てきた「バーボン・ストリート・バンド」は、そのなかでも出色の出来です。もっともオーソドックスでブルージーなブルースを、日本語のオリジナルで歌っているというところに感心しました。しかも、maric さんがおっしゃるようにユーモアの精神もあるんですよね。

      彼らが「バナナキッズ」になってからの音というのは、まだ聞いておりません。
      ただ、泥臭さとアクが取り柄のバンドだったとしたら、それが失われてしまえば、確かにあまり魅力がないのかもしれませんね。
       

  5. マチロウ より:

    初めまして、町田さん。
    バーボンストリートバンドの名前に反応して突然失礼してしまいます。
    私も、メジャーデビューから解散まで、彼らをリアルタイムで追っかけていた一人でした★
    本当に曲もライブも最高に良かったですよ。今でも再結成して欲しい人達です。
    そして年に数回、ワード検索してしまいますw
    今でも誰かが上げてくれた僅かな動画で、また存在に気付いてくれる方がいて、
    こんな会話があるなんて凄い嬉しいです!やっぱり再結成希望(笑)。

    あっそしてバナナキッズですが、それはまったくの別のバンドで、元エレクトリック・バナナさんです確か。maricさんのコメントに水を差してすみません。
    バーボンストリートバンドは同じく後期はロックになってしまったけど『Bストリートバンド』。ブルースのままで行けたらきっと人気出た気がします。残念過ぎます。

    • 町田 より:

      >マチロウさん、ようこそ
      このバーボン・ストリートバンドの記事を書いて、ほんとうに良かったと思うことは、こうしてマチロウさんをはじめ、このバンドがいちばん元気だった頃のリアルタイム情報を寄せてくださる方がとても多いということです。

      なにしろ、(恥ずかしいことに) 私はごく最近までその存在を知りませんでした。
      だから、このバンドが現役で一番輝いていた時代を知りません。
      でも、当時その存在を知っていたら、一発で参っていたでしょうね。
      ここにアップしたYOU TUBEの曲など、なんど聞いてもほんとうに飽きることがありません。

      まず演奏がしっかりしていること。
      バンドとしての演奏力量がピカ一であるのに加え、歌詞の持つインパクトが強烈です。
      どういう方が作詞されているのか詳しくは知りませんが、この詞には “文学” があるように感じます。

      1970年代に、日本にこういうバンドがいたことを、いろいろな機会をとらえて、にさらに喧伝していきたいですね。
       

  6. マチロウ より:

    >町田さんへ、お返事ありがとうございます!

    いえいえ、知らなくても当たり前だと思います。今のようなネットで出逢うなんて事も無かった時代。それに当時も、彼等はほとんど関西ローカルで活動されてましたし。

    それに加えて町田さんが仰る通り、微妙に世間のブームとずれてのメジャーデビューだったように感じます。世の中はロックとかテクノポップ全盛の頃で、関西ブルース自体もこれと言って注目されなくなってた時期かもしれません。

    ところで、前回のコメントを入れた後にブログを少し拝見させていただきました。今お身体のことで色々としんどい時期だったのですね。そんな時に古い記事に能天気なコメント申し訳ありませんでした;

    それと、もし良ければ彼等の他の曲も聴かれませんか?もしコメントする際のYahooアドレスがそちらで確認可能でしたら、一度そちらにメール頂けましたらお送りします^o^。余計な申し出でしたらここはスルーして下さいませ。

    では、お身体大切に、ウォーキング頑張って下さいね。私も、衰える前にちょっと身体を鍛えておきたいと思う昨今です。

    • 町田 より:

      >マチロウさん、ようこそ
      お気遣い、ありがとうございます。
      体調の方は、まだまだ完調とはいえませんが、一時期に比べると、まったく通常の生活ができるほどには回復しております。
      だから、どうかお気になさらずに。

      今回のマチロウさんのコメントにおいても分かったことは、このバンドが、やはり世間のブームとは多少外れた時期に登場したということです。
      でも、それは彼らの計算間違いではなく、むしろ “心意気” のようなものだったということなんでしょうね。
      やっぱり、彼らの時代錯誤的なギラギラした迫力とブラックユーモア的な着眼点というのは、世の中が表層的にハッピーになっていくことへのアンチだったんでしょうね。
      そこがとても面白いと思いました。

      なお、マチロウさんの個人アドレスの方に、私のアドレスも書き添えますので、よろしければ彼らの他の曲もお教えください。
      よろしくお願い申し上げます。
       

  7. マチロウ より:

    町田さん、ありがとうございます。

    良い音楽だったのに、時代と共に注目される間もなく消えていった、
    優れたアーチストの作品ほどもったいない物は無いと思っています。
    でもバーボンSt.が、何十年も経って再び町田さんの耳に止まったのも
    また出逢いなのですよね。素敵ですね♪

    お身体の方はまずまずとの事、安心しました。
    メール、のちほど返信させて頂きますね♪
    どうぞよろしくお願いします★

    • 町田 より:

      >マチロウさん、ようこそ
      バーボンストリートバンドのオリジナル音源を載せていただいたメールありがとうございました。
      詳しくは個人メールの方に書かせていただきましたが、やはりアルバムを通じてすべての曲をスルーで聞くと、このバンドのメッセージ性とかスタンスというものがより明瞭に浮かんできますね。

      私がこのバンドに注目したのは、まず「サウンド」でした。
      『極道パワー』でしたけれど、めちゃめちゃにカッコよかった。
      次に注目したのはその歌詞なんですけれど、これもすごいと思いました。

      今回全曲聞いてみて、その歌詞のリアルさとか、掘り下げの深さにも脱帽しました。一時期日本のフォークソングを歌う人たちに、こういうような詞を書く人たちがいたけれど、バーボンストリートバンドはそれをブルースの波動に乗せてやってしまったんですね。
      面白いと思いました。
      どうもありがとうございました。
       

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