ギャラクシーというキャンピングカーの思い出 第1回

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 自分がキャンピングカーというものを持つようになって、そろそろ24~25年経つ。
 25年といえば、「四半世紀」。

 「四半世紀」などという言葉を口に出してみると、自分の人生が “歴史” としての重みを背負ったかのような気分になってくる。
 そこで、この際ちょっとばかり自分のキャンピングカー人生を振り返ってもいいかな、という気になった。

 幸いなことに、日本RV協会(JRVA)さんからのご依頼をいただいて、自分のキャンピングカー人生の1コマを綴らせてもらう機会を得た。
 自分にとっていちばん最初のキャンピングカーとなった「ギャラクシー」という車で、北海道旅行したときの体験談である。
 (↓)
http://www.jrva.com/column/detail.php?column_cd=41

 それを書いているときに、自分がキャンピングカーを買う前に抱いたときめきやら、運転に対する不安、最初に運転したときの印象などを思い出した。
 そこには、これからキャンピングカーを買う人に、なにがしかの参考にしてもらえるようなエピソードがあるかもしれない、という気もする。
 
 そこで今回、自分がキャンピングカーを買う前に想像していたことと実際に買ったときの印象の違いのようなものに触れることにした。
 すでにこのブログでも1回掲載した話である。
 そのときの文章に多少手を加え、再度収録する。
 
 
キャンピングカー購入日記

 はじめてのキャンピングカーを買ったのは、自動車の運転免許を取って20年目のことだった。
 1990年代の中頃のことである。
 「ギャラクシーⅢ」というトヨタ・ハイラックスベースのキャブコンだった。

▼ ギャラクシーⅢ

 キャンピングカーを買うきっかけとなったのは、仕事でキャンピングカーのガイドブックをつくったからだ。
 『キャンピングカー&RVガイド』という本である。

▼ キャンピングカー&RVガイド94

 当時、私は、会社の仕事として単発の単行本の企画を進めると同時に、『キャンパーニュース』という日本オートキャンプ協会さんが発行するキャンプ専門紙の編集に関わっていた。

 それは、主にテントキャンプのユーザーを対象とした新聞だったが、キャンピングカーのネタも徐々に増える傾向にあった。
 90年代に入ってから爆発的なオートキャンプブームが押し寄せ、それと比例する形で、キャンピングカーの需要も右肩上がりで急増していたのである。
 キャンピングカーのガイドブックを作るには好機といえた。

 そこで、自動車メーカーのPR誌を編集していた私に、その仕事が回ってきた。
 日本に流通しているキャンピングカーを1台1台採り上げ、その特徴や価格、フロアプラン、装備類などを1ページごとにまとめるという本だった。
   
 
 1993年の暮れにつくり、94年の春に発行した。
 書店売りはせずに、キャンピングカーショー会場にブースを設けて売った。

 東京と名古屋のショーにブースを出しただけで、3,000冊つくった本が、2,200冊売れた。
 実売率73.3パーセント。
 濃い読者層に恵まれた場所で売ったとはいえ、予想外の売れ行きだった。

 私が在籍していた会社は、このガイドブックの売れ行きを見て「市場がある」と認識し、さっそく翌年から部数も増やし、書店コードを取って定期刊行物にすることにした。
 
 
 こうして私はキャンピングカー媒体の「編集者」から「編集長」になったのだけれど、定期刊行物として継続するとなると、それまでキャンピングカーに縁のない生活を送ってきたため、正直、かなり戸惑った。

 しかし、仕事を始めるとけっこう面白かった。
 ビルダーに取材に行って、開発者たちからいろいろキャンピングカーの話を聞くうちに、この世界がいかに特殊なマーケットであるかということが分かるようになった。

 「特殊」というのは、マニアックな “タコツボ世界” という意味ではない。
 多くの人が興味を持つ楽しいアイテムなのに、そのことを外の世界に訴えようという意識がほとんどない世界だという気がしたのだ。

 まず、キャンピングカーの広告というものが、日常生活の中のどこを見回してもない。
 テレビで報道されることもなく、新聞にも出てこない。

 後で分かったことだが、この時代、まだキャンピングカーを造る業者さんたちには、大々的に広告を打てるような資金力がなかったのだ。

 広告展開は、主にキャンピングカー専門誌だけで行なわれていた。
 ちなみにいうと、この時代、八重洲出版さんの『AUTO CAMPER』はまだなく、その前身となる『ドマーニ』の時代だった。

 そのときいくつか出ていたキャンピングカー専門誌は、なんらかの形で「キャンピングカーの存在」を知った人々を対象にした雑誌で、使われている用語からして、はじめて読んだ読者には意味不明の専門語が並んでいるだけのように思えた。

 しかし、この世界を「キャンピングカーを知らない人々に発信できる」仕掛けを考案したら、爆発的にマーケットが広がりそうだ … という感触は、取材を続けているうちにつかめてきた。

 それには、まずキャンピングカーを広報するメディアが「はじめての人が読んでも分かる」言葉を使うこと。
 そして、そういう言葉を使って、「はじめての人が読んでも理解できる」記事を書くことが必要に思えた。

 幸い、自分が担当した『キャンピングカー&RVガイド』の記事は、各ビルダーからは好評だった。
 「文章が分かりやすい」と言ってくれた人が多かった。
 その言葉が、自分の自信を支える力となった。

 「分かりやすい文章」を書くためには、まず書く対象が、自分の頭の中で整理されていなければならない。
 特に、工学的な記述の場合は、書くもののメカニズムや構造や作動原理が分かっていないと書けない。

 ところが皮肉なことに、… どのジャンルにおいてもそうだが、専門知識を豊富に持っている専門家たちは、今度は、門外漢の人に分かってもらえるような文章が書けない。

 理想的なのは、もともと “分かりやすい文章” を書けるライターが、書く対象をしっかり勉強をして書くこと。
 それなら、なんとかできそうな気がした。

 そういう勉強を、いちばん効率よく進めるにはどうしたらいいか?

 「自分でキャンピングカーを買うしかない」と思った。

 もちろん各ビルダーを回って取材しているうちに、いろいろ教えもらうことはできるだろう。そのうち、およその基礎知識が身につくだろうから、そつないレポートをまとめるのにも、そんなに時間はかからないだろう。

 しかし、「使う側」からキャンピングカーを眺めたときの “眼差し” のようなものは、自分で乗って、走ってみて、装備品を使ってみないと分からない。

 自分で銭を払う。
 これが、けっこう大事なことのように思えた。

 今まで他人ごとのように、「トップグレードは450万円で … 」などと無造作に書いていた価格表示も、自分で買うという現実感が強まったときに、今とは違った反応が生まれてくるかもしれない。

 そして、各装備類の機能や使い勝手も、自分で使ってみて、はじめて良し悪しの基準が生まれるかもしれない。
 で、キャンピングカーを1台買うことにした。
 
 
 それまでの多少の蓄えと、子供が産まれるまでカミさんが勤めていた勤務先から支給された給料のわずかな備蓄が頭金になりそうだった。

 まず、カミさんの説得からすべてが始まるわけだが、自分にとっては、これが最初の難関だった。
 でも、切り出す言葉は用意していた。

 「これは自分にとって必要なモノなんだ。今後の自分の仕事を確立するために不可欠なものなんだ」

 と、正攻法でカミさんに挑む覚悟を固めていたが、
 意外にも、
 「私や子供もキャンプに連れていってくれるんでしょ?」
 との一言で、案外あっさり事が運んだ。
 
 
 では、どんなクルマを買うか。
 まず “苦労する” クルマを買おうと思った。

 普通のワゴンと変わらないようなバンコンでは、金銭的にも、取り回しの面でも、駐車場探しでも、そんなに苦労が要らないように思えた。

 それに比べ、トラックシャシーを使ったキャブコン(当時そういう言葉はまだなかった)は苦労しそうだった。
 その手の車種は、基本的にサイズも大きく、装備類も多く、使いこなすまでには時間がかかりそうだった。
 つまり、覚えてしまえば快適だが、覚えるまでは、“苦労する” クルマに思えた。

 しかし、その “苦労” が、私にとっては “勉強” なのである。
 いっぱい苦労しなければならない。

 ただ、大型の輸入車は苦労が多すぎる気がした。
 ボディが6mを超えてしまうと、苦労どころか、家までたどり着けないように思えたのだ。

 わが家のある狭い一方通行の道に入って来るには、「大黒寿司」という看板を掲げた寿司屋のある小さな十字路を曲がって来なければならない。
 6m超えのボディだと、この “大黒寿司クランク” を曲がれないことだけは、容易に想像がついた。

 それでいて、運転席の前に(余分な)ボンネットを突き出したクルマを欲しいと思ったのだから、まぁ、矛盾しているといえばいえるのだが … 。

 ボンネットの理由?
 カッコだけ。

 エンジンが外にあることで、前突のときに安全性が確保されるとか、運転席周りが乗用車ライクだとか、お尻が熱くないとか、いろんな理由が挙げられるけれど、最大の理由は「カッコいい」という、ただそれだけの理由にすぎなかった。

 欲しかったのは、ヨコハマモーターセールスが造っていた「ロデオRV」だった。
 なにしろ、『キャンパーニュース』というキャンプ関連紙の取材を始めるようになって、いちばん最初にユーザーインタビューをしたのは、この車のオーナーだったのである。

▼ ロデオRV(by ヨコハマモーターセールス)

 ピックアップトラックの荷台が “部屋” になっているという驚き。
 アーリーアメリカンスタイルの木目家具に彩られた、けっこう洒落たインテリア。

 「シャワー室があり、トイレまである!」

 キャンピングカーショーにはじめて訪れた人のように、そんな単純なことに素直に感心してしまったのである。

 その時から、キャンピングカーとは「ボンネットトラックに架装を施すものだ」という強烈な印象が心に刷り込まれることになった。
 
 
 が、このとき、ロデオはすでに買えないクルマになっていた。

 ベース車のエンジンが当時の排ガス対策をクリアできず、首都圏では登録できなくなっていたのだ。
 また、その問題がクリアされたとしても、ボディ長が6mを超えるため、うちの前にたどり着く前の最初の難所 “大黒寿司クランク” を曲がりきれないことも分かった。

 そこでロデオは、泣く泣く選択肢から外した。
 そうなると、ボンネット型キャンピングカーとして、他に何があるか。

 太陽自動車のアビ、ボディショップアジロのワンタイR-5、グローバルのギャラクシーなどというクルマが選択肢の中に浮かんできた。

 選択は消去法で行なわれた。

 太陽自動車の「アビ」は、運転席がダブルキャブというところに特色があった。しかも4WDのAT。
 それがなかなか魅力だった。

▼ 太陽自動車アビ

 しかし、ダブルキャブを使ったことによって、リビング部が狭く感じられたし、内装のフィニッシュにまだ熟成度が足りないと思えた。

 ハイラックスベースでは、アジロさんのワンタイR-5もあった。
 これもいいな … と思った。
 トイレ・シャワー室を省いて、その分ベッドスペースを取り、居住空間のゆとりを実現した “通” のクルマだ。

▼ ワンタイR-5

 全幅が1800。長さが5mちょうど。取り回しにはまったく問題がなく、“大黒寿司クランク” も難なくクリアしそうに思えた。

 しかし、基本的にトイレスペースがないということが、カミさんにとっては致命的であった。

 こうして消去法で、ギャラクシーが残った。
  
 
 結果的に、このギャラクシーを買うことになるのだが、実はこの車は足回りに構造的な欠陥を抱え込んでおり、トラブルを続発させたことでむしろ名が知られる車になった。

 どういうことか。

 かいつまんで説明すると、同車の後車軸が堅牢性を欠いているため、架装重量に耐えきれず、車軸が折れて、タイヤが脱落するという危険性を抱えた車だったのだ。

 具体的に書く。
 ギャラクシーは、トヨタのハイラックスをベースにしたキャンピングカーだが、架装メーカーであるグローバルの改造によって、後輪がダブルタイヤに変更されていた。

 この “ダブルタイヤ” が問題だった。

 自動車メーカーが強度計算をして出荷したダブルタイヤならまったく問題ないのだが、グローバルは、ハイラックスのオリジナルの後輪にスペーサーをかませて、その外側に同径のタイヤを後付けしただけのものだったのである。

 結果的に、これが「トレッドが長くなった」ことと同じことになり、車軸にかかる負担が増大し、車軸内のアクスルシャフト(ドライブシャフトを包んで保護するもの)が折れる危険性をはらんだことになる。

 リヤのシングルタイヤにかかる架装重量の負担を、ダブルにして分散させるという方法そのものは正しいとはいえ、車軸にかかる強度不足を計算に入れなかったため、それが逆効果を招いたといえなくもない。

 事実、シャフトが折れて車輪が脱落する事故が3件起こり、国交省は1999年と2007年に、グローバル社にリコール勧告を出している。

 その後、同社がこのリコールに従わず、経営状態の悪化を理由に廃業してしまったため、後味の悪い結果を残した。キャンピングカー業界のイメージを損ねた事件でもあった。
 
 
 しかし、その当時、私はそんなことをまったく予想もしなかった。
 キャンピングカーの世界に首を突っ込んだばかりのことで、ベース車の許容荷重と架装重量のバランスの関係などは、「言葉だけの問題」で、実感として意識できなかったと告白せざるを得ない。

 私の場合は、相当な重量の装備類を積んだまま10年間、7~8万km乗り続けたが、幸いなことにノントラブルのまま乗り終えることができた。

 ただ、後付けダブルタイヤによって、前輪と後輪のトレッドが異なってしまっため、道のワダチを拾うと車体が不安定に揺れた。
 でも、「キャンピングカーってそんなもんだろう」と割りきっていたので、そのことがそれほど苦痛でもなく、けっこう満足していた。

▼ ギャラクシーⅢリヤビュー

 走行安全性に対する懸念材料を抱えた車だったが、それ以外の機能はよく追求されており、私にとっては数々の楽しい思い出を残してくれた愛すべき車である。
 
(続く)
 
 

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