メジャーセブンスの魔法

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - メジャーセブンスの魔法
Share on Facebook
Post to Google Buzz
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip
Share on FriendFeed

 
「都会の夜」を音楽で表現するときの和音

『ダウンタウン』の衝撃

 シュガーベイブ時代の山下達郎が作曲した『ダウンタウン』(1975年)を聞いたときの衝撃は忘れられない。

 その頃、まだ “J ポップ” という言葉はなかった。
 日本語のポップソングを統括する言葉として、かろうじて「ニューミュージック」という言葉が生まれていたか、どうか。

 でも、1回聞いただけで、『ダウンタウン』という曲が、それまでの日本語ポップスとはまったく種類の異なる音楽であることはすぐに分かった。

 街、都会、シティー、アーバン  ……
 イントロのギターカッティングが始まるや否や、もう頭の中でそんな言葉がぐるぐる駆け回った。

 この曲から “都会” の空気を立ち昇らせたものは何だったのか?

 ♪ 七色の の黄昏  降りて来て
    C   Fmaj7  Em   Dmaj7

 メジャーセブンス (maj 7th) コードである。
 この開放的で広がりのあるセブンスコードのギターカッティングが、日本の音楽シーンを一変させた。
 フォークでもない、ロックでもない、歌謡曲でもない、演歌でもない、新しい音。
 一言でいえば、それは、日本の湿潤な風土から切り離された純度100%の “洋楽” の音だった。

 リフのコーラス部分がすごい。

 ♪ Down Town へ くり出そう
   Cmaj7      Fmaj7
 ♪ Down Town へ くり出そう
   Cmaj7      Fmaj7

 「これでもか !」としつこいほどのメジャーセブンスの決め打ち。
 この執拗な繰り返しが、聞く人間の脳内のアドレナリンをドバっと噴出させ、ウキウキとダウンタウンへくり出すときの高揚感を見事に生み出している。
 
 まさに、メジャーセブンスの音は「都会の音」そのものである。
 
 
ソウルバラードの名曲にはメジャーセブンスが多い

 もともとメジャーセブンス系のサウンドは、「都会の夜」を演出するときのBGMにはぴったりの音として重宝されてきた。

 だから、R&B、SOULミュージックにもよく使われた。
 R&B、SOULミュージックは、都会の音楽だからだ。

 まばゆいネオンライトに照らされたストリート。
 車のホーンと、人の喧騒。
 そんな中を泳ぎながら聴くか、もしくは天井のミラーボールがくるくると回り、シャンパンの匂いが漂い、ベルベットのカーテンが揺れるようなパーティ会場で聞けば、メジャーセブンスを多用したソウルミュージックは、得も言われぬ心地よさを発揮する。

 ジュニア・ウォーカーズ & ザ・オールスターズの『What Does It Take(ホワット・ダズ・イット・テイク)』。

 私の好きな曲だ。
 甘いストリング・セッションを配した、いかにもモータウンらしいゴージャス感を持った曲で、私が最初に「都会の匂い」というものを嗅ぎとったR&Bである。

  コード進行は、Gm7 と Fmaj7 の繰り返し。
 しかし、このセブンスの繰り返しよって、都会の軽佻な華やかさと、同時に、ほんのかすかだけど、アンニュイを含んだ都会の哀しさが漂ってくる。


 
 「都会の輝き(ブリリアント)」
 「都会の贅沢(ゴージャス)」
 「都会の頽廃(デカダンス)」
 「都会の憂愁(メランコリー)」
 「都会の倦怠(アンニュイ)」

 そういったものが、サックスの扇情的な音色にうまく表現されていると思う。


 

ゴージャスな甘さ、スイートな酔い心地

 ソウルバラードの王者スモーキー・ロビンソン(↓)の作った『Ooh Baby Baby』も、メジャーセブンスのコード展開を持つソウルバラードの傑作だ。

 ♪ I did you wrong
   Gmaj7
 ♪ My heart went out to play
   Am7
 ♪ And in the game I lost you
   Bm7
 ♪  What a price to pay
    Am7

 「♪ I did you wrong」という歌い出しのしょっぱなからかまされるGmaj7。

 もうこれだけで、スパークリングワインの華麗な泡と、口を半開きにして唇を寄せてくる美女のほほ笑みが目に浮かんでくるようだ。

 サビになると、このゴージャスなコード展開に分厚いコーラスが重なる。

 ♪ Ooo baby baby
   Gmaj7 Am7
 ♪ Ooo baby baby
    Gmaj7 Am7

 ここで、天井にまで上昇しそうな浮遊感に包まれない人はいないはずだ。
 
 
あの “浮遊感” はどこから?
 
 メジャーセブンスの醸し出す雰囲気を一言でいうならば、この「浮遊感」である。

 「宇宙をたゆたい、星と語り合う」
 そんな夢見心地の浮遊感こそが、メジャーセブンスの真骨頂だ。

 1977年に大ヒットしたフローターズの『フロートオン』は、まさにメジャーセブンスの “ふわふわ感” をそのまま歌詞にしたようなソウルバラード。

▼ フローターズのレコードジャケ

 

 Aquarius(水がめ座)、Libra(天びん座)、Leo(獅子座)、Cancer(かに座)と、それぞれ自分の星座を告げるラルフ、チャールズ、ポール、ラリーというグループの面々が、
 「♪ ほらね、見てごらん、僕らが君の前に漂っているだろう?」
 と歌い出す。
 そして、お互いに手を携えて、ふわふわと虚空を上昇し、宇宙空間で星座のパノラマを眺めようと呼びかけるという、まぁ実に気宇壮大なバラードが、この『フロートオン』。
 (ビジュアルで見ると、この三流の手品師のような衣装と振り付けにちょっと引いてしまうところがあるけれど)

 ♪ Float, float on
   Gmaj7 Dmaj7
 ♪ Float on, float on
   Gmaj7 Dmaj7

 ロングバージョンともなると、11分の長丁場になるのだが、その全編が、この「Gmaj7」と「Dmaj7」の繰り返し。
 要は、「メロディー展開の妙で聞かせよう」などという戦術を、もう最初から放棄したような曲なのだ。
  
 それでいて、この退屈な曲に、催眠術にかかったような気分のまま、うっとりと引きずり込まれてしまうのは、やはり、メジャーセブンスのなせるワザとしかいいようがない。
 
 
青空にぽっかり浮かんだ雲の影

 では、なぜメジャーセブンスは、都会の夕暮れ空をさまような独特の浮遊感を手に入れることができたのか。

 NHK・Eテレでかつて放映されていた亀田音楽学校の「大人のコード学」(2013年)がこの前再放送(11月20日)されていたので、それを観ていたら、亀田校長先生が面白いことを言っていた。

 「メジャーセブンスコードは4音で構成された和音であるが、その4音の中に、長調と短調の両方の音が混じっている」

 つまり、「明るい長調」と「悲しい短調」がメジャーセブンスの中には共存しているというのだ。
 そのため、「ピーカンの青空ようなあっけらかんと明るい音(長調)の中に、一点だけ雲がかかるような雰囲気が生まれる」

 「明るいのか、陰っているのか。そのどちらづかずの “陰影” のようなものが、メジャーセブンスの浮遊感の正体だ」
 というわけだ。

 このメジャーセブンスを、最初に意図的に取り入れて音楽を作ったのは、19世紀の音楽家エリック・サティ(↑)だといわれている。
 彼が1888年に作曲した『ジムノペディ』では、それまでのクラシック音楽ではあまり使われたことのないGmaj7 → Dm7 という和音進行が採用されている。

 いま改めてこれを聞いてみると、まさに “浮遊感音楽” の元祖である。
 

 明るいようで、暗いような。
 どこか、空中を取りとめもなく漂っているような。
 
 この『ジムノペディ』が呼び寄せるイメージを言葉で表すとすると、「透明感」、あるいは「空気感」という言葉に行きつく。

 いずれにせよ、それは光と影のコントラストがはっきり分かれる自然の中から流れて来る音ではない。

 真昼の太陽光でもなく、夜の闇の暗さでもなく、そのどちらともいえない淡い微光に包まれた空間を想像させる音。
 そう、これは人工照明の下に広がっている “都会の光” に満たされた音なのだ。

 もし、自然のなかで、このような音を想像させる光を求めるとしたら、それは夕暮れの一瞬でしかない。
 昼の「明るさ」や「爽やかさ」 と、夜の「暗さ」と「寂しさ」が、淡水が海水に交わるように交差する瞬間。

 そういう瞬間を音で表現するとなれば、それはまさにメジャーセブンスの音になるのだが、人間がゆっくり享受できる「黄昏(たそがれ)の贅沢」というものは、時間にしてほんの10数分でしかない。


 
 
「終わらない夕暮れ」を手に入れた都会人

 しかし、やがて人類は、終わることのない「黄昏の贅沢」を手に入れることになる。
 近代的な都市空間が誕生するようになって、街の照明が 「いつまで経っても終わらない夕暮れ」 を出現させたのだ。

 エリック・サティが「ジムノペディ」を作曲したのは、1888年。
 その翌年に、彼が暮らしたパリでは、万国博覧会が催されるようになる。
 このとき、「電気館」というパビリオンが登場し、そこでは、なんと電気を使った「動く歩道」なども出現し、電気照明に照らしだされた噴水は、万華鏡のような光をまき散らしたとか。

 パリの街にガス灯が登場したのは、1830年代らしいが、19世紀末には電灯も登場。それこそ街には 「永遠に終わることのない夕暮れ」 が生まれた。
 エリック・サティは、その人工照明に照らし出された新しい空間を、音で表現した。

 それが、メジャーセブンス。

 都会というのは、人々が撒き散らす喧騒がしょっちゅう渦巻いている世界。
 だけど、そこに集まる人々は、農村のような共同体から切り離されたときの孤独感やら寂しさも味わうことになった。

 都市に住み着いた人々は、やがて、自分たちの気持ちを代弁してくれるような音楽がないことに気づく。
 “近代都市住民” の感性を表現する音が、メジャーセブンスという和音が生まれるまではなかったからだ。 

 というか、この手の不協和音を “心地よい” と感じる感性を、それまでの人類は持ち合わせていなかった。

 言い方を変えれば、このメジャーセブンスという音を手に入れることによって、ようやく「近代の都会人」が誕生したといえるかもしれない。
 だから、この音には、都会の開放感もあり、お洒落感もあるけれど、代わりに、帰るべき故郷を失った都会人の寂寥感も表現されている。
 
 
▼ ROCKバンド「ブラッド・スウェット&ティアーズ」による『ジムノペディ』

 
 

カテゴリー: 音楽   パーマリンク

メジャーセブンスの魔法 への8件のコメント

  1. 木挽町 より:

    「メジャーセブンスを多用したソウルミュージックは、得も言われぬ心地よさを発揮する」

    ですよね~。激しく同意。カッコいいですよね。そういうのが分かるオトナに憧れます。がんばらなきゃ。

    ps:静岡も侮れませんよ。飲み歩くのが楽しい街です。知り合いの木本六男さんは週に3日飲み歩いてるんだとか。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      いやぁ、何よりも木挽町さんに同意いただいて、うれしい限りです。
      基本的に、自分は “甘茶系” が好きなんでしょうね。
      そういうのにメジャーセブンスは多様されていますよね。

      で、静岡の飲み屋街 !
      うゎあ、楽しそうですね。
      行ってみたい。
      来年、私もキャンピングカーで静岡あたりまで行きますよ。
      ぜひ、面白そうなお店を紹介してください。
       

  2. D-daro より:

    ジュニア・ウォーカーズ & ザ・オールスターズって聞いたことなかった。モータウンなのかな?
    一瞬グラディスナイトのミッドナイト・トレイン・トウ・ジョージアを思い出してYoutubeで聞き比べてみた。
    全然違った*笑*
    もっとフィリーソウルに近いのかな。いいなあ。
    ロビンソンおじさんは私も好きですよ。20年ぐらい前かな、TVでモータウンの○十年祭をやっていて、Terence Trent D’ArbyがロビンソンおじさんのWho’s Loving Youを歌うときに本人が登場したのを、思い出しました。
    フローターズも知らなかった。
    私は根が田舎者なので、もっと田舎臭いソウルが好きだったりします。
    例えばQuiet Elegance のYou Got My Mind Messed Upなんかが好きです。
    通な人は同じ曲でもOtis ReddingやJames Carrの方が良いって言うけど、軟弱者の私はこんな感じのほうが好き。
    楽器はいじったことがないので、文章の半分も理解できなかったけれど、久しぶりに昔、夢中になったソウルミュージックをYoutubeで聴きました。
    町田さんカーティス・メイフィールドとか好きかも?
    また、私の知らない曲教えてください。

    • 町田 より:

      >Do-daro さん、ようこそ
      うれしいです !
      こういう昔のソウル・ミュージックについていっしょにお話ができる相手がいるということは、ほんとうに心強いものですね。

      しかも「フィーリー・ソウル」とか、そういう用語を繰り出してくれるというのもうれしいですね。
      さらに、スモーキーおじさんだけでなく、Terence Trent D’Arby などといった新しいところもしっかり押さえていらっしゃる。
      お好きなんですねぇ !

      Quiet Eleganceの「 You Got My Mind Messed Up」あたりを聞いていらっしゃったというと、1970年代初期ですよね。
      失礼ですが、ひょっとして、私と同じ年ぐらいでしょうか?
      私は1950年生まれです。

      カーティス・メイフィールド !
      もう涙が出てきます。
      インプレッションズ時代のものもいいですけど、やはり『スーパーフライ』は永遠の愛聴盤ですね。レコード買って、CD買って。
      そのCDも、普通のサントラ盤のほかに、後発されたボーナストラック付きという別バージョンも買いました。

      こちらこそ、知らない曲をいろいろ教えてください。
       

  3. Get より:

    お邪魔します。

    皆様懐古ミュージックで盛り上がっていらっしゃる。
    オールディーズを聴くのは、ある種の後ろめたさ ”昔ばかり追いかけて” 
    なんて気持ちも付きまといます。
    なんでも吸収できる時に聴いたもの、観たもの等はあなたの一生の宝になるようです。
    わたくしも財宝ザックリです。

    少し新しいところも少し加えてください。
    勿論、メージャー7th、ばっちり入っています。
    Cメージャー7/11 Sus(sustain), 綺麗ですね!

    Andra Day. 2曲貼り付けます。

    https://www.youtube.com/watch?v=hmHfo_3EGFA

    https://www.youtube.com/watch?v=VGAMSfMflJI

    • 町田 より:

      >Get さん、ようこそ
      アンドラ・デイ、素敵でした ‼
      一昨年にデビューした新人シンガーとのこと。
      さすがに、こういう新しい音楽情報もしっかりフォローされていらっしゃるんですね。

      『Rise Up』。
      夜のしじまに響き渡る魂の叫びといった感じの清冽な歌でしたね。敬虔な祈りと 途方もない愛の深さを感じます。
      ピアノだけのシンプルな伴奏が、逆に歌の力強さを生かしているようです。
      …… さすがだな。
      本場のSOUL(魂)は、やっぱり違うわ。

      『Forever Mine』。
      一転して、重厚なミディアムテンポのリズムの心地よさ。こういうの好きです。
       

  4. kuni92 より:

    町田さま

    山下達郎『ダウンタウン』をISLEY BROTHERS
    『If You Were There』を思い出しながら拝聴していました。

    メジャーセブンス (maj 7th)この開放的で広がりのあるセブンスコードのギターカッティング…

    町田さんのおっしゃる通りですね。
    曲や作品の情景を素敵な言葉で表現される
    ブログを拝見させていただいています。ありがとうございます。

    • 町田 より:

      >kuni92 さん、ようこそ
      確かに、ISLEY BROTHERS(私も好きなグループです ‼)の「If You Were There」のイントロは、シュガーベイブの「ダウンタウン」と似ています。イントロだけ聞くと、両者の類似性は際立っています。
      でも、サビの部分の展開になると、「ダウンタウン」の印象的なメロディーの方が華やかに聞こえますね。

      メジャーセブンスの魅力に共感された方からのコメントは、やはりありがたいと感じました。
      また気楽にお立ち寄りください。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">