成蹊大 今井貴子教授の50周年記念ゼミ

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 2018年11月18日、成蹊大学(東京・武蔵野市)で法学部の「創立50周年記念行事」として、同校の法学部諸教授によるゼミが開かれた。

 これに参加する機会を得たが、とても刺激を受けた。
 全部で18項目におよぶゼミのテーマが用意されていたが、それを告知するパンフレットにはなかなか魅力的な議題がそろっていて、どれを受講するかかなり迷った。

 18項目のうち、自分が特に「面白そうだな!」と興味を抱いたのは下記のようなものだった。

 「AI ・ロボットと法」
 「AI 時代の戦争と国際法」
 「英国社会の分極化とEU離脱問題」
 「平和を欲するならば戦争の準備は必要か?」
 「2018年アメリカ中間選挙」
 「マックス・ウェーバーの新訳『仕事』を読む」
 「戦後思想を考える」
 「漢字の源流 ― 秦始皇帝の文字統一の実態」
 「19世紀末の短編小説の解釈の試み」

 何日かに分けて開催してくれるのなら、このうちの三つか四つぐらいは受講したかった。
 … とか書くと、私のことを、アカデミックな学問を愛する学究肌の人間のように勘違いする人がいるかもしれないが、自分の青春は “学問” とは無縁だった。
 いちおう「学生時代」というものを経験したが、どちらかというと、麻雀とナンパとギターに明け暮れた生活だったので、もったいないことに、ゼミの雰囲気というものも知らずに卒業してしまったのだ。

 だから、「一度だけでもゼミというものを経験してみたい」と勇み立ち、受講を申請した。大学というものを卒業して、44~45年目ぐらいの初体験ということになった。

 選んだテーマは、「英国社会の分離化とEU離脱問題」。
 ゼミの担当教員は成蹊大学・法学部教授の今井貴子氏(写真下)だった。

 2016年に起こったイギリスのEU離脱は、衝撃的な事件だった。
 EUというのは、ヨーロッパ・グローバリズムそのものを体現した存在だったから、当時地球規模で広がっていたグローバル社会の理念的象徴でもあった。

 イギリス国民は、そこからの離脱を国民投票で決めたのだ。
 世界に亀裂が入った瞬間だった。
 いったい何が起ころうとしていたのか?

 「排他的な分断社会の到来」
 そういう時代が始まろうとしていたことが、その年の11月に選挙で当選したトランプ米大統領の誕生でより明らかになっていく。

 そういう潮目の変化を確認する意味でも、「イギリスのEU離脱」は重要なテーマだという気がした。
 テキストとして選ばれたのが、水島治郎・著『ポピュリズムとは何か』(中公新書)という本だったので、それにも興味を感じた。
 
 
ゼミ聴講生たちの意識レベルの高さ
 
 当日、同ゼミの参加者として集まったのは、およそ30人ほど。
 男女比率でいうと、男性7:女性3という割合であったが、年齢はさまざま。
 男性は72~73歳を上限に、60代から50代といったシニア層がメイン。それ以外は現役の学生と社会人1~2年生といった若者。
 女性は20代から30代ぐらいの若い女性が中心で、現役の学生のほか、子育て真っ最中の主婦もいた。

 最初に参加者が一人ずつ自己紹介を兼ねて、同テーマのゼミを選んだ理由を述べる段取りとなった。

 これがすげぇのよ ! 
 参加者の意識レベルの高さがハンパないわけ。
 「私は恥ずかしながら物見遊山の気分で参加しました」
 とか自己紹介しつつ、その後に、
 「価値観が均等化されたはずのグローバル社会のなかで、国民の意識の分断化がなぜ生じてきたのか、今日はそれを知りたくてやってきました」
 とか、誰もが明確な目的意識を持っていることをアピールするわけよ。

 各自の自己紹介のあと、今井教授が15分ほどテキストをおさらいしたのち、参加者たちの質問や討議が始まった。
 討議内容の詳細は省くが、ここでは本ゼミをまとめた今井教授の論点を簡単に紹介する。
 
 
「離脱賛成者」たちのキャラクターは
メディアではどのように描かれたか

 
 今井教授は、2016年9月に岩波書店から発行された『世界』という総合誌において、「分断された社会は乗り越えられるのか」というタイトルのもとに、イギリスのEU離脱の真相を分析されている。

 2016年当時、この “離脱騒動” が各国のメディアでどのように扱われたかのか。
 例外なく、どのメディアにおいても、次のような言説が国を超えて流布した。

 「EUに残留することを主張した人々は、イギリスの政治・経済・文化に深くコミットした若い知的エリートたちだが、離脱を叫んだ人々は、国際的な問題に関心を持たない低学歴・低所得の中高年労働者だった」
 そして、
 「この離脱派グループは、移民の流入にも反対し、自分たちの “排他的で狭量なエゴイズム” をむき出しにした」

 日本のメディアも、離脱騒動の渦中においては、こういう報道の構図を守ったため、日本人の多くも、
 「イギリスでは反知性主義的な大衆がポピュリストたちの扇動に乗せられ、一時的な熱狂に浮かされて愚行を犯した」
 という視線でこの事件をとらえるようになった。

 しかし、今井教授はいう。
 「1,740万人を超える人々が一時的な扇動や感情のままに行動したとみなすのは無理がある。
 むしろ、彼らの行動は、すでに分断が進行していた社会のなかで “何かを取り戻したい” という強い意思に従ったものであったと考えるべきではないか?」

 では、彼らは何を取り戻したかったのか。
 
 
「離脱賛成者」たちが望んだのは
デモクラシーの復権だった

 
 教授によると、それは、「コントロールする力を取り戻せ!」という叫びだったという。
 コントロールの対象は、経済政策、病院や学校などの公共サービス、そしてなかんずく移民の流入だった。
 
 教授はいう。
 「離脱賛同者が取り戻したかったのは、仕事、賃金、生活、そして将来に対する自己決定権であり、その回路としてのデモクラシーであったと考えられる。
 “移民反対” というのは、それを主張するときの象徴的なスローガンとして機能した側面がある」

 つまり、
 「雇用や社会政策に自らのニーズが反映されないとする彼らの不満の淵源は、EUの問題というよりも国内政治の問題であった」
 (『世界』 2016年 9月号) 
 
 
「置き去りにされた人々」

 以上のような視点がまず提示され、ゼミの討議が始まった。
 参加者の多くが問題にしたのは、本ゼミのテキストでも大きく取り上げられた「置き去りにされた人々」についてであった。

 「置き去りにされた人々」というのは、イギリスの中高年労働者たちのことである。
 その多くは、低学歴の白人労働者階級であり、50年ほど前までは、彼らが人口比率においては圧倒的多数派であった。

 しかし、その後、徐々に大卒の知的エリートが労働市場の中核を占めるようになり、やがて経済、社会、政治、メディアを支配し始める。
 それによって、中高年のブルーカラー労働者の雇用も圧迫され、彼らは経済的にも文化的にも、次第に社会の周縁部に追いやられていく。
 これが「置き去りにされた人々」を形成していく。
 
 
 では、この「置き去りにされた人々」は、日本にも登場することになるのだろうか。
 それとも、すでにこの日本にも存在しているのだろうか。
 ゼミの議論は、そのテーマをめぐって旋回し始める。
 
 ある参加者はこういう。
 「近年は日本においても経済格差が広がりつつあり、非正規雇用の問題も見過ごすことができない状態になりつつある。イギリスで起こった事件は他人事ではない」

 別の参加者はいう。
 「置き去りにされた人々というのは、たぶんこういうゼミなどに参加する機会のない人々であり、我々のような人間とは生活圏が異なることも多い。
 だから、こういう討議をする場合、我々は抽象的な議論で終わらないように注意しなければならない」

 それを受けて、他の参加者がいう。
 「自分は建築会社に就職して、建築現場においては下請け業者たちを指揮する立場にいる。そういう状況に接すると、日本においても、低学歴で、雇用の不安定な労働者たちがたくさんいることが分かった。
 そういう人たちと、今後自分はどういう社会関係や信頼関係を結んでいけばいいのか。それが大きな課題でもある」

 こういう切実感ある意見を述べたのは、概して若い人たちであった。
 彼らは一様に、「置き去りにされた人々」に寄り添うようなスタンスでものを語った。

 それに対し、(自分も含め)シニア世代は、先輩としての自信があるせいか、どちらかというと、知識として蓄えた自分の知見を披露したいという意欲が旺盛であったように感じた。
  
  
日本でも格差社会は広がりつつあるのだが …
  
 では、このゼミのテーマの一つにあがった「置き去りにされた人々」という問題を日本に置き換えてみたとき、果たしてどういうことになるのか。

 近年の調査によると、「平成」という時代が始まって以来、日本における経済格差・社会格差の広がりはそうとう深刻になってきており、「格差」というより、すでに「階級化」が始まっているという見方もある。

 「平成」期に入ると、昭和の高度成長期に生まれた膨大な中間層が没落し、国民がいくつかの階層に分かれるようになった。
 この階層の頂点に立つのは、一部の超大富豪とそれに準じる富裕層。その下に、人口比率でもっとも多い一般労働者が控えるという構造が生まれたわけだが、最近は、この3極の下にさらに、一般労働者の生活水準も維持できない “下層階級” が大量に生まれているといわれている。

 その最下層に位置する人々のなかには、若い頃から定職もないまま非正規雇用という立場に甘んじてきた人々が含まれており、その多くは結婚して家庭を持つ余裕もなく、少子化の大きな要因を構成している。
 問題なのは、その人たちの高齢化がこれからどんどん進んでいくことだという。

 日本における「置き去りにされた人々」というのは、この層がさらに厚くなったときに顕在化してくるはずである。

 ただ、これを悲惨な問題として捉えることは大事な視点ではあるが、日本という国は特殊な国で、そういう社会的な困窮を、文化的に救済する方法が浸透しているという気もするのだ。

 その一つの例が、テレビの芸人たちの生きざまであり、また低学歴の若者でも高学歴のライバルに気後れすることがないように生きられる「ヤンキー文化」である。
  
  
置き去りにされた人々が、日本文化の主流を占める時代
  
 日本は学歴社会だといっても、韓国のような「受験競争を乗り切って有名校に入らなければその後の人生がなくなる」というほどの厳しいものではない。
 日本には、学歴エリートを目指すことをあきらめた子供たちが、次に目指すべきロールモデルを持てるような文化が形成されている。
 その一つが前述した “芸人文化” だ。

 日本の子供たちは、早いうちから自分の生活環境などを観察して、自分の家が有名大学に子供を進学させるような家庭でないことを察知する。
 そういう子供たちが、学校でまず身に付けようとするのが、特定の友達を面白おかしくいじりながら、見物人たちの笑いを取る “芸人術” である。

 日本のお笑い芸人の層がこんなに厚いのは、それが、非エリートとして生きる覚悟を決めた子供たちのロールモデルとなっているからだ。
 日本の芸能界は彼らに対して、実に公平に、平等に門戸を開く。
 成功すれば、彼らはエリート社会人の数十倍、数百倍のギャラを一気に稼ぐようになる。
 
 
日本はヤンキー文化の国になりつつある
 
 芸能界入りをあきらめた子供たちを “温かく(?)” 包むのが、地方のヤンキー文化である。
 ヤンキーは、けっして「不良」ではない。
 それは、学歴格差や経済格差に劣等感を持つことなく、エリートたちに堂々と胸を張れるひとつの「文化」である。
 
 だから、ヤンキー文化は、おのれの正統性を主張するために、地方の伝統行事などとの親和性を強める。
 祭りの日に、いちばん威勢よく神輿を担いだりする若集には、ヤンキー系が多い。
 
 彼らは「仲間との絆」を確かめることに美学を感じており、仲間の窮地を救うためには、自分が犠牲になっても、もっとも悲惨な場所に身を投じる勇気(蛮勇?)を持っている。
 2011年の東日本大震災のときに、被災地のがれき撤去などの作業に率先して従事したボランティアのなかには、けっこうヤンキー系の若者も多かったという話も聞いている。
 
 こうしてみると、欧米先進国では「置き去りにされる」境遇に生きるはずの人々が、日本においては、メジャーな国民文化を形成しつつあるという構図が見えてくる。
 そこに日本という国の特殊性があるように見える。
 
 
  

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

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