息子と犬

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 ペットであった犬の訃報を聞き、他県でマンション暮らしをしていた長男が急いで自宅に戻ってきた。
 日々の生活が忙しかったのか、ほぼ1年ぶりぐらいの里帰りである。

 彼は犬の死に目に会えなかった。
 しかし、葬儀社に引き取られる寸前に、最後の短い対面を果たすことができた。
 
 長男は、亡くなったクッキーが最もなついていた人間である。
 クッキーの晩年には、もうほとんど日常的に接することのなかった長男であったが、彼がたまに自宅に戻った日は、それこそアイドルのコンサート会場で、椅子の上から飛び跳ねるファンのような熱狂ぶりを見せていた。

 そういうとき、クッキーの目には私の姿もカミさんの姿も映らない。
 ひたすら長男の足元に絡みつき、うるんだ瞳で顔を見上げ、いつまでも床の上を飛び跳ねている。
 
 犬は、集団生活を送って生きてきた “狼族” の仲間である。
 だから、群れを束ねるリーダーには絶対的な服従を誓う。
 当然、人間と暮らすようになっても、家の中で、誰がリーダーであるかということに関しては敏感になっている。
 だから、二代目クッキー(写真下)の目には、長男がこの家のリーダーとして映っていたのだ。
 

  
  
 ところが、初代クッキー(写真下)のときは、そうではなかった。

 

 初代クッキーが家に来た頃、長男はまだ小学校の低学年だった。
 当然、思考もまだ幼稚で生活態度も粗雑だったから、長男が母親に怒られる姿を、初代クッキーは日常的に見つめていた。

 「こいつの序列は私よりは低いに違いない」
 と、初代クッキーは思ったことだろう。

 だから、長男にかまってもらっているときも、初代クッキーは横柄な態度をとる。
 もちろん、長男はそれが気に食わない。
 兄弟げんかのような争いが、犬と人間の間で始まる。

 でも、図体の大きさで、犬は人間にかなわない。
 けっきょく、ねじ伏せられるのは犬の方だ。
 憤懣やるかたないクッキーは、長男に陰湿な復讐をくわだてる。

 ケンカの後、クッキーは長男の部屋に通じる階段をこっそり上がり、長男がドアを開けて足を踏み出すスペースに、狙いすましたかのようにオシッコをまき散らし、何食わぬ顔で下りて来る。

 オシッコを踏んだ長男は、
 「こらクッキー !」
 と怒鳴り散らし、またケンカが再燃する。

 しかし、二代目クッキーの時代が来ると、立場は一気に逆転した。
 そのとき、長男はもう立派な高校生であったから、すでに母親の支配下を脱し、ときに母親の方を説教(口ごたえ?)するくらいの立場を確立していた。
 
 そうなると、親ももう高圧的な態度をとれない。
 ときに子供の言動を尊重したりして、ご機嫌をとる。

 「きっと、この若い人がリーダーに違いない」
 と、二代目のクッキーは思ったことだろう。

▼ 家に来たばかりの二代目クッキー

 
 二代目クッキーは、初代に比べて不器用で、なかなか人間の文明生活に適応できなかった。
 だから、カミさんにもよく叱られた。
 そんなとき、犬をかばうのは長男の役目だったから、犬はますます長男を庇護者として慕うようになった。
 
 
 お別れの日、犬の最期の姿を見つめていた長男には、言葉がなかった。
 彼は、二代目クッキーが実際の兄を慕うように懐いていたことを知っていたから、その最期をみとれなかったことは痛恨事であったろう。

 クッキーの遺体は死後20時間以上経過していたが、この暑い季節にもかかわらず、腐敗はまったく進行せず、死後硬直もなかった。
 毛並みの艶もよく、保冷剤で囲んだお腹の部分もフワフワした弾力を保ったままだった。
 
 「お兄さまが戻ってくるまでは、なんとしてもきれいな身体を保ってやる」

 そういうクッキーの固い決意が、死んだ後も身体の隅々に行き渡っていたのかもしれない。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ, ヨタ話   パーマリンク

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