コンスタンチノープルの戦い (実況中継)

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ニュース24時 特番  
 
「コンスタンチノープルの戦い」 
 
【司会】 こんばんは。「ニュース24時」の時間がやってまいりました。
 今日はですね、先ほど臨時ニュースでお伝えしたように、ついにビザンチン側とトルコ側が事実上の交戦状態に入った事件を中心に、放送時間を延長してお伝えしようと思います。


 
 解説には、武蔵野歴史大学の町田先生にお越し頂いておりますが、その前に、まず、状況がどうなっているのか。そちらの方から先お伝えしたいと思います。
 
 ええ、コンスタンチノープルには、河村記者が行っております。
 河村さん、そちらの様子を教えてください。
 

 
【河村記者】 はい、いま私はですね、カリシウス門から入った近くのセントソフィア大聖堂の前にいます。眼下に見下ろせる金角湾からはですね、今日はしきりに船が往来しています。
 首都防衛にかけつけたキリスト教側の戦闘艦と、首都に穀物などの食料を運び入れる輸送船がせわしく湾内を行き来しています。
 先ほどから教会の鐘が鳴り響き、セントソフィア寺院には、首都防衛を祈願するたくさんの市民が集結し、朝から礼拝に余念がありません。


 
 たった今ですね、ビザンチン帝国の皇帝コンスタンティヌス11世ほか、イシドロス枢機卿、ほかヴェネツィア大使、ジェノバの代官らも交えた作戦会議が催された様子です。
 会議の詳細は分かっておりませんが、初代のコンスタンチン大帝以来1,100年続いたこの歴史と伝統ある街を守り抜くために徹底抗戦を貫くという方針が定まったようです。


 
 今日は朝から、防壁の上も相当混雑しておりまして、城壁の上に設置された大砲で使う弾丸が、しきりに運び込まれています。これには兵士のほかに、一般の市民も協力している模様です。
 先ほどからですね、私の回りにも、城壁の階段を物資を運ぶ人々の姿が動きを早めています。 
 ちょっと市民の声を聞いてみたいと思います。
 
 「… ああ、ウンベルディアノクレス、アラ、モラビアータ、ウン、ポンドゴレス、メゾ、ソフォン、クレ?」


 
 「ディアメゾン、ゴランヴィラクレメンソ、ゴナ、ミノレット、トレヴィザン」
 
 「フラゴナ、ゴメ、プリメラゾン?」
 
 「ジャガ、メンドゥーサ、オモン、ゴラン」
 
 ええ、今私は城壁の上に武器を運び上げようとしていた市民のひとりにインタビューしてみましたが、彼が答えるには、 
 「この町は、今まで一度も陥落したことがない。今回も、我々は町を死守するつもりだ。神が私たちを見放すことはないだろう」
 
 こう言い残して、市民のひとりは城壁の上に武器を運んでいきました。
 

 
 このようにですね、コンスタンノープルを守る市民たちの士気はかなり高そうです。
 先ほどですね、キオス島を本拠地としたジェノバの将軍シュスティアーニ率いる500のジェノバ兵が2隻の軍船で到着しまして、市民に歓呼の声で迎えられ、市民たちの顔は意外と明るい表情に包まれています。
 

 
 現在金角湾には、ジェノバ艦隊のほかヴェネツイアの大型ガレー船5隻も金角湾に集結しておりまして、海軍力に関してはトルコ軍より上との評判もありますので、ビザンチン側はこの海軍力を結集して首都の防衛に力を注ぐ意向のようです。


 
 しかし、市民の中で戦える男子も含めましてビザンチン側の守備兵力は7千人しかおりません。
 このあたり、人海戦術を展開するであろうトルコ軍に関して、どこまで町を防衛できるのか。
 ビザンチン側に与えられた厳しい条件をどうクリアするのか。その辺の課題はいまだ解消されてはおりません。
 
 …………………………………………………
 
【司会】 さて、いっぽうアドリアノープルを出発したトルコ側の様子を伝えてもらいましょう。 
 アドリアノープルにはバッキー記者が行っております。
 バッキーさん、… バッキーさん。アドリアノープルの様子はどうでしょうか?


 
【バッキー】 はーい、こちらは今まるでお祭りのような騒ぎに包まれています。
 私は今、アドリアノープルの宮殿前広場におりますが、もうスルタン出征の様子を一目見ようという市民がですね、朝から広場を埋め尽くして、歩くこともできない状態です。
 

 
 今日は1日中軍楽隊が景気の良い行進曲を奏で続けていまして、それに市民の歓声、そして軍馬のいななきが混じりまして、ちょっと人々の話す声も聞き取れない状況です。


 
 いま私の目の前にですね、イザク・パシャ率いるアナトリア軍団が行進中です。
 このアナトリア軍団というのは、トルコ軍の中でも正規軍団だけに、全員が赤いトルコ帽に装備を統一して、一糸乱れぬ行軍を続けております。
 
 実はですね、このあとトルコ軍の誇る最新のハイテク兵器が登場するとあって、市民たちはその話題で持ちきりです。
 なんでも、ハンガリー人の技術者であるウルバンという人が設計した砲身が8mにも及ぶという巨砲でありまして、その射程距離は1kmという超ハイテク兵器だそうで、30頭の牛と700人の兵士の力でやっと動くという、恐るべき大型大砲だということです。
 軍事大国であるオスマン帝国の恐ろしさを示す新兵器もこれからお目見えする予定です。


 
 あ、今ファンファーレが鳴り響きまして,人々の歓声が一段と高まりました。
 あ、いよいよスルタン、メフメト2世の登場のようですね。
 お聞きください。割れんばかりの大歓声です。


 
 ああ、宮殿の門からイェニチェリ軍団が出てきました。
 スルタンの親衛隊といわれるイェニチェリが、白いフェルトの帽子に緑色の上着を着て、肩に弓を抱えて行軍してきます。
 スルタンの親衛隊といわれる無敵のイェニチェリです。 
 全員が白のトルコ式ズボンに、ベルトに半月刀を差し込んで、見事な隊列を組んでやってまいります。
 

 実に整然とした行進です。
 兵士の背たけも、まるで物差しで計ったように、同じぐらいの背たけで統一されてですね、まるで機械仕掛けの兵隊のように、見事に同じ歩調で歩いてやってまいります。
 弓を抱えた兵隊の後ろは、槍を抱えた部隊が続いております。
 すごいです!
 槍の穂先がきらきら輝いて、まるで銀色の林が動いているようです。
 
 その周りをですね、赤字に白の半月を染めたトルコ国旗が何千、何百とはためています。世界帝国をめざすオスマン・トルコの威信をかけたイェニチェリの行進が、いま私の前を進んでいます。


  
 あ、いよいよスルタンの登場のようですね。
 あ、来ました! 来ました! 
 イェニチェリ軍団の中央を、ビロードのマントに白のターバンを巻いた若者が颯爽とした馬に乗って姿を現しました。
 オスマン帝国の若い君主、メフメト2世の登場のようです。
 白く輝くばかりの純潔アラブ馬にまたがっております。少し顔を高潮させながらも、まっすぐ前を向いたまま堂々とした手綱さばきでこちらに向かってきます。
 

 
 沿道の歓声が一段と高まっています。
 私の隣にいて手を振っている老人が、しきりに大声で声援を浴びせています。
 
 ちょっと声を聞いてみましょう。
 
 「スルジュ、スル、デウシメル、アナドルアースゥ、メクテプ、メドレセ?」
 

 「エフェエンディ、フェイズスッラア、イジャーゼット、ギュルババル、コンスタンチノープル、アスケリ、レアラー」
 
 「ええ、今日の日を心待ちにしていたんだ。神がコンスタンチノープルを我々にお与え下さるのは間違いのないことだ。今日は我々にとって永遠に記念として残る日になる」
 
 ええ、私の隣の老人はこう答えています。
 それでは、アドリアノープルからの実況をひとまず終りにします。
 
【司会】 バッキー記者どうもありがとうございました。
 ここでひとまずお知らせをはさんで、なおもこの事件の報道を続けたいと思います。

 ………………………………………………………


 
【司会】 それではですね、この戦闘がどういう方向に向かうのか、今日は軍事評論家の武蔵野歴史大学の町田先生にお伺いしたいと思います。
 先生、いよいよオスマン帝国のメフメト2世がアドリアノープルを出発したわけですが、今後どういう展開が予想されるのか、そのあたりをお聞かせ願えますでしょうか。


 
【町田】 ええ、僕はねぇ、この戦い相当長引くと思いますよ。
 確かにトルコ軍は準備万端整えて、おそらく一挙にコンスタンチノープルを陥落させようと思っているでしょうが、この都市は非常に堅固な城壁を持っておりまして、今まで正攻法の攻撃では一度も陥落したことがないんですね。
 だから、今回も持ちこたえるような気がしてならないんです。
 僕はねぇ、場合によっては、ビザンチン側が、きわめて有利な条件で講和を結ぶという決着を迎えると感じているんですがねぇ。

【司会】 はぁ、なるほど。その根拠はどういうところにあるのでしょうか。

【町田】 まぁ、この戦いそのものが理屈の通った戦いではないんですね。
 トルコ側にコンスタンチノープルを落とす理由が実はないんですな。
 まぁ、現在コンスタンチノープルというのは、確かにキリスト教側の象徴的都市のひとつでありまして、それを落とすことがイスラム側から見ればひとつの大きな意味をもたらすようにも見えるかもしれません。
 しかし、実際この町は東西貿易の要としてですなぁ、この町が存続することによって、トルコ側も十分な恩恵を得ているんですな。

【司会】 なるほど。

【町田】  要するに、この町はですねぇ、ヴェネツィアやジェノバの商人が事実上交易の拠点として巨額な貿易取引を行っておりまして、その富がトルコ側にももたらされているわけなんですね。
 それをトルコが直接支配したとしても、交易のノウハウを持たないトルコでは、現在の交易水準を維持できないわけで、それは経済的にみれば、むしろトルコにとってマイナスなんですな。
 
【司会】 そのへんトルコ側はどう思っているんでしょうか。

【町田】 トルコ側にも、ハーリル・パシャという、わりと開明的な宰相がおりまして、もともと彼は今回の軍事行動には反対の立場を示しておりますから、戦いが硬直状態に入ってくれば、彼を通じてビザンチン側との講和が生まれる可能性もあると、僕は見ているんですがね。


 
【司会】 分かりました。今日は緊迫したアナトリア半島の様子を実況を踏まえてお送りいたしました。
 「ニュース24時」は、この後もスポーツニュースをはさんで、この状況の推移をお伝えするつもりです。ひとまず皆さんとお別れします。
…………………………………………………………………………

“コンスタンチノープルの陥落” に対する
塩野七生とスティーブン・ランシマンの立ち位置 

 
 
コンスタンチノープルの陥落
 
 トルコのイスタンブール市が、まだ「コンスタンチノープル」と呼ばれ、ギリシャ正教を唱えるビザンチン帝国の首都だった時代があった。
 15世紀に、それを当時のオスマン・トルコ帝国が攻め落とし、コンスタンチノープルは、やがてイスタンブールと名を変えて、トルコの首都として今日に至る。
 
 このコンスタンチノープルの陥落について専門的に書かれた読み物として、現在日本語で読めるものでは、塩野七生氏の『コンスタンティノープルの陥落』(新潮社)と、スティーブン・ランシマンの『コンスタンティノープル陥落す』(護雅夫訳 みすず書房)の二つを読むことができる。


▲ 塩野七生 著 


▲ ランシマン 著
 
 塩野版は物語調で書かれ、ランシマン版は学術レポートのような文体で描かれているが、両者とも臨場感に富んでいて無類に面白い。
 ただ、小説のような構成を取る塩野版に比べ、年代記的に記述を重ねていくランシマン版の方は、前半がやや退屈である。
 特に、トルコによる包囲が始まるまでの、ビザンチン側とトルコ側がそれぞれ抱えていた政治上の問題点などを詳述するところは、わざわざ2章も割く必要があるのかと思えるほど冗長に感じられる。
 
 しかし、ランシマン版では、その “退屈さ” が、実は包囲戦が始まる前の緊張感を高めるための伏線になっていることも見逃せない。
 
 コンスタンチノープルという都市が置かれていた状況。
 オスマン帝国という国家の成り立ち。
 そういうものを解説しながら、包囲戦が始まる前に、トルコ側がどういう準備を進めていたか。
 また、それを察知して、ビザンチン帝国側はどのように対応したか。

 いさささか学術解説書的な叙述ではあるが、読者はその経緯を知ることによって初めて包囲戦の意味を理解し、「これからスリリングな事件が始まろうとしている」という実感をつかむことができる。
 
▼ 難攻不落を誇ったコンスタンチノープルの3重の城壁
 
 
 
物語性の強い塩野版
 
 一方、塩野版は、最初から映画や小説を思わせるようなエンターティメントの華やかさに読者を包み込んでいく。
 調査報告書のようなランシマンの記述と違い、塩野版においては、包囲戦が始まる前の状況は、すべて複数の登場人物の目によって、カメラがとらえた画像のように紹介される。
 
 語り部として登場する人間は、実にさまざまだ。
 コンスタンチノープルに神学を学びに来た西欧の留学生。
 その町に居留して交易を営む商人。
 あるいは、イスラム教徒の反乱軍を鎮圧するためというスルタンの援軍要請を受けて馳せ参じ、現地に着いてから「コンスタンチノープル攻略」の意図を知らされて戸惑うキリスト教騎士団の隊長。
 そしてスルタンの私生活を目の当たりにしてきた小姓。
 
 章が変わるごとに、異なる立場にいる人間が、それぞれ「ボスフォラス海峡を挟んで、トルコ帝国とビザンチン帝国の間に何が起ころうとしているのか」を語り始める。
 
 しかし、彼らによるレポートがあまりにも具体的なために、かえってそこで展開される話が、実話ではなく、作者の想像の産物に過ぎないのではないか … という気分にさせてしまう。
 もちろん最終章で、ここに登場した人物が、実はこの戦いの「記録」を残した人たちであることが判明する。
 その時点で、読者は「そうなのかぁ! なるほど!」と膝を打つ。
 
 それでも前半に受けた「つくり話っぽい」印象までは解消しきれない。だから、この本では、むしろ登場人物たちが記録を残した人であることを先に出すべきだったかもしれない。
 
 … とはいえ、この2冊は面白さの性質がそれぞれ違うので、結局両方読むのが一番ということになる。
 

 
 
メフメト2世の描き方で分かる作家たちの狙い
 
 ランシマンと塩野七生の最大の違いは、メフメト2世の描き方に表れている。そこに2人の作家の生まれた風土、文化、歴史観の違いを見ることもできるかもしれない。
 
▼ トルコ史ではあまりにも有名なメフメト2世

 
 コンスタンチノープルが陥落するという事件は、メフメト2世という、21歳のたったひとりの若者の野心によって引き起こされた。
 
 この出来事が衝撃的なのは、その若者が、当時の西アジアで最強国家であったオスマン帝国の専制君主として、数百万という人々の生殺与奪の権利を意のままに握っていたということに尽きる。
 1000年の歴史を誇り、当時は世界で最高の文化を持った大都市(コンスタンチノープル)が、ひとりの青年のきまぐれによって消滅するということは、議会制民主主義の伝統を重んじるヨーロッパで育った人間から見ると、「非合理」と「野蛮」の極みであっただろう。
 
 ランシマンの記述を読んでいると、彼が征服者メフメト2世に対して、公正かつ客観的な視点を維持しながらも、ヨーロッパ知識人がアジア的な専政君主政に抱く侮蔑感から免れてないように思える。


 
 ランシマンの手になるメフメト2世は、革新的な発想と古典的教養を同時に備え、卓越した洞察力に恵まれながらも、猜疑心が強く、残忍で、自分の意にそぐわない家臣たちを何のためらいもなく処刑する人間として描かれている。

 残忍でわがままな君主は西欧にもたくさんいただろうが、ランシマンが注目したのは、君主に処刑されることを当たり前として容認する人々を生んだアジアの精神風土そのものだった。
 
 スルタンに深夜呼び出されただけで、処刑を覚悟し、財貨をこぼれるばかりに盛った銀の盆をうやうやしく捧げる宰相。
 無様な戦いぶりを見せたというだけで鞭打ちの刑を受け、私有財産もすべて没収されて、乞食に身を落とす海軍司令官。
 スルタンに仕える人たちは、宰相であれ奴隷であれ、スルタンの気分ひとつであっという間に消されてしまう存在である。
 
 しかし、トルコ帝国の高官たちは、そのこと自体が理不尽だという意識を持たない。近世以降のヨーロッパ人が獲得した「人権」や「平等思想」などが入り込む余地のない世界だ。
 そこに、ヨーロッパ人であるランシマンは、庶民が王権を倒すフランス革命などを経験した自分たちとの違いを意識したことだろう。
 
▼ はためくトルコ旗

  
 
メフメト2世の実像とは?
 
 塩野七生は、ランシマンとは違って、西欧人の独断と偏見から自由であるために、世界史のなかの一人の「英雄」としてメフメトを位置づけるという作業を行っている。
 塩野氏は、西欧史の文脈では「無意味だった」とされるコンスタンチノープル征服も、「その後のトルコの発展を考えれば極めて当然の行為だった」と正統に評価することをためらわない。


 
 ただ、メフメト2世に対する西欧人の過小評価を是正したいという気持ちが強過ぎたのか、彼を颯爽とした若者として描き過ぎたという印象も受ける。
 ランシマンが描いたメフメトの残虐性を語るエピソードも、塩野版ではかなり後退している。
 ランシマン本を先に読んでしまうと、そこが若干物足りない。
 時にはランシマンのような意地悪な見方の方が、逆にメフメトの個性をうまく描き出すこともあると思う。
 
 塩野氏とランシマンの視点の違いは以下のエピソードを紹介するときの書き方の違いからよくうかがえる。
 
 メフメト2世の側近に、彼の父の代から宰相を務めるハーリル・パシャという重鎮がいた。
 ハーリルは、これまで何度も提唱されたトルコ側のコンスタンチノープル征服に対しては強固な反対論を唱える論客だった。

 実利主義者のハーリルは、コンスタンチノープルという都市が軍事的にはトルコにとって何の脅威にもならないこと。逆に、同都市に商売上手のヴェネツィア人やジェノバ人が居留しているからこそトルコとの交易も順調に運んでいることを理由に、コンスタンチノープルを奪うことはトルコの利にならないと主張する人間だった。
 
 当然、「栄えある征服者」としての自分を夢見るメフメト2世にとって、実利を説くハーリルの存在は目の上のタンコブとなる。
 しかし、宮廷内におけるハーリルの支持者は多く、諸外国の高官たちもハーリルには厚い信頼を寄せているので、専制君主のメフメトですら、この宰相の意向を無視するわけにはいかない。
 
 だがメフメトは、ある晩、ついにコンスタンチノープルを征服する意志があることをハーリルに告げる。
 
 このシーンを、塩野氏は、メフメトが、「先生、あの町を私にください」と、声を押し殺して、静かに語ったと描いている。
 彼の冷酷な意志と、底知れぬ不気味さを表現しようという書き方だ。
 
 それに対し、ランシマンは「師よ。われにコンスタンチノープルを与えよ !」と叫んだと表現している。
 
▼ コンスタンチノープル城壁
 

 二人がどのような原典に依拠したか分からないが、私はランシマンの方を採る。直感的に「叫んだ」と思えてしかたがないのだ。
 叫ばないにしても、叫ぶような高圧な態度で、専制君主らしく居丈高に命令したことだろう。
 
 ランシマンによると、メフメト2世は独裁者の常で、気まぐれによって家臣を振り回すことにためらいを感じる人間ではなかったという。
 そうだとすれば、夜中にハーリルを呼び出したのも、不意に襲ってきた興奮に耐えきれなくなったからだ。

 高揚した気分のままハーリルに決意を打ち明けようとするメフメトには、塩野氏が描くように、沈着冷静に取りつくろう余裕があったとは思えない。
 
 ランシマンは、メフメ2世が傷つきやすいただの若者であったことを見逃さない。
 絶対的な権力を行使している最中にも、彼は、家臣が持っている「経験」が自分には欠けているという思いを忘れることはなかったという。
 

▲ 金角湾を望むトルコ側の砲台
 
 金角湾における海戦のとき、メフメトが海の中にまで馬を乗り入れ、声をからして船長たちを指揮したが、それに耳を貸そうとする船長は一人もいなかったとランシマンは書く。
 
 「陸戦ならいざ知らず、海戦や船の操作についてスルタンは何の知識も持っていないことを、船長たちは知っていたからである」
 
 メフメトは、この時ふがいない船長たちに憤る姿勢を見せながら、内心は自分の非力さに傷ついていたという。

 こういうところにランシマン本の面白さがある。
 彼はメフメトの未熟な部分や偏狭な性格と、世界史的に傑出した名君であった部分を公平に描き分けている。
 
 それに対して塩野版で描かれるメフメトは、年上の大臣たちをも恐れさせる絶対君主の相貌を帯びる。
 彼は、沈黙を守っているときですら神秘的なカリスマ性を漂わせ、激怒したときには、鬼神をもひれ伏させるような怖ろしさを発揮する人物だったされる。
 
 ちょっとカッコよすぎである。劇画の主人公のような感じだ。
 メフメト2世の描き方に関しては、家臣に対して強権的に振る舞いながらも、内心は自分の幼さに悩んでいたというランシマン的な把握の方に、軍配を上げたい。
 
 しかし、それ以外の叙述となると、さすがにストーリーテラーとしての技量は塩野氏の方が断然上である。
 「小説家」でもある彼女の描写力は、「研究家」ランシマンの上を行っていると言わざるを得ない。
 
▼ ガレー船
 

 ベネチア船が櫂を一斉に揃えて、動き出す瞬間の描写。
 あるいは、トルコ親衛隊イェニチェリの一糸乱れぬ行軍の様子。
 城壁の上に勢ぞろいして、トルコ側を威嚇するビザンチン側の高官たちの姿。
 トルコ兵たちが歌う、エスニックな軍歌の響き … 。
 
 読者を目撃者に仕立ててしまうような臨場感の出し方においては、塩野氏の方に1日の長がある。
 このようなテーマをそこまで書き込める日本人は、氏以外にはいない。

 
▲ スルタンの親衛隊 「イェニチェリ」 。“新兵” という意味。キリスト教徒の子供たちをさらって、無理やりイスラム教に改宗させて作り上げた軍隊。家族から切り離された存在であったため、スルタンに対する忠誠心は絶大であったという。当時の世界最強軍
  
 
《 追記 》
 
 メフメト2世の人生をたどっていくと、日本の織田信長に似たところが多々あるように思える。
 まず、どちらも専政君主の子として生まれながら、その存立基盤が不安定で、王位継承の前に、その兄弟・親族を殺害しなければならなかった。
 
 また両者とも、最初のうちは父の代から使えていた家臣たちからその能力を評価されず、白眼視されていた。
 そのため周囲に対する猜疑心が強く、恨みをじっとため込む執念深い性格が形成されていった。

▼ 織田信長

 
 信長が、若い頃の自分に楯突いた家臣への恨みをずっと心の奥に潜ませ、晩年その家臣たちを追放したように、メフメトも自分の方針に従わなかった宰相たちを後になって処刑している。
 家臣に愛されるよりも、恐れられる君主を目指したというところも、2人に共通している。
 
 また、古い伝統に縛られることを嫌い、新しい物が好きだったところもそっくり。
 特に火器に異様な関心を示したところが似ている。
 信長が前代未聞の3000挺という鉄砲を集めて、長篠の会戦に臨んだように、メフメトも、ハンガリーの技術者であるウルバンに、世界初の巨大大砲を造らせるなど、ともに火器において軍事史を書き換えるような出来事をつくっている。
 
 船を使ったユニークな軍事行動を行うところも似ている。
 信長は、銃撃戦に耐えられる鉄板張りの船(鉄甲船)を建造して、周囲を驚かせたが、メフメトも、封鎖された金角湾のなかに艦隊を突入させるため、船を荷台に乗せて山越えを行うなど、常人の意表を突くアイデアを披露した。
 
 性愛においても2人は男色・女色の両刀使い。
 ファッションに関しても互いに派手好み。
 両者とも国際派であり、ヨーロッパ風の文化や文物を好んだ。
 
 要の東西を問わず、歴史の中に傑出した営みを残した「英雄」というのは、どこか似ている。
 「闇」の部分が濃いだけ、「明」の部分も輝きを増すということを、この2人は教えてくれているのかもしれない。
   
  
関連記事 「オスマン帝国伝説」 
 
参考記事 「姉川の合戦」
 
  

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