リオ5輪で感じる「和」の精神とSMAP問題

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 今の日本の “気分” というか、“空気” というものは、やはりテレビが作っているんだな … という気がする。

 病院で入院していたときも、今こうやって酸素吸引しながら自宅療養しているときも、基本的に戸外に出ることなくテレビばかり観ているから、テレビが送り出してくる “空気” のようなものに、体中があっけなく染まってしまう。

 そして、テレビというのは一夜にして、「時代の空気」を変えるものだと思った。
 
 入院中に観ていたテレビから感じたのは、
 「世界はだんだん暗い時代に入っていくんだな … 」
 という感覚だった。

 日本では、相模原市の障害者施設に侵入した元職員の男が、入居者19人を殺害したというニュースが連日のように報道され、ついに日本にも大量殺人を目的としたテロが蔓延しそうだという不安を煽りたてた。

 そして、それは、いま世界中で勃発している過激派テロや難民拒否の問題と呼応し、この世から異質なものを排除しようという暴力的な差別の波が日本にも広まる予感を招き寄せた。

 また、リオ・オリンピックの開催を危ぶむ声も連日報道され、リオ市内の治安の悪さや、ジカ熱などの病原菌の怖さ、競技施設の建設の遅れなどもテレビの話題の中心を占めた。

 ところが、退院して、家でテレビを観るようになると、どの局からも万華鏡の華やかさにも似たオリンピック情報があふれ出て、それまでのニュース報道を覆っていた暗いトーンがあっという間に払しょくされ、世の中の空気が一気にバラ色に変わったように感じさせた。

 メディアの報道姿勢によって、これほど世界が変わったように感じられることには本当に驚いてしまう。
 
 
 それにしても、五輪に出場している日本のアスリートたちのメンタルは驚異的に強靭になったものだ。
 「今の若者たちは、昔の日本人に比べてひ弱だ」
 という大人たちの先入観は見事に覆されたような気がする。
 
 何が、これほどまでに日本人アスリートの強さを引き出すようになったのか。

 たぶん、日本人の精神性を象徴する言葉として、昔よく使われていた「和の精神」というものを、再び日本人が取り戻しつつあるのではないか、と思うのだ。

 今回の日本人選手の活躍を観ていると、いずれも団体競技で強さが発揮されていることが分かる。
 男子体操の団体戦金メダル(写真下)。水泳800mの銅メダル。柔道は重量に応じた個人戦であったが、チームとしての一体感が個々の選手のモチベーションを高めた。

 男子卓球は、やはり団体戦になって、現在優勝戦を争うところまで勝ち残ったし、バトミントンも女子ダブルスの高橋・松友ペアほか、ダブルス組が力を発揮している。
 7人制ラグビーにおいても、日本チームはニュージランドやフランスという強豪を打ち破り、メダルこそ逃したものの、これまでのラグビー先進国に迫る力を示した。

 これらの団体戦において日本人の力が発揮されるようになってきたのは、ひとえに “コミュニケーション力” の向上という言葉に集約されるのではないか。

 内村航平を中心とした男子体操チームや、井上康生監督に率いられた柔道チームなどの特徴は何かというと、「仲間意識」を何よりも重視することであったという。
 新しい日本のチームのリーダーたちは、厳しい指導で選手たちを一括して拘束するよりも、個々の選手の心の領域まで踏み込み、それぞれのモチベーションを引き出す方針で臨んでいるように思われる。

 こういうコミュニケーション力の元となっているものは何か。
 
 それは「共感能力」である。
 日本人の団体競技を観ていると、この「共感能力」がめきめき上がってきていることが分かるのだ。

 今回のオリンピックではないが、女子卓球の団体戦競技で、女子高生の伊藤美誠選手がはじめて世界選手権に出場したことがあった。
 彼女は堂々と銀メダルを獲得したのだが、勝利を飾った伊藤美誠を迎えたときの、キャプテン福原愛の第一声。
 「怖かったね」

 福原愛は、目に涙を浮かべながら、そう言って伊藤を出迎えたのである。
 「頑張ったね」でもなく、「おめでとう」でもなく、「よくやったね」でもなく、
 「怖かったね」

 いくら鉄の心臓を持ったといわれる伊藤選手ではあっても、年齢でいえば15歳。国も違えば、体格も違う年上の外国人選手を相手にして、怖くなかったはずはない。
 そういう心細い気持ちのまま世界の強豪を相手に戦ってきた伊藤美誠にとって、福原愛のその言葉は、迷子になった子供が母に出会えたときのような安堵感をもたらしたことだろう。
 それは、それだけ福原愛の「共感能力」が高かったということを物語っている。

 こういう傾向が表われてきたのは、なにもスポーツの世界だけとは限らない。
 おそらく日本人全体の心のあり方が、今までとは少し違ってきたのだ。

 かつて、1990年代。
 日本は “失われた20年” と呼ばれるような過酷な経済失速の時代にあえいでいた。
 世界を覆い始めたグローバル経済の新しい流れが日本にも流入し、それまでの日本企業が保ってきた「終身雇用制」などといった雇用形態が崩れ、「実力社会への転換」を名目に、雇用の流動化、つまりは非正規雇用の増大や人件費の削除が大手を振ってまかり通るようになった。

 たぶん、この時期に、日本人はかつて美徳とされていたものを、いったん捨てなければならなくなったのだ。
 それまで日本人の美徳とされていた「和の精神」などは古臭いものと見なされ、「他者を出し抜いても、自分一人が勝ち抜いていく」という精神が称揚されるようになったからだ。

 そのような時代を象徴するキーワードとして、「勝ち組・負け組」という言葉が流行り、失敗した人間を蹴落とす言葉として、「自己責任」という言葉が強調されるようになった。

 しかし、2010年代になってくると、過酷な競争社会のストレスにさらされていた時代がようやく収束する気配を示し、日本人全体に、次の時代を模索する余裕が生まれてきたように思える。
 
 「困っている者をみんなで助けようではないか」
 「他人を蹴落とすことで一人だけ勝者になるのではなく、みんなが協力しあって共に勝利を手にしようじゃないか」
 
 そういう相互扶助の精神のようなものが、いま再び生まれつつあるのではないだろうか。
 経済的にいうと、各企業が、がむしゃらに自分の市場を拡大するだけでなく、そこで得た利潤を、自社の社員や消費者に再分配することも考えなければならなくなってきたということだ。

 このたびのリオ・オリンピックの団体戦で、日本人の強さが発揮されはじめてきたのは、そういう時代の空気を反映している。

 そういう日本人の心の変化を、別の角度から教えてくれたような “事件” が起こった。
 SMAPの解散である。
 
 SMAPが活動を開始したのは、28年前(1988年)
 CDデビューしてから、25年になる。
 つまり、SMAPとは、日本人が “失われた20年” と呼ばれる過酷な時代にあえいできたときに活躍したアイドルグループなのだ。

 この時代の日本人の間には、前述したように、他者との協調性よりも、個人の突出した才覚を優先する機運が生まれていた。
 そういった時代の気分は、さまざまな組織やグループにも浸透し、アイドルグループであったSMAPもその例外ではなかった。

 現在、SMAPの解散の背景として、メンバー同士の心の亀裂が修復できないほど増大したことが挙げられているが、それは、そもそも彼らが個々人の心の亀裂を前提としながらも、ビジネスとしての結束が優先されていた時代に生まれたことを意味しているに過ぎない。

 なぜそういえるかというと、同じジャニーズに所属しながらも、1999年にデビューした「嵐」と比較してみれば分かるからだ。

 嵐は、日本の “失われた20年” が収束に向かう時期に生まれたアイドルグループである。
 だから、彼らが醸し出す空気は、SMAPが放つ空気とはまったく違っている。
 コマーシャルを観ていても、ユニットとして活躍する番組を観ていても、嵐の場合は、彼らが本当に仲間意識を持っていることがこちらにも伝わってくる。

 ノホホンとしていて、和気あいあい。
 嵐のメンバーが醸し出す空気感をあえていえば、そのような言葉がまず浮かんでくる。

 仲が良さそうに見える裏には、もちろんビジネスとしての演技が含まれているだろうが、そういう仕事としての演技を考慮しても、彼らには、現在のSMAPが持っているトゲトゲしさがない。

 先入観のせいかもしれないが、「スマスマ」などを観ていると、5人そろったSMAPが、それぞれせいいっぱい平常心を装って演技していることがこちらにも伝わってきて、ハラハラしてしまう。
 あいかわらず、「SMAP人気は俺が支えている」とでもいいたげな木村拓哉の “俺サマ顔” 。「自分は司会で食っていくからもういいや」とやけっぱちに明るい中居正広。

 SMAPからは、まさに、「和の精神」などが失墜してしまった1990年代を生き抜いたアイドルグループのたくましさと悲哀が匂ってくる。

 逆にいえば、弱肉強食の時代にファンたちに “癒し” を与えられる存在であったからこそ、SMAPはヒーローになれたのかもしない。
 彼らの大ヒットとなった『世界に一つだけの花』などという歌は、まさに「誰もが一番になりたがる」弱肉強食の世界で、「世界のどこにもない一つだけの花になればいい」という、つまり “負け犬” になりそうな人たちを救う歌として機能したといえる。

 「嵐」は、たぶんSMAPのような “国民的アイドル” まで登りつめることはないだろう。
 しかし、彼らが周りに振りまいている “和の精神” は、バラバラの個人であったSMAPが発散させる空気よりも心がなごむ。
 
 時代は、今そういうように動いている。
  
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

リオ5輪で感じる「和」の精神とSMAP問題 への5件のコメント

  1. Sora より:

    町田さん、ご無沙汰しています。
    このマスメディアと世相の斬り方、すごいですね。一読して思わず、ウムーと唸ってしまいました。
    失礼な言い方ですが、病気は身体の動きが制限され不自由ですが、テレビを中心に世の中の動きを覗き分析するその知性の働きは、かえって自由に磨きがかかったような気がします。

    いわゆる「和の精神」をメルクマールにして論じられているのですが、「和の精神」はマスメディア特にTVの特質(語弊を恐れずに言えば)「集団洗脳」的機能と非常に整合的というか合致しますよね。ひとたび「和の精神」が我々日本人の精神的バックボーンとして復権してくると、TVが必要以上に増幅するリスクが生じる。「和の精神」にはメリットとデメリットがあると思いますが、それが何かは論じませんが、デメリットの部分をも盲目的に受け入れてしまうリスクが出てくる。

    私個人が世の中の潮流に竿をさすなんてことは何もできませんが、言い方を変えればチームワークというか集団再重視の風潮の社会的な帰趨(インパクト)には目を光らせていたいと思いました。

    • 町田 より:

      >Sora さん、ようこそ
      おっしゃるとおりです ‼
      「さすがSoraさん」
      思わずそう膝を打ちたくなるようなコメントでした。
      どうもありがとうございました。

      今回のご指摘。
      ≫「 “和の精神” は(語弊を恐れずに言えば) “集団洗脳” 的機能と非常に整合的というか合致しますよね。ひとたび “和の精神” が我々日本人の精神的バックボーンとして復権してくると、TVが必要以上に増幅するリスクが生じる。“和の精神” にはメリットとデメリットがあると思いますが」

      ここのところは非常に重要な部分で、実は私自身もこの記事を書きながら、「同じ内容を論じながらも、まったく逆の結論に導くことも可能だな」という思いをずっと抱いておりました。

      “和の精神” という言葉を使うと、非常にいろいろな意味が生まれます。Sora さんはそのへんのことを考慮しつつ、議論が多岐にわたって収束がつかなくなることを回避するために、「それが何かは論じませんが … 」というスタンスで臨んでいらっしゃいますが、一つにはまず「日本人の心情を政治的に統一していく」という思想上の問題が浮上してきますよね。

      私が懸念するのは(そのことも含めて)、日本人の間に、“狂騒こそが元気の素だぁ ‼ ” という反知性主義的な空気が蔓延していくことです。
      今は何ごとも “テンションMAX” の時代ですよね。とにかく夢中になるものを手に入れることが大事。世界を憂うよりも、自分の感情の高ぶりが大事。
      そういう傾向が、スポーツのみならず、映画・音楽などの文化領域や「ポケモンGO」のようなゲーム領域にもはびこりつつある。
      そういうことへの苦々しい気分を出しつつこの記事をまとめることも可能だったのですが、今回はオリンピックで活躍している若いアスリートたちに敬意を表して、ネガティブな気分で記事をまとめるのを避けました。

      いつも心地よい知的緊張感をもたらしてくれるSoraさんのコメントを面白く拝読しております。
      今回もありがとうございました。
       

  2. 木挽町 より:

    タイムリーな話題を取り上げて、それでいて独特の深みとうか骨というか。しっかりした読み応えがありました。ありがとうございました。時代はカオス?ですね。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      コメントありがとうございました。
      おっしゃるように、確かに ≫「時代はカオス」ですね。
      でも、見方によっては、カオスだからこそ(先が読めなくて)面白いという気分も持てるような気もします。
      物事に対して、「面白い」か「面白くない」かは、常に個人の気持ちの持ち方次第なんでしょうね。
      木挽町さんは、常に「時代を面白く洞察してやろう」という気構えをもっていらっしゃるので、コメントを拝読していると、とても頼もしく感じます。
       

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