アラフォー女性のニヒリズム

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病室での独り言 ④

 テレビぐらいしか楽しみのない入院生活を続けていると、今まで観たこともないような時間帯の番組も観るようになった。
 たとえば、午前10時ぐらいから放映されているフジテレビの『ノンストップ』のようなワイドショー。

 2月26日の金曜日だったと思う。
 病院のベッドに寝そべってテレビを観ていたときのことだった。
 設楽統の司会のもと、坂上忍、布施博という男性陣と千秋、大神いずみという女性陣が、「定年退職した夫が大嫌い」というテーマで語り合っていた。

 「定年後に、キャンピングカーを買って妻と旅をしたいと思っていたが、妻に猛反対された」

 番組では、男性視聴者からの投稿という形で、そんな相談が採りあげられていた。
 村上龍の小説『55歳のハローライフ』(幻冬舎文庫)に、「キャンピングカー」という短編が収録されているが、まさにその小説のテーマそのものである。

 「さあ、この事例をどう考えますか?」と、さっそく司会の設楽がコメンテーターたちに振った。

 「いやぁ、この旦那さんは素敵じゃないですか!」
 と真っ先に、旦那側の肩を持ったのは布施博。
 「奥さんといっしょに楽しもうという提案なのだから、最高じゃないですか」
 
 ゴルフや麻雀など、いままでの男の趣味というのは男の仲間同士で遊ぶものが主流だったが、キャンピングカー旅行のように夫婦2人で楽しめる遊びを考える旦那さんはかなり奥さん思いの優しい男ではないか、というのが布施の言い分である。

 それに対して、女性陣から大神いずみが噛みついた。
 「定年退職して自分がヒマになったからといって、妻まで自分の趣味に巻き込んでほしくない」
 という。
 
 つまり、世の旦那は自分が定年を迎えれば、“仕事から解放される” と思い込んでいるが、妻の立場からいえば、今度は旦那の食事を三度三度作らねばならないのだし、家事が増えることになる。
 要は、「定年してヒマができた」という夫ののんきな生活感覚が腹立たしい、ということのようだ。

 この意見に、女性レギュラーコメンテーターの千秋が同調。
 「ヒマができたからといって誘うなんて、恩着せがましい」
 と一刀両断に切り捨てた。
 キャンピングカー旅行だろうが何だろうが、旦那と四六時中いっしょにいるということ自体が妻には耐えられないのだ、という。
 ましてや、旦那と連れだって「旅に出る」なんてとんでもない、というわけだ。

 彼女たちは、また、夫が妻を映画に誘うのも苛立たしいという。
 その理由は、「まず夫と映画の趣味が合わない」。
 さらに、映画を観たあとに一緒に食事などをすることになるだろうが、夫の退屈な映画評などを聞かされるのが嫌。
 
 彼女たちが言うには、
 「夫と映画などに行くのは時間の無駄。そんな時間があったら、女同士で映画を観るか、旅行にでも行った方がまし」

 そう語る女2人の顔を観ていて、なんとなく暗い気分になった。

 もちろん、彼女たちの言い分だってよく分かる。
 実際、夫の定年退職を機に、それまでなんとか調和を保っていた夫婦関係が急にギクシャクするという話はよく聞く。
 けっきょく、旦那がリタイアして女房としょっちゅう顔を合わせるようになると、気が合っているように思い込んでいた夫婦でも、まったく価値観を共有してこなかったことが明るみに出たりするからである。

 「価値観の対立」という観点に立てば、男が大事にしている “価値” など、女の前ではシャボン玉のように宙に消える。
 なぜなら、男の価値観というのは、けっきょく “己(おのれ)” だけを支えるもの。
 つまりは、自分一人が気持ちよく生きていくことを、「信念」とか「こだわり」などという言葉に置き換えて、開き直っているだけ。
 その内実は、ジコチュー。

 それに対して、女は、男のタネを宿して、出産の痛みに耐え、夜中でも母乳を与えて、ひとつの生命を守るという使命を価値としている。
 そういった意味で、女の価値観は、「人類の存続」という途方もないテーマと直結している。

 たとえ子供を産んだことのない独身女性であっても、そこには人類700万年の種としての歴史が刻まれている。
 それが、女の “本能” のような形で噴出し、少しでも男の嫌な部分を見てしまうと、「キモい !」とか、「寄らないで !」という反応になって現れる。

 女の「キモい !」とか「寄らないで !」というのは、ただの生理的な反応のように見えるが、それは無意識の形を取った女の “価値観” である。
 それは、「あなたは男として、人類を存続させる資格がない」というメッセージなのだ。
 
 
 そういうことを十分承知しているつもりなのだが、それでも、やはりテレビで観ていた千秋と大神いずみの発言には、暗い気持ちになった。
 
 厳密にいうと、嫌な感じがしたのは、発言内容そのものというよりも、そういう発言をくりかえす千秋と大神いずみの冷酷な表情だった。
 「夫がいかに気持ち悪い存在であるか」ということをありったけの憎悪を込めて語る彼女たちの目つきに、背筋が凍るような怖さを覚えた。 

 女は、嫌いなものに関しては表情を取りつくろうことをしない生き物であるが、この2人の女には、特にその傾向が強い。
 実際に、彼女たちの迫力に押され、布施博をはじめ、坂上忍、設楽統などの男たちがたじたじとなっていた。

 このときの彼女たちの年齢を調べてみると、千秋が44歳。
 大神いずみが47歳。

 この年齢の女性たちは、どこかしら心の奥深いところにニヒリズムを抱えているような気がする。
 なんといえばいいのだろう。
 「男に冷めている」
 というのだろうか。

 「恋愛や結婚に幻想を持っていない」
 といってもいいし、もっといえば、
 「恋愛や結婚に裏切られた」
 という感じもする。
 つまり、彼女たちの結婚観や恋愛観にはニヒルな暗さがある。

 本来ならば、「定年退職した旦那に嫌悪感を感じる」のは、彼女たちの世代ではなく、もっと上の世代のはずだ。
 年齢でいえば、65~70歳くらいの女性たち。団塊世代といってもかまわない。

 しかし、その世代の女たちよりも、44歳の千秋や47歳の大神いずみの方が、はっきりと亭主への嫌悪感を顔に出す。
 それは、いったいどういう理由によるものなのだろう。

 一般的に、1965年~1969年生まれの人たちを “バブル世代” と呼ぶ。
 現時点でいえば、45歳~49歳ぐらい。
 千秋や大神いずみは、ちょうどこの世代に当たる。

 彼らは、バブル景気の真っただ中に就職し、会社の接待費・交際費が無尽蔵に使えた時代にアフターファイブを楽しみ、男も女もトレンディードラマのような社内恋愛を楽しんだ。

 特に、女性たち(の一部)は、上司のエスコートによって夜毎高級料理店をハシゴし、同僚の男の子と付き合う場合は、遅くなった夜の送り迎え専用の男子と、食事だけをご馳走してもらう男子などを使い分け、さまざまな男から高級ブランド品をプレゼントしてもらい、男に飽きると同性同士で海外旅行を楽しむなどという経験を持った(人も少なからずいた)。

 その結果、
 「男は自分を楽しませるために存在する」
 という男性観から逃れられなくなってしまった女性たちが現われたのだ。

 彼女たちのニヒリズムは、そこから生まれている。
 若い頃に、あらゆる男に言い寄られてしまったために、男の未熟さも、男の傲慢さも、男の愚かさもみな知ってしまった。
 結婚するにしても、もう恋愛結婚は成り立たない。
 旦那としての価値があるとしたら、それは金か地位。

 そうやって結びついてきたために、相手が定年退職を迎えて金と地位を失えば、もう魅力はゼロ。
 そんな旦那に、なんで残された貴重な時間を費やさなければならないのか。
 千秋や大神いずみ的なニヒリズムは、そういう認識から生まれてくる。

 もちろん、同じ世代の女性がすべてそうであるとは限らない。
 むしろ、「世代論」で採りあげられるサンプルデータは、いつだって少数派であることが多い。

 だが、その少数派がことさら目立つようになると、あたかも世代全体が同じイメージで語られるようになり、そこから「世代論」が誕生してくる。
 “若い頃にイケイケ・ドンドンの遊び感覚を身につけたバブル女たち” という印象も、ごく一部のサンプルデータを反映しているにすぎない。

 ただ、一つだけ言えることは、女性同士の新しいコミュニケーションの場を創造したのは、やはりこの世代の女性たちである。

 男を排除して、女同士で盛り上がる。
 いわゆる「女子会」ブームは、彼女たちの文化だ。
 それが、その上の世代にも広がり、団塊世代の女性たちも「女子会」の面白さを知ることになった。

 そういった意味で、「アラフォー世代女子のニヒリズム」は、現代社会に新たな活力をもたらしたといえなくもない。
  
  
参考記事 「シニア夫婦の『くるま旅』のコツ」
  
参考記事 「奥様方に聞く『自分の亭主の嫌いなところ』 」
 
関連記事 「55歳からのハローライフ」
 
  

カテゴリー: コラム&エッセイ, ヨタ話   パーマリンク

アラフォー女性のニヒリズム への8件のコメント

  1. 木挽町 より:

    同世代?だからなのかも。楽しく読ませて頂きました。なるほど。当たっていると思いました。個人的には、今の「非婚」は男の責任が大きいと思っています。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      >>「今の『非婚』は男の責任が大きい」
      そうですね、おっしゃるとおりだと思います。
      全体的に、「結婚」というものに関して、男はあまり深く考えていないような気もします。いま話題になっている「保育園」の待機児童の問題などに危機感を持って発言をしているのはほとんどママさんたちだし、「男の育児休暇」を話題にしながら、奥さんが出産する直前まで不倫していた議員もいたし … 。
      そういう男たちが増えてくると、女性の方も、「結婚」というものに関して、ものすごく臆病になるだろうし、慎重になるでしょうね。
       

  2. Sora より:

    ひさしぶりに拝読させていただきましたが、ますます町田さんの観察鋭く、感心いたしました。

    このアラフォー女性の結婚・異性へのニヒリズムは、男の「価値観」からしたら単に甘やかしすぎた結果、ということなのでしょうね(笑)。それと彼女達の舌鋒が厳しくなる暗い心理背景には、まだ異性関係もやり直せる自分の年代からくる、あせりと自分への苛立ちも有るでしょうね。そのあたりが、我々オーバー60の愛すべき同胞オバチャンがまだ「亭主は元気で留守がいい」レベルの不満で留まっていることとの(甘い?)世代間の違いなのでしょう。

    いずれにしろ、いちばん根本にあるのは、男女の生涯安定関係を目指す伝統的結婚制度が、長寿化(生殖時期を遥かに超えた)、女性の経済的地位向上(男だけが稼ぎ手でない)の戻れない変化に、もうそぐわなくなっている問題です。かろうじて老後福祉制度の不安定さが結婚制度を支えている。それを言っちゃあおしまいですが、女子会の隆盛にしろ珍奇な我々の柳眉をひそめさせる新しい流れは今後も、結婚制度崩壊に向けての先ブレとして続々出てくるでしょう。

    町田さん、このゆく先をしかと見据えましょうぞ(笑)。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ
      さすが鋭いご指摘。恐れ入ります。
      アラフォー女性の舌鋒が厳しくなる背景として、>>「(年齢的に)まだ異性関係もやり直せる」という意識が心理背景になるというのは、まさにそのとおりだと感じました。
      実際、記事中に登場していただいた千秋女史は、舌鋒鋭い発言をされた直後に新しいパートナーを見つけて再婚されましたしね。

      基本的には、Soraさんがご指摘されたように、日本人の長寿化と女性の経済的地位向上によって、伝統的婚姻制度が不安定になってきていることが、年配女性たちの不満を煽る原因の一つになっているのかもしれません。

      特に、日本の年配女性たちがみなきれいになってきましたね。
      「アンチエイジング」ブームで、年配女性向けの化粧品やサプリメントも大市場を形成するようになったし、文化的には「美魔女」ブームなどがそれを後押しして、今の40代~60代女性がみなチャーミングになりましたよね。

      それによって、今後は男女の関係がより流動的になっていくのでしょうけれど、それによって生まれる人間関係が荒んだ退廃的なものになっていくのか。それともお洒落な新しい価値観の関係が構築されるのか、今はなんともいえません。
      フランスやロシアでは、婚姻関係とは別の洒落た男女の結びつきも習慣化されているという話を聞いたこともありますし、そのへんをしっかり見定めていきたいですね。
       

  3. なかじまけいこ より:

    後輩からの相談事も 教え子からの相談事もこの手のことが増えてきました
    確かにヴィジュアル的に40代の 関心ごとですが、、  彼女たちの意識が変わったことを思います
    個人的に わけもなく強い、、プライドが半端ない、、しかし 私から見たら世間知らず 自分知らずで ただただ強いだけ、、、
    両性あっての  宇宙的敬愛が 全く範疇にない不幸を思います

    • 町田 より:

      >なかじま けいこ さん、ようこそ
      やはり、アラフォー女性の意識が、最近変わってきたという印象をお持ちなんですね。
      >>「わけもなく強い、プライドが半端ない」

      なんとなく分かるような気もします。
      世代的な特徴なのか。それとも、年齢的な特徴なのか。
      そのどちらなのかよく分からないのですが、アラフォー女性たちに、独特の強さを感じることはありますね。
      それも、男性を圧倒するような強さ。
      もし、議論でも始まったら、とても勝てないような気がします。

      >>「両性あっての、宇宙的敬愛」 …
      とてもいい言葉だと感心いたしました !!
       

  4. カコ より:

    はじめまして。「キモイ、生理的に無理」は価値観に合わない表れということになるほどと思いました。
    一方後半、ジコチュウには付き合っていられないという不満話が何故彼女達の世代のテンプレート的価値観と関係があるのか、ましてやニヒリズムから残った価値が金と地位とは自己紹介しすぎではありませんか。
    私は彼女達は何かに誘う前に長年価値観をすりあわせることをせず共有してこなかったことへの怒りの代弁をしただけかと思いますよ。

    • 町田 より:

      >カコ さん、ようこそ
      こちらこそ、はじめまして。

      この記事がはっきりしたデータの検証を得ることなく、書き手の主観的な先入観のみで構成されたものであることは認めます。
      そして、そのためアラフォー女性全般が、あたかも時代的環境のせいで皆一様に「ニヒリズムに陥っている」かのような記述の進め方になってしまい、それに対して疑義を抱いていらっしゃるということも分かります。

      ただ、私がここであえて「ニヒリズム」という言葉を掲げたのは、アラフォー女性たちのキャラクターそのものを語るためではなく、彼女たちの置かれた時代そのものを表現したかったという気持ちから出たものです。

      それはどういう「時代」であったのか。
      本文中にも書きましたが、彼女たちの多くが青春を費やしたのは、後世「バブル期」といわれた時代です。
      この時代を生きた女性は、消費文化の象徴的存在でした。
      たぶん、「楽しいことは罪ではなく、正義だ」という思想が日本に定着したのは、このときが初めてだったのではないでしょうか。

      それまで、何ものにも束縛されない自由というものを手にしたことがなかった日本の女性たちが、この時代、はじめて「自分のために楽しんで何が悪い?」という境地を手に入れた記念すべき時代だったのかもしれません。

      ただ、私はそれを「ニヒリズム」だと思うのです。
      「自分のために楽しんで何が悪い?」と思ったときに、その瞬間 “他者” は消滅します。
      他者との緊張関係を失った「楽しみ」というのは持続しません。
      これは女性に限らず、男性においてもしかりです。

      「楽しむことは後ろめたいことである」
      人間は、そのくらいの気持ちを持っていた方がいいように思います。
      「自分が楽しんでいる間に誰かが泣いている」ぐらいの気持ちを持つことが謙虚さにつながります。
      そういう気持ちを失って、「自分が楽しければいい」という思いだけで生きてしまえば、それはニヒリズムに突き進んでいくことになります。(もっとも消費は伸びますが … )
      私が外から見ていたバブル文化というのは、このようなものでした。

      たぶん、この時代、アラフォー女性だけではなく、男性もまた同じような境地に陥っていたのでしょうね。

      「バブル期」を生きた女性と男性の生きざまは、小説家桐野夏生さんの『猿の見る夢』という小説によく描かれています。

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