ダンスの時代

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 世の音楽文化は、「聞く」時代から、「踊る」時代になりつつある。
 
 EXILEとか、AKB48などのアイドルグループのパフォーマンスを観ていても、そんな感じが伝わってくるし、第一、テレビCMなどでも、やたら踊るCMが増えている。、

 

 だから、もう今の若い人たちは、「音楽」というものを(昔のクラシックファンのように)じっと目をつぶって瞑想しながら聞くという感覚を持っていないのではないか。
 
 今や「音楽」は、ダンスミュージックとして、体を動かすための刺激音。
 あるいは、作業をしながら聞くBGM。

 要は、リスナーの身体的な動きをサポートするための効果音という位置づけになっているんだろう、と思う。
 
 そのことを「音楽の衰退」と嘆く声もあるかもしれない。
 しかし、時代というものは、そういうふうに自然に変わっていくのだから、嘆いても仕方がない。
 
 
 ところで、日本の「音楽文化」は、いったいいつ「聞く」ものから「踊る」ものへと変わったのだろう?

 NHKのEテレで放映される「亀田音楽専門学校」では、それを考えるヒントが提出されていた。

 同番組では、J-ポップの起源をはっきりと「1988年」に置いている。
 この年、開局したばかりのFMラジオ局「J-WAVE」が、洋楽的なニュアンスを帯びた邦楽に「J-POP」という呼称を与え、それまでの “フォーク” や “ニューミュージック”、“歌謡曲” とは異なる和製ポップスの存在を打ち出した。

 “亀田先生” によると、「J-ポップ」という概念が生まれた1988年を境に、日本の流行歌が劇的な転換を遂げたという。
 1988年は、日本の歌謡曲が、マイナー音階の曲からメジャー音階の曲に転換した年であったとも。
 
 つまり、日本独特の “ヨナヌキ” 音階に象徴される短調をベースとした曲が影を潜め、明るいパワーを炸裂させたメジャー曲調の歌がヒットチャートを埋めるようになっていたというわけだ。
 おそらく、音楽が「聞く」ものから「踊る」ものへと転換を遂げたのは、その流れと呼応しているはずである。

 それまで、日本で「名曲」といわれた曲は、基本的にマイナー調の曲によって占められており、そこから漂ってくる哀愁こそが、日本人の精神風土に根差した “音” だとされてきた。

 しかし、1988年を境に、日本の音楽シーンは、まばゆいばかりにキラキラと弾ける若さや躍動感に染められるようになる。

 この年のオリコンチャートナンバー1のヒット曲は、光GENJIの『パラダイス銀河』。
 翌年1989年の同チャートナンバー1は、プリンセス・プリンセスの『Diamonds』。
 1990年は、B.B.クイーンズの『おどるポンポコリン』。
 もうタイトルだけで、“メジャー感” あふれるギラギラ音楽が主流になってきたことが分る。

 1980年代から90年代の音楽シーンというのは、洋楽では、マイケル・ジャクソンの時代。
 この時代からMTVが急速に普及し、マイケル・ジャクソンのステージパフォーマンスは、テレビを通じて全世界の家庭に浸透した。

 世界のポップミュージックを、「聞く」ものから「観る」ものへと変えたのはこのマイケル・ジャクソンであり、彼はまた、そのパフォーマンスを最高のダンスで飾ることによって、音楽を「観る」ものから、さらに「踊る」ものへと変貌させた。

 「バブル時代」の始まりとされる1985年。
 日本のディスコは、ユーロビートの音で溢れた。
 コンピュータを用いた打ち込み系のビートが主流を占め、以降、この “4つ打ち” のリズムがポピュラーミュージックの基本ビートになっていく。

 バブル文化が爛熟をきわめた1991年から94年にかけて、東京・芝浦には巨大ディスコの「ジュリアナ東京」が出現。
 ボディコン娘たちが、お立ち台の上で、扇子を振り回して踊り狂った。

 その時代に活躍した女性たちが、今では40代半ばから50代くらい。
 小学生の時代に、テレビに登場するピンクレディーを見ながら、その振り付けで踊っていた人たちである。

 この世代の女性たちは、基本的に「音楽」と「ダンス」と表裏一体のものとして受けとめているから、いまだにダンス教室に通ったり、子供たちにダンスを学ばせようとする。
 2011年以降、日本の小・中学校や高校で、ダンスが体育の授業に導入されるようになったのは、たぶんに、この世代のお母さん方の意向が反映されているように思う。
 
 「ダンス教室」は、今やビジネスとしても急成長を遂げ、2013年度のお稽古・習い事マーケットにおけるダンス教室の市場は2,282億円に達するようになったとか。
 ダンスブームの背景には、こういう市場的な思惑もしっかり絡んでいそうだ。

 そういう流れを反映して、現在は、世を挙げてのダンスブーム。
 歌番組のみならず、CMでもドラマでも、ダンスを踊る人々の映像を観ない方が少なくなってきた感じすらする。
 当然、「音楽」も、もうダンスを抜きには語れなくなってきた。

 それは良いことなのか、それとも困ったことなのか?

 音楽に、「教養」や「知性」を求める人々は、ダンスと一体となった今の音楽文化には眉をしかめるかもしれない。
 クラシック音楽のファンのみならず、古典的なロックやジャズを楽しんできた世代の中にも、そういう方は多かろう。

 しかし、逆にいえば、ダンスミュージックは、常に音楽を「教養」や「知性」の領域から解放してきたともいえる。

 「教養」や「知性」がヒエラルキーを支える世界においては、一見ノーテンキなダンスミュージックこそが、ラディカルな “平等主義者” になりえる。
 貧困家庭の子も、勉強の嫌いな子も、カッコいいダンスを披露できれば、一時的にせよ、エリートの子弟たちと肩を並べることができる。
 あるいは、エリートの子弟たちを見下すことだってできる。

 ジョン・トラボルタの映画『サタデー・ナイト・フィーバー』の時代から、すでにそういう気分はあった。
 今はあの時代よりも、さらに経済格差や文化格差が広がろうとしている。
 一流大学に入り、官僚への道や優良企業に進むエリートコースを歩めるのは富裕層の子弟だけに限定されるようになってきた。

 スポーツの世界も同様である。
 世界に通じるアスリートになるためには、幼少期からの訓練を必要とする。
 それもまた富裕層だけが選べるコースなのだ。

 そういうコースから外された子供たちは、ダンスヒーローになることによって、かろうじてエリートたちに一矢を報いることができる。
 “EXILE 文化” は、こういう子供たちによって支えられている。
 
 だから、ダンス音楽は底が浅くても、それでいいのである。
 私は、そういう “底の浅い” 音楽は好きになれないけれど、かく言う私自身も、若い頃はディスコ通いして、ミラーボールの下で踊っていたんだから。
  
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

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