若者の消費が拡大しない理由

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大人たちが「若者」に関心を持ち始めた

 「若者が変化している」
 という論調で構成されたテレビのトーク番組を、このところ立て続けに見た。
 もちろん、意図してそういう番組を追いかけたわけではなく、たまたまである。

 こういう番組が増えてきたということは、若者の動向を気にしている大人たちもまた増えてきたということを物語っているのだろう。

 いったい、大人たちは若者の何が気になるのか。

 その多くは、マーケティング的な関心だと思われる。
 すなわち、「若者の消費行動の実態を知りたい」
 そういう大人たちの関心が、経済学やら社会学、心理学などの研究成果を踏まえた今の “若者リサーチ” ブームを作っているのだろう。
 
 だから、分析にはたいてい電通や博報堂といった広告系企業の研究チームが関わる。

 最近、こういう番組を最初に見たのは、BSフジのプライムニュースだった。

▼ 「プライムニュース」の秋元優里キャスター

 テーマは、「今どきの『親子関係』~家族の “絆” はどこへ」(2016年8月16日)。
 作家の下重暁子、臨床心理士の信田さよ子、博報堂の原田曜平というメンバーが、親と親密な関係を好む若者たちが増えてきたことの理由や功罪を語っていた。
 
 
ママとデートを楽しむ男の子たち

 この番組の中で、「博報堂若者研究所リーダー」の原田曜平氏(写真下)は、着るモノから食事まですべて親の財布に頼って生活し、しかも母親と恋人同士のようにデートを重ねる若い男性が増えたことを指摘した。


 
 原田氏は、それを「ママっ子男子」と呼ぶ。
 年齢的にいうと、10代後半から20代前半の男の子たち。
 昔なら、その世代の男性は親と連れ立って街を歩くことなど恥ずかしくてできないものだった。

 しかし、ママっ子男子はまったく意に介さず、かつ仲間同士にSNSを通じて「ママとのデート」を自慢話のように流すのだそうだ。

 こういう若者たちの親世代というのは、年齢的に40代後半から50代前半。
 いわゆる “バブル世代” である。
 だから昔の母親たちに比べ、遊びに積極的だし、遊びの経験も豊富。
 さらに、複数の恋人やボーイフレンドを持つことが当たり前という風潮のなかを生きてきたから恋愛も上手。
 そのため、子供の恋愛相談にも自分の体験を交えて応じることができる。

 また、日頃から、エステやファッションにもお金をかけているので、“美魔女” といわれるお母さんも多い。
 そうなれば、息子だっていっしょに街を歩いているときも悪い気はしないし、家で同じテレビ番組などを見る機会が多いから、共通の話題も多くなる。

 まぁ、“母親デート” ぐらいまでは、私にも多少理解できるが、恋愛相談を母親に持ちかけるというのは、私にはもう理解できない。
 しかし、今の若者たちは、「恋愛相談の相手を選ぶときは、友人よりも親の方が安全」と言っているそうな。

 なぜなら、もし友人に恋愛相談などを持ちかけたら、たちまちSNSのエジキになってしまい、周りが先に騒ぎ出すからまとまる話もまとまらなくなるのだそうだ。
 その点、今の母親はさばけているので、込み入った恋愛にも適切なアドバイスをくれるとか。
 
 
ママっ子男子になるのは経済的な理由?

 博報堂の原田氏は、そういう母親と交流を深める今の男の子たちを、従来の “マザコン” とは区別する。
 彼らは、マザコンよりはもっと合理的で、打算的。
 ママっ子男子の「親依存」というのは、甘えというより、経済活動なのだという。

 「経済活動」とは、どういうことか?
 今の若い世代の平均的貯蓄額は、29歳未満で255万円(一世帯あたり 2015年総務省調べ)。
 それに対し、親世代の貯蓄額は40~49歳で1024万円。50~59歳で1751万円。
 どの親も、子供たちの貯蓄額の4倍から7倍ぐらいの貯蓄を持っている。
 世界的に格差社会が広がり、生活苦を抱える人々が増えているといわれる昨今だが、日本の大半の親たちは、まだ余裕のある生活を続けている。

 しかし、さすがに子供の世代はそうはいかない。
 有効求人倍率は最近増えたとはいえ、大手企業以外の若者の労働環境は依然として大きな改善がみられず、正社員になれずに非正規雇用で食いつないでいかなければならない若者も多い。

 総務省の2015年調査によると、現在の労働人口のうち、正社員は62.5%。
 それに対し、非正規労働者は37.5%。
 賃金ベースで見ていくと、1ヵ月あたりの正社員の賃金は32万1,100円。それに対し、非正規労働者の賃金は20万5,100円。

 問題となるのは、年齢が上がればこの賃金格差が解消されていくのではなく、そのまま固定してしまう傾向が強いことだ。
 だから、人生の最初を非正規社員としてスタートしてしまった若者は、正社員との賃金格差を抱えたまま一生を送る可能性が高くなる。

 また最近は、正社員の雇用環境も悪化する傾向が出てきており、正社員の賃金体系なども、待遇の不安定な非正規社員の方に近づいてきているという話も多い。

 それほど今の若者を取り巻く労働環境は厳しい。
 だから、彼らは消費に対して、ものすごく慎重である。
 貯蓄額は少なくても貯蓄率が高いというのが、彼らの金銭感覚の特徴であるという。

 そういう若者の立場に立つと、「ママっ子男子」として親に寄生しながら生きていくのも、一つの選択肢としてやむを得ない、と博報堂の原田曜平氏は語る。 
 原田氏によると、若者が感じている将来不安を取り除いてやらないかぎり、彼らの消費が伸びる可能性は低いという。

 
生まれたときから暗いニュースを見続けてきた平成の子供たち

 博報堂と並ぶ大手広告系企業に、電通がある。
 その電通にも「若者研究部」というものがあり、そこで若者リサーチを行っている奈木れいさん(写真下)は、フジテレビの「ノンストップ」(8月25日)で、若者たちが消費に消極的な理由を次のように説明する。

 すなわち、今の若者世代は、日本が不安に彩られ始めた時代しか知らないというのだ。
 たとえば、平成元年ぐらいに生まれた人たちを例にとると、7歳ぐらいのときに、阪神大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件(1995年)を経験している。

 9歳ぐらいになると、神戸連続児童殺害事件(酒鬼薔薇事件=1997年)が起こる。
 そのような不安に満ちた事件が続く中で、この年あたりから企業の連続倒産が続き、サラリーマンのリストラが増え、ホームレスや自殺者が急増していく。

 2001年にはアメリカで、世界同時多発テロ。
 2006年にはリーマンショック。
 2011年には東日本大震災。

 電通の奈木れいさんによると、平成生まれの若者は、いろいろなものがあっけなく目の前で崩壊していくのを見続けてきたという。
 物心がついた頃から、彼らが目にするのは、企業倒産やバブル崩壊、地震やテロとった暗い報道ばかり。

 だから彼らは、その前の世代が持っていた「明日に期待する」という考え方を持たない。

 彼らの心境を探ってみると。おそらく次のような “つぶやき” が拾えるだろう。

 ・ 就職しても、自由な生活ができるほどの給料をもらえるかどうかは分からないから、とにかくリターンは少なくても、確実にお金がとれる仕事がしたい。
 ・ 就職するときは、給料体系が同じなら、少しでも労働時間の短い会社に入りたい。
 ・ 出張の多い会社や転勤が義務付けられる会社は避けて、地元の仲間たちと遊べる近場の仕事先を選びたい。
 ・ 仕事を見つけても、結婚相手をうまく探せるかどうかは分からない。
 ・ かといって、生涯一人暮らしだと、晩年になったときの心身のケアに不安が残る。
 ・ だから、将来に備え、少しでも手元にあるお金は大事にとっておきたい。
 ・ 自分のやりたいことを夢見ていても、実現できずに傷つくくらいなら、最初から夢など持たない方が幸せだ。
 ・ 親が援助してくれるなら、ためらうことなく “スネをかじりたい” 。
 ・ 結婚しても、家族同士で支え合うことが必要な世の中だから、3世代同居だってかまわない。家賃を親が払ってくれるのなら、その分浮いたお金を子供の養育費に回せる。
 
 
イマドキの若者を怒る大人たちの心理
  
 このようなイマドキの若者心理を列挙していくと、大人世代が「お前ら甘えるな !」と怒りそうだ。

 現に、このテーマが議論された8月16日の「プライムニュース」においては、作家の下重暁子氏(80歳)が、いつまで経っても自立できない「ママっ子男子」たちに鉄槌を下していた。

 下重氏( ↑ )はいう。
 「日本という国では、いまだに人間の “個” というものが確立されていない。親子がベタベタと依存し合うというのは、それぞれが “個”を確立するという厳しさを避けているからだ。
 家庭の中でも、“個” と “個” が対峙しないかぎり、人間の成長はありえない。だから、現在のベタベタした親子は嘆かわしい。
 私にもし子供がいたら、結婚相手には必ず一人暮らしをしている相手を選びなさいと言い続ける」

 たぶん、このような意見は、年配の人に限らず、最近の親子関係を知った人たちが持ちうる感想の最大公約数だろう。

 しかし、今の若者たちは生活する意欲がないわけでもなく、甘えているわけでもないのかもしれない。
 ただ、国民の将来不安を払しょくできない今の日本社会の現状に対し、きわめて合理的な自己防衛手段をとっているに過ぎないともいえるのだ。

 親に依存しがちな、この一見覇気のない若者心理の裏には、もしかしたら、大人世代に対する無言のプロテストがあるのではなかろうか。
 つまり、作家の下重暁子氏が力説するような、「近代的個人を確立せよ」というメッセージそのものが、今の時代とズレ始めていると思う若者が出てきたのではあるまいか。
 
 
近代的な “個” の確立とは何だったのか?
 
 下重氏が説く「 “個” の確立」というのは、19世紀から20世紀にかけて、近代社会を支える大きな柱だった。
 そして、“個” の確立は、近代民主主義の大前提として機能してきた。
 しかし、それは同時に、「個というマーケットを確立する」という意味で、資本主義の大前提でもあった。

 資本主義は、「個」という存在を作り出すことによって、はじめてマスマーケットを手に入れたといっても過言ではない。

 たとえば、テレビという家電を考えれば分かりやすいかもしれない。
 テレビの普及期には、一家に一台テレビがあればよかった。

 家庭の中における「個人」というものがしっかり確立されていない段階では、その一台のテレビが送信してくるプロ野球中継なり歌謡番組なりを、家族全員が仲良く楽しむことができたわけだ。

 しかし、さらにテレビを売るためには、「お父さんが見るプロ野球ではなく、アニメを見たい “僕” 」が必要になってくる。
 リビングに置いた家族全員のテレビではなく、個室でアニメを観る “僕” のテレビが必要になれば、一家にテレビは2台売れることになる。
 
 このように、家族の総意からはぐれてしまう「個」を創出することによって、先進国の資本主義マーケットは飛躍的な拡張を遂げた。
 
 だが、もしかして、その資本主義が揺らいできたとしたら、これからも “個” の確立というものが時代を支える巨大な柱になり続けるのだろうか。
 
 
「より速く」「より遠くへ」の時代は終わろうとしている
 
 経済学者の水野和夫氏(法政大学教授 写真下)は、2016年7月18日のBSフジの「プライムニュース」において、こう語っている。

 グローバリズムを標榜して、今日まで延命してきた資本主義システムが、ここにきて様々なほころびを見せるようになってきた。

 これは「より速く」「より遠くに」「より効率的に」という精神で突き進んできた近代資本主義が転換点を迎えていることを意味する。

 このまま突き進んでいけば、世界中の人々が過度なストレスに苦しめられ、心身の健康を損なうことにもなりかねない。

 それから逃れるためには、まず近代資本主義が掲げてきた「より速く」「より遠くへ」「より効率的に」というモットーを見直し、むしろ「よりゆっくりと」「より近くへ」「よりおおらかに」という精神を復活させなければならない。
 
 
 このように水野氏はいうのだが、この水野氏の意見と、前述したイマドキの若者が思い描いている世界観は、どこか似ているような気がしないか?

 つまり、若者たちの自閉的な “ミーイズム” は、いま地球上で猛威をふるっているグローバライズされた資本主義システムに対する抵抗運動であるかもしれないのだ。

 水野氏は、プライムニュースという番組を締めくくるにあたって、日本社会への提言として、「競争から協力へ」という言葉を残した。

 要は、こういうことだ。
 これまでの近代資本主義は、常に「競争」を掲げて国同士を戦わせ、企業同士を戦わせ、そして人間同士を戦わせてきた。

 確かに、資本主義が目指した「より速く」「より遠くへ」「より効率的に」生きる競争社会のなかで「自立した “個” 」という思想が生まれてきたが、その思想は一方では、個々人が血まみれの闘争を続けるイデオロギーとして機能し、ストレス社会を生み続けてきた。

 しかし、21世紀半ばを迎えるようになって、これ以上競争を繰り返していくことは、財政的にも資源的に見ても国家や社会の機能を疲弊させ、人々の生活を圧迫していくことがはっきりしてきた。
 だから、「競争から協力へ」だと水野氏はいうのだ。
 
 
競争から協調へ
 
 電通若者研究部の奈木れい氏によると、実は、今の日本の若者たちの気分を代弁するシンボルワードもまた、「競争から協調へ」という言葉なのだそうだ。
 今の若者たちは、少ない資源を競争で奪い合うことは、けっして豊かさの実現には向かわないことに気づいているらしい。

 今後、日本は加速度的に人口減少社会に向かって突き進んでいく。
 そのときに、欠けていく人口資源を補うのは人々の「チーム力」だ。
 1人+1人の力を合わせて2の効果を上げるのではなくて、チーム力によって、それを3にも4にも増やしていく。

 「競争より協調」
 良いことか悪いことかは別として、若者たちは、そういう方向に舵を切ったらしい。
 それは、きっとさまざまな議論を生むことになるだろうが、しかし、今までそういう議論がなかったことが不思議だったかもしれない。
  
  
参考記事 「シニアマーケットはなぜ停滞するのか」
 
 
   

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

若者の消費が拡大しない理由 への6件のコメント

  1. 木挽町 より:

    興味深く拝読しました。ありがとうございました。

    社内の今の若い人たちってなかなかいいですよ。頑張るし、努力するし、楽しむし、実行するし、センスいいし。逆に自分たちの時代だと、ともすると、知見披露だけのようなくだらない議論(空中戦)ばかりが多かったような気がしますが、今の若い方々と一緒に仕事していると昔の仕事のやり方に比べてかなりサクサクと進みます。

    40歳を過ぎたころから、若い人たちの役にたちたい、という思いで働いてきました。今や定年延長や雇用延長、再雇用などで職場でも若い方々の比率が低くなってきています。若い方々の役にたてているのか、若い方々にとって煙たい存在になってしまっていないだろうか、面倒でややこしい迷惑な存在なのではないか、と考えるようになり、若い方々の励みにもなれない存在が、いたずらに勤続年数を増やすことは恥だということに気が付きました。で、転職することにしたんです。

    名は一代、恥は末代って言うじゃないですか。ま、人生は楽しく過ごしましょ。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      素晴らしいですね。さすが木挽町さんです。
      中高年のなかには、若い人の実力を軽視する人たちがまだけっこういますよね。自分の成功体験を基準にして、それに合わないと、すぐ他人のことを批判的に評価したり … 。
      それって、やっぱり自分のことが見えていないのでしょうね。

      その点、常に “他者の視点” に立って自分を客観的に眺めようとする木挽町さんの姿勢には敬服いたします。
      きっと、転職先でも輝かしい業績を残されることでしょう。
      そのうち、どういう関係のお仕事に向かわれるのか、こっそり教えてくださいね(笑)。
       

      • 木挽町 より:

        こっそりお伝えしますね。10月からは村上開明堂というバックミラーメーカーで働きます。東京にもオフィスがありますが、静岡に本社や工場があるので、しばらくは静岡に単身赴任です。単身赴任中はアパートにネット環境が整っていないのでブログを拝見する頻度が少なくなると思いますが何かございましたらいつでも携帯にどうぞ。トラックミラーは無いですが、トヨタ、レクサス、日産、ホンダ、スズキなどのクルマのミラーは村上開明堂製です。国内シェア半分くらいらしいです。外国車にも採用されていますし、海外生産にも積極的です。ついこないだNHKニュースでも新開発ミラーが紹介されました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

        • 町田 より:

          >木挽町さん、ようこそ
          「こっそり」とお願いしたのに、こんなに大々的に公開されて、ちょっと戸惑いましたが、よろしかったのですね?

          新しいお仕事先、たいへんよく分かりました。
          素晴らしい新天地が開けているようで、まずはおめでとうございます。
          木挽町さんならではの、やりがいのあるお仕事だと思います。

          たぶん、今のお勤め先と同じように、また積極的にいろいろなご提案をされたり、新規事業の計画を立案されたり、木挽町さんらしいご活躍ぶりを拝見させていただくことになると思います。
          まずは、素敵なお仕事に就かれたことをお喜び申し上げます。
           

  2. よしひこ より:

    ちょうど今日の日経新聞に「ママっ子男子」の用語解説が載ってました。でもこれだけ読んだら、なんでこんな若者が出現したのか分からなかったですね。こちらのエントリーにある電通の分析もあわせて読んで、彼らなりの経済合理性の追求の結果なのだなと納得するものがありました。要するに90年代以降に生まれ育った人たちの思考感覚ということですね。やっぱり90年代以降を思い返すと、今の若者が理解できるということかと。大体自分の少し下の世代辺りは80年代に「新人類」とか呼ばれることもあったように記憶してますが、良くも悪くも今の若い人たちの方が、デジタルネイティブであることも含めて、よっぽど「新人類」だと思います。(苦笑)

    • 町田 より:

      >よしひこ さん、ようこそ
      やっぱり、日本人の精神構造や文化概念の変化を考えるとき、90年代末というのが一つのエポックになっているということなんでしょうね。
      まさに “世紀末” 。あそこで、20世紀的な様々なものが幕を閉じていったのだと思います。
      「ママっ子男子」というのも、20世紀的な親子関係では、“近親相姦” のように眺められたものの一つかもしれませんね。
      それが、経済合理性からの要請であったとしても、年配の人の中には、そういう親子関係を異様なものとして眺める人もいることでしょう。

      また、SNSの普及以降、人間のコミュニケーションスタイルが大きく変わったのも無視できないトピックスですね。
      固定電話の時代から、ポケベルの時代。一般家庭ではPCが定着し、電話もガラケーからスマホへ。私たちはそれを自然な形で受け入れてきましたけれど、100年単位ぐらいで人間を見ていくと、たぶん「あの時期に人類はガラッと変わった」などといわれていそうな気もします。
       

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