好きな音楽ベスト20 (洋楽編)

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 以前このブログで、自分が好きな「映画」や「本」をセレクトして、寸評を付けたことがあった。

※ (好きな映画ベスト20 2017年11月27日)
※ (気になった本120選 2017年12月 9日)

 今回は、「好きな音楽ベスト20」というのをやってみたい。
 洋楽と邦楽に分けて作ってみたが、全体のボリュームが大きくなりすぎたので、今回は洋楽部門だけを掲載する。

 こういう企画は、立案者の年齢が大きく作用する。
 特に音楽というのは、若い頃に聞いた「音」が一生の好みを左右する傾向が強く、年寄りが選ぶと、昔の音楽ばかりになる。
 今年68歳を迎えた私の場合、やっぱり10代から20代ぐらいに聞いた1960年代~70年代の曲が多くなってしまった。若い読者にはなじみのない曲ばかりだと思うが、ご容赦いただきたい。

 選曲に関しては、ここに紹介するもの以上に好きな曲もいっぱいあるのだが、ブログでレビューを書いたものだけに限定した。
 レビューを書いてみたいという衝動を感じた音楽というのは、単なる「好き・嫌い」を超えて、その曲からなにがしかの “世界観” を感受したということである。また、きわめて個人的な思い出と絡んでいる場合もある。つまり、自分の人生観を語れる材料を手に入れたということを意味する。

 したがって、以下にとりあげた音楽というのは、私という人間の生きてきた軌跡の断片のようなものである。
 
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洋楽編 ベスト20 &番外

① マーヴィン・ゲイ 「What’s Going On (愛のゆくえ)」
1971年

【寸評】 自分の音楽の好みを決定づけた衝撃の曲。1971年、21歳のときにこの曲に出会わなかったら、生涯音楽に対して淡白な人生を送っていたかもしれない。しかし、自宅の机の前に座り、夜明けの冷気とともに、FEN(米軍向けラジオ)から流れてきた「What’s Going On (ホワッツ・ゴーイング・オン)」を聞いた瞬間から、音楽といえばSOUL系のものにしか意識が向かなくなった。そして、そういう音が流れるスポットを探し、米軍基地周辺の黒人バーなどに入り浸るようになった。音楽を聞くだけでなく、「音楽を語ろう」と考え始めたのも、この曲からである。
http://campingcar.shumilog.com/2012/02/09/%e3%83%9b%e3%83%af%e3%83%83%e3%83%84%e3%83%bb%e3%82%b4%e3%83%bc%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%83%bb%e3%82%aa%e3%83%b3/
    
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② ブラームス 「弦楽6重奏1番」 他
1860年

【寸評】 音楽を語るとき、自分に欠けているものがクラシック音楽に対する知識と教養である。そのためクラシックの演奏を聞いて、その世界観にたどり着くには、どうしても映画やドラマといった他のメディアの助けを必要とした。マーラーの交響曲5番「アダージェット」の良さを理解できたのも、それがテーマ曲として使われた『ベニスに死す』(監督ルキノ・ヴィスコンティ)という映画を観たことによってだった。このブラームスの「弦楽6重奏1番第2楽章」も映画で知った。男女の濃厚な情愛を描いた映画に使われると、この曲は映像以上に悩ましい情感をかき立てる。甘美でエモーショナルで頽廃的。性的描写など一つもなくても、これほどエロティックな情念を催させる音楽というものを他に知らない。
http://campingcar.shumilog.com/2014/12/21/%e5%bc%a6%e6%a5%bd%e5%99%a8%e3%81%ae%e7%bd%aa%e3%81%a4%e3%81%8f%e3%82%8a%e3%81%aa%e7%be%8e%e3%81%97%e3%81%95/
 
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③ ウィリアム・アッカーマン 「PacificⅡ」他ウィンダム・ヒル系音楽
1980年頃

【寸評】 ウィンダム・ヒルというレーベルは1980年代に、ジャズでもなければクラシックでもないという不思議な音を作り始めた。こういうサウンドのジャンル分けに困ったレコード販売店は、当初これを「環境音楽」などというコーナーに置いた。しかし、このウィンダム・ヒル系の音こそが、1980年代という新しい時代の感受性をいちはやく表現していた。まるで抽象画を見るかのような、ひんやりとした心地よい静けさ。この感覚こそが、先進国の産業基盤が、熱くて騒がしい工業社会から静かでクールなポスト工業社会へと移行していく時代を象徴していた。
http://campingcar.shumilog.com/2013/12/07/%e9%9f%b3%e3%81%ae%e6%8a%bd%e8%b1%a1%e7%94%bb-%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%83%b3%e3%83%80%e3%83%a0%e3%83%bb%e3%83%92%e3%83%ab/
 
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④ ザ・ビートルズ 「You can’t do that」
1964年

【寸評】 ブルースコードを使って黒人ブルースのエモーションを再現しながら、白人ロックのテンションを盛り込んだジョン・レノンの初期の代表曲。キャッチ-なミディアムテンポに乗って、ジョン・レノンがライブハウスの壁を揺るがすような咆哮をまき散らす。タメの効いたリズムギター。グイグイとドライブしていくベース。小気味よく決まるカウベル。聞いていると、気づかないうちに腰が小刻みに揺れてくる。
http://campingcar.shumilog.com/2008/07/13/%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%83%b3%e3%83%bb%e3%83%ac%e3%83%8e%e3%83%b3%e7%af%80/
  
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⑤ ジェームズ・ブラウン 「Sexmachine(セックスマシーン)」
1970年

【寸評】 スリリングなイントロから、一気に怒涛のリズムが炸裂するダンス音楽の最高傑作。ストイックなリズムの繰り返しと、シンプルなアジテーションは、どんな音楽よりも強烈に、人をある種の狂気へ導いていく。身体の中に、金属のくさびを打ち込んでくるようなギターカッティング。大地の底を巨大な恐竜が這って行くようなベースラニング。天地をゆるがす雷鳴のように、鋭いリズムを刻み続けるホーンセクション。すべてが、人間の脳天を揺さぶりたてるリズムの嵐となって、聞く者を忘我の境地に誘い込む。
http://campingcar.shumilog.com/2014/12/26/%e3%82%b8%e3%82%a7%e3%83%bc%e3%83%a0%e3%82%ba%e3%83%bb%e3%83%96%e3%83%a9%e3%82%a6%e3%83%b3%e3%80%80%e3%82%bb%e3%83%83%e3%82%af%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%82%b7%e3%83%bc%e3%83%b3/
  
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⑥ ニール・ヤング 「Old Man (オールド・マン)」
1972年

【寸評】 ニール・ヤングは70歳を超えても、若いときと変わらず社会に向けてアグレッシブなメッセージを送り続ける “永遠の青年” である。しかし、多くのファンに愛されているニール・ヤングのアルバムとなると、1970年の『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』と、1972年の『ハーベスト』の2枚に尽きるのではなかろうか。なかでも『ハーベスト』に収録された「オールド・マン」は、人生の黄昏を見つめる人間の心情を物憂く切ないメロディーに乗せて歌った珠玉の名曲。土の匂いが立ち込めるサウンドからは、「田園の憂鬱」(佐藤春夫の小説名)という言葉が浮かんでくる。余談だが、ニール・ヤングの風貌には、どこかネアンデルタール人の面影が漂う。現生人類は誰でも2%ほどネアンデルタール人の遺伝子を受け継いでいるという。この人の場合は20%ほど受け継いでいそうだ。
http://campingcar.shumilog.com/2010/12/30/%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%83%89%e3%83%9e%e3%83%b3/


  
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⑦ シャーデ― 「Hang On to Your Love」
1984年

【寸評】 自分にとって、1980年代にもっとも愛したミュージシャンといえば、それはもうシャーデー・アデュに尽きる。まずサウンドが素晴らしい。特にデビューアルバムの『ダイヤモンドライフ』は何度聞いたか分からない。音楽体験で自分がもっとも興奮するのは、R&Bやブルースのグルーブ感に触れることなのだが、そういうブラックミュージックのエッセンスを、ジャズやAORのセンスを採り入れて洗練させた『ダイヤモンドライフ』は、私にとって「80年代のR&B」だった。それでいて、彼女のつくり出すR&Bは、60年代~70年代R&Bとは決定的に違っていた。一言でいえばクール。冷蔵庫で凍らせたグラスに注がれるギンギンに冷えたカクテルのように、一口飲むと、脳天に氷の結晶が根を張るようなクールさを特徴としていた。それがいかにも80年代という時代によく合っているように思えて、私は音楽体験において、時代の先端を走っている気持ちになれた。彼女はこの時代の私の女神だった。低く抑えられたスモーキーな声質にも魅せられたし、挑発的なドレスを着たときの彼女のセクシーな肢体にも挑発された。
http://campingcar.shumilog.com/2009/12/31/%e6%b7%b1%e5%a4%9c%e3%81%ae%e3%82%b7%e3%83%a3%e3%83%bc%e3%83%87%e3%83%bc/
 

  
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⑧ ファラオ・サンダース 「Astral Travelling (アストラル・トラヴェリング)」
1971年
 

【寸評】 「アストラル・トラヴェリング」は、1971年のアルバム「Thembi(テンビ)」の冒頭を飾る曲。猛獣が吠えまくるようなフリージャズを追求してきたファラオ・サンダースの作品のなかでは、珍しく静謐感のある美しいメロディーの曲になっている。その曲調は神秘的でもあり、幻想的でもあり、それでいて官能的。虚空をたゆたうエレキピアノをバックに、ファラオのサックスが、夜明けの海に漕ぎ出ていくようなクールなメロディーを紡ぎ出す。もう40年ほど前、私はサンフランシスコからバンクーバーへ向かう飛行機のなかで、ファラオ・サンダースを見たことがある。その隣の席が空いていたことをいいことに、私は厚かましくもそこに座って、片言の英語で話しかけた。彼はその晩、バンクーバーのライブハウスに私を招待してくれた。そこで演じられた曲目のなかに、この「アストラル・トラヴェリング」が入っていた。
http://campingcar.shumilog.com/2013/02/02/%E6%89%8B%E3%82%92%E6%8B%BE%E3%81%86/
  
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⑨ アメリカ 「Ventura Highway (ヴェンチュラ・ハイウェイ)」
1972年

【寸評】 「アコギの美しさここに極まれり」、というほど見事に決まったイントロ。全編が旅へのいざないに満ちた爽やかな印象の曲で、自分もドライブ旅行のBGMとして欠かさず聞いている。イメージとして浮かぶのは、陽光の降り注ぐアメリカ西部の果てしない一本道。心のヒダに清水が沁み込んでいくような鮮烈な曲だ。この曲だけは、なぜか飽きない。どんなに好きな曲でも、ポピュラーソングの場合はずっと聞いていると、いつか飽きる。だけど、この曲だけは、もう46年間聞き続けているというのに、常にはじめて聞いたときの気分が込み上げてくる。おそらく、この “青春っぽい” 音が、未来が真っ白に見えていた20歳ぐらいの気持ちを再生するからだろう。
http://campingcar.shumilog.com/2009/01/16/%e3%83%b4%e3%82%a7%e3%83%b3%e3%83%81%e3%83%a5%e3%83%a9hwy/
 
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⑩ ジュニア・ウォーカー&ザ・オールスターズ 「What Does It Take」
1969年

【寸評】 甘いストリング・セクションを配した、いかにもモータウンらしいゴージャス感を持った曲。私が最初に「都会の匂い」というものを嗅ぎとったR&Bである。「都会の頽廃」、「都会の快楽」といったものが(少しチープに聞こえる)サックスの扇情的な音色にうまく表現されている。コード進行はGm7 と Fmay7 の繰り返し。その音の流れが、都会の軽佻な華やかさと同時に、アンニュイを含んだ都会の哀しさを漂わせてくる。
http://campingcar.shumilog.com/2011/02/05/%e3%80%8c%e9%83%bd%e4%bc%9a%e3%80%8d-%e3%81%ae%e5%8c%82%e3%81%84/
   
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⑪ エリック・サティー 「ジムノペディ」
1888年

【寸評】 近代社会の黎明期。人工照明によって、暮れることのない「夕暮れ」を実現させた時代の人間の感受性を表現したのが、このサティーの「ジムノペディ」である。美しい響きのなかに、とりとめもない浮遊感を忍び込ませるメジャーセブンスコード。それを多用した「ジムノペディ」は、近代都市という人工空間に漂う「美」と「メランコリー」をはじめて表現した曲といえよう。
http://campingcar.shumilog.com/2013/10/25/%e3%82%aa%e3%83%88%e3%83%8a%e3%81%ae%e3%82%b3%e3%83%bc%e3%83%89%e3%81%a0%e3%81%a3%e3%81%a6-%e3%80%80%e4%ba%80%e7%94%b0%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e5%b0%82%e9%96%80%e5%ad%a6%e6%a0%a1/
  
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⑫ ゴードン・ライトフット「If You Could Read My Mind (心に秘めた想い)」
1970年

【寸評】 日本人にはあまりなじみのないカナダのシンガーソングライター ゴードン・ライトフットの代表曲のひとつ。とにかくメロディーが美しい。曲名を知らなくても、年配の方ならば、どこかでこのメロディーを聞いたことがあると思う人がいるのではなかろうか。70年代のシンガーソングライター系の曲には、自分の内面と向き合うことを重視する「内省的」な歌が多く、これなどはその典型。孤独感と寂寥感がテーマだが、サウンドそのものは、地面に落ちる木漏れ日の影を追うように爽やか。
http://campingcar.shumilog.com/2011/12/28/%e6%9e%af%e8%91%89%e3%81%ae%e6%b1%a0%e3%81%a7%e3%83%9c%e3%83%bc%e3%83%88%e3%82%92%e6%bc%95%e3%81%90/
 
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⑬ レッド・ツェッペリン 「Goodtimes Badtimes」
1969年

【寸評】 60年代後半に衝撃のデビューを飾ったレッド・ツェッペリンファーストアルバムで、その冒頭を飾った曲。この音を最初に聞いたときの衝撃はいまだに忘れられない。それは、頭の上に鋼鉄のかたまりが落下し、ズシンと脳内までのめり込んできたような体験だった。これほど “音の質量” がイメージできるサウンドというのは、それまで聞いたことがなかった。しかも、ヘビー一辺倒ではなく、そのヘビーさが “軽やか” な運動体になっているところが魅力だ。まるで極北の夜空に、鋼鉄のオーロラが舞うのを見ているような気になる。こんな音を思春期の10代に聞いてしまった人間は、一生その呪縛から逃れることができなくなるはずだ。
http://campingcar.shumilog.com/2011/05/21/%e3%83%84%e3%82%a7%e3%83%83%e3%83%9a%e3%83%aa%e3%83%b3%e4%bd%93%e9%a8%93/
 
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⑭ 10cc(テンシーシー) 「I’m Not In Love(アイム・ノット・イン・ラブ)」
1975年

【寸評】 シンセサイザーの音を重ねまくったクールな音に、ROCKに関して抱いていたイメージを大転換させられた。それまで、熱いROCKと濃いSOULに寄り添うように音楽人生を積み上げてきたつもりだったが、25歳のときにこの “冷たい曲” を聞いた瞬間、「時代が変わった」ことを発見した。まさに「青春の終わり」を告げた “音” だった。
http://campingcar.shumilog.com/2014/03/03/%e5%86%b7%e3%81%9f%e3%81%84%e3%83%90%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%89/
 
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⑮ ザ・ビートルズ 「I’ll Be Back (アイル・ビー・バック)」
1964年

【寸評】 「初期ビートルズ」というと、ロックンロールをベースにしたジャンプナンバーの曲が大半を占めると思われがちだが、彼らの初期のアルバムには意外とバラードが多い。しかも名曲ぞろいだ。バラードの評価はメロディーの良し悪しで決まってしまうが、ジョン・レノンとポール・マッカートニーという稀代のメロディーメーカーが2人もそろってしまったのだから、バラードの比率が高いのも当然である。なかでもこの「アイル・ビー・バック」は、ジョン・レノン的バラードの典型。マイナーコードとメジャーコードがめまぐるしく変わるため、迷宮の中をさまようような不思議な酩酊感が生まれている。彼らの故郷であるリバプールはアイルランドにも近い。この曲には、そのアイルランド系のエスニック感覚が流れ込んでいる。
http://campingcar.shumilog.com/2011/09/04/%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%83%b3%e3%83%bb%e3%83%ac%e3%83%8e%e3%83%b3%e3%81%ae%e3%83%90%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%89%e3%81%ab%e6%bd%9c%e3%82%80%e3%82%a8%e3%82%b9%e3%83%8b%e3%83%83%e3%82%af%e3%81%aa%e9%9f%bf/
 
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⑯ ブラインド・フェイス 「 Had To Cry Today (泣きたい気持ち)」
1969年

【寸評】 伝説のROCKバンド「クリーム」において、ブルースを基本に置いたギターワークで人気を集めてきたエリック・クラプトンが、同じバンドにいたドラマーのジンジャー・ベイカーを連れ出し、「トラフィック」で活躍していたスティービー・ウィンウッドとコラボしたアルバム『Blind Faith』のなかの1曲。スティービーのセンスが色濃く反映されたため、クラプトン好みのブルース色は希薄になったが、その分、あざといばかりに華麗なメロディーに満ちたアルバムになった。なかでもこの「Had To Cry Today」は、“音の万華鏡” といえるほどまばゆいフレーズに埋め尽くされた60年代ROCKを代表する傑作。ブルース的グルーブ感ともまた違った、白人音楽としてのロックの力動感を創造している。
http://campingcar.shumilog.com/2013/06/14/had-to-cry-today-%ef%bc%88%e6%b3%a3%e3%81%8d%e3%81%9f%e3%81%84%e6%b0%97%e6%8c%81%e3%81%a1%ef%bc%89/
 
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⑰ ルー・リード 「Walk On The Wild Side (ワイルドサイドを歩け)」
1972年

【寸評】 「ヘロイン」、「ゲイ」、「アルコール中毒」。そんなアンダーグラウンドなテーマを歌いながら、そこにハイブローな芸術性を盛り込んだルー・リード。犯罪とアートが、闇のなかで同時に溶け合うニューヨークの路地裏が似合う詩人だ。この「ワイルドサイドを歩け」は、もうタイトルからして、彼の思想性を100%表現した代表曲。シンプルなギターカッティングを背景に、呪文のように繰り出される歌声を聞いていると、これは、アウトローたちが眠るための “闇の子守歌” だと分かる。
http://campingcar.shumilog.com/2013/11/09/%e3%83%af%e3%82%a4%e3%83%ab%e3%83%89%e3%82%b5%e3%82%a4%e3%83%89%e3%82%92%e6%ad%a9%e3%81%91/
 
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⑱ シル・ジョンソン 「I Hear the Love chimes (愛のチャイム)」
1974年

【寸評】 1970年代初期のソウルミュージック界で、ひときわディープな味わいを発揮していたのは、なんといってもメンフィスのハイ・レコードである。ここでは音楽プロデューサーのウィリー・ミッチェルの指揮のもとに、アル・グリーン、アン・ピーブルス、オーティス・クレイ、O・Vライト、シル・ジョンソンなどといったスター歌手が勢ぞろいし、フィラデルフィアやモータウンと並んで、70年ソウルミュージック界の一時代を築き上げていた。このハイ・サウンドの特徴は、“土臭い” タイトな音作りにあった。スタジオミュージシャンの中核をなすのは、チャールズ・ホッジス(オルガン、ピアノ)、ティニー・ホッジス(ギター)、リロイ・ホッジス(ベース)3兄弟と、ドラムスのハワード・グライムス。特に、ハワードの叩き出すドラムスは、スネアとバスドラのチューニングを緩くして、バシャッと湿ったような質感を出しながら、それでいてソリッド感ある音づくりに徹した。そこから生まれてくる重厚なサウンドは、まさにサザンソウルの白眉であった。このシル・ジョンソンの歌う「I Hear the Love Love chimes」などは、それがよく伝わる佳曲。アンニュイ漂うレイドバックしたリズムが心地よい。
http://campingcar.shumilog.com/2010/01/31/%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e9%85%92%e5%a0%b4/
 
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⑲ ステッペン・ウルフ 「Born To Be Wild (ワイルドでいこう)」
1968年

【寸評】 「Born To Be Wild (ワイルドでいこう)」は、60年代の反体制派若者の生きざまを描いた映画『イージーライダー』のテーマソングに使われ、映画のヒットとともに世界的に知られる曲となった。とにかくタイトルどおり、そのサウンドはこのうえなくワイルドで、ぐいぐい回転するようなグルーブ感に満ち溢れ、無類にノリがいい。「ステッペンウルフ(荒野の狼)」というグループ名も、この曲のイメージ形成に一役買った。私はいまだにカラオケでこの曲をよく歌う。
http://campingcar.shumilog.com/2011/06/25/%e8%8d%92%e9%87%8e%e3%81%ae%e7%8b%bc-2/
  
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⑳ アリシア・キーズ 「The Life (ザ・ライフ)」
2007年

 

【寸評】 2000年以降に活躍している歌手にはそれほど興味がない。唯一の例外は、このアリシア・キーズだ。理由は、私好みの美人だからだ。ソウル/R&B系の音楽が好きになってからというもの、女性の好みもブラックの血が混じったような顔が好きになってしまった。音楽的な評価となれば、アリシアの手掛ける曲は、必ずしもすべてが私の好みというわけではない。ただ、ここに挙げた「The Life」という曲はとても気に入っている。これは1972年にカーティス・メイフィールドがリリースした「Give Me Your Love」(アルバム『Superfly』に収録)の2000年代的解釈といえる。“好きな音楽家” という意味では、カーティス・メイフィールドなどはこの企画のトップに掲げてもいいくらいなのだが、ただブログ記事にカーティスを採り上げたことがなかったため、今回は外した。それを、アリシアの「The Life」で代用する。
http://campingcar.shumilog.com/2013/05/20/%e3%82%a2%e3%83%aa%e3%82%b7%e3%82%a2%e3%83%bb%e3%82%ad%e3%83%bc%e3%82%ba%e3%81%ae%e3%82%a8%e3%82%b8%e3%83%97%e3%83%88%e3%83%a1%e3%82%a4%e3%82%af/


   
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以下、番外編
  
21) ザ・オールマン・ブラザーズ・バンド 「Win, Lose, or Draw」
1975年

【寸評】 オールマン・ブラザーズ・バンドというと、若くして死んだデュアン・オールマンが在籍していた時代が頂点だったという見方をする人が多い。確かに、エリック・クラプトンをも震撼させたというギタリストとしてのデュアン・オールマンの存在は大きかったに違いない。しかし、私はデュアン亡き後にリードギターを務めるようになったディッキー・ベッツの音が方が好きである。あのなんともいえないカントリーっぽい軽さが心地いいのだ。このディッキー・ベッツのギターとグレッグ・オールマンのキーボードが絡むときに、“南部の音” が生まれる(と思っている)。すなわちラフで物憂いレイドバックフィーリングが漂い始める。それがアスファルトの上にも土ぼこりが舞っているような、アメリカ南部のハイウェイの香りを伝えてくる。
http://campingcar2.shumilog.com/2016/05/02/%e3%82%b5%e3%82%b6%e3%83%b3%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%af%e3%81%ae%e8%aa%98%e6%83%91/

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22) クリーム 「Strange Brew (ストレンジ・ブルー)」
1967年
 

【寸評】 1967年。ビートルズはアルバム『サージェント・ペッパー … 』をリリースし、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー/ペニー・レイン」、「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」などのシングルを発表した。長いことビートルズファンを任じていた私は、それらを聞きながら、「なんと退屈な音になってしまったんだろう」とがっかりしてうなだれた。ビートルズのサウンドを退屈なものにしてしまった最大の “犯人” は、同じイギリス出身のバンド「クリーム」だった。今から思えば、ビートルズはあの時代、やはり時代のトップを走り続けていたのだと分かる。しかし、当時の私にとって、クリームを聞いてしまった後では、ビートルズの音楽はみな “童謡” にしか聞こえなかった。それに比べ、クリームの音には大人の匂いがあった。危険な香りもあった。そして何よりもカッコよかった。それはすべてブルースの体臭だったのだ。クラプトンが好きな黒人ブルースのエッセンスが、音作りのプロたちが集まったクリームという “プロジェクト” のなかで昇華され、ジャズの味づけも加わり、より都会的なサウンドとして練り直されていたのだ。「ストレンジブルー」はその代表曲である。
http://campingcar.shumilog.com/2011/05/09/%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ac%e3%83%b3%e3%82%b8%e3%83%bb%e3%83%96%e3%83%ab%e3%83%bc/
 
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023) ジミ・ヘンドリックス 「フォクシー・レディー」
1967年

【寸評】 今から思うと、1967年というのは「ロック元年」であったように思う。この年あたりから、ビートルズ、ローリング・ストーンズ以降の新しいロックを総称する言葉として「ニューロック」あるいは「アートロック」という言葉が生まれた。今ではどちらも死語となったが、そういう新しいカテゴリーを創設しなければならないほど、67年はロックが恐ろしい勢いで成長を遂げ、その存在感を増し始めたのだ。この時代の代表的なロックバンドを挙げると、ヴァニラ・ファッジ、アイアンバタフライ、ジェファーソン・エアプレイン、ドアーズ、クリームなどという名がすぐ浮かんでくる。彼らのつくり出すロックは、それまでのポップス系ヒット曲とはまったく異なるテンションと芸術性を持っており、あきらかに時代が変わったことを「音」で示した。そういう新しいロックの代表格が、ジミ・ヘンドリックスだったのだ。その演奏スタイルの特徴のひとつに「即興性」があった。同じコードを使う同じ曲であっても、ライブ会場の違いや彼の気分によってがらりと曲想が変わった。その変化が、泉のように湧き出てくる彼の非凡なアイデアから来るものであることは誰にもすぐに分かった。だからみな、そんなジミの姿に「天才」という言葉を重ね合わせた。「フォクシー・レディー」は、まさにジミの芸術性の高さが結晶化した曲。それでいて親しみやすいメロディーを持ち、ダンサブルなのだから、これはもう「奇跡」というしかない。
http://campingcar.shumilog.com/2011/06/05/%e3%82%ad%e3%83%84%e3%83%8d%e7%9b%ae%e3%81%ae%e5%a5%b3/
 
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024) マル・ウォルドロン 「オールアローン」
1968年

【寸評】 この曲から迫ってくるのは、絶対的な孤独。それも、頼れるものを失い、ヒリヒリするような虚無と向き合うことの恐ろしさが伝わってくる。しかし、孤独感も極端まで深まってしまえば、その底には、案外 “爽やかさ” が潜んでいるものだ。孤独であることの美しさに気づく。それはきわめて「文学的体験」ともいえる。夜のしじまの底に沈んで、じっとこの音を聞いていると、やがて白々と明けて来る朝の冷気が心地よく感じられるはず。―― さびしいってことは、すがすがしいものなのだ。
http://campingcar.shumilog.com/2012/05/13/%e3%83%9e%e3%83%b3%e3%83%8f%e3%83%83%e3%82%bf%e3%83%b3%e3%81%ae%e5%93%80%e6%84%81/
 
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25) ハーブ・アルファート&ティファナブラス
   「The Lonely Bull (悲しき闘牛)」 1962年

【寸評】 ラテン的熱狂を象徴する競技がスペイン/メキシコの「闘牛」である。今ではその人気はサッカーに変わられつつあるとはいえ、管楽器のすさまじい咆哮と、聴衆の熱狂が混然一体と渦巻く祝祭的空間となれば、やはり闘牛場にかなうスペースはない。なにしろ、そこでは人間を興奮させる “犠牲獣” の血が流れるのだ。同時に命を奪われる牛たちの哀しみも浮かび上がってくる。「悲しき闘牛」は、その闘牛場の祝祭性と犠牲獣の悲しい死を同時に表現したドラマチックな曲である。…… では一句。「興奮も 冷めれば悲しい 広場かな」。
http://campingcar.shumilog.com/2012/08/31/%e6%82%b2%e3%81%97%e3%81%8d%e9%97%98%e7%89%9b%e3%81%a8%e7%9a%86%e6%ae%ba%e3%81%97%e3%81%ae%e6%ad%8c/
 
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026) フローターズ 「Float on」 他
1977年

【寸評】 誰が付けたか、「甘茶ソウル」。美しいメロディーラインに華麗なストリングスをまぶし、快楽にむせぶときの吐息のようなヴォーカルで歌いあげるスイートなソウルミュージック。特に70年代のフィラデルフィア系R&Bがそのスタイルを代表する。日本でいえば「ムード歌謡」ということになるのだろうか。キャバレー、サパークラブ、ラウンジなどといった美女系酒場で流れると似合いそうだ。そういう「甘茶ソウル」の典型的な曲がフローターズの歌う「フロートオン」。ため息が出るほど切ない美しさに満ちたメロディーが特徴で、「夢なら覚めないで !」と叫びたくなる曲。
http://campingcar.shumilog.com/2011/10/02/70%e5%b9%b4%e4%bb%a3%e3%82%b9%e3%82%a4%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%9d%e3%83%83%e3%83%97%e3%82%b9/
 
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027) ザ・フリー 「Be My Friend (ビー・マイ・フレンド)」
1970年

 

【寸評】 1967年に結成されたとき、メンバーの平均年齢は19歳だったというフリー。アイドルグループのような若さを持ったまま、すでにデビュー時から、彼らは憂愁の影を身にまとう大人のロックを完成させていた。どの曲もブルースフィーリングに満ちていて、ブルース的グルーブ感を強調したものが多いが、アップテンポのものも、ミディアムテンポのものも、どこか疲労感に似た暗いアンニュイが漂うところに特徴がある。それは若くしてロックビジネスにおける成功も、人生の何たるかを見定めてしまった人間のたちの漏らす「吐息」のようなものかもしれない。特に、ここに掲げた「ビー・マイ・フレンド」は、ブルース色が薄まっている分、逆にイギリスという風土独特の “辺境の島国で生きた民族” の物悲しさが色濃くにじむ。
http://campingcar.shumilog.com/2009/10/16/%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e3%81%ae%e5%8d%b1%e9%99%ba%e3%81%aa%e5%8c%82%e3%81%84/

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028) ザ・バンド 「The Weight」
1968年

【寸評】 「ザ・バンド」はカナダ人を中心に構成されたグループである。そのせいもあるのか、隣国アメリカの音楽文化に対するリスペクトと研究が本場のアメリカ人たちよりも深い。2枚目のアルバム『ザ・バンド』(1969年)で最初に彼らの音を聞いたとき、そのアメリカ的な泥臭さにびっくりした。100年前の西部開拓時代のバンドマンたちの演奏を聞いているような気分だったのだ。そのアメリカ臭さのおかげで、最初私は、彼らの音楽的ルーツはアメリカ白人のカントリー&ウエスタンにあるのだろうと思っていた。だが、すぐに違うことを悟った。ザ・バンドの音楽は、カントリー&ウエスタンが生まれる前のアメリカの音だったのだ。それこそ、イギリスから五大湖の沿岸あたりの町にたどりつき、神への祈りを捧げながら西への旅を始めた開拓者たちのメンタリティーが音楽のバックにある。これは彼らのキーボード奏者ガース・ハドソンが語ったことである。すなわち音の原点は讃美歌だったのだ。この「ザ・ウェイト」の歌詞からは、彼らの音楽的教養が聖書に深く関係していることがうかがえる。
http://campingcar.shumilog.com/2010/01/06/%e3%83%90%e3%83%b3%e3%83%89%e3%81%ae%e3%82%a6%e3%82%a7%e3%82%a4%e3%83%88/

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029) スモーキー・ロビンソン 「Ooo Baby Baby」
1965年

【寸評】 「美しいメロディーとは覚えやすいメロディーのことである」という言葉があるが、まさにスモーキー・ロビンソンのつくる曲は、無類の美しさをたたえると同時に、一度聞いただけで、鼻歌でコピーできそうな親しみやすさを持っている。それでいて彼の歌は、心の奥に沈んでいた哀しみをすくい上げ、それを優しく包み直してくれるのだ。だから、彼の歌を聞いていると、思い出したくないような辛い記憶でさえ、いつのまにか、ほのかな切なさに包まれた懐かしい思い出に変わっている。そういう曲作りでスモーキーを超えるソングライターは見当たらない。痛みを伴う失恋の思い出も、いつのまにか極上の記憶に変えてしまう恋愛ソングの魔術師だ。
http://campingcar.shumilog.com/2012/01/31/%e5%a4%a7%e5%a5%bd%e3%81%8d%e3%82%b9%e3%83%a2%e3%83%bc%e3%82%ad%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%83%ad%e3%83%93%e3%83%b3%e3%82%bd%e3%83%b3/
 
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030) ザ・ローリング・ストーンズ 「Off The Hook」
1965年

【寸評】 ストーンズの曲では、ほんとうはもっと好きな曲がたくさんある。では、なぜこの「Off The Hook」という地味な曲を選んだかというと、たまたまこの曲を採り上げた自分のブログがうまく書けたからだ。ストーンズとビートルズは、同じ時代に世界的なブームを巻き起こしたイギリスバンドのツートップだと思われがちだが、ビートルズはグローバルバンドであったとしても、私は基本的にストーンズはイギリスのローカルバンドだと思っている。それは彼らを低く見るからではなく、逆に、ストーンズの方こそ、その音づくりにイギリス的個性や特徴を色濃く反映させているからだ。神経質で、繊細で、傷つきやすいサウンド。タフでラフなロックを演奏するグループだと思われがちなストーンズサウンドの本質は、霧に包まれた北の島国らしい内省的な特徴を持っている。
http://campingcar.shumilog.com/2013/03/29/%e3%83%a2%e3%83%8e%e3%82%af%e3%83%ad%e3%81%ae%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%ba/
 
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031) ジェームス・テイラー 「Fire and Rain」
1970年


 
【寸評】 1960年代は、ロックの巨人たちの黄金時代だった。ビートルズ、ローリングストーンズ、クリーム、ジミ・ヘンドリックス、レッドツェッペリンが活躍した60年代というのは、まさに地球上を大型恐竜がのし歩くジュラ紀や白亜紀の時代だった。しかし、70年代に入ると、それまで恐竜たちの影に隠れて活動していた小さな哺乳動物たちがいっせいに表舞台に登場し始めるようになる。それが、キャロル・キングであり、エルトン・ジョンであり、キャット・スティーブンスであり、カーリー・サイモンであったりした。そして、その代表格がジェームス・テイラーだった。ロックやソウルのヒット曲を追い続けていた頃、私の耳にジェームス・テイラーの曲は入ってこなかった。しかし、あるとき、彼の歌が突然耳に届いたのである。ロックやソウルとはまったく異なる世界からやってきた新鮮な音として。それは夏の白昼を揺るがしていたセミの声がいつのまにか鳴り止み、秋の虫の声に代わっていたことに気づいた晩のようだった。1970年代の中頃、ジェームス・テイラーを聞くようになって、ようやく自分の青春時代が終わったことを私は悟った。
http://campingcar.shumilog.com/2012/07/22/%e3%83%95%e3%82%a1%e3%82%a4%e3%82%a2%e3%83%bc%ef%bc%86%e3%83%ac%e3%82%a4%e3%83%b3/
 
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032) マジック・サム 「ストップ・ユア・ハーティング・ミー」
1968年


 
【寸評】 学生時代に、慶応大学の三田校舎で開かれた学園祭で、ウエストロード・ブルース・バンドという京都出身のバンドの演奏を聞いた。40年以上も前の話である。そのとき私は、自分が一貫してこだわってきた音楽の正体が「ブルース」であることにはじめて気づいた。それまではずっと白人のブルースロックを中心に聞いていた。しかし、ブルースロックのコード進行やリズムの取り方が、「黒人ブルース」に基づいたものだということまでは、あまり意識していなかった。ところが、学園祭で “真っ黒な” ブルースを披露して聴衆を虜にしたウエストロードは、はっきりと、自分たちは「黒人ミュージシャンのカバーをやっている」と明言した。それをきっかけに、私は本物の黒人ブルースに興味を持つようになった。マジック・サムはそのウエストロードがよくコピーしていたブルースマンの一人。その代表的アルバムである『West Side Soul』と『Black Magic』の2枚から、私の本格的なブルース遍歴が始まった。
http://campingcar.shumilog.com/2013/12/01/%e3%83%96%e3%83%ab%e3%83%bc%e3%82%b9%e3%81%ab%e6%8a%b1%e3%81%8b%e3%82%8c%e3%81%a6%e7%9c%a0%e3%82%8b/

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033) ボブ・ディラン 「Like A Rolling Stone」
1965年

 

【寸評】 ボブ・ディランは、「ノーベル文学賞」をもらったことから分かるように、ミュージシャンでありながら、文学者であった。それは彼がつくり出した歌詞以上に、その歌声が証明していた。聴衆の耳に不協和音を注ぎ込むようなあの独特のだみ声。あんな声で歌われてしまえば、誰だって歌詞に何かの “意味” を求めてしまう。平易な言葉で綴られたやさしい歌詞でも、あのしゃがれた声でしゃくりあげるように歌われると、その言葉の底に、もっと深い意味が隠れているような気がしてくる。つまり、ボブ・ディランが歌い終わる前に、すでに聴衆は彼の歌から “文学” を受け取っていたのだ。けっきょく、そういう形で、彼の音楽はミュージシャン仲間や詩人たちや芸術家たちに影響を与え、音楽を「文化」に昇華させた。「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、そのことを象徴的に伝える金字塔的作品である。
http://campingcar.shumilog.com/2009/12/12/%e8%8d%92%e9%87%8e%e3%81%ae%e3%83%87%e3%82%a3%e3%83%a9%e3%83%b3/

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034) セリオン 「Blood Of Kingu (キングの血)」
2004年

 

【寸評】 「セリオン」は、スウェーデンのヘビーメタルバンド。トーマス・ヴィクストロムというスウェーデンの王立歌劇場のオペラ歌手がヴォーカルを取るという変わったバンドである。そういう音楽を「好きか?」と聞かれたら、あまり好きではない。そもそも私はヘビメタという音楽に興味がない。しかし、テレビでこのバンドの存在を知ったとき、ものすごく知的好奇心をくすぐられたことも事実。テレビで彼らの演奏を聞いたかぎりの私の理解では、ヘビメタというのはロックの発展形ではなく、むしろロック以前の、それこそ中世ヨーロッパの祝祭的な音楽文化への回帰だった。…… と書いたところで、大半の読者からは「何のこっちゃ?」と思われるだけだろうから、これ以上深くは言及しない。もし多少興味を感じていらっしゃる人がいたら下記の記事をどうぞ。
http://campingcar.shumilog.com/2011/10/10/%e3%83%98%e3%83%93%e3%83%bc%e3%83%a1%e3%82%bf%e3%83%ab%e3%81%a8%e3%82%aa%e3%83%9a%e3%83%a9/
 
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035) ティエラ 「Together」
1981年

【寸評】 もうダメ~! と、あまりの美しさに、身体がナヨナヨと崩れ落ちそうになる曲というものがある。その大半はメチャメチャに甘いソウルバラード系の曲なのだが、そういう曲がかかると、恥ずかしいことに、どんな場所にいても涙ぐんだりすることがあるのだ。別に何かの思い出と絡んだりしているわけではない。ただ暑いときに汗が出て、寒い冬には鳥肌が立つような生理的反応である。そんな曲の一つにソウルバラードの「Together(トゥギャザー)」という曲がある。もとは1967年にソウルグループのザ・イントルーダースがリリースした曲だが、1981年にラテン・ソウルバンドのティエラがリメイクして大ヒットとなった。とにかくイントロから切ないほどロマンチック。原曲のメロディーの良さにスイートなラテンフレーバーが絡んで、ああもうダメ! 泣くから誰かハンカチを。
http://campingcar.shumilog.com/2015/04/15/%E6%B6%99%E8%85%BA%E3%81%AE%E3%82%86%E3%82%8B%E3%82%80%E9%9F%B3%E6%A5%BD/
 
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036) エディ・ラビット 「Pour Me Another Tequila (テキーラをもう一杯)」
1979年

【寸評】 「大好き !」というほどではないにしろ、気づくといつのまにか口ずさんでいる曲というものがある。そういう歌は、やはり自分にとって心地よい歌なのだ。エディ・ラビットの「Pour Me Another Tequila (ポー・ミー・アナザー・テキーラ)」は、そんな曲のひとつ。アメリカの田舎町のバーカウンターに座り、目で夕陽を追いながら、別れた女を思い出しつつ、テキーラを喉に流し込む。そんな主人公の心情が、哀愁をにじませたメロディーから伝わってくる。
http://campingcar.shumilog.com/2013/07/03/good-time-charlie/
  
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037) ボビー・ウーマック 「I don’t Wanna Be Hurt By ya Love Again」
1974年

【寸評】 好みのメロディーというのは、時代や自分の年齢によって変わっていくことがある。しかし、好みのリズムというのは、生涯を通じてそれほど変わることがない。メロディーは「頭」で聞くが、リズムは「身体」で聞くからだ。つまり、メロディーは学習で習得するものだから、学習が深まれば、それに応じてその人の音楽体験も進化していく。「ハーモニー」などという西洋音楽の伝統的規範も、数学理論がベースになっているため、頭を使って身につけるようになっている。それに対して、リズムは、人間が母親の胎内にいるときに、母親の心臓を通して伝えられた最初の “生命の音” だ。すなわち生きる喜びを最初に伝えてくれた信号である。だから、一度自分好みのリズムを探し当てると、それがけっきょく生涯にわたっての「生きる喜び」を伝える音になる。私にとって、ボビー・ウーマックが歌うミディアムテンポのR&Bは、「生命の音」である。「I don’t Wanna Be Hurt By ya Love Again (傷つくのはもうごめん)」のイントロを最初に聞いたとき、自分は母親の胎内で生を受けたときのことを思い出した。…… 「思い出す」ってのはウソだけどさ(笑) … 。
http://campingcar.shumilog.com/2013/05/11/%e7%b5%82%e9%9b%bb%e3%81%8c%e8%a1%8c%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%80%81%e3%83%9c%e3%83%93%e3%83%bc%e3%81%ae%e6%ad%8c%e3%82%92%e8%81%9e%e3%81%8f/
 
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038) ジュリー・ロンドン 「クライ・ミー・ア・リバー」
1955年

【寸評】 ジャズのスタンダードバラードは、どれも「大人の音楽」という風格がある。若い頃、こういう音楽が流れるバーに女の子を連れ込めば、いかにも “大人の遊びを知っている男” を気取れそうな気になっていた。もちろんそれは錯覚だった。のみならず逆効果だった。そういう店についてきた女の子は、普段以上に、男の子に「大人」を求めるからだ。でも、二十歳前の若造に、甘さと苦さを巧みにバランスさせた大人の会話などできるはずもない。背伸びしたデートはことごとく失敗したが、おかげでジャズのスタンダードバラードの美しさだけは理解できるようになった。「Cry Me A River」はその頃に好きになった曲の一つ。一度は女を裏切った男が、再びその女のもとに戻ってきて復縁を迫る。そのとき、女は言い放つのだ。「ふん ! 今さら何よ。私を取り戻したいのなら、ここで川(リバー)のように泣いてみな」。歌詞は激しいが、アンニュイに満ちたメロディーはなかなか美しい。
http://campingcar.shumilog.com/2011/12/23/cry-me-a-river/

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039) ビヨンセ 「I‘d Rather Go Blind」
2008年

【寸評】 こんなに切ない表情の女性は見たことがない。映画『キャデラック・レコード』(2008年)で、R&B歌手のエタ・ジェイムスに扮したビヨンセが「I‘d Rather Go Blind」を歌うときの表情だ。エタ・ジェイムスは、一緒になれない愛人レーナード・チェス(チェスレコードの社長)が立ち会う最後のレコーディングに臨む。自分のことを愛していながら、それでも背中を見せて去っていくレーナード・チェスに対し、彼女は、別れの言葉の代りに、この歌を熱唱する。扉が閉まり、スタジオにもうレーナードの姿はない。それでも、閉じた扉を見つめながら歌い続けるエタ。このシーンを見ている観客の目にも、いつしか涙。
http://campingcar.shumilog.com/2011/09/17/%e3%82%ad%e3%83%a3%e3%83%87%e3%83%a9%e3%83%83%e3%82%af%e3%83%bb%e3%83%ac%e3%82%b3%e3%83%bc%e3%83%89/


  
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040) テッド・テイラー 「オンリー・ザ・ロンリー・ノウ」 
1971年


 
【寸評】 個人的な感覚でいうと、まさにこの曲などが、自分にとっての典型的なソウルバラードである。ここにはフィリー(フィラデルフィア)ソウルのような華麗さも、モータウンのような親しみやすさもないけれど、飲み物でいうところの「コク」がある。例えていえば、熟成させた “芋焼酎” をちびちびやる感じ。それに比べると、フィリーサウンドは甘めのカクテル。モータウンはハイボール。どちらも飲みやすいけれど、のど越し過ぎればあっさりと胃の中に消える。それに対し、テッド・テイラーのバラードは身体に吸収されるまでに、まず鼻が味わい、舌が味わい、喉が味わい、食道が味わい、胃が味わう。
http://campingcar.shumilog.com/2013/10/06/%e3%83%86%e3%83%83%e3%83%89%e3%83%bb%e3%83%86%e3%82%a4%e3%83%a9%e3%83%bc-%e3%80%8c%e3%82%aa%e3%83%b3%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%82%b6%e3%83%bb%e3%83%ad%e3%83%b3%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%83%8e/
 
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041) エンニオ・モリコーネ 「荒野の用心棒」
1964年

 

【寸評】 現在70歳ぐらいの人は、若い頃、ラジオなどを通じてこのメロディーをさんざん聞いたのではなかろうか。マカロニウエスタンの代表作『荒野の用心棒』のテーマソング。口笛、エレキギター、「♪エンヤトット」と歌っているような奇妙な掛け声。西部劇のテーマ曲としては何から何まで異色だった。メロディーは美しくとも、殺伐とした哀調を持つサウンドを聞いただけで、もうここには頼りになりそうな保安官とか、善良そうな町の人たちとか、そういう温かみを持った登場人物は出てこないんだな … と予想がつく。で、映画が始まると、思った通り、現れるのは、逃げる悪党(ギャング)と追う悪党(賞金稼ぎ)だけ。裏切りや人殺しのシーンばかり続く悲しいほど残酷な映画だ。でも、それがアメリカ製西部劇にはなかった緊張感を生み出して、無類に面白かった。
http://campingcar.shumilog.com/2013/01/18/%e3%83%9e%e3%82%ab%e3%83%ad%e3%83%8b%e3%83%bb%e3%82%a6%e3%82%a8%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%b3%e5%86%8d%e8%80%83/

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042) ステファン・グラッペリ 「Smoke, rings and wine (煙草とワイン)」
1978年

【寸評】 ジャズバイオリニストのステファン・グラッペリが演奏する曲は、どれもたとえようもないほど美しく、優しく、切ない。恋人同士には「感情の高ぶり」を。独り者には「恋に対する渇望」を。失恋者には「甘くセンチメンタルな思い出」を喚起させる。基本的には夕暮れを迎えてくつろぐときの音楽だ。村上春樹の小説に、『午後の最後の芝生』という短編があるが、その言葉を頭に浮かべつつ、夕陽を浴びた芝生の上に伸びる木立の影を眺めながら聞きたい。
http://campingcar2.shumilog.com/2017/05/24/%e6%9c%a8%e6%bc%8f%e3%82%8c%e6%97%a5%e3%81%ae%e4%bc%bc%e5%90%88%e3%81%86%e9%9f%b3%e6%a5%bd/

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043) ザ・フォートップス 「Ain’t No Woman (Like The One I’ve Got)」
1972年

【寸評】 1972年という年は、ソウルミュージックが頂点を極めた年だった。この年の5月、全米トップ10のうち、黒人系アーチストによるソウルミュージックが8曲も占めたのだ。そういった意味で、白人系ロックばかり聞いていた私にとって、この年は好みの音楽の転換点になった。72年にリリースされたフォートップスの「Ain’t No Woman (エイント・ノー・ウーマン)」は、マーヴィン・ゲイの「What’s Going on」とともに、当時私がもっとも聞き込んだ曲のひとつ。それは白人系ロックなどを足元にも寄せ付けない「洗練された大人の音」だった。ディープパープルやユーライアヒープの音が、小学生ぐらいの子供が聞く音楽に思えたものだった。
http://campingcar.shumilog.com/2007/02/04/%e3%82%a2%e3%83%95%e3%83%ad%e3%83%98%e3%82%a2%e3%81%ae%e5%b0%91%e5%a5%b3/
 
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044) オールマン・ブラザーズ・バンド 「ジェシカ」
1973年

【寸評】 オールマン・ブラザーズ・バンドの良さが分かったのは、自分が運転免許を持ってからである。つまり、「この手のロックはドライブミュージックだったのだ !」とはじめて合点がいった。この感覚は都会のディスコなどに入り浸って、ピカピカ光る壁に囲まれているときには絶対分からないものだった。車をあやつっているときに、右足のつま先を通じて伝わってくるエンジンの鼓動。フロントガラスにぶつかってくる風景が、次の瞬間パァっと左右に切り裂かれていくときのパノラマ感。そういうドライブの快楽が、オールマン・ブラザーズ・バンドのインスト曲にはものの見事に身体化されている。「ジェシカ」はそういったタイプの演奏の代表曲である。
http://campingcar.shumilog.com/2011/05/15/%e5%86%85%e7%87%83%e6%a9%9f%e9%96%a2%e3%81%ae%e9%bc%93%e5%8b%95/
 
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045) ザ・ライチャス・ブラザーズ 「You’ve Lost That Lovin’ Feelin’」
1964年

【寸評】 ザ・ライチャス・ブラザーズは、1962年に結成された白人男性2人によるソウル・デュオである。声質や歌う曲調があまりにも黒人っぽいので、「ブルーアイドソウル」(青い目のソウルミュージック)と呼ばれた。彼らの歌は、時代を超えていろいろな映画に使われることが多く、映画『ゴースト』(1990年)では「Unchained Melody」が。『トップガン』(1986年)では、「You’ve Lost That Lovin’ Feelin’(ふられた気持ち)」が挿入歌として使われ、ドラマの展開に重要な役を果たした。この「ふられた気持ち」は、カラオケで歌いたいと思って、いま練習中。
http://campingcar2.shumilog.com/2016/09/07/%e3%81%b5%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e6%b0%97%e6%8c%81%e3%81%a1/
  
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046) メリー・クレイトン 「Oh No、Not My Baby」
1973年

【寸評】 「Oh No、Not My Baby (ノット・マイ・ベイビー)」はキャロル・キングがソングライター時代の1964年に、R&B歌手のマキシン・ブラウンのために作った曲。1回聞いただけでも記憶に残るキャロルらしい華麗なメロディーを特徴としているため、ロット・スチュワート、アレサ・フランクリン、ダスティー・スプリングフィールドなど数多くの歌手にカバーされたほか、キャロル自身もセルフカバーを出している。しかし、私がいちばん好きなバージョンは、1973年に制作されたメリー・クレイトン版。LPへの収録はなくシングル盤のみの発売となったが、R&Bの王道を極めるようなこってりした仕上がりで、黒人ヴォーカルのだいご味がたっぷり堪能できる。
http://campingcar.shumilog.com/2012/12/24/%e3%83%8e%e3%83%83%e3%83%88%e3%83%bb%e3%83%9e%e3%82%a4%e3%83%bb%e3%83%99%e3%82%a4%e3%83%93%e3%83%bc/
 
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047) カントリー・コンフォート 「Sunlite Moonlite」
1976年


 
【寸評】 1970年代中頃、いっとき「ハワイアンロック」なるものが話題になったことがあった。そのブームに乗って、「セシリオ&カポノ」、「カラパナ」などいうグループが活躍したが、私のお気に入りは「カントリー・コンフォート」というバンドだった。このグループの曲はどれも、とにかく “けだるい” のだ ! レコードを買って、針を落としてみると、「ターンテーブルが故障したのかな?」と思えるくらい回転がゆるく感じられた。しかし、そのまのびした感じが、なんとも心地よかった。彼らの残した2枚のアルバムのうち、私が持っているのはそのファーストアルバムだが、これがまさに「睡眠薬」。アルバム全体を通じてアコースティックギターとハーモニー主体のスローテンポかミディアムテンポの曲が続き、まるで砂浜に寝そべって「波の音」を聞いている気分になる。だから、いつしか眠ってしまう。「心地よく眠れる」ということは、ある意味、人間がもっともリラックスしている状態に置かれているということだから、この「カントリー・コンフォート」のアルバムは、まさに究極のリラクゼーション・ミュージックといっていい。
http://campingcar.shumilog.com/2012/01/20/%e3%82%a2%e3%82%a4%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%89%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%ab/
 
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048) ジョス・ストーン 「Don’t Know How」 
2004年

【寸評】 「R&B」、あるいは「SOUL MUSIC」という言葉からリスナーがイメージする曲調は時代によって異なる。つまり、リスナーが最初にその曲に接したときに受けた印象がベースになっている。私がこの手の音楽に最初に触れたのは1960年代であり、のめり込んだのは1970年代初頭だった。この間、都会的なフィリーサウンドやポップな味わいのあるモータウンもよく聞いたが、ときどき無性に聞きたくなるのが、サザンソウルだった。そのサウンド的な特徴をいうと、「アーシー」。つまり泥臭さだ。しかし、泥臭さというのは、食べ物や飲み物でいえば “コク” でもある。舌で味わってからのどに流し込むときの「胃が焼ける」ような刺激。この “痛覚” を伴うような濃い味がサザンソウルの魅力である。2003年に17歳でデビューしたイギリス少女が放つ「ディープサウス」の輝き。張りのあるハスキーボイスで、70年代風のねちっこいR&Bを歌う初期のジョス・ストーンには、一時期完全にまいったことがある。
http://campingcar.shumilog.com/2012/05/24/%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%b9%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%bc%e3%83%b3/
 
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049) カール・ダグラス 「Kung Fu Fighting」
1974年


 
【寸評】 「ソウルミュージック」と「ディスコミュージック」の分岐点は、1975年にあると思っている。この年ヴァン・マッコイによる大ヒット曲「ハッスル」が生まれて、黒人音楽シーンが大転換を遂げた。私からいわせると、それはソウルミュージックの “美しさ” がフェイドアウトし、ディスコミュージックの “狂騒” が台頭したということになる。以降「怪僧ラスプーチン」(1978年)、「ハローミスターモンキー」(1978年)、「ジンギスカン」(1979年)と、ソウルミュージックとは無縁の幼稚園のお遊戯ソングの時代になっていく。ここに紹介するカール・ダグラスの「カンフー・ファイティング」が登場した1974年というのは、ソウルミュージック大転換前の微妙な時期に当たる。この年に大ヒットした同曲は、キワモノめいたチャイナモードのリズムのなかに、わずかだが正統派ソウルの格調を残している。その微妙な混ざり具合がけっこう楽しい。気に入っている曲である。
http://campingcar.shumilog.com/2012/07/10/%e3%82%ab%e3%83%b3%e3%83%95%e3%83%bc%e3%83%95%e3%82%a1%e3%82%a4%e3%83%86%e3%82%a3%e3%83%b3%e3%82%b0/
  
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050) バーニー・リードン&マイケル・ジョージアデス
    「Callin’ For Your Love」
 
1977年


 
【寸評】 イーグルスというバンドは、私より6~7歳ほど若い、つまりこの2018年に還暦を迎えるぐらいの人々から絶大な支持を受けている。「自分の青春の音だ !」と言い切る人までいる。しかし、私はイーグルスには(好きなグループではあるが)それほど熱狂しなかった。時代の差だと思う。同じカントリー/フォークの味わいを持つロックバンドを挙げるならば、イーグルスがデビューする前に、既にザ・バンド、ニール・ヤング(&クレイジーホース)、クリアデンス・クリアウォーター・リバイバル、CSN&Y、ドゥービー・ブラザースなどがいた。それらのバンドよりもイーグルスの方が優れているとは、私には思えない。しかし、1975年にイーグルスを脱退したバーニー・リードンがその2年後に友人のマイケル・ジョージアディスと組んで発表した『Natural Progressions(ナチュラル・プログレッション)』は、イーグルス人脈がつくり出したアルバムという意味では、“イーグルスの最高傑作” といえるほどの名盤である。本家のイーグルスは嫌がるだろうが、もし「イーグルス」の名でこういうアルバムを出していたら、私はかなり熱狂的なイーグルスファンになっていたはずだ。それほど全曲が素晴らしい。レイドバックした “のんびり感” のなかにカントリーの乾いた味もあり、フォークの抒情性もあり、ロックのタイト感もある。そしてメロディーがみな美しい。
http://campingcar.shumilog.com/2011/07/16/%e5%bf%98%e3%82%8c%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e3%82%82%e3%81%86%e3%81%b2%e3%81%a8%e3%81%a4%e3%81%ae%e3%82%a4%e3%83%bc%e3%82%b0%e3%83%ab%e3%82%b9/
 
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051) ニール・セダカ 「悲しき慕情」
1962年

【寸評】 ニール・セダカの「悲しき慕情」は、1960年代初期のアメリカンポップスを代表する名曲の一つ。1964年になると、外来種であるイギリスのビートルズが、「抱きしめたい」というオバケヒット曲をひっさげてアメリカに上陸し、在来種のアメリカンポップスを次々と駆逐していったが、ニール・セダカだけはビートルズの猛威をかいくぐり、さらに70年代のロックの時代も耐え忍び、1974年には「雨に微笑みを」で見事に全米チャートナンバー1に返り咲いている。ニール・セダカ復活の力となったのは、けっきょく彼の作曲能力の高さであった。それはこの1962年の「悲しき慕情」を聞くだけで伝わってくる。メロディーラインの取り方においても、コード展開においても、ビートルズを先取りしているばかりか、それよりも斬新なところがある。今聞いても、この曲は新鮮に聞こえる。
http://campingcar.shumilog.com/2014/10/29/%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e3%83%b3%e3%83%bb%e3%83%9d%e3%83%83%e3%83%97%e3%82%b9%e3%81%8c%e3%83%93%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%ab%e3%82%ba%e3%81%ab%e9%a7%86%e9%80%90%e3%81%95%e3%82%8c%e3%82%8b/
  
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052) マントヴァーニ・オーケストラ 「魅惑の宵」
1942年

 

【寸評】 1960年代に若者向けのポップスが登場する前のアメリカで人気を集めていたのは、ミュージカルの挿入歌かそのテーマンソングだった。1940年代~50年代を通じてアメリカ人の大衆娯楽を支えたミュージカルからは、数々のヒット曲が生まれ、それがポピュラーソングやジャズのスタンダードになっていった。「魅惑の宵」は、アメリカの代表的なミュージカルの一つ『南太平洋』で使われたいちばん有名な曲。甘いストリングスに包まれたロマンチックなメロディーは、ラジオやレストランのBGMに使われ、1950年代には毎日街角のどこかで流れていた。だから、私にとってこの曲は、幼少期に両親にデパートの食堂に連れて行ってもらったときのテーマソングみたいなものだった。当時、デパートの食堂でご飯を食べるというのは、庶民にとってはそうとう贅沢なイベントだった。デパートの方もそれを意識して、高級感を損なわないような “優雅な” BGMを流すことに神経をつかった。「魅惑の宵」なら、まず間違いはなかろうという供給側の判断もあって、1950年代においては、この曲は「贅沢な空間で食べる高級な食事」の “代名詞” 的存在であった。
http://campingcar.shumilog.com/2009/03/01/%E5%A4%A7%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%81%8B%E3%81%AE%E5%9B%BD/

 
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053) デヴィッド・バーン 「きっとここが帰る場所」
1984年

【寸評】 2011年に公開されたショーン・ペーン主演の映画『きっとここが帰る場所』で、そのテーマソング的な扱い方をされたのがこの曲だ。リードボーカルを取っている「トーキングヘッズ」のデヴィッド・バーンは、役者としても登場し、重要な役を演じている。私は、80年代のロックにはほとんど思い入れを持たずに過ごしてきたので、デヴィッド・バーンのこの曲も、映画を見てはじめて知った。いい曲だと思った。バシャッバシャッと小気味よく跳ねるスネアの音にマリンバの音が絡み、とてもエキゾチックなリズムが生まれている。映画(と曲)の原題は「This Must Be The Place」だから、「帰る」というニュアンスはない。しかし、この原題を「帰る場所」と意訳した翻訳者のセンスは素晴らしい。「帰る」という言葉が入ることによって、タイトルから哲学的な<問>が立ち上ってくる。それが映画にも、また挿入された原曲にも味わい深い陰影を与えている。
http://campingcar.shumilog.com/2013/11/04/%e3%81%8d%e3%81%a3%e3%81%a8-%e3%81%93%e3%81%93%e3%81%8c%e5%b8%b0%e3%82%8b%e5%a0%b4%e6%89%80/
 
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054) ザ・ローリング・ストーンズ 「Everybody Knows About My Good Thing (Blue and Lonesome)」
2016年

【寸評】 2016年に発表されたザ・ローリング・ストーンズの唯一のブルースアルバム。ストーンズというバンドは、デビュー当時からブルースやR&Bを自分たちの音楽活動の中心に据えてきたグループだが、全曲ブルースで統一したアルバムというの、実はこれがはじめてだという。で、聞いてみると、これがまたいいのだ ‼ 。バンドとして50年以上の活動を続けてきて、「ようやくブルースにたどりついた」という感じなのだ。ここには、ブルースの波動がある。ブルースの「うねり」が。ブルースの「ねばり」が。つまりブルースの「グルーブ」がある。こういう音を出せるようになるまでに50年かかったということなのだろうか。それとも、最初からこのくらいの音なら出せたのに、「ストーンズ・サウンドというオリジナリティ」にこだわったため、あえてこういう音作りを避けてきたのか。いずれにせよ、ここには非常に成熟した大人の風格を持ったブルースが生まれている。
http://campingcar2.shumilog.com/2017/12/05/%e3%82%b6%e3%83%bb%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%ba%e3%81%ae%e3%83%96%e3%83%ab%e3%83%bc%e3%82%b9/
 
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055) 映画『バルジ大作戦』 「パンツァーリート(戦車兵の歌)」
1965年

【寸評】 1965年に公開された『バルジ大作戦』というアメリカ映画は、ナチスドイツと連合軍の戦車バトルを描いた作品として、今なお人気が高い。もちろんアメリカ映画だから、連合軍の将校役にはヘンリー・フォンダ、チャールズ・ブロンソン、ロバート・ライアンなどの往年のハリウッドスターがずらりと顔をそろえている。しかし、大半の観客にとって、この映画の主役といえば、それは憎たらしい敵役として登場するナチス将校のヘスラー大佐(ロバート・ショー)であり、映画でもっとも脚光を浴びた曲は、ドイツ戦車兵の歌「パンツァーリート」なのだ。どうしてそういうことになってしまったのか。アメリカの映画制作者たちの誤算であったのか。それとも、最初からドイツ将校の方をカッコよく描こうという意図があったのか。おそらく映画制作者たちの思惑を上回るほど、ナチス将校を演じたロバート・ショーの演技が素晴らしかったのだ。そして、その彼の演技力によって、単なる挿入歌でしかなかった「パンツァーリート」というドイツ兵たちの歌が、神が降臨するような輝きを獲得してしまったのだ。
http://campingcar2.shumilog.com/2016/04/13/%E3%80%8E%E3%83%90%E3%83%AB%E3%82%B8%E5%A4%A7%E4%BD%9C%E6%88%A6%E3%80%8F%E3%80%80%E7%94%B7%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%81%AF%E3%81%93%E3%82%93%E3%81%AA%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%AB%E6%B3%A3%E3%81%8F/
 
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056) シド・ヴィシャス 「マイウェイ」
1978年

【寸評】 パンクロックとは無縁な人生を過ごしてしまった。パンクを受容するには、やはり若さが必要となる。「社会」や「政治」や「文化」に対する違和感、嫌悪感、飢餓感、焦燥感がないとパンクロックは受容できない。それらはみな若さが生み出す感性だからだ。世にパンクがはびこり始めた時代、私はもう30歳に近づいていて、世の中の「社会」「政治」「文化」に必死に適合しようとしていた。つまりバンク的感性から遠ざかろうとしていたのだ。ただ、今こうやってこの時代のパンクを振り返ってみると、あれは一種の思想運動もしくは芸術運動であったと思う。思想運動・芸術運動が世の中に浸透するには、まず何よりも運動推進者がカッコよくなければならない。シド・ヴィシャスは、パンクの神がこの世に遣わしたメシア(救世主)としてのカッコよさを身に着けていた。だから、彼の早世は、メシアとしての殉教であったかもしれない。
http://campingcar.shumilog.com/2008/03/08/%E3%82%B7%E3%83%89%EF%BC%86%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%BC/

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057) マイルス・デイビス 「In A Silent Way」
1969年

【寸評】 マイルス・デイビスの「イン・ア・サイレント・ウエイ」は、楽器で書いた “詩” である。普通のジャズが “散文” ならば、「イン・ア・サイレント・ウェイ」は詩の論法で構成されている。つまり、フレーズのあちこちに、レトリックでいうところの隠喩、換喩、直喩が散りばめられており、単純なロジックで捉えられるものは何一つない。それはもう「夢の世界」といってもかまわない。曲に付けられたタイトルにも凄みがある。「静まり返った道の真ん中で」。… いったいその道はどこに向かっているというのだろうか? それに答える者は周囲に誰一人おらず、ただただ冷たい沈黙が地平線の彼方まで覆っている。この曲は、タイトルも含め、聴衆をこの世を超えた世界に導こうとしている。こんな曲が、1969年に生まれていたということに、ただただ驚くばかりである。
http://campingcar.shumilog.com/2013/01/05/in-a-silent-way-%ef%bc%88%e9%95%b7%e7%80%9e%e3%81%ab%e8%a1%8c%e3%81%8f%ef%bc%89/
 
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058) ザ・マンハッタンズ 「Am I losing you」
1978年

【寸評】 70年代に活躍したソウルコーラスグループで、もっとも都会的に洗練された歌を聞かせてくれたグループといえば、このザ・マンハッタンズ以外に考えられない。そもそもSoul Music というのは、どんなに洗練させようが、黒人音楽独特のアーシーな感触が体臭のように残ってしまうものだ。しかし、ザ・マンハッタンズだけはそれがない。このグループの曲が流れる空間を想像したとき、真っ先に浮かぶのは、街の夜景が見渡せる照明を落としたバーラウンジだ。そういった意味で、このグループの曲は、「洒落た夜景」「洒落たカクテル」「洒落た会話」「洒落た恋」を楽しむ時の最高のBGMとなる。
http://campingcar2.shumilog.com/2015/12/04/%e3%82%ad%e3%83%a3%e3%83%b3%e3%83%94%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%82%ab%e3%83%bc%e3%81%af%e5%8a%87%e5%a0%b4%e7%a9%ba%e9%96%93%e3%81%a7%e3%81%82%e3%82%8b/

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059) スタッフ 「And Here You Are」
1977年

【寸評】 「スタッフ」は、名うてのスタジオミュージシャンたちによって構成されたフュージョンバンドである。ただ私はフュージョンにはあまり興味がなかったので、彼らの演奏もこの「And Here You Are」の1曲しか知らない。しかし、この曲だけは大変気に入っている。夜の静けさを感じさせる涼しげなメロディーのなかに、満天の星の輝きも、夜風の心地よさも、すべて詰まっている。曲調は、ときにセンチでメランコリックな響きを持ち、ときにハートウォーミングな優しさを伝えてくる。こんな豊かな “表情” をもった曲はめったにない。一人ぼっちの寂しさを癒すときにも、誰かと愛を分かち合うときにも使える魔法の曲だ。
http://campingcar.shumilog.com/2015/03/17/%e3%82%ad%e3%83%a3%e3%83%b3%e3%83%94%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%82%ab%e3%83%bc%e3%81%a8%e5%a4%9c%e6%99%af%e3%81%a8%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e3%81%ae%e7%9b%b8%e9%96%a2%e9%96%a2%e4%bf%82/

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060) ハリー・ベラフォンテ 「拳銃の報酬」
1959年

【寸評】 親父に連れられて、映画『拳銃の報酬』を観たのは、9歳のときだった。映画のなかで進行しているストーリーの半分も理解できなかった。ただ、モノクロの画面に流れるクールなジャズ、煙草の煙がたなびくナイトクラブの情景、そこで働く黒人女たちの投げやりな表情など、はじめて見る「大人の世界」は強烈に脳裏に沁み込んできた。もしかしたら、私がそれ以降「大人の世界」という言葉から連想する「ジャズ」「煙草」「モノトーンの酒場」などといったイメージは、すべてこのときに醸成されたものかもしれない。映画のなかで、ハリー・べラフォンテがヴィブラファンを叩きながら歌うシーンがある。彼は借金苦から抜け出すために、犯罪にまで手を出さなければならない状況に追い込まれている。そういう人間が歌う歌(ジャズ)は、私が日頃聞いている音楽とはまったく異なるものだった。そのとき、世の中には「童謡」や「唱歌」とは違う音楽があることを9歳の私は悟った。
http://campingcar.shumilog.com/2008/03/09/%e6%8b%b3%e9%8a%83%e3%81%ae%e5%a0%b1%e9%85%ac/
 
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061) ライ・クーダー 「アクロス・ザ・ボーダーライン」
1981年


 
【寸評】 「アクロス・ザ・ボーダー・ライン」は、1981年に公開された映画『ボーダー』(ジャック・ニコルソン主演)のテーマ・ソングである。これを作ったライ・クーダーは、その後もいくつかのバージョンを発表し、いってしまえばライ・クーダーの代表作の一つともいえるような曲になった。全編に漂うのは、“南国の空気感” 。つまりアメリカの国境を越えて、メキシコに下ると、そこには「甘くけだるい土地が広がっているよ」とささやく曲だ。もとよりそれはアメリカ人の願望と幻想にすぎない。しかし、その幻想が長い間疲れたアメリカ人たちに “現実逃避” の夢を与えてきた。ライ・クーダーの曲もけっきょく現実逃避の音楽にすぎないのだが、だからこそ、それはてつもなく甘美で切ない。
http://campingcar.shumilog.com/2013/07/28/%e3%82%a2%e3%82%af%e3%83%ad%e3%82%b9%e3%83%bb%e3%82%b6%e3%83%bb%e3%83%9c%e3%83%bc%e3%83%80%e3%83%bc%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%b3/

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062) ZZ トップ 「I Thank You」
1979年

【寸評】 ZZ トップは、テキサス出身の3人組ロックバンド。私が “サザンロック” という言葉を耳にしたときに、最初に認知したバンドだ。写真を見ると、テンガロンハットをかぶったヒゲ面、そしてサングラス。いかにも人種的偏見に満ちた頑迷固陋(がんめいころう)の “ならず者” 集団に見えた。が、しばらくして、そういうビジュアルづくりはショーアップを意図したものであって、本質的にはお茶目なサービス精神を持つ人々であることを知った。彼らの音の特徴は、ハードなブギのリズムの繰り返しにあり、大音量で聞いていると、次第に脳髄がマヒして、どんどんハイになっていく。「I Thank You」は、その典型だ。
http://campingcar.shumilog.com/2007/11/01/%e3%83%8f%e3%82%a4%e3%82%a6%e3%82%a7%e3%82%a4%e9%9f%b3%e6%a5%bd/
 
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063) マリアンヌ・フェイスフル 「かわいい小鳥」
1965年

【寸評】 フォーク調のメロディーで構成されたシンプルな曲。しかし、そのなかには、秋の夕暮れに包まれていくようなメランコリーが潜んでいる。行き場を失ったさびしさだけが、曲のまわりをぐるぐる回っている。勝手なイメージの反映かもしれないが、そこには、ポップスターとしての人気を獲得し、映画女優としても評価され、さらにはミック・ジャガーの恋人として幸せなスタートを切ったマリアンヌ・フェイスフルが、人生の後半において神経を病み、低迷していく姿が暗示されているような気もする。もちろんラジオから流れてくるこの歌を聞いていた中学生の私には、彼女をその後襲う悲哀など知るよしもない。ただ、思春期らしい感性で、「美しくもさびしい歌だな …」としんみり聞いていた程度だ。しかし、この曲には、人類共通の哀しみが宿っているような気もした。すなわち人間から見ると、うらやましいほど自由に空を飛んでいるはずの鳥が、けっして幸せでもないという事実を知ったときの悲哀のようなものが。

http://campingcar.shumilog.com/2012/04/10/%e9%b3%a5%e3%81%ae%e6%ad%8c/

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063) CSN&Y 「Teach Your Children (ティーチ・ユア・チュルドレン)」
1970年

【寸評】 ポピュラーソングのなかで「カントリーミュージック」というのが嫌いだった。ブルース系やR&B系といった黒人音楽が好きだったから、カントリーはその対極にある “能天気で退屈な白人の音” にすぎなかった。その認識が改まったのは、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)の「ティーチ・ユア・チュルドレン」を聞いてからである。「ほのぼのとしていいなぁ !」と思ったのだ。60年代にはまだ白人と黒人の人種対立の構図がアメリカに残っていたが、そういう人種の “壁” のようなものを超え、人間として「温かい気分」になれそうな音に思えた。それというのも、けっきょくは作詞・作曲を担当したグラハム・ナッシュの才能に負うところが大きい。いい曲は人種の壁や偏見を超える。口ずさんでいると、思わず笑みがこぼれてきそうな曲である。
http://campingcar.shumilog.com/2007/05/29/%e5%90%89%e7%a5%a5%e5%af%ba%e3%83%93%e3%83%bc%e3%83%90%e3%83%83%e3%83%97/

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064) サンタナ 「ネシャブールのできごと」
1970年

【寸評】 カルロス・サンタナも息の長いアーチストである。1966年にバンドデビューをはたしてから今日まで、ロックギタリストとして常に先端で活動している。ときに歌謡曲路線(「哀愁のヨーロッパ」)に走ったり、神がかり志向を強めたりして振幅の激しいところを見せるが、アルバム『シャーマン』(2002年)あたりの音はけっこう好きだ。それでも、私から見たサンタナの代表作といえば『アブラクサス Abraxas(天の守護神)』(1970年)になってしまう。それに続く『サンタナⅢ』(1971年)、『キャラバンサライ』(1973年)あたりまでが私の好みだ。『アブラクサス』を知ったのは、今はなき吉祥寺のロック喫茶「ビーバップ」だった。アルバム中には「ブラック・マジック・ウーマン」、「オエ・コモ・バ」、「君に捧げるサンバ」、「ホープ・ユー・フィーリング・ベター」のような親しみやすい曲調のものもあったが、歌の入らないインストものにはとまどった。ロックとジャズとラテンにプログレ的な音が混じったなんとも奇怪な音を聞いたと思った。しかし、それが同時に非常に高度な演奏テクニックによるものであることはすぐに分かったし、まぎれもなく新しいロックを感じさせるものがあった。特に「ネシャブールのできごと」は、前半の強烈なラテンビートを効かせた荒々しい音と、後半のスイートなメロディーの対比が鮮やかで、魅せられた。甘い旋律を奏でるときのサンタナのギターは、リリカル(抒情的)で、エロティック(官能的)。こんなに甘い音を出すギタリストも珍しい。
http://campingcar.shumilog.com/2007/05/29/%e5%90%89%e7%a5%a5%e5%af%ba%e3%83%93%e3%83%bc%e3%83%90%e3%83%83%e3%83%97/

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065) シカゴ 「イントロダクション」
1969年

【寸評】 「シカゴ」は1969年にデビューして以来、メンバーが少しずつ変わりながらも、21世紀になっても、ロックの最前線で活躍しているバンドだという。しかし、私は2000年以降のシカゴがどんな音楽を手掛けているのか、まったく知らない。というか、1970年以降のシカゴにはほとんど興味がない。私にとって、「シカゴ」といえば、この1969年の「シカゴの軌跡」がすべてである。1960年代のアメリカのロックバンドは、みなベトナム戦争に反対したり、時の政権を批判したりする傾向を強めていたが、このシカゴほど強烈な政治的メッセージを発信したグループはほかにいなかった。にもかかわらず、これほどポップで親しみやすいメロディーとノリの良いグルーブ感をともなうサウンドを作り得たグループもまたなかった。シカゴは、本アルバムでその背反する要素を見事に両立させ、まさに(軌跡ならぬ) “奇跡” を実現したバンドであった。1曲の演奏時間がそうとう長い2枚組にもかかわらず、聞いていてまったく飽きない。特に(レコードでいえば)1枚目のA面からB面にかけて、つまり、「イントロダクション」、「いったい現実を把握している者はいるだろうか?」、「ビギニングス」、「クエスチョンズ67/68」、「リッスン」、「ダイアローグ」と続くきらめくような音の流れに身を任せていると、いつしか忘我の境に引きずり込まれる。どれも歴史に残る名曲と言い切ってかまわない。70年後半から80年代にかけて、このバンドの音作りはどんどんAOR的なバラード路線に移行していくが、たぶんそれは「シカゴ」という名前だけ借りた別バンドである。
http://campingcar.shumilog.com/2007/05/29/%e5%90%89%e7%a5%a5%e5%af%ba%e3%83%93%e3%83%bc%e3%83%90%e3%83%83%e3%83%97/

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066) ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー(withジャニス・ジョプリン)
「Combination Of The Two」

1968年

【寸評】 「ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー」というバンドは、ジャニス・ジョプリンをこの世に出すために存在したバンド … と言い切ったらあまりにも失礼かもしれないが、正直にいえば、そういうところがある。バンドの結成は1965年。サンフランシスコのローカルバンドの一つでしかなかった。ところが、翌年にジャニス・ジョプリンがリードシンガーとして参加するようになり、ボイラーに火が投じられることになった。つまり「女神」が降臨したのだ。彼女の起こした奇跡によって、ホールディング・カンパニーのアルバム『チープ・スリル』は1968年のアルバム売上で全米ナンバーワンを記録する。アルバム1曲目からジャニスのパワーは全開。荒っぽいながらもキレの良いギターカッティングを背景に、猛獣の咆哮のようなジャニスのシャウトが炸裂する。小気味よいリズムでグイグイ引っ張っていくこのサウンドに、1960年代のアメリカンロックの真髄が宿っている。
http://campingcar.shumilog.com/2007/05/29/%e5%90%89%e7%a5%a5%e5%af%ba%e3%83%93%e3%83%bc%e3%83%90%e3%83%83%e3%83%97/

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067) CCR (Creedence Clearwater Rivival) 「ダウン・オン・ザ・コーナー」
1969年

【寸評】 「ダウン・オン・ザ・コーナー」は、豪快でおおらかなサウンドを奏でるCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイバル)が1969年にリリースした4枚目のアルバム『Willie And The Poor Boys (ウィリー& ザ・プアボーイズ)』に収録された1曲。「コットン・フィールズ」と並んで大ヒット曲となった。このアルバムは、ビートルズの『サージェントペッパー・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』と同じように、ウィリー& ザ・プアボーイズという架空のバンドが南部の町々を流していくというコンセプトアルバムになっている。狙い通り、いかにも “南部っぽい” 土臭さが漂うサウンドで統一されているが、もともとCCR自体がウエストコーストのバンドだけあって、アーシーなサウンドを志向しても、どこか爽やかさが残ってしまう。私は最初そのへんに頓着していなかった。しかし、後にオールマン・ブラザーズバンドやマーシャルタッカー・バンドなどの本格的サザンロックを聞いて、ようやくCCRと、土着の南部ロックの差が理解できた。しかし、多くの日本人リスナーにとっては、CCRの泥臭さの方が、たぶん「アメリカ南部の音」として評価されるのではないかという気がしている。
http://campingcar.shumilog.com/2007/05/29/%e5%90%89%e7%a5%a5%e5%af%ba%e3%83%93%e3%83%bc%e3%83%90%e3%83%83%e3%83%97/

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068) イッツ・ア・ビューティフル・デイ 「ホワイト・バード」
1968年

【寸評】 イッツ・ア・ビューティフル・デイは、1960年代にジェファーソン・エアプレインなどと並んで、サンフランシスコで活躍したロック・バンド。その名を広く知られるようになったのは、69年にファースト・アルバム「It’s A Beautiful Day」を発表してからだ。そのなかに収録された「ホワイト・バード」は、アルバムジャケットの “青空” と、バンド名の「イッツ・ア・ビューティフル・デイ」という言葉を、まさに曲で表現したような爽やかなサウンドを実現し、彼らの代表作となった。男性と女性のツインヴォーカルによるハーモニーが奏でる美しい旋律。たゆたうようなのどかなリズム。間奏部分を埋めるバイオリンの音が素晴らしい。 
http://campingcar.shumilog.com/2012/04/10/%e9%b3%a5%e3%81%ae%e6%ad%8c/

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069) ヴァニラ・ファッジ 「キープ・ミー・ハンギング・オン」
1967年

【寸評】 元歌はモータウンの女性グループ「シュプリームス」の大ヒット曲である。そのエモーショナルな人間の歌声を、ぶ厚いオルガンの “人工音” に変換し、サイケ調リズムで補強したのが、ヴァニラ・ファッジの「キープ・ミー・ハンギング・オン」だった。この斬新な音にびっくりしたリスナーたちが、ロックの新しい時代が来たこと告げる言葉として、「ニューロック」、「サイケデリック・ロック」、「アートロック」などという言葉を次々と考案した。それらはみな死語となったが、現在なら「プログレッシブ・ロック」という一言で片付くかもしれない。
http://campingcar.shumilog.com/2007/05/10/60%e5%b9%b4%e4%bb%a3%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%af/

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070) ジェファーソン・エアプレイン 「Somebody To Love(あなただけを)」
1967年

【寸評】 60年代ロックの黎明期を象徴するバンドがジェファーソン・エアプレイン。大ヒットした「Somebody To Love(あなただけを)」は、彼らの代表作であるばかりでなく、60年代ウエストコーストサウンドを代表する曲でもある。「サイケデリック・サウンド」とも呼ばれるドラッグ文化の影響を受けた音づくりだが、それでいて、西海岸的な爽やかさもある。リードヴォーカルをとるグレイス・スリックはこの曲で、いちやくヒッピームーブメントを代表する “女神” として人気を博した。
http://campingcar.shumilog.com/2007/05/10/60%e5%b9%b4%e4%bb%a3%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%af/

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071) ザ・ドアーズ 「ストレンジ・デイズ」
1967年

【寸評】 ドアーズの2枚目のアルバム『まぼろしの世界』のトップを飾る曲。すでに「ハートに火をつけて」の大ヒットで世界的な人気バンドになったドアーズのサウンド的特徴が、この曲には非常によく表れている。UFOが虚空を飛んでいくようなサウンドを奏でるオルガンの伴奏を背景に、ジム・モリソンが “神官のご託宣” のようなおごそかな声を響かせる。この頃のジム・モリソンの風貌には、旧約聖書の預言者のような影が漂っている。キリストに洗礼を授けたというヨカナーンが現代に復活してきたら、おそらくこんな顔をしているのではあるまいか。オスカー・ワイルドの物語に出てくるヨカナーンは、舞姫サロメのリクエストにより、ヘロデ王によって首をはねられる。ジム・モリソンの早世は、そういう聖書のエピソードを思い出させる。
http://campingcar.shumilog.com/2007/05/10/60%e5%b9%b4%e4%bb%a3%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%af/

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072) ビル・エヴァンス 「My Foolish Heart」
1962年

【寸評】 その旋律の美しさで、あまりにも有名なジャズバラード。邦題は「愚かなり我が心」。もともとは1949年に公開された同名映画の主題歌で、フランク・シナトラ、トニー・ベネットなども歌っているスタンダード曲である。しかし、今日「My Foolish Heart」という曲名で誰もが思い浮かべるのは、ビル・エヴァンスのピアノバージョンだろう。リリカル(抒情的)で、ソフィストケイト(繊細)されていて、スイート(甘美)。壊れやすい状態のまま美の極致にまで昇華したガラス細工のような演奏。薬物の乱用で健康体を維持するのも困難な日々を送った人だが、その命の炎をすべて自らのプレイに燃焼させたという感がある。ビル・エヴァンスの代表曲であるばかりでなく、広くジャズ・バラードの代表曲。
http://campingcar.shumilog.com/2014/01/03/%e3%83%9f%e3%83%83%e3%83%89%e3%83%8a%e3%82%a4%e3%83%88%e3%83%bb%e3%82%af%e3%83%ab%e3%83%bc%e3%82%b8%e3%83%b3%e3%82%b0/  
 
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073) US3(アススリー) 「Cantaloupe (カンタループ)」
1992年

【寸評】 この曲は、テレビCMで知った。20年ぐらい前の話か。「MORIMOTO」という不動産関係の会社のCMだったと思う。実にクールな音 ! 久しぶりにカッコいいジャズを聞いたと思った。CMが伝えようとした商品情報よりも、音楽だけが記憶に残った。さっそくCD屋に足を運び、店員にいろいろ調べてもらってアルバムを手に入れた。演奏者は「US3(アススリー)」というジャズ・ラップ・グループ。ハービー・ハンコックがブルーノート時代に残した「Cantaloupe Island」をサンプリングして、ヒップホップのフロウ(言い回し)を被せた曲なのだが、まぁ、なんともいえないハイセンスな仕上がりになっている。もちろん原曲の素晴らしさに負うところが大きいのだが、その原曲の良さを、さらに現代風にアレンジして、シャープさを強調したのが本曲。このCDを手に入れてからは、毎日しばらくこれだけを聞いていた。
http://campingcar.shumilog.com/2008/04/10/%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%82%ba%e3%82%92%e8%81%b4%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%8c%e3%82%89/
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074) ホレス・シルバー 「ソング・マイ・ファーザー」
1964年

【寸評】 ジャズにはそれほど詳しくないので、このホレス・シルバーというピアニストが1960年代にどういう活躍をした人なのか、よくは知らない。ただ、この曲は大好きである。何がいいかというと、まずメロディーが楽しいし、覚えやすい。ジャズは、どんな名曲といわれるものでも、しょっぱなのテーマ演奏が終わって個々のプレイヤーのソロパートに移ると、主旋律がどんどんボヤけてしまう。ま、ジャズというのは、個々のプレイヤーのアクロバティックなインプロビゼーションを楽しむ音楽だから、主旋律を奏でることなんかよりも、アドリブパートの冴えが大事なんだけど、そういう “ジャズのだいご味” を楽しめるまで耳が肥えていない素人の場合、そこがちょっととっつきにくい。だけど、この「ソング・マイ・ファーザー」は、けっこうメロディーパートが長く続くし、ピアノのインプロビゼーションもきれいなので、甘さが長い時間持続するガムを噛んでいるような気持ちになる。とても心地よい曲だと思っている。
http://campingcar.shumilog.com/2008/04/10/%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%82%ba%e3%82%92%e8%81%b4%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%8c%e3%82%89/

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075) ウィントン・マルサリス 「Sister Cheryl (シスター・シェルリ)」
1982年

【寸評】 どうもジャズのリズムのなかで、私好みのリズムというものがあるらしく、ふと気づくと同じリズムの曲ばかり気に入って語っているような気がする。概して、ゆったりしたミディアムテンポで奏でられる、3拍子とか4分の5拍子などといった変拍子のリズム。そこから生まれるエキゾチックな味わい。これが好きでたまらない。私には、正統的なフォービートの疾走感よりも、変拍子の “足踏み感” に心を奪われる傾向があるようだ。そういった意味で、このウィントン・マルサリスの「シスター・シェルリ」などという曲は、私にとって理想的なテンポとリズムを持った曲だ。ベースはロン・カーター。ドラムスはトニー・ウィリアムス。そしてピアノがハービー・ハンコック。誰がいったか “黄金のリズム隊” 。けっきょくこのベテランの才人たちがサイドメンとして脇を固めたからこそ、無類に心地よいリズムが生まれているのだろうと思う。トランペットを吹いているウィントン・マルサリス自身が、たぶんそのことをいちばん強く感じているはず。だからこそ、このアルバム(『ウィントン・マルサリスの肖像』)のこのテイクは、リスナーに至上の快楽を提供できるのだ。
http://campingcar.shumilog.com/2008/04/10/%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%82%ba%e3%82%92%e8%81%b4%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%8c%e3%82%89/

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076) デイブ・ブルーベック・カルテット 「テイクファイブ」
1959年

【寸評】 最初に買ったジャズのレコードが、この「テイクファイブ」だった。中学生のときだ。私にかぎらず、今のシニア世代には、この曲からジャズに親しむようになったという人は多いのではなかろうか。それほど、当時のラジオからよく流れていた人気曲だ。ヒットの要因は、“クールさ” にある。ポール・デスモンドの吹くアルトサックスの音色は、この時代のどんなポピュラーソングにも、クラシックにも、もちろん歌謡曲にもなかった。僕らの世代は、ラジオを通じてホットなアメリカンポップスに慣れ親しんでいたので、暑苦しい音楽には免疫ができていた。しかし、「テイクファイブ」の音色は、真夏日にひんやりした氷を肌に押し付けられたような感触だった。当時は、この「クールさ」を理解することが、大人に近づく第一歩のように思えたものだった。
http://campingcar2.shumilog.com/2018/06/17/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%BA%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%A4%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%A4%A7%E4%BA%BA%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD/
 
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077) マイルス・デイビス 「死刑台のエレベーター」
1957年

【寸評】 『死刑台のエレベーター』は、フランス映画の巨匠ルイ・マル監督が1957年に制作したサスペンス映画。封切り後、モーリス・ロネとジャンヌ・モローという2人の映画俳優の代表作ともなった。映画がヒットした要因の一つに、サウンドトラックを担当したマイルス・デイビスの力がある。まさに “絵に描いたような !” 犯罪映画のテーマ曲にふさわしい演奏で、多くの人が、映画を見る前から、もうその作品の雰囲気を肌で感じてしまったという逸話が残っている。不倫の恋を成就させたいマダムとその愛人が計画する完全犯罪。しかし、完璧だったはずの計算は少しずつ狂っていく。そのときの女主人公ジャンヌ・モローの心をよぎる不安。輝くネオンの底に沈む夜の深さ。孤独とメランコリー。マイルスのトランペットは、そんな絶望の淵にたたずむ人間の心理を余すところなく描き切る。サスペンス映画史上最大のヒット曲であると同時に、ジャズ史に残る名作。
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078) アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ 「危険な関係のブルース
1959年

 

【寸評】 ロジェ・バディム監督による『危険な関係』は2回映画化されたが、その1作目は1959年に制作された。そのサウンドトラックを担当したのがアメリカのジャズバンド「アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ」だった。この時代、アート・ブレイキーは、ベニー・ゴルソンという作曲家 兼 アレンジャー(サックスも吹く)とコンビを組み、さらにトランぺッターのリー・モーガン、ピアニストのボビー・ティモンズなどもバンドに加えて、黄金時代を築き上げていた。大ヒット曲の「モーニン」などが生まれたのもこの頃。映画『危険な関係』のテーマは、そんなアート・ブレイキー楽団の最も脂ののった時代のサウンドを伝えてくれる。封切り後から60年が経とうとしているというのに、今もな燦然と輝いている名曲である。
http://campingcar2.shumilog.com/2018/06/17/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%BA%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%A4%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%A4%A7%E4%BA%BA%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD/
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081) ジョン・コルトレーン 「スピリチュアル」
1961年

【寸評】 1920年代に大衆娯楽として始まったジャズは、1960年代になると、それまでのジャズの形式にとらわれずに、演奏者の直感に従って自由に音をつなげていくフリージャズ(前衛ジャズともいう)の流れが台頭した。オーネット・コールマンらが提唱した新しいジャズの手法で、ジョン・コルトレーンもその方向に舵を切る。コルトレーンは晩年(1967年没)、ますますフリージャズに傾倒するようになったが、このヴィレッジ・バンガードのライブ(1961年)は、それまでのオーソドックスな演奏スタイルと、後のフリージャズの演奏スタイルが重なるような微妙な時期にあたる。ということは、そのどちらの良さも味わえる “おいしい” 時期の演奏ということになる。特に、コルトレーンの演奏スタイルとして人気の高い “3拍子ノリ” で進んでいく「スピリチュアル」の浮遊感は実に心地よい。
http://campingcar2.shumilog.com/2018/06/20/1960%e5%b9%b4%e4%bb%a3%e3%81%ae%e5%89%8d%e8%a1%9b%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%82%ba/
 
 

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好きな音楽ベスト20 (洋楽編) への4件のコメント

  1. 北鎌倉 より:

    待ち時間によくベスト10(選択)を頭の中でやっています。もっとも偉大な小説は何か?「戦争と平和」「カラマーゾフの兄弟」「失われた時を求めて」「フィネガンズ・ウエイク」・・・・。絵や写真や音楽のように並べて比較ができないのが小説。小説の比較はどうしても読後の印象の比較になってしまいます。印象でケリがつくなら、小説の長い量を必要とはしません。長い長いその本体を読むことが小説の面白さですから。「研究」は時代とともに進歩します。科学がまさにそれ。でも芸術はそうとは限りません。芸術は時代を超える。ビリーホリディの歌、カルザスのチェロ、サラサーテのバイオリン、それらは時代が進んでも超えられない。作曲はエモーションを構成する知的作業です。もちろんエモーションが根底になければ作曲はできない。だからモーツアルトのように越えられない作曲家がいる。現代芸術の場合、感動は無条件な作品の中心ではない、だから「研究」が勝ってしまう。
    『言語にとって美とはなにか』の中で、「選択」という行為自体が芸術だとされます。

    • 町田 より:

      >北鎌倉さん、ようこそ
      とても勉強になるご意見でした。ありがとうございます。
      ≫「小説は、絵や写真や音楽のように比較できない …」
      まったくおっしゃるとおりです。
      というのは、小説は芸術作品の範疇に重なる部分が出ますけれど、絵、写真、音楽に比べ、ロジックに頼る範囲が広くなりますから、読者の学習の深まりや生活体験の教訓化によって、かなり評価が異なってきます。評価の変化は一人の人間の中でも起こりますものね。だから、(文学)「研究」は時代とともに進歩するというわけですね。

      それに対し、音楽というのは、個人が最初に体験したときの心象がそのまま定着していきそうに思えます。音楽には、必ずそれを最初に聞いた時代の「人との出会い」とか、聞いた場所の思い出とか、そういう環境的なものが絡みます。
      だから、誰にとっても「懐メロ」というものが存在するわけですね。

      おそらく、「音楽」を聞くというのは、その人にとって、きっと一回だけの “事件” なんだという気もいたします。もちろん気に入った曲は、その後繰り返し聞き続けていくことになるのでしょうけれど、それは最初に出遭った衝撃的な体験を反芻することでしかない。

      「音楽との出会いはきわめて個人的な事件である」

      だから、北鎌倉さんがおっしゃるように、音楽は≫「時代が進んでも超えられない」のではないかという気がいたします。
       

  2. 木挽町 より:

    TierraやFloatersいいですよね。まったり感がたまりません。

    • 町田 より:

      >木挽町さん、ようこそ
      Tierra、Floaters …… このへん私も本当に好きです。やっぱりこういうベタ甘のコーラスいいですねぇ。もう一つ、木挽町さんに教えてもらったChosen Fewの「You Mean Everything To Me」というバラードはとってもいいですね。実はあの曲だけは聞いたことがなかったんですが、教えていただいて、すぐにお気に入りに入れました。
       

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