音楽と映像のミスマッチが生む詩情

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 頭の中で、その日一日中、鳴り響く音楽というのがある。
 忘れていた懐かしい時代を思い出すメロディ。
 覚えたての流行歌。
 テレビで聞いたCMソングのメロディ。

 しばらく、そんなものが知らず知らずのうちに頭の中で鳴っていて、ふと無意識のうちに口ずさんでいたりする。
 人間には、そんなことがよくある。

 今、私の頭の中で鳴っているのは、ディーン・マーティンが1965年にヒットさせた『誰かが誰かを愛している(Everybody Loves Somebody)』という曲である。
 50年前、全米トップフォーティーをラジオで追いかけていた自分は、当然この曲をリアルタイムで聞いている。

 だが、この曲を “懐メロ” として思い出したから、頭の中で鳴っているというわけではない。2014年に制作された中島哲也監督の『渇き。』のエンドロールで、この曲が使われていたからだ。
 公開後にBSで放映されたものをハードディスクに録画しておいて、この秋にそれを観た。
 実は、それを観て以来、ふと気づくと、ずっとディーン・マーティンの声が頭の中でリフレインしているのだ。

 ディーン・マーティンの声は、のどかで、ハッピーで、温かく、優しい。
 しかし、映画そのものは、およそこの曲がかもし出す雰囲気とは正反対だ。
 「天使」のような無邪気さをさらけ出す美少女の心の奥に潜む「魔性」。
 男たちが、みなそれに引っかかって滅亡していく。

 美少女の役を小松菜奈が演じ、その娘の正体を追いかける元刑事の親父役を役所広司が引き受ける。
 この役所広司が演じる親父というのが、頭のネジが飛んでしまった暴力オヤジで、善と悪のみさかいがつかない。

 全編、血の吹き出すバイオレンスに彩られたこの作品には、賛否両論がつきまとう。
 私も、2度観る気はしない。
 あまりにも目をそむけたくなるような暴力シーンが多いからだ。

 だが、妙に心に残る作品で、底知れぬ “悪夢の螺旋(らせん)階段” をぐるぐる下降していくような酩酊感がある。
 それが、禁断の酒に溺れるような不思議な快感を呼び覚ます。
 たぶん、その快感とは、小松菜奈がかもしだす “邪悪な妖精” の美しさから来るものだろう。

 傷口に塩を塗り込むような残虐な展開。
 救いのまったくないラスト。

 そして、いちばん最後に、クレジットタイトルを背景に、このディーン・マーティンの『誰かが誰かを愛している』が流れる。
 このエンディングは、映画が始まる冒頭のシーンに回帰していると考えてよい。

 映画が始まると、クリスマスを迎えた夜の街のシーンが現われる。
 夜空を明るく染めるクリスマスイルミネーション。
 その下では、恋人同士が、待ち合わせの場所で出会って笑顔を浮かべ、サンタの衣装を着けた女の子たちが、道行く人々に「ケーキはいかがですか?」と愛想良い声をかけていく。

 日本人のすべてが楽しく、うきうきしたクリスマスを迎えた夜。
 そのほのぼのとしてハッピーなシーンから、この残酷で救いのない話が始まることを考えると、そこに制作者たちの邪悪な仕掛けも浮かび上がってくる。
 
 その集大成が、クレジットタイトルを背景に流れてくる『誰かが誰かを愛している』。
 ここで、映画は冒頭のクリスマスシーンと再びつながり、エンドレスの悪夢を再生することになる。

 エンディングに、この歌を持ってきたというのは、秀逸な選曲だと思う。   
 単なるミスマッチを狙ったもの以上の効果がある。
 非常に謎の多い難解な映画なのだが、観客はいろいろな解釈をこの曲から拾うことができる。

 「観客の皆様、残酷なシーンの連続でお疲れさまでしょう。最後にハッピーな曲でお口直しを」
 という制作側のサービスのような気もするし、
 「悪魔のような美少女も、残虐な殺人も、すべて夢なのさ」
 というメッセージとも取れる。
 つまり、“すべてこの世は事もなし” という日常性の図太さを訴えているとも解釈できるわけだ。

 しかし、一方では、
 「明るく楽しい日常生活のなかにこそ、人間の残酷さは潜んでいるんだよ」
 という警告であるようにも思える。
 その場合は、日常性の危うさを描いているとも取れる。

 制作者たちの意図はどこにあったのか。
 おそらく、観客の意識を混乱させたいという、まさに “邪悪” な冗談であったのかもしれない。
 だが、映画を観終わった後に聞くディーン・マーティンの歌声は、先入観がないときに聞いた、あの温かく、のどかで、優しい響きをもう伝えない。
 
 温かさの底に、人を食ったようなイタズラ心が顔を覗かせ、のどかさの奥に意地悪な笑いが漂い、優しさの裏には冷たさが潜んでいるような気分になる。
 まことに音楽は、映像によって180度変わってしまう。
 
 
 
 概して、映画において、“のどかな曲” が使われるときは、要注意だ。
 それは時として、さびしいメロディーに包まれた曲以上に、人間の哀しさの根源に触れることがある。

 1959年に公開されたネビル・シュート監督の『渚にて』という映画では、オーストラリアの国民的歌謡である「ワルチング・マチルダ」が使われた。
 男女が声を合わせた合唱ともなると、まるで陽光の降り注ぐ芝生でピクニックでもしているかのような楽しさが一気に広がっていく。
 また、弦楽器などが入ったバージョンともなると、クラシック音楽のように美しい。

 だが、映画はけっしてハッピーなものではない。
 第三次世界大戦が勃発し、北半球全域を放射能による “死の灰” が覆い、それを唯一免れたアメリカの原子力潜水艦が、まだ放射能汚染が広まっていない南半球のオーストラリアに逃げてくるという話なのだ。

 しかし、やがてそのオーストラリアにも放射能汚染が及ぶのは時間の問題となり、アメリカ原子力潜水艦の艦長(グレゴリー・ペック)や、彼と仲良くなったオーストラリア海軍の士官(アンソニー・パーキンス)の家族たちも、静かに死が訪れるのを待つという展開になっていく。

 生を謳歌する時間が限られた中で、オーストラリアの人々は、最後の平和をいつくしむように、明るい声で「ワルチング・マチルダ」を歌う。
 楽しい陽気な歌が、一気に、人間の生の無常をあらわす物悲しい歌に変わっていく。

 この映画には「反戦」というイデオロギーが微塵も出てこない。
 なのに、戦争の怖さ、平和の尊さというものが、観客の心に静かな碇(いかり)を下ろしてくる。
 たぶん、第二次世界大戦が終わって、まだ14年しか経っていない1959年という年には、戦争の悲劇を自分の身体で体験した人がたくさん生き残っていたのだろう。その人たちの「平和への願い」というものが、この映画にリアルな質感を与えている。
 そういう思いを抱かせるこの曲には、当時泣かされたものだ。

 
 リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』(1982年公開)のなかにも、明らかにミスマッチを狙ったと思われる “のどかな曲” が使われている。
 ヴァンゲリスのスコアによる「ワンモア・キス・ディア」だ。
  

 1920年代を描いた映画の酒場シーンにでも出てきそうな曲調で、なんともノスタルジックな香りがある。
 これが、あの暗くて殺伐としたディストピアの未来世紀を描いた『ブレードランナー』に使われること自体、単なるミスマッチを超えて、ミステリアスですらある。


 
 この曲は、確か主人公のデッカードが酒場に行ったときに、店のBGMとして流れていたと記憶しているが、この音楽は、およそ『ブレードランナー』という映画のどのシーンにも合わない。
 映画のなかでは、どこにも “居場所” のない音楽なのだが、だからこそ、強烈な存在感を主張する。

 たゆたうようなアンニュイとメランコリーを秘めながらも、この曲には1920年代風の “豊かな文化” の味がする。
 文明が爛熟し、退廃に近づいていく時代の音でもあるが、そこには「くつろぎ」と「いやし」がある。
 そこが、「くつろぎ」と「いやし」のない『ブレードランナー』の未来世界に対する皮肉とジョークにもなっている。
 そのミスマッチが、実に洒落ている。
 
  
 西部劇にも、ミスマッチの効果を上手に狙った音楽が使われることがある。
 1980年公開のウォルター・ヒル監督の『ロングライダース』。

https://youtu.be/Ja8kv4Hvzuk?list=RDJa8kv4Hvzuk

 この映画のサウンドトラックは、すべてライ・クーダーによって手がけられているが、その大半が、1800年代のアメリカ音楽を象徴するかのようなレトロ調。
 全編に、開拓民たちが幌馬車に囲まれた円陣のなかでフォークダンスを踊ったり、夏草の生い茂る草原で、牧童がハーモニカを吹いているような音楽が流れているが、映画そのものは銀行強盗団のジェシー・ジェームズ兄弟たちの悲劇を描いている。

 サム・ペキンパーの手法を思わせる激しい銃撃戦があったりするアクション映画なのだが、不思議と映画全体に漂うのは、美しくのどかな詩情。
 銀行強盗団とはいえ、それぞれに恋人がいたり、家族があったりして、そこには普通のアメリカ市民が繰り広げるような妻や子供たちとの温かい交流がある。
 
 だからこそ、追い詰められていく彼らの行く末は悲しい。
 なのに、“悲しそうな” 音楽はいっさい登場することがない。
 ここでは、陽気で、のどかな音楽そのものが悲しいのだ。

 使われる音楽とストーリーのミスマッチによって生まれる両者の “距離感” が、この映画を、村の古老が語るような「遠い昔のレジェンド」に仕立てている。
 映画を撮ったウォルター・ヒルも、音楽を担当したライ・クーダーも、いい仕事をしていると思う。

  
 西部劇の例をもう一つ挙げれば、1969年にジョージ・ロイ・ヒルが撮った『明日に向かって撃て』の挿入歌に使われた「雨に濡れても」も、その系統に属する。
 

 
 これも、ブッチとサンダンス・キッドという二人組の銀行強盗を主人公にした話である。
 サンダンス・キッドを演じるのは、ロバート・レッドフォード。
 その相棒のブッチが、ポール・ニューマン。

 映画のなかで2人が、当時世界にようやく普及し始めた自転車を漕ぐシーンが出てくる。
 このときのバックに流れるのが、バート・バカラックが作曲したこの「雨に濡れても」なのだ。

 サンダンス・キッドには、キャサリン・ロスが演じる恋人がおり、3人で代わる代わる自転車を漕いではしゃぐ。
 たわいない … というか、とりとめもない、のどかなシーンに、B・J トーマスが歌う「雨に濡れても」はぴったりハマっている。

 しかし、この明るい曲が、実は最後の悲劇を強調する伏線となる。
 アメリカを追われて、メキシコに逃げ込む2人に、メキシコ警察とメキシコ軍が迫る。
 激しい銃撃戦の果てに、2人の銀行強盗はあっけなく蜂の巣になるわけだが、その最後を暗示させる直前で、画面がストップモーションになる。


 
 この静止画面( ↑ )で流れるのが、「雨に濡れても」。
 もしかしたら、曲が流れるのは、日本編集版だけかもしれないが、それを見たとき、やぁ見事だ、やられたな、と思った。

 ストップモーションで終わるということは、そのシーンが永遠に凍結してしまうことを意味する。
 つまり、「雨に濡れても」を背景に自転車を漕いだ3人が、いちばん無邪気に、たわいなく遊んだ思い出を永遠に封じ込めたまま、映画が終わるということなのだ。

 そういう監督の意図を見事にサポートした「雨に濡れても」。
 最も悲劇性から遠い、のどかで、たわいない曲が、“鎮魂歌”になるという逆説。
 これもまた、ミスマッチの選曲によって悲劇性を強調した映画の成功例に数えられるだろう。

参考記事 「小松菜奈は美人か?」

関連記事 「渚にて」

関連記事 「ブレードランナーの未来世紀」

関連記事 「ロングライダース」

関連記事 「明日に向かって撃ての凄さ」

参考記事 「国境の南(ワイルドバンチの夢)」
 
 

カテゴリー: 映画&本, 音楽   パーマリンク

音楽と映像のミスマッチが生む詩情 への4件のコメント

  1. スパンキー より:

    アンディ・ウィリアムスが歌う美しいメロディの「モア」も、
    あのヤコベッティの映画「世界残酷物語」のテーマ曲でした。
    きっと人の世界ってそういうもの、だろうと語っているのでしょうか?

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      そうです、そうです !
      昔、「モア」という美しいメロディの曲が『世界残酷物語』のテーマ曲だと知ったとき、軽い衝撃を受けました。
      当時、“ミスマッチ” などという言葉もありませんでしたけれど、やはり違和感がありましたね。
      でも、スパンキーさんがおっしゃるように、「世界ってそういうものだ」というふうに、妙に納得した記憶が自分にもあります。
      あの “納得” が何だったのか、今でもうまく言葉にいえないんですけどね。
       

  2. Get より:

    今日は。
    町田塾の落ちこぼれ塾生、Get です。

    「モア」という美しいメロディの曲、
    「ムーン・リバー」という美しいメロディの曲、
    どちらもアンディ・ウィリアムスのオリジナルではないようでして。
    どちらの曲も南ア出身のイギリス人歌手、ダニー・ウィリアムズ。

    https://www.youtube.com/watch?v=VkyDYbMUPj4

    https://www.youtube.com/watch?v=78VDbTi0wqU

    矢張りハリウッド映画がバックアップのもう一人のウィリアムス、
    アンディーのPR勝ちでしょうかね?

    • 町田 より:

      >Get さん、ようこそ
      「モア」と「ムーン・リバー」を最初に歌った人が、ダニー・ウィリアムズという人であることははじめて知りました。
      でも、ほんとうにどちらも美しいメロディ。
      やっぱり名曲は、時を超えて、聞く人の耳に残りますね。
       

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