ポスト・トランプがむしろ危ない

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 昨年の下半期から今年にかけて、国際ニュースの最前線には常にトランプ大統領の名前が上がっていた。
 それだけ、この人は、マスコミがこぞって喜びそうな話題を次々と提供し続けたのだ。
 
 そして昨日、ついに新しいアメリカの大統領に就任。
 さっそくメディアはこれに飛びついて、最近の歴代大統領のなかでも支持率が最低(40%)だとか、就任式に集まった見学者の数が、前オバマ氏の半数の90万人ぐらいだろうと予測していたところ、さらにそれを下回る25万人だったなどとその不人気ぶりを報道している。

 メディアにとっては、トランプ氏の支持率が上がっても “事件” 。支持率が下がっても “事件” なのだ。
 それだけ、この人の言動はこれまでの政治報道のあり方を根底からくつがえすほど型破りであったということなのだろう。

 アメリカでは、6割の人が反対していながらも、とにかく「トランプ大統領」が誕生したわけだから、アメリカ国民でも何でもないわれわれは、ただその成り行きをじっと見守るしかない。

 しかし、見守ったとしても、はっきりしていることが一つある。
 それは、このトランプ政権は一期(4年)ももたないということだ。
 下手すると、もう一期目の終わりを待たず、国内世論も国際世論も反トランプ運動の勢いがマグマのように沸騰し、収拾のつかない状態に追い込まれるのではなかろうか。

 その理由の一つに、この大統領には政治的理念がまったく欠けているということが一つ挙げられる。
 トランプ氏の発言は、すべて政敵やマスメディアや、特定の国を攻撃することに終始する。

 政治アナリストのなかには、そのようなトランプ氏の言動を「自国に有利な取り引き材料を引き出すためのブラフ(はったり・威嚇)だ」という人が多い。つまり、外交交渉の戦術だというのだ。

 しかし、そんな戦術が成功したためしはない。
 国際政治の世界では、オバマ前大統領のように、ウソでも「核廃絶」とか、「温暖化阻止」とか、「軍縮」などといった政治理念を掲げる必要がある。
 「理念」が掲げられるからこそ、はじめて本音と建前を見せ合いながらの交渉が始まるのだ。

 だが、トランプ氏の場合は、「理念なき交渉」であるために、本音と建て前を探り合う駆け引きが成立しない。
 つまり、「落としどころ」がない。
 そうなれば、むき出しの利害が衝突し合う格闘技の世界になってしまう。

 こういう交渉術が成功することは、まずありえない。
 仮にそういう手法を “ビジネス的” といったところで、それは仁義なきビジネスとなり、力で押し切られた方が、復讐に燃えるだけである。

 トランプ政権が早晩崩壊するもう一つの理由は、国内にある。
 現在トランプを支持している4割の人々、すなわち “白人没落中間層” (プアホワイト)の人々が、「自分たちが裏切られた」と思う時期がそうとう前倒しにやってきそうだからである。
 彼らの支持がなくなれば、もうアメリカ国内でトランプを支持する層はなくなってしまうのだ。
 
 そのとき、何が起こるか。
 怒りをあらわにしたトランプ支持者たちは、これまでとまったく反対の精神状態に追い込まれる。
 すなわち、失望のあまりに極度な精神主義に陥り、一気に過激な宗教原理主義者か精神的な社会主義者になるか、もしくは虚脱感のあまり隠遁者のような精神状態になる。
 
 トランプ支持者たちというのは、第二次大戦後に、地球初の物質的パラダイス(楽園)を手に入れた人たちである。この世に欠けたるものなしという “アダムとイブの世” をアメリカの富がもたらしてくれたと信じている人たちともいえる。

 しかし、戦後70年経ってみると、自分たちは失楽園への道をたどってきたことを彼らは知った。
 低賃金で働くメキシコの不法移民たちに職を奪われ、家族は非白人系の人種が持ち込むドラッグ汚染の脅威にさらされる。
 自分たちが誇りに思っていたアメリカの産業は衰退し、道路を走る自動車もいつのまにか “トヨタ” や “ニッサン” ばかりになってしまった。

 富もプライドも失った「アメリカ没落白人労働者層」は、トランプ氏の掲げる「アメリカファースト」のキャッチに元気づけられ、「偉大なアメリカを取り戻そう」という呼びかけに共感し、彼の発した「私の職務はアメリカの労働者とその家族を守り抜くことだ」という宣言に涙したと思う。

 しかし、そもそも、アメリカの没落白人層をつくったのは何だったのか?

 それこそ、アメリカで生まれて世界に進出していったアメリカのグローバル企業ではなかったのか。
 トランプ氏は、アメリカと中国との貿易不均衡を指摘するが、中国の安い人件費に当て込んで、中国に工場建設を進めてきたのはアメリカを中心としたグローバル企業であった。

 メキシコの不法移民が米国内の白人の仕事を奪ったというが、そもそも不法移民を雇い始めたのもアメリカ企業である。その方が自国の白人を雇うより人件費を買い叩けるからだ。

 さらにいえば、今後世界の工場が IT 化・ロボット化を進めていけば、工場労働のようなルーティンワークから人が排除される可能性はますます高くなる。

 だから、トランプ氏が進めなければならないのは、ロボットでも代行できるような工場の復活ではなくて、いま職を奪われつつある没落白人層が参入できる新たな雇用の創出である。
 それこそ、現在ボランティアに任されている世界の難民の救出活動のような、いまだ「人間の優しさと勤勉さ」が必要となる作業を、給料を出して “仕事化” することだ。 
 それは、きっと正義感に燃えやすいアメリカ人の心を熱くする仕事のはずだ。

 そのときの賃金こそ、いま世界中の大半を資産を占有しているといわれる上位何十社かのグローバル企業の経営陣が供出すればいいのだ。 

 もし、トランプ氏がそういうことに機転を利かせられない人だったら、彼はそうとう知的レベルの低い大統領ということになるが、トランプ氏は実は、それらに十分気づきながら選挙戦中から自分の人気取りのために、支持母体となる白人没落層を煽り続けてきたのだ。

 つまり、トランプ支持者は、もうじき自分たちが裏切られていたことを知る。
 もちろん、海外に予定されていた工場建設をアメリカ国内に召喚することによって、何千人規模の国内雇用は達成されるだろう。
 でも、それは現状の生活に不満を持っている没落白人層のすべてを納得させる数にはとてもならない。

 逆に、金融エリートたちを自分の政権に据えることで、業界におけるビジネスエリートたちの権益はさらに増大し、今以上の経済格差が広がっていくだろう。
 そのとき、庶民たちが信じていた「アメリカン・ドリーム」は、「アメリカン・ニヒリズム」に変わる。

 最後の頼みの綱であったトランプ氏に裏切られたと知った支持者たちは、どういう態度に変わるのか?

 もうアメリカ的物質文明の豊かさは戻らないと知った彼らは、前述したように、一気に逆に振れて、極度の精神主義に向かうか無気力な隠遁者になる。

 精神主義に向かった場合は、共和党のクルーズ議員が主張するような過激な宗教原理主義か、もしくは民主党のサンダース氏が説いたような社会主義を志向するだろう。
 彼らは、若い頃から「共産主義は悪である」と教わり続けてきたから、社会主義思想には生理的に拒否反応を示すはずだが、現政権に対する失望の強さがあえて “駄々っ子” のような心境に向かわせる。

 ただ、サンダースを支持したアメリカの学生たちのように、プアホワイト層はそれほど知的訓練を受けていない。
 そうなると、そこから生まれてくるのは、実際の政治を無視した情緒性の強い社会主義である。

 トランプ大統領の誕生で、今後の世界情勢に不安を抱く人々は多いが、問題は、トランプ失脚後に広がる過激な精神主義思想の方である。
 それは宗教原理主義の方向に向かうのか、それとも過激な社会主義の復活になるのか分からないが、… というか、この両者が「平等」をキーワードに心情的に融合することも考えられる。

 いずれにせよ、“暗黒の中世” がふたたび世を覆い始める。

 「暗黒の中世」というのは、世の中が暗くなるという意味ではない。
 世の中を、光(正義)と闇(悪)の対立としてとらえるチョー単純な世界観が復活するということである。

 そういう世界観は、日本の政治の世界にも侵食し始めている。

 たとえば、今度の新しい都知事の都知事選の戦い方など見ていると、自分の主張をきわだたせるために、とにかく、対立陣営を一方的に “悪者” に仕立て、善と悪の対立軸で政治を動かそうとしている様子が見て取れる。

 国際政治も日本の都政も、そんな単純な色分けでは収拾がつかないはずなのに、こういう「善悪二元論」は、マスコミの関心を集めやすい。
 そのため、政敵を「悪」と決めつけて、間違っていようが強引に自説を繰り返した人が世論に支持されるようになる。
 
 このような善悪二元論で政治を進めようとする人たちは、敵を作るときに、往々にして「味方の利益を優先する」というキャッチを使いたがる。
 トランプ氏の場合は、「アメリカン・ファースト」、つまりはアメリカ第一主義である。
 日本の今の都知事は「都民ファースト」というキャッチを掲げている。
 “ファースト” という言葉を口にしたとき、そこには「ファーストが実現されなかった理由」、すなわち敵対勢力の存在が想定されるのだ。

 日本の都政に見られる新しい動きは、そのままアメリカ政治の新しい動きと重なっている。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

ポスト・トランプがむしろ危ない への6件のコメント

  1. Milton より:

    英語圏のメディアに目を向けてみますと、本格的に欧米で、反トランプを旗印に掲げた「女性解放運動」が盛り上がってきている感じがしますね。ニューヨーク在住の友人も、デモ行進に参加していました。

    それとトランプ氏に理念がないとは全く仰る通りで、近代憲法の父と言っていい英国の思想家、ジョン・ロックの思想の根幹にある「信頼」と「公共善」が、トランプ氏の過激な言説からは欠落しているように感じますね。

    というより、さらにいえば、トランプ支持者の抱く理想像と、都市部の若い女性たちの共有する社会の理想像、あるいは黒人たちの共有する理想像が、完全に「ディス・コネクト」してるのは間違いないと思います。

    なぜならこの20年、みんなインターネットで自由に好きな情報を集めて「正しさの論理武装」をしているので、各自が自分と「同じ意見の仲間」だけの情報に閉じこもって、ディス・コネクト(関係性の断絶)がどんどん悪化してるように感じます。なので、多様な価値をまとめ上げる公共善が機能しにくい。

    それと、最近友人に伝えたある話を、ここで抜粋させていただきたいと思います。以下抜粋。

    俺が最近聞いた話で面白かったのはね、心理学者いわく今は「自閉症の時代」なんだって。

    心理学的にこの100年(あるいは、150年?)の歴史を振り返ると、「神経症の時代」があって(つまり、共同体の規律に適応することのストレスで、神経を病むこと)、そのあとで「精神病の時代」がくる(つまり、共同体が共有する「妄想」と、自分の抱く「妄想」に相違が生まれてしまうということ。そして、その相違が引き起こす過激な活動。。。欧州のテロリズムとか、まさにそれでしょ)。

    で、今の時代は、その共同体が共有する「妄想」と、自分の抱く「妄想」に相違が生まれることに対して、自分の妄想を実現するために共同体が共有する妄想を攻撃するというより、むしろ自分の妄想に引きこもる時代になってると。いわゆる拡張現実。SNSや、ポケモンGOだよ。

    もちろん、この時代設定は、明確に分けてはいないけどね。いまだにテロリストはいるからな。

    • Milton より:

      ちなみに、この「精神病」のカテゴリーには、デモ活動全般もその分類に入るのでしょうが、平和的なデモ活動には原則賛成ですので、くれぐれもお間違えなきようご注意ください。

    • 町田 より:

      >Milton さん、ようこそ
      このたびもまたまた示唆的なコメントをいただき、ありがとうございます。
      Miloton さんからのコメントは、いつも記事内容を補足していただけるだけでなく、書き手の自分に新しい発見をもたらせてくれるので、とても有意義に感じております。

      今回、面白いと感じたのは、トランプ支持者と、反トランプ派の「ディス・コネクト」の理由に、ネットの介在をご指摘されているところですね。

      すでに、90年代に、冷戦構造の崩壊によって社会主義陣営の掲げた「平等神話」も、自由主義陣営の掲げた「自由の理念」も効力を失い、アトム化した世界の個々人がそれぞれの情緒的な趣味世界でつながる “タコツボ社会” が到来すると話していた人がおりました。
      その傾向に輪をかけたのが、おっしゃるようにインターネットの普及であったように思います。

      ネットの普及によって、世界中の情報が簡単に入手できると思ったとたん、その膨大な情報の中から自分の必要としている情報の取捨選択をする判断基準のようなものが麻痺していまい、けっきょくは「自分の見たいものだけを見る」という風潮ができあがってきましたよね。

      つまりは、誰もが自己中心的な単純な世界観で世の中を判断してしまう。
      それが世界中で、階層ごとのディス・コネクト、各宗教ごとのディス・コネクト、生活風習ごとのディス・コネクトを招いているような気がします。

      だから、誰もが「自分たちと価値観・趣味性を共有しない他者」を排除しようとするようになってきた。
      現在各マスコミが口にする「分断社会の到来」というのは、何もアメリカやEU諸国で起こっていることではなく、すでに世界中の人々がそうなりつつあるということなんでしょうね。

      そのことをご友人との会話で「自閉症の時代」と呼ばれたわけですね。
      面白い見解だと思います。

      そして、≫「今の時代は、共同体が共有する “妄想” と、自分の抱く “妄想” に相違が生まれることに対して、自分の妄想を実現するために共同体が共有する妄想を攻撃するというより、むしろ自分の妄想に引きこもる時代になっている」というわけですね。
      つまり、ポケモンGOとテロリズムは同じ根っこだということでしょうか。

      世の中の現実の方を、自分の妄想によって捻じ曲げていきたいという衝動は、いまあらゆる領域で噴き出しているような気がしてなりません。
      たとえば、最近の「恋愛が破綻したときのストーカー的殺人事件」とか、「社会的弱者である少女を狙った無差別通り魔事件」とか。

      妄想は誰もが描くものであって、それ自体が、現実を変革する衝動となったときにはアートや文学を生む原動力になったりするですけれど、現代社会は、妄想をアートに変える手本を失ったのでしょうね。
       

  2. Milton より:

    たびたびコピーですいませんが、目に負担をかけすぎたくないので、一昨日、女友達に送ったメッセージを始めにコピーしたいと思います。

    以下抜粋。

    話しがそれるけど、いま欧米ではトランプに反対する女性たちのデモが、凄まじいことになってるんだよ。日本ではまともに報道されてないけどね。

    ここで肝心なのは、その政治的なメッセージ以前に、彼女たちのなかに「社会の中で抑圧に涙する女性がいたら、自分たちの問題として感情を共有し、断固として抑圧者と戦う」というすさまじい闘争の人権意識がある。

    俺はそのルーツには、キリスト教的な西洋の人権意識があると思ってるんだけど、なんであれそういった感情教育が日本には足りてないと思うんだよね。

    なので例えば昨年、電通で若い女性が過労死したり、相模原の施設であれだけ悲惨な事件があったのに、それらの問題をおなじ社会の構成員として共有できない感情的な劣化が日本の大きな問題点だと思ってるわ。

    とまあ、こういった内容なのですが、そういう意味で週末に欧米の各地で実施された「the Women’s March」には、大きな意味があったと思っています。正しいデモもあり方のお手本のような、平和的で、ユーモラスなデモ行進だったと言えるでしょう。あのデモに対して、「リベラルどもが~」と批判する方が、恥をかくような状況を上手く醸成していたようにも見えますね。

    ただし、仰るように、「世の中の現実の方を、自分の妄想によって捻じ曲げていきたいという衝動は、いまあらゆる領域で噴き出している」のは紛れもない事実で、彼女たちのなかでも過激な人々は、トランプが四年も大統領を続けることを全く望んでいないでしょうし、メディアと連動しながら妨害するでしょうね。

    しかしながら、それをやると選挙制度と三権分立という、民主主義の根幹を大きく棄損しかねないリスキーな活動ともいえます。そもそも、トランプ政権は国内のマイノリティを迫害しているわけでもないですし、少なくとも国内の市民には融和を訴えてますしね。

    では、どうやって「自己または集団暗示」の問題を解決していくかを考えていくうえで、昨日また違う友人に送ったメッセージを参考にしていただけたら嬉しいです。私は、草の根レベルで伝えていきたいと思っています(笑)。

    以下抜粋。

    つまり、この中絶問題にしてもそうだし、イスラムのヒジャブ問題にしてもそうだし、日本のクジラ漁の問題にしてもそうなんだけど、ぶっちゃけどれも集団で暗示にかかってるんだよな。合理とか不合理で片付けられる問題ではないわけ。

    それを、以前に言った「正しさの抑圧」で、他者が理論づくでそういった不合理を押さえつければつけるほど、言われた側は硬くなるだけなんだよね。新保守主義(ネオコン)のおせっかいが、中東をめちゃめちゃにしたのは真実やろ。

    なので、心理的な治療のテクニックというか、相手の不合理(これは個人でも共同体でも、内面的に重要な位置を占めてる)をきちんと受容しつつ、他の道を「穏便に、それとなく」提示するテクニックが問われる時代になってると思うわ。これまでのように正しさのマウントパンチを応酬しあっても、憎悪の泥沼にはまってしまうだけだよ。

    • 町田 より:

      >Milton さん、ようこそ
      お友達に送られたメッセージのコピー拝読。Milton さんがお書きになられたとおりだと、私も感じます。
      トランプ氏の数々の差別的発言のなかでも、女性蔑視的なものは度を越して身勝手なものですよね。
      彼のあのような発言は、フェミニストたちがかつて弾劾したようなアナクロニズムによる「女性蔑視」を通り越して、男女を問わず、広い意味での人間への共感の欠如であるように思われます。

      世論のなかには、そのようなトランプ氏の人間性には目をつぶり、むしろトランプ氏が持つビジネスマンとしての嗅覚に期待する声もありますけれど、彼のビジネス感覚というのは、「ヒトよりカネが大事」といった程度の割と粗雑なビジネス感覚ではありますまいか。

      しかし、トランプ氏の心情がどうであれば、Milton さんがおっしゃるように、彼の行った選挙手法は民主主義に則ったものですから、民主主義的手法を逸脱したやり方でトランプの言動を妨害することはできない。
      さらに、トランプ政権は、ことさらはっきりした言動でマイノリティーを迫害しているわけでもない。
      それも、また確かな真実ですね。

      ほんとうに難しい問題です。
      だから、Milton さんが、一つの見方に固執するのではなく、いろいろな視点からこの問題を論じようとしている態度を、私はとても誠実な態度であると評価いたします。

      ただ、やはりトランプ氏の言動から “臭ってくる” ものは、彼が体質的に持っている 「多様性の排除」の志向です。これは彼の頭脳活動の根幹をなす “思考” であり、同時に生理的な “嗜好” であるかもしれませんね(笑)。

      だから、マイノリティーへの迫害を、トランプ氏自身が主張しなくても、彼の “嗜好” に感染した人々による(空気が流れるがごとくの)マイノリティー迫害機運が生まれる可能性はゼロではないようにも思えます。

      Milton さんからいただいたコメントの2弾目の方で、≫「先進国で本当の意味での国家のマイノリティに対する “迫害” があるのか懐疑的」という感覚は、私自身も持っています。
      マイノリティーの運動にもさまざまなものがありますけれど、マスコミに「面白い話題」のような形で取り上げられるマイノリティーたちの主張のなかには、確かに「自分たちが目立ちたいがためのパフォーマンス」と思えるようなものもあります。
      しかし、そういうことも含めて、いろいろなパフォーマンスが展開されることによって、「多様性」への理解も生まれるように思います。

      また、これまでの先進国においては、確かに、Milton さんがおっしゃるように、あからさまなマイノリティー迫害の機運は鳴りを潜めていたように思えますが、しかし、最近ヨーロッパ先進国で巻き起こってきた「移民排斥」を主軸に掲げる反EU 運動や今回のトランプ支持者たちの運動を外から見ている限り、「ひょっとしたら再びマイノリティー迫害機運が生まれるのでは?」と思わせるような危うさがあります。

      国際情勢は、ほんとうに予断を許さない状況ですね。
      でも、こういう時代を乗り越えていくためには、Milton さんのような複眼的な視点で世の中を見ていく態度なのでしょうね。
      いつも勉強になります。
       

  3. Milton より:

    補足ですが、トランプ政権は国内のマイノリティを迫害しているわけでもないですし、なんてことを英語圏でコメントしたら揉めるだろうな(笑)。

    だけど、私のなかで今の時代に、先進国で本当の意味での国家のマイノリティに対する「迫害」があるのか、懐疑的なんですよね。反対者を見ていると、歯医者に行くのが嫌でゴネてる子供のように見えることが、どうしてもあるのです。

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