織田信長はトランプだった

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 織田信長はトランプだった
Share on Facebook
Post to Google Buzz
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip
Share on FriendFeed

 
 あまりにも型破りの政権運営によって、ワイドショーにおける人気キャラのポジショニングを不動のものとした米国トランプ大統領。

 日本人の間にも、「怖い」、「下品」、「傲慢」、「不気味」、「反知性的」などというイメージが定着したトランプ氏だが、たぶんこの人の顔が日々のニュースから姿を消してしまうと、みんなかなりさびしい思いに駆られるのではなかろうか。

 つまりは、この人は人気者なのである。
 「嫌われ者」というのは、実は、隠れた人気者であることが多い。

 「いやなやつだ」、「顔も見たくない」、「早く失脚してほしいものだ」とその当時の人間からは嫌われつつ、200~300年ぐらい経つと、歴史上の人気者として祭り上げられているような人もいっぱいいる。

 実は日本にも、400年ぐらい前に、今のトランプ大統領のような人が登場している。
 織田信長がそれだ。

 信長は、今では「戦国の革命児」とか、「一足早かった近代合理主義者」などと言われてもてはやされているけれど、信長が登場したころは、世間の人々はみな彼のことをトランプのような人物だと見なしていた。

 実際、信長が桶狭間の戦いで今川義元を破るまで、ほとんどの大名や公家衆や庶民は、信長なんて人物を知らなかった。
 “天下取りレース” ではまったくの泡沫候補だったのである。

 義元と信長の関係というのは、民主党のクリントンと共和党のトランプみたいなもので、当時のメディアであった京都の公家衆の風聞では、「信長のような泡沫候補は、義元の敵としてリングに上がる前に、尾張地区の代表選の段階で領内の推薦も得られないだろう」なんていわれていたはずだ。

 ところが、わずかな兵を率いただけでの奇襲で、信長は圧倒的な兵力を誇る名門武将の義元を倒す。
 公家衆も、諸大名も、みな「アンビリーバボー !」と叫んだとことだろう。
 町から町へと商品を売り歩く商人たちも、「まさかの大逆転劇が起こりましたなぁ」などととわめきながら、町に入って行ったことだろう。

 そのうち、信長は「天下布武」、すなわち武力による天下統一をスローガンに掲げる。
 まぁ、戦国大名はみな「天下を狙っていた」などといわれるけれど、実際はそれぞれの領地を守るだけで汲々としていたに過ぎず、「天下統一」というのは、お祭りのときの景気づけの文言のようなものだった。

 だから、信長が本気になって「天下布武」などと言い出したとき、公家衆、諸大名、庶民は、「メキシコとの国境に壁を造る」といったような仰天発言を聞いたような気分になっただろう。

 彼はそのあと一向宗などの宗派に宗教弾圧を加えていくことになる。
 これなども、今のトランプ大統領のやり方に即していえば、彼の「反イスラム政策」と同じである。

 信長は既成の仏教勢力を嫌った。
 彼は、「宗教は魑魅魍魎の力に頼る非合理的なもので、国家を転覆させる悪だ」と断定していた。
 実際、当時の比叡山などは宗教的堕落もはなはだしく、僧兵の暴力沙汰なども話題になっていた。
 だから、対宗教戦を始める前に信長は、「これはテロとの戦いだ」などと言ったかもしれない。

 信長にとって、一向宗や比叡山のような既成仏教はその存在そのものが「悪」であり、南蛮の珍奇な文物をもたらしてくれるキリスト教は「善」であった。
 ふ~む … 。こういう単純な「善・悪二元論」で世の中を分ける方法もトランプ的である。

 とにかく、信長の天下取りプロセスは「野蛮」、「残虐」、「不意打ち」、「裏切り」の連続。
 「信長政権は、次はいったい何を狙ってくるんだろう?」
 と日本中の人々が戦々恐々と次の信長の打つ手を見守ることになった。

 このまったく予測のつかない信長政権の行動に、各大名、寺社勢力、公家衆は、みな信長政権とのパイプ作りに奔走した。

 ところが、信長政権を支えるスタッフは、みな無名の新人ばかり。
 政治のプロなどひとりもおらず、いってしまえば、信長をボスとした “暴走族” チームの構成員のような人ばかり。
 百姓上がりの人間もいれば、諸国を放浪していた浪人もいたりして、家柄や経歴を頼りにコネをつくっていた諸大名家の実務官僚たちはみな戸惑いの連続であった。

 問題は、信長の政治理念がどこにあるのか、誰も分からないことだった。
 それまでの戦国武将は、京にのぼって、天下統一の号令をかけるときは、一様に天皇家や将軍家などのご意向を尊重し、礼節と徳をもって日本を治めるという理念を掲げなければならなかった。
 
 それまで争った相手であっても、自分が天下と統べるようになった暁には温情を持って敵を許し、仲良く手を携えて平和国家の建設に邁進する。
 それが政治の理想であったのにもかかわらず、信長の主張はあくまでも「自国優先主義」。
 ま、「織田家ファースト」なわけね。
 敵を倒したら、そのリーダーには容赦なく切腹や磔を申しわたし、その所領はことごとく織田家とそれを支える閣僚たちがむさぼり尽す。

 要は、人々が信じてきた世の中づくりの法則が、信長には通用しなかったのだ。
 そもそも信長自体がいったい何になりたいのか、公家衆も諸大名も検討がつかない。 
 後世の歴史家は、信長の狙っていたのは西洋に絶対王政を樹立した「国王」のようなものではなかったか? などと類推するけれど、当時の日本人からすれば「コクオウって何?」ってな状態だから、とにかく信長が不気味に見えてしょうがない。

 だから、信長の敵になっては大変だとばかり、それまで敵対していた勢力も、雪崩を打って信長にひれ伏すようになる。

 しかし、平和を目指す外交においても、信長が相手となると緊張を強いられる。
 なにしろ、信長という人は、脅しの名人である。
 相手が閣僚クラスの人間であっても、少しでも気に食わないことがあると、「お前は首だ !」と怒号を発し、ときどき自ら剣を抜いて、文字通り「首」をはねてしまうこともあった。

 しゃべることに知性は感じられず、発言の大半は暴言。
 世の中を運営していく視点も、まずはビジネス優先。
 信長が、足利義秋を将軍につけてやったとき、義秋は御礼として「そちに副将軍の位を授けよう」と信長に申し渡した。
 しかし、信長は「副将軍」などという一銭にもならない名誉職を断り、琵琶湖の大津と草津に関所を造る許可をもらうなど、日銭が入るシステム構築の方を選んだという。

 その琵琶湖に、信長はやがて絢爛豪華な安土城を築く。
 成金趣味的なピカピカ趣味は、まぁ今でいうニューヨークのトランプタワーのようなものではなかったか。

 天下統一を間近に控え、信長は自分の部下に暗殺される。
 クーデーターを起こした明智光秀の真意がどこにあったか。
 それは現代でも謎とされている。

 しかし、毛利氏のブレーンを務めた安国寺恵瓊などは、
 「あれだけ人に憎まれていたんだから、いつかは人の恨みをかうだろう」
 と、その失脚を予言していたという。

 最近、トランプ大統領に関するネットの話題に、「暗殺はいつだろう?」などという物騒なものが上がってきているという。
 ま、嫌われ者には、そういうウワサが付きまとうものだ。

 しかし、トランプ氏に対しては、ひょっとしたら「100年後のヒーローか?」という期待がないわけではない。
 100年経てば、人の評価は変わるのだ。
 現代的な感覚で評価すれば、やっぱり織田信長って、カッコいい。
 
 私は、今のトランプ氏は嫌いなんだけど、でも、もし私が100年後の地球に生を受ける人間だとしたら、「21世紀に登場したトランプって、カッコいい男だったじゃん !」と手放しで評価しているかもしれない。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ, ヨタ話   パーマリンク

織田信長はトランプだった への10件のコメント

  1. Milton より:

    相変わらず面白い内容ですね。ありがとうございます。

    信長に関してはそれほど詳しくはないのですが、敵対者には残虐な反面、(支持者の)民衆に愛されたリーダーというイメージを持っています。俗世界に遠慮なく入っていけるような側面が、信長の魅力のひとつかもしれないですね。

    その点では、トランプにもそういった側面があるように思います。つまり、反エリート主義で、どことなく『ダーティハリー』のような、決まりきった官僚主義的なルールに対する反発を彼の言動から感じてしまいます。そんな「掟破り」の側面を、熱狂的なサポーターは支持しているのかもしれません。

    • 町田 より:

      >Milton さん、ようこそ
      信長とトランプに関しては、おっしゃる通りですね。
      ≫「反エリート主義」
      信長に関していえば、それが平安、鎌倉、室町と続いた日本の伝統的政治・文化秩序をブルドーザーのようになぎ倒す原動力になったわけで、そうでなければ秀吉のような人材が世に出る契機は生まれなかったでしょうね。

      また、トランプも、戦後70年続いた政治・文化の枠組みをぶち壊す方向で舵を切ったことにより、熱狂的なサポーターの支持を受けたのでしょう。
      この二人は “下剋上を目指したリーダー” ということなんでしょうね。

      ただ、反エリート主義は、けっきょく最後はエリートたちの反撃に合う。
      信長を倒した明智光秀は、頭の先から足元までどっぷりと室町文化の伝統と教養に浸かった人でした。彼自身は諸国を流浪する浪人生活を経験していたといわれていますが、もとは美濃の名門土岐氏の血を引く者であり、足利将軍家の復活を理想としていたアンシャンレジームの人でした。
      だから、成り上がりで、無教養で粗暴な信長のことを内心バカにしていたのでしょうね。
      これはMilton さんの方が詳しいのでしょうけれど、フランス近代史におけるナポレオンの失脚などもそういった類の話ではないのですか?

      信長とトランプの政権を支えた精神基盤を、彼らの「反エリート主義」と捉えたのは、いつもながらのMilton さんの慧眼であるかと思います。
       

      • Milton より:

        ナポレオンに関してはもっと詳しくないですが(笑)、ロシアでの大敗を考察するなら、やはり彼自身の誇大化したエゴによる暴走と思えなくもないですね。ヒトラーにも言える事ですが。

        上手く説明するのは難しいですけど、社会に閉塞感を感じたときに、われわれ民衆は強烈なリーダーを要求するのでしょうね。

        19世紀のいわゆるヴィクトリア朝の時代に、欧州で(個人的な解釈では)プロテスタンティズムの歯止めのない倫理の圧迫に対する反動から、心理学や共産主義、そしてニーチェのニヒリズムが出現したように、今の時代もそれまでの世界秩序に対する反動からポピュリズムが浸透しているのかもしれませんね。

        その象徴としてのトランプであり、ドゥテルテであるのかもしれません。

        • 町田 より:

          >Milton さん、ようこそ
          ナポレオンとヒットラー。その2人のロシア作戦の失敗は、≫「誇大化したエゴによる暴走」。
          まさにおっしゃるとおりだと思います。

          実は、織田信長にもそういうところがありますよね。
          彼は日本を統一しようとして、その仕事を7~8割ほど達成しかかったときに、凶刃によって倒れた、ということになっていますが、しかし、そもそもあれが信長の限界だったのではありますまいか。
          彼の “誇大化したエゴ” の限界線が、北は越後から奥羽ぐらいまで。南は中国地方の半ばまで。それが精一杯だったのかもしれません。

          ナポレオンに関しても、コルシカ島という狭いエリアで育ったために、彼の感性が把握できる地理空間は、せいぜいヨーロッパ大陸までだったという説があります。つまり、海を隔てたイギリスと、ユーラシアにまたがる広大なロシアの地は、ナポレオンの “誇大化したエゴ” の領域ですら陵駕していたんですしょうね。

          ヒットラーもそうかもしれない。
          彼の感性的広がりも、せいぜいアルプスを支配の軸としたヨーロッパ諸国まで。
          たぶん、トランプ氏の地理的感性も彼らに近いのではないでしょうか。

          モンゴル軍団も、中央アジアのステップ地方を横切り、西は中東を通ってついにはヨーロッパまで至りましたが、けっきょく “ドイツの森” という異環境にその進行を塞がれました。東征(元寇)は海によって阻まれている。それもまた、乾燥したステップを走破することで培われた感受性を身に付けた遊牧騎馬民族の限界かもしれません。

          そうなると、ほんとうにすごいのは、山岳地帯のバルカンに育ち、ステップと砂漠の中東を横切り、インドの密林のジャングルにも耐え抜いて進撃を続けたアレクササンダー一人ということになるのかもしれませんね。

          すみません、ついとりとめもない余談に走り過ぎました。

          Milton さんの後段の説、≫「心理学、共産主義、ニーチェのニヒリズムなどが抑圧的なプロテスタンティズムの反動から生まれた」
          これは面白い説だと思いました。
          そのとおりかもしれません。

          心理学も、共産主義も、ニーチェのニヒリズムも、そのベースになっているのは19世紀的な浪漫派のメンタリティーですよね。
          すごく乱暴な言い方をすると、世界秩序を守るという使命を帯びて人の精神を束ねていこうとする運動を「知性主義」とすれば、浪漫派は「反知性主義」。
          今の時代が ≫「世界秩序に対する反動が盛り上がっている時代」だとすれば、世界は再び “浪漫派の時代” を迎えているということなのでしょうかね(笑)。
           

  2. Take より:

    ご無沙汰をしています。私も感想をと思いましてコメント欄を開けたらMiltonさまが既に同様の事を書かれていました。
    日本史でヒーロー視されている2人の信長と竜馬は、商業ベースでの功績があった訳で、その点2人とも同業者の「サムライ」からは反感があった。敵もいながら味方も多い。
    じゃあトランプ氏はどうか?と言えばあれだけの得票を得たことから味方が多いように思えますが、僕には浮動票を取り込んっだけで味方なのかなぁという感が拭い去れません。
    浮動票である庶民は自分の生活、アメリカンファーストならぬオレファーストですからオレの生活が悪くなれば離れる。メキシコの壁でメキシコからの輸入品に20%もの高額税金をかけられて苦しむのはメキシコだけでなくそうしたオレたちがいるはずで、それが離反するかどうかですよね。
    世襲性の一族会社が当たり前だった日本の殿様企業各社に、はじめてカンパニーという家族親類以外を重役に取り入れるという決定的な改革にに対するトランプ氏の政策が何かを見たいものです。

    • 町田 より:

      >Take さん、ようこそ
      お久しぶりです。お元気そうでなによりです。

      おっしゃるように、≫「信長と竜馬は政治理念のベースに商業的感覚があった」のは確かであるように思います。だからこそ、彼らの意志は、彼らが倒れた後も後継者たちに引き継がれたのでしょうね。

      信長の政権運営感覚は秀吉に付け継がれたし、家康だって信長・秀吉の失敗を反面教師としながらも、彼らの統治理念から学んだことが多かったはずですよね。

      竜馬もしかり。志なかばにして倒れたといっても、明治政府は竜馬の掲げた理念を無視できなかったでしょう。

      それに比べ、「トランプは?」というのが、今回のTake さんが注目されたところなのだと思います。
      たとえば、トランプに集まった票というのは、熱烈な支持者からの票であったというよりも、単なる浮動票ではなかったのか? ということですよね。
      これは、難しいなぁ (笑)。
      どちらともとれる。
      私自身が思うには、今回のトランプ氏の勝利は、かなり強固な支持者の票が集まった結果だという気がしないでもありません。

      また、メキシコとの壁が建設され、メキシコからの製品に高い関税がかけられたら、困るのは安い製品が買えなくなってしまうアメリカ人である、という話もよく経済研究家から指摘されていますよね。

      それでトランプの支持率が下がるか?
      まさにTake さんがおっしゃるように、これも難しい(笑)。

      私は最初、「トランプ支持者はやがて自分たちが裏切られていたことを知るだろう」と書いたことがありますけれど、そうもそうではないかもしれない…という気が最近しています。

      トランプ支持者の気持ちというのは、非常にメンタルな要素が強く、いわば「反・反知性主義」。
      つまり、知性を振りかざす人間たちへの反感・嫌悪感がベースとなっており、それってもしかしたら、ヨーロッパ的な知性の傲慢さを嫌って、メイフラワー号に乗って新大陸に逃れてきた “原アメリカ人” の精神そのものなのではないか? という感じもするんですよね。

      だから、“トランプ支持者” というのは、将来トランプが失脚しようが、ある程度の成果を出そうが、それとは関係なく存在し続けるのではないかという気もしています。
       

      • Take より:

        確かに日本に50余年住みながら、日本がこういう現状を甘んじて受け入れているのがどうなのか?自分の事でもわからないのにアメリカの事はもっとわからない(笑)
        メリフラワー号で来た人たちもそれからわずかの後ネイティブインデアンをあのような形で迫害するなんて思わなかっただろうし・・・
        とはいえ、やはり歴史から学ぶという事をしなければいけないという事を考えたら、酒を酌み交わしながらでも政治の話も時折して大きく軌道を外れないようにすることでしょうか?

        • 町田 より:

          >Take さん、ようこそ
          Take さんらしい、冬の夜道に灯りを照らすような内省的なつぶやきだったと思います。
          おっしゃること、よく分かるように思います。

          今回の米国大統領トランプ氏の巻き起こす強風に煽られて、われわれ日本人も今まで考えたこともなかったようなアメリカのことについて、少し考える契機を持てたのではないかという気がしています。

          そうですね。
          ≫「一度酒など酌み交わしながら…」
          一度、Take様とも、そういう場を持ちたいような気分になりました。
          そのうち、どこかのキャンプ場などで。
          焚き火台で、薪など燃やしながら。
           

          • Take より:

            1度「町田会」みたいな集いがありましたら是非末席にでも加えて頂けると嬉しいです。
            ノーマルタイヤのみですので冬場は雪のないところでお願いしたいです(笑)

  3. 町田 より:

    >Takeさん、ようこそ
    いいですねぇ、一度ぜひ !
    オフ会など開いて。

    特に「町田会」などというものはないのですが、懇意にしている方々が開くクラブキャンプのようなものからは時々お誘いをいただくことはあります。
    そのなかで、Take さんがふらりと来られても、あまり退屈されないような会を選んで声をおかけするかもしれません。

    いずれにせよ、こちらも雪道走行の心配がなくなる季節がいいと思います(笑)。
    それではまた。
     

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">