「米谷清和 展」の感想

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絵を観るということは、どういうことか? 
「米谷清和 展」の感想
 
 
 呼吸はまだ苦しい。
 退院したが、肺に付着している血栓(けっせん)は、完全に取り切れていないようだ。
 朝晩、血栓を溶かす薬を飲み続けながら、春の気配が濃くなるのを眺めつつ、体調の回復を待つ日々が続いている。

 そんなときは、思い切って外に出た方が良いのかもしれない。
 少しでも野外の新鮮な空気を胸に送り、肺の細胞に刺激を与えてやる。
 そういう方が、回復への近道に思えた。
 
 昨日は、昼過ぎに、絵画展を観に出かけた。
 入院中、Eテレが放映していた『日曜美術館』で、気になる催しものが紹介されているのを知ったからだ。米谷清和(よねたに・きよかず)さんという現代画家の絵を集めた絵画展(三鷹市美術ギャラリー)の告知だった。

 絵を観るのは、昔から好きだ。
 特に気に入った絵に接すると、その絵から、目に見えない「扉」のようなものが突然開いて、その奥に見知らぬ空間が顔を覗かせているように思えることがある。
 そのときの未知の空気に触れたような感覚が、絵画を観ることのだいご味だと思っている。

 ただ、気に入った絵があったとしても、その魅力を言葉で人に伝えるのは難しい。
 そもそも、絵は言葉で言い尽くせないからこそ、「絵」なのである。
 逆にいえば、簡単に「言葉」に置き換えられるような絵画は、二流の絵画でしかない。

 一流の絵画は、観る人間から「言葉」を奪う。
 「この絵のメッセージをキャッチするうまい言葉が見つからない」
 そう感じたとき、実は観客は、いちばんその絵のテーマと向き合っていることになる。
 「絵に感動する」ということは、これまで自分が言葉にしたことのない新しい言葉と出会う瞬間なのだ。

 テレビの『日曜美術館』で紹介された米谷さんの絵というのは、まさにそんな絵だった。
 
 
 ギャラリーのある三鷹駅南口に向かうバスが出るバス停まで、胸の動悸が激しくならないように、ゆっくりゆっくり歩く。
 歩く距離が長くなっても、それはそんなに問題ではない。
 気をつけなければならないのは、速度だ。 
 早足で歩いてしまうと、やっぱり胸がバクバクして、立ち止まって休まないと前に進めない。

 たどりつくと、日曜の昼下がりの美術展には、かなりの観客が詰めかけていた。
 最終日の1日前とあって、館内には中央線沿線に住むインテリ夫婦という雰囲気を持った上品なカップルが多かった。
 
 「65歳以上の人は入場料が割引きになる」とあったので、免許証を提示し、ジジイ料金にしてもらって中に入る。

 展示スペースに足を踏み入れると、いきなり目に飛び込んできたのは、『老(ふゆ)』という絵。
 1977年。現在69歳の米谷さんが30歳頃に描いた作品だという。

 階段らしいところを登っていく老人の横顔。
 その老人が歩む階段の上は2階席になっているのか、3人の人間のシルエットが見える。
 しかし、シルエット以外の情報が大胆に省略されているため、観客は、どこか夢の世界をさまようような不安定な気分にさせられる。

 そう思うと、階段を登る老人を待ち構えているのは、すでに “あの世” に上がってしまった死者たちの影のようにも感じられる。「老」と書いて「ふゆ」と読ませるのも、季節の終わりと人生の終わりを重ね合わせているようだ。

 そういった意味で、この絵は、「絵画」として見れば、構図といい、テーマといい、観る者をかなり不安定な気分にさせてくれるのだが、「絵画」ではなく、「デザイン」として見るならば、黒地と白地のコントラストを生かした絶妙な安定感が伝わってくる。
 
 デザインとしての安定感と、絵としての不安定感。
 
 その二つの要素が、観る人間の心理状態によってネガとなったり、ポジとなったりして、一種の “だまし絵” 的な妙味が生まれている。

 下は『夜』と題された作品。
 1982年のものだという。

 紫色の夕景に包まれた歩道橋。
 家路に帰る人たちであろうか。黒いシルエットになったいくつもの人影が、紫の闇に溶け込むように、歩道橋を渡っていく。

 しかし、うなだれて背を丸めている手前の人間には、歩道橋を渡る人たちの姿すら目に入っていないようだ。
 寂しそうにうつむくこの人物の背中からは、彼が今の場所から動く気持ちを失っていることが伝わってくる。

 『夜』というタイトルは、夜景を描いたからではなく、むしろ、このうなだれた背中を見せている人間の心を表しているようにも思える。
  
 
 下は『夕暮れの雨』と名付けられた作品(1992年)。
 今回の美術展のポスターにも使われたインパクトの強い絵である。

 米谷さんは、「雨の夜」を題材にするのが好きだという。
 濡れたアスファルトは、晴れた日よりも、周りの光を美しく映し出し、路上をより幻想的に見せるとも。

 確かに、この絵では、濡れた光を反射させる道路が主役だ。
 黒い傘をぶつけ合うように駅の構内に向かう人々の姿が、アスファルトに反射した光に照らされて、躍動感に満ちたシルエットを浮かび上がらせる。
 
 それにしても、なんと水っぽい空気感をたたえた絵であることか。
 観ている観客の鼻腔には、雨の匂いを含んだ湿った空気がしっかりと忍び込んでくる。
 
 
 下は、『終電車 Ⅰ』(1971年)と名付けられた絵。

 仕事で帰りが遅くなったのか、遊びで遅くなったのか。この絵では終電車の席で疲れた体を休める人々の様子が描かれている。

 東京の新宿駅から出る終電だとするならば、時間はすでに午前1時半に近いはずだ。人々の表情にはけだるさが漂い、投げやりな足の組み方からは、どっぷりした疲労感が伝わってくる。

 彼らにとって「終電車」は家にたどり着くまでの “つかの間の安息の場所”。
 しかし、その中にとどまっていられるのは、せいぜい30~40分程度の時間でしかない。家までたどり着くには、自分が降りる駅でその安息の場所を放棄せねばならず、うっかり寝過ごしてしまえば、今度は家にもたどり着けない。 
 
 そう考えると、「終電車」は、帰るべき故郷を喪失してさまよう人々の都会生活そのものの寓意かもしれない。
 
 
 『新宿5番線ホーム』(下)と題された絵(1976年)も、都会人の朝の生活をえぐるように切り取った1枚。

 手前のホームで電車を待つ人々の向こうには、ホームから落ちこぼれんばかりの人が列を作っている。
 その人たちの顔は、まるで判で押したように同じ表情になっている。
 おそらく、みな職場にたどり着いたときの仕事の段取りで頭がいっぱいになっているからだろう。

 では、ホームのこちら側にいる人々は、どういう人々なのか?
 画面には黒いコートを着た3人の人物が描かれているが、この3人のたたずまいは、ホームの向こう側にいる人たちと、どこか違う。

 コートの襟を立てている右側の女性は、その背中の線から察するに、かすかにもの思いにふけっているように見えるし、中央の中年男性は、余裕ありげに手を後ろに組んでいる。
 さらに、左手の人物は疲れたように手を柱に伸ばして体を支え、通勤ラッシュなどには最初から無縁の姿勢を保っている。
 そのため、向こう側のホームとこちら側のホームでは、それぞれ異なる時間が流れているようにも見える。  

 米谷さんに言わせると、3人の人物が立っているこちら側の5番線ホームというのは、長距離列車の発車ホームなのだという。
 向こう側の人とこちら側の人では、行く場所が違うのだ。

 向こう側の人々が抱えているのは「通勤」。
 こちら側の人々が待っているのは「旅」。
 線路を挟んで、異なる目的を持つ人々の空間が対峙しているときのかすかな違和感と緊張感。
 それが、さりげない日常を切り取ったこの絵に、どこか張りつめたような空気を呼び込んでいる。
  
 
 下の絵は、1982年に描かれた『電話』。
 等間隔に並んだ黄色い電話機と、同じ方向を向いて話している3人の男性を描いたデザイン的なタッチの絵だ。

 この絵は、一目見ただけで、奇妙な気分に襲われる。
 3人の男性が、ほとんど同じポーズを取っているため、リアルな情景を描いた絵というよりは、何かの寓意性が込められた絵であるように思えるのだ。

 さらに、電話機以外の背景が何も書き込まれていないので、逆にその “空白” に、なにがしかの意味が隠されているようにも感じられる。
 そういった意味で、ものすごくシュールな味わいが伝わってくる絵だ。

 こういう絵を見せられると、必死になってそのテーマを探り出し、それを文章化してみたくなる。
 だが、たいていの場合、失敗に終わる。
 自分の感性の乏しさゆえに、絵のテーマにたどり着けるような感想が書けることは少ない。
 
 それでいいような気もする。
 あえて文章化できないものを手に入れるために、絵を観ているようなところもあるからだ。
 
  
 個展の会場を出たところに小さなテーブルがあって、その隅に作者の米谷清和さんが座っていらっしゃった。
 1600円のカタログを買い、顔写真の載っているページにサインをもらった。

 ついでに、一言二言、お話をいただいた。
 「自分の描いているものは、特別なものではなく、うっかりするとほとんどの人が見逃してしまうような日常生活の中の些細なシーンです」
 という。
 「しかし、絵にすることで、観た方が、“そういえば日常生活の中には確かにこういうシーンがあるよな” と気づいてくれたらうれしい」

 シンプルな表現だが、含蓄のある言葉だと思った。

 絵として描かないかぎり、見逃してしまうような光景とは何か?
 それは、無意識の世界から立ち上ってくる光景である。
 
 人は、日常生活のなかで、いろいろなものを見ているはずだが、自分の理解できるものしか拾っていない。
 理解できないものは(視界の中に入ってきたとしても)、情報として意識の中には取りこんではいないのだ。

 だから、理解できないものは、その人の無意識の底に沈んで、永遠に眠ったままになってしまう。
 何かの拍子に、そのうちのどれかの記憶が、無意識の底から引っ張り上げられることがあるかもしれない。
 しかし、大多数の眠れる記憶は、本人が死ぬと同時に闇の底に戻っていく。

 絵というものは、その眠れる記憶を取り出す装置である。
    
 
 
絵画感想文

松本竣介の描く 「沈黙の都市」

草原の孤独 (クリスティーナの世界) アンドリュー・ワイエス
 
キリコの世界 ジョルジョ・デ・キリコ

長谷川等伯の絵
 
退屈な天国、楽しい地獄 (ボッシュの絵画)

アルカディアの牧人たち ニコラ・プッサン
 
 

カテゴリー: アート   パーマリンク

「米谷清和 展」の感想 への3件のコメント

  1. 若松若水 より:

    はじめまして。
    私、米谷清和の従兄の佐々木克己と申します。

    米谷の絵を丁寧に紹介していただき、ありがとうございました。
    私、最近、「若松若水」という名でブログを始めました。
    10月19日の記事で、米谷の絵をネタにし、貴ブログの記事のリンクを貼らせていただきました。ご高覧いただければ光栄です。

    • 町田 より:

      >若松若水さん、ようこそ
      米谷さんの描かれた絵に非常に魅了されている私としては、そのご親戚の方からお返事をいただけたことを光栄に思うと同時に、非常に感謝しております。

      御ブログも拝読。
      係累の方でなければ書けないエピソードも非常に興味深く読ませていただきました。
      また、拙稿にもわざわざリンクを張っていただき、ご紹介いただくなど、ほんとうに恐縮しております。
      今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
       

  2. 若松若水 より:

    米谷も今年で満70歳、多摩美術大学を定年退職の年となりました。
    教え子の皆様が、退職を記念しこれまでの作品を集めた展覧会を催してくださいます。
    11月15日がスタートです。
    その紹介記事を11月15日のブログ記事で公開しました。
    気が向かれましたら、覗いてやってください。

    町田様の文章を読んで、その文体と言語感覚になぜかなつかしいものを感じていて、どうしてかな、と考えてみたら、若いころ愛読した山口瞳と諸井薫にちょっと感じが似ているのかなと思いました。偶然でしたらご容赦ください。

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