「平成」とは第二の「大正」である

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 1年の最後に、その年の世相を表す漢字というものが決まる。
 今年は「災」であった。
 なんかいやな漢字だな、とは思うが、これは20万票ぐらいの公募によって決まるのだから、世の中の多くの人が、「災」という言葉を選びたくなった年だったということなのだろう。

 しかし、どう考えても、不吉な「漢字」である。
 その年の世相を漢字にする平成最後の年末行事であったわけだから、こういう字が選ばれてしまうと、平成という時代全体が「災」という字に象徴される時代であったような気分になる。
 もっと、別の漢字はなかったのかなぁ … 。


 
 
「平成」とはどんな時代だったか?
 
 それにしても、「平成」って、いったいどういう時代であったのだろう。
 西暦でいうと、1989年から2019年ということになる。
 
 そのスタートは、「東証の日経平均株価が38,915円87銭の史上最高値を記録する」という日本経済が頂点を極めたニュースで飾られた。
 しかし、その後株価はどんどん下落し、バブル崩壊が始まるわけだけど、人々の意識と経済的指数の間にはそうとうのズレがあり、平成1年から5年ぐらいまでは、日本人の大半はバブルの高揚期を満喫した。

 平成初期は、まさにドラマも、音楽も、CMも、みなバブル文化に染め上げられた時代であった。
 トレンディードラマの『東京ラブストーリー』が人気を集めたのは平成1年(1989年)。
 この年には、スタミナ飲料の「リゲイン」のCMソング「勇気のしるし」がヒットして、「24時間戦い抜けるジャパニーズサラリーマンが世界に雄飛する」という神話が確立された。

 平成3年(1991年)は、経済史においては、バブル崩壊がはっきりしてきた年だといわれ、すでに国内の大型企業でも倒産するところが出始めていた。
 しかし、相撲界は “若貴ブーム” で沸き返り、ドラマでは「101回目のプロポーズ」やら「ラブストーリーは突然に」が花盛り。
 “バブルディスコ” の代名詞ともなる「ジュリアナ東京」は、なんとこの年にオープンしている。

 「ディスコ」が「クラブ」といわれるようになったのもこの頃。
 かかる曲も、70年代の黒人系ソウルミュージックから、ユーロビートに移行していった。
 
 
踊って、恋して、夜明けを迎える
 

 当時、女子大の前には、校門から出てくるガールフレンドを待ち受ける男の子たちのスポーツカーや外車が並び、女の子たちは、その中から、結婚まで考えてもいい「ホンメイ君」と、プレゼントだけ貢がせる「ミツグ君」と、家まで送り届ける運転手を務めてもらうための「アッシー君」を使い分けて楽しんだ。

 都内の高級シティホテルは、クリスマスイブともなると、ティファニーのジュエリーをプレゼントする男の子と、それをもらうことを代償に一晩を共にする女の子たちの予約で満杯となった。

 そんな “楽しい” バブル文化が無残にも崩壊したのが、平成7年(1995年)といっていい。
 平成も5~6年経った頃には、企業倒産も増え続け、日本経済の地盤沈下がようやく誰の目にも見えるようになってきたが、この年、暗い時代の到来を象徴する二つの事件が起こる。
 それが、「阪神大震災」と「オウム真理教による地下鉄サリン事件」である。
 
 
時代の気分がガラッと変わったのは平成9年
   
 この二つの事件によって、日本全体が “暗い空気” に包まれていったことはすでに誰もがご存じのとおり。

 以降、酒鬼薔薇聖斗と名乗る中学生による「神戸連続児童殺害事件」(平成9年)が起こったり、消費税が3% → 5%に増税されたことによって、景気の冷え込みが深刻化したりと、日本は後に “失われた20年” などといわれる後退期を迎えることになる。 

 こうしてみると、「平成」という時代は、けっこう激動の時代であったことに気づく。
 しかし、「昭和」のようなダイナミズムはない。
 「昭和」は前半の戦争の時代と、後半の高度成長という繁栄の時代に分けられるが、「平成」はそれほど激しい起伏をもってはいない。
 
 後年、多くの人が「平成」という時代を思い出したとき、たぶん「大正」という時代と同じようなイメージを抱くのではなかろうか。

 「大正」は、「明治」と「昭和」という激動の時代に挟まれたつかの間の平和を享受できた時代であった。
 
 
「平成」は「大正」に似ている
 
 もちろん、この時代、日本は第一次世界大戦と関東大震災を経験している。
 しかし、世界大戦は戦地から遠く離れていたので、戦争被害を受けることがなかった。
 また、震災の方は、復興事業によって、逆にインフラ整備が進み、結果的に繁栄の道を突き進むことができた。

 そのため、「大正ロマン」などという言葉も生まれ、文化的にも華やかな空気に包まれた時代になった。

 「平成」も、後世そういうイメージで語られることになろう。
 次にくる時代は、おそらく「昭和」と同じぐらい激動の時代になるはずだ。
 もうその予兆は、平成最後の年である今年から始まっている。
 地球規模の「世界大戦」はないかもしれないが、それに匹敵するぐらいの激震が世界を襲う。
 すでに、米中の激突、EUの崩壊、中東の混乱など、その萌芽が各地で現れている。

 そうなったとき、日本人の間には「平成」を懐かしむ声があちこちで沸き起こるだろう。
 そのとき人々がイメージするのは、バブル文化だ。
 
 
次の時代は平成バブル オバサンがリードする
 
 作家の林真理子氏は、5年ぐらい前のエッセイで、平成という時代をこう振り返っている。

 「日本がバブル景気を迎えていた頃は、本当に楽しかったなァ。毎晩のように夜遊びをしていた。(中略)
 東京港(ベイ)に『インクスティック』や『タンゴ』などの新しいお店が続々と出来ていく。ビリヤードが大流行して私もかなり練習したものだ。しょっちゅう新しいお店が出来て、そこに競って出かけていった。
 もうあの時代に戻れるはずはないが、『もう一回元気になろう』とみんなで話し合った。『またみんなで楽しく、なんかやろうよ』。本当にそうだと思う」
 (『夜ふけのなわとび』 週刊文春 2013 10/3)

 林真理子氏は、そういう “バブル目線” で、今の若者たちを叱咤する。

 「(今の若者たちはちょっと寂しい、)私は、このあいだはミラノ・スカラ座の『リゴレット』を見て、夏はドイツのバイロイト音楽祭に行ってすごく楽しかったんです。
 でも、『ああいう楽しさを(今の若者は)一生知らないでいいわけ?』みたいなことをつい思ってしまうんです。
 今の若い人たちって、留学もしないし、車の免許もとろうとしないし、食べていければ一流企業じゃなくてもいいやと考えて、結婚もしないし …… 」
 (『週刊朝日 2013 10/18 マリコのゲストコレクション 島田裕巳氏との対談』)
 
 
CMのターゲットはみなオバサン
 
 林真理子氏は、現在60代半ば。
 平成最後のNHK大河ドラマ『西郷どん』の脚本も書き、脂も乗った年齢。きっと「平成」の次の時代にもきっと健筆をふるわれるだろう。
 
 「平成」の次の時代の日本の空気を作っていくのは、おそらくこの林真理子氏のようなオバサン消費者のメンタリティーではないかと思う。

 世の中の空気というのは、消費構造が創りだすものだから、実際にお金を持ってモノをばんばん買っている林真理子世代のオバサンたちのニーズに合わせて、世の中の空気が作られていく。
 
 その証拠に、いまテレビCMの中心となっているのは、60代~70代のオバサン向け “アンチエイジング商品” ばかりである。
 サプリメントから、白髪染め、化粧水、ジュエリー、ウィグ、保険。
 地上波でも、昼から夕方の時間帯はオバサン向けCMが中心。
 BSなどになると、昼夜を問わずオバサン向けCM以外のものが流れることがない。

 小物類から旅行商品に至るまで、次の時代は(しばらくの間)リアルタイムで平成バブルを楽しんだオバサン女子がリードしていく。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

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