草思社文庫『ダンディー・トーク』

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 1989年に自動車週報社から発行された故・徳大寺有恒氏の単行本『ダンディー・トーク』(廃版)が、「草思社文庫」という形で再登場することになった。


 
 草思社は、徳大寺氏の代表作となった『間違いだらけのクルマ選び』シリーズを手掛けた出版社で、氏とはゆかりのある会社。
 同社からは、すでに『ぼくの日本自動車史』も文庫化されており、これで徳大寺氏が世に残した自伝的な “自動車文学” の両輪が揃ったことになる。

 『ダンディー・トーク』の単行本は、自分が担当編集者だったこともあり、思い出が深い。
 大手出版社のように広告宣伝に資金を投じる余力もなかったので、ほとんど書店展開だけで、その存在を訴えるしかなかった本だが、ありがたいことに、「徳大寺有恒」というブランドの力も幸いして、口コミで読者層が広がり、一部のファンからは “幻の名著” などという有り難い呼称をいただくこともできた。

 本書はもともと、トヨタ自動車のPR誌『MOTOR AGE』の連載エッセイを書籍化したものである。
 連載中に収録されたファッション、映画、音楽、カメラなどの自動車を離れた趣味ネタに関しては、徳大寺氏の談話を口述筆記のような形で私がまとめ、ジャグァー、フェラーリ、トヨタ・マークⅡ、(『ダンディー・トークⅡ』では)ベントリィー、アストン・マーティン、レインジローバー、メルツェデス、ミニクーパー、シトローエン、セルシオ(後のレクサス)といった専門的な自動車記事に関しては、新たに書きおろしの原稿をいただくことができた。

 それにしても、この『ダンディー・トーク』は、単行本が出てから文庫本化されるまでに27年間が経過している。
 あらためて読み返してみると、良い意味でも悪い意味でも、この本が出た頃のバブルの空気をたっぷり呼吸している本だという感じも否めない。

 全体の基調が、“贅沢” 感あふれたものになっているのだ。
 ここに登場する自動車はみな、経済性や利便性よりも、快楽性や官能性で評価され、ファッションやブランド小物なども、世界の最高水準のオシャレを基準にして語られている。

 氏は、男のファッションについて、こういう。
 「服装術というのは、実に複雑な知識の上に成り立ったものであり、その人間の着こなしを見るだけで、その人の知性やセンス、生活観や思想が分かる。
 会話や文章でいくら高邁なことをいっても、服装に気を配らないような男を、私は信用しない。
 『人を外見で判断するな』とよくいうが、外見よりは、その人の会話や文章の方が当てにならないことは、よくあることなのだから」

 そう語りつつ、氏は、当時大流行していたアルマーニやベルサーチといったイタリアンモードに背を向け、ヘリンボーン、ツィードなどの生地素材を重視したトラディッショナルなイギリスファッションを好んでいたのもカッコよかった。

 とにかく、「贅沢」というものの本当の意味をよく分かっていらっしゃる方だった。

 さりげなく今開いたページ。
 「放蕩のすえに見えてくるもの」 
 というタイトルの付けられた「喫煙具」をテーマにした章では、こんな記述がみられる。

 「贅沢とは何か? 無駄のことである。
 効率、生産性とはまったく無関係なものである。
 フランスのブルボン王朝の王族たちは、ルイ14世にしろ、15世にしろ、無駄を絵にかいたような生活を送ったが、その無駄の多さだけ、建築も、ファッションも、家具も、とびきり贅沢なものを生み出した。
 彼らが生み出したのは、なにもヴェルサイユ宮殿やバロック美術だけではない。『恋愛』という、男女の最高に贅沢なコミュニケーションだって、無駄のたまものだ。
 もし、ブルボン家の王族と交わった愛人たちが、絢爛たる無駄な衣装と、無駄な機知の競い合いで王の関心を惹こうとしなかったならば、ヨーロッパ人の恋愛観は、今よりももっと貧しいものになっていただろう」

 1980年代の空気を伝えるような、こういう文章を、バブルが崩壊した後の寒々とした時代に読んだとしたら、なんともピントの外れた世迷言(よまいごと)のように響いたかもしれない。
 自動車評論も含め、世の中の文明批評のすべてが、バブル崩壊後は素っ気ないほど、経済の効率性を優先するクールな論調に変わっていたからだ。
 人々はそれを「(バブルの)夢から覚めて、リアルな認識が復活した」と評価した。

 しかし、現在の視点でもう一度バブル崩壊後の世相を眺めると、バブルの反省から生まれた「経済性を優先する “リアリズム” 」は、やはりどこか寒々として貧しい。
 そういう視点で自動車文化を語っても、それは、自動車がシロモノ家電に過ぎないことを言い当ててしまったようなものだ。

 そう思うと、この時代の徳さんが懐に温めていた世界観は、やはり奥が深かった。
 徳さんが脳裏に描いていた “贅沢” とは、バブルに浮かれた成金紳士の贅沢ではなく、ヨーロッパ文化の快楽も、その罪深い退廃も知り尽くした大人の贅沢であることが分かってくるからだ。 

 徳大寺氏の自動車観は、基本的にヨーロッパの文化の深さと、ヨーロッパ芸術の艶やかさとリンクしている。
 それらの文化的エッセンスは、氏の文章を通じて、ときに芳醇なコーヒーの香りとなったり、イギリス庭園の木漏れ日の影となったりして、読書する人間の脳を心地よく刺激する。

 こういう世界観を内に宿しながら、車のことを面白く語れる自動車評論家は、今はもういない。
 自分でいうのもなんだが、『ダンディー・トーク』というのは、氏のそういう資質を端的に表現した1冊ではないかと思う。
 単行本に収録されていたカラーグラビアを含めたオリジナル画像は省かれていたが、代わりに、氏と親交の厚かったさいとうさだちか氏の新しい写真が収録されている。

 本書が文庫本化されたことで、多くの読者がそれをもう一度読み返す機会ができたことをうれしく思う。
 

 
  
参考記事 「徳大寺有恒という生き方」
 
参考記事 「徳大寺有恒『ダンディー・トーク』 」
 
参考記事 「徳大寺さんお別れの会」
 
 

カテゴリー: 映画&本   パーマリンク

草思社文庫『ダンディー・トーク』 への2件のコメント

  1. かたなねこ より:

    以前の記事で町田さんが編集したと知って、町田さんの名前を確認しながら読みなおそうと探すも見つからず、でも捨てるわけないので古本を買うのも癪だなぁ~と思っていたんですが、これなら買います(笑)

    • 町田 より:

      >かたなねこ さん、ようこそ
      文庫本、ひとつ買ってみてください。
      なかなか読みやすい仕上がりになっているようです。

      著者の「あとがき」として、単行本と同じ文章が採用されています。
      そのなかに、私の名前もまた出ていました。
      ありがたいことだと思っています。
       

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