カラオケにハマっていた時代

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 嫌らしくギラギラと光っていた時代というのが、俺にもある。
 誰だって、そういう時代を持っているのかもしれないが、俺なんかの場合は、1991年ぐらいから1994年ぐらいにかけてだ。
 年齢でいうと、40歳から44歳ぐらいである。
 キャンピングカーの仕事を始めるちょっと前ぐらいの頃だ。
 
 夜ごと飲んでいた。
 店をはしごして、いつも最後はカラオケスナック。
 歌った。

 マイクを握りしめ、ミラーボールの下で、体をくねらせながらガナリまくる。
 常連の客が集まってくるときは、深夜の歌合戦となる。
 行きつけの店では、年齢的にジジイが多かったから、『知床旅情』、『傷だらけの人生』、『神田川』、『くちなしの花』 … みたいな曲が続く。

 そういうのを3~4曲やりすごしながら、さりげなくママさんにウィンク。
 いきなりWANDSの『もっと強く抱きしめたなら』のイントロが店内に鳴り響く。

 歌詞はすべて覚えている。
 だから、モニターに流れる歌詞など見向きもしない。
 それでも歌える。

 マイクをスタンドに戻して、常連客からの鳴り響く拍手を涼しい顔でやり過ごしてから、カウンターの向こうでおしぼりを手にしているママさんのところに寄る。

 「町田さん、あいかわらずお上手ね。今の曲オリジナルキーでしょ? すごいハイトーンボイスよね」
 「そうだな。俺ねぇ、かえって低い声だめなの」

 アハハハハ … 嫌らしい会話だよな。
 もし、俺が客として飲んでいるときに、隣の男が、そんな会話をママさんと交わしていたら、「いやぁな男 … 」と俺自身が軽蔑の目を向けたことだろう。

 でもさ、40歳ぐらいの男が、外で遊ぶことの面白さを覚えると、みなこんな嫌らしさを身に付けるのよ。

 で、カウンターの隅で、ボトルの酒をなめながら、またジジイたちに2~3曲歌わせて、俺の次の曲はT-BOLANの『離したくはない』。

 歌い終わると、ジジイ客の一人が手招きしてくれる。
 「町田さん、若い歌いろいろ知ってるよな、どこでそういうの覚えるの?」
 「いやぁ、まぁ、娘がこういうの歌うもんで …」
 
 娘なんかいないのに、こういうときって、スラスラ嘘がついて出る。

 「いいなぁ、モテモテのお父さんなんだな」
 「いえいえ、そんなことないですよ」

 作り笑いを浮かべながら、そのジジイの隣に腰かけて、
 「ま、一杯飲みなよ」
 と言ってくれるのを待つ。

 待ちながら、薄暗いボックス席に視線を張り巡らせる。
 そろそろ、いつものOL集団が来る時間だな。

 と思っていると、来た来た。
 入口から入ってきた女3人が俺を見つめて、黄色い声。
 「あ、町田さんだぁ。やっとぉ会えたぁ ‼」

 すかさず、俺も、やってきた女たちに手を振る。
 「おぉおぉ、そこのボックス空いているから。そこに座って、俺のボトル飲んでもいいよぉ」
 … なんてさ。

 それまでは常連のジジイたちに水割りをご馳走になっていて、顔見知りの女たちが来たら、「俺のボトル飲んでいいよ」だってさ。

 いやな男だよな(笑)。
 もし俺が客としてその店にやってきて、そんな男を見たら、殴りかかってやるよな。

 でも、時代は軽佻浮薄なバブルの時代。
 新しい歌を覚え、それをうまく歌っていれば、それだけでいい気持ちになれる時代だった。

 この頃の俺のレパートリー。

 ワインレッドの心 安全地帯
 悲しみにさようなら 安全地帯
 恋の予感 安全地帯
 SAY YES CHAGE&ASKA
 はじまりはいつも雨 ASKA
 WON’T BE LONG バブルガム・ブラザーズ
 離したくはない T-BOLAN
 このまま君だけを奪い去りたい DEEN
 もっと強く抱きしめたなら WANDS
 ろくなもんじゃねえ 長渕剛
 とんぼ 長渕剛
 クリスマス・イブ 山下達郎
 慟哭 工藤静香
 HOWEVER GLAY
 クリスマスキャロルの頃には 稲垣潤一
 僕ならばここにいる 稲垣潤一
 ハート 福山雅治
 TRUE LOVE 藤井フミヤ
 オンリーユー ザ・プラターズ
 アンチェイン・メロディー ザ・ライチャスブラザーズ
 蒼い影 プロコルハルム
 オール・マイ・ラビング ビートルズ
 スタンド・バイ・ミー ベン・E・キング
 ボーン・トゥー・ビー・ワイルド ステッペン・ウルフ

 高音域が伸びていたときだったので、キーの高い曲でも平気で歌えた。
 自分でもうまいと自惚れていたし、お客たちからも「うまい !」とよくお世辞を言われた。

 いま思うと、どの曲もニヤけた中年の自己満足が透けて見えてきそうな選曲で、自分でも嫌になってしまう。

 しかし、当時は自分の自惚れも絶頂期。
 自分の歌をできるだけ多くの知らない客の前で歌ってみたいと思っていた。

 その頃は、愛知県に本拠地を構えた自動車メーカーの雑誌を作っていたから、名古屋の出張が多かった。
 夜、社用車に分乗して、カメラマンやら同僚の編集者たちと、名古屋のホテルに着く。

 翌日の早朝からの仕事の場合は、ホテルの食堂で簡単な夕食を採ったあとは、それぞれの部屋に早々と引き上げる。
 早朝取材のときは、コンディションを整えるために、編集長から「夜遊び禁止令」が出るからだ。

 そのため、
 「お休みなさぁ~い」
 と部屋の前で同僚たちと別れた後、両隣りが静かになったのを見届けてから、一人でカラオケスナックを探しに街に出た。
 
 なるべく客が多そうな店を選び、空いた席に座らせてもらって、ビールなどを注文。
 定員にリクエスト曲を頼み、地元の大勢の仲間が楽しんでいる時間帯に一人で闖入し、「あいつ誰?」という冷たい視線を浴びながら、声を張り上げて、WANDSとか、T-BOLAN、GLAYなどを歌う。

 歌い終わると、パラパラというお義理の拍手は起こるものの、当然、大多数のお客は知らんぷり。
 そういう反応を見て、「俺があまりにも歌がうますぎるので、みんな動揺しているんだな」と一人でほくそ笑む。
 
 そんな時期を過ごしていたことがあった。

 こういうのは恥の告白になるので、なかなかブログに書く気もしなかったが、病気療養中の身であり、余命いくばくもないかもしれないという気になったので、1回だけ恥をかいてみることにした。

 今はほとんどカラオケにも行かない。
 たまに仲間からの呼び出しがあって、カラオケに行っても、歌うのは「オール・マイ・ラビング」に「スタンド・バイ・ミー」ぐらいなもの。
 今は水割りなどをすすりながら、他人の歌を聞いている方が楽しい。
 
 
▼ 当時よく歌っていて、今でも好きな歌

 
 

カテゴリー: ヨタ話, 音楽   パーマリンク

カラオケにハマっていた時代 への2件のコメント

  1. Cpapa より:

    町田さん

    いつも楽しく拝見しています。
    入院手術ということで、大変だと思いますがゆっくり療養なさってください。
    このカラオケ、僕も飲みに行ったら必ず行って歌いまくっていましたので、
    身につまされる思いで拝読しました。
    やっぱり嫌がられていたのかもしれないと…(笑)。
    また更新されるのを楽しみにしております。

    • 町田 より:

      >Cpapa さん、ようこそ
      コメント、ありがとうございます。

      カラオケというのは、どうしても、一度はハマってしまうことがあるようですね。
      あれは、“自己顕示欲” を満足させる行為のなかでは、いちばん罪のない平和的なものかもしれません。
      我慢して聞かなければならないお客さんに対しても、せいぜい4~5分の辛抱を強要するだけですから(笑)。

      Cpapa さんは、カラオケではどのような曲を歌われていたのでしょうか。
      差し支えなければ、今度お教えください。
       

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