ペッパー君が会社の社長になる日

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 街を歩いていると、ペッパー君をよく見かけるようになった。
 この連中、ほんとうによくしゃべる。
 飲食店の前に立っているヤツは、
 「おいしいお食事をご用意しました。どうぞお立ち寄りください」
 とか呼び込みをやる。

 銀行の中にいたヤツは、自分の胸の端末ディスプレイを表示して、
 「今日は何のご用事ですか? ご入金・お引き出しは➀のボタンを。融資のご相談は②のボタンを … 」
 などと案内を始める。

 この前、メガネ屋前の舗道で、何もしゃべらないヤツがいたから、頭だけなでてやった。
 そうしたらそいつ、くるりと首を回して、あの無表情な( … 見方によっては人懐っこいような)顔のまま、こっちを見上げるのだ。
 その場を立ち去った後も、まだじっと見ている。
 「もう分かった分かった! いい加減にあっち向けよ」
 と、思わずつぶやいた。

 あいつら、何を考えているのだろう。
  
  
「ペッパー社長」はいつ登場するのか?

 “ペッパー小僧” たちは、今はまだ単純なプログラミングで動いているだけだけど、AI がどんどん進化してくうちに、やがて会社の部長・課長になったり、学校の先生になったりするのだろうか。

 そのうち、後継者不足で悩む中小企業などでは、ペッパー君が社長を務めるようになったりするかもしれない。
 で、そんなペッパー社長は、会社中を巡回しながら、社員の開いているパソコンを覗き込み、「こんな簡単な演算ができないのですか?」などとしゃべるのだろうか。
 
 
 しかし、実際には、AI 搭載型のロボットが人間社会にしゃしゃり出てきて、人間を議論で打ち負かしたり、人間に命令を下したり、人間をアゴで使ったりするような社会は、IT ジャーナリストたちによると、「ほとんど実現することはない」という。
 だから、SF映画の『ターミネーター』のような社会が訪れることもないとか。

 ただし、彼らがいうのは、「現在のAI テクノロジーでは、AI が人類を支配する社会は実現しない」という意味で、「未来」は不問に付されている。
 
 
「AI の未来」には二つの予測がある

 AI の未来に対する見方は、二つに分かれる。
 ➀ 「AI はそのうち人間に迫り、やがて人間を超えていく」
 ② 「AI はいつまで経っても、人間を超えることはない」

 ➀ を唱える人たちの根拠は、次のようなものだ。
 「今のAI は人間の頭脳活動をモデルにしているので、人間の頭脳が貯えるデータと同等のデータ量が蓄積されていけば、やがて人間と同じ判断を下すようになり、さらにデータ蓄積が上積みされていけば、人間を超える」

 こういう説の根拠となっているのが、スピードラーニング … じゃなくて、ディープラーニングというやつだ。
 これは、(そっけなく言ってしまうと)、答を出すためのアイデアを人間からもらわなくても、AI が勝手にアイデアを探し出し、スタスタと単独で作業を始めてしまうというテクノロジーなのだ。
  
  
あれはネコか? 犬か? それともワニか?

 例を出す。
 「ディープラーニング」を説明するときによく使われるエピソードで、ネコの識別。

 人間は、道端を歩いている野良ネコを見ただけで、「あ、ネコだ」と瞬時に識別することができる。
 だが、これをAI が行うのは、実はものすごく大変なことだという。

 AI が、たとえばネコの動画を解析して、それを「ネコ」だと断定するには、
 まず、
 ➀ (ネコというのは) 鼻を中心にその周辺に、3cm程度のヒゲを生やした動物だが、そのヒゲは、場合によっては4cmのこともある。長いものになると5cmもある … などなどなどのデータをことごとく事前にインプットしておかなければならない。

 ② 眼球の大きさは1cmから2cm程度。ただし、明るいときは瞳孔が細くなり、暗くなると瞳孔が拡大される。その大きさの変化は日照時間の変化に対応している。

 ③ ネコが怒ると眉間にシワが寄り、「フヒャー」とか鳴く。さらに人間が近づくと、より警戒心をあらわにして「グフゥ~」と威嚇し、時にはネコパンチを繰り出す。ネコパンチを繰り出すときは、右腕の場合もあれば、左腕の場合もある。

 ④ しかし、飼い猫の場合はこういう警戒行動をとることなく、飼い主に寄り添ってきて、「ゴロニャン」と鳴く。

 ⑤ 固体の色は、ホワイト、ブラック、パールマイカ、エキサイティングレッド、ダークチェリー、マロングリーンなどに分かれ、さらにその複数が混じり合うこともあり、自動車のボディ色のようには瞬時に識別できない …… などなど。
 

 
 つまり、AI に、「これはネコです」と解答させるためには、それこそ何十万という膨大なデータをすべて人間がインプットしておくという途方もない作業が必要だったのだ。

 しかし、ディープラーニングを会得してからのAI は徐々に「これはネコです」というデータを自分でかき集めるようになってきた。
 もともとディープラーニングというのは、人間の脳の神経回路をモデルに開発された技術だといわれている。 
 人間の脳は、1,000億のニューロンの配列からなっていて、それぞれのニューロンはさらに1万個のニューロンとつながっている。シナプスの数でいえば、100兆から1,000兆だとか。

 人間が「あ、ネコだ!」と判断するのは、こういう天文学的な脳内組織のたまものなのである。
 … ということは、理論的には、人間の脳と同規模のAI 組織を構築できれば、人間を超えるAI が生まれてこないとも限らないということになる。
 
 実際、近年のAI の進化はすさまじく、図像解析のレベルなどにおいても、すでに立派に実用化されているものも少なくない。インターネットのWEBページの検索や画像検索、自動運転車における障害物の認知など、気づいてみれば当たり前のように、日常生活のAI 化が始まっている。
  
 
2030年には、AI が人間を超える?

 「AI が人間を超える地点」。
 これを、専門用語で、「シンギュラリティ(技術的特異点)」というそうだが、このシンギュラリティの到来を意外と早い時期だと予測する専門家もいる。
 2025年ぐらいになれば、AI 技術は今とは比べものにならないほど進化しており、2030年代に入ると、もう人間の頭脳的能力に匹敵するAI が早くも登場する。
 そう大胆に占う研究家もいる。
 各会社に「ペッパー社長」が登場するのも、この時期(?)だということになる。
 
 
 しかし、一方で、「どんなに進化を遂げようが、人間の能力を超えるAI が登場することはない」と断言する研究者もいる。

 そう言い切るときの理屈は、次のようなものだ。

 「AI がどのような知能を身につけようが、あくまでもその本質は “計算機” である。つまり、“数学の言葉” に置き換えられるものしか答が出せない。
 数学の言葉とは、“論理”、“確率”、“統計” の三つでしかない。
 それが、4,000年以上の数学の歴史で発見された “数学の言葉” のすべてだ」
 (数学者の新井紀子氏の見解)
   
   
AI は “意味のない言葉” を理解できない

 つまり、“数学の言葉” では、人間の会話のなかの「意味がないこと」を表現できないという。
 「意味がない」というのは、たとえば「あなたが好きだ」という言葉。

 これをAI が伝えるとなると、
 ➀ 「あなたの存在を、ともに生活する伴侶として最適だと判断した」
 ② 「あなたを容姿を、過去の私の好みと照らし合わせて、好ましいと感じた」
 ③ 「あなたの明るい性格が、私がいま感じている不安を忘れさせてくれるのでつきあいたい」
 ④ 「あなたの性的魅力に刺激されたので、抱きたい」
 
 …… 等々さまざまなケースに細分化されるが、どんなにその中身を解析しようが、「あなたが好きだ」というもっともシンプルな思いの強さには届かない。
 つまり、「あなたが好きだ」という言葉は、それ以外のどんな言葉にも還元できない。
 要は、AI はもっとも単純な表現のなかに潜む「強さ」や「深さ」を理解できないのだ。

 逆に人間の脳は、「意味のない言葉」のように思えるものなかから、必ず自分に必要な「意味」を探り出してくる。
 ところが、AI は、その「意味」の内容を具体的に説明しない限り(=ロジックを構築していかない限り)、他者に伝達できない。
 “数学の言葉” には、「感じる」、「察する」という人間の心に関わる言語がないからだ。
 
 
人間の脳を神秘化するのはセンチメンタリズム?

 ただ、これに関しても、AI 信奉者からは異論が出ている。
 「人間の脳を神秘化するのは、情緒的なセンチメンタリズムにすぎない」
 という。

 「脳とAI の差はデータ解析に対する量的問題に過ぎない。AI 研究の飛躍的進歩によって、その差はだんだん縮まりつつある」
 だから、「高度に進化したAI 」 は、やがて「心」を持つ。

 実際に、現在のAI のシステムは、人間の脳のような複雑なネットワークを持つには至らないが、すでにネズミの脳と同サイズのネットワークを構築しているという。

 そうなると、ネズミのような哺乳類がやがて人間になっていったように、AI が人間に代わって地球の管理者になる日が訪れるかもしれない。

 ただし、ネズミが人類になるまでには2億年かかっているから、AI が「心」を獲得するにも、やはり2億年ぐらいかかることもありえる。
   
  
「心」とは魑魅魍魎の世界
 
 忘れてならないのは、「心」とは魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界だということだ。
 それは、聖なるものも邪悪なものも入り乱れた混沌とした世界で、「心」の持ち主でさえも制御が不可能な領域だ。

 その底の方では、優しさも、妬みも、尊敬も、侮蔑もすべて激流のようにのたうち回っていて、どの感情がいつ爆発するかは本人でも分からない。
 人間の “特権” のようにいわれる「クリエイティヴィティ」というのも、しょせんはこの「魑魅魍魎」のことを指しているにすぎない。 
 
 

 AI の本質である “数学の言葉” は、その魑魅魍魎の世界をなんとかロジックで解析して秩序立てようとするだろうが、魑魅魍魎の世界というのは、2億年という哺乳類の進化の系がつくりだしたものだから、AI のビッグデータをもってしても、2億年の時の重みに耐え続けることはできない。
 
 それよりも心配なのは、最近は、人間らしい「心」を解さない人たちが増え続けていること。
 「AI の人間化」よりも、「人間のAI 化」の方が先に進んでいくことになるだろう。
  
  

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

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