「横綱の品格」などと言っている連中はみなアウトだ !

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 ここのところ、テレビのニュースを見ていると、相変わらず横綱・日馬富士の貴ノ岩暴行事件の報道ばかりで、いやになっちゃう。
 ニュースというのは、(特に夕方などは)どの局でも放映される時間帯が同じなので、チャンネルを変えても、同じ報道ばっかり出てくる。

 仕方なく、テレビで日馬富士ニュースをじっと観ていたら、妙なことに気が付いた。
 それは、テレビの印象操作というのは、恐ろしいものだな … ということだった。
 
 この暴行事件の報道も当初は、日馬富士が本当に貴ノ岩の頭をビール瓶で殴ったのかどうか、ということに焦点が絞られていたが、今では貴乃花親方と相撲協会の内輪もめの方に話題がシフトしてきている。

 特に、貴ノ岩への事情聴収を求めた相撲協会の八角理事長に対し、「お断りします」と頑固に拒否した貴乃花に対して、マスコミからは疑問の声や批判が相次いだ。

 そうなると、貴乃花親方というのは一体どういう人なのか? というキャラクター分析にテーマが絞られてくる。
 相撲関係者やスポーツ評論家が口々にいう。

 「貴乃花という人は融通性がなく、他人の意見を聞かない人だ」
 
 そういう性格だという。
 要は、感情が未熟で、大人の対応がとれない。
 だから、理事長に立候補して、相撲協会の改革を断行しようと思っても、周りの理解を得られず、結局は孤立してしまう、とか。
 
 あまりにも多くのコメンテーターがそう言い切るから、私も貴乃花とは、そういう人なんだな … と信じてしまった。はっきりいうと、頭が悪くて頑固な人だと思い込んでしまったのだ。

 ところが、「ゼロ」という深夜のニュース番組(日本テレビ)で、2010年に放映されたという貴乃花親方のインタビューが再放送されていたのを観て、少し気が変わった。
 この人は、けっして頭も悪くなければ、意固地な性格でもない。
 きわめて常識的な判断のできる紳士ではないか、とすら思った。

 つまり、私は今のマスコミが意図的につくり出してきた印象操作にまんまと乗せられてしまったと気づいたのだ。
 
 私は、貴乃花を現役の頃から好きでもなかったし、親方や理事になったからといって興味を持つこともなかった。
 はっきりいうと、貴乃花もその兄貴の若乃花も嫌いな力士だった。

 しかし、「ゼロ」という番組のインタビューを受けて、相撲界改革のビジョンを語っていた貴乃花は、時代の流れと社会の動きに対して、しっかりとした目配りを持てる教養人に見えた。

 今回の日馬富士暴行事件について、テレビでコメントを求められた相撲OBや相撲解説者のなかには、貴乃花レベルの発言ができた人は一人もいない。
 にもかかわらず、彼らは口々に貴乃花を非難する。

 いわく、
 「貴乃花は相撲協会という組織の一員なのだから、警察に被害届を出す前に、一言協会に報告をするべきだった」
 「彼は、協会や世間に対して、頑なな沈黙を守らず、事件に対する自分の意見を早く公表するべきだ」
 
 いやだね、こういう意見を吐く人々は。
 自分たちの利益とか、組織とか、体面とか、世間体とか、そういったものだけを必死に守ろうとしているだけに見える。

 こういう頑迷固陋で事なかれ主義の人々に運営されている相撲協会の空気が、相撲解説者のジイさんたちを巻き込み、さらに現役相撲記者たちを取り込み、今の日馬富士暴行報道の流れをつくり出しているのだ。

 今の相撲協会とその取り巻き連中は、相撲にいったい何を期待しているのか。
 彼らは、今の相撲界を牽引しているモンゴル力士たちの世を終わらせたいのだ。
 日本人の横綱同士が堂々と戦い、日本人力士だけが土俵で活躍するような相撲を取り戻したいのだ。

 モンゴル人である日馬富士も貴ノ岩も、そういう今の相撲協会が醸し出している空気を日頃から敏感に感じていたから、そうとうストレスが溜まっていたことは想像に難くない。

 相撲協会もマスコミも、稀勢の里のような日本人横綱を生み出すことには異様に熱心ながら、モンゴル系力士に対しては、なぜか今一つ熱を持っていない。

 そればかりか、モンゴル系力士が自己主張すると、必ずそれをつぶしにかかる。
 モンゴル人横綱の白鵬が11日目の嘉風戦で、寄り切られた後に、土俵の外で「自分は待ったをしたんだ」と主張し、土俵下で60秒間居座ったが、ほとんどの相撲関係者とコメンテーターが、そのことを「横綱らしからぬ態度」といって非難した。

 特に、“相撲通” と周囲からも目されているやくみつるは、「これはモンゴル人であるかどうかという問題以前に、横綱としての品格が疑われる行為。相撲協会は、あの段階で白鵬に出場停止を命ずるべきだった」と声高に叫んだ。

 しかし、白鵬と嘉風の取り組みでは、対戦相手の嘉風が、「これは横綱が待ったをしたんだな」と認識していたらしい。
 なのに、行事がそれに気づかず、「のこった、のこった」と掛け声をかけたため、嘉風も、「これは横綱を倒す千載一遇の好機 !」と判断し、手ごたえのない白鵬をそのまま押し切ったという。

 白鵬は、モンゴル力士が大スキャンダルを巻き起こしている今場所を務めながら、ただ一人自分の仕事をまっとうしている力士である。
 しかも、暴行事件の場所に同席していたのだから、彼の受けるプレッシャーたるや、そうとう重いものであるはずだ。

 そういう白鵬に対して、人の感情を汲み取る感受性が少しでもやくみつるにあったなら、ああいう発言はストレートには出てこなかっただろう。やくみつるは、「正義は我にあり」という自尊心が強すぎるのでないか?
 
 この一連の事件で、「横綱の品格」などという言葉を使って日馬富士や白鵬(そしてかつての朝青龍)を批判する人たちは、もう一度自分の胸に手を当てて、それが何を意味する言葉なのか、自分で問い正してほしい。

 そういう人たちに問いたい。
 「あなた方の言っている品格って何ですか? あなた自身はそれを持っているのですか?」

 相撲協会とその取り巻きの人たちが、無造作に「横綱の品格」などという言葉を使うから、残念なことに、日本では「品格」という言葉がどんどん軽くなっていく。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

「横綱の品格」などと言っている連中はみなアウトだ ! への6件のコメント

  1. 江草乗 より:

    これは私の単なる憶測のレベルなんですけど
    昔、相撲の世界の悪習として、「星を回す」ということがありましたよね
    たとえば7勝7敗の力士が最後になぜか勝ち越す人が多いとか・・・

    モンゴル人力士の中でそういう八百長が存在し
    その八百長に従わない力士→貴の岩に対して制裁を加えた
    というのが真相だった場合
    相撲協会にとって大変な事態となりますよね

    貴乃花親方、現役の時にガチンコ相撲で有名だったじゃないですか。

    • 町田 より:

      >江草乗さん、ようこそ
      24日(金)に書かれた江草さんのブログもしっかり拝読。
      まったく異論がございません。
      私もまた、おっしゃるとおりだと思います。

      貴乃花親方が、現役の頃から “ガチンコ相撲” にこだわっていたのなら、弟子の貴ノ岩に関しても、「安易にモンゴル勢とは付き合うな」と言い渡すのも当然です。
      そういう “なぁなぁの仲” が大っぴらになっていけば、八百長がなくても、世間はそこに八百長の根を探ろうとしますからね。
      あるプロ野球選手は、シーズン中に他のチームの選手と一緒に食事を摂るなど、自分たちの世界ではあり得ないことだと言っていました。

      現在、多くのメディアは、一様に貴乃花親方の意固地な姿勢を糾弾する方向に傾きつつありますけれど、逆にいえば、あれくらい貴乃花が毅然とした態度を示さないと、今の相撲協会の風紀は正すことができないほど深刻なものであるのかもしれません。

      貴ノ岩が、白鵬や日馬富士に対して、「あなたたちの時代は終わった。これからは俺たちの時代だ」と言ったという風聞がありますが、(現在貴ノ岩自身はそれを否定していますけれど)、もし貴ノ岩がどこかでの席で、そういう発言をしたのだとすれば、それは白鵬や日馬富士に言ったのではなく、貴乃花親方の薫陶を受けて、今の相撲協会の体制そのものに言及したのではないかという気すらしています。
       

  2. Milton より:

    メディアの印象操作に関しては、わたしも絶えず思うところがあります。

    以前の私なら、印象操作の背景には、なにか大きな権力や大資本があって、みたいな陰謀論めいた話に傾きがちでした。

    今の私の考えは、ちょっと違うんですよね。以前にもここで同じようなことを書きましたけど、要は数字です。TVなら、視聴率ですね。ネットなら「Rating」です。それがメディアの最大の目的で、それ以外の裏はあまり読まないようにしています。

    たとえば、外国の友人には、こんな話をします。下手な英語ですいません(笑)

    Trap words in internet everywhere, for example “Sexual Harassment” or “White supremacy”…..these words can make people angry or nervous. but I know It’s benefit words for some people. It’s like fishing.

    要するに、フェイスブックなどで「セクハラ」や「白人至上主義」等を見出しにした記事を見つけたときに、動揺したり気分を害するアメリカ人が多くいたとして、彼らはその記事に何かしらの(拒否)反応をしますよね。それでメディアは「Rating」を稼いでるんです。広告収入の為に。

    その「言葉あるいは単語」で、ユーザーの感情を操作あるいは測定して、利益につなげてるんです。なので、今の日本で言えば「不倫」や「山尾志桜里」「排除」といったワードに、ネットユーザーが過敏に反応することもメディアに測定されているので、ホットなトピックになる。

    TVの論理もこれと同じようなものだと思っています。数字だけを追っているので、論点が変わっていく。あえていえば、劣化していくんです。

    それと変な言い方ですが、外国人慣れしている私から言わせてもらえるなら、外国人に対して日本人は多くを求めすぎです。違うんです、我々とは。その違いにまじめに向き合わなければ、これから移民が増えたとき、さまざまな問題が続出するでしょうね。

    • 町田 より:

      >Milton さん、ようこそ
      メディア … 特にテレビにおける印象操作というのは、高い視聴率を稼げる方向に番組の中身を改編していくということですね。
      確かに、いかにもありそうな話ですね。
      私もまた、そういう見方に同意いたします。
      おっしゃるとおり、現在は「不倫」、「山尾志桜里」、「排除」などという言葉を中心にネットの検索ワードも動いているのでしょうし、それをテレビ局も踏まえてコンテンツを組み立てているのでしょう。

      また、後段のご意見。
      ≫「外国人に対して日本人は多くを求め過ぎ。彼らは我々とは違うのが当たりまえ」というご意見にも同感です。
      特に、相撲界においては、あまりにも外国人力士を日本的な鋳型に押し込めすぎですよね。

      もちろん、競技としての統一性は当然必要でしょうけれど、かつて朝青龍が対戦中の相手に勝ったとき、他のスポーツ選手のようなガッツポーズを取ったことで、ものすごく相撲界のひんしゅくを買いました。
      私は、なんで相撲にガッツポーズがいけないのか、いまだに疑問に思っています。

      「横綱の品格」などという言葉が大きく浮上してきたのも、モンゴル力士たちが大関や横綱になるようになってからです。
      日本人は、言葉では「グローバル化」などと口にしますが、自分の生活の中にグローバリズムの波が押し寄せて来ることを極端に嫌う人がまだ多数派です。特に相撲界の周辺にいる人たちは、心のなかでモンゴル勢を下に見る傾向を隠しているように思えてなりません。
       

  3. Milton より:

    フランスの精神分析家 ジャック・ラカン(Jacques-Marie-Émile Lacan、1901年4月13日 – 1981年9月9日)は、「無意識は言語として構造化されている」と定義しています。

    たとえば、本を読むとき、あるいは友人に悩みを相談するときでも良いのですが、良薬は口に苦しの精神で、自分にとって「しんどい」情報(または事実)を受け入れそこから学ぶ覚悟があるのか、それとも単に自分に都合の良い「言葉だけ」を求めているのかでは、おなじ受け身の態度でも違いますよね。

    そうやって、無意識のうちに自分に都合の良い言葉を私たちは探していて、そこをメディアは「見出し(キャプション)」を巧みに操作しながら、ニーズのある言葉を提供している側面は、間違いなくあると思います。

    というわけで、「横綱の品格」もそうですよね。私は相撲にそれほど詳しくはないのですが、ではかつての横綱は、それほど品格に満ち溢れていたのでしょうか。

    あるいは、我々がいつの間にか都合良く「(日本人を基準にした)横綱像」を作り上げていて、その基準に基づいて、モンゴル力士に「品格マウンティング」してはいないのか?その横綱像をメディアが巧みに作り上げて、我々を誘導してはいないのか?

    「古き良き昭和」についてもそうですが、どうしても我々は過去を美化しがちになるものです。でも、まじで本当にそうなの?自分にとって都合の良い「言葉」で、妄想を補強してない?と疑うことは大切ですよね。

  4. Milton より:

    訂正させてもらいます。

    ラカンは、「無意識は言語として構造化されている」と解釈しています。

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