『私をスキーに連れてって』

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80年代的な表層文化の白眉

シネマ漂流(映画感想記) No.1
『私をスキーに連れてって』

 1980年代のバブル文化を象徴的に語る作品とも言われる『私をスキーに連れてって』。
 公開は1987年。
 当時、そうとう話題になった作品であることは分かっていたが、スキーにも、トレンディードラマにも興味がなかったので、未見だった。
 それを、最近、BSのWOWOWで鑑賞した。

 ビッグコミックスピリッツの連載漫画『気まぐれコンセプト』や、単行本の『見栄講座』で、80年代風俗をシニカルなギャグに仕立てて話題を呼んだホイチョイ・プロダクションの制作であることは知っていたので、皮肉を利かせたコメディタッチの作品を想像していたが、多少のドキドキ感も盛り込んだわりとシリアスな映画だった。

 だが、この内容の薄い、まったく表層的な展開はいったい何なのだろう?
 恋もあり、友情もあり、事件も起こり、美しいスキーシーンや華やかなパーティーシーンが盛りだくさんなのにもかかわらず、恋と友情は、その本質を問われることはなく、事件には深刻さが欠け、スポーツとしてのスキーのアクチュアリティもなく、にぎやかなパーティーには、贅沢感もときめきもない。

 すべてが徹底して表層的。
 音響的には、若者たちの明るい歓声、たわいない恋バナ、そして、彼らが雪上を滑るときのユーミンの歌声しか印象に残らない。

 … というか、むしろ、徹底的に内容を掘り下げることを否定した制作者たちの断固たる姿勢すら感じられてくる。
 そうであるならば、世評とは反して、これは “表層の華麗さ” だけを生真面目に追求したストイックな映画であるのかもしれない。

 ゲレンデを滑空していく若者たちの映像に、リズミカルなユーミンの歌がかぶさる。
 音楽の力を利用した、軽やかで、美しいシーンが連続する。
 そこには、確かに「スキーってカッコいい !」、「スキーが上手な男に声をかけられたい」、「スキー場に行けば、お洒落で可愛い女の子をゲットできそう」という、若者の素朴な夢が描かれている。


 
 そういう願望形だけを過剰に膨らませながらも、肝心な「そこでゲットできる恋とは何なのか」ということは一つも描かれない。

 そして、ドラマは、適度な緊張感を持たせながらも、けっきょくは、たわいない予定調和の大団円に向かっていく。

 観終ると、「なるほど … 。バブルというのは、こういうものだったのか」といううつろな感慨が訪れる。

 しかし、奇妙な感触だけはいつまでも残る。
 制作者たちは、いったい何を語ろうとしていたのだろう。
 ― 何もない ―
 その虚無感が、むしろ作品の奥に潜んでいる巨大なブラックホールを暗示しているようで、ちょっと不条理な感触すら引き寄せる。
 
 

カテゴリー: 映画&本   パーマリンク

『私をスキーに連れてって』 への6件のコメント

  1. 木挽町 より:

    ちょっと自分の年代の感覚とは違う感じです。流行したのは覚えていますがあまり興味がありませんでした。スキー自体にも否定的だからかも。寒いのになんでわざわざ雪がふってるとこに行くんだろって思ってたからかもしれません。異性と知り合いになりたいなら東京で充分。わざわざ寒いとこに行ってまでとは思いもしませんでした。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      ふと思うのですが、表層的で薄っぺらい恋愛と音楽で全編を貫いたジョージ・ルーカスの『アメリカン・グラフティ』(1973年)にも近い内容の映画なのかな … という気もしました。

      『アメリカン・グラフティ』も、“軽薄な(?)”ロックロールが流れるパーティー会場でダンスに酔いしれ、意味もなく夜の街で自動車を乗り回し、スポーツカーでゼロヨン加速を競い合うような若者たちの、たわいない一夜が描かれます。
      深い突っ込みは何もなく、見たままの映像が心地よい音楽に乗って流れて行くだけ。
      見事に “表層的” です。

      しかし、両者には決定的な違いがある。
      それは何か?
      『アメリカン・グラフティ』は、ハイスクールの卒業パーティーの一夜が終わった後の、登場人物たちの短い “その後の報告” でエンディングとなります。
      そこには成績優秀で東部の大学を目指していた少年が、ただの貧しい市役所の役員で一生を送ったとか、チビでモテなかった少年がベトナム戦争で死んでしまったとか、イケメンのニヒルな少年が交通事故で死んだとかいう話が、ハイスクール当時の顔写真を添えて、簡潔明瞭な一言で紹介される。

      そこまで来て、ようやく観客が、「ああ ……」とため息をつくような映画になっているんですね。背後に「彼らの人生」があるからこそ、たった一夜の軽薄なバカ騒ぎがものすごく重要な意味を持っていたということに気付かされる。
      ジョージ・ルーカスは、「それがノスタルジーの生まれる源だ」といっているわけですね。

      そういう「背後にひかえる人生」をまったく取っ払ったのが、『私をスキーに連れてって』かな … と思ったりします。

      私も若い頃、友人たちとスキーに行ったことありますが、ゲレンデで滑るよりも、同宿していた若い外国人カップルと一緒にギターを弾いて、The Band の『The Weight』などを合唱していた方が楽しかったことを覚えています。
        

  2. Get より:

    今日は、Get です。

    検索して発見。
    アメグラのクルージング舞台になったモデスト市のマッケンリー通り。
    現在は町並みの木が大きくなって建物が増えたようですね。
    ある年にはクラッシック・カーのパレードを催すと云うことらしいです。

    https://www.youtube.com/watch?v=51djmRzGOnw

    • 町田 より:

      >Get さん、ようこそ
      モデスト市のクラシックカーパレードの画像、ありがとうございました。
      『アメリカン・グラフティ』という映画は、この町に多大な “おみやげ” を残したようですね。
      こういうパレードが年に1回開かれるなんて、素晴らしいことです。

      きっと、あの映画に出てきたクラシックカーがたくさん集まるのでしょうね。
      エンジン部分を向き出したフォードのデュース・クーペのホットロッド仕様も、映画のままに黄色く塗られて、チラッと登場していましたね。

      動画制作者が入れた Beach Boysの「Don’t Worry Baby」も、いかにも西海岸の雰囲気を盛り上げていたように思います。
       

  3. 木挽町 より:

    町田さん。たしかに。なるほど。アメリカングラフィティは大好きでしたがスキーに連れっては馴染みがありません。一時はアメリカングラフィティーにかぶれて、それなりにいじったダッジ・チャレンジャーに乗ったりしました。いまでいう裏原宿にあったシンガポールナイトという店に毎晩のように行ったりしてました。熱中したわりに今から考えるとせいぜい1~2年間。六本木キサナドゥーもせいぜい1~2年。濃かったなあ。若い頃ってほんとに不思議ですね。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      やっぱり、“アメグラ” に影響を受けた世代ですか。
      私もそうです。

      実は私にとって、今でも実現していない大きな夢は、ソウルミュージックを流しながら、夕暮れの街をアメ車のオープンカーをゆったり流しながら、街行く女の子に声をかけること。
      ま、実現したら、はた迷惑な、単なる “キモいジジイ” でしょうけれど、そういう情景を想像すると、いまだにワクワクします。
      それって、もろ『アメリカン・グラフティ』的シチュエーションですよね。

      それにしても、シンガポールナイトにキサナドゥー。
      木挽町さんは、“都会の子” だったんですねぇ !!
      東京の西郊で遊んでいた私などは、憧れてしまいます。
       

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