もう一つの真実

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 前回、このblogで取り上げた『嘘の戦争』というTVドラマでは、詐欺師を演じる草彅剛君が、これから騙そうとする人間に対して決めゼリフのように使う言葉がある。

 それは、
 「僕は、嘘が嫌いですから」

 その言葉を、彼はおだやかな笑顔を浮かべながら、相手の心に寄り添うように、そぉっと舌の上で転がす。
 騙される相手は、その言葉から草彅君の誠実さを感じ取り、すっかり信頼してしまう。


 
 相手の胸元にがっちりと食い込んだ草彅君は、これ以上の誠実さは表現できないだろうというほどの優しい微笑みを浮かべながら、
 「大丈夫ですよ、お互いに頑張りましょう」
 などと相手の手を取ったりしながら、親鳥がヒナの体を温めるように、じわっと自分の体温で包み込んでいく。

 嘘を信じ込ませるというのは、ものすごく洗練された “芸” だ。
 誰にもできるものではない。
 相手の気持ちを読み、言葉を選び、間合いを取り、誠実そうな表情を作り、まさに、蛇が音もなく小鳥の巣に侵入するかように、ヌルリと相手のふところに体を沈ませる。

 名うての詐欺師というのは、同時に心理学者でもあり、脚本家でもあり、もちろん俳優でもある。
 そして、さらにいえば、本職以上にそれらの役を立派に勤め上げなければならない。
 相手を信じ込ませる嘘というのは、それほど繊細なものなのだ。

 が、このような “芸術的な嘘” の時代が終わろうとしている。
 いま大手を振って世界を席巻している嘘は、ナタを奮ってマキを叩き割るような暴力的な嘘だ。

 すでに、あちこちのニュースで報じられ、もう旧聞に属するかもしれないトランプ米大統領の就任式の出来事。

 就任式の見物者がオバマ前大統領のときと比べ、明らかに少なかったという報道がなされた。
 下記の写真がそれを示すもので、この写真こそが、オバマ氏の就任演説に集まった180万人という人の数に比べ、トランプ氏の場合は25万人にとどまったという事実を厳然と示す証拠となった。

 

 しかし、トランプ氏はこの写真を公表したメディアに激怒した。

 「マスコミは嘘をついている。俺の見たところ、観客は少なくとも150万人はいた。この嘘つきメディアは高い代償を支払うことになるだろう」

 と言い放ち、自分の報道官を通じて、
 「トランプ大統領の就任祝いに集まった人手は過去最高だった」
 と発言させた。
 
 事実をまったく無視した報道官の暴言に記者たちは目を白黒させながらも、「何を根拠にそう言えるのか?」と解答を迫った。
 報道官はそれには答えず、「以上で終わり ‼ 」とばかりに背中を向けて退場したという。

 気分の収まりがつかなかった記者たちに対し、今度は大統領顧問の女性が登場し、
 「先ほどの報道官は嘘をついたのではない。alternative facts(可能性のあるもう一つの真実)を述べたに過ぎない」
 と弁明したと伝えられている。

 もちろん、記者たちは猛烈に抗議する。
 「まさにそれは “嘘” という意味ではないか !」
 記者たちがそう詰め寄っても、けっきょく彼らが納得できるような答は、この顧問の口からも一言も発せられなかった。

 詐欺師の「繊細で芸術的な嘘(?)」の域をはるかに外れた、粗雑で暴力的な嘘が、ついに一国の国家運営をたばねる閣僚たちの口から発せられるような時代になったのだ。

 もちろん、ドラマの中で、詐欺師の草彅君が使うような “芸術的な嘘” の方が優れているなどと言うつもりはまったくない。
 どんな手法を採るにせよ、人を騙すことが悪いことであることはいうまでもない。 

 しかし、天才的な詐欺師のつく嘘は、少なくとも、騙す相手の “知性” を前提としていた。相手が嘘を見抜く知性を持っていることを認めたうえで、騙す方の巧妙な嘘が練り上げられていった。

 それに比べて、トランプ政権のくり出してきた嘘は、もう相手の「知性」への敬意も、畏れも、配慮もない。
 徹底的に無慈悲で、尊大で、冷酷で、傲慢な嘘だ。

 世界の政治の第一線で、そういう暴力的な嘘で真実を押し切ろうとする力が台頭してきたことを、われわれはいったいどう考えればいいのだろうか。

 世界の範となるような理想を掲げてきた国の新大統領が、子供でも見抜けるような嘘を平然とつき通し、それを正そうとする人々を高圧的に威嚇する。
 われわれは、そういう時代を生きなければならなくなった。

 トランプ大統領の顧問が、嘘を「もう一つの真実」と言い換えた「オルタナティブ・ファクツ」という言葉は、昨年の国際的流行語となった「ポスト・トゥルース(post-truth)」という言葉とも重なる。

 「ポスト・トゥルース」とは、直訳すると「脱・真実」。
 すなわち、「客観的な事実や真実が重視されない」状態を意味し、政治的な局面でこの言葉を使えば、
 「客観的な事実や真実を提示するよりも、嘘でもいいから個々人の感情に訴えかける発言を繰り返して人気を集める政治手法」
 … という意味となり、すなわち、いま話題になっている政治上のポピュリズム(大衆迎合主義)を指す言葉となる。

 ポピュリズムは間違っているのか?

 多くの “良心的な” メディアは、このようなポピュリズムが台頭する政治を、民衆の「反知性主義」の表れだと批判する。

 だが、政治家の嘘が大手を振って大衆の支持を得るような時代は、もう「知性」とか「反知性」のレッテル貼りでは語り切れなくなくなっているのかもしれない。

 そもそも、人間が言葉を覚えた瞬間から、「嘘」と「真実」は双子でしかなかったのではないか。
 映画監督の森達也は、あるテレビ番組で、「真実は視点」だと言い切った。
 「視点」をどこに置くかで、一つの事象がさまざまな解釈に分かれるというのだ。

 すなわち、人間にとって、「何が真実で何が嘘であるか」は、その人がどちらを信じたいかによって決まるということなのだ。
 
 今回のメディアと対決したトランプ氏の発言も、トランプ支持者にとっては “真実” となる。
 
 ネットがそれを “保証” する。
 すなわち、トランプ支持者は、「トランプの方が正しい」とか「トランプこそ正義だ」という検索用語でネットにアクセスすれば、たちどころにそれに呼応したトランプ派の発言が画面上にドッと溢れ出る。
 それを見た人は「世論はトランプ派が抑えている」と錯覚してもおかしくはない。

 また逆に、トランプ嫌いの人が、「トランプは嘘つき」、「トランプは横暴」などという検索ワードでネットにアクセスすれば、これまた、たちどころにそれに呼応した意見が大量に浮かび上がってくる。
 そうなると、それを見た人にとっては「世論は反トランプの声に満ちている」ということになる。

 人間は、自分が見たいものしか見ない。
 信じたいものしか信じない。
 昨年の流行語となった「ポスト・トゥルース」も、今回取り上げられた「オルタナティブ・ファクツ」も、けっきょくはそのことを指している。

 先の blog で、自分は元SMAP のキムタクに対して、かなり批判的な批評を書いたが、ネットを逍遥してみると、同じ番組の同じシーンが、キムタクファンには「さすが木村拓哉 !」と称賛できるほどカッコよく見えて、アンチキムタク派には痛ましく見えてしまうというように、まったく観察が分かれていた。

 そのように、支持者にしても、アンチにしても、どのどちらかが巨大は発言権を持ってしまえば、それがメディア的には「真実」として流布していく可能性は大きい。

 「嘘」と「真実」は、自分が持っていた基準だけでは判定できない。
 そんな当たり前のことを、今さらながら突きつけられている気分でいる。 
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

もう一つの真実 への12件のコメント

  1. Milton より:

    ついに、大統領令でイスラム教徒への入国禁止令がでましたね(そのあと連邦裁判所が大統領令への仮差し止め命令を出したので、今後の動向は読めないですが)。

    話は変わりますが、以前何かの本で、20世紀に共産主義者になった若者には、ミドルクラス以上の富裕な環境で育った青年が多かったというような内容の文章を読んだ覚えがあります。

    そして、私の母親はいわゆる団塊の世代で、母子家庭で育ったため高校には行けず、中学を卒業してからはずっと働きづめの人生をおくってきました。

    そんな母に当時の学生運動について訊いてみると、「親のお金で大学に行ってるのに、なにを馬鹿なことをやっているんだろう」という感じで、基本的に彼らの運動を醒めた目で見ていたようです。

    つまり、いまアメリカの「都市部(ここがキーポイントです)」で激しい反トランプ運動が起きていて、彼らの表情を現地からの動画でずっと観察しているのですが、だいたい25歳以下の白人青年(女性が多い)がデモの中核にいるんですよね。推測ですが、おそらく彼らは高学歴でしょうね。

    そんな若者たちの声が、地方都市にいる学歴の低い、人生の早いうちからきつい労働でお金を稼いできた青年たちの心に響くでしょうか?

    これまで、トランプ支持者をさんざん小馬鹿にするような記事や動画を見てきましたが、都会だけで盛り上がっててもトランプ支持者の反感を買うだけです。おそらく、そうやって都市部の青年たちをわざと怒らせて、自分たちの支持層を憎しみで団結させることが、トランプ政権の真の狙いです。

    やはり、そうやって小馬鹿にしてきた地方のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちの「生の声」に、都市部の同世代の若者たちはいちど真摯に向き合うべきではないでしょうか。民主党支持者にもっと傾聴の精神さえあれば、トランプの支持基盤を内側から切り崩していくことは可能だと思います。

    • 町田 より:

      >Milton さん、ようこそ
      20世紀に共産主義者になった若者には、ミドルクラス以上の富裕な環境で育った青年が多かったというのは、ある程度真実でしょうね。
      そもそもロシア革命の指導者であったレーニン自身が父親は貴族の出であったし、それに先立つ19世紀のロシアのナロードニキ運動に参加した人たちが、すでに裕福な知識階級の青年でした。
      さらにいえば、フランス革命を一時主導したジャコバン派のロベスピエールなども(裕福といえないまでも)法律家の家に育った知識階級の出であったと聞いています。
      つまりは、「革命」というような、現政権を超える新しい世界を夢想するにはそれなりの教育を受けられる環境が必要であったろうし、その教育というのは、(昔になればなるほど)庶民にとっては抑圧的な階級として君臨していた富裕層でなければ受けられないものであったと思います。

      ひるがえって、日本の団塊世代の学生運動に目を転じれば、私もまた彼らがあの時代の心情や文化を代表しているとは思いません。私自身はそれに近い立ち位置におりましたけれど、団塊世代の圧倒的マジョリティーは学生運動とは無縁であったと思っております。

      あの時代の大学への進学率は20%ぐらいじゃなかったでしょうか。
      つまり、「学生運動」といっても、そもそも団塊の世代における学生というのは10人のうちの2人ぐらいでしたから、彼らがあの時代の「文化」や「政治状況」をリードしていたなどとはとても言えないはずです。

      だから、Milton さんのお母様のお言葉もとてもよく理解できます。
      「サイレントマジョリティー」という言葉はもう死語になったのかもしれませんが、その言葉を正しく使うのなら、まさにあの時代に、大学などに行くことなく、若くして職場で汗水垂らし、黙々と働いて高度成長をになった多くの団塊世代の方々を指す言葉であるように思います。

      で、Milton さんが、テレビニュースなどで見る「反トランプ」を標榜してデモに参加している都市部の白人青年たちが高学歴ではないか、という推測もたぶん当たっているでしょう。
      同じ白人青年といっても、おそらくラストベルトあたりで暮らし、自分たちの生活が先細りしていくのを間近に見ている人たちとは違うでしょうから、両者が同じ気持ちを共有することは、当面、難しいでしょうね。

      ラストベルトに住む生活の苦しさを実感している人たちが、都会の高学歴エリートの「反トランプ運動」に対して、どれだけ同じ気持ちを共有できるかのか? というのが今回のMilton さんの問題意識だと思いますが、たぶん、このままでは無理でしょうね。意識の分断はこれまで以上に深まりそうな気もいたします。

      Milton さんがいみじくもご指摘されているように、≫トランプ氏の意図が、「都市部の青年たちをわざと怒らせて、自分の支持層を憎しみで団結させる」というところにあるとしたら、当然この亀裂はもっと深まりそうに思います。

      それでも、トランプ氏の政治方針が、自分の支持者たちの生活基盤を少しでも改善できるのなら、ある程度の亀裂もやむを得ないとは思います。
      ただ、どうもそうは思えないんですね。
      早晩、トランプ氏に最も裏切られてしまうのは、彼の支持者たちではないのかという気がしないでもありません。

      たとえば、メキシコとの国境に壁を作るという方針にGOが出たという話ですが、メキシコ政府がその壁への支払いに応じない場合、メキシコからの輸入品に20%ぐらい関税をかけて、壁の建設費に充当させるという案が出ているそうです。

      しかし、そうなると、メキシコから入ってくる安い製品が高騰し、生活に支障をきたすのは、低所得者層といわれているトランプ氏の支持者たちではないかと言われています。
      私は経済分野の知識に暗い人間ですから、詳しいことはよく分からないのですが、仮にそうだとしたら、地方のお兄ちゃんお姉ちゃんをバカにしているのは、都市部の同世代の若者だけでなくて、トランプ政権そのものであるようにも思います。

      このへんは難しい問題ですね。
      Milton さんは ≫「民主党支持者にもっと傾聴の精神さえあれば、トランプの支持基盤を内側から切り崩していくことは可能だと思います」とお書きになっていらっしゃいますが、私もまたその通りだと思いますけれど、現実的には、トランプ支持者もアンチもともにトランプ氏の扇動に乗らされている状態ですから、しばらくは難しいですよね(笑)。

      PS. 追伸でお教えいただいたウォルター・リップマンの『世論』。さっそくネットで調べてみました。面白そうな書籍ですね。
      いつもいろいろなことをお教えいただき、ありがとうございます。
      それにしても、Milton さんの関心領域と読書量はあまりにも膨大すぎて、なかなか追いつけません(笑)。しばらくはお教えいただく関係が続きそうですね。
       

      • Milton より:

        仰る通りだと思いますね。おそらく、トランプ大統領の推し進める経済政策を現実に実行したら、物価は上昇してより消費を圧迫するでしょうね。

        こちらこそ、いつも町田さんのブログには多くの事を教わっていますし、とても勉強になります。それに、私の知識量は別に専門的でもないですし、まだまだ未熟です。

        最近、フーコーの『性の歴史(快楽の活用)』を読み終えたのですが、そこでフーコーが検証していたのは古代ギリシャの思想家や医者が考察していた性の活用方法で、彼らが特に重視していたのは「自制心」なんですよね。

        様々な人と話していても、その自制心が、今の時代にはいちばん必要なものだと思います。しかし、これはとても難しいことでもある。

        私よりもっと知識量が膨大な人は大勢います。これからは、その知識を適切にコントロールできる精神力が問われるのではないでしょうか。

        • 町田 より:

          >Milton さん、ようこそ
          こちらこそ、何かといつも教わっています。
          「教わる」ということは、知識の総体を分けてもらうということではなくて、「知的な刺激を与えてもらう」ということです。Milton さんのコメントは、いつもその刺激的な視点がばら撒かれているので、とても読み応えがあります。

          フーコーの言っている「自制心」という言葉の意味と合っているのかどうか私にはよく分からないのですけれど、人間にとって自制心が大事だというのは、「自制心」とは、たぶん “恥を知る心” なのではないかという気がしています。
          ≫「知識を適切にコントロールできる精神力」というのも、おそらく “恥を知る心” に由来するものではないかと思います。

          では「恥」の自覚って、どこから来るの?
          と問うてみると、とたんに難しくなるんですけど、これは西洋人のいうような「倫理」でもないし、論語系の「道徳」でもないし、しいて言えば日本古来の “武士の美学” っていうようなものでしょうかね(笑)。
          相手が憎い親の仇のような人物で、しかも面と向かい合えば自分の実力よりはるか上の相手であっても、「けっして背中から切りつけない」みたいな … 。

          それはやっぱり「美しさ」なんだろうと思います。
          そして、おっしゃるように、そういう「美しさ」みたいなものが、今の時代にはいちばん必要なんでしょうね。
           

  2. Milton より:

    それと、私はイラン人たちとネット上でつながりがあるのですが、彼らのうちの一人の女性(31歳ぐらい、既婚者で一児の母)はかなりの映画マニアで、しかも!好きな監督は、ベルイマンでありブニュエルであり、ファスビンダーなんですよね。

    ムスリムに対して凝り固まった偏見のあるアメリカ人がこの「凄さ」を理解したら、けっこう本気で驚くと思います。あと、彼女はスーザン・ソンタグの本を愛読していたはずです。

    つまり、これはこれで “Alternative facts” ですよね。それと、町田さんにはお時間があるときにでも是非、ウォルター・リップマンの『世論』を読んでいただけると、私としても嬉しいです。字が小さいのは困りものですが、ジャーナリズムの古典的かつ不朽の名著です。

  3. いとうゆうこ より:

    たいへんおひさしぶりです。
    お元気でいらっしゃいますか。
    覚えられているかどうか、
    古事記とか、ビートルズとかおぼろづきよとか
    猫の話をさせて頂いたいとうゆうこです。

    実は私、ニコ動で歌をアップし始めまして
    失礼かとは思いましたが
    町田さんに聞いて頂きたくて
    アドレス載せてもいいかどうか伺いに来たのです。

    記事については、人間ってすごく不完全ですよね。
    で、生物ってずっと進化してますよね。
    人間は、まだ、進化の過程なのだと思うのですよ。
    生物が進化する要因は、
    極限まで追い詰められた時、だと思うのですが
    進化の流れに乗るのはごくごく一部の人だけらしいですが
    日本人は「許す」という遺伝子があるので
    進化しやすいらしいです。
    恨みとか憎しみとか復讐とか報復とかが
    人間を過去に縛り付けて未来に向かわせないからです。

    で、トランプさんについては
    奥さんがみんな美人だなあ、
    もてるんだなあ、と思いました。

    • 町田 より:

      >いとうゆうこ さん、ようこそ
      もちろん覚えていますよ !
      その後、御ブログ『ねこ夫婦まんが たまともんちゃん』もずっと拝読しておりました。
      しばらく更新が途絶えていた時期もありましたので、「ご病気かな?」などと心配していましたが、最近また復活されましたね。うれしく思います。

      ニコ動画の歌、ぜひ聞いてみたいです !
      どうすればアクセスできるのですか?
      こちらが「ニコ動画」の会員になればいいのですか?
      アドレスのことはよく分からないので、お教えください。

      ≫「人間は進化の過程であり、日本人は “許す” という遺伝子があるんで、深化しやすい…」
      これもまた傾聴に値する面白い説ですね。
      いつものことながら、いとうゆうこ さんからは思考の刺激を頂いております。

      そして、「恨みとか憎しみ、報復」という過去へのこだわりが人間の進化の障害になるという考えは、なんだか脳科学あたりの最近の研究から立証されそうですね。

      トランプさん、奥様もお嬢様もみな美人。
      美人を独り占めして、いやなヤツですよ ‼ (笑)。
       

  4. いとうゆうこ より:

    お返事、ありがとうございます。
    とても、うれしいです!
    ブログも見て頂いてたなんて、恐縮です(汗)。
    ありがとうございます。

    ニコ動は、とりあえず5曲アップしてまして、
    スザンヌ・ベガの「ルカ」と、
    ボブ・マーリーの「no woman no cry」と、
    「おぼろ月夜」と、
    「耳をすませば」の「カントリーロード」と、
    princeの、「starfish&coffee」です。

    アドレスは
    http://www.nicovideo.jp/watch/sm30588505
    http://www.nicovideo.jp/watch/sm30584313
    http://www.nicovideo.jp/watch/sm30591725
    などで見るようですが、外から見れるかどうか。

    もし、ニコ動内から見て頂けるのであれば、
    会員登録はメルアドとパスワードのみです。
    いとうゆうこ、というそのままの名前でやっています。

    それにしても、町田さんの若さってすごいですね!!
    年上の方なのに読んでる本とか、考えてることとか。
    青春の熱さがムンムン伝わってきます。
    今の若い人よりずっと若い!と思います。

    • 町田 より:

      >いとうゆうこ さん、ようこそ
      ニコ動画にアップされていた下記の3曲、リンクをたどって拝聴いたしました。
      ・「おぼろ月夜」
      ・「no woman no cry」
      ・「カントリー・ロード」

      いとうゆうこさんの歌には、みな独特の陰影が滲んでいて、とても引き込まれます。
      伴奏がないというのも面白いですね。
      どれも原曲の持ち味とは異なるテイストながら、むしろ原曲の底に隠れている “すっぴん” の素顔が浮かんでくるようで、とても興味深いです。

      「おぼろ月夜」
      夜景を歌う唄なのに、画像は桜が満開の昼の光景。
      しかし、人気のない曇天の公園に咲く桜は、どこか「桜の木の下には … 」と書き出す梶井基次郎の掌編のような幻想性がありますね。
      そのため、そこに流れる歌が、妖精のつぶやきのように聞こえてきます。

      「no woman no cry」
      これも、桜の画像を背景にした作品。
      「no woman no cry」という曲は、リフの部分に印象的な美しいメロディーが来る曲で、私も好きな曲です。イントロのゆったりしたレゲェリズムと重なるように入ってくるオルガンがすごくきれいなんですが、この曲も無伴奏なので、まったく違った印象ですね。
      だけれども逆に、訥々とした歌い方の底の方から歌詞の切実さが伝わってきます。面白い表現を手に入れられたな、と思いました。

      「カントリー・ロード」
      ジョーン・デンバーの残したカントリーフォークの代表曲ですね。
      原曲は陽気なリズムを前面に押し出した明るい曲ですけれど、ゆうこさんの歌は抑制の利いた静かな歌い方なので、歌詞の内容が透明感を帯びた状態で浮かび上がってきますね。
      目の前に、すごくピュアな世界が広がっていくような思いに駆られます。
      まるで、母親の胸に抱かれた乳飲み子が、母の子守歌を通じて空の青さを脳裏に取り込むときの歌のようです。

      もしその乳飲み子が男の子だったら、母の温かい愛情をしっかり感じながらも、どことなく頼りなさそうな母の声に切なさを感じ、「よし俺が大きくなったらこの母を守るぞ」と、そんな誓いを胸に秘めそうな歌だと思いました。

      どの歌にも、「温かさ」、「優しさ」、「頼りなさ」、「切なさ」、「愛おしさ」といった細やかな感情が静かに漂っているように思いました。
      ネコ漫画の登場人物も可愛くて素敵ですよ。
      いとうゆうこさんは、面白い表現力を身に付けていらっしゃるんですね。
       

      • いとうゆうこ より:

        町田さん、さっそく聞いて下さって、ありがとうございます!
        素人なのに、過分なお褒めの言葉を頂き、
        とても嬉しいです!励みになります。

        伴奏がないのは、録音環境と
        著作権の制限によるものです。
        でも、ほめてくださって嬉しいです。

        近所迷惑にならないように遠慮しつつ
        カセットテープで録っているのです・・

        あのあと、また録音しまして、
        ニルバーナの「オール・アポロジーズ」と
        カーペンターズの「草原の輝き」と
        サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」と
        安全地帯の「デリカシー」とかです。

        音質を良くしたいのですが、
        機械が苦手で、今は手も足も出ません。。

        子守唄ですか。
        思ってもみなかったです。
        すんごく嬉しいです。
        ありがとうございます!!

        • 町田 より:

          >いとうゆうこ さん、ようこそ
          どういたしまして。
          ≫「伴奏がないのは著作権の制限 … 」
          なるほど、そういうことかぁ … 。
          また一つ教えていただきました。

          でも、そういう法的な配慮を通り越して、無伴奏というのは、ある種の独特の音楽効果がありますよね。
          なんていうんでしょうか。
          人気のない古代遺跡にたたずんで、風の音に交じる幻の合唱隊のつぶやきを拾うような。

          そもそも子守歌というのは、基本的に伴奏がありません。
          だから、それこそ、この世に生まれた赤子が最初に耳にする音声芸術なのかもしれませんね。

          メルアド、個人メールの方に書かせていただきました。
          今後ともよろしくお願い申し上げます。
           

  5. いとうゆうこ より:

    もし、よろしかったらメルアドを教えて頂けないでしょうか。

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