「ことわざ」は突っ込みどころ満載だ

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 人生の真実を、気の利いた言葉の中に鮮やかに集約する「ことわざ」。

 日本人が、古来より受け継いできた「ことわざ」は、まさに、生きるための知恵の結晶である。
 だけど、よく考えてみると、どれも「なんか変 … 」という感触がつきまとう。
 
 たとえば、 
 「負けるが勝ち」
 … とかいうけれど、では勝ったら負けちゃうのか?
  
 「逃した魚は大きい」
 … とかいうけれど、では捕まえた魚は小さいのか?

 「嘘つきは泥棒の始まり」
 … では、泥棒は嘘つきの “終点” か?
 
 「可愛い子には旅をさせろ」
 … では、醜い子は家に閉じ込めておくのか?
  
 「風邪は万病のもと」
 … では、万病は風邪の “結果” か?
  
 ま、ことわざって、考えてみると、突っ込みどころ満載の表現なんだよね。
  
 たとえば、
 「勤勉は成功の母」
 父は誰だ?
 
 「五十歩百歩」
 五十一歩の場合はどうなのか?  

 「山椒 (さんしょう) は小粒でもピリリと辛い」
 唐辛子と比較した上でのことか?
 
 「舌を巻く」
 イタリア語では珍しくないぞ。
 
 「雄弁は銀。沈黙は金」
 “饒舌” は、さしあたり “銅” ぐらいか。
 
 「血は水よりも濃い」
 塩水の場合だったらどうなのか。
 
 「井の中のカワズ(カエル)は大海を知らず」
 カワズを大海に放り出せば生きていけるのか?
 
 

カテゴリー: ヨタ話   パーマリンク

「ことわざ」は突っ込みどころ満載だ への11件のコメント

  1. 北鎌倉 より:

    突っ込みどころ満載のことわざ。このことわざの、絵のような思考法、にはとても興味があります。
    ヨーロッパ中世のブリューゲルは、ことわざを「絵」として描いていました。「絵」としてとは、「喩」としてということですね。「中世の絵」では、思考が「生活する喩」として描かれるところに特徴があります。日本でも中世はそういうふうに「喩としての思考」が形成されていました。
    ここでは個人の身体、個人の意識が問題にされているわけではなく、意識に上がらない意識が、絵、音(語り)、字を組合す「生活の喩」として常に意識されているところが特徴でした。

  2. 北鎌倉 より:

    自分の思い描く中世は、異言語(方言)を話す人々が、たくさんの国に分かれて、争い、共存していた時代です。このとき人々の間に、異文化を橋渡しする発想方法がたくさん考案されていったのではないか。そこに、ことわざという知恵の民衆的な広がりを見て取れると思います。
    米ソ二大国支配が終わり、再びたくさんの国に分かれて、新たな争いと共存を求めだす時代に入って、そんな「新たな中世」の中で、イデオロギー的な強引な統一でなく、それぞれの生活圏の持つ文化を利用し、それを生かした共存への発想があるのではないか。」それはかってもあったし、これからもありえるのではないか。

  3. 北鎌倉 より:

    <井戸の中の蛙大海を知らず>
    この大海が確かに突っ込みどころですね。大海が何なのかイメージがわかりにくい。愛欲の海、煩悩の海、と言えばドロドロした形にならない感情の世界になります。貝殻で海を測る、卵の殻で海を渡る、と言えばあまりに非現実的な対応の仕方がそこにイメージされます。海はいかなる川も拒まず、百川海に学んで海に至る、が海のもっとも海らしいすべてを飲み込んで受け入れる広大な包容力のイメージでしょうか。
    広い海に、ただ出ていくのではなく、はっきりと流儀の違う世界に出てゆくと理解すると、その人たちがもつれにもつれる世界の全体となります。しかし海はそのすべてを受け入れ、飲み込むというのです。

  4. 北鎌倉 より:

    大海という外のイメージは、さらに具体的に敵というイメージにもなります。
    家を出れば七人の敵あり、普通にいう敵は外にいる敵です。敵に味方あり味方に敵あり、ことわざは、外と内の区別をもっと弁証法的に考えています。弱い味方より強い敵。仁者に敵なし、外を知るとは実質的に敵の中に自分を見ること、敵を知って自分を知る、そういう感性を磨く、ことわざはそう言っているようです。敵を避けたり敵対するのではなく、敵と自分の弁証法をつくる。それが外を内にする弁証法と重なり、この弁証法が人々が獲得してきた知恵なのですね。

  5. 北鎌倉 より:

    たいていのことわざには反対の意味のことわざがあります。多くの人はその反対のことわざをあまり意識せず、その時その時に気に入ったことわざに対して、そうだその通りだと感じるものです。そこにこそ本当は、ことわざの、醍醐味があります。
    その時々、その場その場の気持ちに何らかの形で働きかけたり、肯定したり警告したりするところにことわざの力が作用するわけで、そのことわざの内容は、もう次の場面では役に立たなくなってしまう。でも一時の気持ちにはピッタリときた。そういうその場しのぎのものとしてのことわざ、これは考えてみると、とても魅力的なありかたですね。

    • 町田 より:

      >北鎌倉さん、ようこそ
      もう1年ほど前のエントリーなのに、わざわざ複数のコメントをお寄せいただき、本当にありがとうございました。
      五つのコメント、それぞれ興味深いテーマを掘り下げたもので、どれもとても勉強になりました。

      まず、「ことわざ」というものが、中世における非常に重要なメディアであった「絵」とおなじように、「喩」という形で思考を表現したという御説は刺激的でした。
      ブリューゲルもそうなのかもしれませんが、フェルメール以前のフランドル系絵画においては、「絵」は、「喩」という形をとって、庶民に市民生活のモラルやマナー、宗教的規範などを啓蒙する道具として機能していました。

      そういう「喩」としての機能から解放されて、純粋に造形美を追求するようになったところに近代絵画が成立してきたわけですよね。
      で、近代絵画というのは、「喩」から解放されたがゆえに、鑑賞する個人のさまざまな想念を吸収できるようになり、その人だけの独自な解釈を許すようになった。それが近代的個人の誕生と呼応していた。
      … と、まぁ型通りの解釈が成り立つと思います。

      ところが北鎌倉さんは、「ことわざ」を例にとって、「絵」とか「ことわざ」が「喩」として機能していた “中世的思考” の方に積極的な意味を見出そうとされている。
      これはとても新鮮な考え方であるように思います。

      そこに、若干、私の勝手な解釈を忍び込ませて頂けるなら、北鎌倉さんがおっしゃる中世 = 「異言語を話す人がたくさんの国に分かれ、争い、共存していた」時代というのは、中世というよりも、むしろ中世と近世の谷間に位置する「ルネッサンス期」ではないかと愚考いたします。

      (ま、これはヨーロッパ中世だけに限る話かもしれませんが、)中世というのは、エリアごとに封建的な田園が広がっているような世界で構成されていて、基本的にモビリティーの乏しい時代であったように思います。その中世にモビリティーをもたらしたのが(ヨーロッパでは)十字軍遠征ですよね。
      この(ある種野蛮な)十字軍遠征によって、ヨーロッパ人たちは自分たちが見失っていたギリシャ・ローマ文明がイスラム文化圏に残っていたことを発見します。そして、そのときにヨーロッパに「異言語、異文化」の刺激がもたらされたのではないでしょうか。

      もちろん「ルネッサンス」も含めて “中世” と解釈する説もあります。
      だから北鎌倉さんのご指摘も十分に成り立ちます。

      そして、米ソ対立の冷戦構造が崩壊し、様々なエリアで民族的自立や宗教的自立を求める “新たな争いと共存” 状態が生まれているのは確かですね。
      それを “新しい中世” ととらえる北鎌倉さんの慧眼には感服いたします。

      また、「井の中のカワズ」で使われた「大海」という言葉のイメージを広げていくことによって、「敵と自分の弁証法を作る」という結論に導き出す論考も刺激的でした。

      さらに、最後の≫「一つのことわざには、常に反対の意味を持ったことわざが対置されている」という事例に関する考察も納得のいくものでした。≫「それがことわざの醍醐味である」というわけですね。

      確かに、ことわざというのは、一つだけ取り上げると、説教臭い単純な教訓に過ぎないという面があります。
      しかし、おっしゃるとおり、一つのことわざには、常にそれを批判する別のことわざが用意されているということは、まさに、「教訓は視点の持ち方によって変化する」という “多様性” の示唆ですよね。
      そのような多様な生き方を肯定することわざの破壊力というのは、やはり人間の生にメリハリを与えることになると思います。

      「ことわざ」というテーマが、これほど深化していく様子を眺めるのはスリリングでした。そして、「ことわざ」が哲学をうながすような広がりを持つものだということを、改めて北鎌倉さんから教えていただきました。
      どうもありがとうございます。
       

  6. 北鎌倉 より:

    中世のご指摘は感謝です。わかったではなく、どこまでも考えつづけることの大事さですね。
    人生が確実な基盤の上に築かれるものではなく、築いたと思う土台を失うところから始まる、というイメージを多くのことわざは常に喚起してきました。その常套的なイメージが、川、海です。固い土台のないもの、底がないものの情景が、川、海です。その底のないところを仮りの底をつけて渡るのが船です。歌謡曲の歴史をたどっても船、港、川や渡しの情景をもつ唄が圧倒的にい多いです。人生のある時期までは、世界に土台のあることが手ごたえとして感じられていました。それがいつからか、そんなしっかりした土台ではないことに気づき、そのはじまりは、夕暮れや風に吹かれる花びらや寄せては返す渚を感じたりすることへの感受性として現れます。そういう風景のはじめにあったものが形を変えていく、その「境界」の情景にあたっています。立原道造の歌はこういう「境界」の情景で、まだ土台を信じてるところがありました。中原中也も多く初期には夕暮れや風や空を歌っていました。でもその空や風は風景ではなく、世界がその上で成り立つ原質のようなものとしてとらえられています。中原中也が川や海でなく、空や風のイメージにこだわったのは、必ず理由があるはずです。

    • 町田 より:

      >北鎌倉さん、ようこそ
      「ことわざ」に思いを寄せながら、そこから日本文学の本質にまで遡行していく北鎌倉さんの思考の軌跡には、いつもながら独特の冴えを感じます。
      日本の歌や詩に登場する「川」、「海」。
      そういう言葉は、 “人生には確固たる土台がない” ということを示唆するときのシンボル的な機能を果たしている。

      なるほど。おっしゃるとおりですね。
      そして、「変転極まりない人生」を感じるときの最初のキーワードが「夕暮れ」、「風に吹かれる花びら」、「寄せては返す波」であると。

      そういう感受性は日本特有のものなのでしょうか。諸外国の歌謡や文学にはないものなのでしょうか。

      私は不勉強で、そこのところはよく分からないのですが、昔、何かの授業で、英語文化圏には「うつろい」という日本語の対応語がないということを聞いたことがあります。
      強いて、そのニュアンスに近い言葉を探し出すと「a moment of change」、すなわち「変化の瞬間」というデジタルな語感を湛えたものにしかならず、微妙なグラデーションを保ちながら、いつのまにか変わっていくというアナログ感がないんだそうです。
      「波」「川」「風」「雲」「夕暮れの空」というのは、すべて “いつのまにか変わっている” というアナログな世界観を暗示するのに適した風物ですが、それをそのまま受け取るのが日本的感性 … というか東洋的無常観に近い感覚。
      で、そういう切れ目のない “世界” を1コマずつデジタルに切り取って、細密化していくところに、西洋風の近代科学が発達していった理由があるのかもしれませんね。
      勝手な推測ですが … (笑)。
       

  7. 北鎌倉 より:

    近代ヨーロッパの学問は、自然科学の厳密さを理想としています。観察、実験、分析、証明といった手続きを経ない考えは、憶断か迷信です。このやり方は多くのいいことをもたらし、何より人間の暮らしを便利にしました。物質を利用するのに最も適した方法が、ここにはあります。自然科学の厳密さがなかったら、飛行機が飛ぶというような信じがたい現実がやってきたはずがありません。
    でもこの方法を、物質以外のものに当てはめていろいろな問題を解こうとするときには、大変おかしなことになります。生き物や社会や、あるいは心そのものをあつかうときには、厄介な誤りを犯すことになります。それらはみな動いていて、その動きは物質界に対して可能な予測や計算を超えています。それらは、自然科学があてにする物質の必然的法則にしたがいません。

  8. 北鎌倉 より:

    それでも近代ヨーロッパの諸科学は、物質科学を模範とすることをやめませんでした。観察された対象は、あらかじめ観察しやすい静止物に置き換えられます。分析されるものは、分析しやすい要素(原子)の集合に置き換えられ、ばらばらにした要素を組見立て直せばもとの対象になる。それが部分と部分とのどんな噛み合わせで動くかが、いろいろな実験を通して証明されます。生理学も、心理学も、歴史学も、社会学も、およそヨーロッパ近代が生んだあらゆる学問が、物質科学のこのやり方に従います。言語学は飛び切りそうでした。
    この構成主義的態度は、人間の身体が外部の物質に働きかけるとき、できるだけ正確な細かい予測を立てて行動するために必要とされます。だからこそその態度は、物質を支配する行動に最も役に立ち。続いて物質以外のものを物質並みに支配し、以下、この原則から遠ざかるほど役に立たなくなります。
    近代戦争は、近代科学の最大にして避けがたい帰結でした。

    • 町田 より:

      >北鎌倉さん、ようこそ
      近代ヨーロッパで生まれた自然科学が、北鎌倉さんのご指摘の通りに発展したというのは紛れもない事実です。そこでは常に、仮説 → 実験 → 仮説の確認という作業が継続的に行われ、それによって科学としての精度を上げていったという歴史があるように思います。

      現在、人間の脳の研究にも、こういう方法論が使われるようになりました。
      それによって、人間の「心」まで解明できるのか。
      脳科学は、これまで「人間の心の問題」として扱われてきたものに対し、かなりの領域までケミカルな説明体系を付けてきました。

      ただ、人間の脳の研究は、ようやくその端緒についたばかりだという話もあります。
      研究の成果が進んでいくにしたがって、「人間の心の謎」といわれるものにどういう光が当たるのか。そこにちょっと興味を抱いています。
       

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