母の命日

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 今年の夏が終わろうとする頃、義母を亡くした。
 思えば、介護施設で暮らす生活がずいぶん長く続いた。
 見舞に行くと、義母は最初のうちは「家に戻りたい」とよくこぼした。
 
 施設の中には、話し相手がいないのだ、という。
 私が眺めるに、多くの老人たちは、それぞれ仲間を作って談笑している。
 だが、義母の周りに、話し相手になってくれるような老人はいない。

 仲間外れにされている、というのでもなさそうだ。
 ただ、「話が合わなくてね」と、さびしそうに笑う。

 義母は、施設に入ってからも、新聞を定期購読し、社会面や政治面によく目を通していた。
 だから、私が行くと、「今の政府の方針だと、今後の日本はどうなるんでしょうね」などと尋ねてくる。

 答が聞きたいというほどのことでもなく、要は、世の中の動きに付いていくことで、自分の老化を少しでも食い止めたいという願いがあったのかもしれない。
 
 テレビを観ている老人たちの向こうから流れてくるのは、バラエティ番組に出ているタレントたちの笑い声だけ。
 義母はニュースの一つでも観たかったのだろうが、そういう番組にチャンネルを合わせてくれる老人も看護師もいなかった。

 「家に戻りたい」
 という言葉には、せめて自分の好きなテレビをゆっくり観てみたい、という気持ちも含まれていたかもしれない。

 しかし、途中からそれを言わなくなった。
 自分の衰えを知って、それが叶わないと諦めたのか、それとも、どこに住もうが生活は変わらないという仙人のような心境になったのか、それは分からない。

 ただ、遺体を自宅に引き取ったとき、やはり本人は、ここに帰ってきてホッとしたのではないか、という気がした。
 それを生前に叶えてやれなかった自分たちが悲しかった。

 
 死んだ親に対する子供の気持ちは、いつになっても心残りがつきまとう。
 「あのとき、あんなことをしてやれば、きっと喜んだろうに」
 という後悔が、ふとしたときに込み上げてくる。

 16年前に逝った実母に対しても、そういう気持ちを持つことがある。
 せっかくキャンピングカーというものを買ったのに、実母を乗せて旅に出たのは1回しかない。
 それも、日帰りだった。
 そのことが、今になっても悔いとして残る。

 しかし、その1回かぎりの小さな旅行を、母はとても喜んだ。
 行った先は、高速道路を使って家から2時間程度で行ける山梨県のキャンプ場だった。
 (このことは昔一度ブログで書いたことがある)

 「キャンプ場」といっても、それがどんなところなのか知らなかったのだろう。
 当日迎えに行くと、母は都心のレストランでディナーでも予約したときのような、あるいは芝居でも観劇するときのような、ピンクのワンピースで着飾ったまま私を待っていた。
 
 

 
 
 ウィークデイを選んだので、たどり着いたキャンプ場に宿泊客は1組もいなかった。
 曇り空の下で、芝生がとりとめもなく広がっている。

 フリーサイトに車を停め、オーニングを出す。
 陽が射さないので、ことさらオーニングを出して日陰をつくる必要もなかったのだが、キャンピングカーにはじめて乗った母に、キャンピングカーの機能というものを見せたかったのだ。

 車内のコンロでお湯を沸かし、オーニングの下に広げたテーブルの上で、パーコレーターを使ってコーヒーを煎れた。 

 「おいしいねぇ」
 と、母は両手でマグカップを挟み、ゆっくりと口に運んだ。
 「ありがたいねぇ、こんな景色のところでコーヒーが飲めるなんて」
 
 

 
 
 はじめての “アウトドア” だったのだろう。
 喫茶店でもない場所でコーヒーを飲むという体験が、珍しかったのかもしれない。
 マグカップから立ちのぼる湯気で少し曇ったメガネ越しに、母の視線はずっと芝生の上に注がれていた。
 
 ―― もっと早く、母をこういうところに連れ出してやればよかったな。
 若干、うしろめたい気分になった。
 ―― 今度は1泊旅行にでも誘い出してみるか。

 そのときそう思ったが、けっきょく、それが最初で最後のキャンピングカー旅行となった。
  
  

  
  
 人気のない曇り日のキャンプ場には、光の乱舞もなければ、音の跳ねる気配もなかった。
 まったりとした静けさだけが、芝生の上に垂れこめていた。

 一緒に座って、コーヒーを飲んでも、ことさら話すような話題もない。
 しかし、母の口元には、絶えず満足そうな笑みが浮かんでいた。

 やがて、座っているのに飽きたのか、母がキャンピングカーの周りを歩き始めた。

 その背中が次第に遠ざかっていく。
 杖をついて歩く足取りが、今日はなぜか軽やかに見える。

 花でも探しているようだ。
 心が少女時代に戻ったのかもしれない。
 ピンクのワンピースが、芝生の緑に映えて、母そのものが小さな花になった。
 
 

  
  
 この11月30日は、母の誕生日に当たる。
 そして、翌12月 1日が命日となる。
  
 

カテゴリー: コラム&エッセイ, 旅&キャンプ   パーマリンク

母の命日 への12件のコメント

  1. ようこ より:

    お早う 町田さん

    これは ここには書くことではないと思いながら
    『母の命日』を読んで涙が。。

    実は2週間前に父が逝きました、老齢であったし
    覚悟は出来ていたのですが やはり寂しい。

    ピンク色がとってもお似合いで可愛いらしいお母様
    幼少時の町田さんを想像したりした。

    年々と 旅だつ人を送ることが多くなった気がして
    ともなう 後悔がふえたのも自分の年齢のせいなのでしょうね。

    • 町田 より:

      >ようこ さん、ようこそ
      2週間前に、お父様を亡くされたとのこと。一番つらい時期ですね。心中お察し申しあげます。

      おっしゃるように、年をとっていくということは、それだけさまざまな「別れ」を経験することになりますね。
      こういう悲しみがどんどん積み重なっていくことなど、若いときには想像もできませんでした。

      でも、それがあってこそ、年を取るということの意味もあるのかもしれません。
      私などには、まだ無理なことが多々あるのですが、少しぐらいは「人の立場」に立って、悲しみを分かち合うことできるようになったのではないかな、という気がしないでもありません。

      お父様のご冥福を、心からお祈り申しあげます。
       

  2. スパンキー より:

    一昨日、おふくろの命日でした。去年3回忌をやり、
    今年は私なりに仏壇の前で般若心経を詠みました。
    その夜、ベッドの横に置いてあるおふくろの写真が
    心なしか微笑んでいるように見えました。

    一人の女性として尊敬できる人でした。

    町田さんのお母様は、やはりハイカラさんですね。

    町田さん、年をとると寂しい事が増えますね?
    そこが何とも辛いんですよ。

    • 町田 より:

      >スパンキーさん、ようこそ
      お互いにお母様の命日が近いということは、何かの縁かもしれませんね。

      お母様の遺影に、(微かであっても)、微笑んでいる口元を発見できるというのは、残された者にとっては救いですね。
      その微笑が、「いいんだよ、お前。別にこっちは寂しくなっていないから」というメッセージを含んでいるように感じられますから。
      私も、母の微笑が漂っている写真を残すことができて、少しホッとしています。

      年を取っていくことは、寂しいことが増えますね。
      でも、それだからこそ、「残された俺はあんたの分も頑張るから」という気力を授かることができるのかもしれません。
       

  3. かたなねこ より:

    両親、義両親とも寝台特急としては乗って貰っていますが本来の使い方?で遊んで貰った事無いです、嫁には早くしないと間に合わなくなるよと言われていますが、喜ぶのかな? 其れにしてもギャラクシーかっこ良い!男の一人旅が似合いそう(笑)

    • 町田 より:

      >かたなねこ さん、ようこそ
      奥様のおっしゃるように、「早くしないと間に合わない」というのは本当のことかもしれません。
      でも、「喜ぶのかな?」という一抹のためらいも、確かにありますね。

      いろいろなケースがありますけれど、私が取材させていただいたユーザーさんの中には、「年老いた親とのキャンピングカー旅行の場合は、適度にホテル泊を混ぜて体のケアを考えてあげれば大丈夫」だそうです。

      ギャラクシーを購入した動機の90%ぐらいは、「カッコいい !」というものでした(笑)。確かに1人旅にもよく使いましたが、はたして私の場合は、1人旅が似合っていたのかどうか、あまり自信はありません(笑)。
       

  4. つかさ より:

    画像を拝見させて頂きました。
    とてもすてきなお母様ですね。
    きっと町田様の心の奥のをご理解していたのだと思います。

    • 町田 より:

      >つかさ さん、ようこそ
      ありがとうございます。
      そう言っていただけることが、何よりも母の供養になると思います。
      つかさ さんのお言葉を、母もうれしく聞いていることでしょう。
       

  5. より:

    お母上さま、町田様とのキャンピングカーでの旅行が本当にうれしかったでしょうね。
    私がキャンピングカーを買ったのは母が他界後しばらくしてからで、子供たちとともに連れ出せなかったことが切ない思いとして思い起こされます。本当、親孝行したいときに親は無し、ですね。自分が家族と幸せにキャンピングカーで精一杯楽しむことがせめてもの供養と思っております。

    • 町田 より:

      >雷さん、ようこそ
      >>「自分が家族と幸せにキャンピングカーで精一杯楽しむことが供養」
      まさに、おっしゃるとおりですね。
      そういう思いを、私もまた持ったことがあります。
      だから、キャンピングカーの中での家族団らんの話題として、ときどき祖父・祖母の思い出を話すようにしていました。
      それをどこかで両親が聞いていてくれているような気もしました。
       

  6. クボトモ より:

    母上のお顔がなんとも素敵な笑顔に満たされていますね。
    ほんとうに嬉しそうです。
    町田さんと皆さんの想い出を拝読していて、
    私も母がまだ元気なうちに連れだしてあげたいと思いました。
    母は、闘病中の父(まだなんとか頑張ってます)のために好きな登山も止めてしまい、
    「もう(山を)登る体力ないわ」と苦笑いしています。
    程良い距離感で自然と向き合えるキャンピングカーの旅は、
    良い刺激になるかも知れません。
    素敵なエピソードをご紹介頂きありがとうございました。

    • 町田 より:

      >クボトモさん、ようこそ
      クボトモさんが、(釣りなどを介して)「自然」というものに深く触れて行く契機となったのは、山の好きなお母様の影響もあったということなのかもしれませんね。

      本格的な「登山」というものが、年老いた人間にとって、どれほど過酷なものであるのか、経験の乏しい私にはよく分かりませんが、「程よい距離感で自然と向き合えるキャンピングカー」というのは、確かに、体力の衰えを感じてきた人でも自然の空気を吸う環境に近づけたという満足感は得られると思います。

      ぜひ、お母様が元気なうちに、キャンピングカーの旅に連れていってあげてください。せめて登山道の入り口辺りで休憩を取るだけでも、きっと喜ばれると思います。

      私の母の場合は、根っからの “町っ子” だったせいなのか、はじめての乗用車ドライブを体験した日に、いちばん感激していたのは、東名の用賀料金所を過ぎたあたりから広がる東京の夜景でした。
      「すごいね、20世紀の光景だね」と、車窓を流れゆくネオンの洪水を眺めながら感心しておりました。
      そういう嗜好は、私にも受け継がれているかもしれません(笑)。
       

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