日本のニュースは芸能化が進んでいる

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 Windows10になってから、WEB上のニュースサイトがなかば自動的に閲覧できるようになった。
 「MSNニュース」というやつ。

 そこには、世の中の出来事が、デイリーにアップされてくる。
 パソコンと向き合い、自分の抱えている作業に取り掛かる前に、まずその「MSNニュース」をザァッと閲覧する習慣がついてしまった。

 MSNニュースは「国内」「海外」「経済」「テクノロジー」「話題」「スポーツ」「エンタメ」「注目」という項目に分かれている。
 それらの見出しを眺めるだけで、テレビニュースなど見なくても、その日起こった出来事の概要を知ることができる。

 そういった意味で、パソコン作業前のウォーミングアップにはちょうどよいのだが、いつまでもこういうニュースだけを眺めていると、世の中を見る目が次第に片寄っていくだろうな … という気もした。

 どういうふうに片寄るのか?

 政治的・思想的に偏向していく、というようなことではない。
 バカになっていくのだ。
 だって、どのニュースも、基本的に “芸能ニュース” のノリなのだ。東スポ的というか。
 
 まず、見出しが煽情的。
 「女優の ×× が父親不明の子を妊娠して番組降板が決定 ‼ ………………………… か?」
 という感じ。

 まぁ、こっちも長年記事の見出しなどを考える仕事をしていたから、分かるのだが、タイトルの付け方は確かにうまい。
 人間には、基本的に “他人の秘密を覗き見たい” というゲスな欲望があるが、それをうまくくすぐるような見出しが多いのだ。

 「夫の姑だけが気づく、不倫妻の言動変化」
 とかさ。
 「独身男がドン引きする、イマドキ女子の婚活3スタイル」
 とか。
 「シニア男がモテる “枯れ専” が復活の兆し」
 とかね。

 定年退職をして、もう外でやんちゃすることもなく、日々家のリビングに座ってのどかな暮らしを送っているシニア層でも、思わず、「えへっ ‼」、「おお ?」、「やべ ‼ 」と身を乗り出すような記事がアップされてくるのだ。

 こういうのを、メディアの “芸能化” という。
 芸能化したメディアは、新しいカリスマを要求する。
 つまり、今まで世の中を政治、経済、社会、文化などに分けて語っていた専門家ではなく、すべてを一括して語れる芸能人が、それまでの言論人に取って替わるのだ。
 ダウンタウンの松本人志とか、俳優の坂上忍などは、まさに芸能メディアの新しいカリスマではなかろうか。
 こういう人たちに加え、さらにテリー伊藤とか橋下徹といった名前を挙げてもいいかもしれない。

 MSNニュースの世論を引っ張っているのは、ほぼこういう人たちである。
 たとえば「松本人志がSMAP 解散について自分の意見を披露」とか、「坂上忍が高畑裕太容疑者をガチで怒る」とかいうように、こういう新カリスマたちが “芸能人の目を通して” 意見を述べることが、いまや “世論” なのだ。

 もちろん、芸能人が社会事象に口を出してはいけない、などということは全くない。若い頃から独立独歩で生活を戦い抜いてきた芸人たちは、組織の庇護の下で働いてきたサラリーマンとは違って、しっかりした世間知や生活知を身に付けていたり、冷静な分析視点を持っていることが多い。
 そういう芸能人コメントは、経済や政治の専門家が語ることよりも変化球が多くて面白いし、かつ解りやすい。

 でも、しょせん “素人” である。

 世の中には、芸人として獲得した世間知や生活知だけでは分析しきれない出来事だっていっぱいある。
 それなのに、“解りやすくて面白い” という一点で、読者がカリスマ芸能人たちの言動をうのみにして、世の中の仕組みを理解したつもりになることは、脳軟化症に陥っていくだけだ。

 それに、まずメディアによって「世論をリードするカリスマ」に仕立てられた芸能人たちが可哀想である。
 たとえば、熟考する前にポロリと発言した意見が、それこそ究極の “神のご託宣” のように扱わてしまうと、彼らだって次第に自分のポジションを見失ってしまうだろう。

 なかには、すでに「俺の発言が世論をつくっている」みたいに錯覚し、やたら知識人っぽい表情をテレビでさらしている大物芸人だって出てきている。
 そういう自意識過剰の芸人を見ていると、ほんとうに痛い。メディアはずいぶん罪なことをしているな、と思う。

 いま私が、政治、経済、社会の分野に、芸人・タレントとして発言できる才覚があると思っているのは、デイブ・スペクターとマツコ・デラックスである。それにビートたけしを入れてもいいかな。

 デイブ・スペクターははっきりした意見をいいつつも、語る内容に関しては事前の下調べが行き届いているから、安心して聞いていられる。

 マツコ・デラックスは頭がいいから、社会や文化にたいして印象批評のようなものを口にしても、足を取られるような失言を回避する慎重さがあって、危なげない。
 それに彼(彼女?)は、含羞の人だから、芸能人が真顔になって「社会に、もの申す」という態度をさらすことがカッコ悪いことだと知っている。

 ビートたけしは、けっこう世論をズバズバ斬るように見せかけて、必ず “お笑い” の逃げ道を作っている。
 だから生臭い話題を扱っても、嫌味がない。
 この人も、やっぱり頭のいい人だなと思う。

 ネット見ていたら、たけし監督の『アウトレイジ』の3作目がひそかに作られていることが分かった。
 これは早くみたい !
  
 

カテゴリー: ヨタ話   パーマリンク

日本のニュースは芸能化が進んでいる への2件のコメント

  1. 木挽町 より:

    鋭くて笑えて楽しめました。まったく同感です。核心ついてます。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      いつもエールを送っていただく気持になれるようなコメント、本当にありがとうございます。

      最近、SMAPの解散騒動とか、高畑悠太の事件とか、メディアの芸能記者さんたちが張り切るような事件がやたら増えていますが、テレビやネットでこんなに大騒ぎになるのは、ニュース価値が大きいからというよりも、むしろニュースそのものが “芸能化” してきたからではないかと思うんですよね。

      特にネット系ニュースは、政治・社会・経済記事にまで、ゴシップとかスキャンダルで読ませようという空気が広がっています。
      ま、人間というのは、スキャンダルが好きな動物ですからしょうがないですけどね。
       

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