JIMI 栄光への軌跡

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 神々から嫉妬されて命を取りあげられた天才
 シネマ漂流(映画感想記) No.11
 『JIMI 栄光への軌跡』
 
 
 伝説のロックギタリストのジミ・ヘンドリックスのデビュー時代を描いたドキュメントタッチの伝記映画。
 2013年公開。監督はジョン・リドリー。

▼ 同映画のポスター

 テレビのWOWOWで放映されたのは、2016年の7月7日。
 「番組予約リサーチ」を眺めていたら、ふとこの映画が目に飛び込んだきたので、録画しておき、昨日深夜のリビングで紅茶を飲みながら、一人で観た。

 けっこう面白かった。
 しかし、観終わった後、世間的な評判はどうなのかな? と思いつつネットのレビューを開いてみたら、好意的な評価は意外と少なかった。

 その理由として、著作権の規制に引っかかったため、オリジナル音源が使えず、『パープルヘイズ』、『フォクシーレディ』、『ヘイー・ジョー』など、ファンにはなじみのヒット曲がまったく出てこなかったことが挙げられていた。

 また、貧しく無名の新人が “成功の階段” を駆け上がっていくときの高揚感(カタルシス)が乏しいという指摘もあった。
 ジミ・ヘンドリックスの存在が多くの聴衆に知られるきっかけとなったのは、1967年の「モンタレー・ポップ・フェスティバル」なのだが、この映画は、彼がそのイベントに出演する直前で、ストンと終わる。

 いわば、巣立って大空を飛ぶワシの姿を見せず、巣の中で親から与えらてエサをついばむヒナの姿を見せただけの映画だというわけだ。

 でも、自分には十分に楽しめた。
 というのは、まだ10代だった自分が洋楽に目覚めたころの英米のロックシーンの “空気感” のようなものを味わえたからだ。

 海外のライブハウスの雰囲気。
 そこで交わされる客同士の会話。
 パンタロンルックやピエール・カルダン風の男の衣装。女のミニスカート。
 モノクロのテレビ番組。ターンテーブル式のレコードプレイヤー。

 ファッションや小道具を含めた60年代の風俗がふんだんに出てくる。
 そこから、「60年代の豊かさ」というものが伝わってくる。

 一般的に、ロックが市民権を得て、スーパースターたちの数々の名盤・名演奏が披露されたのは1970年代とされている。

 しかし、ジミ・ヘンドリックスが活躍したのは1960年代の中期で、1970年に入るやいやな、彼は薬物が原因だろうとされる謎の死を遂げている。

 享年27歳。
 写真に残されたその風貌を眺め、彼が残した数々の演奏をいま聞くと、その存命期間が40~50年あったと考えても、不思議ではない。
 
▼ ジミ・ヘンドリックス(本物)

 
 それほど、彼は最初から全速力で人生を走り始め、あっという間にゴールを駆け抜けていったという印象が強い。
 その早すぎる死も、その天才性を神々に見抜かれ、「このまま生かしておくと自分たちの能力を陵駕するに違いない」と嫉妬され、早々と天に召されてしまったとしか言いようがない。

 彼の才能を評価する声は、いまだに後を絶たない。
 アメリカの音楽雑誌『ローリングストーン誌』が選んだ「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において、彼は2003年とその改訂版の2011年の両方で1位に輝いている。

 また、“ギターの神様” の称号を得ているエリック・クラプトンでさえも、「自分とジェフ・ベックが2人がかりになっても、ジミにはかなわないだろう」と、ジミヘンのギターワークに賛辞を送っていたという。(Wkipedeaより)

 しかし、『JIMI 栄光への軌跡』という映画は、それほどの天才ギタリストが、日常生活においては、まったく「天才に見えない」というタッチでジミのことを描いていく。

 冒頭、ニューヨークの場末のライブハウスで、R&B歌手(キング・カーティス)のバックバンドでギターを弾いているジミ・ヘンドリックスが登場する。
 もちろん観客のほとんどは、ジミヘンの存在など気にも留めない。

 しかし、そのギタープレイの凄さに注目する女性がただ一人だけ現れる。
 ザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャーズの元カノであるリンダ・キース(写真下 役者)である。

 リンダは、ステージを終えたジミに近づき、
 「あなたのギターは素晴らしいわ。天才かもしれないわ」
 と呼びかけるのだが、ジミの方は彼女の評価をまともに聞こうとしない。

 「自分じゃ何を弾いているのか、よく分からねぇよ」
 という感じで、リンダの質問に、はにかみながら答えるだけ。
 テレているのか、欲がないのか、やる気がないのか … 。
 もう冒頭から、後のロック界を牽引していくスーパースターの片りんなどまったくないような登場の仕方なのだ。

 このシーンに限らず、映画を通して描かれるジミ・ヘンドリックスは、演奏以外に自己主張することもなく、きまぐれで、投げやりで、何を目的に生きているのか分からない男として描かれる。
 
 それでも、ジミの才能を確信したリンダ・キースは、さっそくアニマルズのメンバー、チャス・チャンドラー(写真下 役者)にジミの力量を判定してもらう。
 バンドを脱退してマネージャーに転業しようとしていたチャス・チャンドラーは、ライブハウスで演奏していたジミの演奏にぶっ飛び、ジミのマネージャーになることに決めて、彼を当時のロック先進国であったイギリスへ連れて行くことにする。

 そこからジミの運が開けていくのだが、もしジミがリンダに会うこともなく、そのままニューヨークでR&B歌手のバックバンドでくすぶり続けていたら、後の「スーパーギタリスト伝説」は生まれていなかっただろう。

 たぶん彼は、歌手に音を合わせようとしない偏屈なバンドマンという烙印を押されたまま、ライブハウスの空いた席に座り続け、出番の声がかかるのをひたすら待ち続ける地味なフリーのギタリストという一生を送ったかもしれない。

 だが、イギリスに渡ったことで、彼はビートルズ、ローリング・ストーンズ、クリーム、フーといった60年代ロックのヒーローたちと交じり合う機会に恵まれる。
 「まことに、人と人との出会いはオソロシイ ‼ 」という映画でもある。

 こうして、ジミのロンドン生活が始まる。
 しかし、彼はロンドンに着くやいなや、最初のパーティーで知り合ったポップスが主のグルーピーをやっているキャシー・エッチンガム(写真下 役者)に一目ぼれされ、ジミを連れてきたリンダ・キースの嫉妬を買いながらも、キャシーと恋仲になってしまう。

 キャシーと付き合いながらも、彼は本屋で知り合った黒人女性とも浮気を始め、今度はキャシーを泣かせる。
  
 まったく女にだらしない男としかいいようがないのだけれど、天才というのは、特にモテようと思わなくても、その才能がフェロモンのように匂い立ってしまうものなのだろう。
 とにかく、ここに出てくるジミは、最後までモテモテ男を演じている。
 
 この映画の大半は、そんな感じで、ジミと女たちとの交遊録で占められており、演奏シーンは少ない。
 このあたりが、ギターリストとしてのジミ・ヘンドリックスに期待していた観客の不興を買ってしまったところなのだろう。

 しかし、少ないながらも、その演奏シーンはみな悪くない。
 「いよいよ、ジミの演奏が始まるぞ !」
 という期待感がこんなに高まる音楽映画というものを、私はほかに知らない。
 
 もちろん、ギターを弾くのは本物のジミではない。
 ジミ役を演じたアンドレ・ベンジャミン(写真下)が、ギターを弾いているふりをしているだけの映像で、流れてくる音もジミのオリジナル音源ではなく、現代のセッションプレイヤーがジミの演奏を研究してそれっぽく作った音に過ぎない。

 それでも、興奮する。
 チューニングの音が流れ始めるだけで、目の前にジミ・ヘンドリックスが立っているような錯覚に陥る。

 演奏シーンに説得力がある理由の一つには、ジミ役のベンジャミンが、毎日8時間ギターを猛特訓し、しゃべり方、立ち居振る舞いなど、ジミ・ヘンドリックスを演じることに徹底的に心血を注いだということがあるのかもしれない。
 特に、左手でギターを弾くプレイには相当の練習を積んだのだろう。手元の動きなどは、もうジミのライブフィルムを見ているかのようだ。

▼ イギリスで結成された「ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス」。ベースはノエル・レディング、ドラムスはミッチ・ミッチェル。これは映画の役者たちが演じた画像だが、顔つきはみな本物によく似ている

  
 
 印象に残るシーンが二つある。
 ひとつは、ジミがロンドンのライブハウスで、はじめてエリック・クラプトンと会うシーンだ。

 当時ジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースと「クリーム」を組んでライブ活動を始めていたエリック・クラプトンの人気は飛ぶ鳥を落とすほどの勢いで、アメリカで無名のバンドマンに過ぎなかったジミ・ヘンドリックスなど、足元にも近づけるような存在ではなかった。

 しかし、ライブハウスで、演奏前のクラプトンを見かけたジミは、自分のマネージャーになってくれた元アニマルズのチャス・チャンドラーに、
 「クラプトンを紹介してくれないか」
 と頼み込む。
 
▼ 「クリーム」時代の本物のクラプトン(一番左)。映画に出ていた役者もよく似ていた

  
 イギリスでバンド活動をしていたチャス・チャンドラーとクラプトンはすでに顔見知りの仲だから、それはけっして難しいことではなかった。
 「いいよ」
 と笑顔で答えたチャスは、さっそくクラプトンのもとに歩いていき、「知り合いを紹介したい」と声をかける。
 
 クラプトンの承諾を得てジミのところに戻ってきたたチャスが、
 「さぁ、いこうぜ」
 とジミをうながす。

 しかし、ジミがそのとき持ち出した提案は、
 「クラプトンと一緒にセッションをしたい」
 という強引な願い事だった。

 これには、さすがのチャスの顔が曇る。
 「無茶をいうなよ」
 と、言葉に出さずとも、チャスの表情がそう語る。

 イギリスを代表するギタープレイヤーに、一介の無名のファンが「ステージで一緒にギターを弾きたい」と言い出すなんて、前代未聞のことだった。

 しかし、クラプトンはチャスの願いを解して、不承不承ジミの提案を受け入れる。

 ギターを抱えたジミがステージに立つと、
 「何をやりたいんだ?」
 クラプトンが尋ねる。

 「ブルースをやろう。得意だろう? マニッシュ・ボーイはどうだ?」
 とジミ・ヘンドリックス。

 「(その曲は)聞いてはいるが、あんまり演奏したことはない」
 とクラプトンが答える。
 
 それに対するジミのセリフが決まってる。
 「じゃ教えてやろう。簡単なブルースだ」

 なんとう傲慢不遜な対応か !
 エリック・クラプトンは内心ムカッときただろう。
 
 しかし、ジミが演奏を開始すると、クラプトンの顔色が変わる。
 クラプトンの隣に立つという最高の舞台を設定したもらったジミは、得意になってその腕前を見せつける。

 それを見ているクラプトンが次第に後ずさりを始める。
 ついには、彼はワンフレーズも弾くことなく、楽屋に隠れてしまう。
 そして、クラプトンの後を追ってきたチャス・チャンドラーに対し、青ざめた顔で一言いう。
 「凄いやつを連れてきたな」

▼ クラプトン(左)とジミヘン 本物

 本当にあったエピソードなのかどうか知らないが、似たような状況はあったらしい。
 ジミのあまりものすさまじい演奏にショックを受けたクランプトンが、ただただ度肝を抜かれて立ち尽くしてしまったという伝説は、確かに残っている。

 その映像が下(YOU TUBE)だ。
 
 途中、こんなシーンがある。
 クラプトンから、
 「セッションOK」
 という承諾をもらったジミが、急いでライブハウスの外に停めておいた車にギターを取りに行く。

 そのとき、彼はほんのちょっとだけ、車のトランクの端に腰かけて、虚空を仰ぐのだ。
 セリフはない。
 ただ、その表情には、
 「やったぞ ! ついにクラプトンと一緒にセッションする日が来たんだ !」
 という興奮と緊張と不安が浮かんでいる。
 世に出る直前の男というのは、みなこんな表情になるのか … と思った。
 

 
  
 この映画を見ていて、ぼんやりと思ったのだが、実は、自分は「70年代ロックのリスナーである」と今まで思い込んでいたが、ROCKなるミュージックは、1960年代に、すでにその頂上まで登りつめてしまったのではないか、ということだった。
 70年代に入ると、それが拡散しただけだったのだ。

 ジミヘンがロックシーンの頂点めがけて走り始めた1967年。
 この年に、カリフォルニアのモンタレーで、今の野外フェスの原型ともいわれる「モンタレー・ポップ・フェスティバル」が開かれる。

 Wikiによると、そこには次のようなアーチストやバンドが駆けつけたという。

 エリック・バードン&ジ・アニマルズ
 サイモン&ガーファンクル
 ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディングカンパニー(Vo.ジャニス・ジョプリン)
 オーティス・レディング
 ジェファーソン・エアプレイン
 ブッカーT&ザ・MG’S
 バッファロー・スプリング・フィールド
 ザ・フー
 ママス&パパス
 スコット・マッケンジー
 グレイトフル・デッド
そして、トリが、
 ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス(写真下 本物) 

 みな17歳の自分が夢中になってラジオで曲を拾いながら名前を覚えたグループだった。
 そのうち、アニマルズ、オーティス・レディング、ビッグ・ブラザーズ&ザ・ホールディングカンパニー(Withジャニス・ジョプリン)などは、乏しい小遣いを工面してレコードを買った。
 もちろんジミ・ヘンドリックスも買った。

 この頃、これらの音楽を総称する言葉として、ようやく「ロック」なる用語が使われは始めた。

 60年代に生まれた「ロック」は、70年代に入ると、さまざまな分化を遂げる。
 サイケデリック・ロック
 カントリー・ロック
 ブルース・ロック
 フォーク・ロック
 ハード・ロック
 ラテン・ロック
 サザン・ロック
 プログレッシブ・ロック
 パンク・ロック

 そのようなロックの分化は、それぞれのジャンルを進化させていった結果ではあったが、ロックがまだ “〇〇ロック” などと言われる前の、それこそピュアモルトの「ロック」の濃さとコクを失ってしまったようにも思う。
 
 なかでも、ロックの中の100%ピュアロックといえば、やっぱりジミヘンしかいない。
 あれから50年経った今でも、自分はそう思う。

 最後に、『JIMI 栄光への軌跡』という映画で、もう一ヶ所気に入った演奏シーンを。

 『サージャント・ペッパー・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』(1967年)のアルバムをリリースしたばかりのビートルズが見に来るというライブ劇場で、ジミヘンは開幕1時間前に、出来たてのビートルズの新譜を入手。 

 楽屋でバンドメンバーに急いでそのタイトル曲を覚え込ませ、ステージに立ったときのオープニング曲として、ビートルズの前でそれを披露したのだ。
 
 その演奏を聞いたポール・マッカートニーはひどく喜び、
 「俺たちの “サージャント・ペッパーズ” をはじめてライブ演奏をしたのは、なんとジミなんだ」
 と後々まで語り続けていたという。

 最後に本物のジミ・ヘンドリックスをどうぞ。
 『Foxey Lady』
 

 この曲はシングル盤で購入し、このリズムに合うステップを自分で考案して、絨毯を敷いたリビングに置いたステレオを聞きながらずいぶん練習した。
 
 そして、絨毯が擦り切れるほど踊り込んでから、ようやくディスコに行った。
 当時新宿あたりのB 級ディスコでは、R&Bだけでなく、この曲とかジャニス・ジョプリンの『ムーブ・オーバー』などがよくかかっていた。
 
 

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