ムード歌謡オジサン

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 知り合いに、カラオケの大好きなオジサンがいる。
 70歳ぐらいの方だ。
 ときどきご一緒させてもらっている。

 その人は、基本的にはカラオケバーとかカラオケパブといった店が好き。
 つまり、おしゃべり上手なママさんがいて、甘え上手なおネエさんたちがいるような店だ。

 席に座ると、おしぼりを渡してくれたママさんに対し、
 「今日は一段と美人だね」
 と、ハタで聞いているとのけ反るようなベタな言葉を送って、おしぼりで顔を拭き、隣に座ったおネェさんには、
 「ヨッ彼氏ができたね? きれいになったもんなぁ」
 と軽い挨拶を送る。
 
 その自信たっぷりの表情や言葉から、どうやら、
 「自分はモテる ‼」
 … と思っていらっしゃる風情が漂ってくる。

 モテるには、理由がある。
 … とご本人は信じている。
 その理由とは、(たぶん) “ムード歌謡” のレパートリーが広いからだ。

 私が聞くかぎり、演歌もムード歌謡もそう変わらないように思えるのだが、70歳ぐらいのカラオケ好き男性の美意識においては、どうやら両者は決定的に違うらしい。
 
 演歌 = 泥臭い田舎モンの歌。
 ムード歌謡 = 洗練された都会人の歌。

 口にそうはっきりと出しておっしゃったことはないけれど、オジサンの心の中にはそういう区別(偏見?)があるらしい。

 というのは、私がド演歌などを歌うと、
 「演歌の方が好きなの? ムード歌謡は知らないの?」
 と、ものすごく余裕に満ちた表情を返してくれるからだ。

 で、そのオジサン。
 マイクを握ると、まずは軽くロス・プリモスの『ラブユー東京』あたりから始める。
 次の曲は、ロス・インディオスの『コモエスタ赤坂』。あるいは東京ロマンチカの『君は心の妻だから』。
 興が乗ってくると、『夜の銀狐』、『霧にむせぶ夜』。

 好きな歌手というのも、もちろんいる。
 その筆頭は石原裕次郎。

 しかし、裕次郎のレパートリーは、後半部にとっておく。
 気に入ったものは最後の方に残す性格なのかもしれない。
 たぶん、お寿司を食べるときは中トロとかウニなどを残しておいて、一番最後に召し上がる方なのだろう。

 で、店に女性客がいると、オジサンは見逃さずにデュエットを迫る。
 選曲はだいたい自分で決めて、どんな女性に対しても、『銀座の恋の物語』か『東京ナイトクラブ』。

 お気に入りのデュエット曲は、『居酒屋』。
 特に初対面の女性がカウンターに座っていると、ママさん経由でその女性にマイクを回し、
 「『居酒屋』知っているでしょ?」
 と、手を挙げてニコニコ。

 店のママさんも乗せ上手だから、その女性に向かって、
 「デュエット申し込まれたら、何かご馳走してもらわなきゃだめよ」
 とか言って、売上げを伸ばそうとする。

 まぁ、デュエットが成立してもしなくても、ママさんはオジサンに対して、いいタイミングで “ヨイショ” を決めていく。
 オジサンがムード歌謡を歌うと、1曲ごとに、
 「ほんまにお上手やわ ! 心がうずくわぁ !」
 と、目を潤ませて拍手を送るのだ。

 それに気をよくしたオジサンは、歌い終わると、いったんマイクをママさんに返す。
 つまり、
 「俺はマイクを持ったら離さないようなマナーをわきまえない人間とは違う」
 と言いたいのだろう。
 「ムード歌謡を歌う人間は紳士なんだ」
 という自負があるらしい。

 かくして、ムード歌謡が流れるスナックは、今日も平和に暮れていく。
 
 
 それにしても、「ムード歌謡」なるものは、いったいどういう背景から生まれてきた音楽なのだろう。
 
 ムード歌謡の歌詞には、よく酒場が出てくる。
 それも、「ご新規さんナマ3丁、枝豆2人前 !」とかいう酒場ではなくて、ドレスの女性が「お隣に座ってよろしいかしら?」と肩に触れてくるような店だ。

 天井を見上げると、ミラーボールがぐるぐる。
 チークダンスも踊れるフロアがあり、ステージでは楽団が大人の男女を楽しませる演奏を奏でている。
 そういうところというのは、(私は行ったことがないが、きっと)「キャバレー」とか「ナイトクラブ」などといわれた酒場ではあるまいか。

 「キャバレー」とは、楽団が演奏できるステージを設けた酒場のことをいう。
 そういう店では、ショータイムの時間がくると、演奏があり、歌があり、ときにコントがある。
 石原裕次郎が主演する昔の日活映画などでは、よくキャバレーのシーンが出てきて、ステージで裕次郎がドラムスを叩いたりした(『嵐を呼ぶ男』 1957年)。

 現在は、隣にホステスが座るだけの「キャバクラ」が主流になってしまい、「キャバレー」の数は激減した。

 ムード歌謡で歌われる舞台の大半は、かつての「キャバレー」である。
 歌の主人公はそこに勤めるホステスだ。
 で、そのホステスが店に来るお客に惚れるのだが、「騙されて」「捨てられて」「酒でまぎらわす」という王道パターンを繰り返す。

 捨てられた女は、好きだった男の影を探して夜のネオン街をさまよったり、その男の名前をボトルに書き込み、「ひろみの命」と付け加えたり、折れたタバコの吸い殻で、男の心変わりを悟ったりする。

 まぁ、男の “天国” だわね。
 ホステスとして店に雇ってもらえるような女性ならば、それなりに美人だろうし、身のこなしもセクシーだろうし、金回りだって良さそうだ。
 そういう女性が、別れの時間が迫るたびに、涙ぐんで、そっと時計を隠し、白い小指をそっとからませる … なんて、男の天国じゃね?

 「ムード歌謡」の好きな男性というのは、たぶん自分の美意識をこういう理想郷に設定しているのだ。
 ゴージャスで、華麗。
 そして、女のいじらしさが香るセンチメンタリズム空間。

 現在70歳以上の男性 … つまり、いわゆる団塊世代で、上の方に属する人たちは、こういう世界を “カッコよさ” の原点として持っている。

 団塊世代というと、よく「ビートルズエイジ」などと言われるけれど、上の方の世代になると、青春時代にビートルズを聞いていたというのは少数派だ。
 それよりも、圧倒的に大多数の団塊世代を魅了したのは、日本の石原裕次郎である。

 「ムード歌謡」の担い手たちは、ラテン、ハワイアン、ジャズなどを演奏する楽団が中心であったが、それは “キャバレー文化” の範囲に留まるものであって、ムード歌謡に広く市民権を与えたのは、石原裕次郎であるともいえる。
 
 『ブランデーグラス』
 『夜霧よ今夜も有難う』
 『銀座の恋の物語』
 『恋の町札幌』
 『赤いハンカチ』
 『粋な別れ』

 カラオケで、これらの裕次郎 “ムード歌謡” を一度たりとも歌わなかった人はいないのではなかろうか 
 
 実は、彼こそが「ムード歌謡」のスーパーヒーローなのだ。

 「ムード歌謡」のヒロインとして登場する “捨てられた女たち” 。
 そういう彼女たちの胸を焦がした男というのは、実は石原裕次郎をイメージすればいいのだ。

 これは、実際に当時の現役ホステス(今はおばあちゃん)に聞いた話だが、1950年代後半 … すなわち裕次郎が日活映画で『嵐を呼ぶ男』、『錆びたナイフ』、『風速40米』などのヒット作を連発していた頃、キャバレーに来る客は、みな石原裕次郎のような男ばっかりだったという。

 すなわち、一流私大に籍を置くような学力レベルを持ちながら(裕次郎は慶應大学)、放蕩三昧を繰り返し、余るほどのカネを遊びに費やすから女にモテることもハンパないのだが、モテすぎるために、どこかアンニュイの影を放ち、ちょっとやそっとの女の甘い言葉などには何の反応を示さない。

 当時のキャバレーに遊びに来るのは、そんな男ばっかりだったという。
 ホステスたちは、そういうお客に色めき立った。

 彼らは、ボックスに座っているときは物憂くタバコをふかすだけだが、おもむろにダンスフロアに立てば、優美なステップで女性をリードし、ステージに上れば楽器演奏もプロ並み。歌はプロ歌手並み。

 休日には、ヨットハーバーまでドライブして高級クルーザーを操り、サーキットを走ればプロレーサー並み。
 勉強などしなくても地頭が良いから、親のコネで大企業に入ってしまうと、とんとん拍子に出世して、やがて大手企業のボスに収まってしまう。
 ムード歌謡に出てくるヒロインたちを泣かすのは、こういう男たちだったという。

 もちろん彼らのハートを射止めたホステスは、めでたく玉の輿に乗れたが、大半のホステスは、もてあそばれるくらいならまだラッキーな方で、ほとんど一方的な片思いで終わった。

 「ムード歌謡」の背景には、こういう世界があった。
 だから、このジャンルは、現在60歳後半から70歳代の男女のハートをがっちりつかんでいるのだ。
 
 で、今でも場末のスナックでは、昔キャバレーでモテ組に入れなかったオジサンと、モテる男に言い寄られた経験のないオバサンたちが、満たせなかった昔の夢をしのんでムード歌謡に酔っている。
 
 

カテゴリー: ヨタ話, 音楽   パーマリンク

ムード歌謡オジサン への6件のコメント

  1. 木挽町 より:

    楽しく読めて、それでいてなかなか鋭くて、久しぶりに読ませて頂きました。ありがとうございます。お元気でお過ごしでしょうか。おかげさまでこちらでは難無く過ごしております。また読ませて頂きますね。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      ご無沙汰でした。
      お元気そうでなによりです。
      日本に戻られたときにお時間がありましたら、お会いしたいですね。
      また、ご連絡ください。
      こちらも楽しみにしております。
       

  2. ようこ より:

    こんにちわ~ 町田さん (^^♪

    ご無沙汰いたしておりますが、ブログはいつも拝見させていただいてま~す。
    本筋であるキャンピングカーの記事を続々精力的にお書きになられて
    いらっしゃるので、体調はビンビン ???

    コメントをしそこなって数か月が過ぎてしまいましたが
    今日は久かたぶりに木挽町さんのコメントを見つけ@_@)て
    チャンス到来 笑)

    今年も四月に帰国をしていましたが、老いた母の短期世話係で
    とても夜遊びなど出来る場合ではありませんでした。
    あゝ 夜遊びしたいなあ。

    これは、私たちが夜遊びをしなくなったDISCO時代の伝説ですが
    知っている話知らなかった話をまじえ、あの時代の空気が
    懐かしく思われた動画です。

    https://www.youtube.com/watch?v=GzmtYdOvPBU

    ムード歌謡ってなんなんだ? って思っていたのですが確かに、確かに。

    • 町田 より:

      >ようこさん ようこそ
      ご無沙汰です。
      お元気そうで何よりです。
      リンクを張っていただいた「東京ディスコ伝説」の動画、非常に楽しめました。ありがとうございました。

      あれを見ていると、1968年というのが日本のディスコが誕生した年とのことですが、そこに新宿の「The Other」が出てきたのは、ちょっと感慨深いものでした。
      なぜなら、あそこは当時私がはじめて通ったディスコだったからです。もちろんこの時代まだ「ディスコ」という言葉はなく、動画では「踊り場」という言葉を使っていましたが、私たちは広く「ゴーゴーバー」とか、「ゴーゴークラブ」などとも言っていたように記憶しています。

      その次に赤坂の「Mugen」、「Byblos」も紹介されていましたが、「大人の遊び場」として企画されたというとおり、実際に私には敷居が高すぎて、しかもおカネもない高校から大学1年時代の自分では赤坂までは通えませんでした。

      60年代後半には、赤坂まで行かなくても、新宿あたりには安いディスコがたくさんオープンしていました。
      面白いことに、この時代はビート感のある音楽ならなんでもかかっていたんですね。「The Other」は本格的なR&Bが中心でしたけれど、それ以外の店ではジミ・ヘンドリックスの「フォクシー・レディー」やクリームの「ストレンジブルー」、ジャニス・ジョプリンの「ムーブオーバー」などもかかっていて、けっこう先端のロックをディスコで聞くこともできました。

      70年代の中頃からステップが流行し始めたと、この動画では説明されていましたね。それは私にとっても転機でした。ステップにあまり面白さを感じなかったからです。
      それまではみなフリーで踊っていて、私なども「The Other」あたりで披露されていた黒人の踊り方を記憶に刻み、家に帰ってから、フォートップスなどを流しながら、畳の上で練習したものです。

      ステップで踊る日本人たちをはじめて見たのは、博多のディスコでした。
      オージェイズの「裏切り者のテーマ」に合わせ、何人かが「ホワッゼイドゥ!」と掛け声を合わせて同じステップを踏んでいるのは確かにカッコよかったけれど、なんか窮屈だな…とも思いました。
      「なんでみんな同じ動きをしなければいけないのよ」
      という気持ちもあったのです。

      ディスコにまったく行かなくなり、かつSOUL MUSICからも少し距離をおき始めたのは、1975年頃からです。ヴァン・マッコイの「ハッスル」を聞いたあたりから、「なんかこれちょっと違うなぁ」という思いが強くなり、ヒット曲の主流がグルーブ感のある黒人リズムから単純な四つ打ちビートのディスコサウンドになっていった頃、一気に遠ざかりました。だからこの時代のユーロビートの音楽にはほとんど関心がありません。

      てなわけで、今でもあいかわらず聞いているのは、60年代から72~73年までのSOUL MUSICです。
      ただ、例外的に1977年に発表されたビージーズの「サタディ―ナイト・フィーバー」のアルバムだけは気に入っていて、映画も見にいきました。もちろん、あれはまったくSOUL MUSICとは縁のない音楽として割り切っていましたけれど。

      そんな趣向を持っている私ですが、なぜかムード歌謡にも自分が歌える歌をたくさん持っています。日本人だからでしょうか(笑)。

  3. 木挽町 より:

    夜遊びしたいですね。ムード歌謡は「なかの綾」ってなかなかいいですよ。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      「なかの綾」、YOU TUBEで拾ってみました。おっしゃるように、なかなか素敵ですね ! 歌謡曲界にも、こういう新しい動きがあるんですね。今後も追いかけてみます。
       

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