桐野夏生『バラカ』

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 2011年の3月11日に起きた東日本大震災から今年で5年。
 5年目の「3・11」は、肺血栓症で入院していた病院で迎えた。
 ちょうどその日に病室で読んでいた小説が、桐野夏生氏の最新作『バラカ』だった。

 本の帯には、
 「私の『震災履歴』は、この小説と共にありました」
 という作者のコメントが載せられていた。
 この作品が、東日本大震災とそれによって生じた福島の原発事故をテーマにしたものだったからである。

 しかし、この物語で扱われる東日本大震災は、事実とは多少異なっている。
 原発4基がすべて爆発し、その放射能汚染の領域が現実よりもはるかに広がってしまったという設定になっている。

 つまり、東京全域がすっぽりと危険地域に入り、首都機能が大阪に移転。日本のセレブたちは海外の安全な場所に移住してしまう。
 海外に逃げる余裕のない人たちは、日本の西側の都市に移り住み、関東以北に残っている人間は、低収入の海外労働者か、死期が近いと諦めた老人たちか、あとは自暴自棄的な若者だけという、いささかディストピア的近未来SF風の世界が展開する。

 といっても、最初のうちは、この小説がどういうふうに展開していくのか、読者はまったく予測することができない。
 原発事故による放射能汚染の進んだ北関東の警戒区域を捜査していたボランティアの老人が、被災地の廃屋に潜んでいる一人の少女を発見するという書き出しからこの話は始まるのだが、その短いプロローグは悲劇の予兆を秘めながら、そこでストンと閉じられてしまう。
 
 その後に続く章では、日本に出稼ぎに来た若い日系ブラジル人家族の話が繰り広げられ、次の章では、テレビ界と出版界でそれぞれ活躍するアラフォー女性2人の交友記が綴られていく。

 三つの話は、どこでどう絡み合っていくのか。
 何の脈絡もなく進んでいく三つのエピソードが、突如起こった大震災を軸に、一気に繋がっていくときのダイナミズムは、さすがにこの作家ならではの力量が発揮されるところだ。

 主人公(ヒロイン)である少女の名前は「バラカ」。
 その名は、スペイン語では “居場所がない” というニュアンスを秘めながら、アラビア語では「神の恩寵(おんちょう)」という響きを持つ言葉だとされる。
 
 貧しい日系ブラジル人夫婦の娘として生まれ、まともな教育を受ける余裕もなく、物心もつかないうちにドバイの赤ん坊市場に売られ、そこでハイミスの日本人女性に買われるという数奇な運命をたどるバラカは、人間でありながら獣のように生きなければならない生活を強いられる。
 
 人間としての判断力すら育たない年齢でそのような過酷な運命を背負わされた少女の心は、相反する二つのエネルギーに満たされていく。
 すなわち、
 「文明」と「野性」
 「聖性」と「獣性」
 少女の生命には、常に相反する二つのエネルギーが交差し合う。

 二つの力は、一方では「優しく温かいものに庇護されたい」という少女らしい渇望に収斂していき、一方では「何がなんでもしたたかに生き抜いてみせる」という大人顔負けの智恵となって、彼女の生き様を形成していく。
 
▼ 作者 桐野夏生氏

 この物語は、基本的には、このバラカという少女の “逃走劇” である。
 
 彼女は、何から逃げようとしているのか?
 彼女を利用しようとする「闇の勢力」からの逃走である。

 すなわち、特異な環境を生き抜いたバラカという少女がまき散らすオーラのようなものに着目し、彼女の存在を政治的プロパガンダとして利用しようとする正体不明の勢力からの逃走である。

 その「闇の勢力」の背後に潜んでいるのが、(架空の)日本政府か、それとももっと巨大な、それこそグローバル規模で原発推進をもくろむ世界的シンジケートなのか、それは小説のなかでははっきりと記されない。
 
 ただ、バラカという少女を、「原発事故から奇跡のように立ち直った日本の復興のシンボル」という虚偽のプロパガンダに利用しようとする組織の不気味な影だけは、しっかりと小説の隅々にまで刻印されている。

 逃げようとするバラカの前に立ちはだかる最大の敵が、彼女の義父でもある川島という男。
 作者の鬼気迫るほどの描写力によって、この川島という男は、吐き気を催すほどグロテスクな人間として描かれる。

 人間の形を取った「悪魔」。
 この男が徐々に正体を表わしていく過程は、もうちょっとしたホラー小説だ。

 しかし、邪悪な悪魔にも、悪魔としての哀しみはある。
 悲哀の何たるかを知り抜いた魔性というのは、それなりに狂気の魅力を秘めているものだ。

 そういう男がバラカを追うのだから、追われるバラカに感情移入して読み進めていく読者もまた、背筋の凍るような恐怖を味わうことになる。
 本当にこの作者は、「追われる者の不安や脅え」を描くのがうまい。
  
 さらにいえば、「追われる者の不安」をうまく描くだけでなく、この作者は「追われる者の美しさ」も描く。

 「追われる者の美しさ」とは何か?
 それは、追われる者がついに立ち止まって、追ってくる者と対決する決意を固めるときの美しさだ。
 いわばファイティング・ポーズの美しさ。
 桐野作品のヒーローたちは、みなファイティング・ポーズを見事に決めたときに光り輝くように造形されている。
 

 あらためて、この小説のテーマを考えてみる。
 この作品に描かれる近未来の日本では、時の政府が、“大阪オリンピック” を招へいしたり、復興を祝う華やいだイベントを奨励したりして、原発事故の悲惨な状況から国民の目を背けさせようと画策している。 

 もちろん、それは小説のなかでの設定だが、作者の目は、現政権こそがまさに原発事故の深刻さをひたすら隠蔽し、国民の目をそこから逸らそうとしているのではないか? という疑惑をしっかりと見据えている。

 福島の原発事故が起きてから、すでに5年経ったというのに、壊れた建屋の内情を観察できるようになるのは、オリンピックが始まる2020年になってからだという。
 さらに、破壊された原発施設の修復に着手できるのは、2050年以降になるとか。
 
 原発事故の危機はあいかわらず現在進行形であるどころか、それを回避する方策ですら、いまだに立てられていないのだ。
 なのに、政府はオリンピックのような国家事業に国民の目を誘導し、そのせいで、人々の “3・11” への思いは徐々に風化しつつあると指摘する声もある。
 『バラカ』という作品は、まさにそのことを再認識させるために書かれたようなところがある。
 
 
 最後に、ヒロインの造形について、思ったことをつけ加える。
 もしかしたら、ヒロインであるバラカの描き方には、もうひとつ別のアプローチもあったのではないか、ということだ。

 かつて桐野夏生氏は、『発火点』という対談集で、同じ女流作家の柳美里氏と次のようなことを語り合っている。

▼ 桐野夏生 『対論集 発火点』

 すなわち、
 「(私たち作家のような者たちが語る)言葉は、教育などのコストのかかった特権階級のものである。だからアフリカやインドといった貧しい地域に暮らす人々の言葉にならない苦しみというものを書けない」
 したがって、
 「言葉にできない物や事が沈んでいる闇の世界があるなら、どんな危険が伴おうと行ってみたい。闇にまで行き着けば、それは作者にとって勝利に近いのではないか」

 バラカという少女は、もしかしたら、作家・桐野夏生がはじめて手に入れた「悲しみ」や「苦しみ」を言語化できない人間として描くことも可能だった素材ではなかろうか。
 彼女は、日系ブラジル夫婦の間に生まれ、まともな日本語教育すら受けていない。そして、母国語を何一つ獲得できないうちに、ドバイの人身売買市場に売られていく。
 
 怖さ、不安、苦しみ、悲しみを表現する言葉を一つも獲得できないまま幼児期を過ごしてしまう人間の内面がどのようなものであるのか。
 そういう人間が見る「世界」には何が映ってくるのか。
 もし、そこに一歩でも踏み込むことができたなら、この小説に、もうひとつ違った光を与えることができたかもしれない。
  
   
参考記事 「桐野夏生 『抱く女』に描かれた70年代の吉祥寺」
 
参考記事 「桐野夏生『猿の見る夢』」
 
参考記事 「桐野夏生 『ローズガーデン』」
 
参考記事 「桐野夏生 編 『我等、同じ船に乗り』」
 
参考記事 「桐野夏生 対論集 『発火点』」
 
参考記事 「桐野夏生 『ダーク』」
 

  
 

カテゴリー: 映画&本   パーマリンク

桐野夏生『バラカ』 への6件のコメント

  1. カッチ より:

    体調はどうですか?
    だいぶ良くなったご様子ですが、今後とも健康だけには注意!しないとですね。
    話題は、原発ですか。
    まぁ~これだけ世の中、腹いっぱい電気使っている訳ですから、どこか?リスクありますよね。
    車だってそう。
    便利に使えるけど、一歩間違えれば危険、そして地獄ですね。
    なんでもそうですが危機管理の上、安全第一で使わないと、ってことですね。
    そうそう、やっと気に入ったキャンピングカーが見つかりました。
    トライキャンパーです。
    今頃?って思われるかも知れませんけど、軽のキャンピングカーは前には全然興味もなかったので・・・
    でも軽に拘り呑んべーの1人旅には、これ!って思えたのがトライキャンパーでした。
    しかしながら、ベースがカッコ悪い(でも味のあるスタイルが見てるといい)サンバーベースでの中古車で探しています。
    ナニナニ?町田さん、KONGの新車を買いなさい?
    いえいえ、カッチョ悪い!(サンバーがなんかいいです)サンバーベースを探します。
    できたら、スーパーチャージャーで程度のいいのあればいいんですけど。
    また!どこかのフィールドで一緒に飲みたいですね。

    • 町田 より:

      >カッチさん、ようこそ
      久しぶりに気に入ったキャンピングカーを見つけられたとのこと、まずはおめでとうございます。

      トライキャンパーは、もう生産中止になりましたが、生産累計では1,000台を軽く超えていると思いますので、きっといい中古が出てくると思います。
      あのスタイルは悪くないですよ。
      いかにも初期の軽キャンピングカーらしい可愛らしさがあって、私も好きです。
      群馬のフィールドライフにいちど連絡を取られて、中古車情報をお尋ねになるのもいいかもしませんね。

      いやぁ、ぜひともどこかのフィールドで、またご一緒させてください。
      ギターも持ってきてくださいね。
       

  2. 円満依子 より:

    初めまして。
    桐野夏生さんのバラカ、ひと月ほど前に図書館で借りて読んだのです。流石に飽きさせない筆力。

    一気に読了したのですが、何か引っかかりと言うかすうっと腑に落ちないものを感じていました。
    語り合える友人なく、老夫( 老夫婦です )にも是非読んでと言える傑作とも思えなかったのです。

    ふと思いついて検索。待田さんの文章に納得が行きました。なんて鋭い視点をお持ちかと。
    そうですね。 バラカが弱かったですね。。
    それに私は憎しみと悪意の化身のような男、名前忘れましたごめんなさい、の正体がいまいち良く分かりませんでした。何故あれまでに成れるのか。なぜ自殺するのか。
    町田さんなら理解されているかもしれないと、メールしました。

    • 町田 より:

      >円満依子さん、ようこそ
      こちらこそ、はじめまして。
      この『バラカ』を脱稿後にインタビューに答えていらっしゃる桐野さんのお話によると、最初の稿を進めている途中に東日本大震災が起こり、未曽有の災害を無視したまま執筆を続けていくのは困難であるという気持ちになったため、当初企画していたものとは大幅に内容が変わっていったということでした。

      そのため、全体を通してみると、どこか話の通りが不自然なところがあります。おそらく円満さんがお感じになった ≫「引っかかりというか、腑に落ちないもの」というのは、最初に作者が見ていた世界と、震災を通して新たに作者に見えてきた世界とのズレから生じているからではないかという気がいたします。

      たぶん、最初の意図通りに話が進行していたら、ストーリー的には破綻のない見事なエンターティメントに仕上がっていたでしょう。
      しかし、あの大震災と、その後に生じた原発問題は、日本人がどう対処すればいいのか分からないほど大きな問題を提示してしまいました。たぶん使用済み核燃料の処理まで考えていくと、もう何万年単位という、人類がかつて経験したことがないほどのとてつもない問題を残してしまったように思います。

      作者が、この小説のストーリーをまとめきれないように見えるとしたら、それは、その抱え込んだ問題のとてつもない大きさをそのまま表しているように思えます。この作品が混沌としたものを抱えているのは、我々の社会が抱え込んでしまった混乱そのものであるようにも感じます。

      ご指摘の “悪魔の化身” であるかのような男。バラカの義父になる川島ですね。この人物造形は圧倒的でしたね。
      これほど嫌悪してもし切れないような人間が登場するのは日本文学においてもまれなことではないでしょうか。この人物は、ある意味でこの小説の “影の主役” であるようにも思えます。

      ただ、最後になって、なんであんなに簡単に自殺してしまうのか。
      そこは多くの読者が意外と思うところであり、読後も釈然としないものが残るのも事実です。
      しかし、この男は、やがて姿を変えて今後の桐野作品に登場し、よりはっきりした正体を明かすような気がしてなりません。

      というのは、この男の抱えている 《闇》 のようなものも、まだ今の文化では解明できない種類のようなものであるに違いないからです。

      作者は、この男に関して、「現代社会に根強く浸透しているミソジニー(男性の女性嫌悪)を象徴する人物」という位置づけにとどめているようですが、おそらく作者がこの男を使って表現したかったものは、単なる男文化にはびこる女性蔑視・女性嫌悪というものだけではなかったでしょう。

      それは、「人間の悪意というのはどこから来るのか?」という哲学的・宗教的な問そのものであり、それこそ人類史的な壮大さを秘めた問題であるように思われます。
      そういうテーマは、並みの人間には簡単には理解不能という意味で、まさにオカルトやホラーの世界そのものであるかもしれません。
      たぶん、作者もそこを意識していて、この男は途中から “ホラーの住人” としての影を濃くしていきます。

      ただ、この川島という男を、作者もまだ十分に捉えきれなかったのでしょうね。
      だから、とりあえず、この作品では「自殺」させています。
      しかしそれは、朝の光を感じた吸血鬼がいったん棺桶に戻るようなもので、やがて我々は、この男のパワーアップ版を今後の桐野作品から見出すのではないかという気がしてなりません。
       

      • 円満依子 より:

        町田さま
        余りにも鮮やかなご解説と言うか、もう
        素晴らしい批評文に圧倒されました。
        この人は一体何者なのかと思ってしまい
        ます。

        川島という地上の憎しみを全て背負って
        生きていた様な男に対する町田様の見方
        に、思わず唸りました。
        確かに彼は今後の桐野作品の中に更に
        パワーを増して登場するのでしょうね!
        人類が創り出したのに人類ではもはや制御
        出来ない核エネルギーそのものの様に。

        町田さんの読書量と理解の質の高さには
        尊敬と驚き、また、こんな人がいる!
        と知った事による幸福感とが混ざった
        状態、でしょうか。。
        私ももっと桐野作品を読もう!!
        ダークやアウトだけでなく。
        分からなくなったらまたご教示くださいね
        。手術後の体調は順調でしょうか。
        どうぞお大切にしてください。

        • 町田 より:

          >円満依子さん、ようこそ
          私の拙文に対しかくも過分なご評価をいただけたこと、気恥ずかしい思いを抱きながらもまずは感謝申し上げます。
          本当にありがとうございました。

          この桐野作品に対する感想には多少複雑なものがありまして、一つは初期作品のようなキリッと形の整っているエンターティメントであってほしかったという思い。そして、それとは相反するのですが、「よくぞここまで壮大なテーマに挑んだな」という讃嘆する思い。その両方があります。

          そもそも文学とは、読後に、「どこかにまだ未解決な問題が潜んでいる」という不条理感を残したものだというふうに思っています。たとえすべての事件が鮮やかに解決したかのように構成されたエンターティメントであっても、本当に優れたエンターティメントは、どこかに “未解決感” を残しているように感じます。その “未解決感” を我々は「余韻」といっているのではないでしょうか。

          そういった意味で、桐野作品は全体的に “未解決感” を残しますよね。
          特に、この『バラカ』には、その感が強いように思います。
           

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