恋愛はいつどのようにして生まれたのか

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トリスタンとイゾルデの愛 恋愛の起源 

 「恋愛」という概念は、いったいいつ、どのようにして生まれたのか?
 昔、夏目漱石の『こころ』をテーマにしたブログを書いた頃、そんなことを考えたことがあった。

 こういう問を、人は普段なかなか思いつくことがない。
 「恋愛」は、太古の昔から人類が連綿と受け継いできた一種の “本能” のようなものだとされてきたからだ。
 あたかも、人類という “種” を存続させるための、遺伝子の働きであるかのように。


 
 しかし、考えてみれば不思議である。
 子孫を残すためだけなら、人間の女性も動物のメスのように、言い寄るオスの中から一番生存率の高そうな遺伝子を持っているオスを選べばいいだけの話である。

 だが、人間の恋愛の場においては、必ずしも、腕力のある者や経済的に裕福な者、美貌に恵まれた者だけが勝者になるわけではない。
 
 たとえば、女性が求愛を受けたとき、その相手が、結婚の条件を満たすには申し分のない安定した職を持ち、誠実で、優しい性格の男でも、女がその気にならなければ(妥協による婚姻は可能であっても)「恋愛」は成立しない。
 一方、男だって、安定した家庭を約束してくれそうな良妻賢母型の女性よりも、男を騙し続ける小悪魔的な女を追いかけてしまうなんてことが、よく起こりうる。

 ということは、「恋愛」と「結婚」は、そもそも最初から別概念であるということなのだ。むしろ、「結婚」から限りなく逸脱していくところに、「恋愛」の本質があるといえるかもしれない。

 「恋愛」と「結婚」は、どちらが先に生まれたのか?

 一般的には、「恋愛」関係に陥った男女が親密度を増していき、最後に「結婚」というゴールを迎えると思われがちである。
 しかし、人類の歴史をたどると、「恋愛」は、むしろ「婚姻」という制度が整ったあとに発生している。
  
 
「愛は金で買えるか?」という議論の不思議さ

 では、「恋愛」は、どういう状況で生まれてくるのだろう。

 一般的に「恋愛」は、人間の精神活動を彩り、さまざまな情緒を喚起するインスピレーションの原動力となるものとして認知されている。
 それを裏付けるように、古来より多くの文学が「恋愛」をテーマに展開され、現代でも流行歌のメインテーマは「恋愛」であり続けている。

 しかし、恋愛には、どこか「商売」の匂いが染みついている。
 たとえば、恋のかけひきに使われる言葉を拾い上げてみると、
 「安売りする」
 「安っぽく扱う」
 「お高くとまる」
 「手が届かない」
 「手に入れる」
 「高嶺(たかね)の花」
 など、売買を想起させる言葉が多いことに気づく。
 特に、高嶺の花などは、「高値の花」から来たのではないかと思わせるようなニュアンスが漂う。
 
 また、恋愛には必ず「愛はカネでは買えない」とか、「愛だってカネで買える」といったような議論がついて回る。
 このようなことから、「恋愛」と「お金」は、どこかで密かに関係し合っているのではないかという推測が生じてくる。
 
 
恋愛の起源は、娼婦にある?

 実は、恋愛の起源を、女がカネで自分の体を売る「娼婦」の成立に求める人がいる。
 要は、おカネをやりとりすることで、男と女が対等な立場で向かい合える場所がはじめて生じたというのだ。

 それまでの人類の長い歴史は、「男」が主人となり、「女」を隷属させる社会で成り立っていた。
 そのような歴史のなかで、娼婦が存立できる場所こそが、男女が同等の立場で向かい合える場所だった。
 「恋愛」という概念は、その娼婦たちの間から生まれてきたというわけだ。

▼ 古代ギリシャの壺絵に描かれた娼婦と客

 
 この理屈には、異を唱える人が多かろう。
 誰もが直観的に、恋愛の起源を娼婦に求めるのは “非道徳的” だと思うはずだ。
 娼婦と客の関係は、「女を、カネの力で従属させる悪しき男性中心主義」だとフェミニストたちは非難するかもしれない。

 しかし、このことを明るみに出したのは女性である。
 文学理論の研究家で、現在は小説家としても活躍している水村美苗さんだ。
 水村女史は、1981年の『現代思想 反恋愛論』という特集における対談のなかでこう語っている(多少意訳)。

 「人類史の大半において、女性は、(文化人類学者の)レヴィ=ストロースが言っていたように、男性中心的な共同体(= 村とか部族)の中で、他の共同体との友好関係を保つための交換価値としてしか見なされてこなかった。
 つまり制度として公認された “婚姻” の歴史というのは、女性を交換価値としてしか考えなかった共同体の歴史を物語っているに過ぎない。
 レヴィ=ストロースは、あたかもそれが人類一般の法則であるかのように語ったが、それは自己完結型の共同体内で当てはまる現象でしかない。
 だから、男が権力を握って君臨している共同体の中で、女が『弱者』の立場から解放されるには、女はそのような共同体の<外>に出るしかなかった」

 水村氏がここで語る<外>とは何か。
 それは、共同体の掟(おきて)の届かない場所のことである。

 そのような “場所” があるのか?

 それが、「商品を売り買いする場所である」と水村氏はいう。

 そのような貨幣がすべてを決するような場所においてこそ、女ははじめて男と対等の立場に立つことが可能となり、“男の支配” から逃れることができる。

 世間ではよく娼婦のことを、「男が女をカネで支配する」制度だと決めつけたがるが、事実は逆である。
 女は、娼婦になることによって、「男に日常的に配されていた存在」から、「カネでしか支配されない存在」に昇格したのだ。

 このとき、女にはじめて “選ぶ権利” が生まれる。
 すなわち、男がカネを持ってきても、気に入らない男なら「自分を売らない」という態度をとることができる。
 そして、気に入った男なら、カネを取らずに自分を捧げることも可能になる。

 それが、「恋愛」の起源である。
 そして、それを可能にするためには女と男が、ともに共同体の<外>に出る必要があった。

▼ 古代アテネの高級娼婦アスパシア

 
 
貨幣と恋愛は、ともに共同体の<外>で生まれた

 水村女史は、「貨幣」と「恋愛」は、共同体と共同体の<間>、つまりどちらの共同体のルールも届かない、その “すき間” のようなところで発生したという。

 具体的にいえば、それは「都市」である。
 先史社会においては、都市こそが、一つの共同体の秩序が途切れるところであり、別の共同体の秩序と出遭うところであった。

 「都市」の生成過程を追うと、最初に市場が登場するのは、みな村外れのような共同体と共同体の境界あたりであることがわかる。
 そこは、どちらの共同体のルールにも支配されない領域であるから、そこに集う人間たちは、一つの共同体が保証する身分や権力が通用しない体験と引き換えに、その市場を練り歩くときの祝祭的高揚感と自由を手に入れることができる。

 そのように成長してきた有力都市は、巨大な古代帝国が興隆したあかつきには、その支配圏に属することになるが、都市の本質的な機能は変わらない。
 つまり、そこが「交易の場」であるかぎり、絶えず帝国(共同体)内の法規制に縛られない商取引のルールが誕生し、新しい文物がどんどん参入して、それまでの商品体系を壊し、新しい商品体系を形成していく。

 そして、そのような変転めまぐるしい商品体系を制御する “普遍的な価値” として、「貨幣」があらゆる商品価値を規定する幻の上位概念として定着していく。
 貨幣さえ所有していれば、どんな貧乏人でも、王侯貴族と同じように「人」や「物」を動かすことできるようになる。
 <平等>という概念は、貴族と平民といった階級制度を無にしてしまう貨幣の流通を前提にして、ようやく人類が手に入れることができたものだという。

 そういう場所には娼館が生まれ、貨幣の力で<平等>を手に入れた娼婦が、同じく客として<平等>になった男を招き入れるようになっていく。
 そしてそれが、男女が<平等>でなければ成り立たない「恋愛」という意識を生み出す母胎となる。
 そのことを踏まえ、水村女史は「貨幣」と「恋愛」の起源は同じであると語る。


   
 確かに、これは一理あるかもしれない。
 実際に、人が「恋愛」といわれる心情に陥ったとき、はたしてどんな反応に見舞われるか考えてみよう。

 恋愛の本質とは、“不在の相手に対する思慕” である。
 つまり、実際に目の前にいる相手に対してではなく、その相手と逢わないときにこそよけい募ってくる恍惚と不安。
 その心理的高揚感が、恋愛感情の基礎をつくる。
  
  
恋心は、買物するときの快感に似ている

 三省堂の『新明解国語辞典』によると、「恋愛」は次のように定義されている。

 「特定の異性に特別の愛情を抱いて、二人だけで一緒に居たい、できるなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する状態)状態」(第四版)

 さらに、角川書店の『歌ことば歌枕大辞典』で恋(こひ)の項を探すと、そこにはこのようことが書かれている。
 「眼前にいない人や、事物・場所などに心惹かれ慕う感情。特に目の前にいない愛する異性を慕い求める感情」

 このような感情は、まさにおカネを握りしめて、欲しい商品を手に入れる算段をしているときの高揚感とそっくりではなかろうか。

 貨幣はあくまでも貨幣に過ぎない。それは、実際に「手に入れたい “物” 」からは、永遠に切り離されている。
 なのに、その貨幣こそが、“物の不在” を通じて、実際に手に入れられる “物” 以上に、人間の狂おしい渇望を自覚させる。
 それは、まさに「恋愛」が、相手の不在によって妄想が高まることと同じ軌跡を描いている。

 「婚姻」には、実体がある。
 しかし、「恋愛」には実体がない。
 それはあたかも、商品としての実体を何ひとつ持たない貨幣が、いつのまにか、どの商品よりも最上位に君臨してしまうという、貨幣経済の倒錯的な価値体系をそのままなぞっているように見える。

 水村美苗はいう。
 「市場においては、娼婦が『売る立場』になるわけだが、商談が成立するには、客も『売り=買い』の場に立ち会わなければならない。
 『売り=買い』の場というのは、『買う立場』にいる人間の持っている貨幣の価値を危うくする場でもある。『いったいこの女にいくら金を積めばいいのだろう』というところから、逆に『金で買えない愛情』をやりとりするものとして恋愛が規定されてきた」
 
 
西欧的な恋愛は、騎士道から生まれた


 
 水村女史は恋愛の起源について、こう言う。
 (以下はそうとうな意訳)。

 「ヨーロッパで、最初に “恋愛” という概念が人々に浸透し始めたのは中世からだといわれている。
 その要因になったのは騎士道である。
 騎士というのは、封建領主でもあったから、本来は農村というローカルな共同体を束ねる人間として、貨幣経済とは無縁な存在であった。
 しかし、騎士は、基本的には戦士であったから、(十字軍の遠征を見ても分かるとおり)、商人と同じようにモビリティー(移動性)を持ち、その従軍の過程で、貨幣経済が横行する都市生活を知るようになる。
 騎士たちの間で、そのような条件が整うことによって、共同体のルールを超えて結ばれる男女の心を “恋愛” と呼ぶきっかけがつくられた」
 
 つまり、西欧における「恋愛」とは、農村というローカルな共同体の<外>に
踏み出した騎士たちの間に、自分たちの存在基盤を支えるイデオロギーとして広まっていったというわけだ。
 そして、ヨーロッパ中世においては、共同体のルールに縛られない騎士たちのメンタリティーを表現するたくさんの恋愛詩や宮廷ロマンが生まれるようになったという。

 彼らの「恋愛」とは、基本的に不倫である。
 宮廷の主催する馬上試合などでは、どの騎士も、主催者の家族が集う観覧席の前で、参列する人妻の貴婦人の一人に情熱的な忠誠を誓うことを堂々と宣言する。
 そして、その貴婦人のために、体を張って馬上試合に臨み、また戦いの最前線におもむいて命を燃焼させる。
 それが、中世の騎士たちのアイデンティティを保証した。


 
 しかし、騎士たちの不倫愛は、どこまでいっても肉体的な合一を退けた “プラトニックラブ” という形をとった。
 プラトニックラブであるからこそ、そこには精神の高貴さが求められ、それが「恋愛」という特殊な感情を崇高なものに高める土壌を形成する。

 このときに、「恋愛が “婚姻” という共同体のルールとは別の形で、男女の結びつきを意味する概念」として認められるようになったというのだ。
 そして、そのような「恋愛」は不倫が前提となっているがゆえに、しばしば「悲恋」という形で終息する。

 このような騎士道文化の流行を指して、フランスの歴史家シャルル・セーニョボスは、「恋愛とは12世紀の発明なり」と語っているという。
 ちなみに、12世紀のフランスで成立した西欧最古の恋愛文学といわれる『トリスタンとイゾルデ』の説話を簡単に紹介してみる。
 この話は、「恋愛」が共同体のルールをおかす「不倫」という形から生まれたことを端的に物語っている。
 
 
西欧最古の恋愛文学『トリスタンとイゾルデ』

 
 以下、社会思想社刊『教養人の世界史』(現代教養文庫449)より引用。

 「コンウォールの王マルクの甥である騎士トリスタンは、大恩のある伯父王のため、マルク王の王妃となる『金髪のイゾルデ』をアイルランドまで迎えに行く。
 しかし、2人は誤って王夫妻のために用意された『惚れ薬』を飲み、マルク王に隠れて不義の愛を語らうようになる。
 恋人たちは手に手をとって、マルク王の城に近い森に隠れる。
 マルク王は狩りの道すがら、語り疲れて眠っている2人を見つけ、抜き身の剣を2人の間に立てて、黙って立ち去る。

 目覚めた2人は剣の主を知り、悔恨の念にかられて別離を誓い合う。
 そして、『金髪のイゾルデ』は自分の心を押し殺してマルク王に嫁ぎ、トリスタンはブルターニュに退いて、『白い手のイゾルデ』という娘と結婚する。(イゾルデが2人現われるので、ややこしい !)

 しかし、惚れ薬の魔力から抜けられないトリスタンは、『金髪のイゾルデ』を恋い慕うあまり、癩者や狂人に化けても、恋人の姿を求めてマルク王の城のあたりをさまよい歩く。

 ついに最後の日がやってくる。
 トリスタンは戦場で毒剣に傷つき瀕死の床につく。
 毒を消す薬を知るのは、医術をも身に付けている『金髪のイゾルデ』のみである。

 使者が立ち、もし恋人が来てくれるなら船に白い帆を揚げ、だめならば黒い帆を掲げよというトリスタンとの約束に従い、『金髪のイゾルデ』は船に白い帆を張ってトリスタンのいる城に急行する。
 しかし、夫の不義を知った『白い手のイゾルデ』は嫉妬にかられ、『黒い帆が近づいて来ます』と嘘をつく。
 
 絶望して息絶えたトリスタンの遺骸を抱いた『金髪のイゾルデ』も悲しみに胸が張り裂け、恋人の後を追う。
 マルク王は2人の死を悼み、すべてを許して比翼の塚に葬らせる。
 するとトリスタンの墓から伸びた茨のつるがスルスルとイゾルデの墓に入ってゆき、切っても切っても、また伸びて、死もまた2人の愛を阻むことができないことを伝えるようであった」


 
 … というのが、西欧最古の恋愛文学といわれる『トリスタンとイゾルデ』の説話である。
 この話は、もともとケルト民族に伝わる伝承であったものが、12世紀のフランスで物語化され、やがて『アーサー王と円卓の騎士』の説話に組み込まれて今日に残ったものといわれている。

 これが “西洋最古の恋愛文学” であるとするならば、そもそも「恋愛」こそが「婚姻」という共同体のルールを破るときに発生するものであることを物語っているといわねばなるまい。
 そして、そのような恋愛は悲恋に終わることが定型化され、それがシェークスピアの『ロミオとジュリエット』のような恋愛物語へと継承されていく。

 ロミオとジュリエットの話こそ、互いに対立する二つの氏族(共同体)の《間》に生まれた「禁じられた恋愛」の典型であった。
 この話も、『トリスタンとイゾルデ』の説話同様、愛し合った2人の「死」によって完了する。あたかも、共同体のルールを逸脱した「恋愛」が、その共同体によって罰せられるように。

 シェークスピアは、このドラマの着想をギリシャ神話の「ピュラモスとティスベ」から得たといわれている。
 元となったギリシャ神話も同じように、仲たがいする二つの家の反目を嫌う恋人同士が、お互いの家を抜けて駆け落ちする話だが、やはり2人の死をもって幕を閉じる。
 そのようなエピソードが古代からずっとあったということは、「恋愛」が共同体のルールと反目するということを教訓的に伝えていることを示唆している。
  
  
吉本隆明の「対幻想論」の読み方
 
 「恋愛は、共同体の拘束から抜け出ようとする宿命を帯びる」ということを、“幻想論” という視点から説き起こしたのが、吉本隆明の「対幻想」という概念である。
 彼が1968年に著した『共同幻想論』は、理論書としては荒唐無稽なところもあり、思想も文体も古色蒼然としたものとなってしまった感じもするが、その中の「対幻想」という概念だけは、光の当て方によっては依然として「恋愛」の本質を浮かび上がらせる力を保っている。


 
 吉本隆明は、『共同幻想論』のなかで、「国家」は法整備や政治システムなどという実体で語られるものではなく、それ自体が、人間の妄想の上に成り立つ壮大な「幻想体系」だと訴えた。

 それに対し、男女が「性的な交渉」を含む「一対一の関係」を取り結ぶときだけ、国家の共同幻想に対して “逆立” するという。

 逆立とは、「逆らう」という意味であり、「逸脱する」という意味でもある。
 吉本隆明は、この男女の関係を「対幻想」という言葉で表現し、国家が個人を従属させるイデオロギーとして機能する「共同幻想」に対峙するものと規定した。
 これは、言葉を変えていえば、「恋愛」は国家という「共同体」の外に出ようとする力を持っていると、言い直すこともできる。

 ただ、吉本隆明の「対幻想」はかなり曖昧な概念であって、男女が「一対一」で向き合う関係から、やがて「家族」にまで発展し、さらには「親子」という関係に至るまでのすべてのプロセスをすべて含むように説明される。

 しかし、男女の一対一の関係が、「家族」にまで発展していけば、それは、「国家」という共同体の利害と対峙することもありうるが、逆に「国家」を支えるものとしても機能する。
 国家は、法整備や治安の保証によって、「家族」という最小単位の共同体を保護する代わりに、「家族」が内包してしまう「国家」に逆らう要素をことごとく排除することも可能だからだ。

 そのときの排除の形は、「国家の秩序を破った男女は悲惨な死を迎える」という形で定型化される。

 このような、共同体から罰せられて死を賜る “悲恋神話” の積み重ねから、人は「恋愛は死に隣接している」という想念を育てていったと思われる。

▼ 古来より、死とエロスは密接に結びついていた

 
 共同体は、人々のこういう想念を打ち消すために、個人の「死」と「恋愛」が結びつくことをタブーとして、逆に、個人が「共同体のために死ぬ」というイデオロギーを奨励した。
 祖国を救済するために、自分の生命を犠牲にして戦う人間がヒーロー視されるのは、そういう理由による。
 その極端な例は、太平洋戦争時の日本の「特攻隊精神」かもしれないが、日本に限らず、“国や民族” のために自己犠牲的な行動を取る人間を称揚するのは、共同体存続の基本イデオロギーである。

 しかし、このような共同体の思惑を超えて、悲恋説話が人々に語り継がれるのには、やはり、それなりに意味があると言わざるを得ない。
 それは、共同体のルールを逸脱するときこそ “ときめき” があることを、人々が密かに感受していたことを物語っているからだ。
 
 
恋愛は、ときに一国を崩壊させる

 恋愛は、厳格な “平等主義者” である。
 恋愛の平等性は、共同体内のヒエラルキーなどをいとも簡単に無化してしまう。

 そのため、恋愛における “ときめき”は、ときにヒエラルキーの頂点に君臨する権力者をも危うくすることがある。
 権力者の男が、いくら金銀財宝を見せびらかし、統治する帝国の一国さえ与えようとしても、女がその権力者を「嫌い」といえば、それで終わってしまう。
 国家をも支配できる男が、一介の無力者に成り下がるのは、このときだ。
 
 逆にいえば、女は、出自が貧しかろうが、財産など持たない家に生まれようが、権力者の心を射止めれば、権力者を思うように扱うこともできるわけだ。

 思えば、権力者が惚れた女に簡単につまづくことを、我々は歴史上の出来事として、どれほどたくさん見てきたことか。

▼ 楊貴妃

 
 中国の唐王朝崩壊のきっかけをつくったのは、玄宗皇帝の寵愛をほしいままにした楊貴妃であったし、ローマ時代に、オクタヴィアヌスと覇を争ったアントニウスを破滅させてしまったのはクレオパトラであった。

 アントニウスは、アクティウム沖の海戦で、味方の兵士をも戦場に放り出したまま、「勝機がない」と勝手に判断して逃亡していくクレオパトラの船を追い、勝利も、自分の運命をも放棄してしまった。

▼ ハリウッド映画『クレオパトラ』を演じたエリザベス・テイラー

  
 それほど、「恋愛」は男の立場を危うくすることもあり得るのだ。
 (女が権力者の場合は、逆のこともあり得る)

 批評家の東浩紀は、『弱いつながり』という本のなかで、18世紀の思想家ジャン・ジャック・ルソーに言及した章で、次のように語る。

 「(男と女が)一晩一緒に過ごしたという関係性が、(その人の)親子や同僚といった強い絆をやすやすと超えてしまうことがある。社会的に大成功を収めていた人が性犯罪で破滅することがあるかと思えば、まったくの敗北者が権力者(との性の結びつきで)政治を左右するようなパートナーになったりする。
 そういう非合理性が、人間関係のダイナミズムを生み出している。
 もし人間に性欲がなかったら、階級は今よりもはるかに固定されていたことだろう。人は性欲があるからこそ、本来ならば話もしなかったような人に話しかけたり、交流を持ったりしてしまう。
 ……人間は、目の前で異性に誘惑されれば思わず同衾してしまう、そういう弱い生き物であり、だからこそ、自分の限界を超えることができる」

 東浩紀がここでいう「性欲」は、そのまま「恋愛」という言葉に置き換えてかまわない。
 とすれば、東浩紀のこの記述は、
 「恋愛は、人に自分の弱さを知らしめるからこそ、自分の限界を超える力となる」
 と読み替えることができる。
 これは、人類普遍の真理であるように思える。
 

 
 
関連記事 「恋愛は罪悪である ― 漱石『こころ』100年」
 
参考記事 「VRの旅と、リアルの旅  東浩紀 『弱いつながり』 」
  
  

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恋愛はいつどのようにして生まれたのか への4件のコメント

  1. Milton より:

    相変わらず大変読み応えのある内容で、勉強になります。ありがとうございます。

    これはかなりマニアックな情報なのですが、アントニオ猪木が以前語っていた内容を思い出してしまいました。それは、ローマ帝国に関する内容で、格闘の起源は古代ローマの文化にあるというものでした。

    さらに、当時の奴隷格闘家と貴婦人の間(それぞれ個人)に、階級を超えた関係性があったことが歴史家によって証明されたそうで、猪木自身の解釈によれば、戦いにおける「肉体の官能」が、貴婦人を欲情させて、結果的に階級という共同体のルールを破らせる強い動機になったのではないか、というものでした。単純な話し、あの美しい肉体に触れてみたいといったものです。

    なので、これは個人的に思っていることなのですが、やはり日本の若者の性に対する距離感には、なにか不自然なものを感じてしまいますね。私も今年で34歳になるのですが、まわりを見ていると、大して見返りのない共同体への奉仕のために、自分の性を抑圧している男女をよく目にします。

    ただ見方を変えれば、共同体からドロップアウトすると、すさまじい劣等感を与える社会であるとも言えるでしょうね(それだけ若年層の自殺が増加していますし、少なからず関連があるように思います)。

    そう考えると、人々の欲望が過剰に統制されているようにも思えて(性欲をエロサイトで解消してしまう男性は多いです)、暗澹たる思いにもなるんですけどね。

    注:個人的には、恋愛よりも、欲情や欲望という言葉のほうがしっくりくるので、そちらの言葉に置き換えさせていただきました。

    • 町田 より:

      >Milton さん、ようこそ
      またまた興味ある情報をお寄せいただいて、ありがとうございました。
      古代ローマの剣闘士(グラディエーター)と貴婦人の関係。「肉体の官能が貴婦人を欲情させる」と見抜いたアントニオ猪木氏もなかなかのものですね。

      確かに、剣闘士の隆々たる体躯は、それだけで貴婦人方には刺激的であったでしょうが、何よりも彼らが “死を賭して戦っている” という “せっぱつまった感” が、平和に慣れたご婦人方にはなおさらエロティックだったのでしょうね。
      実際に、人気剣闘士たちは貴婦人方の “一夜の愛人” としてこっそり寝所に招かれたことも多かったと聞きます。

      で、≫「日本の若者の性に対する距離感に、何か不自然なものを感じる」とのことですが、確かに最近の若者たちは、昔の “若者” に比べ、性の結びつきにそれほど情熱を持っていないという感じは私にも伝わってきます。
      これは、若者たちの性欲が弱くなったのか、それとも、性に対する考え方が変わったのか、私にもよく分からないところです。

      若者が「性と距離を取り始めている」というのが本当だとしたら、それにはいろいろな理由が絡んでいるのだろうし、一つの理由だけで説明のつくものでもないでしょうね。

      ただ、一方で、ストーカー殺人のような、女性に対して歪んだ執着を抱えた若い男性の犯罪も増えているような気もします。この問題と「性欲に距離を取り始めた若者」たちと因果関係があるのか。
      とにかく、この問題も考えなければならない大事なテーマであるように思います。

      ところで、Milton さんが34歳の方であるとは思いもしませんでした。
      知識の傾向やら研究されている内容、使われる語彙などから察し、私と同じ60歳代ぐらいの方かと勝手に推測しておりました。これはとんだ失礼をいたしました。
      若い方からいろいろと教わるのも楽しいものだと知りました。
       

  2. Milton より:

    いえいえ、私はまだ多くのことを学ばなければいけないと思っていますし、こちらこそ町田さんのブログを読んでいて勉強になることばかりです。

    ちなみに、若者が「性と距離を取り始めている」という件に関していえば、ひとつは異性との「交渉が下手」と言えるかもしれませんね(別に同性でも良いのですが)。つまり自分の性を自己完結してしまえる環境が、この社会には整いすぎてるというか。妙に優しくて、奥手な若者が多いです。なので、ストーカー犯罪が増加しているのも、わかる気がします。

    あと、今や若者の間では、(潜在意識として)結婚や出産が「社会的に贅沢なこと」になっているように思います。私のように衰退している地方都市に住んでいると、それを肌で感じますね。

    • 町田 より:

      >Milton さん、ようこそ
      「若者の恋愛事情」に関しては、いずれまた取り上げていいテーマかもしれませんね。
      というのは、若い人たちの話を聞くと、「好きな人はいるのだけれど、思いをどう伝えたらいいのか分からない」という悩みを抱えている人が、男女ともすごく増えているのだそうです。
      つまり、今の若い人たちには、「告白」に至るまでのハードルがものすごく高くなっているようなのですね。

      Milton さんは、それを「交渉が下手」とおっしゃっていましたけれど、私自身は、そういう不器用さって、案外大事だな … という気もしています。

      「愛に対して不器用である」ということは、逆にいえば、「愛に対する思想を深める」ことにもつながりそうに思えるのです。
      それは、恋愛文学などの読み方を学ぶことにもなるかもしれないし、恋する相手を思いながら聞く音楽や、眺める絵画の理解度を深めるかもしれない。

      「愛に対して不器用」ということは、悪いことではないですよ。
      しかし、その不器用さを精神力で克服する契機を得られないと、ストーカーなどの方向に奔っていく危険性もありますね。

      だから、いま必要なのは、「恋する情緒」をいかに膨らませていけるのか、そういう文化が大事なんだろうと思います。
       

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