「平成」の終わりに思うこと

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 「平成」という時代も、30年目を迎える来年いっぱいで幕を閉じることになった。
 聞くところによると、西暦でいう2019年の1月より、新元号の時代が始まるという。

 昭和25年生まれという自分の年齢を考えると、私の人生のほぼ半分は「昭和」で、残りの半分が「平成」という配分になる。
 「昭和」が「平成」に切り替わった年(西暦1989年)、私は39歳だった。

 いま思うと、平成元年というのは “激動の時代” の幕開けであったように思う。
 この年、ベルリンの壁が崩壊し、東西に分かれていたドイツの統一が実現した。それまで40年近く続いた「冷戦」が終結したのだ。

 同じ年、中国では民主化を求める若者たちが政府に反旗を翻した「天安門事件」が起こった。
 アフガンに出兵していたソ連が撤退したのも、この年。
 東ヨーロッパにおいては、社会主義国家群の一翼を担っていたルーマニアのチャウシェスク政権が崩壊している。

 それらはみな、“社会主義国家” を標榜していた国々の矛盾が露呈していく予兆であった。
 すなわち、第二次世界大戦後の「自由主義」勢力と「社会主義」勢力の拮抗が崩れ、世界中が「自由」を標榜する民主主義国家へ移行する “明るい時代” の到来を予感させた。

 しかし、実際には、“明るい時代” にはならなかった。
 むしろ、「社会主義」という “歯止め” を失った資本主義の暴走が始まったといえる。
 「社会主義国家」という経済ブロックが崩壊したため、全世界が巨大な資本主義市場に統一され、そこで誕生したグローバル企業同士のメガコンペティションが始まったのだ。

 こうして、世界中が弱肉強食の嵐が吹き荒れる経済戦争に巻き込まれることになった。
 人によっては、それを「帝国主義の復活」ともいう。
 富める国と収奪される国。
 巨大化する企業と、そこに吸収される企業。
 富裕層と貧困層の乖離。
 世界的な経済格差が顕著になってきたのも、この時代からである。

 日本においては、バブルの崩壊がこれに重なった。
 「リストラ」
 「事業所閉鎖」
 「希望退職」
 などといった言葉が連日マスコミを騒がせ、“強い日本経済” という看板が地盤沈下を始めていた。

 さらに、「平成」という時代は、新しい社会不安が誕生し、全体的に暗い時代の到来をイメージさせる言葉にもなっていった。
 平成7年(1995年)の阪神大震災。
 同年のオウム真理教による地下鉄サリン事件。
 平成9年になると、「酒鬼薔薇」を名乗る中学生による神戸連続児童殺害事件が起こる。
 「平成」が始まった最初の10年は、大規模災害と、これまでにはなかった新しいタイプの犯罪が生まれた時代として人々の記憶に残るようになった。
 

 その「平成」が来年1年で終わる。
 その次の時代が、どういう “色” に染まっていくのかは、今はわからない。

 しかし、スタート時点においては、暗い時代の到来を予感させた「平成」は、後半そうとう持ち直し、来たるべき次の時代に、良い形でバトンを渡そうとしているのではなかろうか。

 今年(平成29年)になってから、日本経済が回復期に入ったことが鮮明になってきている。 
 経済指標を見ても、製造業の活動状況を表す『鉱工業生産指数』の4~6月期は前期比1・9%プラスで、実質経済成長率も4~6月期は2・5%(年率換算)と加速しており、失業率も3%を下回った。

 経済の専門家にいわせると、
 「これまで企業は、リストラやコストカットによって収益を確保し、先行きが不透明なため、内部留保金を貯め込んできたが、業績が上向いてきたことを実感する企業が増えてきたため、今後は従業員が働いて稼いだカネを従業員に還元していく企業が増えていく」
 という。

 このように、労働者の賃金が上昇すれば、消費が回復し、企業の業績がさらに伸びる。好景気の経済サイクルが復活すれば、デフレ経済にもようやく終止符が打てる。

 なによりも心強いのは、インフラ整備に対する事業計画がそうとう進んでいること。
 リニア中央新幹線の開業予定は’27年。
 首都高速の大規模改修も、’20年に羽田線の上りが完了したあと、’28年まで継続して整備が進む。
 今後10年以上にわたり、莫大な経済波及効果が見込まれる日本のインフラが充実するという見通しは、今そうとう確実なものになってきている。

 そう考えると、「平成」という時代は、戦後の経済復興を遂げた「昭和」が、その壮大なジャンプからいったん着地し、次のジャンプに備えて膝を屈めた “準備の時代” だったのではなかろうか。

 平成元年に生まれた人たちが、来年はいよいよ働き盛りの30代になる。
 彼らは、輝かしい時代の到来を前に、その黎明期に生まれた者として、自分たちの青春を育てた「平成」という言葉を誇らしく思うに違いない。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

「平成」の終わりに思うこと への2件のコメント

  1. 江草乗 より:

    町田様、「昭和」をなつかしむ人間の一人である私は、20年ほどの間に3度も入院してしまった「平成」にはあまりいい印象がありません。日本経済にとっても長きにわたって「繁栄」の失われた時代であったような気がしますし、貧富の格差はどんどん拡大して、中産階級というものが日本社会から失われてしまい、一部の特権的な金持ちと、さほど豊かではない大衆、そして極端に貧しい一部の人たちに分化してしまったのが「平成」の30年間だと思っています。最後の数年はアベノミクスで金持ちがさらに金持ちになっていくという変化でした。

    ただ、その「平成」の時代に一教員であった自分が果たしてきた役割というものを振り返った時、私が育てた教え子たちがふだん教壇で自分が語っていた理想を少しでも叶えてくれそうな気がするのです。二人の息子たちもそれぞれに立派に育ちました。親としての責任はかなり果たせたかなとも思います。

    元日の日記という形で、私なりに「平成」の終わりについて触れています。

    「平成」の終焉と新たな時代について

    • 町田 より:

      >江草乗さん、ようこそ
      今年もよろしくお願い申し上げます。

      江草さんの元日のブログ拝読いたしました。
      冷戦が終わりかけた頃の東欧の人々の様子がよく分かり、非常に勉強になりました。
      今から思うと、ずいぶん貴重な体験をされたのですね。ご自分で実際に目で見て、耳で聞いたナマの体験が、お書きになられたものに説得力を与えているように感じました。

      おっしゃるように、日本で「平成」という元号が始まった時代というのは、世界的な激動期でありましたね。
      日本でもバブルが崩壊し、後に “失われた20年” などといわれる ≫「繁栄のあとの長いトンネル」の時代を迎え、日本人の多くが苦しい生活を送るようになりました。

      教壇に立たれた時間の大半が「平成」であったとか。
      30年という歴史は個人史のスパンとしては、それなりに長い歴史であったように思います。
      それでも、卒業式の日に、江草さんの挨拶を受けて巣立っていった若者たちは幸せであったように思います。
      彼らは、「平成」が辛い時代であったことも認めつつ、次に迎える時代に対する希望も教えられたのではないでしょうか。
      それは、彼らなりに、自分の人生を切り開いてく指針となったことでしょう。

      明けましておめでとうございます。
      本年もよろしくお願い申し上げます。
       

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