バンテックの目指すもの

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バンテック創業者 増田紘宇一氏の逝去に寄せて

 9月29日、日本のキャンピングカービルダーの最大手である「VANTECH(バンテック)株式会社」の創業者である増田紘宇一(ますだ・こういち)氏の訃報の連絡を受けた。
 平成29年 9月26日16時、滞在先のタイ・バンコクにて永眠されたという。享年74歳であった。

 ここでは、増田氏の逝去を悼み、現バンテック社長である佐藤徹氏のインタビュー記事を収録する。
 この記事は、今年の 6月にキャンピングカー情報のポータルサイトである『キャンピングカースタイル』に掲載したものだが、本稿ではその記事をベースに、創業者増田紘宇一氏の業績の部分を付加した。

▼ 創業者 増田紘宇一氏

 
 
創業30年を超えるビッグメーカー

【町田】 バンテックさんは、今年から社名を変更されましたね。「バンテックセールス」からアルファベット表記の「VANTECH株式会社」に変えられたわけですが、これには何か深い意味があるのでしょうか?
【佐藤】 “深い” というほどのことはありませんが、もともと販売という意味の「セールス」よりも、製造に力点を置いていた会社ですし、去年から今年にかけて社内的なシステムも大幅に変わってより戦略的な目標もはっきり打ち出せるようになったので、これを機に、心機一転社名も変えていこうと。

▼ 佐藤徹 現バンテック社長

【町田】 アルファベッド表記にしたというのは、もしかしたら海外戦略を考えてのことだとか(笑)?
【佐藤】 (笑)…まぁ、まぁ …。

【町田】 とにかくバンテックさんといえば、キャンピングカーの生産規模からいっても、製品のクオリティーやアフターサービスの充実度からいっても、まさに日本を代表するキャンピングカーメーカーとして、これまで長い歴史を誇ってきたわけですが、まずは簡単な社歴から教えていただけますか?
【佐藤】 会社が設立されたのは、1986年(昭和61年)です。創業者の名前は増田紘宇一です。

【町田】 1986年というと、もう30年以上も前のことなんですね。創業期を代表する車として、どんなものがありましたか?
【佐藤】 創業と同時に発表した「LT2型」というバンコン用家具キットが、私たちのデビュー作でした。これは50台ロットで製作を繰り返した国産初の量産型家具キットでした。
 その後1990年に、完成車のバンコンとしてフルハウス、同じ年にアリスフィールド、そしてサザンスポーツなどというバンコンを出しまして、93年に、現在も私たちのバンコンを代表する初代のマヨルカをリリースしています。

▼ 初期の頃のマヨルカ(1996年仕様)

【町田】 キャブコン製作はいつからだったんですか?
【佐藤】 1992年のJB-500からですね。その後が1993年のテラ500、そして1995年のJB-470と続きます。

▼ バンテックの「デリカJB-500」(1995年仕様)

【町田】 バンテックさんのキャブコンといえば、なんといってもジルが筆頭にあがってくるのですが、ジルのデビューは?
【佐藤】 1997年ですね。その初代から数えて現在のジルは5代目になります。生産累計では3,500台を超えています。
【町田】 すごいですよね。そういうビッグブランドは、日本ではもうしらばくは出てこないでしょうね。

▼ 現行ジル

 
 
いち早くヨーロッパテイストを打ち出したバンテックデザイン

【町田】 ところで、会社を設立された30年前には、ほかにどんな国産メーカーさんがありましたか?
【佐藤】 今も続いている大きなメーカーさんとしては、当時すでにヨコハマモーターセールスさんがありましたね。あとはセキソーボディさん。ロータスRVさん。ほかにオートボディショップタナカ(現アネックス)さん、レクビィさんといったところでしょうか。

【町田】 当時日本で走っているキャンピングカーといえば、どちらかというと、アメリカの大型車が主流で、国産車もそのアメ車の内装をコピーするような形で誕生してきましたね。
 そのなかでバンテックさんだけは、いち早くヨーロッパテイストの内装を手掛けられていたと思うんですが、その理由は?

【佐藤】 創業者の増田紘宇一の “趣味” といってしまえばそれまでなんですが(笑)、増田が思うに、気候や走行環境から考えても、日本でキャンピングカーを扱うならアメ車よりもヨーロッパ車の方が向いている、つまりヨーロッパは日本と同じように道路幅も狭く、曲がり角も多い。
 また北欧寄りの国になれば冬季は寒くなるので、断熱対策や凍結防止策も発達している。
 そういうように、増田は「海外のキャンピングカー開発をお手本にするならヨーロッパ型キャンピングカーだ」ということをいちはやく見抜いたんですね。

【町田】 そのためにキャンピングカーを製作するときのパーツも、ヨーロッパ製の部品を入れるようになったと?
【佐藤】 そのとおりです。ドイツの「REIMO(ライモ)」社のパーツですね。ヨーロッパではキャンピングカーの安全性に関して厳しい基準を設けていましたから、当然パーツにもシビアな管理が行き届いていて、それがバンテックの車づくりにも反映するようになりました。
 もちろん、内装のデザインテイストにおいても、我が社はヨーロッパの最新のトレンドを採り入れた内装を追求する方向に向かいました。

▼ バンテック本社

 
 
JRVAの設立にも貢献

【町田】 バンテックさんといえば、現在の「JRVA(一般社団法人・日本RV協会)」さんの設立にもご尽力されたとか?

【佐藤】 そうですね。JRVAの発案および組織づくりにおいても、JRVAの初代会長になった当社の増田紘宇一が残した功績は大きかったと思います。定款づくりから資金集め、また会員への呼びかけなど、企画から法整備、事務手続きまで、ほとんどその中心となって動いていましたから。
 なにしろ、当時日本にはカスタムカー系業者も含めて200社近くのビルダーが誕生していたのですが、この業界をまとめる中心的な組織がありませんでした。だから増田が構想したJRVAというのは、その当時においては画期的なものでした。

【町田】 そもそもJRVAを発案した動機は、どういうところにあったのですか?
【佐藤】 今のようなキャンピングカーを製作するときの構造要件のようなものが固まってきたのは、だいたい1980年代からなんですよ。
 それまでは、キャンピングカーの構造に関する法整備もまだ流動的で、我々業者も新しい流れについて行くのが大変だったんですね。
 そのため、運輸省(当時)や陸運局と話し合う場が必要だということになり、業界全体の意見をまとめる団体づくりが急務となったんです。

【町田】 JRVAの発足そのものはいつだったんですか?
【佐藤】 発足前の準備期間もありましたが、正式に発足したのは1994年(平成6年)ですね。
 ただ、そこに至るまでには、メンバーさんのなかでもいろいろなアイデアがあったと聞いています。なかには官公庁や行政と接触する窓口だけ作ればいいのではないかという意見もあったようです。
 しかし、増田は「どうせ組織を作るのならば、世間にアピールできるしっかりした団体にしなければならない」と主張し、年間予算でも最低2,000万円が必要だと試算しました。
 その金額に驚かれたメンバーさんもいらっしゃったようですが、そこで思い切ったことを貫いたおかげで、現在の業界の基礎が固まったように思います。
  
  
量産体制と生産システムを確実なものに

【町田】 現在の話になりますが、この2017年という年は、バンテックさんにとってどういう目標に進んでいる年だといえるのでしょうか?
【佐藤】 まず一つは、「増産体制を完璧に確立する年」にしたいということですね。そのために昨年山形工場を新設しました。
 これは、以前の山形工場が手狭になったので、引っ越して新しく作り直したものですが、敷地でいうと約4千坪。以前の5倍以上の面積になりました。
 そのため、ベース車をストックしたり、デリバリ待ちの車両を保管するのも楽になりました。

▼ バンテック山形工場

 

 
 
【町田】 工場の新設によって、どのくらい生産効率が上がったんですか?
【佐藤】 現在コンスタントに月産30台までは造れるところまで来ました。ただ、それでも、今は生産台数よりも受注の方が伸びている状態なんですね。そのため納期が遅れ気味になって、お客様にも迷惑がかかるような状態が続いています。
 そこで、今年の12月の時点で単月50台までは造れるような体制を組む計画をしています。

【町田】 生産台数を増やしていく秘策というのがあるんでしょうか?
【佐藤】 実は、今バンテックの海外拠点であるタイのFRP工場を増設する計画を進めている最中なんですよ。
 それによって、山形でもタイでもキャブコンとバンコンが造れるような体制をつくりあげていくつもりです。

▼ バンテック タイ工場

【町田】 具体的な車種として、新しい計画はあるんですか?
【佐藤】 一つには、3年ほど前の幕張のショーに参考出品したNV200をボディカットした車両の量産体制をつくりたいと思っています。
 あれはもともと “キャンピングカー” というよりは、いろいろな用途に応じて内装をコーディネートしていくという “多目的カー” なんですね。
 だから、あれを “バン” として考えることもできる。後ろにリヤハッチを付けて、横にスライドドアを設ければ、もうバンなんですよ。
 そういう方向で、さらに緻密な戦略を立てています。
 もちろん当社としては、“多目的カー” の一例として、キャンピング仕様モデルもプレゼンしていきます。

▼ NV200系ボディカットモデル


 
 
海外進出も射程に入れて

【町田】 NV200は、海外でも乗用車やタクシーとしても評価されていますよね。それを使った多目的カーのプロジェクトが成功したら、海外戦略車種としての可能性も出てくるのではないですか?
【佐藤】 そうですね。そういう方向で考えるのも面白いかもしれませんね。

【町田】 現在バンテックさんは、具体的な海外戦略というのはお持ちなのでしょうか?
【佐藤】 はっきり言うと、あります ! ただ今の段階ではまだお話できるものが少ないので申し訳ないのですが、すでに具体的な方向性は考えています。

【町田】 以前、ワーゲンT5を使ったヨーロッパ向けキャブコン開発のプロジェクトがありましたが、その計画が、プロトタイプの製作以上進まなかった理由は、やはりベース車の問題だったのですか?
【佐藤】 そうですね。ヨーロッパのキャンピングカーの大半がフィアットデュカトベースになっていた時期でしたから、ドイツのフォルクスワーゲン社がライモ社を通じて、ワーゲンベースのキャンピングカーの開発を依頼してきても、それを欧州市場が受け入れてくれる要素はすでに少なかったということです。
 
▼ ワーゲンT5キャンパーのプロトタイプ

 
【町田】 ということは、デュカトのシャシーが国内で供給されたら、それを使ったキャンピングカーを手掛ける可能性はあるということでしょうか?
【佐藤】 シャシーをわざわざ輸入するリスクがないのなら、デュカトを使うのも魅力的な話ですね。さらにキャブコン用のシャシーが供給されるというのなら、確かに食指は動きます(笑)。

【町田】 海外戦略に関しては、かなり具体性を帯びた計画をお持ちのようですが、そういう情報がオープンになるのは、いつ頃でしょうか?
【佐藤】 すべての準備を終えて、実行に踏み切る2~3ヶ月ぐらい前になったら、逐次ご報告させていただくことになると思います。
 実は、いまベトナムからも実習生を募集しているところなんですよ。もちろんタイ工場にはタイ人の従業員もいます。
 そうやって少しずつアジアの若い人々に戦力になってもらい、世界企業へ躍進できるような準備をしているところです。
 
 
レンタカービジネスにも食指
 
【町田】 さらに将来の予定をお聞きしますけれど、ここのところレンタルキャンピングカービジネスがかなり成長してきましたが、バンテックさんとしては、レンタル部門進出の計画はおありですか?
【佐藤】 それも考えてはいます。今はまだ具体的なことまで計画していないのですが、やるとしたら、うちは有利な部分があるとは思っています。
 というのは、パーツセンターを持っているので、レンタカーを始めたとき、利用者にお貸しして壊れた部分が出ても、その補修が簡単にできる。そこがうちの強みになると思います。
 だから、中古車ではなく、新車をレンタカーに卸すというアドバンテージも打ち出せる。しかも “フル装備” の車で(笑)。
 
【町田】 なるほど。確かにそれは強いですね(笑)。
 最後になりますが、佐藤さんはこの日本のRVマーケットが将来どういう形で推移していくとお考えですか?
【佐藤】 あくまでも私個人の見解ですが、今後この業界が縮小するとはちょっと考えにくい。
 もちろん日本経済が大幅に成長しているとは決して言えないのですが、それでもグローバルな視点に立つと、日本の景気は世界に比べてものすごく安定しています。
 しかも今の政府の景気振興政策の目玉の一つに「観光立国」という戦略がある。
 ということは、インバウンドの需要も含め、観光や旅行という分野が大きく成長していくことが見込めるということです。
 
 
何事も成功するまでは「不可能」に見えるものである

【町田】 観光や旅行というのは、確かにキャンピングカーと関連が深い部門ですよね。
【佐藤】 そうです。少なくとも、2020年の東京オリンピックまでは景気が失速することはない。

【町田】 では、オリンピック後は?
【佐藤】 そこですね。問題はそこからです。
 でも、うちはオリンピック後に景気が失速しても、それを乗り切る戦略を考えています。
 結局、オリンピック後の景気減速を予想して、会社の事業規模を拡大することを今から恐れていては、かえってリスクが高い。そうなれば、オリンピック後には現状を維持することすら難しくなっているかもしれない。
 だから、うちは2020年以降には、「現在ではとても無理だろうと思える」ことを実現していると思います。

【町田】 それは素晴らしい。楽しみですね。
【佐藤】 私の好きな言葉があるんですよ。
 それは、「It always seems impossible until it’s done」。
 訳すと、「それはいつでも、できるまでは、できないように見える」。
 これは南アフリカ共和国のネルソン・マンデラさんがいった言葉で、「何事も、成功するまでは不可能に思えるものである」という意味なんです。
 これを座右の銘として、今後も突き進んでいきたいと思っています。
 
 

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バンテックの目指すもの への2件のコメント

  1. ご無沙汰しています!
    町田さんの独り言のブログが更新されて安心しています。
    バンテックさんのキャンピングカーは品質もよくて人気あり本当にいいキャンピングカーですね。
    しかし、今のキャブコンやバンコンでもモノの良さも手伝ってか?一昔に比べ、どこのビルダーさんも販売価格が上がり私のような貧乏サラリーマンには手の届かない車になってきてしまった感もように思えます。
    仕方ないので自分流の自作に精を出し、素人丸出しのキャンピング擬きを作りました。
    全くの素人なのでHMCCの方に少々アドバイスなどを戴きましたが、何とかキャンパーらしくなってきました。
    もう、某有名なビルダーのキャンプ大会などには行けませんが、どこかのフィールドで、また!町田さんとキャンカー談義しながら飲みたいと強く思います。
    何かの機会で飲めたときは素人作のキャンパーでも見てもらいアドバイスでも下さいね。

  2. 町田 より:

    >カッチ木更津@ハイエースバンさん、ようこそ
    こちらこそ、ご無沙汰しております。
    ほんとうに一度またフィールドでお会いしたいですね。
    “某(T)ビルダー” のキャンプ大会、こちらは一人で参加していたのですが、そのときカッチさんから親しく声をかけていただき、お酒が入ってからはギター演奏も披露していただき、おかげさまで夜も楽しく過ごさせていただきました。そのことが昨日の記憶のように思い出されます。

    カッチさんの草津温泉の探訪記事なども興味深く拝読。
    お元気に活躍されていらっしゃることが分ってこちらもうれしく思います。
     

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