かまやつひろし『どうにかなるさ』

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 ムッシュかまやつさんの訃報を今朝聞いた。
 好きなミュージシャンだった。
 私の年だと、彼が「ザ・スパイダース」に加盟してソロ活動に入るまで、ほぼリアルタイムで追いかけていることになる。

 めちゃめちゃ洋楽のエッセンスを理解されている方で、スパイダース時代の「フリフリ」とか「バンバンバン」などは、軽薄でアホな歌だと思われていたが、あれなんかはまさにデビューしたての頃のローリングストーンズ経由のブルース、ロックンロールそのものだった。

 「ノーノ―ボーイ」などは、初期レノン&マッカートニーのバラードと比べても遜色がない。
 カントリー&ウエスタンのテイストをつかみ取るのもお上手な方で、「どうにかなるさ」などという曲は、日本人が作った最高のカントリー&ウエスタンであると思う。

 昔、この曲のことをブログで取り上げたことがある。
 かまやつひろしさんを偲んで、その記事をここに再録する。

…………………………………………………………………………
「どうにかなるさ」 2010年3月6日 

 キャンピングカーの中の「独り宴会」が好きである。
 仮に泊まるところが、RVショー会場の駐車場であっても、酒と音楽があれば、窓の外の風景が無味乾燥だろうが、話し相手がいなかろうが、まったく苦痛ではない。
 

 
 ただ、酒はなくても、音楽がないと、ちと淋しい。
 だから、どんな短い旅でも音楽ソースだけはいっぱい持っていく。
    
 この前、名古屋のショーに出向いたときは、長島温泉の駐車場に泊まって、かまやつひろしの『どうにかなるさ』を何度も聞いた。
  

  
 
日本初の本格的カントリー&ウエスタンソング
  
 昔、この歌を聞いたとき、日本ではじめて「日本語のカントリー&ウエスタン」が生まれたと思った。
 それほど、作曲したかまやつひろしは、カントリー&ウエスタンのエッセンスというものを、よく捉えたように思えたのだ。
 当時の日本語のポップスは、どんなに洋楽の意匠を盛り込もうとも、どこかで歌謡曲の匂いがポロっと表れてしまっていたが、この曲にかぎっていえば、歌詞が日本語であることを除けば、純度100%のカントリーのメロディが再現されていた。
 
 で、このたび改めて歌われている言葉に注目してみたのだが、これがけっこう味わい深い歌詞なのである。
 
 こんな歌詞だ。
 
 ♪ 今夜の夜汽車で、旅立つ俺だよ
   あてなどないけど、どうにかなるさ
   あり金はたいて切符を買ったよ
   これからどうしよう。どうにかなるさ 

 
 主人公は、いったいどういう人間なのだろう?
 考え出すと、興味がどんどん膨らみ始めた。
 
 
主人公はどんな男なのだろう?
 
 面白いのは、主人公のキャラクターだ。
 切符を買うのに、「あり金をはたいてしまい」、「これからどうしよう」とつぶやいているわけだから、彼には危機管理能力というものがまったくないことが分かる。
 
 しかし、それでもこの男は「どうにかなるさ」と開き直る楽天性を備えており、少なくとも、うつ病患者が多いといわれる現代では、ちょっと考えられないようなキャラクターだといえそうだ。
 それにしても、そのとき彼は、いったいいくら持っていたのだろう。
 
 今だと、青森県から山口県まで、新幹線を使っても3万円ぐらい。
 この歌が生まれた時代では、3000円といったところか。
 
 その程度の金をつぎ込んで、「使い切る」と表現するいうことは、彼の給料は、現代に換算すると月15~16万程度か?
 
 いったいどんな仕事をしていたのだろう。
 手がかりは2番の歌詞にあった。
 
 ♪ 仕事も慣れたし、町にも慣れたよ
   それでも行くのか どうにかなるさ
   1年住んでりゃ 未練も残るよ
   バカだぜ、おいらは どうにかなるさ

  
 歌の雰囲気からは肉体系の仕事が連想されるが、ドヤ街の殺伐さも感じられないので、建設系ではないのかもしれない。
 仕事に慣れるのに1年かかっているところをみると、単純労働というよりも技術系の仕事であることも推測される。
 
 
主人公はどんな恋愛をしていたのか?
 
 住む場所は、どんなところだったのだろう。
 「町に慣れた」と言っているところをみると、そんなに複雑な大都会ではない。
 生活圏も広そうではない。
 仕事場とアパートの距離も短く、その間に居酒屋が数軒という小さな地方都市が目に浮かぶ。
 

 
 気になるのは、2番のサビの部分。
 
  ♪ 愛してくれた人も 一人はいたよ
    俺など忘れて、幸せつかめよ
    一人で俺なら、どうにかなるさ

   
 この恋人は、はたしてどんな女性だったのだろう。
 
 まず、考えられるのは、行きつけの飲み屋のママさんとか従業員。
 しかし、夜汽車の切符を買ってしまうと金さえ残らないような給料のことを考えると、そんなに足しげく飲み屋に通っているとは考えにくく、ひょっとしたら「棟梁の娘さん」 …というような、仕事を通じて日常的に会っていた女性と考えてもいいだろう。
 
 気になるところは、相手が「愛してくれた」… のに、主人公が応えてやらないことだ。
 こういう場合、三つのパターンが考えられる。
 
 ひとつ。
 相手は美人でもなく、性格的にも合わなかったというケース。
 どっちかというと、男の方がストーカー的に追いかけ回されたというパターン。
 その場合は、男が逃げ出したということになる。
 
 二つ。
 男の片思い。
 この場合は、 「これ以上追いかけ回すと、はっきりとフラれるな」という危機感から、相手をあきらめてしまうというケースが想定される。
 つまり、自分の自尊心を傷つけないように、「愛されている」という思いを維持したまま、最終的な破局から目をそらすという心の動きが想定される。
 そうなると、「俺など忘れて幸せつかめよ」というのは捨てゼリフとなる。
 
 三つ。 
 最初から、恋が成就しないことが分かっている相手。
 つまり、身分違いの女性。
 彼女は、良いところのお嬢さんで、高学歴で高収入の男のもとに嫁ぐことが決まっている。
 
 そうなると、歌詞で使われているボキャブラリーからして、あまり高学歴とは思えない主人公に嫁ぐことなど、親が絶対許さないということになり、それを解っている男は去るしかない。
 
 この解釈がいちばん自然であり、歌の雰囲気とも合う。
 私は、この女性は、主人公の勤める会社の社長令嬢だと推定した。
 
 たぶん、彼女には親が進めた縁談があったのだ。
 彼女は、それを破談にして、主人公と一緒になる決意を固めている。
 当然、親子の関係はこじれ、家庭も職場も収拾がつかなくなる。
 そういう事情を解ったからこそ、主人公は、あり金はたいて、急遽、夜汽車に乗る決意を固めたのだ。
 
 これは、カントリー&ウエスタンによくあるパターンといってもいい。 
 日本の演歌でも、“股旅もの” は、このパターンを踏襲する。
 洋の東西を問わず、古典的な人情劇の中軸を担っていたテーマである。
 
 
人口流動が歌をつくる
 
 こういうテーマが現実性を帯びて感じられる社会というのは、どういう社会なのだろうか。
 
 人口が流動的に動いている社会である。
 カントリー&ウエスタンという音楽は、「家族や村という共同体に縛られず、旅の空の下で死ぬ男」を歌ったもので、その根底には、人口が流動的に動く開拓期の精神風土が反映されている。
 さらに、20世紀の初頭、不況下のアメリカでは各地に放浪労働者がたくさん生まれ、彼らが当時インフラ整備されつつあった鉄道網を使い、日雇い労働者として全米に散らばっていったという歴史的事実も、その後のカントリー&ウエスタンを支えるバックボーンとなった。
 

 
 このような「人が動く時代」では、「住み慣れた町」を離れ、夜汽車に乗って「あてなくさまよう」ことすら、希望であったかもしれない。
 
 世界の大衆音楽の中で、「ロンリー」とか「ロンサム」という言葉がもっとも多用されるのがカントリー&ウエスタンだといわれているが、その曲調は、どれも明るい。
 そこには、「町を去り、人と別れる」ことが新しい「出会い」を約束するという楽観主義が横たわっている。
 
 日本も、似たような「人が流動する」時代を迎えたことがあった。
 
 『どうにかなるさ』がつくられたのは1970年。
 … ということは、60年代の精神風土を色濃く反映した歌だと思っていい。
 
 
1960年代の楽天性
  
 60年代というのは、「集団就職」に象徴されるような、日本全域を民族大移動が襲った時代。
 1960年から1975年の15年間のうちに、東京、大阪、名古屋の3大都市圏には、1533万人の人口が流入したという。
  
 『どうにかなるさ』という歌は、恋人と別れても、別の町に行けば、また新しい出会いがあるというカントリー&ウエスタン風の楽観主義に裏打ちされた歌なのだ。
 
 歌詞をつくったのは、山上路夫。
 かまやつひろしの曲が先にできたのか、山上路夫の詞が先にできたのかは分からないが、両者の目指す世界がぴったり合ったという気がする。カントリー&ウエスタンの精神風土を、日本の土壌に置き換えた名曲だと思う。
 
 …… ってなことを考えながら、自分のキャンピングカーの中で、一人ダイネットシートにあぐらをかいたまま、グダグダと酒を飲む。
 至福の時。
 

 
    

カテゴリー: コラム&エッセイ, 音楽   パーマリンク

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