ニッポン戦後サブカルチャー史

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - ニッポン戦後サブカルチャー史
Share on Facebook
Post to Google Buzz
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip
Share on FriendFeed

 
 9月の連休は、久しぶりの晴天にも恵まれ、行楽日和となったが、出かけるのは、せいぜい近所の公園を歩くぐらいにとどめ、もっぱら撮り溜めていたテレビ番組を観て過ごした。

 この夏まとまった仕事に追われたので、その間、テレビで放映されたドラマも映画もほとんど観ることもなく、気になる番組はみなハードディスクに録画した。
 それらを今、まとめて観ているところだ。

 面白かったのは、Eテレ(NHK教育テレビ)で連続放映されていた『ニッポン戦後サブカルチャー史』だった。
 カムイ伝、天才バカボン、オールナイトニッポン、YMO、インベータ―ゲーム、浅田彰の「構造と力」、糸井重里の「おいしい生活」、エヴァンゲリオン ……

 60年代から2000年代にかけてのサブカルの流れが、往時の映像をふんだんに再現しながら、分析・批評されていく。

 それは、まさに私の青春時代から今に重なる生活そのものをなぞっていた。
 当時は分からなかったが、今の視点で眺めると、「あ、そういうことだったのか ! 」という新しい発見もあった。

 番組の講師を務めていたのは、劇作家・演出家の宮沢章夫。
 受講生として、俳優の風間俊介、タレントの中川翔子などが名を連ねる。


 
 放送されたのは、2014年の8月から10月3日まで。
 全部録画できたわけではない。
 そのうちの何本かをかろうじて拾ったというだけに過ぎない。
 でも、観ることのできた放送からは、その時代だけの流行現象に思えたものが、実は現在までつながっているということが理解できた。

 さっきまで観ていたのは、そのうちの第7回。
 「『おいしい生活』って何?」
 というタイトルで、1980年代の広告文化が大きなテーマとなっていた。

 「おいしい生活」とは、1982年にコピーライターの糸井重里がつくった西武百貨店の宣伝用キャッチコピーである。
 講師を務める宮沢章夫は、これを、「80年代に台頭した新しい広告文化が、商品を訴求することよりも “時代の気分” を切り取ることを目的としたその象徴的な例だ」という。

 糸井重里は、その前から、「じぶん、新発見」とか「不思議、大好き」などという “何の宣伝なのか分からない” キャッチコピーを作り始めていた。

 何が不思議なのか。
 何がおいしいのか。
 広告表現のなかで、そのことに触れる情報は一切ない。

 講師の宮沢は語る。
 「たとえば、机の上にあるコップ。今までの広告は、そのコップがどういう機能を持っているかということだけを訴求していた。しかし、糸井重里たちが始めたコピーライティングは、そのコップを使うことによって人の気分が変わるとしたら、そこで手に入れる “気分” とはどんなものかを訴えた」

 この時代、「物語消費」などという言葉が台頭してきていた。
 豊かな時代になると、人は「物」の機能だけを評価しない。その「物」からどういう “物語” を取り出せるかということに関心を向けていく。
 人間の消費行動をそのように分析する言辞が、当時は、どこの企業の商品企画でも持ち出されるようになっていた。

 バブル経済が隆盛をきわめ、学生も大人も、学校も企業も、みなアゲアゲ・ノリノリの時代。
 バブル(泡)という言葉のとおり、実体を伴わない “気分” だけの消費スタイルが社会に蔓延していく。

 宮沢章夫は、糸井らの新しいキャッチコピーのクリエイティブな面をしっかり評価しながらも、それによって作られていく “時代の気分” の中にネガティブな要素がまぎれ込んで来ることを感じていたという。

 日本が危うい !
 というか、こんな浮かれた社会がいつまでも続くはずがない、という思い。
 そういう気分をぬぐうことができず、宮沢は、軽佻浮薄な風潮の裏側で、映画『ブレードランナー』や、大友克洋の『AKIRA』などのディストピア(反ユートピア)的な世界が当時の若者の心をとらえていた面にも注目する。

 誰もが、アゲアゲ・ノリノリ・イケイケドンドンのステップで踊り狂いながらも、実は、心のすき間に流れ込む “世界崩壊” の予兆に怯えていたのではないか。
 宮沢は、この放送のひとつ前の「YMO ~テクノとファッションの時代~」という放送で、そう述べている。

 一つの文化が洗練され、爛熟の頂点をきわめたときに、その崩壊の予感が人々の心に忍び寄るというのは、どこの世界の、どこの文化にもあったことだ。
 「洗練」と「退廃」は、実は同義語である。
 洗練された文化というのは、もうその先の展開がないということだ。
 
 それに気づいた人々は、その “終焉” の予兆から目をそらすために、あえて刹那の快楽にのめり込み、不安な明日を想像する心を閉ざそうとする。
 私には、バブル末期の狂らんは、そのようなものに思えて仕方がない。

 それと同じようなことが、18世紀のパリの社交界のなかで起こっていた。
 いわゆる「ロココ文化」といわれるもの。
 当時、迫りくるフランス革命の足音から耳をふさぐようにして、ベルサイユ宮殿に集まっていた貴族たちは、夜毎繰り広げられる舞踏会に没頭し、洗練された貴族文化を謳歌していた。

 宮廷内の会話では、当意即妙のエスプリを利かしたものだけが珍重され、人の生き様を問うような重いテーマは、野暮なものとして退けられた。
 甘い砂糖菓子のような、壊れやすくも、繊細な文化が台頭し、それが当時の時代精神としてもてはやされた。

 その場に集う人々の、最大の関心事は “恋愛” 。
 貴族の男たちは、人妻や女官たちを相手につかの間の恋愛劇にいそしみ、女性たちは、お洒落で会話のうまい男たちに言い寄った。
 たぶん、彼らの間で交わされた会話は、内容はあきれるほど浅くとも、話術の粋をきわめた、ものすごく巧緻なものだったろう。
 後年、そのような文化を、人々は「ロココ」と名付けた。
 
 ロココ文化に染め上げられた宮廷では、政治に不満を持った民衆によって断頭台に送られることになったマリー・アントワネットも、ルイ16世も、最後の日が来るまで、洗練された会話と典雅な舞踏会の光景に酔いしれた。

 「明日を語ることは野暮なこと。今日のおいしいスイーツを召し上がれ」
 宮廷の人々はそう語り合いながら山海の珍味を味わい、手を取り合ってダンスに興じた。

 ある美術評論家はいう。
 「ロココ文化」というのは、その崩壊から人々が目をそむけるために、洗練のきわみを凍結したまま、静止させてしまった文化だと。

 日本の80年代バブル文化というのは、フランス19世紀のロココ文化のようなものだったのかもしれない。

 ロココ文化の前には、重厚長大を特徴とするバロックの時代があった。
 政治的にも経済的にも、近世フランスの黄金時代を築いたルイ14世のもとで繰り広げられたバロック様式は、美術においても、建築においても、力動感を伴う重厚なテーマを展開していた。

 ロココは、それを避けた。
 ロココの人々は、重苦しいバロックの精神から解放されることを望み、小粋で、軽やかで、ソフィストケイトされたモノのみに価値を与えた。

 バロックからロココへ至る過程というのは、日本でいえば、重厚長大な60年~70年代文化が、見た目の洗練さを求める80年代文化に変貌していくプロセスとよく似ている。
 両者の共通点を一言でいうならば、「意味のある」ものから「意味のないもの」への転換。
 80年代の日本で生まれた「おいしい生活」とは、人生論やら哲学という意味のつまった世界から解放された “快適な生活” ということである。

 そして、そういう生活は、フランス革命によって、貴族社会が泡のように消えてしまったのと同じように、バブル崩壊によって、あっけなく空中に飛散した。

 ただ、「空虚な洗練」をきわめた18世紀ロココ文化のおかげで、後のパリが、世界の芸術の中心になったという事実も見逃せない。
 80年代日本のバブルの狂らんが、その後の日本に何をもたらせたかを検証するには、まだ多少の年月を要するのかもしれない。

 … というようなことまで考えさせられた『ニッポン戦後サブカルチャー史』。
 この10月2日からは、その第二弾として、
 『ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱ DIG 深掘り進化論』という番組が再開されるようだ。
 
 
参考記事 「マリー・アントワネット(ロココの精神2)」

参考記事 「西洋の誘惑(ロココ美術について)」

参考記事 「官能美の正体(ロココの秘密)」

参考記事 「『家族ゲーム』 (80年代の不安を描いた映画) 」
 
 

カテゴリー: アート, コラム&エッセイ   パーマリンク

ニッポン戦後サブカルチャー史 への2件のコメント

  1. 木挽町 より:

    なるほど。

     「洗練」と「退廃」は、実は同義語である。
     洗練された文化というのは、もうその先の展開がないということだ。

    鋭い。なかなか深くて味わえます。ありがとうございます。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      コメント、ありがとうございます。
      「洗練」と「退廃」は同義語である。
      … といったとき、「洗練」という言葉をネガティブに扱っているような響きが生まれますが、私自身は、むしろ「退廃」という言葉をポジティブに使いたいという気持ちがどこかにあるんですよね。
      デカダンス(退廃)って、実は、なんだか好きなんです(笑)。
       

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">