又吉直樹の文学的資質

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 「文学的な資質」って、いったい何だろう。

 文章がうまいことだろうか?
 本を読むのが好きなことだろうか?
 空想癖があることだろうか?
 知識や教養があることだろうか?

 それっぽい答はすぐにでもいろいろと見つかりそうだが、根本的なことはよく分からない。
 ただ、人の文章を読んでいると、書き手が特に職業作家でなくても、
 「あ、この人は文学的な資質がありそうだな」
 と、思ったりすることは、ときどきある。

 『火花』で芥川賞を取ったお笑いタレント又吉直樹の受賞前のエッセイ集を読んでいて、そう思った。(この本も入院中に院内のコンビニで買い、病室で読んだ)

 エッセイ集の名は、『第2図書係補佐』(幻冬舎よしもと文庫)。 
 2011年に発行された書籍だというから、小説『火花』を発表する4年前の著作である。
 著者自身の「前書き」によると、アルバイトをしながら芸人修業をしていた頃にフリーペーパーに連載していたコラムを集めたものだという。
 
 内容は、自分が読んだ本の紹介。
 太宰治あり、カフカあり、大江健三郎あり、村上龍あり、カミュあり、吉本ばななあり、宮沢賢治あり …… 。
 図書館の小説コーナーに並んでいそうな作家の著作がずらりと紹介されているが、本人いわく、「これは、いわゆる本の解説や批評ではない」とのこと。
 
 では何かというと、又吉直樹という人間が、小学校から高校ぐらいまでに経験した様々な思い出話を綴った本なのである。
 で、肝心の小説の紹介は、思い出話の最後の2~3行ぐらいに、遠慮がちに出て来るに過ぎない。

 しかし、文章は確かにうまい。
 … というか、破たんがない。後に芥川賞を取ることがすでに約束されているような文章力はある。
 さらにいえば、文学者としての資質がしっかりと備わっていることも伝わってくる。

 では、「文学者としての資質とは何か?」
 再び、冒頭の問に戻る。

 それは、
 「自分はこの世から弾き出されている」
 という意識を持っていることだ。
 つまり、自分を取り巻く環境に対して、常に「何か居心地の悪いような」気分を持続していられるかどうか。
 そういう違和感を持つことができれば、「文学者の資質」を備えるための最初の難関はクリアできている。

 言葉を変えていえば、「文学的資質を保証するものは、リアル社会におけるコミュニケーション能力が低いこと」である。 

 人間を社会的な成功に導く大きな鍵となるのが、一般的には “コミュ力” であるけれど、こと文学的資質という意味においては、コミュ力はマイナスになる。
 むしろ、コミュ力が乏しいために、人前でうまくしゃべれない、とか、面白いことを言おうとしたら噛んでしまった、スベッてしまった、という方が文学的資質を伸ばすには都合がいい。

 なぜなら、しゃべることが苦手な人は、他人に訴えたいものがあったとき、それを文字に書いて伝えなければならないところに追い込まれるからだ。

 そして、さらにいえば、リアル世界における孤独感、疎外感こそが、他の誰もが思いつかない独自の世界を探し出すチャンスを与えてくれるからだ。

 繰り返しになるかもしれないが、文学的資質とは、「世界を不条理と見なす資質」のことである。

 又吉直樹は、カミュの『異邦人』に触れた文章を、こう結ぶ。
 
 「僕は予定調和なことよりも不条理なことにリアリティと人間味を感じてしまうことが往々にしてある。
 雰囲気や直観で行動を促されることが多々あるが、そういうものが他人にとって何の説明にもならず、脅威になる場合もあると経験上解っているから、後からもっともらしい理屈を付けて、嘘を吐いてしまうのだ」

 これなど、近代文学がいかにして生まれてきたかということを、たった5行で解説してしまったような文章である。

 近代になって、人は「無意識」という世界を発見した。
 それはカオス(渾沌)にまみれた不条理でアナーキー(無秩序)な世界である。
 しかし、そういう世界にこそ、人間の本当の姿があるという認識から、近代文学がスタートした。

 けれども、人間のそういう真実を認めることは、多くの人を不安と恐怖に陥れる。
 だから、普通の人々の日常生活は、予定調和で合理的な思考(又吉いうところの “もっともらしい理屈” という嘘)によって動いていく。

 
 又吉が採りあげた森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』を語った文章では、人の理解を超えた突拍子もない行動をとる女の子が登場する。
 又吉の小学生時代。美術の時間に粘土工作を行っても、その女の子は「ベロが異様に長い象」を作り、その作品に対して誰も理解できないような解説を行うので、大半の子供たちは引いてしまう。

 その女の子のことを書いた章を、又吉はこう結ぶ。

 「自分の想像力を超えるものを人は恐れるけれど、たいがいの場合、それを作り得た人の純粋な心に脅えているんじゃないかと思う」

 「人が何かを創造する」ということはどういうことかを端的に述べた文章である。
 “純粋な心” と書けば聞こえはいいけれど、又吉は「純粋な心とは不条理である」とも言っているわけだ。

 このように、又吉という人が非常に鋭い洞察力を持ち、かつそれを表現する文学的資質に恵まれた人であることは、この本だけでよく分かった。

 しかし、「資質」イコール「才能」ではない。
 「才能」とは、「資質」のそのまた上にあるものだ。
 芥川賞を取ったからといって、又吉直樹が今後プロの小説家として身を立てていけるかどうかは未知数だ。

 正直にいうと、『第2図書係補佐』の文章は確かに「上手い !」と認めることはできたが、それほど面白くはなかった。アッと驚いたり、ワッと感動したり、ハハハッと笑えるようなパワーには欠けている。ある意味で、卒なく器用にまとまりすぎている。

 この本が、けっきょく自分の思い出話の域を出るものではなく、読んだ本の「批評」にも「紹介」にもなり切れなかったのは、やはり彼が、採りあげた本と一対一で向き合うほどの力をまだ獲得していなかったことを示すものなのかもしれない。

 でも、将来を期待できる人であることは確かだ。
 あと10年ぐらい勉強したら、彼はお笑い芸人をやりつつ、「小説家」を超えて、「芸術評論」や「芸能評論」もこなせる、広い意味での物書きになっているのではないか。 
 
  

カテゴリー: 映画&本   パーマリンク

又吉直樹の文学的資質 への4件のコメント

  1. ようこ より:

    町田さん こんにちは

    昨晩帰宅しましたあ~ 東京は寒かった!でも、
    桜の時期でしたので日々花を見ることが出来、堪能してきました。

    久々にパソコンをつけメールボックスにざっと目を通してから
    『又吉直樹の文学的資質』を拝見しました、うーん読みたいなあ
    残念だなあ、今回ゲットしてきた数冊の本の中には入っていません。

    こちらの気温はもう30度近いので調子がくるってしまいそうです
    貴方のおかげんはいかがですか ?

    • 町田 より:

      >ようこさん、ようこそ
      せっかく東京に来られたのなら、「お会いできればな … 」などとも思っていたのですが、こちらの体調も不完全であり、かつご主人様と水入らずの訪日であると思いましたので、今回は失礼させていただきました。
      次回の機会がありましたら、またお声かけください。

      この時期の東京が寒いのかどうか、同時期の外国と比較したこともないので、あまりよく分からないのですが、ご帰国されたときの気温が30℃であったと聞くと、さぞや東京が寒く感じられたことでしょうね。

      日本のこの時期は、よく「三寒四温」などといわれるように、寒暖の差が激しくなるようです。だから、訪日中に体調を崩されなかったことが何よりです。

      記事で扱った又吉氏の本は、そこそこの出来栄えでした。
      今後の彼に期待です。
       

  2. なかじまけいこ より:

    今夜思いがけず 以前自分の個展をして下さったギャラリーで 知人の文芸賞作家の懇談会を開くからどうぞと誘われて 明日名古屋の作品搬出だなあと思ったが夜桜見ながら行うかとでかけた
    ご自分の出生から 全く本を読まずに過ぎた小中高時代、、あることから発奮して急にもの書き始め いきなり賞候補になったが 1000人の中の50人から 4次選で落ちて苦節10年、、、本嫌いが作家になったという異色のひとだ
    なんでも授賞式の感謝の辞で自分に影響を与えた作家と作品を混同したまま壇をおりて失笑を買ったが 時の委員長 野間宏氏が 再度登壇させ訂正させて めでたく大爆笑で迎え入れられたとか、、、、失敗は時として暖かく許され 運命を変えるね

    質問の時間になり一青年が 今又吉の火花を読んでいますが先生はどう思われますか
    作家はウン よく会うけど真面目なひとですよ だいたい吉本でずっと PRも書いていたしほぼ完璧な文章力持ってますよ  彼は冷静に 僕を本当に評価してくれるのは相方だけです、、、と意外なことを言った
    あの相方はやわらかいことで名を馳せたから相方が知的なことで有名になり 自分の身の置き所がないんじゃないかと げすなことを思って同情していた
    その相方は 僕はやっと又吉のマネージャーになりましたよ、、、みたいなかっこいいことを言ったらしい   
    私は若者たちのよい結果にうれしくなった  心の綺麗な人を見るのは幸せなことだ
    又吉さんはこれからも軸足はお笑いにおいて   残りを書いて行くと言っておられたとか、、、それもいいことだと思う
    何に付けても人生を生き生きと生きて行くことは大変なことだ

    降るような星のもと 医学界へのメスを入れたような著書をいただきサインを入れてもらって  楽しく帰った   町田さん順調ですか    はあいよかったですね

    愛知県美術館で恒例のグループ展明日終わる 個人ではとても展示できないことだ
    先輩たちの飽くなき転進と成果によって 展示の許可が出るらしいから いいものを持って行きたいものだ

    • 町田 より:

      >なかじま けいこ さん、ようこそ
      お知り合いの作家の方のエピソード、非常に興味深く拝読。
      野間宏さんが選考を務められた賞を受賞された方だということならば、さぞやご高名な方なのでしょうね。

      又吉氏のお話に関しても、ピースの相方のお話などを聞くことができて、こちらも勉強になりました。
      最近の芸人のレベルは高いですね。
      又吉氏に限らず、文芸に手を染めている方も増えてきましたし、クラシック音楽などにも造詣の深いタレントもいますしね。

      今回ご紹介いただいた文芸賞作家のように、けいこさんも、本当にいろいろな分野の方と広い交流を持たれているんですね。
      うらやましい限りです。

      それもこれも、(コメント欄から推測するに)、けいこさんがものすごくクリエイティブな作品を発表し続けていらっしゃるからなんでしょう。
      とのような作品なのか、いずれ目にする機会があれば光栄なことと思いを馳せております。
       

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