枝野幸男氏の成蹊大学 講演会

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 自宅から歩いて30分程度の場所に、成蹊大学(東京都・武蔵野市)がある。
 この大学には立派な欅(けやき)並木があって、ウォーキングしていると実に気持ちがいい。
 そのため、天気が良いときに散策するお気に入りのコースになっているのだが、先日(2018年11月25日)ここを通っていると学園祭(欅祭)が行われていた。

 欅並木の手前に並んだ案内板のひとつに、立憲民主党の現党首である枝野幸男氏(衆議院議員)の講演会が開かれるというインフォメーションがあった。
 ちょいと覗いてみることにした。
 
 

 
 
自民党総裁「安倍晋三氏の母校」
における野党党首の講演会 !

 この講演会は、同校の政治学研究会というサークルが主催したものらしい。現総理の安倍晋三氏の卒業校だけに、このサークルもなかなか大胆なことをやるなぁ … という思いを持ったが、それだけに興味も沸いた。

 会場となった講堂にはおよそ300人程度の聴衆が詰めかけていて、学生が中心かと思いきや、どこで情報を手に入れたのか、意外と中高年の姿が目立った。
 3割程度が現役学生らしき人たち。
 ほかの3割が、若いけれどすでに社会人といった感じの人たち。
 次の3割が白髪頭のシニアたち。
 残った1割が正体不明の人たち(枝野氏のSPとか事務所役員かな?)。
 男女比率は男性7に対し、女性3といった案配だった。
 

 
 結論から先に述べると、この講演会は非常に面白かったし、勉強にもなった。
 そして、あらためて枝野幸男という人のトーク能力の高さにも感心した。

 冒頭、枝野氏はこういう。
 「多くの方々は、“野党” というと、常に与党議員に激しく罵声を浴びせている狭量な政治家たちという印象を持たれるかもしれませんが、けっしてそんなことはありません」

 それは、「国会審議などの場で、そういうところだけを切り取って報道するマスコミの伝え方の問題なんです」という。

 むしろ、国会で審議される法案の8割方は、自民党も共産党もいっしょになって、冷静な打ち合わせのもとで可決されていく。
 「しかし、それではニュースにはなりませんよね」
 と、枝野氏は笑う。
 「だから、残った2割の部分 … つまり、与野党の意見の噛み合わないところだけをマスコミは切り取って、クローズアップするわけです」

 その方が映像的にもドラマチックになり、政治番組としての面白みが生まれる。

 枝野氏は一つの例を出す。

 「最近の話ですが、サイバーセキュリティー担当大臣になられた自民党の議員さん(桜田五輪相)が、パソコンを使ったことがないということが話題になりました。
 その議員さんに対し、野党が『USBメモリ』って言葉を聞いたことがありますか? などと質問する。
 そのとき、ほとんどの視聴者は、“野党はずいぶんバカバカしい質問をするなぁ” と思われたのではないでしょうか。
 あの場面だけ見ていれば、私もそう思います。
 でもね、あのあと、しっかりした議論がちゃんと進んでいるんです。
 しかし、そこは面白くないので、マスコミは、笑いの取れる最初のシーンだけを何度も繰り返すんですね(笑)」
   
 
「平成」が終わった後の政治

 そういう軽い語り口の導入部のあと、枝野氏はやがて今回のテーマに移行していく。
 テーマとは、
 『平成最後に考える、今後の政治のあり方』。

 この議題を前に、枝野氏は、まず「平成」とは何だったのか? という問題を提起する。
 
 「平成という時代が何であったのか、今あちこちで見直しが始まっていますが、私の考える “平成の30年間” というのは、昭和のときにはうまくいっていたものが、うまくいかなくなってしまった30年だと思っています」

 政治思想においてもしかり。
 平成になると、昭和的な発想がまったく通用しなくなった、と枝野氏はいう。
 たとえば、昭和の時代に機能した「右(保守)」と「左(革新)」という分類。

 昭和の時代に「右」といえば、それは、政治体制において産業育成においても「強いものをどんどん強くすることによって、日本を引っ張っていく」という考え方を意味した。
 それに対し、「左」といえば、「強いものの横暴を食い止めて、弱いものを助ける」という考え方を指した。

 「しかし、今はそのどちらの言い分も通用しません」
 と枝野氏はいう。

 「“右” も “左” も、ともに競争を煽れば経済が成長するという考え方が前提となっていて、その成長を加速させるか、それともブレーキをかけるかという違いでしかなかったわけです。そこに、昭和的な発想の限界があったと思います」

 では、そういう “昭和的発想” は、いったいどうして生まれてきたのだろうか?
  
  
日本は貧しかったから “豊か” になれた

 「昭和の中頃、戦争に負けた日本は、空襲で焼け野原になった大地を眺めながら、官民一体となって復興を目指しました。とりあえず世界にモノを売って、そこで得た資金で生活を豊かにしようと考えたわけですね」
 それが、戦後の高度成長をうながした、と氏はいう。

 なぜ、それが可能になったか。

 「人件費が安かったからです。戦争に負けた日本は貧しかったから、労働賃金も安かったわけです。そういう状態で作られる商業製品は、けっして質の高いものではなかった。でも安かったから、世界中 … 特にアメリカで売れるようになっていきました」

 今日、“メイドイン・ジャパン” というのは、高級・高品質商品の代名詞となっている。
 しかし、当時は、品質よりも安さが「武器」だったのだ。

 「それと同じことを、いま中国や東南アジアがやっています」
 と枝野氏。
 「産業が興隆するためには、どこの国もこういう過程をたどらなければならないのです。
 ただ、いつまでもそういう状態は、続かない。儲かってくると、その次を目指そうとするからですね」

 “その次” とは何か。

 「各企業はさらに儲けようと思いますから、儲かったおカネで新しい工場をつくろうとします。
 当然人を増やさなければならなくなります。
 同じように、どこの会社も人を増やし始めます。
 そうなると、給料をあげてくれない会社には人が来ないことになります」
 
 けっきょく、「さらに儲けよう」という意欲が人件費の高騰を招くことになる。
 それは社会の豊かさの指標ともなるが、逆にいえば、産業のもっとも活力ある部分を、人件費の安い新興国に奪われることになる。

 「それが、いま日本に突き付けられている問題です」
 と氏はいう。
  
 
大量生産型の産業構造は時代遅れ
  
 「つまり、日本はもうミャンマーやベトナムでつくっているような商品はつくれないんです。そういう商品は、日本人の5分の1とか10分の1の賃金で引き受ける国が担当するようになったんです。
 そうなると、日本では、特別な技能を持った特殊な人しかつくれない商品を手掛けざるを得ない。
 つまり、大量生産品はもう日本ではつくれない状況になってきているんですね」
 
 それなのに、…… と枝野氏は力説する。
 「日本は、いまだに大量生産品をつくるような発想で産業に臨んでいる。これが平成になって、世界から取り残される日本を生んでしまった理由です。
 つまり、安いから競争力を持つような商品で戦う時代は、もう昭和で終わっていたんです」
 
 そういう状況のなかで、輸出産業はなんとか頑張っている、と氏は語る。
  
 「日本の全産業のなかで、輸出産業は比率でいえば15%程度ですが、世界のライバルたちとしのぎを削っているうちに、日本にしかできないようなことを手掛け始めているんですね。
 つまり、大量生産で勝負してくる国々にはできないような商品を企画するようになったんですね。
 大量生産を進めるにはマニュアルが一つあればいいんですが、日本の輸出産業は簡単にはマニュアル化できないものを手掛け始めています」
 
 その一つに、製品そのものをつくるのではなく、「製品をつくるための “製品”」 、すなわち生産用機械の製造がある。
 この分野において、いま日本はものすごいアドバンテージを持とうとしているのだとか。
 
 
デフレからの脱却や個人消費が伸びない理由

 このように、輸出企業のなかには、日本の産業構造を改革するようなアイデアが現われてきているというのに、なぜ日本全体の経済状況は好転しないのか?

 デフレからの脱却もままならないし、個人消費も伸びない。
 それはなぜか?

 ここからが、野党の党首らしい分析になっていく。

 「けっきょく、現政権の産業育成の方向や経済政策が、問題の本質と向き合っていないんですね。
 日本は確かに豊かな国になりました。
 おカネ持ちの方も増えました。
 でも、考えてみてください。
 おカネ持ちというのは、おカネを使わないのです。
 いま話題になっているカルロス・ゴーンさんの例をとってみても分かるように、おカネ持ちは個人資産を使いたがらないのです」

 確かに、これは真理かもしれない。
 人間、何でも買えるほどのおカネを持ってしまうと、“モノを買う” ことそのものへの興味を失ってしまう。あとは、いかにカネを貯めるかという、マネーゲームの方に興味が移っていく。
 ゲームによって満足されるのは、けっきょく「自分はカネ持ちである」という虚栄心だけ。
 根底にあるのは、さびしいニヒリズムだ。 
  
  
昭和とともに消えた中間層
 
 枝野氏は続ける。

 「おカネを使うのは、圧倒的に中間層です。かつて日本の経済が大繁栄を遂げたのは、世界にも例をみないほどの分厚い中間層が出現したからなんですね。
 “一億総中流” などという言葉も生まれましたが、国民の大半が中流生活を営める国なんかつくったのは歴史的にも日本だけです。
 それは、自民党という “世界でもっとも有能な社会主義政権” がつくりだしてくれたものです(笑)」
 
 と笑いを取った枝野氏。
 それに続くコメントはこうだ。

 「でも、そういう中間層が大量に出現した時代は、昭和で終わりました。
 では、平成という時代は、どういう時代なのか。
 中間層が消滅し、おカネ持ちの方と、貯蓄もままならないような方との2極分解が進んでいった時代といえるでしょう。
 つまり、格差社会が広がったわけです」


  
  
今のままではシニアマーケットは枯れていくだけ
 
 没落していった中間層のなかで、まだかろうじて、昭和期に保証された自分の資産を維持している人たちがいる。
 それがシニア層だ。

 60歳~69歳ぐらいのシニアの平均貯蓄額は、2,402万円。
70歳以上でも、2,389万円(2016年データ)。
 このようなシニアの貯蓄が市場に流れてくれば、日本経済はそうとう潤うことになると専門家たちはいうが、シニアの財布のヒモは非常に堅い。
 
 なぜか?
 
 「将来の不安があるからですね」
 と枝野氏。
 「今の日本は、介護が必要になってくる老人たちの人生設計を保証してくれるような国家制度ができていない。
 介護に対する不安が解消されないかぎり、シニアの消費が伸びることはありません」
 
 同じように、子育て世代を支援するシステムも確立されていない。
 たとえば保育園の整備も遅々として進まない。
 これらの問題は、老人を世話する介護士や、保育士の給料が安すぎることに起因している。
  
  
新幹線整備よりも介護士・
保育士の給与保証が先

 
 ここでついに現政権に対する批判が、枝野氏の口から飛び出す。
 「日本の個人消費を伸ばすには、まず介護士や保育士の給料をしっかり保証する制度をつくらなければなりません。
 リニアモーターカーや新幹線の整備を優先するよりも、人間のケアをする仕事をしっかりとサポートする。
 平成の次に来る時代には、そういう政治が求められることになります」
 
 新幹線の整備に代表されるようなインフラ投資というのは、「昭和の発想である」と枝野氏はいう。
 
 「ハコモノさえ整備すれば、それで景気が浮上するというのは、いまの人口減少の時代にはもう通用しないんです。
 だって、新幹線を整備しても、誰が乗るというんですか? 地域の過疎化はどんどん進んでいます。
 過疎化が進めば、もう新幹線の通るエリアを観光地化するなどという活力もなくなるのです」

 (※ なお、枝野氏は、今回誘致が決定した「大阪万博2025」には言及していないが、私が個人的に考えるのは、こういう “ハコモノ” 企画で「経済波及効果」を狙うという発想が、いかにも「昭和的」だという気がする)

 人口減少は、さまざまな問題を生む。
 人がいなくなるので、昭和の時代に機能していた地域コミュニティーのようなものも先細りしていく。
 老人介護や子育て支援のようなものは、かつては地域コミュニティーの活動テーマの一つだった。
  
 それがなくなった分、国家が肩代わりせねばならない。
 そういう問題意識を、はたして現政権は持っているのか?
 
 …… と、まぁ、枝野氏のこういう指摘のなかに、いかにも野党の党首らしい視線を感じることができた。
 が、基本的に、枝野氏は目新しいことを言っているわけではない。その発言内容は、すでに世の識者たちが言及しているものを超えることはなかった。
 これくらいの話だったら、政権与党のなかでもしっかり展開できる人はいるだろう。
 
 ただ、そういうテーマを、人の気持ちをそらさずに、非常に分かりやすい口調で解説するトーク術はなかなかのものだった。

 最後に、枝野氏が期待する “ポスト平成人” の人物像に対して一言。
 氏はいう。
 これから望まれる人材は、
 ➀ あえて空気を読まない人
 ② 同調圧力に屈しない人

 「個性」「個性」といいながらも、けっきょくみんなと同じことをやってきたのが、昭和的な生き方だった。
 大量生産・大量消費の時代は、それでよかった。
 そういう生き方が通用しなくなったのが、平成だったはずなのに、けっきょく多くの日本人は昭和的感性を引きずったまま平成の30年を生きてしまった。
 だから、次の時代こそ、国民一人一人が自分の頭でモノを考え、自分の感性を大事に生きていくようになってほしい。
 …… というのが、枝野氏からみた “望まれる人物像” であった。
  
 「しゃべり」には人間性が出る。
 枝野氏というのは、なかなか魅力的な人間であると、私は感じた。
 たぶん受講者のなかには、彼のファンになった人たちも多かったのではあるまいか。
 講演のテーマは、「平成の最後に考える、今後の政治のあり方」というものだったが、政治だけでなく “政治家” のあり方についても示唆したイベントのような気もした。
 
 1時間半にわたる講演のあとに、30分ほど質疑応答の時間が設けられた。
 受講者からの質問を受けて、憲法問題、消費税の問題、原発の問題、小選挙区制の問題などについても言及があったが、そういうテーマは、今後与野党政治家が集まるテレビ討論会などでもさんざん出るだろうから、あえてここでは触れない。
   
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

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