『ワンピース』ってどこが面白いの?

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 テレビで、あまりにも『ONE PIECE(ワンピース)』の宣伝をやっていたので、WOWOWで放映されていた『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』(ワンピース フィルム ストロングワールド 2009年)というアニメを観た。

 ミスチルのテーマソングが流れるエンドロールまでしっかり観たけれど、正直にいって、何が面白いのか、最後まで分からなかった。
 
 この作品を、どう楽しめばいいのか。
 もし、上手に解説してくれる人がいたら、ぜひ楽しみ方を教授してもらいたいと思っている(皮肉とか挑発で言っているわけではない)。

 見終わってから、遅まきながら、『ワンピース』というのが、どういう作品なのか、ネットで調べてみた。
 「ギャッ ‼」
 という感じである。
 4~5年前ぐらいに生まれた新人作家の漫画だと思っていたら、なんと、1997年から『少年ジャンプ』に連載されている長寿漫画なんだそうだ。

 この作品が世に出てから、約20年。
 失礼な言い方かもしれないが、この20年間、これまで自分がその存在に気づいたことは一度もなかった。

 Wikipedia によると、この漫画の累計発行部数は3億2000万部を突破しており、「最も多く発行された単一作家によるコミックシリーズ」としてギネスの世界記録に認定されているのだとか。

 ということは、日本人の大半に愛されている “国民的コミック” ということであり、間違ってもそれを批判したりしたら、たちどころに大バッシング、大炎上になるという、恐れ多い作品ということになる。

 ネットで「ONE PIECE」という言葉を検索してみた。
 グーグルでは、2億2千7百万件。
 ケタ違いのアクセス件数である。
 漫画誌に掲載されてから20年経ったわけだから、歴史的な蓄積もあるのだろうが、やはり今なお熱狂的な支持者によって支えられている作品であることを物語っている。

 そういう漫画(&アニメ)だけに、ネットに出てくる「ワンピース」をめぐる言論は、少し宗教がかっている。
 熱烈な信者たちの厚い壁にさえぎられて、知らない人間が情報の核心にたどり着けるような余地がないのだ。
 書き込みの大半が、各シリーズのディテールへのこだわりと、そのオマージュによって占められており、登場人物の名前や特殊用語を知らないと門前払いを食わされてしまう。

 ようやく、この作品に対して “批評的な” な私見を披露しているサイトを見つけた。
 書き手は、いちおう物書きさんのようだが、基本的にはフツーの人のブログだった。

 その人は、「ワンピース」という作品に対して、
 「“信念と叫び” ばかりが強調される無内容な作品。主人公のルフィの心情を占めているのは、空虚な精神論だ」
 という結論でしめくくっていた。

 私も、今回アニメ1作を観ただけではあるが、このblog主の書いたことが理解できそうな気がしたので、記事を終わりまで読んでみたが、やはり、こういう熱狂的な支持者を持つオバケ的なヒット作品に盾突くと、惨いことになることが実証されていた。

 コメントの大半が、記事内容に対する怒り、批判、冷笑、侮蔑なのだ。
 その数、およそ339件。
 もちろん、blog主の記事に理解を示すコメントも散見されたとはいえ、圧倒的に多かったのは、罵詈雑言に近いような攻撃的反論だった。 

 いわく、
 「“人気漫画を否定してる俺カッコイイ” っていう典型的な奴ですね(笑)」
 いわく、
 「論ずるのであれば、最低でも全巻(現在までで82巻)読んでからすべきだと思いますよ」
 いわく、
 「嫌いなら嫌いでいいけれど、ネットで批判するなよ。チラシの裏に書いてろよ」
 
 さらには、あからさまに “売れたものが正義” という論理を振りかざすコメントもあった。
 いわく、
 「面白くなかったら売れてねーよボケナス、頭おかしいんじゃね?」

 いわく、
 「あんたが時間かけてこの小さいアンチ記事を書いて『ONE PIECE』に噛み付いてる同じ時間に、(作者の)尾田は世界規模で評価されてる漫画の原稿を描いて、とっくに一生遊んで暮らせる金を稼いでるんだぜ。
 人の書いたものを批評してるヤツが何言っても説得力ないんだよ」

 もちろん、しっかりした理論に基づく “ワンピース擁護論” もあったけれど、基本的には、上のような言論に代表される感情的な罵倒コメントが大半を占めた。
 
 これって、どういうことなんだろう?

 つまり、この『ワンピース』という漫画(&アニメ)に対しては、ほんの少しでも批判的な言辞を吐くことが許されないという空気が醸成されているということなのだ。
 
 だとしたら、これはとても興味深いことではないか?
 すなわち、ギネスブックで認められるほどの発行部数を誇る『ワンピース』の主要読者層を分析することは、まさに一種の “日本人論” になるのではないか?

 では、『ワンピース』とは、いったい日本の何を浮かび上がらせているのか?

 繰り返すけれど、自分はたまたまWOWOWでアニメを1作を観ただけだから、このシリーズ全体を論じる資格などないことは分かっている。
 だが、ちょっとした “感想” だけなら許されるだろう。

 まず思ったことは、「なぜこの作者(尾田栄一郎氏)は、タッチの荒い線画にこだわるのだろうか?」ということだった。
 (『ストロングワールド』に続いてWOWOWで放映された3Dアニメにおいても、基本的に線画だった)

 主人公のルフィの目は、ものすごくシンプルな円形。
 瞳は “ナカグロ(黒点)” 。
 その円形構造が、喜怒哀楽に応じて直径を伸ばしたり、縮めたりするだけ。

 口は両頬に達するほど大きく、笑っても、怒っても、上下の歯ががっちり噛み合っていることが多い。
 つまり、基本的にはいつでも歯を食いしばっているのが常態ということを暗示している。


 
 他の登場人物も基本的に同じ。
 シンプルな線画で、丁寧さよりは粗さが強調される。

 自分の好みを優先してしゃべる機会を与えてもらえるのなら、私はまずこの荒いタッチの人物造形が好きになれないのだ。
 そこにキャラクターの内面の貧困さが露呈しているように見えるからだ。


 
 ま、それは個人の好みの問題だから、私がそう言い切っちゃうと「ワンピース」の信奉者には腹立たしい気分を与えるだけなんだろうけれど、嫌われることを覚悟ではっきり繰り返すけれど、「俺はあの漫画に出てくるキャラクターたちの顔が嫌いだ !」

 彼らの表情はみな怖い。
 ルフィの仲間であるサンジやロロノア・ゾロは、常に相手を威嚇しているようにしか見えない。
 才色兼備の美女とされるナミも、絵が荒いだけでなく、男に対する態度が荒いし、言葉もきつい(ツンデレ狙いなんだろうけれど)。

 だから、最初に観たとき、そういう人物たちが、ルフィの仲間ではなく、みな敵役だと勘違いしてしまったほどだ。
 
 「ワンピース」の仲間たちというのは、基本的に “強面(こわもて)” である。
 仲間同士が声をかけ合うときも、物腰が荒く、表情も言葉も優しくない。
 だからこそ、逆説的に、表面に現れない仲間同士の絆の強さを強調することになるのだが、こういう感情表現って、基本的にヤンキーである。

 このアニメを観ていて、すぐに感じたのは、ヤンキー文化だった。
 「考えるな、感じろ」の世界。
 「自分が幸せかどうかは、夢を持てるかどうかで決まる」
 「大事なのは、冷静さではなく、気合」
 「法や道徳的規範よりも、仲間の絆が大事」
 そして、仲間同士が喜ぶときも、騒ぐときも、さらには戦う前でも、常にアゲアゲ・ノリノリの「テンションMAX」。

 「ワンピース」の中心にドカッと居座っているのは、このようなヤンキー文化だ。
 特に、ヤンキー気質のなかでも「気合」は何よりも尊いものとされ、体も小さく、さほどクレバーとも思えないルフィが主人公でいられるのは、「気合」の激しさで、一個人の限界を超えた力を発揮するからだ。
 
 この作品にヤンキー気質を感じたのは、私だけでなく、ネットでも多くの人が指摘しているようだし、ホリエモン(堀江貴文氏)が、この作品の「マイルドヤンキー的な価値観についていけない」とネットで発言していたのを見たことがある。

 実際に前述した “ワンピース批判” のブログ記事に対するコメントのなかには、
 「読者層にはヤンキーが多いような気がする」とか、
 「“仲間を大切にする” という狭い視野もマイルドヤンキーといわれる人々の感性にマッチしている」 
 との指摘もあった。
 
 
 日本に、現在のようなヤンキー文化が定着したのは、1990年代だといわれている。
 それまでは、他者を威嚇して犯罪を犯すような “不良グループ” が、1990年代になると形を変え、強面(こわもて)キャラを維持しつつも、お茶目で、和気あいあいと仲間同士のコミュニケーションを楽しむ今のヤンキー気質が育ってきた。

 「ワンピース」の漫画連載が始まったのは、1997年。
 まさに、ヤンキー文化の興隆と期を同じくしている。

 両者には、どういう関係があるのだろうか。

 ネット情報によると、2011年にNHKの『クローズアップ現代』という番組が、「漫画 “ワンピース” メガヒットの秘密」という特集を放映したという。

 それによると、そこに登場した解説者が、
 「『ワンピース』の魅力は、登場人物が仲間を大切にするところ、仲間のために敵に立ち向かうところにあり、それこそ『ワンピース』が連載された時代の世相と関係がある」
 といったそうな。

 どういうことか。
 そのネット情報を多少意訳しながら、紹介してみる。 
 
 「『ワンピース』の連載が始まった1997年というのは、日本ではバブルが崩壊し、経済が停滞した時期だった。
 このときに、就職氷河期という言葉が生まれ、やっと就職した若者も、企業の終身雇用制の廃止やリストラの実施で、閉塞感につつまれていた。
 これまでの価値観がそうやって崩壊していくなかで、若者が努力しても報われない社会状況が進み、『ワンピース』のように、挫折やトラウマを抱える登場人物たちが、仲間との絆を強めながら過去の欠落感を埋めつつ未来に向かっていくという話が読者の共感を誘った」

 たぶん、この分析は外れていないだろう。
 というのは、(最近ずっとブログで書いてきたことだが)、1990年代は、日本人を取り巻く社会環境がドラスティックに変化し、それに応じて、日本人の価値観や人生観がガラッと変わった時代だったからだ。

 慶應大学経済学部の井手英策教授は、あるテレビ番組(プライムニュース)で次のように語っている。

 「90年代の後半に、日本社会や日本経済は劇的に変わった。政治・経済・社会・文化のデータを見ると、どの分野でも、驚くほど一斉に変わったことが分かる。
 この時期、日本はグローバルな経済戦争に巻き込まれ、その過酷な競争のなかで日本企業はひん死の状態にあえぐことになった。
 さらに、バブル崩壊によって、土地の地価が下がり、銀行の融資を受けようとしても土地の担保価値がどんどん減少していった。
 (そのため)、96年から97年にかけて、日本の各企業は内部留保を増やす方向に舵を取った。(つまり)人件費を削って、非正規雇用を増やしていく方向にはっきりと転換した。
 このときに自殺者の数も24,000人から33,000人に増えた。これは雇用の場を奪われた人々の悲鳴だった。
 そのすべてが、グローバリズムの中で生き延びるという国際競争のなかで起こった悲劇だった」

 漫画『ワンピース』も、そういう季節のなかで生まれたのだ。

 この物語の主人公たちが “海賊” であることは象徴的である。
 この時期、格差社会の下層に甘んじなければならない若者が大量に生まれた。
 
 その若者たちに、この漫画は “海賊” という生き方を提示したのである。
 つまり、社会のエリートコースに進むことをあきらめざるを得ない若者たちに対し、アウトローである海賊のように、優等生的な規範の “外” に飛び出す勇気と夢を、この漫画は与えることになったのだ。

 連載が開始されてから、約20年。
 イメージとしての “海賊” に鼓舞された若者たちは、いま30歳から40歳ぐらいになっている。
 ネット情報によると、今の『ワンピース』の読者層の9割は大人だという。
 年齢構成を調べてみると、1~18歳が12%、19~29歳が43%、30~49歳が32%、50歳以上が13%だそうだ。

 そのコアとなる読者層は、20歳代から40歳代まで。 
 一般的に、ジブリアニメを愛した世代より10歳ほど若い。

 ジブリ作品の場合は、『風の谷のナウシカ』が1984年。『天空の城 ラピュタ』が1986年。『となりのトトロ』が1988年。
 現在も語り継がれるジブリの初期の名作といわれるものは、いずれも1980年代に登場しており、その作品に接したファン層も、1990年代後期に登場する『ワンピース』より1世代古い。

 10年の違いでしかないが、ジブリと今の「ワンピース」がそれぞれ背後に秘めている “世界観” はあまりにも違い過ぎる。
 
 『ワンピース』のファンは、物語の背後に貫かれている世界観の深さを強調したがるが、それはジブリ系作品と比較した上でのことだろうか。
 
 これは、私の個人的感想だが、ジブリ作品は観客に「宿題」を残す。
 たとえば、『もののけ姫』を観た後には、「文明と自然は共生できるのだろうか?」「人間という存在は文明なのか? それとも自然なのか?」などという宿題を渡された。

▼ 宮崎駿 『もののけ姫』

 『風立ちぬ』を観た後は、「国家が戦争に向かうとき、技術者には何ができるのか?」「人間に戦争を止めることは可能なのか?」といった宿題を与えられた。

▼ 宮崎駿『風立ちぬ』

 
 しかし、『ワンピース』には宿題が何もなかった。
 「悪人が退治され、仲間がみな帰ってきて、めでたしめでたし」で終わってしまったのだ。

 エンターティメントはそれでいいという意見もある。
 “芸術” ならば、作者からのメッセージも必要だろうが、エンターティメントには観客の頭を悩ませるようなメッセージは不要だという人は多い。
 
 事実、『ワンピース』の原作者である尾田栄一郎氏自身が、「世の中に対してどうこういう難しいメッセージは作品に持ち込まないようにしている」と言っているのだから、ジブリ系アニメのような思想性を『ワンピース』に求めるのは “お門違い” ということになるだろう。

 まぁ、世の中にいろいろな作品があっていい。
 芸術的な嗜好が強い人もいれば、エンターティメントにのみ関心を寄せる人もいるからだ。

 ただ、自分がアニメを鑑賞するなら、ジブリ系の方が好きだ。
 さらに好みをいえば、自分が思っている日本のアニメの最高傑作は、(現在のところ)2004年に押井守が制作した『イノセンス』だ。
 たぶん、ここで追求された映像美は、21世紀アニメの金字塔となるはずだ。

▼ 押井守 『イノセンス』
 
 
 
参考記事 「押井守 『イノセンス』」
 
参考記事 「宮崎駿 『 風立ちぬ』」
 
 

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『ワンピース』ってどこが面白いの? への8件のコメント

  1. かたなねこ より:

    いい歳してガールズ&パンツァーにハマってしまう親父ですが、以前子供にワンピース見てごらんよお父さんなら絶対ハマるから言われてました。勿論、作品としては知っていましたが、長編と言う事とキャラクター達の絵のタッチがどうも・・・で、町田さんの記事を読んで納得、これからも見る事は無いかなと。信者様に怒られるかな(笑)

    • 町田 より:

      >かたなねこ さん、ようこそ
      なるほど。お子様に勧められたわけですね。
      でも、やはりエンタメに対する接し方が異なるわけですか。

      たしかに、ドイツ軍機甲部隊のようなリアルな戦闘劇を目の当たりにしてしまうと、「ワンピース」のようなメルヘンともいえるストーリー設定は物足りなくなるでしょうね。

      絵のタッチは人によって好き好きがあるでしょうけれど、私もあの絵のタッチがどうも好きになれないんですよ。
       

  2. たーさん より:

    同感

  3. よしひこ より:

    「ワンピース」は僕も、画が好きになれないので興味の持てないマンガです。

    ということで、90年代に日本人の価値観は変わりましたよねえ、というのは確かに大いに同意するところなので、そっちについて、つらつら思い出してみようかと。
    90年代といえばバブル崩壊そして冷戦終焉後の経済のグローバル化。97年には拓銀や山一証券の倒産、金融危機とにかく大不況。自殺者数が交通事故死者数の2倍であることは既に五木寛之が指摘していたのですが、金融危機の年に自殺者数は3万人台に増加し倍率も3倍に。今も交通事故死者数は減少傾向なのに対して、自殺者数は高止まりという、薄ら寒い現実があります。
    さて上場企業がつぶれる中で生き残るためには個人の能力アップということで、97年当時もサラリーマンはパソコン、英語、会計に強くなければ、とか言われてました。その後も「段取り力」やら「要約力」やら「ナントカ力」が必要だとか謳う本がいろいろ出てきて、最後には「人間力」って何のことやら・・・(苦笑)。自己啓発のシンボルとして勝間和代が持て囃されていたのも遠い昔のようです。どんなに圧倒的なブームでも、いつか終わるのですねえ。不思議というか当然というか。
    90年代以降の経済環境の中で、企業も個人も「もう成長はない」という前提に立たなければならなくなった。企業が利益を出すには効率化、要するに人件費削減。会社はもう社員を守らない。個人レベルでもコストとリスクをよくよく考えて生きていかなきゃならなくなりました。下手すりゃあっという間に「下流老人」。これじゃあ非婚社会にもなりますよ。どうでもいいことですが、不肖私も非婚でございます。
    経済政策も90年代は公共投資など需要喚起策中心(国の借金増大)だったものが、21世紀に入って小泉構造改革、アベノミクスが打ち出されて、一時は「デフレ脱却」のムードもありましたが・・・まあアベノミクスとか言っても「異次元の」金融緩和、「機動的な」公共投資って、結局基本は従来型の経済対策の延長線上だなって思ったり。異次元緩和は円安を実現したのは良いとしても、今では「マイナス金利」という異常な金融政策に突入しちゃって、どうやって正常に戻るのか見当もつかず。日経新聞は消費者の「節約志向」って書いてるけど、結局デフレじゃんって感じです。小泉構造改革、アベノミクス第3の矢である岩盤規制の緩和なんて、殆ど成果を挙げてないように見える。90年代の経済的混乱は、日本社会にもたくさんの課題を残したと思いますが、それはろくに解決されていないという印象です。
    日本の人口1億人超は結構大きな国です。何か決めようとしても、多数の合意を取る付けるのは大変。しかも高齢化が進めば何かを変えようというエネルギーは減退していく。日本には構造改革は無理なのかなあと悲観的になります。
    とりとめがなくて申し訳ありませんが、確かに90年代に日本人の価値観は転換して、それは今もベーシックな価値観として基本的に続いてるね、と思います。

    • 町田 より:

      >よしひこ さん、ようこそ
      さすがですねぇ !
      日本社会の90年代のデータアップとその分析。実に読み応えがありました。
      もちろん、文体にも独特のリズムがあり、内容もスゥーッと頭の中に入ってきて、90年代当時を思い出しながら頭を整理することができました。本当にありがとうございました。

      ご指摘のとおり、今の日本を覆っている “不安と疲労感に満ちた空気” のようなものが生まれたのは、90年代に入ってきてからですよね。
      その理由を一言でいえば、あの時代にグローバリズムへの適応をもくろんで取り入れた新自由主義的な政策が機能しなかったということなのでしょう。

      よしひこさんのおっしゃるとおり、小泉構造改革や、それを基本的に踏襲しているアベノミクスが絶対的に正しいという保証はどこにもありません。リベラル野党を標榜する民進党の無策よりはまだましといった程度です。

      これに関しては、経済学者の水野和夫氏が、もうそろそろ「(アベノミクス的な)成長戦略」という概念からは卒業しないとだめだと主張されていますよね。

      水野さんの言い分によると、
      「資本主義は常にフロンティアを必要とするが、それがアフリカにまで及んでくると、もうその先がなくなる。そうなると資本主義は消滅することになるが、その前に最後の悪あがきとして、先進国のそれぞれの国内に “経済格差” を設けることにより、自国の庶民を圧迫する形で利潤を追求しようとする。しかし、それでは国民の生活も立ち行かなくなる。そうなる前に、今の “成長神話” を相対化して、そこから卒業することを考えるべきである」
      ということのようです。

      ただ、最近は、グローバル資本主義のこういう動きを是正する機運も生まれつつあり、たとえばアメリカの大統領選ではっきりと表れた “サンダース人気” のように、自国経済を健全な方向で立て直すには、若者たちの将来不安を取り続くことを考えるべきだという主張も台頭してきているようです。

      前述した水野さんが、ある報道番組で、社会に対する提案を要求されたとき、ボードに掲げた言葉は「競争よりは協調へ」というものでした。

      奇しくも広告代理店の電通が、今の若者たちの “気分” を調査したところ、若者たちの間で広がりつつある標語もまた、「競争より協調」でした。

      その情報を拾ってきた電通の解説員によると、
      「今の若者 … たとえば平成元年ぐらいに生まれた人たちは、バブルが崩壊してそれまで万全と思っていた企業が次々と倒産したり、それまで築きあげてきた社会資本が地震やテロであっけなく崩壊していく様子をつぶさに見てきた。
      だから、若者たちはもうお互いに競争して他者を蹴落として上に這い上がっていくような生き方は無意味だと思い始めた。それよりも、他者と協調して、チームを作りながら諸問題に立ち向かうことを考えるようになった」
      とのことでした。 

      競争は確かに大事です。
      それは「向上する」ことのモチベーションを高めるもっとも手っ取り早い要因になりうるものですから。

      しかし、今の日本に求められる現実的な課題としては、若者たちに競争を煽ることではなくて、彼らの将来不安をなくす雇用政策などを分かりやすい形で打ち出してあげることなんでしょうね。
      若者の消費が伸びないのも、そういう政策の不足に問題があるからかもしれませんね。
       

  4. よしひこ より:

    いやあ、町田さんは編集者なので(著者に対する)職業的ホメ上手なんだろうな~と思ってます。なので、素人には無理して?ホメなくても良いのになあ~と。(汗)「分析」とか「文体」とか、そんな大それたものじゃないことは、よく自覚しているので。(苦笑)

    ところで、水野和夫さんは面白い人だと僕も思います。水野さんは証券業界出身。僕も証券会社のサラリーマンなんですけど、2000年頃に当時国際証券(三菱証券の前身)のエコノミストだった水野さんの経済レポートを読んで、「帝国の時代」みたいな言葉が出てくるものだから、変わった人がいるもんだな~と当時から気になってました。今では大学の先生となり、歴史的見地から「資本主義の終焉」を唱えてベストセラーも出すなど、自分にはちょっと羨ましい人ですね。

    • 町田 より:

      >よしひこ さん、ようこそ
      よしひこさんは証券マンでいらっしゃったのですか。
      専門家だったわけですね。
      それに気づかず、私のような全くのド素人が、生意気にもタメ口をきいていたようで、これは大変失礼いたしました。恥ずかしい限りです (汗)。

      水野さんの著書は、みなたいへん面白いです。
      経済に関してまったく門外漢の私でも、ワクワクした気持ちで読めます。
      素人にも分かりやすいように、かみ砕いて説明されるときの語り口が魅力的ですよね。

      また、いろいろなご意見をうかがわせてください。
      コメントありがとうございました。
       

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