マイケル・ムーアが語る「民主主義」の危機

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 トランプ大統領の記事を書いた夜、『華氏119』という映画を制作したマイケル・ムーア監督(写真下)のインタビュー番組をテレビで観た。
 テレビ朝日の『報道ステーション』で、同番組のメインキャスターである富川悠太アナが取材したものだった。

 インタビューのテーマは「トランプ政権の本質」について。

 マイケル・ムーアは、
 「トランプ政権の誕生によって、アメリカの民主主義はぎりぎりの崖っぷちに立たされている」
 と語り出した。

 彼は、トランプ大統領を「民主主義の敵」と見なした。
 つまり、トランプは、相手の立場を尊重するよりも、相手を威嚇することで自分に有利な状況を作り出そうとする政治家で、彼のおかげで、民主主義の基礎となる平等な討論の場がアメリカで失われつつあると嘆いた。

 そういうムーア氏の意見を聞いていて、ごくまっとうな見方であるとも思ったが、一方で、彼が依拠している「民主主義」なるものは、“崖っぷち” どころか、すでに世界から消滅し始めているような気もした。

 そもそも、地球規模で考えても、21世紀になった現在において「民主主義」が完全に機能した歴史を持った国は少ない。
 部族闘争に明け暮れ、軍事政権の圧政下で暮らすアフリカ地域の人々や、貧困や犯罪をなくす政策を政府が取れない中南米諸国には、今日われわれがイメージするような「民主主義」は最初からなかった。

 もちろん、宗教原理主義と独裁者が国を支配する中東諸国にも、欧米流の「民主主義」は定着しなかった。

 さらにいえば、世界一の人口を誇る中国においても、共産党の一党支配が続くかぎり、「民主主義」が根付くことはないだろう。

 朝鮮半島においても、しかり。
 北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」という国名は持っているが、「民主主義」なるものを国民が経験することは一度もなかったし、その南の韓国はどうかというと、あそこも国民の情緒的感性によって世論が形成される国だから、やはり合理的で冷静な民主主義というものが育たない。

 そうなると、本当の意味での「民主主義」を形成できたのは、欧米の一部の先進国と、日本だけということになる。
 そのなかでも、理論的な意味で、いちばん「民主主義政治」に近い国家運営を成し遂げたのは日本だけだといっていい。
 
 
 「民主主義」が機能するには、まず国民の合意形成の基礎となる「教育」レベルが、一定程度足並みをそろえていなければならない。
 つまり、国民の間に、政治課題を “民主主義的に” 解決するための理解力が備わっていなければならないのだ。

 そのときの理解力を保証するのが「教育レベル」の均質化である。
 一部のエリートだけが高い教育を授かっても、それは民主主義を成熟させる要素にはならない。
 中国のエリートたちがアメリカに留学して、いくら欧米流教育を学んでも、国家としての中国が民主主義国家にならないことからも、それが実証されている。

 教育レベルの均質化は、経済格差の少ないところでないと実現しない。
 それを成し遂げたのが、戦後の高度成長期に「一億総中流」という人類史上まれな “平等社会” を築き上げた日本だった。
 欧米の経済学者が、「日本は、ソ連や中国以上に平等な社会主義国家を生み出した」と、皮肉交じりに称賛するぐらい、この時期の日本は奇跡的な均等社会をつくり出した。

 しかし、こういう社会は、いま振り返れば、当時はずいぶん批判も受けた。

 高度成長期の日本人は、国民の資質が似通ったものになったため、「日本人のキャラクターは金太郎アメ的のように無個性で、誰もが盲目的に同じ価値観を信じている」と、同じ日本に住む進歩的なインテリたちからも、そのように揶揄された。

 しかし、そのときに、日本の「民主主義」は非常に高度なレベルにまで鍛え込まれていた。
 同時代の国民生活の安定性は、「経済的な発展」がもたらしたものと評価される傾向にあるが、そのような経済的な発展も、実は民主主義の安定性の上に成り立っていたということがいえる。

 日本人を含め裕福な民主主義国家は、事あるごとに、社会主義国や発展途上国の政治体制を「民主主義的ではない」と批判しがちであるが、そういう批判には見落としがある。

 どんな国においても、政治が成熟すれば自然に「民主主義」が根づくとは限らないからだ。
 「民主主義」というのは、(繰り返しになるが)、社会における経済格差や教育格差、文化格差など、さまざまな「格差」が広がってしまうと実現が難しくなる “脆弱” な政治制度でしかない。
 定着するよりも、消滅する可能性の方が高い。
 
 だから、意識的に守っていく必要がある。 
 もちろん、政治形態として「ベスト」なものではない。
 “衆愚政治” という言葉もあるくらいだから。
 ただ人類がいろいろ試してきた結果、それ以外の政治形態よりは “悪政” におちいる可能性が少ないというデータだけはそろっている。

 その「民主主義」が、トランプ政権のせいで機能不全になりかけている、とアメリカの映画監督マイケル・ムーアはいう。

 私は、日本の高度成長期のような、放っておいても「民主主義」が勝手に機能したような幸せな時代はもう来ないような気もするが、それがゆえに、これからの人類は、「民主主義」を機能させるために、政治や経済だけでなく、あらゆることに意識的に目を開いていかなければならないと思っている。
 
  

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

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