ニートRV「ウィネベーゴ・フューズ」

 
「フューズ」に見る “融合” の思想

 北米モーターホームにまったく新しい風が吹き始めた。
 長らくアメリカンモーターホームのカットウェイシャシーとして使われていたフォード・エコノラインがフェイドアウトしていったなかで、その後継機種として位置づけられたフォード・トランジット(350HD)がいま圧倒的な存在感を示し始めている。

 そのトランジットをベースに開発された新世代モーターホームの筆頭が、「ウィネベーゴ・フューズ(Winnebago Fuse)」である。

▼ 「フューズ」エクステリア

 米国ウィネベーゴ社によって開発されたこのクラスCモーターホームがアメリカでデビューしたのは、今から1年半ほど前。
 日本においては、昨年12月に、ウィネベーゴ社の正規代理店である(株)ニートRVの内覧会にてお披露目され、2017年2月の「ジャパンキャンピングカーショー」(幕張)で国内デビューを飾った。

▼ 「フューズ」インテリア

 「フューズ」という車名に込められた意味は何だったのか?

 ジャズやロック、ソウル、ポップスなどが融合した音楽を “フュージョン” と呼ぶように、「フューズ」とは、異なるものが溶け合って融合した状態を指す。
 名前に込められた意味をたどっていけば、開発者たちがこのモーターホームに込めた “思想” のようなものが浮かび上がってくる。
 
 すなわち、「アメリカンモーターホーム文化」と、「ヨーロッパRV技術」の融合。
 「革新的テクノロジー」と、「伝統回帰デザイン」の融合。
 そして、「誠実なエコ志向」と、「奔放な遊び心」の融合。

 そのような、それぞれベクトルの異なる個性が、「ウィネベーゴ・フューズ」という一つの完成度の高い “作品” に収れんしていくのを見てしまうと、まさに目の前で奇跡が起こったような気分になる。

▼「フューズ」エクステリア スライドアウトルーム

 
 
ついにディーゼルエンジンを採用
 
 では、突出した個性同士が融合し、より高次な技術的表現に昇華した具体例を見てみよう。

 まず、エンジン。
 “パワーストローク” というニックネームを持つ高性能エンジンが採用されている。
 3200cc ・直列5気筒
 コモンレール・ターボディ-ゼルエンジン
 最高出力137kW(185ps)/3000rpm
 最大トルク474Nm(48.4kg-m)/1500~2500rpm
  
 スペックこそエコノラインに及ばないものの、注目すべき点が一つ。
 もうガソリン車ではないのだ。

 ここに至るまでの道のりは長かった。
 ヨーロッパでは乗用車から商用車、RVに至るまでディーゼルエンジンが主流になってきているというのに、これまでアメリカ人はずっとガソリンエンジンにこだわり続けてきたからだ。

 この「フューズ」が生まれる前、ウィネベーゴ社は、欧州車のフィアット・デュカトの派生形であるクライスラー・ラム・プロマスター3500をベースにした「トレンド」というクラスCと、「トラバト」というクラスBを発売していた。

▼ ウィネベーゴ「トレンド」

 「トレンド」、「トラバト」のエンジンはガソリン。
 本来がディーゼルエンジンのデュカトベースでありながら、わざわざガソリンエンジンに換装して使っていたのである。

 それは、長い間、原油を安価に手に入れることができたアメリカの消費構造がもたらした “習慣” であったが、たぶんに、快楽・快適を愛するアメリカ人の生理から来るものもあった。
 すなわち、アメリカ人は、「エコ」とか「燃費」を意識してディーゼルを選ぶヨーロッパ人の “我慢を強いられる文化” よりも、ガソリン車の “スカッとさわやか” な運転感覚の方を好んだのである。

 しかし、フォート・トランジットでは、ついにパワーユニットを、欧州のディーゼル車では当たり前となっているコモンレールディーゼルエンジンに替えた。
 このエンジンは、排気ガス規制への対応のために生まれてきたような性格を持っており、CO(一酸化炭素)、HC(炭化水素)、NOx(窒素酸化物)などの排出量を低レベルに抑えているところに特徴がある。
 
 
アメリカ人はやはりFR車が好き
 
 このように、環境問題にシビアなスタンスを取るヨーロッパ流エンジンを採り入れながらも、トランジットは、一方ではアメ車らしい豪快な乗り味を忘れなかった。駆動方式には、車体の下でプロペラシャフトが回転していく力動感をみなぎらせたFRが選ばれたのだ。

 やはり、アメリカ人は、前輪が大地を引っかいて前進するようなFFよりも、後ろから力強く車体を押していくFRの乗り味が好きなのだろう。

 また、コーチ部分の架装重量が増えすぎると、FF車はフロントタイヤに掛かるトラクションが減って路面との摩擦係数も少なくなるため、駆動力が不安定になりがち。
 そのため、雪道などではFRより不利になる場合もある。
 FR車にこだわったのは、自動車大国アメリカのこだわりでもあったのだ。

 ここにパワートレーンにおける「アメリカ人の嗜好」と「ヨーロッパ技術」の融合が見えてくる。

▼ 「フューズ」フロントフェイス

 それはトランジットの “顔” にも表れている。
 エコノライン(写真下)の角ばったボンネット形状に比べ、トランジットはノーズがスラントしているため、どこかセミキャブオーバー風のフロントマスクに見える。
 しかし、ボンネット内部にはしっかりと縦置きエンジンが貫かれている。

▼ エコノラインのエクステリア(ウィネベーゴ・アスペクト)

 「フューズ」の縦置きエンジンというのも、アメリカ人好みだ。
 それはFRとの相性が良いからだ。
 前述したことに関連するが、FRならばFFに比べて前後の重量配分が安定し、その分、自然な乗り味が得られる。
 これもアメリカ人らしい嗜好といえるだろう。

 また、後輪がダブルタイヤになっていることも、耐荷重性能を上げることにつながり、トランジットのモーターホームシャシーとしての信頼性を高めることに貢献している。
 
 
運転席はトラックではなく乗用車
  
 運転席まわりの “光景” も変わった。
 インパネのデザインは、トラックではなく、もう乗用車である。
 ステアリングなどは、スポーツカーを思わせるほど、小径だ。
 
▼ 「フューズ」のインパネデザイン

 
 さらに、助手席には回転ベースが採用され、23Tなどでは、ヨーロッパ車のように、テーブルを挟んでセカンドシートと向き合う対面ダイネットを形成することもできる。 

 トランジットに搭載された先進技術は、これにとどまらない。
 たとえば「レーンキーピングシステム」。
 これは、運転中、気づかぬうちに進路から外れ、うっかり道路の白線を踏むとステアリングが微振動を発して警告する安全装置だ。
 また、登坂中に、ブレーキペダルからアクセルペダルに踏みかえる際、ペダルを一瞬離しても、坂道における停止状態をキープする「ヒルスタートアシスト」も組み込まれている。
 
 
内装はアメリカントラディショナル
 
 繊細にして、大胆。
 アメリカ的な磊落(らいらく)さと、ヨーロッパ的な緻密さを “融合” させたこの「トランジット」というベースシャシーに、ウィネベーゴ社は、またそのキャラクターにぴったりの内装を創造した。

 一言でいえば「ネオ・クラシック」。
 ニートRVの広報媒体によると、
 「アメリカン・トラディショナル」。
“古き良き時代にさかのぼった” といってもよいくらいの復古調デザインが強調されているという。

▼ 「フューズ」インテリア

 このことは、アメリカンモーターホームでありながら、ヨーロッパデザインを強く意識した「ウィネベーゴ・トレンド」(写真下)などと比べると分かりやすい。
 「トレンド」では、プラスチック家具などを採用し、無機質な合理性を強調したデザインが採り入れられていたが、「フューズ」では、アーリーアメリカンカラーの木目家具を主体とした温かい内装テイストが復活した。

▼ 「トレンド」インテリア
 
 
 
クラシカルではあるが、レトロではない
 
 しかし、「フューズ」の内装はクラシカルではあるが、レトロではない。
 デザインにおける「アメリカ回帰」は、しばしばレトロの方向に走っていくことが多いのだが、「フューズ」はレトロの対極にある「格調」を重視している。

 「レトロ」のベースとなるものはポップ感覚(↓)である。

▼ ポップ感覚に満ちた愛らしい形のティアドロップ型のトレーラーなどの人気が復活しているのも、レトロ感覚

 しかし、デザイン上の懐古趣味にはもう一つあり、それが「ネオ・クラシック」だ。古代ギリシャ建築を模したホワイトハウスの建物のようなデザインといっていい。

 では、「フューズ」の伝統回帰は、具体的にどのようなところに現れているのか?

▼ オーバーヘッドキャビネット

 たとえば、オーバーヘッドキャビネット。
 扉が引き戸だ。
 日本人にはなじみのある家具形状といってもいいが、最近モーターホームの世界では、このようなスライドドアは影を潜めていた。
 従来のキャビネットドアは、ラウンドした扉部分をポンと押すだけで自動的に開く構造のものが主流であった。
 しかし、「フューズ」では、それをあえて昔風のスライドドアに戻している。収納作業の安定感を取り戻す意味と同時に、クラシカルな意匠の格調を重んじた配慮といえる。

▼ 「フューズ」のキッチン

 キッチン周りのデザインも、テーマは “融合” 。
 アートっぽい弧を描く不定形の2口コンロは、完全にヨーロッパ風。
 カランの首がフレキシブルに曲がるフォーセットの形状もヨーロッパ調。
 それでいて、実用的な深さを保ったシンクは、アメリカンモーターホームの美点をそのまま継承している。
 
 
個性的なフロアプラン
 
▼ ニートRVが導入した「フューズ」のレイアウトは2パターン。上が23A。下が23T。23Aは前側のリビング部分がスライドアウトして延長されるタイプ。23Tは、リヤ側のベッドスペースがスライドアウトして広がるタイプ。



  
 ▼ 23Aのレイアウトでは、リヤにスライディングドアで仕切られるトイレ・シャワーコンパートメントが配置される。シャワーパンが広いので、散歩から帰ってきた大型犬などの足を洗ったりするときに楽だ。

 ▼ 2ドア冷蔵庫はノアコールド製の静音型。モーターなどの可動部分がないRV専用タイプだ(3ウェイ 150㍑)。

 ▼ 23Aのリビング。ベッドメイクすると、幅810mmのベッドで二つ生まれる。左側のベッドは、延長マットを埋め込むと全長2030mmまでサイズアップする。

 ▼ マットレスの下には、「フロリー・デラックス・スリープシステム」と名付けられた “快眠を約束する” 構造のベッドシステムが採用されている。

 ▼ キッチンキャビネットと床の間に、空間が設けられている。この隙間に足の指先を入れられるようになっており、キッチンの立ち仕事が続いたときに生じる腰痛などの原因を取り除くようになっている。


 
 
Make America Great Again
  
 「フューズ」で追求されたクラシカル志向は、ウィネベーゴ社に限ったことなのだろうか。
 ニートRVの猪俣慶喜取締役によると、「伝統回帰」は最近のアメリカンモーターホーム全体の傾向だという。

▼ ニートRV 猪俣取締役

 「ウィネベーゴも “トレンド” においては、ヨーロッパ車を意識したFF車をベースのモーターホームに手を染めましたが、やはりアメリカ人は伝統的なFRのフォードシャシーに乗りたいんですよ。
 内装も、“トレンド” のような近未来的でクールな意匠よりも、人のぬくもりを感じさせる温かいデザインの方が好まれる。アメリカ人の生活感覚というのは、建国以来変わらないといえば変わらないのです」

 「アメリカ人の伝統回帰」といえば、すぐ連想されるのはトランプ大統領の掲げた「Make America Great Again(偉大なるアメリカの復活)」という言葉だろう。
 この言葉に共感した人たちが国民の半数近くにのぼったからこそ、彼は大統領になれた。

 このトランプ氏の掲げる “アメリカの復活” と、最近のモーターホームの伝統回帰は、どこかで通底しているものがある。

 われわれ日本人は、トランプ支持者の思想傾向を、ともすれば「保守化、右傾化、民族差別化」などというレッテルを貼って、あたかも政治現象のように捉えがちだが、アメリカ人の伝統回帰というのは、そんな尖ったものでも狂信的なものでもないのかもしれない。
 
 それは、かつてのアメリカ国民が、西部劇ヒーローのジョン・ウェイン(写真下)に憬れたような、ごくごく単純な「強いもの、頼りがいがあるものが好き」という悪意のないマッチョ信仰にすぎない。
 

 
アメリカのピックアップトラックブーム

 アメリカ人の無邪気なマッチョ信仰を示す例として、こんなものもある。

 2016年に、アメリカの女性を対象にし、「どういう車に乗っている男性が魅力的か?」と尋ねる調査が行われたという。
 その結果、「ピックアップトラックに乗った男性」という答が32%を獲得して、27%の「スポーツカーに乗った男性」を上回ったらしい。
 車がなければ移動も生活もできないアメリカでは、ピックアップトラックを持っている男は「頼りがいがある」と見なされる傾向が強いのだとか。

▼ アメリカのピックアップトラック

 ちなみに、「魅力的な男性が乗る車」をブランド別に集計すると、1位が「フォード」(16%)、2位が「シボレー」(13%)、3位が「ポルシェ」(11%)だったとのこと。
 
 リーマンショックによって壊滅的に落ち込んだアメリカの自動車販売は、その後順調に回復し、現在は年間1,750万台まで伸びてきたという。
 それをけん引したのはピックアップトラックであるらしい。2016年9月のデータによると、アメリカの自動車販売の51%がピックアップトラックを含むライトトラックだったそうだ。

 モーターホームシャシーにおけるフォード・トランジットの人気は、そういう “フォードトラックブーム” をも反映しているのかもしれない。
 
 
ウィベーゴ・フューズWF423A 概要
 
【ベース車】 フォード・トランジット350HD
【乗車定員/就寝定員】 4名/4名
【全長/全幅/全高】 7,350mm/2,320mm/3,110mm
【排気量】 3,200cc
【最高出力】  137kW(185ps)/3000rpm
【最大トルク】 474Nm(48.4kg-m)/1500~2500rpm
【ミッション】 6速AT
【駆動方式】 2WD FR
【燃料】 軽油
【車両本体価格】 13,500,000円(税抜き) 
【主要装備】 エアコン/冷蔵庫(3ウェイ)/ガス式FFヒーター/給水タンク(102㍑)/ブラックタンク(162㍑)/グレータンク(155㍑)/ビルトイン調理器具/温水シャワー/サブバッテリー/電動サイドオーニング/外部電源/ルーフベンチれーたー/ルーフエアコン/マリントイレ/遮光カーテン/ツインベッド/外部収納庫(654㍑)他

ニートRV URL:http://www.neatrv.com/

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キャンピングカーライフの新しい楽しみ方

 
「くるま旅クラブ」、
「車中泊パーク」、
「レンタルキャンピングカー」を徹底解析

 かつては、使いこなすにはそれ相当の知識や技量が必要だと言われてきたキャンピングカー。
 しかし、現在のキャンピングカーは乗用車の延長のようなものとして、購入したその日から気軽に旅行に出かけられるものが主流になってきた。

 それにはキャンピングカー技術の進歩も影響しているが、それだけではない。「RVパーク」や「湯YOUパーク」といったインフラの整備。「くるま旅クラブ」のようなユーザー組織によるサービスシステムの確立。
 さらにはレンタルキャンピングカーのようにキャンピングカーを試験的に体験できるビジネスが普及するなど、環境面での整備が進んできたことも大きい。

▼ RVパーク「道の駅・南きよさと」(山梨県)

 ここでは安全で快適なキャンピングカーライフを約束するそれらのシステムを徹底解析する。
 
 
キャンピングカーを購入したら
まずユーザークラブに入会

 
会員数6千5百人という日本最大の
キャンピングカークラブ「くるま旅クラブ」

 キャンピングカー旅行を「くるま旅」と表現することがある。
 観光旅行や温泉めぐり、あるいは釣り・スキーといった趣味を追求する車として扱うときの言葉だ。
 そのようなキャンピングカーに備わっている広がりのある世界をサポートするユーザー団体が「くるま旅クラブ」だ。

▼ くるま旅クラブ ロゴ

 現在、その会員数は約6千5百人。このクラブに入会すると、数々のキャンピングカー用施設が使えるようになるほか、JRVA(日本RV協会)が主催するキャンピングカーイベントに無料で入場できたり、フェリー料金の割引きが適用されるなど、数々の魅力的特典が得られるようになっている。

 さらに、昨年あたりから新しいサービスも加えられ、同クラブはまさに我が国のキャンピングカーライフを根底から支える大組織に成長。そのサービス内容の進化には目を見張るものがある。

▼ くるま旅クラブの会員に郵送される会報誌『旅楽』

 この「くるま旅クラブ」の会員システムには四つのタイプがあり、入会者はそれぞれ好きなものを選べるようになっている。

 いちばん手軽なのは「スタンダード会員」。
 年会費1800円/入会金1000円と基本料金も安い上に、主要都市で開催されるJRVA特別協賛イベントにも年1回だけ無料入場できるほか、フェリー料金の割引きがあったり、湯YOUパークなどが利用できるといった基本サービスが受けられるようになっている。

 この「スタンダード会員」のサービス内容に加え、ワンランク上のサービスを提供しているのが「プレミアム会員」だ。この会員になると、同クラブの会報誌『旅楽』などに添付されるプレミアムクーポンを利用することにより、RVパーク、湯YOUパークなどの施設でより魅力的な特典が得られるようになり、フェリー会社によってはお食事券やワインのプレゼントがあったりする。

▼ プレミアムクラブの会員証

 そのほかにも、キャンピングカーイベント会場に設定された特別休憩施設のプレミアムラウンジで、無料の軽食などを味わいながら優雅な休憩タイムを過ごすこともできる。
 プレミアム会員の年会費は5000円/入会金は3000円と多少高めだが、キャンピングカーイベントの会場にも会員証を提示するだけで何回も入場できるなどの特典がつくので、元を取るのも簡単だ。

 このように「プレミアム会員」と「スタンダード会員」ではそのサービス内容がガラッと変わってくるのだが、最初に入会するときは、はたしてどちらが得なのだろうか。
 
 
プレミアム会員はファーストクラス
スタンダード会員はエコノミークラス

 
 「くるま旅クラブ」の広報活動を手伝っている漫画家のさいばしんさんによると、「キャンピングカーの使用頻度によって異なってくる」という。

▼ さいばしん さん(ご自身が描かれた似顔絵)

 
 「プレミアム会員」はイメージとしては旅客機のファーストクラス。
 一方の「スタンダード会員」はエコノミークラス。
 すべてにおいてゴージャスで快適なのは「プレミアム会員」の方だが、キャンピングカー旅行はせいぜい年1回。キャンピングカーショーを見学するのも年1回程度の活動を予定している人ならば、料金の安い「スタンダード会員」で十分だという。
 
 一方、月に2~3回のキャンピングカー旅行を計画し、キャンピングカーショーも年に2~3回通うような人ならば、断然「プレミアム会員」の方がお得。
 プレミアム会員の場合は、先述したようにイベント会場に無料で入場できるほか、さまざまな “車中泊パーク” を利用する場合に料金割引きが適用されたり、特典が付いたりする。
 つまり、キャンピングカーの稼働率が高くなればなるほど、「プレミアム会員」のメリットが生まれてくる。

 この二つの会員タイプ以外にも、まだまだ魅力的なシステムがある。
 その一つが、キャンピングカーの購入を検討している人々に “お試し用サービス” を知ってもらうための「ビギナー会員」(年会費3000円/入会金0円)。
 
 また、キャンピングカーを持っていない人のための「ベーシック会員」というものもある。
 この「ベーシック会員」というのは、ミニバンやワンボックスカーのような乗用車ユーザーを対象にした会員制度で、昨年の6月に発足したばかり。
 年会費4000円/入会金2000円を払いさえすれば、キャンピングカーを所有していなくても「くるま旅クラブ」の諸サービスが受けられるようになっている。
 
 
キャンピングカーを買って
泊まる場所に困ったら、まずRVパーク

 このように数々の特典が設けられた「くるま旅クラブ」の会員制度だが、車中泊システムとしてはどのようなサービスが用意されているのだろうか。

 その代表的なものとして、まず「RVパーク」を挙げることができる。
 これはAC電源、お風呂、トイレ、ゴミ処理システムなどを備えたキャンピングカー向けの公認宿泊施設で、2012年7月に山口県・萩市に誕生した「RVパークたまがわ」を皮切りに、2016年12月現在全国に86ヶ所展開しているポピュラーな車中泊パークである。
 もちろん利用料金は発生するが、その金額は2000円程度に収められているケースが大半で、「お金を払っても電源やトイレが使える方がありがたい」と利用者からは好評だ。

▼ RVパークの電源システム(群馬のRVパークおおた)

 このRVパークができるまでは、キャンピングカーユーザーの多くは「道の駅」や「高速道路のSA・PA」の駐車場に車を止め、「仮眠をとる」という名目で夜を過ごしていた。

 しかし、それらの駐車場は特に “宿泊施設” として明記されたものではないためユーザーたちはどこか後ろめたい気分のまま休んでいた。

 RVパークはそのような道の駅や温泉施設の駐車場を有料を条件に「公認された宿泊施設」として解放したもので、そのおかげで、「誰にも気兼ねすることなく堂々と泊まれるようになった」とキャンピングカーユーザーからは大歓迎されている。
 
 
個性豊かなRVパークがぞくぞく誕生

 このRVパークも、最初のうちは「道の駅」の管理者たちの参入が目立っていたが、近年は旅館・ホテル、酒造メーカー、立ち寄り湯、バン工房、レストランなどさまざまな職種の管理者が参入し、それぞれの個性を生かしたユニークなRVパーク開発を進めている。
 
 たとえば、山梨県南アルプス市にある「やまなみの湯」は、12種類のお風呂を持った大型日帰り温泉施設で、富士山と南アルプスの山々を遠望できる雄大な景観を誇っている上、宿泊中のRVパーク利用者は何回お風呂に入ってもよいというシステムなので、なかなかの人気だ。

▼ RVパーク「やまなみの湯」の露天風呂

 
 愛知県犬山市にオープンしている「犬山ローレライ麦酒館」は、この地で地ビールの製造を営む酒造元の経営。
 ここに宿泊すれば、湯上りに作りたての地ビールを味わいながら、レストランで贅沢な料理を堪能することができる。 

▼ RVパーク「犬山ローレライ麦酒館」(愛知県)

▼ RVパーク「犬山ローレライ麦酒館」のレストランの食事

 
 昨年11月に、栃木県那須塩原市に生まれた「那須塩原エヅリン」は、隣にルアー&フィッシングが可能な釣り堀を構えたRVパークで、希望者があればプレミアムヤシオマスという貴重なマスを釣ることもできる。
 またここはゴミ回収業者が運営母体となっているため、不用になった自動車バッテリーや粗大ゴミなども回収するというサービスも行っている。

 西の方にいけば、「京都南鴨川RVサイト」がなかなかの人気。ここはJRVAメンバーの販売店である「バンテック京都」の営業敷地内にあるRVパークで、キャンピングカービルダー「バンテック株式会社」が経営母体となっている。
 
 ここの特徴は京都市内までのアクセスの良いこと。このRVパークに車を置き、バスなどを使って京都観光が楽しめるのが特徴だ。
 しかも敷地内にはランドリー、カセットトイレの汚水処理設備なども完備。さらに出入り口がパーキングゲート式なので24時間出入りが可能というこれまでのRVパークの常識を一歩超えたつくりになっている。

▼ 京都南鴨川RVサイト

  
  
湯YOUパークで「温泉&車中泊」
  
 このようなRVパークは、「くるま旅クラブ」の会員でなくても利用できるように、広く一般車両に門戸を開放しているが、「くるま旅クラブ」が用意している “車中泊パーク” というのはRVパークだけではない。
 他にも「湯YOUパーク」、「ぐるめパーク」、「とれいんパーク」、「民パーク」などといった「くるま旅クラブ会員」だけが利用できるさまざまな施設の整備が進んでいる。

 なかでも人気が定着したのが「湯YOUパーク」だ。
 これは日本全国の温泉旅館・ホテルの駐車場に自分のキャンピングカーを停めて車中泊し、お風呂はその旅館の入浴施設を使うというもの。

 RVパークと違って、必ずしもAC電源が整っているわけでもなく、ゴミなども原則持ち帰りとなるが、本来ならば旅館に泊まらなければ利用できないお風呂をゆったり堪能できるというメリットがあり、しかも事前に予約を入れれば、その旅館が宿泊客に供する食事が食べられることもある。

▼ 温泉は日本人にとって「魂の休憩所」だ

 この湯YOUパークのシステムを受け入れてくれる旅館・ホテルのことをJRVAでは「パートナー」と呼び、現在そのパートナー数が130件程度まで広がってきている。
 そのためキャンピングカー旅行中に「湯YOUパーク」を利用できる確率もそうとう高くなってきた。
 
 
新しい “車中泊システム” にかかる期待
 
 現在、「くるま旅クラブ」が力を入れているのは、RVパークや湯YOUパーク以外の新しい “車中泊システム” の開発だ。
 その一つに、レストランなどで食事をした後、その駐車場で車中泊できる「ぐるめパーク」がある。

▼ 料理を楽しめるRVパークもたくさんできてきた(画像はRVパーク犬山ローレライ麦酒館)

 
▼ RVパーク「やまなみの湯」の名物ラーメン

 キャンピングカー旅行の楽しみの一つとして、車内での晩酌を挙げる人たちも多い。
 その場合のツマミやサカナは、スーパーやコンビニで購入した惣菜などが多くなるが、「グルメパーク」ではシェフや板前さんの調理する本格的な料理に舌鼓を打ちつつ酒を楽しみ、酔った後は駐車場に停めた車でそのまま寝ることができる。
 このような「ぐるめパーク」は、現在全国で11ヶ所展開しており、今後はさらに増えていく予定だ。

 また、ローカル鉄道などの駅の施設内で車中泊し、車の旅と鉄道の旅を両方満喫できる「とれいんパーク」というものもある。

 この「とれいんパーク」はまだスタートしたばかりなので、現在認定されているのは茨城県ひたちなか市の「とれいんパーク磯崎駅」一件のみ。
 しかし、自分の車を「とれいんパーク」エリアに停めたまま2~3駅ほど電車に乗り、車窓から景色を眺めれば、ちょっとしたローカル線旅行の気分も満喫できる。鉄ちゃんにはうれしい車中泊パークといえるだろう。

 一方、のどかな農村、離れ小島、ひなびた港町など、普通だったら宿泊施設がないようなところでも車中泊ができる「民パーク」というシステムもある。

 これも新しく開発されたシステムなので、現在のところは佐賀県唐津市の「Glamping Cafe 3/16」があるのみ。
 しかし、ここは50平方メートルのアウトドアキッチンや16平方メートルのウッドデッキを備えた今流行のグランピング施設なので、施設内容はハイグレード。
 ロケーションも最高で、唐津湾、虹の松原などの眺望を楽しみながら食事もできるとあって早くも人気を集めている。
  
   
レンタルキャンピングカーという新しい楽しみ方が急浮上
  
 このような「くるま旅クラブ」のサービスが充実してくるとともに、キャンピングカーを持っていない人たちからも、キャンピングカーユーザーと同じようなサービス内容を享受したいという要望が高まってきた。

 そのような声に応えるために、「くるま旅クラブ」事務局が昨年の6月からスタートさせたのが「ベーシック会員」というタイプの会員制度だ。
 これはキャンピングカーではなく、ミニバンやワンボックスカーといった乗用車のオーナーでも入会できるようにしたものだが、受けられるサービス内容は「スタンダード会員」と変わらない。

 ただし、料金は多少高くなり、年会費4000円/入会費2000円となる。スタンダード会員のほぼ倍額となるが、もともと「スタンダード会員」や「プレミアム会員」の料金というのは、JRVAに加盟している業者からキャンピングカーを買ったことへの特典によって安くなっているために、この「ベーシック会員」の料金体系の方が入会金・年会費としては通常の額であると考えていいかもしれない。

 この「ベーシック会員」を設けた理由のひとつに、レンタルキャンピングカーを使った場合においても「くるま旅クラブ」が提供しているサービス内容を享受したいという要望が増えてきたことがあるという。
 前出の漫画家さいばしんさんはこう語る。
 
▼ さいば しん さん

  
 「くるま旅クラブというのは、基本的にご自分のキャンピングカーを持っていらっしゃる方々を対象としたクラブなんですが、キャンピングカーを持っていない方でも、レンタルキャンピングカーを使ってくるま旅クラブのシステムを利用したいと思われる方がおられたり、また1台のキャンピングカーで満足するのではなく、さまざまなレンタルキャンピングカーで気分転換を図りながらくるま旅クラブのサービスを受けたいという方もいらっしゃるんですね。
 ベーシック会員というのは、そういう方々にもお役に立てるプランだと思っています」
  
  
なぜレンタルキャンピングカー産業は元気なのか?

 さいばさんによると、このような形でレンタルキャンピングカーを利用している人々は確実に増えているという。
 その背景には、急なマーケットの拡大に対して、キャンピングカー業界の生産が追い付かないという状況が反映されているのではないかと、さいばさんは見る。

 「とにかく、現在キャンピングカーを買うとなると、人気車の場合は契約を結んでから1年ぐらい待たされるというケースも出てきています。
 待ちきれない人のなかには、“ならば中古車でいい” と思う人もいるだろうし、納車されるまではレンタルキャンピングカーでしのごうとする人もいらっしゃるでしょう。
 また、そういう流れとは別に、稼働率を考えると、キャンピングカーを買ってもそんなに運転しないだろうと思われる方もいらっしゃるでしょうから、そういう方は、“使うときだけレンタルすればいい” と合理的に考えるかもしれません。
 さらに、自宅の車庫が狭いのでキャンピングカーは入らないと判断された方もレンタルキャンピングカーを活用した方がいいと思うのではないでしょうか」
 
 
キャンピングカー利用者の意識変化が、
レンタルキャンピングカーブームをつくる

 このようなキャンピングカー利用者の意識の変化が「レンタルキャンピングカー市場」という新しいマーケットを生み出したと読んだ人がほかにもいる。
 日本全国のレンタルキャンピングカー情報をネットで展開しているアイビル株式会社の川田智志社長はこう語る。

 「レンタルキャンピングカーというと、今まではキャンピングカーを作ったり販売していた業者さんがメイン業務を補佐する事業として考えていたようなところがありました。
 しかし2年ほど前からは、これまでキャンピングカー事業に携わったことのない企業さんがどんどん参入してくるようになり、一種の “群雄割拠” 的な状況を呈するようになってきたのです」

▼ アイビルが管理している全国のレンタルキャンピングカー情報「レンタルキャンピングカーネット」。全国のレンタカー情報が集約されている便利なサイト

http://www.rental-camper.jp/
  
 そのようなレンタルキャンピングカー事業が活発化してきた理由の一つに、キャンピングカー利用者の意識の変化が反映していると川田さんは語る。
 つまり、これまでのキャンピングカーの利用法というのは観光旅行の足として使うかキャンプ場でキャンプすることが中心で、使用目的のメインは温泉巡りだった。

 「しかし、最近のキャンピングカー利用者は使用目的がとても広がっています」
 と川田さん。
   
   
今までとは違ったキャンピングカー
の使い方をする人が増えた

 たとえば最近多いのは市民マラソンに参加する人たちがその休憩や着替えをするための基地としてレンタルキャンピングカーを借りるというケース。
 また、アイドルの地方コンサートに行こうと決めた女性たちが、ホテル代わりにレンタルキャンピングカーを借りて、コンサート会場近くの駐車場に泊まるというようなケース。

 さらには、子供の誕生パーティーの会場として、家の庭に大型キャンピングカーを借りて、子供たちを喜ばせるというような使い方。あるいはお父さんたちがゴルフコンペに出かける際の宿代わり。

 そういうように、利用者の使い方が非常に多岐に渡ってきたことがレンタルキャンピングカーの需要に拍車をかけたと川田さんはいう。

 前出のさいばしんさんも、同じようにキャンピングカー利用者の意識の変化を指摘する。

 「最近キャンピングカーユーザーで増えているのは、1台のキャンピングカーを何人かで共同購入し、それをシェアリングするというケースなんですね。そうすればある程度の装備品を搭載した価格の高いキャンピングカーを買っても、各個人の出資額はリーズナブルなものになります。
 そしてその車を、仲間の誰も使用しないときは、レンタルキャンピングカー業者さんに貸し出す。そういう動きに呼応して、そのようにシェアされた車を活用するレンタルシステムを構築している業者さんも出てきています」
 とさいばしんさんは言う。
  
  
キーワードは “ゆるキャン”

 「キーワードは“ゆるキャン”ですね」
 とさいばさん。
 つまりは、ゆるい気分でキャンピングカー旅行を楽しむことだという。

▼ さいばしん さん

 「キャンピングカーだからといって、堅苦しい気持ちで使わずに、みんなでワイワイと楽しさを共有するという意識が利用者の間に生まれています。
 テントキャンプでも、今の新しい流れは “グランピング” に向かっています。
要は、手ぶらでキャンプに行き、豪華な施設で、ぜいたくな料理や宿泊を楽しむ。
 その分おカネもかかるけれど、気分は “楽ちん” 。キャンピングカー旅行でも、そういう “楽ちん” 志向が生まれていると思います」

▼ キャンピングカーによる温泉めぐりも大人気

 そういう時代の気分を反映して、「くるま旅クラブ」ならではのリッチなサービスを享受したいという人も増えているとか。
 そして、そういう旅のスタイルにはレンタルキャンピングカーが理想的。今後は「くるま旅クラブ」と「レンタルキャンピングカー」がコラボしたような新しいキャンピングカーライフが生まれてくる可能性が高い。

くるま旅クラブURL:http://www.kurumatabi.com/
レンタルキャンピングカーネット(アイビル)URL:http://www.rental-camper.jp/

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※ この記事は、(株)カー&レジャーニュースさんから原稿執筆のご依頼をいただき、2月2日発売の『週刊Car &レジャーニュース』(2536号)に掲載されたものを、同社のご許可をいただいて多少見出しや画像などを変え、blog用にリライトしたものです。

『週刊Car &レジャーニュース』

 「週刊Car&レジャーニュース」は1968年に創刊された由緒ある自動車専門紙。国内外の乗用車をはじめ、RV車 キャンピングカー、福祉車両、レーシングカーなど、車全般の最新情報に加え、カーエレクトロニクス商品や車載機器、自動車イベントなど、車を取り巻く幅広い情報を満載している人気メディア。
 発行は毎週金曜日。「東京モーターショー」、「東京オートサロン」などの自動車イベントはもとより、関東の主要キャンピングカーイベントの会場でも配布されている。

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Car&レジャー 最新ニュース http://www.car-l.net/
 

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日産キャラバン リチウムイオンバッテリー搭載車

 
 2017年2月初旬に幕張で開催された「ジャパンキャンピングカーショー」では、キャンピングカーテクノロジーの最新の姿を伝えるプレゼンテーションがたくさん試みられた。
 その一つが、リチウムイオンバッテリーを搭載した「NV350キャラバン “グランピングカー” (キャラバン・キャンピング特装車ワイドボディ)」である。

 グランピングとは、「グラマラスなキャンピング」を意味する造語で、いわばゴージャスで快適な究極のアウトドア。
 すなわち、高級ホテルのような華やかさと贅沢さを備えた住環境を、満天の星がまたたく大自然のなかで実現しようという試みのことをいう。

▼ 今回の展示車両のベースとなったキャラバン・ワイドボディ

 日産自動車のブースで展示されたNV350キャラバン “グランピングカー” とは、そのような “贅沢キャンプ” を、まさにキャンピングカーの車内で満喫しようというコンセプトで開発された車だ。

 では、その中身とは、いったいどのようなものなのか?

 エアコン、テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、DVDプレイヤー、オーディオ、各種照明など、キャンピングカーで使用される電装機器はけっこう多い。
 しかし、一般住宅と違って、電力供給が安定しないキャンピングカーの場合は、それらの電装機器を使用する時間が限られてしまう。

 キャンプ場やRVパークのように、AC電源が供給される環境で泊まる場合は使用時間を気にすることなく安心して電気を使えるが、長旅になると、道の駅や高速道路のSA・PAといった電気の供給が受けられない場所で休まざるを得ないこともある。

 そうなると、搭載している電装機器を使うとき、その消費電力がどのくらい残っているかということを常に意識しなければならない。走行充電が不充分な場合は、電気がなくなる時間は意外と早く訪れる。
 
 そのような不安を解消するために、これまでサブバッテリーの増設やバッテリーを補充電するソーラーパネルの設置、あるいは発電機の搭載など、さまざまな工夫が試みられてきた。

 しかし、エアコンや電子レンジなどの消費電力の大きい家電品を駆動させようとすると、そういう従来型の電装システムは、どうしても克服すべき問題が多少残ってしまうのだ。
 すなわち、バッテリー増設といっても鉛バッテリーの場合は重量が増えるという問題が出てくるし、発電機の場合は騒音に対する配慮に神経をつかう。

 こういう問題を解消するために登場した救世主がリチウムイオンバッテリーである。

  ▼ 日産のリチウムインバッテリー

 これは従来の鉛バッテリーに比べ、
 ・重量が軽い
 ・充電効率がいい
 ・発電容量が大きい
 ・寿命が長い
 などといった数々のメリットを持ち、キャンピングカーが搭載する家電商品を、まさに家庭と同じように使えるレベルに引き上げる夢のバッテリーといっていいだろう。

 ただし、これまでキャンピングカー用に製品化されたものは、まだ開発されて数年しか経っていないために、いったいどの程度信頼できるのか、それを確かめる実証的データが乏しかった。

 もうひとつの問題は、価格が高いこと。
 リチウムイオンバッテリーの場合は、1システムで100万円代の半ばから後半までの価格帯を覚悟しなければならない場合もあり、いざそれを組み込んだ完成車を購入するとなると、さすがに躊躇する人もいた。

 もちろん、搭載家電のすべてがリチウムイオンバッテリーを軸として設計されてくるので、トータルで考えればリーズナブルな価格でもあるのだが、費用対効果を考えると、やはり二の足を踏む人もいただろう。

 そこで登場したこの「NV350キャラバン “グランピングカー” 」。
 この車が画期的なのは、自動車メーカーの日産がこの車両の保証を実現したところにある。
 つまり、バッテリー部分の点検、故障、メンテナンス、リコールなどもすべて日産自動車が責任をもって負うということなのだ。

 これが意味するものは大きい。
 すなわち、「保証を付ける」と言い切れるほど、製品が安定していることを意味するからだ。

 なにしろ、このバッテリーは、世界で23万台も走っているという電気自動車の「日産リーフ」に用いられているものなのである。
 世界中で23万台走っているということは、日産のスタッフが計算したところ、「約27億kmの走行テストを経験してきた」と言い直してもいいということになる。
 その間、不具合の生じたバッテリーはゼロ。
 当然、そのバッテリーを流用したNV350キャラバン・キャンピングカーは、絶大な信頼性を獲得したものであると断言していい。

▼ 展示車に搭載されたリチウム・イオンバッテリー。整然と3系統に分かれている。非常にコンパクトに収まっているが、架装メーカーが勝手にこの位置を変えることはできない。

 では、このバッテリーを搭載した車を使うことによって、いったいユーザーはどういう恩恵に与かることができるのだろうか。

 キャラバンを使った数々のキャンピングカーを開発している「日産ピーズフィールドクラフト」の畑中一夫社長(写真下)は、こういう。

 「このバッテリーの総電力量は12kWh。これはとてつもない電気容量を確保したことになり、一度充電しておけば、電源供給のまったくない環境でも、エアコン、IH 調理器、電子レンジ、テレビ、DVDプライヤー、冷蔵庫などの電化製品を、2泊3日から3泊4日ぐらいまで、まったくストレスなく使うことができます」

 しかも、1.5kWを出力するバッテリーが3系統に分かれているため、消費電力の多い家電を同時に使うことができる。
 つまり、一つの系統でエアコンを回したまま、もう一つ系統で電子レンジを駆動させるなどといった芸当もできるようになったのだ。

 ただし、走行充電はできない。
 走行充電を可能にするシステム構築も可能だが、そこまで組み込むとなると機構も複雑になり、コストも膨れ上がってくるため、今回は見送られたという。

 充電する場合は、家庭のコンセントを使ったり、キャンプ場やRVパークなどでAC電源を借りて行うことになるが、所用時間はだいたい8時間程度。
 しかし、一度充電してしまえば、前述したように、2~3泊ぐらいならまったく問題のない電化生活を堪能することができる。

 この車、さて、車内で惜しみなく電気を使えるというメリット以外に、どんな楽しみ方があるのだろうか。
 前出の「日産ピーズフィールドクラフト」畑中社長は語る。
 
 「100Vのアウトプットがあるので、アウトドアで使えば、車自体を巨大なバッテリーとして活用することができます。
 たとえば、アンプなどにつないで野外コンサートもできる。
 また、山奥などの建設現場で工事を指揮する場所などに使うことも可能でしょう。電気の来ない場所でも、この車を1台持っていけば、IH 調理器や電子レンジを使って食事を作ったり、パソコン作業をしたりこともできます」

 さらに、この車はシティユースにおいて絶大なる力を発揮すると、畑中社長は付けくわえる。

 「なにしろエアコンが自在に使えるので、夏の暑い盛りでも、出向いた先が冷房の効いた “オフィス” になるんですね。
 つまり移動事務所として使えば、快適な商談スペースや休憩室として活用できます。搭載した家電を使って簡単にお湯も沸かせますから、お茶出しなどもすぐにできますし、冷蔵庫で氷を作るのも簡単。景色の良い駐車場などに停めておけば、夜はバー代わりにお客様を接待できます」
 と同社長は語る。
 
 日産としては、この車を17年度のうちに実売に漕ぎ付けたいという。
 各ビルダーへデリバリするときの価格はまだ未定だが、ベース車両の価格に、バッテリー代として150万円程度を載せたものに収まりそうだ。
 国産キャンピングカーがまた一つ大きな飛躍を遂げそうなベース車の誕生である。
 
  
リチウムイオンバッテリー スペック
 
【総電圧】 360V
【定格出力】 2.0kW
【総電力量】 12kWh
【充電】 単層/交流/100V/50-60Hz
【充電時間】 8時間
 
 
参考記事 「キャンピングカーメーカー対談」(畑中社長ロングインタビュー)from 『キャンピングカースタイル』
 
関連記事 「リチウムイオンバッテリー搭載車 日産NV350キャラバン“グランピングカー”」from『キャンピングカースタイル』
 
 

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国産キャンピングカー用フィアット・デュカト シャシー

 
 2017年2月初旬に開かれた「ジャパンキャンピングカーショー」会場で、一般の見学者と、日本のRVビルダーの両方から熱い視線を集めた1台の車があった。

 イタリアフィアット社の商用車ブランドである「フィアット・デュカト(fiat Ducato)」のバンタイプボディである。
 写真で見てのとおり、中はがらんどうだ。
 

 この内装も組み込まれていないシャシーが多くの人の注目を集めたのは、「このボディを使って国産キャンピングカーを作ってみませんか?」という提案がFCAジャパンという輸入車ディーラーからなされたからだ。

 フィアット・デュカトといえば、1981年に導入されて以来、全世界で500万台以上生産されている商用車。
 スムーズで燃費のよいディーゼルターボエンジン(180ps)、乗用車ライクの運転感覚などに恵まれ、トランスポーターでありながら快適な操作フィーリングを実現した車として絶大な人気を誇っている。
 現在ヨーロッパにおけるキャンピングカーの4台に3台はデュカトであるといわれ、ベース車としての市場占有率は70%を超える。

, そのビッグブランドを使った “国産キャンピングカー” がついに誕生するのか?
 見学者の関心はその一点に集中した。
 
 その可能性はかなり高い。
 しかし、まだ決定されてはいない。

 というのは、輸入元のFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)ジャパンが採算ラインとして算出している台数が年間 “数百台” 。1社年間80台程度購入できるRVディーラーが5~6社ほど名乗りをあげないと実現が難しい数値なのだ。
 
 FCAジャパンとしては、契約台数や販売システムに関する取り決めは、購入を検討する日本のRVディーラー各社との相談によって決定するというスタンスなので、具体的な展開があきらかになるのは、1~2ヶ月先ということになる。

 しかし、この車両に対する日本のビルダーたちの関心はそうとう高い。
 数社に聞いてみたところ、「うちは名乗りを上げるつもりだ」と明確な答えを返してくれた会社もすでに登場しており、決定を保留していると言いながらも、魅力的なシャシーであることを認める会社が相当数にのぼった。

 ちなみに、国産ビルダーたちは、このフィアット・デュカトのベースシャシーを具体的にどう見ているのだろうか。
 A社のB社長はこういう。

 「デュカトベースの完成車も日本にはそうとう入ってきている。しかし、デュカトの欧州キャンパーは、基本的にシニア夫婦向けのレイアウトになっており、乗車定員はせいぜい4人で、就寝機能も大人2人がゆったり寝られるような構造のものが多い。
 しかし、日本にはミニバン文化が根付いているため、キャンピングカーにも6人乗車を求める人たちがけっこういる。
 デュカトの内装を国内で組むことができれば、そういう日本人マーケットを意識したレイアウトが可能になる。
 また、現在3タイプの車高が用意されているが、そのうちの超ハイルーフを使えば2段ベッドも楽に組み込めるため、商品力はそうとう高くなる」

 C社のD社長はこういう。

 「せっかく国内で設計できるのだから、ヨーロッパ車のスタイルを真似するのは面白くない。やるんだったら畳敷にするなど、徹底した “和のテイスト” を追求するのも面白いのではないか。
 そのように日本人でなければ作れないものを創造して、逆に海外のショーに持ち込んでみるという手もある。
 仮にそれが売れなくても、海外のユーザーに日本車の造形力をアピールすることはできる。そうすれば、日本のキャンピングカーの認知度も広がり、海外マーケットが開ける可能性も出てくる」

 E社のF社長はこういう。

 「バンボディながら、キャブコンと同じレベルの居住性が確保できそうだ。そうなると、走行性において、これまでの国産キャブコンよりもそうとう安定した走りを持つキャンピングカーが生まれることになる。アイデア次第で、これまでの国産キャンピングカーの流れを変える車になる可能性もある」

 かなり好意的な評価が大半を占めたが、なかには導入そのものを疑問視する声もあった。

 G社H社長の弁。

 「キャンピングカーベース車として魅力あるシャシーであることは間違いない。しかし、1社80台という台数が要求されることになれば、RVディーラーが抱え込むオーダーとしては、かなりリスクが高い。1年目はよいとしても、売れ残った場合、2年目がないのではないか?」

 このように正直に不安を訴える業者もいることにはいた。
 しかし、それでも1~2台なら手掛けてみたいというのが大半の声だった。
 
 
 今回、バンボディだけの展示となったが、フィアット・デュカトにはキャブコン用のシャシーもある。そのなかには、リヤフレームに、定評あるアルコシャシーを採用するタイプも用意され、キャブコンベース車としてのデュカトは、海外ではバンベース車以上に評価が高い。

 はたして、キャブコン用シャシーの国内導入はあるのだろうか。
 FCAのスタッフは語る。

 「RVビルダーさんのご希望があれば、当然それも考えます。しかし、キャブコンシャシーにキャビンを架装するとなると、現状ではキャブコン製作に慣れたビルダーさんに限られてしまうのではないかと考えました。
 そのため、とりあえず今回は、バンコンを製作されているビルダーさんにも関心を持っていただけるようにバンタイプを出展してみました。
 とにかく受け入れ窓口を広くして、多くのビルダーさんに購入を検討していただきたいというのが私たちの意図でした」

 デュカトを買ったあとのサービスシステムはどうなっているのだろうか。

 FCAでは、この車の導入が決定したならば、パートナーを組んでくれる国内のビルダー/ディーラーと提携し、サービスネットワークを構築していく予定だという。

 サービス工場の機能としては、5m以上の室内高を持ち、耐荷重3~3.5トンのリフトを有していることが条件。
 そのようなキャパを持った認証工場に専用テスターを配備し、種々の工具なども用意してテクニカルトレーニングを受けてもらうことになるそうだ。

 パートナーを組むときの条件は厳しいが、FCAではパーツの安定供給はもとより、車両の保証やリコールの対応も考えているというから、購入後の信頼度は高いかもしれない。

 はたして、フィアットベースの国産キャンピングカーは誕生するのだろうか?
 もし、この “物語” が実現したら、それは国産キャンピングカーの新しい歴史の始まりともいえそうだ。

フィアット・デュカト概要(ボディサイズ L )

【車両寸法】 全長5998mm×全幅2050mm×全高2524mm
【室内寸法】 全長3705mm×全幅1870mm×全高1932mm
【エンジン】 直4 マルチジェット インタークーラー付ディーゼルターボ
【排気量】 2287cc
【最高出力】 131kW(177ps)/3500rpm
【最大トルク】 400Nm(40.8kgm)/1500rpm
【ミッション】 ATモード付6速シーケンシャル(コンフォートマチック)
【ハンドル】 右ハンドル
【車両重量】 2055kg
【燃料タンク】 90リットル
【駆動方式】 FF
【サスペンション】 前 マクファーソンストラット/後 リーフリジット
【燃料消費率】 15.1km/㍑
  
 

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織田信長はトランプだった

 
 あまりにも型破りの政権運営によって、ワイドショーにおける人気キャラのポジショニングを不動のものとした米国トランプ大統領。

 日本人の間にも、「怖い」、「下品」、「傲慢」、「不気味」、「反知性的」などというイメージが定着したトランプ氏だが、たぶんこの人の顔が日々のニュースから姿を消してしまうと、みんなかなりさびしい思いに駆られるのではなかろうか。

 つまりは、この人は人気者なのである。
 「嫌われ者」というのは、実は、隠れた人気者であることが多い。

 「いやなやつだ」、「顔も見たくない」、「早く失脚してほしいものだ」とその当時の人間からは嫌われつつ、200~300年ぐらい経つと、歴史上の人気者として祭り上げられているような人もいっぱいいる。

 実は日本にも、400年ぐらい前に、今のトランプ大統領のような人が登場している。
 織田信長がそれだ。

 信長は、今では「戦国の革命児」とか、「一足早かった近代合理主義者」などと言われてもてはやされているけれど、信長が登場したころは、世間の人々はみな彼のことをトランプのような人物だと見なしていた。

 実際、信長が桶狭間の戦いで今川義元を破るまで、ほとんどの大名や公家衆や庶民は、信長なんて人物を知らなかった。
 “天下取りレース” ではまったくの泡沫候補だったのである。

 義元と信長の関係というのは、民主党のクリントンと共和党のトランプみたいなもので、当時のメディアであった京都の公家衆の風聞では、「信長のような泡沫候補は、義元の敵としてリングに上がる前に、尾張地区の代表選の段階で領内の推薦も得られないだろう」なんていわれていたはずだ。

 ところが、わずかな兵を率いただけでの奇襲で、信長は圧倒的な兵力を誇る名門武将の義元を倒す。
 公家衆も、諸大名も、みな「アンビリーバボー !」と叫んだとことだろう。
 町から町へと商品を売り歩く商人たちも、「まさかの大逆転劇が起こりましたなぁ」などととわめきながら、町に入って行ったことだろう。

 そのうち、信長は「天下布武」、すなわち武力による天下統一をスローガンに掲げる。
 まぁ、戦国大名はみな「天下を狙っていた」などといわれるけれど、実際はそれぞれの領地を守るだけで汲々としていたに過ぎず、「天下統一」というのは、お祭りのときの景気づけの文言のようなものだった。

 だから、信長が本気になって「天下布武」などと言い出したとき、公家衆、諸大名、庶民は、「メキシコとの国境に壁を造る」といったような仰天発言を聞いたような気分になっただろう。

 彼はそのあと一向宗などの宗派に宗教弾圧を加えていくことになる。
 これなども、今のトランプ大統領のやり方に即していえば、彼の「反イスラム政策」と同じである。

 信長は既成の仏教勢力を嫌った。
 彼は、「宗教は魑魅魍魎の力に頼る非合理的なもので、国家を転覆させる悪だ」と断定していた。
 実際、当時の比叡山などは宗教的堕落もはなはだしく、僧兵の暴力沙汰なども話題になっていた。
 だから、対宗教戦を始める前に信長は、「これはテロとの戦いだ」などと言ったかもしれない。

 信長にとって、一向宗や比叡山のような既成仏教はその存在そのものが「悪」であり、南蛮の珍奇な文物をもたらしてくれるキリスト教は「善」であった。
 ふ~む … 。こういう単純な「善・悪二元論」で世の中を分ける方法もトランプ的である。

 とにかく、信長の天下取りプロセスは「野蛮」、「残虐」、「不意打ち」、「裏切り」の連続。
 「信長政権は、次はいったい何を狙ってくるんだろう?」
 と日本中の人々が戦々恐々と次の信長の打つ手を見守ることになった。

 このまったく予測のつかない信長政権の行動に、各大名、寺社勢力、公家衆は、みな信長政権とのパイプ作りに奔走した。

 ところが、信長政権を支えるスタッフは、みな無名の新人ばかり。
 政治のプロなどひとりもおらず、いってしまえば、信長をボスとした “暴走族” チームの構成員のような人ばかり。
 百姓上がりの人間もいれば、諸国を放浪していた浪人もいたりして、家柄や経歴を頼りにコネをつくっていた諸大名家の実務官僚たちはみな戸惑いの連続であった。

 問題は、信長の政治理念がどこにあるのか、誰も分からないことだった。
 それまでの戦国武将は、京にのぼって、天下統一の号令をかけるときは、一様に天皇家や将軍家などのご意向を尊重し、礼節と徳をもって日本を治めるという理念を掲げなければならなかった。
 
 それまで争った相手であっても、自分が天下と統べるようになった暁には温情を持って敵を許し、仲良く手を携えて平和国家の建設に邁進する。
 それが政治の理想であったのにもかかわらず、信長の主張はあくまでも「自国優先主義」。
 ま、「織田家ファースト」なわけね。
 敵を倒したら、そのリーダーには容赦なく切腹や磔を申しわたし、その所領はことごとく織田家とそれを支える閣僚たちがむさぼり尽す。

 要は、人々が信じてきた世の中づくりの法則が、信長には通用しなかったのだ。
 そもそも信長自体がいったい何になりたいのか、公家衆も諸大名も検討がつかない。 
 後世の歴史家は、信長の狙っていたのは西洋に絶対王政を樹立した「国王」のようなものではなかったか? などと類推するけれど、当時の日本人からすれば「コクオウって何?」ってな状態だから、とにかく信長が不気味に見えてしょうがない。

 だから、信長の敵になっては大変だとばかり、それまで敵対していた勢力も、雪崩を打って信長にひれ伏すようになる。

 しかし、平和を目指す外交においても、信長が相手となると緊張を強いられる。
 なにしろ、信長という人は、脅しの名人である。
 相手が閣僚クラスの人間であっても、少しでも気に食わないことがあると、「お前は首だ !」と怒号を発し、ときどき自ら剣を抜いて、文字通り「首」をはねてしまうこともあった。

 しゃべることに知性は感じられず、発言の大半は暴言。
 世の中を運営していく視点も、まずはビジネス優先。
 信長が、足利義秋を将軍につけてやったとき、義秋は御礼として「そちに副将軍の位を授けよう」と信長に申し渡した。
 しかし、信長は「副将軍」などという一銭にもならない名誉職を断り、琵琶湖の大津と草津に関所を造る許可をもらうなど、日銭が入るシステム構築の方を選んだという。

 その琵琶湖に、信長はやがて絢爛豪華な安土城を築く。
 成金趣味的なピカピカ趣味は、まぁ今でいうニューヨークのトランプタワーのようなものではなかったか。

 天下統一を間近に控え、信長は自分の部下に暗殺される。
 クーデーターを起こした明智光秀の真意がどこにあったか。
 それは現代でも謎とされている。

 しかし、毛利氏のブレーンを務めた安国寺恵瓊などは、
 「あれだけ人に憎まれていたんだから、いつかは人の恨みをかうだろう」
 と、その失脚を予言していたという。

 最近、トランプ大統領に関するネットの話題に、「暗殺はいつだろう?」などという物騒なものが上がってきているという。
 ま、嫌われ者には、そういうウワサが付きまとうものだ。

 しかし、トランプ氏に対しては、ひょっとしたら「100年後のヒーローか?」という期待がないわけではない。
 100年経てば、人の評価は変わるのだ。
 現代的な感覚で評価すれば、やっぱり織田信長って、カッコいい。
 
 私は、今のトランプ氏は嫌いなんだけど、でも、もし私が100年後の地球に生を受ける人間だとしたら、「21世紀に登場したトランプって、カッコいい男だったじゃん !」と手放しで評価しているかもしれない。
 
 

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アネックス 2017新車情報

 
 いよいよ2月2日(木)~5日(日)にかけて、アジア最大級のキャンピングカーイベントである「ジャパンキャンピングカーショー2017」が開催されます。

 昨年のこの時期、自分はちょうど肺高血圧症で入院していたため、ショーを見逃してしまいました。
 しかし、今年は酸素ボンベを付けながらも外出できるようになりましたので、ぜひとも見学に行こうと思っています。

 このショーは、なにしろキャンピングカー業界の今年1年のトレンドを告知する大規模なイベントであるため、各社とも力のこもった新型車を投入するようです。

 その出展メーカーのひとつ関西の有力ビルダーであるアネックスさんより、ショーに出品予定の新車情報をいただきました。
 そこで、皆様にもご紹介しようと思います。

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RICORSO

 まずは、同社の看板車種のひとつ、「RICORSO(リコルソ)」の2017モデルから。

 リコルソは、同社を代表するバンコンのひとつで、その狙いは「大人の2人旅を演出するモダンデザイン・トラベルワゴン」。
 この2017モデルの特徴は、使い勝手の飛躍的向上です。
 たとえば、ソファー後部に左右独立のリクライニングギアが新設され、お茶やお酒を楽しみながら、リラックスした気分でテレビなどを鑑賞できるようになりました。

 後部カウンターにFRPシンクとコンロが設置され、8ナンバー条件をクリアしたまま横座り定員が確保されています。

車両価格(税込)は下記の通り
RICORSO 2WD 4,550,000円
RICORSO 4WD 4,853,000円

詳しい情報は下記を
http://www.annex-rv.co.jp/lineup/ricorso2017.html

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Family Wagon

 次はファミリーワゴンの2017年モデル。
 この車のキャッチは、「積める! 遊べる! 寝られる !」
 シートには、これまでよりも100mmワイドな1500REVOシートが採用され、よりゆったりした座り心地が確保されました。
 
 2段ベッドも拡大され、その最大寸法は1730mm×1660mm。なんと従来比では長さで330mm、幅で20mmサイズアップとなりました。これにより縦方向(進行方向)で寝られるようになったことも大きいでしょう。

車両価格(税込)は下記の通り
FamilyWagon 2WD  4,300,000円
FamilyWagon 4WD  4,603,000円

詳しい情報は下記を
http://www.annex-rv.co.jp/lineup/familywagon2017.html

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FAMILY WAGON-SS

 コンパクトで取り回しのよいファミリーワゴンSSも、使いやすい小変更が加えられています。
 なかでも一番の特徴は、テーブルサイズの拡大。
 なんと旧モデルに比べ、その拡大率は80%アップ。具体的には、900mm×400mmとなり、従来比では、それぞれ320mmアップと60mmアップという計算になります。

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NS-W

 スタイリッシュなロープロファイルボディを実現したキャブコンのリバティーNS-Wにも新しい仕様が登場します。
 それが、NS-Wのフロントシート回転仕様。
 これはオプション設定となりますが、これによって、まさにヨーロッパ型キャブコンのレイアウトが可能になりました。

 回転シートのオプション価格は、259,200円(税込)。

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COMPOSERのリフトアップ仕様

 COMPOSER with FAMILYに、アウトドアテイストを盛り込んだリフトアップ仕様が追加されます。

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Urban Country TRIAL Model

 アネックスというメーカーは、これまでキャンピングカーの属性の一つとして付加されてきた「豪華」とか「ラグジュアリー」という価値観にとらわれない新しいテイストの車両をたくさん開発してきましたが、今年のテーマは「アーバンカントリー」。
 正式な発表はこの秋となるそうですが、この幕張のショーでは、COMPOSER with DOGをベースとしたその試作車が展示されるようです。

…………………………………………………………………………
なお、「ジャパンキャンピングカーショー2017」の概要は次の通りです。

【2017年 開催日時】 
2月2日(木) 10:00~12:00(プレス・ビジネス)/12:00~17:00(一般)
2月3日(金) 10:00~18:00
2月4日(土) 10:00~18:00
2月5日(日) 10:00~17:00
【会場】 千葉県千葉市美浜区中瀬2-2-1 幕張メッセ国際展示場1~4ホール
【問い合わせ先】 ジャパンキャンピングカーショー2017事務局
【TEL】 03-5464-8010
【アクセス】 
《電車》
(1) JR京葉線「海浜幕張駅」より徒歩5分
(2) JR総武線・京成線「幕張本郷駅」よりバス
《車》
(1) 東京都心・羽田空港方面から約40分/習志野I.C.((東関東自動車道)
または幕張I.C.(京葉道路)から約5分
(2) 新東京国際空港(成田)方面から約30分/湾岸千葉I.C.(東関東自動車道)
から約5分
【主催】 ジャパンキャンピングカーショー2017実行委員会
【後援】 テレビ東京、J-WAVE、千葉県、千葉市、アメリカ大使館商務部、スロヴェニア大使館
【入場料】
《前売券》・一般(高校生以上)/800円(税込)
      ・小人(小・中学生)/500円(税込)
《当日券》 ・一般(高校生以上)/1,000円(税込)
      ・小人(小・中学生)/600円(税込)
   ※未就学児無料
    ※障がい者手帳のご提示でご本人様と付き添いの1名様無料
     ・ペットケア費:1頭 500円 2頭以上 1,000円
     ・くるま旅クラブ会員:イベント入場チケット引換券提出で2名様まで無料
      (会期中1回限り)
【 ホームページ】 http://www.campingcarshow.net/
【イベント内容】 キャンピングカーの展示・販売、初心者のためのキャンピングカーセミナー、 旅行情報コーナー、キャンピングカー関連商品・RVパーツ及びキャンプ用品の展示即売ほか

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もう一つの真実

 
 前回、このblogで取り上げた『嘘の戦争』というTVドラマでは、詐欺師を演じる草彅剛君が、これから騙そうとする人間に対して決めゼリフのように使う言葉がある。

 それは、
 「僕は、嘘が嫌いですから」

 その言葉を、彼はおだやかな笑顔を浮かべながら、相手の心に寄り添うように、そぉっと舌の上で転がす。
 騙される相手は、その言葉から草彅君の誠実さを感じ取り、すっかり信頼してしまう。


 
 相手の胸元にがっちりと食い込んだ草彅君は、これ以上の誠実さは表現できないだろうというほどの優しい微笑みを浮かべながら、
 「大丈夫ですよ、お互いに頑張りましょう」
 などと相手の手を取ったりしながら、親鳥がヒナの体を温めるように、じわっと自分の体温で包み込んでいく。

 嘘を信じ込ませるというのは、ものすごく洗練された “芸” だ。
 誰にもできるものではない。
 相手の気持ちを読み、言葉を選び、間合いを取り、誠実そうな表情を作り、まさに、蛇が音もなく小鳥の巣に侵入するかように、ヌルリと相手のふところに体を沈ませる。

 名うての詐欺師というのは、同時に心理学者でもあり、脚本家でもあり、もちろん俳優でもある。
 そして、さらにいえば、本職以上にそれらの役を立派に勤め上げなければならない。
 相手を信じ込ませる嘘というのは、それほど繊細なものなのだ。

 が、このような “芸術的な嘘” の時代が終わろうとしている。
 いま大手を振って世界を席巻している嘘は、ナタを奮ってマキを叩き割るような暴力的な嘘だ。

 すでに、あちこちのニュースで報じられ、もう旧聞に属するかもしれないトランプ米大統領の就任式の出来事。

 就任式の見物者がオバマ前大統領のときと比べ、明らかに少なかったという報道がなされた。
 下記の写真がそれを示すもので、この写真こそが、オバマ氏の就任演説に集まった180万人という人の数に比べ、トランプ氏の場合は25万人にとどまったという事実を厳然と示す証拠となった。

 

 しかし、トランプ氏はこの写真を公表したメディアに激怒した。

 「マスコミは嘘をついている。俺の見たところ、観客は少なくとも150万人はいた。この嘘つきメディアは高い代償を支払うことになるだろう」

 と言い放ち、自分の報道官を通じて、
 「トランプ大統領の就任祝いに集まった人手は過去最高だった」
 と発言させた。
 
 事実をまったく無視した報道官の暴言に記者たちは目を白黒させながらも、「何を根拠にそう言えるのか?」と解答を迫った。
 報道官はそれには答えず、「以上で終わり ‼ 」とばかりに背中を向けて退場したという。

 気分の収まりがつかなかった記者たちに対し、今度は大統領顧問の女性が登場し、
 「先ほどの報道官は嘘をついたのではない。alternative facts(可能性のあるもう一つの真実)を述べたに過ぎない」
 と弁明したと伝えられている。

 もちろん、記者たちは猛烈に抗議する。
 「まさにそれは “嘘” という意味ではないか !」
 記者たちがそう詰め寄っても、けっきょく彼らが納得できるような答は、この顧問の口からも一言も発せられなかった。

 詐欺師の「繊細で芸術的な嘘(?)」の域をはるかに外れた、粗雑で暴力的な嘘が、ついに一国の国家運営をたばねる閣僚たちの口から発せられるような時代になったのだ。

 もちろん、ドラマの中で、詐欺師の草彅君が使うような “芸術的な嘘” の方が優れているなどと言うつもりはまったくない。
 どんな手法を採るにせよ、人を騙すことが悪いことであることはいうまでもない。 

 しかし、天才的な詐欺師のつく嘘は、少なくとも、騙す相手の “知性” を前提としていた。相手が嘘を見抜く知性を持っていることを認めたうえで、騙す方の巧妙な嘘が練り上げられていった。

 それに比べて、トランプ政権のくり出してきた嘘は、もう相手の「知性」への敬意も、畏れも、配慮もない。
 徹底的に無慈悲で、尊大で、冷酷で、傲慢な嘘だ。

 世界の政治の第一線で、そういう暴力的な嘘で真実を押し切ろうとする力が台頭してきたことを、われわれはいったいどう考えればいいのだろうか。

 世界の範となるような理想を掲げてきた国の新大統領が、子供でも見抜けるような嘘を平然とつき通し、それを正そうとする人々を高圧的に威嚇する。
 われわれは、そういう時代を生きなければならなくなった。

 トランプ大統領の顧問が、嘘を「もう一つの真実」と言い換えた「オルタナティブ・ファクツ」という言葉は、昨年の国際的流行語となった「ポスト・トゥルース(post-truth)」という言葉とも重なる。

 「ポスト・トゥルース」とは、直訳すると「脱・真実」。
 すなわち、「客観的な事実や真実が重視されない」状態を意味し、政治的な局面でこの言葉を使えば、
 「客観的な事実や真実を提示するよりも、嘘でもいいから個々人の感情に訴えかける発言を繰り返して人気を集める政治手法」
 … という意味となり、すなわち、いま話題になっている政治上のポピュリズム(大衆迎合主義)を指す言葉となる。

 ポピュリズムは間違っているのか?

 多くの “良心的な” メディアは、このようなポピュリズムが台頭する政治を、民衆の「反知性主義」の表れだと批判する。

 だが、政治家の嘘が大手を振って大衆の支持を得るような時代は、もう「知性」とか「反知性」のレッテル貼りでは語り切れなくなくなっているのかもしれない。

 そもそも、人間が言葉を覚えた瞬間から、「嘘」と「真実」は双子でしかなかったのではないか。
 映画監督の森達也は、あるテレビ番組で、「真実は視点」だと言い切った。
 「視点」をどこに置くかで、一つの事象がさまざまな解釈に分かれるというのだ。

 すなわち、人間にとって、「何が真実で何が嘘であるか」は、その人がどちらを信じたいかによって決まるということなのだ。
 
 今回のメディアと対決したトランプ氏の発言も、トランプ支持者にとっては “真実” となる。
 
 ネットがそれを “保証” する。
 すなわち、トランプ支持者は、「トランプの方が正しい」とか「トランプこそ正義だ」という検索用語でネットにアクセスすれば、たちどころにそれに呼応したトランプ派の発言が画面上にドッと溢れ出る。
 それを見た人は「世論はトランプ派が抑えている」と錯覚してもおかしくはない。

 また逆に、トランプ嫌いの人が、「トランプは嘘つき」、「トランプは横暴」などという検索ワードでネットにアクセスすれば、これまた、たちどころにそれに呼応した意見が大量に浮かび上がってくる。
 そうなると、それを見た人にとっては「世論は反トランプの声に満ちている」ということになる。

 人間は、自分が見たいものしか見ない。
 信じたいものしか信じない。
 昨年の流行語となった「ポスト・トゥルース」も、今回取り上げられた「オルタナティブ・ファクツ」も、けっきょくはそのことを指している。

 先の blog で、自分は元SMAP のキムタクに対して、かなり批判的な批評を書いたが、ネットを逍遥してみると、同じ番組の同じシーンが、キムタクファンには「さすが木村拓哉 !」と称賛できるほどカッコよく見えて、アンチキムタク派には痛ましく見えてしまうというように、まったく観察が分かれていた。

 そのように、支持者にしても、アンチにしても、どのどちらかが巨大は発言権を持ってしまえば、それがメディア的には「真実」として流布していく可能性は大きい。

 「嘘」と「真実」は、自分が持っていた基準だけでは判定できない。
 そんな当たり前のことを、今さらながら突きつけられている気分でいる。 
 
 

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『嘘の戦争』 面白い ‼

 
 TVドラマって、なんかの拍子に偶然チャンネルを合わせ、「ひょっとして面白いかも … 」と感じたものでないと、なかなか観る機会がない。

 そんなふうに、出会いがしら的にチャンネルを合わせてしまい、その後ずっとハマってしまった最近のドラマに、『嘘の戦争』(フジテレビ系列 火曜日 21:00)がある。
 元SMAPの草彅剛君が主演する詐欺師の話だ。

 草彅君が演じるのは、少年の頃に自分の家族を殺され、犯人たちへの復讐に燃える青年の役。

 敵は大財閥の一家。
 その会長というのが、若い頃そうとうな “ワル” で、自分の利益を守るため、人を使って草彅少年の父・母・兄妹を殺させておきながら、巨額の報酬で刑事や弁護士を手なづけ、殺人事件を「父親が起こした一家心中」に見せかけて、自分自身は頬っかぶりをしたまま、逃げ込みを図ったという男なのだ。

 草彅君は詐欺師としての腕を磨きつつ、巧妙な騙しのテクニックを使って、自分の家族を殺した連中への復讐を開始する。 
 … というストーリーで、第三話まで観たけれど、なかなか面白いわけ。

 ま、そうとう強引なシナリオで、“作り物っぽい” 粗雑さがすぐ露呈してしまうドラマなんだけど、にもかかわらず、ハラハラドキドキ感が途切れないのは、ひとえに草彅剛の演技力だと思った。

 いや、「演技力」という言葉が正しいかどうかは分からない。
 それほど上手い役者でもないからね、彼は。
 ただ、ミョーな存在感がある。

 そんなに美男子でもないし、立ち居振る舞いに迫力が伴うこともなく、SMAP 時代もキムタクの後ろでただ踊っているだけの地味な存在であった草彅君ではあるけれど、役者としてドラマや映画に登場すると、なんともいえない不思議な雰囲気をまき散らす人だなと、昔から思っていた。

 その奇妙な魅力を漂わせる草彅君が、このドラマでは一層存在感を増した感じだ。

 とらえどころがないのだ。
 彼が演じている詐欺師の「一ノ瀬浩一」という人物が、いったい何を考え、何をもくろみ、何を面白がって生きているのか、そういうキャラクター的な嗜好がまったく浮かんでこないという、まさに “詐欺師” の役ぴったりの演技を見せてくれる。

 その表情は、ときとして、茫洋として、とりとめもなく、
 ときに、仏や菩薩のごとく深い慈愛に満ち、
 ときに、人間の感情を失った無機質な人形のようになり、
 ときに、優しさだけが取り柄の、気の弱い青年の顔になり、
 ときに、地獄の釜をひっくり返して激怒する夜叉、羅刹のような形相を見せる。

 そのどれもが “復讐に燃える一ノ瀬浩一” という人物の素顔であり、同時に、どの表情にも、彼の本心は宿っていないようにも見える。
 そこから、「ははぁ … 詐欺師ってのはこういう雰囲気なのかぁ !」と思わせる説得力のようなものが浮かびあがってくる。

 そういう不思議な空気感が、草彅君の演技力から来たものだとしたら、草彅剛という “アイドル” はいつの間にか、そうとう熟練の役者に成長していたということになる。

 このドラマは、草彅剛が主役を務める『嘘の戦争』と、木村拓哉が主役を張る『A LIFE~愛しき人~』(TBS)のSMAP 決戦だという声もある。
 同じ時期に始まって、放映時間帯も似たようなものだからだ。

 なるほど。
 確かに、SMAP 解散後のキムタクと草彅の初のドラマ対決だから、メディアが面白おかしくとりあげるのも分かるような気がする。

 で、ネット情報によると、その第一回目の対決においては、『嘘の戦争が』の視聴率が11%ぐらいで、『A LIFE … 』が14%ぐらいとか。
 いちおうキムタク側の勝利ということになっているらしいが、どうもキムタク番組の方が評判が悪い。
 「キムタク主演なんだから、もっと視聴率が取れて当たり前。14%の視聴率では惨敗に近いのでは?」という言い分もあるらしいのだ。
 
 そういう世間的な裁定がどれだけ正しいのか、よく分からない。
 なにしろ、キムタクドラマなんて最初からまったく観る気が起こらないからだ。

 そのため、ドラマとしての魅力はどちらが上かという評価は私にはまったくできないけれど、「役者としての魅力」ということで限定的に論じるならば、これはもう断然草彅君の方に軍配が上がるのではないか。

 草彅君は「アイドル」を脱して、「役者」の領域に足を踏み入れつつあるけれど、キムタクは「役者」に成長しきれずに、いまだに “トップアイドル” でなければ自分は満足できないという駄々っ子の精神構造にとどまったままだ。

 実は、この『A LIFE … 』というドラマの番宣のために、キムタクは二つのバラエティー番組に出演している。
 一つは、『関口宏の東京フレンドパーク2017新春ドラマ大集合SP』(TBS)という単発のバラエティー。
 もう一つは人気長寿番組になりつつある『モニタリング』(TBS)。

 たまたまこの二つを私は観ていた。
 ひでぇんだ、キムタクの “俺さま” ぶり。

 『東京フレンドパーク』では、ドラマ『A LIFE … 』の番宣のために、共演する竹内結子や松山ケンイチらとチームを組んで、ホンジャマカの恵・石塚組とエアホッケーに興じた。

 恵・石塚チームと対戦するキムタクのパートナーは松山ケンイチ。
 たかがゲームなのに、キムタクは異常なほどの集中力を発揮し、エアホッケーのルールギリギリの戦術を駆使して、連続得点をあげた。
 その間、松山ケンイチは、ホッケー台から少し離れたところに立たされたまま、ゲームの成り行きを傍観させられただけ。

 で、ゴールをあげたときのキムタクのスタジオ全体を揺るがすかのような雄叫び。
 サッカー選手が得点したときのような誇大なパフォーマンス。
 他の出演者たちは、お義理でキムタクに拍手を送っていたけれど、その表情はみな困惑ぎみで、キムタク一人が出演者の中で浮きっぱなしだった。

 『モニタリング』でも、キムタクは “天皇” だった。
 彼が登場したのは、ドラマにおける寿司屋で撮影するシーン。
 その撮影スタッフの中に、小道具係に変装した仕掛け人の笹野高史がおり、わざとキムタクに変な形で絡んで、視聴者の笑いを取るという設定。

 ところが、実はキムタクの方が本当の仕掛け人で、笹野の存在に気づいていながら、知らない素振りを見せつつ笹野のちょっかいを誘い出すというカラクリになっていたのだ。

 それを知らずに、笹野は、キムタクが自分のために買ってきたシュークリームを、スタッフからの差し入れだと思い込んで、一つつまんで食べてしまう。
 シュークリームが一つなくなったことを知って、「誰が食ったんだ?」と不機嫌な表情になるキムタク。
 もちろん演技なのだが、その不機嫌振りがほんとうに怖いのだ。
 他人に対して、しょっちゅうこんな風に怒っているという感じが如実に伝わってくる。

 俳優としてははるかにキムタクの先輩格に当たる笹野だが、さすがにこれには緊張する。自分が仕掛けられているとも知らない笹野の表情には、リアルな怯えが走る。

 笹野は映画でキムタクと共演しているから、怒り出すと収拾がつかなくなキムタクの厄介さを知っているのだろう。
 「申しわけありません、私が食べてしまいました」と膝を折って神妙に謝る笹野。

 それを見たキムタクが苦笑いしたところで、「モニタリング終了」となったわけだが、観ている私はちっとも笑えなかった。
 笹野の怯えた表情は、もうお笑い番組の域を超えていた。

 なんで、キムタク風情にそんなに神妙に謝らないといけないわけ?
 たかがシュークリーム一個で。

 つまり、それだけ、撮影現場ではキムタクが独裁者として振舞っているということなのだろうと思った。

 こういう怒りん坊のキムタクを、「カッコいい」と評価する一部のネットの声がある。
 私には、そういう評価を与える人たちの神経が分からない。
 自分をカッコよく見せたいがために、他人をピリピリと緊張させ、怯えさせるような人間のどこが「カッコいい」といえるのか。

 もしかしたら、「カッコいい」という概念を勘違いしている人たちが増えているのではなかろうか。
 他人を威嚇する怖さがあったり、震え上がらせる力を持った人間が「カッコいい」というように。
 でも、そういう「カッコよさ」って、絶対それに反発を感じる人たちの反感を誘う。
 たぶん、晩年のキムタクの人生は寒々としたものになっているだろう。
 
 がんばれ、草彅、中居、香取、稲垣 !
  
 
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日産ピーズフィールドクラフト 畑中社長インタビュー

 
 キャンピングカー情報を集約する総合ポータルサイトとして、最近にわかに話題を集めている『キャンピングカースタイル』(運営会社アイビル株式会社)。

 キャンピングカーの購入を検討している初心者から、次期購入車を検討しているベテランまで、キャンピングカーに興味を抱く幅広い人々を満足させる情報を集約していることがこのサイトの魅力となっている。

 運営者の話によると、今後魅力的なコンテンツをどんどん増やし、キャンピングカー情報を求めている方々が最初にノックする “ドア” の役目を果たしていきたいとか。
 つまり、このサイトを起点として、より詳しいキャンピングカー情報にアクセスしたいと思っている人たちの “案内人” を務めたいという。
 
 その『キャンピングカースタイル』さんからのご依頼をいただき、今回「キャンピングカーメーカー対談」というコーナーで、日産ピーズフィールドクラフトの畑中社長にインタビューをする機会を得た。
 
 以下は、その『キャンピングカースタイル』さんの記事から一部を抜粋したものである。
 詳しい全文は「メーカー紹介 株式会社 日産ピーズフィールドクラフト」をどうぞ。

 以下、一部抜粋

日産ピーズフィールドクラフト
代表取締役 畑中一夫さんに

キャンピングカーライフの将来的展望を聞く

 
 乗用車において、EVや自動運転車などの開発に拍車をかけている日産自動車。躍進目覚ましい日産車の一翼を担うキャンピングカー部門として、日産ピーズフィールドクラフトにかかる日産本社やユーザーの期待も大きい。
 同社のキャンピングカーの人気の秘密は何か。また自動車革命ともいえる大変革期を迎え、今後の日産キャンピングカーはどういう方向に進もうとしているのか。同社の畑中一夫社長に夢を語ってもらった。

これからのキャンピングカーライフスタイルはどう変わる?

【町田】 いま日産は2020年に一般道路でも自動運転できる車両を開発すると宣言していますよね。EVもそうとう台数を増やしている。
 そういった自動車の大転換期を迎え、キャンピングカーも今後は変わっていくのでしょうか?

【畑中】 難しい問題ですけれど、ベース車が変われば、当然キャンピングカーも変わります。ただ、自動車交通の歴史をたどってみると、自動車だけが変化するということはなかったんですね。自動車が変化したときというのは、それにともなってインフラも変化している。自動車の安全な高速走行が可能になったのは、やはりハイウェイの整備と一体となっていたわけです。
 そのように、インフラと自動車の両面の変化によって、われわれのライフスタイルも変わっていくことになります。

▼ 畑中 社長

【町田】 現在のキャンピングカーのライフスタイルが変わったのも、インフラの力によるものですよね。

【畑中】 そうです。やはり「道の駅」と「立ち寄り湯」の普及。それが現在のキャンピングカーライフスタイルを完成させましたものね。
 その二つに、いまJRVA(日本RV協会)が進めているRVパークが加わってきました。現在のキャンピングカーを取り巻く環境は、われわれがこの商売を始めた20年前とまったく変わっています。
 
 
キャンピングカーのレンタルやリースが活発になる時代

【町田】 今の若い人のなかには、あまり自動車に興味がない人もいます。若者の “自動車離れ” は、キャンピングカーにも影響を及ぼしそうですか?

【畑中】 やはり、なんらかの影響は出るでしょうね。ただ、私はそれほど悲観していないんですよ。
 今の若い人たちは、昔の人のように自動車をフェティシズムの対象としては見ていないかわりに、仲間と一緒に楽しむツールと見なすようになってきました。
 昔はエンジンをボアアップして排気量を上げたり、サスペンションを固めて箱根のターンパイクを駆けまわったりした人たちがいたじゃないですか。休日は1日中ワックスがけしているとかね(笑)。
 そういう若者が減った分、仲間といっしょにキャンプ場に行ってバーべーキューを楽しんだりする若者が増えている。そのとき使っている車がミニバンやワンボックスであっても、もうその先にはキャンピングカーがあるんですよ。
 だから、キャンピングカーを使いたいと思う若者が今よりさらに増えていくのは間違いないことなんです。
 問題は価格だけなんです。現在のキャンピングカーは、まだ若い人が買えるような価格帯を実現していない。

【町田】 ただ、1個人としては所有できなくても、シェアするという方法がありますよね。最近は住居でもなんでも、若者たちはみなシェアリングするのが流行りとなってきましたが … 。

【畑中】 そういう動向には注目していいでしょうね。だから、これからはキャンピングカーをみんなで使う知恵がたくさん生まれてくるように思います。おそらく、キャンピングカーのレンタルやリースも、今よりもさらに一般的になっていくんじゃないでしょうかね。
 
 
人口減少社会になっても、キャンピングカーは生き残る

【町田】 もう一つの問題として、人口減少の問題もありますよね。日本は少子高齢化時代を迎え、自動車だけでなく、すべてのマーケットが縮小していくという不安を抱えていますが。

【畑中】 それに関しても、私は楽観的なんですね。確かに日本の自動車マーケットは人口減少にともなって縮小していくかもしれません。
 しかし、キャンピングカーは自動車ほどには落ち込まない。
 なぜなら、キャンピングカーというのは趣味のツールだから。
 自動車は生活必需品ですから、それを必要としている人が少なくなければ売れなくなっていくかもしれません。
 でも、キャンピングカーは生活を楽しむための道具。そういうものはそう簡単には減らないんですよ。
 こういうことを言うと誤解されるかもしれないけれど、キャンピングカーって、本来は必要のないものなんですよね。それがなくたって、特に生活に困るわけじゃない。
 だけど、逆にいえば、そういう存在だからこそキャンピングカーは強いともいえる。
 生活にほとんど必要のないものというのは、“生活以外”のものなら何でも実現してしまう魔法のツールになるわけです。
 趣味というのは、そういう “生活以外の世界” に生きるということでしょ? そのとき、キャンピングカーというのは史上最強の趣味のためのツールに生まれ変わるわけですね。
 
 
キャンピングカーが実現してくれる夢

【町田】 畑中さん自身が、キャンピングカーを使って、そういう趣味の世界にさまよい出ることはあるんですか?

【畑中】 あります、あります! 自分自身で「キャンピングカーってどんな夢を実現してくれるんだろう?」と考えるときがあるんですよ。
 答はね、「眺める世界が普段と違ってくる」ということなのね。
 つまりね、普通私たちが生きている社会って、みな「人と人」が向き合う世界じゃないですか。仕事していれば、部下や上司やお客様と向き合う世界ですよね。家に帰れば家族と向き合う世界。
 でもね、キャンピングカーを使っていると、向き合う世界ががぜん広がっていくことが実感できるんですよ。
 たとえば、釣りをするために、キャンピングカーに乗ってポイントを探しているとするじゃないですか。
 そのとき自分が向き合っているのは「人」ではなくて、「自然」なんだよね。
 キャンピングカーでキャンプ場に泊まって、焚き火などしながら星空を見るとする。そのとき向き合っているのは「宇宙」なんですよ。

【町田】 なるほど。キャンピングカーをオーディオルームのように改造して、音楽を楽しむ空間として使っているユーザーもいますもんね。

【畑中】 そう。そのとき、その人が向き合っているのは「音」。
 物書きさんで、自分の書斎にいるときより、キャンピングカーにいた方が原稿がすらすら書けるという作家さんがいるんですよ。その人はきっと、「物語」と向き合っているんでしょうね。
 そのように、人によってさまざまな世界を見せてくれるのがキャンピングカー。

【町田】 へぇ、畑中さんが感じていらっしゃるキャンピングカーって奥が深いですね。今日は面白いお話をいろいろとありがとうございました。

『キャンピングカースタイル』

 
 

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ポスト・トランプがむしろ危ない

 
 昨年の下半期から今年にかけて、国際ニュースの最前線には常にトランプ大統領の名前が上がっていた。
 それだけ、この人は、マスコミがこぞって喜びそうな話題を次々と提供し続けたのだ。
 
 そして昨日、ついに新しいアメリカの大統領に就任。
 さっそくメディアはこれに飛びついて、最近の歴代大統領のなかでも支持率が最低(40%)だとか、就任式に集まった見学者の数が、前オバマ氏の半数の90万人ぐらいだろうと予測していたところ、さらにそれを下回る25万人だったなどとその不人気ぶりを報道している。

 メディアにとっては、トランプ氏の支持率が上がっても “事件” 。支持率が下がっても “事件” なのだ。
 それだけ、この人の言動はこれまでの政治報道のあり方を根底からくつがえすほど型破りであったということなのだろう。

 アメリカでは、6割の人が反対していながらも、とにかく「トランプ大統領」が誕生したわけだから、アメリカ国民でも何でもないわれわれは、ただその成り行きをじっと見守るしかない。

 しかし、見守ったとしても、はっきりしていることが一つある。
 それは、このトランプ政権は一期(4年)ももたないということだ。
 下手すると、もう一期目の終わりを待たず、国内世論も国際世論も反トランプ運動の勢いがマグマのように沸騰し、収拾のつかない状態に追い込まれるのではなかろうか。

 その理由の一つに、この大統領には政治的理念がまったく欠けているということが一つ挙げられる。
 トランプ氏の発言は、すべて政敵やマスメディアや、特定の国を攻撃することに終始する。

 政治アナリストのなかには、そのようなトランプ氏の言動を「自国に有利な取り引き材料を引き出すためのブラフ(はったり・威嚇)だ」という人が多い。つまり、外交交渉の戦術だというのだ。

 しかし、そんな戦術が成功したためしはない。
 国際政治の世界では、オバマ前大統領のように、ウソでも「核廃絶」とか、「温暖化阻止」とか、「軍縮」などといった政治理念を掲げる必要がある。
 「理念」が掲げられるからこそ、はじめて本音と建前を見せ合いながらの交渉が始まるのだ。

 だが、トランプ氏の場合は、「理念なき交渉」であるために、本音と建て前を探り合う駆け引きが成立しない。
 つまり、「落としどころ」がない。
 そうなれば、むき出しの利害が衝突し合う格闘技の世界になってしまう。

 こういう交渉術が成功することは、まずありえない。
 仮にそういう手法を “ビジネス的” といったところで、それは仁義なきビジネスとなり、力で押し切られた方が、復讐に燃えるだけである。

 トランプ政権が早晩崩壊するもう一つの理由は、国内にある。
 現在トランプを支持している4割の人々、すなわち “白人没落中間層” (プアホワイト)の人々が、「自分たちが裏切られた」と思う時期がそうとう前倒しにやってきそうだからである。
 彼らの支持がなくなれば、もうアメリカ国内でトランプを支持する層はなくなってしまうのだ。
 
 そのとき、何が起こるか。
 怒りをあらわにしたトランプ支持者たちは、これまでとまったく反対の精神状態に追い込まれる。
 すなわち、失望のあまりに極度な精神主義に陥り、一気に過激な宗教原理主義者か精神的な社会主義者になるか、もしくは虚脱感のあまり隠遁者のような精神状態になる。
 
 トランプ支持者たちというのは、第二次大戦後に、地球初の物質的パラダイス(楽園)を手に入れた人たちである。この世に欠けたるものなしという “アダムとイブの世” をアメリカの富がもたらしてくれたと信じている人たちともいえる。

 しかし、戦後70年経ってみると、自分たちは失楽園への道をたどってきたことを彼らは知った。
 低賃金で働くメキシコの不法移民たちに職を奪われ、家族は非白人系の人種が持ち込むドラッグ汚染の脅威にさらされる。
 自分たちが誇りに思っていたアメリカの産業は衰退し、道路を走る自動車もいつのまにか “トヨタ” や “ニッサン” ばかりになってしまった。

 富もプライドも失った「アメリカ没落白人労働者層」は、トランプ氏の掲げる「アメリカファースト」のキャッチに元気づけられ、「偉大なアメリカを取り戻そう」という呼びかけに共感し、彼の発した「私の職務はアメリカの労働者とその家族を守り抜くことだ」という宣言に涙したと思う。

 しかし、そもそも、アメリカの没落白人層をつくったのは何だったのか?

 それこそ、アメリカで生まれて世界に進出していったアメリカのグローバル企業ではなかったのか。
 トランプ氏は、アメリカと中国との貿易不均衡を指摘するが、中国の安い人件費に当て込んで、中国に工場建設を進めてきたのはアメリカを中心としたグローバル企業であった。

 メキシコの不法移民が米国内の白人の仕事を奪ったというが、そもそも不法移民を雇い始めたのもアメリカ企業である。その方が自国の白人を雇うより人件費を買い叩けるからだ。

 さらにいえば、今後世界の工場が IT 化・ロボット化を進めていけば、工場労働のようなルーティンワークから人が排除される可能性はますます高くなる。

 だから、トランプ氏が進めなければならないのは、ロボットでも代行できるような工場の復活ではなくて、いま職を奪われつつある没落白人層が参入できる新たな雇用の創出である。
 それこそ、現在ボランティアに任されている世界の難民の救出活動のような、いまだ「人間の優しさと勤勉さ」が必要となる作業を、給料を出して “仕事化” することだ。 
 それは、きっと正義感に燃えやすいアメリカ人の心を熱くする仕事のはずだ。

 そのときの賃金こそ、いま世界中の大半を資産を占有しているといわれる上位何十社かのグローバル企業の経営陣が供出すればいいのだ。 

 もし、トランプ氏がそういうことに機転を利かせられない人だったら、彼はそうとう知的レベルの低い大統領ということになるが、トランプ氏は実は、それらに十分気づきながら選挙戦中から自分の人気取りのために、支持母体となる白人没落層を煽り続けてきたのだ。

 つまり、トランプ支持者は、もうじき自分たちが裏切られていたことを知る。
 もちろん、海外に予定されていた工場建設をアメリカ国内に召喚することによって、何千人規模の国内雇用は達成されるだろう。
 でも、それは現状の生活に不満を持っている没落白人層のすべてを納得させる数にはとてもならない。

 逆に、金融エリートたちを自分の政権に据えることで、業界におけるビジネスエリートたちの権益はさらに増大し、今以上の経済格差が広がっていくだろう。
 そのとき、庶民たちが信じていた「アメリカン・ドリーム」は、「アメリカン・ニヒリズム」に変わる。

 最後の頼みの綱であったトランプ氏に裏切られたと知った支持者たちは、どういう態度に変わるのか?

 もうアメリカ的物質文明の豊かさは戻らないと知った彼らは、前述したように、一気に逆に振れて、極度の精神主義に向かうか無気力な隠遁者になる。

 精神主義に向かった場合は、共和党のクルーズ議員が主張するような過激な宗教原理主義か、もしくは民主党のサンダース氏が説いたような社会主義を志向するだろう。
 彼らは、若い頃から「共産主義は悪である」と教わり続けてきたから、社会主義思想には生理的に拒否反応を示すはずだが、現政権に対する失望の強さがあえて “駄々っ子” のような心境に向かわせる。

 ただ、サンダースを支持したアメリカの学生たちのように、プアホワイト層はそれほど知的訓練を受けていない。
 そうなると、そこから生まれてくるのは、実際の政治を無視した情緒性の強い社会主義である。

 トランプ大統領の誕生で、今後の世界情勢に不安を抱く人々は多いが、問題は、トランプ失脚後に広がる過激な精神主義思想の方である。
 それは宗教原理主義の方向に向かうのか、それとも過激な社会主義の復活になるのか分からないが、… というか、この両者が「平等」をキーワードに心情的に融合することも考えられる。

 いずれにせよ、“暗黒の中世” がふたたび世を覆い始める。

 「暗黒の中世」というのは、世の中が暗くなるという意味ではない。
 世の中を、光(正義)と闇(悪)の対立としてとらえるチョー単純な世界観が復活するということである。

 そういう世界観は、日本の政治の世界にも侵食し始めている。

 たとえば、今度の新しい都知事の都知事選の戦い方など見ていると、自分の主張をきわだたせるために、とにかく、対立陣営を一方的に “悪者” に仕立て、善と悪の対立軸で政治を動かそうとしている様子が見て取れる。

 国際政治も日本の都政も、そんな単純な色分けでは収拾がつかないはずなのに、こういう「善悪二元論」は、マスコミの関心を集めやすい。
 そのため、政敵を「悪」と決めつけて、間違っていようが強引に自説を繰り返した人が世論に支持されるようになる。
 
 このような善悪二元論で政治を進めようとする人たちは、敵を作るときに、往々にして「味方の利益を優先する」というキャッチを使いたがる。
 トランプ氏の場合は、「アメリカン・ファースト」、つまりはアメリカ第一主義である。
 日本の今の都知事は「都民ファースト」というキャッチを掲げている。
 “ファースト” という言葉を口にしたとき、そこには「ファーストが実現されなかった理由」、すなわち敵対勢力の存在が想定されるのだ。

 日本の都政に見られる新しい動きは、そのままアメリカ政治の新しい動きと重なっている。
 
 

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古代史のロマン

 
 日本の古代史にはロマンがある。
 特に、大和政権が生まれる前の混沌たる時代は多くの謎に包まれていて、どのエピソードも推理小説を読むかのようなときめきがある。

 「ロマン」と「謎」は同義語である。
 すなわち両者は、推理小説のように、“謎をはらんだ物語” を指す言葉だといっていい。

 「謎」という字は、“言葉が迷う” と書く。
 つまり、謎と出遭うということは、言葉では説明し得ないものに直面するということだ。
 だから、トートロジー(同語反復)になるけれど、「ロマンというのは言葉では説明し得ないもの」に出遭うことなんだな。 

 その古代史最大の “ロマン” は、邪馬台国の卑弥呼の正体ではあるまいか。

 邪馬台国論争というのは、邪馬台国の位置をめぐって、もう300年以上も続いている論争であるが、いまだに決着がついていない。

 結論が出ないからこそいい。
 「結論の出ないもの」は、いつまでも考えるヒントを紡ぎ続ける。
 結論を出すことよりも、思考を持続させることの方が大事であることはいうまでもない。
 
 正月に観ていた番組のひとつに、『英雄たちの選択新春スペシャル』(NHK-BS)というのがあった。
 テーマは「“ニッポン”の古代人のこころと文明に迫る」。

 そのなかで、ゲストの一人である漫画家の里中満智子が、邪馬台国の女王「卑弥呼」は、単一の人物と考える必要はないのではないか、と言っていた。
 すなわち、女系リーダーを意味する “ヒメミコ” という一般名詞を、魏志倭人伝の作者が「ヒミコ」と聞き取り、それを単一人物だと思い込んだまま記述したとも考えられるとか。

 そういう説はすでに他の研究者たちからも言われていることかもしれないけれど、そのこと以上に印象に残ったエピソードは、「卑弥呼」には弟がいて、その弟が祭りごとの実務を請け負っていたという話。
 つまり、姉の卑弥呼は呪術にいそしみ、弟が政治を担当したという2系統の統治がこのときすでに始まっていたという指摘が面白かった。

 日本の権力機構の特殊性は、天皇という「権威」と、政治の実務を取り仕切る「権力」が分かれているところにある。
 貴族政権においても、武家政権においても、日本の権力者たちは「天皇」を廃止して、自分たちが天皇にとって代ろうとは一回も考えなかった。
 天皇という「権威」を利用する形で、自分たちの「権力」の正当性を主張しようとしたのである。

 そういう統治形態の原型はどこにあったのか?
 それが卑弥呼の時代に始まっていたという指摘は面白かった。
 つまり、日本においては、女系リーダーの “ヒメミコ” が呪術的祭儀による象徴的権威を維持し、男系リーダーが実質的な政務を取り仕切るという日本独特の二重権力構造の起源を「卑弥呼神話」は語っているというわけだ。
 
 
 同じ番組で、蘇我氏の正体を探るという企画もあって、こちらも楽しかった。
 蘇我氏というのは、天皇家から政権を強奪しようとしたため、天皇家を守ろうとする中大兄皇子と中臣鎌足によって暗殺された逆賊といわれ続けてきた。

 しかし、蘇我氏はけっしてそのような非道の豪族ではなく、むしろ律令制を進めて天皇家の権威を高め、日本の文化レベルを上げようとした開明的な一族であったというのが、近年ではほぼ定説になりつつある。

 蘇我氏にそれを可能にさせたものが、半島系の渡来人との太いパイプである(蘇我氏自身が渡来人であるという説もある)。
 この時代、文化においてもテクノロジーにおいても渡来人の力は圧倒的であり、彼らの持っている情報とテクノロジーを使いこなせた蘇我氏は、「今でいうネットにアクセスできるリテラシー(活用力)を持っていた」ということになるらしい。

 当然、蘇我氏はグローバル社会を理解していた。
 当時のグローバル社会というのは中国、インド、朝鮮であったから、インドで起こった仏教が中国経由で朝鮮に渡り、それが当時の世界的イデオロギーになっていたことを知っていた。

 当時の日本で仏教を採り入れるということは、グローバリズムを背景に “IT 革命” を起こすようなものであった。、
 視覚的にも聴覚的にも、仏教に触れた日本人は、それまでとはまったく違った世界を見ることになった。

 まず寺院や五重塔といった仏教的建築物や仏像のようなアートの出現は、GGによる新しい映像文化が登場したようなものであったかもしれない。

 この頃を境に、日本では重厚長大な「前方後円墳」という墓地の形態が廃れ、四隅を四角く切り取ってコンパクトに収めた「方墳」に変わったという。

 これは何を意味するのか?
 すなわち、「前方後円墳」のような墳墓が権力者の権威の象徴ではなくなってきたのだ。

 面積として広大な土地を擁する「前方後円墳」も、横から見ると、単なるなだらかな丘陵に過ぎない。
 それより、少ない面積ながら天に向かって垂直に伸びていく寺院や五重塔といった仏教建築の方が、新しい時代の権威として見栄えがする。

 蘇我氏は、「前方後円墳」を権威と見なしてきたそれまでの古代天皇家の意識改革を行ったのだ。
 
 そこにはコスト意識も働いていた。 
 大量の労働者を必要とする一大土木工事の「前方後円墳」より、仏教建築の方が建設コストが安くなるのだ。
 コストが安いだけでなく、その建立には技術を持った専門家集団が必要となるから、付加価値も生まれる。

 蘇我氏は、この仏教建築を造れる専門集団を育成し、天皇家と距離を置こうとする地方豪族と交渉し、「天皇家を敬えば、あんたの地に寺院を建立してやってもいいぞ」という取り引き材料に使ったという。

 こう考えると、蘇我氏が大化の改新で滅亡しなければ、古代の日本はもっと違った社会になっていた可能性がある。
 
 そういう想像を惹起させる物語が、すなわちロマン。
 古代史が面白いのは、考古学的発見や文献の新発見によって、そのロマンの形が次々と変わっていくからだ。
 
 

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女のいない男たち

   
 病院というのは、本を読むのに最適な空間だ。
 読書という行為は、ある程度 “退屈な時間を持て余す” という気分に支えられるようなところがあるから、運動も外出も制限される入院中のやるせない気分を紛らわせるには、読書は理想的な時間のつぶし方といえる。

 昨年は肺血栓症の手術を受けるために、1月、6月、7月、10月と4回入院した。
 長いときは2ヶ月近く。
 じっくり本が読めた。

 入院中に読んだ本の1冊に、村上春樹の『女のいない男たち』がある。
 2014年に単行本として発刊され、2016年の10月に文庫化された。

 私が買ったのは、2年後に出た文庫の方である。
 昨年秋に、私が入院する前に寄った書店では、その文庫が平積みになっていた。
 村上春樹がノーベル文学賞を受賞すれば それを記念するフェアの目玉として準備されたものだったのだろう。

 春樹ファンには残念なことに、ノーベル文学賞はボブ・ディランのもとに去った。

 私は、村上春樹を少しは読んでいる方だと思うが、彼がノーベル文学賞に値するような作品を書いているのかどうかということに関しては、正直、よく分からない。
 私のイメージでは、村上春樹という人は世界の文芸史に名を残す “大文豪” というようなタイプではなく、本来は、少数のごくセンスのいいファンたちがこっそり評価し合うような作家に思えるのだ。
 そして、その方が、愛読者にとっては、かえって安心して「村上ファン」を名乗ることができるような気がする。

 で、『女のいない男たち』。
 六つの短編で構成されている。
 そのどれもが、基本的に、女に振られたか、女に死なれたか、女に自分の思いをうまく伝えられなかった男たちの話になっている。

 村上春樹は、なぜそのような男たちを取り上げる気になったのか。

 もしかしたら彼は、これからは男にとって、恋愛が不可能な時代が来ると踏んだのではなかろうか。
 つまり、男の恋心を受け入れてくれる女性が次第に少なくなりつつあると感じたのだ。
 『女のいない男たち』という一連の物語は、そういう状況を伝えようとしているようにも思える。

 六つの短編において、主人公たちから去って行った女たちは、いずれも男と一緒に迎える “ハッピーエンド” を拒否する。
 女たちは、他の男と不倫するにせよ、自殺するにせよ、いつの間にか姿を消すにせよ、みな男が用意したハッピーエンドの<外>に流れ出していく。
 そして、男たちは女が去っていく理由も分からず、途方に暮れるか、いつまでも懊悩するのである。
 それは、そのまま現代社会の男女関係をぞっているように思える。

 なぜ、男たちにとって、これほど恋愛が難しい時代がやってきたのか。
 
 その理由を、社会状況の変化に求めるならば、答はいくつでもすぐに見つかるだろう。
 リア充の生活を放棄したオタク系男子の増加。
 恋愛にチャレンジして、成就しなかったときのショックを回避したがる男たちの増加。
 要は、男の自閉である。

 そういうイマドキの男性心理は、たとえば「若者の経済的貧困」などという言葉を使えば説明できるかもしれない。

 しかし、そのような経済的視点や社会学的視点からだけでは、男たちの恋愛不可能性のすべてを語ることはできない。
 結論を先にいえば、それは現代社会が、「男の恋愛文化」を失ったからだ。
 すなわち、恋愛からセンチメンタリズム(感傷的情緒)が失われたのである。

 これまでの古典的な男の恋愛観は、すべて女に対する男の片思いやら女に振られたときのセンチメンタリズムをベースに構成されてきた。

 こういう言い方もできるだろうか。
 センチメンタリズムが保証されていたからこそ、男たちは孤独な片思いやら辛い失恋に耐えられたのだと。
 つまり、これまでの男たちは、思いを遂げられない心の痛みをセンチメンタリズムで濾過(ろか)できたからこそ、傷をしのぐことができたのだ。

 そのようなセンチな男文化が生き延びられたのは、(日本でいえば)せいぜい「昭和」の時代までではなかろうか。
 それも、ニック・ニューサの『サチコ』が生まれた昭和56年(1981年)までだったように思える。   
 
 

 この年(1981年)、『サチコ』のように男のセンチメンタリズムを強調した歌謡曲がヒットチャートで全面開花する。

 『ルビーの指輪』(寺尾聰)
 『もしもピアノが弾けたなら』(西田敏行)
 『みちのくひとり旅』(山本譲二)
 『帰ってこいよ』(松村和子)
 『スローなブギにしてくれ』(南佳孝)

 そのどれもが、恋を成就させることのできなかった男の自己憐憫を美化した歌である。

 1960年代から1970年代の半ば頃までの歌謡曲は、藤圭子の演歌に代表されるような、「騙された女/捨てられた女」の世界だった。

 しかし、1978年に杏里が『オリビアを聴きながら』を歌った頃から、男女の形勢が逆転し、80年代からの歌謡曲は「泣く男」の世界となった。
 80年代というのは、マッチョな言動で女たちを口説いていた一部の精力の強いバブル男たちの影で、大勢の泣く男たちが誕生した時代だったのだ。

 しかし、それは逆にいえば、1980年代までは、男のセンチメンタリズムを許容する余裕を日本社会全体が持っていたということになる。

 高度成長からバブルに向かっての一時期、日本はつかの間の “一億総中流社会” を実現する。
 その時代に、男が会社勤めに出て、女が専業主婦として家事を切り盛りできるような社会が誕生した。

 専業主婦というのは、女性の「無報酬労働」である。
 つまり、女が無報酬で家事というシャドーワークに専念できるほど、日本の家庭は見かけ上の豊かさを維持することができたのだ。

 この余裕が、男のセンチメンタリズムを育てた。
 専業主婦たちは、会社勤めのような “社会” を経験せずに暮らせたから、男の身勝手な甘えの文化に無頓着でいられたのだ。

 しかし、外で働き始めた女性たちは、次第にそういう男のセンチメンタリズムを許容しなくなっていった。
 そのようなセンチメンタリズムは、男の自己完結的な自意識の産物だから、それ自体に生産性がない。
 当然、バブル崩壊後に生まれてきたせちがらい世の中は、そういう情緒性のはびこる文化を許さなくなっていく。

 日本経済が津波に吞み込まれるように崩壊していくなかで、企業倒産が続出。男の安定した雇用が消滅していく過程で、男たちも「女に振られた悲しさ」を歌や酒や旅でまぎらわすといった情緒的な方法で処理できなくなっていく。
 つまり、女から受けた恋の痛手を、もっと即物的なストーカー行為などではらさなければならなくなっていく。

 そういう流れに呼応し、社会に出て行った女たちも、男の身勝手なセンチメンタリズムに付き合うバカバカしさに気づくようになる。
 

 村上文学とは、こういう時代が始まる前に成立した文学である。
 すなわち、男が女を失うときのセンチメンタリズムがまだ機能していた時代の文学なのだ。

 村上春樹が『風の歌を聴け』で群像新人賞を取ったのは1979年。 
 『1973年のピンボール』が芥川賞の候補になったのは1980年。
 つまり、村上春樹の初期作品は、日本社会が男のセンチメンタリズムを許容していたぎりぎりの年に生まれている。

 それらの作品に登場する “僕” と呼ばれる主人公たちは、女の理不尽な行動にも取り乱すことなく、ただ「やれやれ」とつぶやいて耐えている。
 しかし、それは見かけ上の冷静さであって、彼らの本心を占めているのは女々しさである。

 その女々しさが、あまりにも洗練された筆致で処理されるために、センチメンタリズムの上澄みが浄化され、そこにドライでクールな空気感が生まれている。
 それが、村上流 “喪失の文学” の正体である。

 
 そう考えると、村上文学の構造というのは、案外シンプルである。
 それほど奥行きのある世界ではない。
 ただ、そう思わせないテクニックを村上春樹は持っている。
 それは、「肝心なことは描かない」というテクニックだ。

 彼の小説作法を解き明かした名著のひとつに、『若い読者のための短編小説案内』があるが、そのなかで、彼はこんなことを書いている。

 「優れた作家はいちばん大事なことは書かないのです。優れたパーカッショニストがいちばん大事な音は叩かないのと同じように」
 
 まさに、これは村上春樹の小説作法そのものを表現した言葉であり、彼の全作品がこの作法に則って作られているといっても過言ではない。

 この『女のいない男たち』においても、その手法は貫かれている。
 たとえば、『シェラザード』という短編では、施設に閉じ込められた主人公の男性のもとに、身の回りの世話をする女が一人通ってきて、冷蔵庫のなかに食材を詰め、退屈しのぎのために読む本を用意し、主人公を相手にルーティンワークのような情事をこなし、そのあと、ベッドに寝たまま魅惑的な話を披露して去っていく。
 主人公にとって、その女の話の続きを聞くことが一番の楽しみになる。

 しかし、ある日主人公は、その女性がもう姿を現わさないのではないかと予感する。もちろん女性の言動からその兆候を読み取ったわけではない。あくまでも、予感にすぎない。

 しかし、その予感は、主人公を茫洋と霧が立ち込めるような哀しさのなかに沈ませていく。
 
 この短編には、けっきょく最後まで何も描かれない。
 主人公がどのような施設に閉じ込められているのかも語られず、彼がなぜそこから抜け出ようとしないのかも説明されず、主人公のもとを訪れる女性の正体も明かされない。

 実は、何も説明されないということが、ここでは “詩” になっているのだ。
 この短編には「情感」だけがあって、「ロジック」がない。
 つまり、物語自体が、壮大な “余韻” に包まれているのである。

 毎回楽しい話を続けてくれるはずの女性が、もしかしたら来なくなるかもしれないと、主人公はおびえる。
 そして、彼女が来なくなったとしても、その理由を主人公は永遠に知ることができない。

 何もかもがはっきりと描かれないからこそ、切ない。
 村上春樹のセンチメンタリズムというのは、そういう形で提示される。

 私はそれをとても心地よいと思うけれど、この先、この村上春樹的センチメンタリズムがどこまで通用するのか、それはまったく分からない。 
 
 

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トランプ氏はビジネスマンなどではない

 
 日本時間の早朝に開かれた米次期大統領トランプ氏の記者会見で、そうとうな暴走発言があったと各報道機関が伝えている。
 私も、その記者会見の画像を見た。

 各メディアの質問に対し、ケンカ腰である。
 トランプ氏の表情も険悪で、下品。
 その言動は、傲慢さと威嚇と満ちていた。

 アメリカ大統領の記者会見というものが、こんなに荒涼とした殺伐なものであったことをはじめて知った。
 もっとも、その責任の9割方は、トランプ氏側の問題なのだろうが。

 この記者会見で、トランプ氏は選挙運動中に掲げた暴走発言をより一層明確な態度で繰り返したという。
 すなわち、メキシコ国境との壁を早急に建設し、その費用をメキシコ政府に払わせる。
 中国、日本、メキシコとの貿易では、アメリカは多額の損失を出しており、(これらの国に対しては)貿易の不均衡を是正する処置を取る。
 
 そういう発言を聞いていた報道陣の感想によると、トランプ氏は大統領就任後に、きっとイスラム教徒の入国拒否や、日本や韓国に対する核武装の勧めなど、基本的に選挙活動の際に発言していた内容をほぼそのまま推し進めていくだろうとも。

 このようなハチャメチャな政治発言が繰り返される一方、減税や公共投資、インフラ整備などの話題にはほとんど触れられず、それらを期待して値上がりしていた株価も、会見以降は急落したという。

 他国の大統領のことだから僕らに発言権はないけれど、おそらくアメリカ国民は、建国200年の歴史のなかで史上最悪・最低の大統領を選んでしまったのではなかろうか。

 選挙戦さなかでも、トランプ非難の声は絶えなかった。
 しかし、一方では、「トランプ氏は実業家だから、これまでの政治家とは異なり、ビジネス感覚で斬新な政策を進めていくだろう」と期待する声もあった。

 それは甘い期待だったかもしれない。
 これまでのトランプ氏の発言内容を見ていくと、彼にはほんとうの意味での “ビジネスセンス” など微塵もないことが伝わってくる。
 むしろ、ビジネス的なバランス感覚とはまったく無縁の、頭の固い差別主義者としての面があらわになってきた。

 「中国、日本、メキシコとの貿易不均衡を是正する」

 彼のそういう発言の根拠は何か?
 これは経済分析などではない。
 その意味は、
 「肌の黄色い人種や、肌の茶色いラテンアメリカ人は嫌いだ !」
 ということなのだ。

 一方、ロシア人は同じ白人種で、しかもキリスト教徒であるからいいようだ。
 それに対し、イスラム教徒は断固拒否。
 なんと単純な “分断思想” なのだろう。

 だが、残念なことに、われわれ人間は、「分断」を煽られた方が感情を刺激されるようにできている。
 他者への共感や愛を説かれるよりも、恐怖心を煽られ、憎しみをかきたてられ、他者との「分断」を呼びかけられた方が、われわれはエモーショナルになれる。

 現に、トランプ政権の成り行きに不安を感じている自分だが、トランプが中国に対して強硬姿勢を打ち出すなどという報道に触れると、
 「そうだ ! そうだ ! 生意気な中国をやっつけろ」
 などと、思わずトランプの “分断思想” に共感を感じている自分を見つけたりする。

 「融和」よりも「分断」を煽った方が、人間の共感が増幅されるのは何万年もの間、人類が競争と戦争の圧力に苦しみながら生き延びてきた結果なのだ。

 だから、「憎しみ」を共有し合うと人間は簡単に結束できる。
 「憎しみ」の共有には、「知性」が介在しないからだ。

 「知性」というのは、憎しみを軸に生まれた結束が、結局は悲劇しか生み出してこなかったという反省から生まれてきた能力だ。
 そういう能力を得るために、人類はそうとう長い努力を重ねてきた。

 その辛い努力の蓄積を、「憎しみ」は、いとも簡単に踏みにじることができる。
 なぜなら、人類には「憎しみ」の歴史の方が圧倒的に長いから。

 「分断思想」というのは、その「憎しみ」を煽るところから生まれてくる。
 トランプのやろうとしていることは、人類が長い間努力してようやく手に入れた「知性」を葬り去ろうとするものである。
 
  

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ちあきなおみのアンニュイ

 
 ここのところ、ちあきなおみの歌が気に入って、YOU TUBEにアップされたものを何度も聞いている。
 直接のきっかけは、1月6日にBSジャパンで放送された『孤高の歌姫伝説~ちあきなおみの歌の世界』という歌番組を観たせいであったが、昔から日本の歌謡曲歌手としては好きな人であった。

 私たちの世代(60代)が知っているちなきなおみというと、やはり『喝采』や『矢切の渡し』というヒット曲のイメージが強すぎて、どちらかという “演歌歌手” のジャンルに収めてしまいがちだ。
 しかし、どっこい、ちなきなおみは、とてもそんな一つのジャンルでくくれるような歌手ではない。

 もし知らない人がいたら、次の曲を聞いてほしい。
 石原裕次郎の持ち歌として知られる『夜霧よ今夜もありがとう』である。

▼ 『夜霧よ今夜もありがとう』

 裕次郎の歌う歌謡曲が、見事なジャズ風のバラードになっている。
 ちなきなおみファンの間では有名な『夜霧よ今夜も有難う~ ちあきなおみ~石原裕次郎を唄う』 というアルバムの1曲目に収録された曲だが、このたゆたうようなリズム感は、もう演歌や歌謡曲のものではない。
 メロディーやコード展開は日本人が聞きなれた歌謡曲ながら、間奏で響く楽器類の音は洋楽そのもの。

 もちろんアレンジの力が大きい。
 ちなきなおみの後期の音楽活動に深く関わったピアニストで音楽プロデューサーである倉田信雄の編曲が功を奏し、もう裕次郎の原曲とはまったく変わった内容の曲となっている。

 何よりも、この曲のいちばんの魅力は、ちあきなおみの “ため息” のようなセクシーボイス。
 それがピアノとサックスのけだるい演奏に乗って、たなびく煙のように流れ出してくると、まさにカクテルラウンジでジャズライブを聞いているような気分になる。
 

 
  今のポピュラー音楽に欠けているのは、このようなディープなアンニュイ(けだるさ)だ。
 これぞ大人の音楽。

 “アンニュイ” というのは、非常にゴージャスで贅沢な感覚である。
 人生に疲れちゃった…、恋に飽きちゃった…、とかいう気分は、ある意味でゴージャス感につながる。ガツガツしているものの対極にあるからだ。
 言葉をかえていえば、満ち足りた状態をいう。

 「アンニュイ」はもともとフランス語で、この言葉の響きからは、すべてに満ち足りた生活を送ってきた貴族文化の気配が漂ってくる。
 フランスは18世紀から19世紀にかけて、一度は世界制覇を成し遂げた国で、イギリスと並んで、アジア・アフリカの富を収奪し尽くした国だ。
 
 いやらしい言い方だが、アンニュイとは、こういう強奪の結果によって得た富に飽きた人々の生活感覚といっていい。 
 食べるために必死に働かなければならない文化からは、アンニュイは生まれない。

 必死で生きている人たちが必要としているものは「元気」、「勇気」、「感動」であり、音楽でいえば行進曲のようなもの。
 しかし、行進曲というのは、軍隊でも、運動会でも、人々に号令をかけて集団の統制を図るものだから、基本的に貧しい音楽だ。

 今のJ ポップには “応援ソング” のような曲がけっこうあるけれど、基本的にそれは “子供のための行進曲” である。
 ちあきなおみのアンニュイに満ちた歌からは、大人の文化の香りがする。

 もう1曲、ゴージャスなけだるさを持った曲を。

▼ 『時の流れに』

 この曲は、1991年に発売された『百花繚乱』に収録されたもの。
 激しい恋も経験してきた女性が、ふと生活の疲れを感じて独り言をつぶやくような世界が広がる。

 歌の中には、こんなフレーズが出てくる。 

 ♪ 時の流れに、流され流れ
   気づけば疲れた、女がひとり
   命までもとおぼれた恋も、
   今では遥かな、雨降り映画

 この心地よいけだるさに満ちた大人のフレーズは、やはり歌のうまさに加え、ちあきなおみぐらいの私生活の経験の深さがないと歌いこなせない。
 
 作詞は、『喝采』、『紅とんぼ』、『冬隣』などといったちあきなおみの代表作を作った吉田旺。
 作曲は『夜霧よ今夜もありがとう』をアレンジした倉田信雄。
 歌手のちあきなおみを交えた最強トリオによる “大人のアンニュイ” の代表作。
 独りで酒を飲んでいる空間に、こういう曲があると助かる。
 

 
  
 

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正月はテレビ三昧

 
 今年も正月はテレビ三昧。
 居間のソファに腰を下ろし、ポテトチップスなどかじりながら、ウィスキーや日本酒などを舐めつつ、体を動かすことなく、終日じっとテレビモニターを凝視。
 体に悪いよなぁ、1月末に控えている糖尿病検査の日が来るのが怖い。

 で、正月が来ると、毎年楽しみにしている番組のひとつがテレビ朝日系の『芸能人格付けチェック』。
 ワイン、牛肉、盆栽、バイオリンの音色などを吟味しながら、呼ばれた芸能人たちがどれが本物かということを見極めていく番組で、現在個人としての連勝記録を43勝まで伸ばしているGACKTが、今年はどれだけその記録を更新するかが焦点だった。
 結果、その連勝記録は48までに。
 味覚、聴覚、視覚におけるGACKTの審美眼には敬服せざるを得ない。

 今回、GACKTとチームを組んだのはホリエモン(堀江貴文)。
 起業家として辣腕を奮ってきたセレブ男だけに、グルメにおいても音楽やアートの鑑賞においても “一流?” の生活を送ってきたはずだが、GACKTの “一流ぶり” にはまったく届かなかった。

 ホリエモンがGACKTチームを代表して問題に向き合っている様子をモニターで見守っていたGACKTが、間違いそうになったホリエモンに一言。
 「あいつ、今まで何に金をつかってきたんだ?」
 真贋を見極める生活に徹してきたGACKTの経済感覚を一瞬だけ垣間見ることができた言葉だった。
  
…………………………………………………………………………

 2日目はハードディスクに録画していた『スターウォーズ/フォースの覚醒』を観た。
 レイ役で出ていたデイジー・リドリー(↓)が可愛いので、この作品だけはどうしても観ておきたかったのだが、まぁ、見終わった感想は、「あいかわらずだな」の一言。

 結局、スターウォーズ・シリーズはどの作品を観ても変わりばえがしない。
 基本は、善と悪が対立するシンプルな勧善懲悪ドラマ。
 しかも、善玉(共和国側)も悪玉(帝国側)も、それぞれの善悪の根拠(思想的背景)を示さない。
 つまり、それはお互いが「自分こそが善であり、相手は悪である」と決めつけていることを意味するにすぎない。

 スターウォーズのファンの中には、「ここには人間が経験するあらゆるドラマが詰まっている」と豪語する人もいる。 
 たとえば、この「フォースの覚醒」においては、ギリシャ神話以来の “父殺し”のテーマがある、などと。

 しかし、たとえ “父殺し” がストーリーに取り込まれようが、結局は「善・悪」二元論の構図にきれいに収まってしまい、最後は予定調和のハッピーエンドが待っているだけ。
 それでは “人間が経験するあらゆるドラマ” などとはいえない。

 SF映画ファンには、「ブレードランナー派」と「スターウォーズ派」がいると思うが、私は不条理感に満ちたブレードランナーの方が好きだから、単純構造のスターウォーズには点が辛いのだ。

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 正月2日目の夜は、「BS朝日新春討論スペシャル『いま、日本を考える』 」という番組を観る。
 田原総一朗(ジャーナリスト)/井沢元彦(作家)/三浦瑠麗 (東京大学政策ビジョン研究センター講師)/川村晃司(テレビ朝日コメンテーター)/東浩紀(批評家)/上念司(経済評論家)/谷口真由美(大阪国際大学准教授)/飯田泰之(明治大学准教授)という面々が4時間にわたって、2017年以降の世界情勢と日本が抱えている政治・経済の難問を語り合うという番組だった。

 面白かったのは、この手のトーク番組でありがちな悲観論が影を潜めていたこと。
 いちおう多方面にわたって問題点は抽出されたが、参加者たちの意識は、それぞれの問題点を現実的に解決する方向に向いていて、番組全体のトーンは明るくポジティブなものだった。

 たぶんそれは、今の日本が、安倍晋三による異例なくらいの長期安定政権を維持していることとも関係しているかもしれない。
 概して、参加者たちの安倍内閣への評価は好意的だった。
 もし、ここに共産党や民進党系の議員でも混じっていたら、話し合いは紛糾したかもしれない。

 だが、今回討論に参加した論客たちの大方の意見としては、今の日本をダメにしているのは、そういう共産党などの既成政党も含めた “進歩的知識人” などといわれるリベラル派だという。

 かつて、「左翼」という言葉がしっかり機能していた時代のリベラル派は、現政権の行き過ぎをしっかりチェックする能力を備えていたが、今「護憲」を訴えたり、「安保法案を軍事法」と断定するリベラル派は、もう左翼精神すら失った既得権益者にすぎないのだそうだ。
 
 彼らは、資産的にも身分保障的にも、すでに現体制下における既得権をしっかり確保し、その安定した基盤の上にあぐらをかいた状態で、言葉だけ「リベラル」を訴える。
 それが今の政治が抱える問題を相当ややこしくして、解決困難な方向に誤誘導しているというのだ。

 その指摘はある程度当たっているように思えた。
 現に、『朝まで生テレビ2017』などでしゃべっていた共産党の小池晃などは、見苦しいほどのアナクロニズムと精神の硬直化を示していた。
 
 それ以外の感想としては、田原総一郎(82歳)の見事な仕切りぶりが印象に残った。
 今回、田原はMCという役割を降りて、1コメンテーターとしてこの討論に臨んだのだが、議論の焦点を明瞭にしてほとんどの討議の流れをつくったのは、田原総一郎であった。

 もうひとつ印象に残ったことは、三浦瑠璃(↑)の成長ぶり。
 彼女は、今の日本で政治を語る女性の筆頭論客になりつつある。
 この討論会には歴史作家、経済学者、政治コメンテーターなどさまざまな肩書を持つ論客が集められたが、全分野においてよどみなく自分の知見を披露できたのは、三浦瑠璃一人であった。
 
…………………………………………………………………………

 ドラマでは『冬のソナタ』の再放送(BSフジ)の一部だけ観た。
 2002年に制作されたドラマで、世界的な韓流ブームをつくるきっかけとなった作品である。
 実は、これがNHKで放映されていた頃、毎週楽しみにして観ていたことがある。

 いま改めて観ても、あいかわらず美しくて切ない。
 “冬” という季節を、これほどロマンチックに仕上げた作品というのは、ほかにないのではなかろうか。

 人の心を小さく縮こませてしまう冬。
 冬という季節は、どちらかというと、「耐え忍ぶ」とか「心を閉ざす」という印象が強く、早く終わってほしい季節の筆頭であったが、この『冬のソナタ』は、“冬が終わる” ことのさびしさをはじめて描いたドラマになった。「春が来るとミニヨンとユジンの恋は終わるのだろう」と予測させる気配をどこかに漂わせているのだ。
 
 「冬よ終わらないで !」
 という気分にさせるドラマなんて、考えてみればすごいことだ。

…………………………………………………………………………

 3日の夜には、『英雄たちの選択 新春スペシャル』(NHK BSプレミアム)という番組も観た。
 テーマは、「ニッポンの古代人のこころと文明に迫る」。

 最近は、先端技術を使った発掘調査などにより、それまでの日本史の教科書を書き換えるような新しい情報が次々とアップされるようになったらしい。
 この番組では、そのような最新情報をもとに、これまで単純な稲作民と見なされてきた弥生人が、稲作だけでなく、さまざまな生活スタイルを試みており、世界観においても、独特の精神文化を持っていたことを明らかにした。

 途中から観たので、最初の展開は分からなかったが、印象に残ったのは銅鐸(どうたく)の話。
 これまで、銅鐸という道具は祭儀に使われるものであることだけははっきりしていたが、それがどのような使われ方をしていたかは、まったく謎に包まれたままだった。

 しかし、近年の研究によると、それは釣鐘(つりがね)のように打ち鳴らすことで、祭儀の場を演出していたことが判明した。
 スタジオには、その精巧に作られたレプリカが持ち込まれ、専門家の手によって、いくつかの鳴らし方が試された。

 はじめて聞く音であったが、なんとも玄妙な音であった。
 後世の寺の鐘などと違って、もっと軽やかで涼やかな音なのである。

 解説者がいう。
 「おそらくこのような金属音は、それまでの弥生人が聞いたこともなかった新しい音に聞こえたはずです。それは、弥市人の精神文化に深い影響を及ぼす音になった可能性は高い」

 それを聞いて、番組のMCを務める磯田道史氏がすかさず、「自分がはじめて電子音を聞いたときのような衝撃があった」と告白する。
 彼がいうには、「この音は、田んぼに植えられた稲を生育させるための “栄養剤” のように思われていたのではないか」とも。

 私自身の乏しい体験に照らし合わせていうと、ビートルズのギター音とコーラスをはじめて聞いたときの感覚に近い。
 1960年代初期に、まろやかなアメリカンポップスに馴染んでいた私の耳に届いたビートルズサウンドは、まさに“荒ぶる神の啓示” であった。

 人間が文化概念を獲得する一つの道具として、まず「言語」というものがある。
 しかし、「音響」には、その「言語」よりもさらに深い根源的な文化概念を創造する力がある。
 銅鐸の音響が、当時の弥生人たちにどんな文化概念を与えたかは不明だが、レプリカの銅鐸がもたらした風雅な金属音には、確かに古代の神々のつぶやきが混じっていそうな気配があった。

…………………………………………………………………………

 同じく3日の夜、NHKのEテレで放映された「名著スペシャル『100分de手塚治虫』」を観る。
 これは、2016年11月12日に放映されたもの再放送らしい。

 タレントの伊集院光が司会を務め、女装エッセイストのブルボンヌ、映画監督の園子温、精神分析医の斎藤環、宗教学者の釈徹宗などがそれぞれの観点から手塚漫画の魅力を語った。

 話題は、鉄腕アトムのエロスに向かった。
 本来は無機質なロボットであり、かつ造形的には男の子を志向したアトムが、なぜあのような両性具有的な色っぽさを漂わせるのか。
 MCの伊集院は、そのアトムの容姿に、子供ながら奇妙な色気を感じて心がざわついたことを告白する。

 アトムのエロスというのは、基本的に、手塚治虫の描く線の色っぽさに帰着する。
 手塚の線は丸っこい。
 それは容易に女性のたおやかな乳房や豊饒な尻を連想させる。
 
 しかし、そういう即物的な色っぽさを超えて、手塚自身が「丸い形状」に生命力としてのエロスを感じていたことが明らかになっていく。

 手塚は、太陽系の惑星の動きや、水面に広がる波紋、さらに葉の上に溜まる雨の滴などの円運動に、自然そのものが持っているエロスを感じていた。
 彼にとっては、円を描くことそれ自体が、すでにエロチックな行為だったとも。

 手塚の漫画の原点には、ディズニー漫画があるらしい。
 彼はディズニーの作画に憬れて、自分の画風を作り上げていった。
 
 実は、昔のディズニーのキャラクターにもエロスがある。
 私は、ディズニーのアニメなどに登場するピーターパンに、いつも妖しげな色気を感じて、一人でどきどきしていた。
 

 彼はいわゆる “美少年” ではない。
 トランスジェンダー的な、両性具有のエロスがあるといった方がいい。

 こういう存在は、男女の性別を超えた正体不明のなまめかしさを持っていて、ときに少年の読者を不安に満ちた恍惚感に満たす。
 鉄腕アトムもピーターパンも、罪作りな主人公たちである。 
 
 

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『ニッポンのジレンマ』は面白い

 
 正月のテレビは、年末あたりから作り置きしているバラエティー番組と討論番組が多い。
 だいたい観るのは、討論番組の方。
 今年も、大晦日の深夜の『朝まで生テレビ』(テレ朝)と、元日の夜の『ニッポンのジレンマ2017』(Eテレ)を観た。

 『朝まで生テレビ』は退屈だったが、『ニッポンのジレンマ』には興奮した。
 両方とも、日本の現状と未来、日本の政治や経済をテーマにした討論番組なのに、この差はいったいどこから来るのだろう?

▼ 朝まで生テレビ

 はっきりいうと、それは出演者の年齢から来る。
 『朝生』の出演者は、みな老人である。

 まずMCの田原総一朗が82歳。
 パネリストとして参加した自民党の山本一太が58歳
 共産党の小池晃が56歳。
 民進党の細野豪志が(少し若くて)45歳。
 元防衛大臣の森本敏が75歳。
 漫画家の小林よしのりが63歳。
 東大教授の井上達夫が62歳。

 これらの人たちは、確かに専門的な知識を習得した論客で、発言内容も鋭いのだけれど、寛容性がないというところで、精神が硬直している。
 それは年齢から来るものだ。
 
 だいたい人間は50歳を過ぎると、他人の意見に非寛容になるし、60を超えると、非寛容を通り越して、もう相手が言おうとする話の内容すら理解する力をなくしてしまう。

 だから、『朝生』の出演者たちは、相手の議論を途中で遮り、声高に自分の主張を繰り返すことだけに終始し、結果的に、何が論点になっているかということすら不明瞭にしてしまう。
 その突出した例が、たとえば共産党の小池晃とか、東大教授の井上達夫あたりである。
 こういう “自分の弁が立つ” ことにうぬぼれている連中の顔を見るだけで、暗い気持ちになる。
 
▼ ニッポンのジレンマ

 それに対して、『ニッポンのジレンマ2017』の参加者は若者が中心。
 進行を務めた作家の古市憲寿が31歳。
 パネリストは、最年長がアーチストの福原志保で41歳。
 一番年下の参加者が詩人の文月悠光で26歳。
 あとは、だいたい20代と30代。

 『朝生』との最大の違いは、みな笑顔があったこと。
 かなりきわどい議論の応酬になっても、意見を戦わせている者同士の表情には、相手をリスペクトする真摯な表情と同時に、言い過ぎた自分の発言内容を照れるようなはにかみの笑顔があった。

 『朝生』のジジイたちは、ケンカ。
 『ジレンマ』の若者たちは、意見交換。
 もうそれだけで、番組としての出来に決定的な差がついてしまう。
 
 もう一つ、両方の番組を観て感じたことは、老人たちが気が短くなってきているのに対し、若者たちは結論を急がずに、一つの問題を前にして、そこで立ち止まろうとしていることだった。

 たとえば、彼らの討議から次のような議論が提出された。

 「民主主義というのは、本来は長い討論を重ねて少しずつ意見をすり合わせていくものなのに、今の社会はその時間を “無駄” なものとして排除しようとする。
 その結果、人々が瞬時に “YES” か “NO” かを判断しなければならないような短絡的な思考が蔓延するようになる」
 
 たとえば、アメリカのトランプ大統領の答弁や、ヨーロッパで台頭してきた極右的な政治集団のリーダーたちの演説。
 そこには、「正義」か「悪」かの二元論しかない。
 世界中の政治の言葉が、複雑な思考を拒否する単純で力強い言葉に置き換えられつつある。
 『ニッポンのジレンマ』で討議をしていた若者たちは、そのことへの警戒心を強めている。

 何事においても、瞬時に結論を出さなければならないような風潮は、いったいどこから生まれてきたのか?

 世界中に広まりつつある思考の短絡化。すなわち反知性主義。
 批評家の大澤聡(39歳)は、そこに今のメディアのあり方が反映されていると見るし、数理哲学者の丸山善宏(33歳)は、世界が再び中世の魔術的世界観に覆われ始めてきたと見る。

 彼らは、人間が結論のなかなか見えない時間のかかる思考を放棄し、YESかNOかを瞬時に判断する思考回路に染まってきたことと、世の風潮がアートや文学を軽んじてきたこととはパラレルな関係にあるという。

 すなわち、アートや文学は、「正義」とか「悪」や、「正しい」とか「間違っている」という単純な二元論では片付かない問題を扱うものである。
 それは、現代社会がもっとも苦手とするものだ。
 だから、ここで人間が踏みとどまらないかぎり、世の中は、再び「神と悪魔が闘争を繰り返すという神話的世界」へと逆行しかねない。
 私は、彼らの議論を聞いていて、自分の頭の中でそうまとめてみた。

 若者たちは、複雑な世の中に対峙することを恐れてはいない。
 そして、複雑な世の中をクリアに捉える明晰な視線を大事にしようとしている。
 
 確かに、「シンプルであることの方が美しいし、力強い」と主張する意見が、世の中の一部にはある。
 しかし、それは間違いだ。

 「シンプルである」ことと、「シンプルに見える」こととは違う。
 われわれが感じる「シンプルであることの美しさとか力強さ」というのは、往々にして、「シンプルに見えている」だけであって、実際にはかなり複雑な処理を経て洗練された結果であることが多い。

 「シンプルに見える」ものは、やはり時間をかけて生み出されてくる。
 われわれは、どうして時間をかけることを「悪」のように思い始めてしまったのだろう。
 スピードが価値概念の上位にあがってくるような社会を、いつ築いてきたのだろう。

 それについて、経済学者の水野和夫氏は、「より速く」という精神は、資本主義という経済システムそのものが生み出したものであるという。

 つまり、資本主義が、他者を出し抜いてより多くの富を独占するというモチーフによって支えられてきた経済メカニズムであるかぎり、「より速く」というのは、“他者を出し抜く” 資本主義の根幹をなす原理にならざるをえない。
 水野氏は、その競争原理が、地球上から地理的なフロンティアが消えていくことによって、限界に直面していることを示唆しようとしている。
 つまり、競争の “ゴール” の姿が、おぼろげながら浮かび上がってきたのだ。

 これに関して、(話は急に飛ぶけれど)人気ブロガーの池田信夫(経済評論家)は、「水野和夫は資本主義を批判するだけで、それに代わる経済システムを提案していない」と非難する。
 「資本主義よりましな経済システムが存在すると証明しない限り、社会主義のような地獄になるだけだ」と。

 この池田信夫(63歳)という人も、『朝生』に登場する精神の硬直した老人たちと同じような存在だ。
 彼は水野和夫が語ろうとした世界が、単に経済システムの問題として片付けられるようなものではないことを見逃している。
 
 水野氏は、(先ほどの『ニッポンのジレンマ』の議論に引き寄せていうと)アートや文学(さらにいえば哲学)の問題を語ったのであり、そのことを感受する感受性が池田信夫には欠けている。

 ≫「資本主義よりましな経済システムは存在しない」
 当たり前だよ、そんなこと。
 すでに社会主義経済という実験に人類は失敗しているのだから。
 
 しかし、人類の歴史は、資本主義などという経済システムがない時代の方がはるかに長い。
 その間、人類は不幸せだったのか?
 資本主義という経済システムが生み出した幸せと同じくらい、資本主義が産み落とした不幸というものだってある。

 資本主義が生み出した「幸せ」と「不幸」が、それ以前の社会が持っていた「幸せ」と「不幸」とどう違うのか。
 その答を見つけるには、いったん資本主義の<外>に立ってみなければならない。
 <外>に立つということは、想像力を働かせるということだ。
 その想像力は、アートや文学からやって来る。
 
 今日思ったことを一つ。
 「答が簡単に出ないものを恐れるな」
 
 

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賀正 2017

 明けましておめでとうございます
 謹んで新春のお慶びを申し上げます。

 先ほどまで、メス犬のふっくらしたお尻を撫でつつ、日本酒を飲みながら紅白歌合戦を見ているうちに、新年を迎えました。
 サカナは、数の子と、ハムとポテトサラダ。
 日本酒の銘柄は、月桂冠の糖質ゼロカロリー。

 最近はメス犬がなかなかお尻を触らせてくれません。
 こちらを振り返ってジロッとにらみ、
 「いつまで触ってんだよ、スケベ」
 といって、牙をむきます。
 昼間、お風呂に入れてやったのに … 。

 それでは皆様、今年もよろしく。
  
 

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ノスタルジック街道ルート66

 

 「ルート66」という言葉を聞いて、なにがしかの感慨を覚えるのは、主に今60代の人々だろう。

 ルート66は、1920年代頃にアメリカを横断する国道として整備され、1980年代に廃線となるまで、60年にわたってアメリカの大動脈として利用されていた道だ。

 1960年代に、コルベットに乗る2人の若者が、そのルート66をたどって冒険ドライブを繰り返すテレビドラマが大ヒット。日本にも上陸し、当時の日本人にも、広大なアメリカを自分の車で横断してみたいという夢を与えた。


 ドラマの放映に呼応して、タイトル曲も大ヒット。
 ナット・キングコールのほか、ジョージ・マハリスの歌も大当たり。
 さらには、ザ・ローリングストーンズのレパートリーにも加えられるなど、ジャズ系、ロックンロール系などさまざまなバージョンが生まれた。

▼ George Maharis 『Route 66』

 そんなこともあって、60代のシニアのなかには、この「ルート66」という言葉の響きからとても懐かしいものを感じる人も多いのではなかろうか。

 歌にドラマに取り上げられたルート66は、まさに近代アメリカの繁栄の象徴であったが、より便利なインターステート・フリーウェイの普及によって幹線道路としての役割を終えることになり、1980年代中頃に廃線となった。

 しかし、近年観光道路として再整備され、再びノスタルジックな気分をよみがえらせる観光施設として脚光を浴びている。

 私は、2008年にレンタルモーターホームを借りて、こルート66の一部を走ったことがある。
 そのとき、キングマンの町などでは、すでに “ルート66観光” を意識したミュージアムや土産物店がたくさん並んでいた。

▼ キングマンの『ルート66』ミュージアム

 つい最近、NHKのBS放送で、そのルート66が観光道路として再評価されてきた様子を伝えるドキュメントビデオが放映された。
 番組そのものは、2001年に制作されたものらしい。

 しかし、トランプ次期大統領の登場などで変貌を遂げているアメリカを考えるきっかけとなりそうだと判断したのか、NHKはこの番組を再度取り上げる気になったようだ。
 タイトルは、
 『ノスタルジックハイウェイ ~アメリカ ルート66をゆく~』。


 
 とても美しいドキュメント番組であった。
 何よりも、ルート66が走っているアメリカ大陸の光景が素晴らしかった。

 しかし、それだけでなく、ルート66が現役バリバリの時代に、そこを行き来した古いアメ車の映像が素敵だった。





  
 このルート66の沿道には、少年時代に、この道路を行きかう車を見ながら成長していったたくさんの人々が今も暮らしている。
 当時、西へ向かう大排気量のスポーツカーの雄姿や、東へ向かう長距離トラックの群れを目で追うことは、繫栄するアメリカの生きた姿を眺めることだった。

 その時代に活躍したアメ車を集めてきては、販売する人(↓)がいる。

 その中の1台(↓)をきれいにレストアして、今でもルート66を走るのが唯一の楽しみだとか。

 別の町では、ルート66を観光道路として復活させようと、地元民とバンド(↓)を結成し、週末に自分たちの演奏を披露する老人たちがいる。

 さらに別の町では、映画『バクダッド・カフェ』に感動し、このエリアでカフェを開業して、地元民との交流を図る女性店主も登場。
 休日ともなると、近所の住民がその店に集まり、昼間からビールを飲みながら、ドミノゲームに興じる。



 ルート66が通っている州は次の八つ。
 イリノイ
 ミズーリ
 カンザス
 オクラホマ
 テキサス
 ニューメキシコ
 アリゾナ
 カリフォルニア

 アメリカ中西部といっていいのだろうか。その多くは海を持たない内陸の州である。
 いわば、我々日本人が昔 “西部劇” の舞台として馴染んだ州。
 住民の多くはいまだにカウボーイのようなテンガロンハットをかぶり、西部劇に出てくる町のバーを思わせるカフェで、昔なじみの友人たちと談笑する。

 彼らの腕は頑丈で太い。
 そして、胴回りも大きい。
 それはハンバーガーのようなファストフードの日常的摂取やコカ・コーラの大量吸収が生み出した体形のようにも思える。
 

 2000年代に入った頃、アメリカ人たちは食生活を見直し、ダイエットに励んでいるという情報を耳にしたことがあったが、それは東海岸の大都市に住む一部の人々の話だったのかもしれない。
 2008年に私が渡米したとき、実際に目にした中西部の住民たちは、男女とも、太鼓腹を鷹揚に突き出して町を闊歩する人々ばかりだった。
 そして、みなけっこうタバコも吸っていた。

 それを見ただけでも、彼らが、東海岸の知的エリートたちや西海岸の進歩的な風土に馴染んだ人々とは異質の生活を送っていることが分った。

 ある意味、彼らこそ、生粋のアメリカ白人。
 そして、今回の大統領選挙で、トランプ氏を支持した人たちの原型でもある。

 番組のなかで、彼らは口々にこう言った。
 「昔はよかった。ルート66が繁栄していた時代はね」

 そのルート66がさびれていく光景と、彼らの仕事がなくなり、生活が厳しさを増していく様子は、彼らの頭のなかではセットになっている。
 
 日本の自動車産業の興隆を背景に、斜陽になっていくアメリカの自動車産業。
 それに伴い、ルート66を行き交っていた鉄鋼などの資材配達のトラック便も少なくなる。

 利用客でにぎわったドライブイン、モーテル、カフェなども客足が遠のき、沿道の町は、ドアも窓も閉めたままのゴーストタウンに近づいていった。

 しかし、2000年代に入ると、若い頃にテレビドラマの『ルート66』を観て育ったベビー・ブーマーたちが、リタイヤ後の遊び方の一つとして、なつかしの “ルート66ドライブ” を始めるようになった。

 沿道の町でも、それらの客を対象に観光整備に力を入れる自治体が登場するようになる。
 このドキュメントビデオが撮られた2001年頃というのは、ちょうどそういう時期に当たる。

 だから、このドキュメントに登場する人々の表情は明るい。
 往年の輝きが戻ることを信じて疑わない人たちの笑顔はチャーミングだ。
 彼らは口々に、ルート66が昔の繁栄を取り戻す夢を語る。

 それは、「偉大なアメリカの復活」を謳うトランプ氏のキャッチである「Make America Great Again」に呼応している。

 事実、ルート66が通るアメリカの八つの州のうちの5州、すなわちミズーリ、カンザス、オクラホマ、テキサス、アリゾナは、大統領選のときにクリントン氏ではなくトランプ氏を支持し、その勝利に貢献している。

 われわれ日本人の多くは、来年からスタートするトランプ政権に不安を感じている。
 だから日本の知識人たちは、トランプの政策を「保護主義」だとか「反知性主義」だとか、「差別主義」、「非寛容」などと非難しているが、アメリカのトランプ支持者たちの素顔を見てしまうと、そのような一面的な理解でレッテルを貼ることにためらいが生まれる。

 少なくとも、NHKドキュメント『ルート66』に登場し、ルート66にノスタルジックな思いを馳せる人々の純朴そうで、優しそうで、温かい表情を見ていると、仮に彼らが熱烈な「トランプ支持」を口にしたとしても、たぶん面と向かって反論などできないはずだ。

 「Make America Great Again」

 この言葉がはらむ本当の意味を、われわれ日本人は実感できない。
 トランプ氏の魔法の言葉の真意は、まさに、ルート66の喪失を心の空洞として捉える人々の胸に内に分け入っていかなければ分からない。

 だが、このことは、日本で今起こっていることと照らし合わせてみると、案外見えてくるものがある。

 今の日本にも、昭和30年代(1950年~1960年)を理想の時代だと捉える風潮が生まれている。
 たとえば、ACジャパンの『ライバルは、1964年』というCMでは、屈託なく笑っている植木等(クレイジー・キャッツ)の白黒写真を掲げ、
 「笑顔でも、夢の大きさでも。人を思いやる気持ちでも。あの頃の日本人に、ぜったい負けるな」
 と謳っている。

 これは、平成20年代に生きる我々を応援しているようで、実際には昭和30年代へのオマージュになっている。
 そして、そのことに対し、当時の生活を知っている年寄り世代だけでなく、当時を知らない若い世代も共感している様子が見て取れる。

 「過去は偉大だ」
 とする風潮は世界的に広まっている。

 私は、そのことの是非をここでは問わない。
 ただ、過去を称賛することが “ウルウルする” ことの条件になりつつある今の風潮は、いったい何を語ろうとしているのか。
 私自身は、そのことを注意深く見守っていきたいと思っている。
 

参考記事 「ルート66伝説 (モーターホームでアメリカを走る 5)」
 
 
  

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吉祥寺ステキナ3周年記念ライブ

 
 ここのところ忘年会続きです。

 本当は、外出するときも酸素ボンベが必要なのですが、4~5時間酸素を吸わなくても平気になりました。

 酸素を吸引せずに早歩きすると、まだ多少息切れすることもありますが、それでも2~3kmなら普通の速度で歩けるようになりました。
 1年ほど前には、10m歩くたびに立ち止まって一休みしていたわけですから、そうとう体力が回復したといえそうです。

 昨日の夜は知り合いのバンドによる生演奏を聞くために、吉祥寺の「ステキナ」(東京都・武蔵野市)へ。

 ここはライブも楽しめるカフェということで、楽器の弾ける常連のお客さんたちが、隣同士でお酒を飲んでいるうちに意気投合し、突然ジャムセッションが勃発したりするお店です。

 昨日はそのお店の開店3周年記念。
 それを記念するライブが開かれ、お店で知り合ったお客同士で結成されたバンドなどが次々と登場し、さまざまなジャンルの音楽が演奏されました。

 ほんとうに “さまざま” 。
 ロックあり、フォークソングあり、レゲェあり。
 二胡という中国の楽器を弾くお姉さまがいるかと思えば、ひたすら松山千春の持ち歌を忠実にカバーするおじさまがいたり。

 私はこの店のライブはこれで二度目なので、いつもどのような進行のもとに進められているのか、今ひとつ分からないのですが、前回と今回を見たかぎりでいうと、「私これからギター弾いて歌いますから、誰かバックでベース弾いてくれませんか?」という感じで進められることが多いみたいです。
 
 もちろん、バンド仲間だけで演奏する場合は、あらかじめスタジオなどで練習を重ねてから披露される曲もあるようですが、基本的には目と目が合った客同士がほほ笑み合って、キーだけ決めて、いきなりジャムセッション。


 
 だから、相当ゆるゆるの音になったり、逆に、きわめてタイトな演奏の応酬が重ねられて火花が散ったり。
 何が起こるか分からないというところが、このお店のライブの特徴のようです。

 で、今日は知り合いのバンド仲間がステージから声をかけてくれたので、曲と曲の合間に、1曲だけ歌わせてもらいました。

 曲名はありません。
 歌詞も決まっていません。
 即興でね。
 ミディアムテンポのリズムで、ワンコード。
 「♪ 俺の生まれは井の頭 ! 弁財天の池を産湯に使い … 」
 ってな感じでね。

 いやぁ、なんていうんだろ。
 カラオケなんかよりも、こういう方が面白いのよね。

 カラオケって、やっぱ与えられた歌をどれだけうまく歌うかという遊びなんだけど、こういう即興演奏主体のジャムセッションってさ、その場で音や歌詞を瞬時に捻りだすわけだから、よりスリリングですよね。
 みんなの気分が一体となって音が合えば、ものすごく盛り上がるし、失敗してもご愛敬。

 そんなわけで、年末まで5連続忘年会の、その2回目を消化し、深夜にホープ軒のラーメン(海苔増し、味濃い目、生玉子入り)を一人で食べて帰りました。
  
 

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井の頭公園「井泉亭」のカレー

 
 ここのところ暖かい晴天の日が続いている関東地区。
 家の中にいるより外に出ている方が快適なので、土日にかけて井の頭公園(東京都・武蔵野市&三鷹市)を散歩してきました。

 お目当ては、「井泉亭(いせんてい)」のカレー。
 井泉亭というのは、公園内の弁財天前にある「食事処」 … というか、「カフェ」というか、「甘味処」というか、「休憩どころ」というか、要するに江戸時代風にいうと “茶店” ですな。うどん・そば・あんみつ・甘酒・くずもちなどを食べさせてくれるところなんですね。

 一見、取り立てて変わったところのない普通の公園内食事処という感じなんですが、ネットで調べてみるとなんと、幕末の時代からこの井の頭公園にある由緒ある茶店なんだそうな。

 その歴史は180年有余。
 『東海道五十三次』で有名な歌川広重が描くところの「名所雪月花・井の頭の池 弁財天の社雪の景」という絵にも登場するのだとか。

 私は、この井の頭公園から徒歩10分圏内に住んでいるので、この「井泉亭」の前など何度通ったか分からないというのに、そんな由緒ある店であったとは今回はじめて知りました。
 
 この「井泉亭」。
 なんで最近注目されるようになってきたかというと、テレビの露出度が高まってきたからなんですね。

 ドラマ版の『グーグーだって猫である』に主演した宮沢りえさんが、第4話でクリームあんみつを食べるシーンがここで撮られたものだそうです。(これもネットで知った)。

 で、名物のカレー。
 以前、たまたまこの「井泉亭」の前を散歩していたときに、「ピースの又吉さん大絶賛のカレー!」という看板を見かけたんですね。
 最近では、「さま~ず」の大竹一樹さん、三村マサカズさんのコンビもやはりテレビ番組でここを訪れ、話題のカレーを絶賛されたそうです。

 で、ちょっと前のこと、その “絶賛” という言葉につられ、
 「ほな、食べてみるか」
 と店の中に入り、カレーを注文。

 これが美味いのなんの ‼
 やみつきになりました。

 そこで、今回は大盛り(↓)を注文。
 レギュラーサイズ700円のところ、大盛りは100円増しです。
 前回、普通盛りを注文したとき、あまりにもおいしくて、「足りない !」という思いが強かったために、今回はぜひ大盛りに挑戦してみたかったんですね。

 ところが、たったプラス100円なのに、出てきた量にびっくり。
 大盛りというより、これは “2倍盛り” といった方が正しいかな。
 さらにいえば、ルー(汁)とご飯だけで誤魔化した “大盛り” ではありません。
 しっかりと、具もたくさん入った良心的な大盛り。

 牛肉の角切りがゴロゴロ並んでいるし、たくさんのジャガイモやニンジンがルーから氷山のように頭を出しています。
 この大盛りを完食すると、1日1食で十分といえるほどの質・量が確保されます。

 味は、昔からよくあるものすごくオーソドックスな「町の洋食屋さんのカレー」です。
 最近流行のエスニック系ではありません。
 だから、学校の給食や学食などで昔風のカレーを食べてきた中高年には親しめるのではないかな。

 ただ、けっこう辛いです。
 オーソドックスな味付けといっても、けっして「お子様向け」じゃないですよ。
 一口、二口食べると、すぐ水が飲みたくなります。

 でも、美味いんですよ !
 大人の辛さです。
 

 ▼ カレーを堪能して、店を出ると、目の前に弁財天の池が広がっていました。

 ▼ この季節、紅葉がきれいです。

 ▼ ボート乗り場の近くまで来ると、何やら人だかりが … 。

 人垣に頭を突っ込んで、中を覗くとコンサートで盛り上がっているところでした。
 「これ、誰のコンサートなんでしょう?」
 隣でカメラを構えているシニアの男性に尋ねてみました。

 “井の頭公園の歌姫” として知られる「あさみ ちゆき」さんのコンサートとのことでした。
 2001年からこの公園で月1回のライブを開き、すでに200回近くのステージをこなしているとか。

 それにしても、観客にはかなりシニアのおじさんが多いようです。
 ファンなのかな?
 スタッフなのかな?
 ガードマンなのかな?
 こんなジャンパー(↓)を着ていらっしゃるおじさまたちがたくさんいらっしゃいました。

 あさみ ちあきさんの歌声にほっこりした後、さらに池沿いに公園を歩きます。
 
 それにしても、公園内にはずいぶん素敵なカフェが増えました。
 みな昔は同じようなたたずまいの平凡な食事処だったんですけどね。
 今は、エスニック料理の看板を掲げたり、コーヒーの淹れ方に凝った店になっていたり。
 ずいぶん変わったものです。

 この公園はとても素敵な池を持っているんですけど、ひとつだけ悲しいことが。
 公園の池に浮かぶボートが、いつの間にか、みなアヒルの形をした足漕ぎボートばかりになり、私の好きな手漕ぎボートは、ほんとうにマイナーな存在になってしまったのです。
 この公園の美しさは、手漕ぎボートが浮かんでいるからこそ保たれているというのに。

  ▼ アヒルの姿が見えない瞬間を見計らって、パチリ!

 アヒルが憎たらしいな。
 今度こっそり夜中にマジックインキでアヒルの顔にヒゲを描いてしまうつもりです … イヒヒ。
  
 

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ギャラクシーというキャンピングカーの思い出 第3回

 
 ○月○日

 自分にとっては初めてのキャンピングカー「ギャラクシー」を購入するための情報を集めつつ、まず駐車場選びから始めた。

▼ ギャラクシーⅢ

 やっぱり家から少しで近いところに借りたい。
 家から100mのところに、わりと大きな駐車場があったのを思い出した。

 その駐車場を管理している精肉店に行って、「駐車場は空いていませんか?」と尋ねた。

 「ありますよ。いま空いてます」
 と気楽な返事が返ってきた。
 難関はそこからである。

 「駐車したいのは、トラックみたいに大きな車なんですけど … 」
 「え? トラック」
 精肉店のご主人の顔が曇る。

 「幅が2m10、長さが5m60 … 」
 「ちょっと無理だねぇ。何のトラックなの?」

 「あの … キャンピングカーなんです」
 「ああ、ダッジとか何とかいう … 。ああいうのは無理だなぁ」

 「2台分借りても無理でしょうか?」
 「2台といっても、隣り合ったところが空いていないからな。悪いねぇ … 」

 その後、自分の乗用車を停めている月極駐車場の管理者とも相談したけど、同じような返事だった。
 これは相当遠くの駐車場になるな … と覚悟した。

 が、“燈台もと暗し” とはこのことだ。

 実は、家からわずか50mのところに駐車場があることはあるのだ。
 ところが、そこは、車を入れるのが実に難しそうな場所だったのである。
 なにしろアプローチが狭い上に、登り口が急激な斜面になっている。
 しかも、その前が一方通行の道なので、バックで入れておかないと、出るときに出られない。

 一度乗用車が入るかどうか試してみようと思い、バックで乗り上げたところ、クルマが斜めに傾いて、まるで倒れそうな感じだったので、途中で諦めたことがあった。
 さらにいえば、スロープを上がるときに、タイヤが空転して斜面を登りきらない。キャンピングカーじゃなおさら無理だと思った。

 が、そんな所だから、借り手がなく、逆にいつまでたっても空いている。
 案外狙い目かもしれない。

 さっそく、当時ギャラクシーを販売していたグローバル国立展示場の田代さん(現TACOS社長)に連絡して、
 「一度、車を持ってきて、家の前の道路を曲がれるか、駐車場の斜面をよじ登れるかどうか試して頂くわけにはいきませんか?」
 と尋ねてみた。

▼ 出会った頃の田代氏

 「ああ、いいですよ」
 と二つ返事。
 田代さんの運転するギャラクシーが来ることになった。
 
 
○月○日

 「今、町田さんの家の近くまで来たんだけれど … 」
 田代さんから、携帯電話で連絡が入る。
 さっそく歩いて迎えに行く。
 田代さんは、家から200mぐらい離れた酒屋の前にギャラクシーを止めて、私が駐車場に案内するのを待っていた。

 はじめて町中で見るギャラクシー。
 デッケェ! 

 展示会の会場で見るのと違い、近所の狭い道で見るギャラクシーは海水浴場に紛れ込んできたクジラのように大きかった。
 これじゃ “大黒寿司クランク” を曲がれない!

 ところが田代さんが運転するギャラクシーは一回の切り返しで、私には至難のワザに思えた大黒寿司クランクをクリアしてしまった。

 次に、第2の難所の駐車場のスロープ。
 これも前から一回、バックから一回。
 扱い慣れた田代さんはスルスルと出し入れする。

 「そんなにきつい駐車場でもないですよ。普通のキャンピングカーなら腹をこすってしまうかもしれませんが、ギャラクシーは車高が高いから問題ないです。それに滑ったら4駆にすれば大丈夫です」
 とのこと。

 田代さんはもっと難しい駐車場のオーナーのところにたくさん納車しているという。

 なるほど。
 それじゃ …… ということで、田代さんが帰った後、さっそく駐車場の管理人のところに、借りられるかどうか確かめる電話を入れた。

 空いているという。
 しかも、当分借り手は現れないでしょうという話。

 そりゃそうだろう …、あんな普通の車が苦労する駐車場 … とは思いつつ、納車がいつか確かめて、あらためて契約しますということで電話を切った。

 さて、納車はいつか。
 田代さんに連絡すると「いま (5月頃)契約すると、納車は9月になるだろう」とのこと。
 「じゃ、契約をしましょう」と話がまとまった。
 
 
 ○月○日

 7月にはキャンピングカーが来る。駐車場問題にケリをつけなければいけない。
 会社の休みの日、駐車場を管理している不動産屋まで車を走らせた。

 幅の規定が1台分を超えてしまうので、どうしても2台分のスペースを借りる必要がある。

 不動産屋の説明によると、確かに5台止められるスペースのうち、2台分が空いているという。

 ただし、その2台分が隣り合っていない。
 真ん中に1台よけいな(失礼!)なクルマがある。

 「なんとかならないですかねぇ」と不動産屋さんにお願いすると、
 その社長さんが、さっそく駐車場の借り手と電話で交渉してくれることになった。

 「1台分だけ、北側に寄ってくれませんかね?」
 と、電話で借主に尋ねている。

 「いいよ」 … という返事らしい。
 「2台分が空きましたよ」と社長さんもニッコリ。

 料金は、1台分1万7,000円。
 「でも、2台分で2万円ということにしておきましょう」
 不動産屋の社長は、そういってくれた。
 「結構です。では借りることにいたします」

 すぐサイン。
 2台分借りても、乗用車を止めている駐車場の1台分より、さらに1万円も安かった。

 駐車場が決まったので、グローバル国立営業所に行って、見積りを立ててもらうことにした。
 まず、オプションの検討に入った。

 バックアイモニター。…… これは絶対いるだろう。
 オーニング … いる。
 ルーフボックスがあると便利だという話もきいた。汚れた椅子・テーブルなどをそのまま放り込めるから撤収が楽だという。
 じゃ付けたよう … 。
 そうなるとラダーもいる。
 オーディオは絶対いる。

 さて、ルーフエアコン、電子レンジ、テレビ&ビデオなどという贅沢装備はどうする?

 ルーフエアコン、電子レンジなどが入ってくると、当然電力確保の意味からジェネレーターも必要となってくる。
 そのときまでに挙げた装備類を、一度まとめてもらった。

 フロントエアコン   17万1,000円
 リヤモニターカメラ 13万5,000円
 電子レンジ       2万5,000円
 ジェネレーター   42万0,000円
 ルーフエアコン   10万8,000円
 サイドオーニング  14万8,000円
 リヤラダー       3万0,000円
 オーディオ       8万2,000円
 ルーフボックス    9万8,000円

 これを全部足すと…121万7,400円という値段になった。

 ええい、もう行っちまえ! 

 …… で、付けることにした。

 あくまでも勉強のためのキャンピングカーなのである。
 これらの装備がどれだけ必要なのか、あるいは不必要なのか。
 使ってみなければ分からない … というので、思い切ってフル装備にした。

 結論をいうと、このときの経験は、2台目のキャンピングカーを買うときに、大いに参考になった。
 
 まず、温水シャワー機能はいるのか、いらないのか?
 これの優先順位はそうとう低い。
 温泉施設が普及している日本では、シャワーはまず使うことがない。
 水量が少ないので、頭を十分に洗うこともできない。
 結局、この車に10年ほど乗って、シャワーを使ったのは2回だけであった。

 ただ、シャワー室(たいていトイレ室を兼ねる)という “空間” は便利である。
 縦長収納庫として使えるし、何よりも “逃避空間” としていい。
 
 たとえば夫婦の2人旅。
 いくら仲の良い夫婦といえども、同じ空間で寝泊まりする日数が2週間を超えると、さすがに息が詰まることもある。 

 そんなとき、四方を仕切られた独立した空間があると、お互いにホッと一息つけるのだ。

 別に、その “個室” に閉じこもらなくてもいい。
 いざとなれば、同乗者の視線から逃れるスペースが車内にあるというだけで、心が軽くなるのだ。

 だから、バンコンに比べてキャブコンのメリット があるとしたら、室内が広いとか、封入される断熱材の量が違うとか、収納スペースが多いとか、そんなことではなく、バンコンより室内に “死角” が多いということだ。
 要するに、首を回して室内を見渡したときに、視界から隠れてしまうスペース。
 扉で仕切られたマルチルームとか、カーテンで仕切られたバンクベッド、あるいはカーテンで仕切られたリヤ2段ベッド。
 このような、カムフラージュすると「視覚」が見逃してしまうような「死角」を持っていることが、長期旅行の場合は心理的な居住性を約束する。

 しかし、そんなことが分ってくるのは、2週間以上あちこち旅する経験が増えてからのことであった。
 とにかく、最初は室内レイアウトが与える心理的な効果よりも、装備の機能や使い勝手の方にしか意識が回らなかった。
 そのため、予算の許す限り、無邪気に装備品を付けまくった。

 ただ、装備類というのは、けっきょく耐荷重との相談になる。
 この時代、ルーフエアコンとジェネレーターというのが、重量のかさばる装備類の代表選手だった。
 この二つは、それなりに対荷重の高いシャシーが約束されていなければ、車そのものの運動性能を損ねるし、タイヤや車軸に対する負担も増大する。

 今から思うと、たいへんな重装備であった。
 オーナン2.8kWを床下に積み、ルーフにはコールマンのエアコンを載せ、キャンプ道具から何から一切ぶち込んだルーフボックスをその横に並べ、(時には100kgの水タンクを満タンにし) さらに5kgLPボンベ一本と、そのリザーブタンクも用意して載せていた。

 つまり、200馬力以上あるアメ車並みの装備を、わずか91馬力のシャシーが担うことになったのだ。

 今だったら、とてもこれほどの装備を載せる気はしない。
 だから、2台目のキャンピングカーでは、エアコンもジェネレーターも注文しなかった。
 今のような、軽量かつ省エネタイプの家庭用ルームエアコンが普及していれば別だったが、当時は外国製のモーターホーム専用車載エアコンしかなく、しかもジェネレーターとセットにならざるを得ないため高価になり、しかも重量が増えた。

 それでも2台目のキャンピングカーでは、途中から、「夏の暑さ」を我慢できないカミさんのため、キャンプ場のAC電源でも回るような小型・軽量のエアコンを後付けした。
 アメリカのクラスBモーターホームなどのリヤドアの上側に取り付けるタイプのものである。
 これは、なかなか便利だったが、結果的にあまり使っていない。

 だから、今のキャンピングカーになってからは、夏の旅行は、なるたけ涼しいキャンプ場を選び、窓を全開して風を入れるようにしている。
 それでも暑いときは、ルーフベントを回して屋根から風を入れるか、小さな扇風機を回す。
 それだけで、なんとかなるものだ。

 また、ルーフの上にトップボックスを載せるのもやめた。
 ギャラクシーのときは、椅子・テーブルから始まって、一切合切のキャンプ道具を屋根に載せていたが、当然、重心高が高くなり、安定性にも支障が出てしまう。

 だから、荷物をたくさん持っていく旅行を見直して、ボディー脇の収納庫に入るだけの荷物に絞ることにした。

 これは、子供がキャンプ旅行を卒業して、夫婦2人かもしくは単独旅行の機会が増えたから可能になったことでもあるが、「荷物の少ない旅行」を心がけるようになって、車の運動性能も向上し、かつ心も軽くなったように思う。

 しかし、まだ1台目のキャンピングカーを買うときには、そんなことまで分からない。
 そのため、フル装備になって、価格も一気にアップした。

 車両本体価格は478万円だったが、プラスのオプション類が121万円。
 それに税金、登録諸経費など加えると、乗り出しで620万円になってしまった。

 「ちょっとオプションが増えすぎて、高くなっちゃいましたねぇ」
 と、田代さんの方が多少困惑気味。
 決まり悪そうな顔である。

 申し訳ない … という気分と、 “そんなに付けても使うことないだろうに … ” という哀れみの気分が混じったような表情だ。

 まぁ、いいわい。

 とにかくローンを組んじまえということで、支払いの方法を田代さんと相談した。
 頭金370万9,142円。
 後は、月々8万9,900円の20回均等払い。(初回だけ9万0,100円)

 話はどんどん進行して、登録の話までいった。
 登録するために車庫証明を取ってくれという。
 今まで乗用車を4台乗り継いできたが、そんなことはしたことがない。

 …… なるほどキャンピングカーというのは乗用車と違うもんだと思った。
 ドゥ・イット・ユアセルフ。

 車庫証明の取得が、Do It Youa Self かどうか分からないけれど、痒いところに手が届くように何でもしてくれる乗用車ディーラーとは、やはり違うみたいである。

 「車庫証明に必要な書類」というインフォメーションが製造本社から送られてきた。

 ① 自動車保管場所証明書
 ② 自動車保管場所使用承諾証明書
 ③ 自動車保管場所の見取り図並びに配置図
 ④ 土地(駐車場)の評価証明書
 … がいるという。
 初体験だったので、何のことかさっぱり分からなかった。

 ④の土地の評価証明書というのは市役所で発行してくれるというので、とにかく市役所に行ってみた。

 受け付けで聞くと固定資産税の係りのところにいけばいいという。
 そこで駐車場の地番(これが住所の何丁目何番地と違う)を聞いて書類に書き込み、とにかく発行してもらった。

 それを持って警察署に行った。
 警察署には「車庫証明発行受け付け」みたいなコーナーがあって、そこに行って「自動車保管場所証明申請書」なる用紙をもらった。

 「車名」「型式」「車体番号」「自動車の大きさ」を書き込むようになっている。

 郵送されたインフォメーションによると、
 「車名=トヨタ」
 「型式=S-LN106改」
 「車体番号=LN106-0100669」
 「自動車の大きさ = 長さ565センチメートル/幅211センチメートル/高さ315センチメートル」
 … ということだったので、それを書き込んで渡した。

 これで①の「自動車保管場所証明書」はクリアした。

 ②の自動車保管場所使用承諾証明書というのは、土地の評価証明書でいいみたいだった。
 ③の自動車保管場所見取り図並びに配置図というのは、地図を画く用紙に駐車場の位置と自宅の位置をかき込めばよかった。

 配置図は、駐車場の契約書にクルマを収める位置が図表化されていたので、それのコピーを渡してことなきを得た。
 手数料として2,000円払えば、1週間後に車庫証明が交付されるとのことだった。

 1週間経って「自動車保管場所証明書」なるものが発行された。
 「94※※※※※30」 という番号で、それが「保管場所標章」とのことだった。

 イヒヒ … である。
 オーナーになる日が近づいてきたのだ。
 
 (続く)
 
 

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ギャラクシーというキャンピングカーの思い出 第2回

 
 ○月○日

 欲しいキャンピングカーとして、とりあえずギャラクシーに狙いを定め、販売しているグローバルまで現車を見に行くことにした。
 
 グローバル本社は当時愛知県の豊橋にあったが、幸いなことに、東京の国立に東京ショールームがあった。
 車に乗っても、自分の家から30分ぐらいの場所だったので、ある日曜日、カミさんと子供を連れてドライブがてらに訪れることにした。

▼ 昔東京・国立にあった 「グローバル東京展示場」

 出たばかりのコンポⅡとギャラクシーの間に、グローバル国立展示場の田代さん(現・タコス社長)が立っていた。

▼ 現 「TACOS」 社長の田代さん(若い頃)

 私は、ちょっとだけキャンピングカーを知っているごく普通のお客を装って、田代さんの前に立ち、
 「なるほど、これが新しいコンポⅡね。あ、窓が小さくなったんだ。バンク部は今度はベッドになったのか … 」
 … なんて、(実は記事を書いているからよく知っていたけれど) “素人の客” に成りすまして楽しんでいた。

 そうしたら、田代さんに、
 「ひょっとしたら、『キャンパーニュース』の町田さん?」
 と見破られてしまった。

 あっけなく “素人の客遊び” は終わった。

 「実はギャラクシーが欲しいと思って見にきたんです」
 そう言うと、「あ、ぜひ!」と、田代さんの顔が輝いた。

 「値段についてはいろいろ考えさせてもらいます。だからぜひ! できれば試乗記なんか『キャンパーニュース』に連載してもらえれば … 」
 田代さんがそう言う。

 試乗記なんか書くのはやぶさかではない。
 こっちだって書きたい。
 だけど、まだ自分のキャンピングカーに乗ったこともなければ、使ったこともない。
 何をどう書けばいいの? … と、こちらが聞きたくなってしまうのをグッとこらえて、「試乗期はまぁ、そのうちに … 」と口を濁す。

 「ギャラクシーを買いたい気持ちはもちろんあるのですが、いろいろ解決しなければならない問題があって、もう少し時間をください」

 とりあえず、その日そういって立ち去った。
 
 
 購入資金の問題
 駐車場の問題

 いざとなると、やはりハードルは高い。

 ま、金はなんとかなる。
 それまでアパート暮らしを続けていたが、その頃からアパートを引き払い、実家に潜り込んで、使い手のいなかった2階を改造して暮らすようになっていたから、アパートの家賃が浮くようになったのだ。

 それまでは、月10万の家賃を右から左へと払っていたわけだから、それを思えば、月々10万までのローンなら支払う自信はある。

 問題は駐車場だった。
 これがない。
 5m×2mの枠を超える駐車場が近くにない。

 やっぱり無理かな … 。
 そのときは、それほど熱心に駐車場を探す気にはならなかった。

 車両価格470万なり … という買い物は、(当時の自分にとっては、… 今でも変わらないが)、けっこう冒険である。
 それだけまとまった金が出ていくことに対して、やはり不安の方が大きい。

 だから、1日のうちに、「買おう!」という気持ちの高揚と、「無理だよ」という諦めの境地が交互に訪れる。

 諦めの境地になりかけたとき、「駐車場がない」ということが “冒険” を避ける口実になりそうで、秘かにホッとしたりもした。

 つまり、「仕事として必要だ!」と、大見得を切ってみたものの、ある程度まとまった金が出ていくということは、やはり人を不安に気持ちに落とし込むものだ。

 しばらく様子見 …… 。
 別に自分がオーナーにならなくたって、キャンピングカーの記事は書ける。
 そういう気分になることもあったし、事実その通りだった。
 
 
 ○月○日

 それからしばらく経った。
 2月の晴海のキャンピングカーショーで、また田代さんに会った。
 (当時ビックサイトでも幕張でもキャンピングカーショーはなかった)

 展示してあるギャラクシーの中で、田代さんと雑談した。

 「買う気になりました?」
 … なんていう話は全然出ない。
 売る気があんのかなぁ … とこっちが心配になってしまう。

 雑談が終わって、田代さんと別れ、遠くからギャラクシーを振り返った。

 そのとき、ふと、 「あ、キャンピングカーって美しい乗り物だな」とはじめて思った。
 それまでは、どうしても生活の匂いを引きずる所帯じみた車という印象を吹っ切れなかった。

 外形デザインも、この時代は「機能優先」が露骨に伝わる無骨なものが多く、シルエットそのものをうっとり眺めるようなものは、まだ誕生していなかった。

 しかし、その日はキャンピングカーが違って感じられた。
 特に、初春の夕暮れの光を浴びてたたずんでいたギャラクシーはとてもカッコよく見えた。
 壁面の圧倒的ボリュームが、なんだかやたら新鮮に見えるのだ。
 乗用車とも違い、ただのオフローダーとも違う不思議な造形美がそこに生まれているように感じた。
 すべて格好から入る私には、もうそれだけで十分だった。

▼ ギャラクシーⅢ

 やっぱりギャラクシーを買うベェ! 

 その日から、秘かに本腰を入れて購入を検討し始めた。

 まず、サイズの調査。
 全幅が2mを超えると(ギャラクシーは2m10だ)、これは一般道を運転したときどんな感じなのか。
 全長が5mを超えると(ギャラクシーは5m60だ)、右左折のときに、どれだけリヤのオーバーハングが問題になるのか。
 
 そういうチェックポイントを、紙に書き出してみた。

 内装においても、しかり。
 ギャラクシーにはトイレ・シャワーが付いているが、それがどれだけ便利なものか(あるいはどれだけ不用のものか)、使うときはどんなふうに使うのか、その研究も必須項目。

 バックアイモニターだって、昼、夜間、それも照明の多いところ、少ないところで、見え方が違ってくる。
 明かりがまったく見えない田舎の山道でのバックは、はたしてどうなんだ?
 そんなことに思いめぐらしてみると、チェック項目は、どんどん増えていく。

 ○月○日

 3月。ギャラクシーの情報をもっと集めたくて国立のグローバル展示場に遊びに行った。
 偶然ギャラクシーの1号車のオーナーという人が来店していた。
 車検に出していたギャラクシーを引き取りに来たのだという。

 田代さんの説明によると、その人は、レコードジャケットの写真を専門に撮るカメラマンだという。

 年齢不詳。
 家族構成不詳。
 長髪のストレートヘアに、アゴヒゲ・クチヒゲ。
 どこか新興宗教の教祖っぽい雰囲気を漂わせた人だと思いながら、その人の話を聞いた。

 ギャラクシーの扱いでは、どこを気をつければいいか。

 彼曰く。
 やはり、リヤのオーバーハングが “災いの元” になるという。
 なにしろハンドルを切っていくと、はじめは車輪どおりにリヤも動いていくのだが、途中から突然キュっとケツを振るらしい。
 そのため、右左折のとき、隣の車線から飛び出そうとする車にケツを当ててしまうというのである。

 やっぱりこれだけの車体になると、そうとう気合いを入れて挑まないと移動はシンドイとか。
 またバックのときは、いちいち降りて後方を確認しなければならないという。

 バックアイモニターの話も出たが、その人は付けない方がいいという主義。
 なぜなら、付けると、いちいち降りて後方確認をするなどという作業が面倒くさくなり、かえって事故のもとになるという。

 たいへんなのは洗車とワックスがけ。
 やはり一日仕事になるそうだ。
 ワックスなど一回で一缶なくなる。洗車は風呂掃除用のモップを使うとか。

 悩みのタネはやはり駐車場問題で、あれだけの大きさを置かせてもらえる駐車場はなかなかないという。
 幸い、その人の場合は、100台置ける広大な駐車場を持つおおらかな地主の駐車場が探せたとか。
 料金は(当時)月4万円。

 それでも、そこを探すまで、いろいろな駐車場を転々とした。
 なにしろ現物を見ると、たいていの管理人は、「これは駄目だ!」と嫌な顔をする。

 そこでクルマを見せる前に「ハイラックスです」と嘘をついて借りてしまい、管理人が見て、眉をしかめたら、
 「ちょっと改造しちゃったから、少し後ろが変な形で … 」
 などといって、ボリボリ頭を掻きながらニコニコする作戦で通してきたという。

 ギャラクシーの利点はやっぱり4駆だという。
 多少のぬかるみでもスタックしてしまうキャンピングカーが多い中で、4WDのギャラクシーはまず安心。
 乗用車が上がれないようなぬかるんだ坂でも、この車はじわじわと登り詰めてしまうらしい。

 もうひとつのメリットは、後輪のダブルタイヤ。
 後輪四つのうち1本がパンクしても、とりあえずタイヤショップまでは、だましだまし走っていける、とカメラマン氏はいう。
 また、架装物や積載物の荷重を分散することになるので、タイヤ1本にかかる負担が少ない。

 このときは、無邪気に「ああ … なるほど」と思って聞いた。

 前回の記事でも書いたが、実はこのクルマの場合、そのダブルタイヤが問題だったのだ。
 
 架装重量の増大分を受けるために、グローバル独自で組んだダブルタイヤだったが、その改造のために、逆にアクスルシャフトに過度な負荷がかかり、シャフトが折れるという危険性を内包したクルマだったのだ。

 それによる事故もやがて起こるようになるのだが、このとき、まだ我々はそのことを知らない。

 基本的には、ベースシャシーの対荷重を無視して重量物をたくさん積載するような架装の問題に帰結するのだが、当時、まだそれによる事故も起こっておらず、国産ビルダーの「車両重量」に関する意識も低かった。

 だから、このときは、足回りを “増しリーフ” や強化ショックで補強するというような話題になって、そっちの方で盛り上がった。

 いま思うと、まだまだキャンピングカーの普及率も低かったのだ。
 ギャラクシーという車も、まだそれほど多く造られていなかった。
 当時のビルダーは、まだ展示車さえ十分に整えることができず、グローバルが東京で展示会を開くときは、かならずそのカメラマン氏の車両が展示会に借りだされたという。

 当日、その後の話はキャンピングカーにテレビをつけるかつけないかという議論になった。

 「テレビは邪道かもしれないですけど、子供のいる家庭ではテレビは必需品。子供たちに好きな番組を見させておけば、その時間帯だけでも親がのんびりできますし … 」
 という田代さんに対し、カメラマン氏は反論。

 「それは、親父のプロデュース能力がないということを告白しちゃったようなもの。だって、せっかく旅行して知らない景色を楽しめるのに、なぜテレビが必要なんですか? 
 俺なんかカメラが仕事でも、プライベートな旅行にカメラなんて持っていったことがないですよ」
 という。
 なるほど…と思えるような話が続いた。

 目当てのキャンピングカーを詳しく知るには、 「ショップに何度も顔を出して、そのクルマのオーナーから使い勝手を聞いてみろ」というアドバイスがよくなされるが、確かに、ショップに入り浸っているお客さんの話を聞くことは、買いたいクルマのチェックポイントを見極める意味でも大事なことかもしれない、と思った。

(続く)
 
  

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ギャラクシーというキャンピングカーの思い出 第1回

 
 自分がキャンピングカーというものを持つようになって、そろそろ24~25年経つ。
 25年といえば、「四半世紀」。

 「四半世紀」などという言葉を口に出してみると、自分の人生が “歴史” としての重みを背負ったかのような気分になってくる。
 そこで、この際ちょっとばかり自分のキャンピングカー人生を振り返ってもいいかな、という気になった。

 幸いなことに、日本RV協会(JRVA)さんからのご依頼をいただいて、自分のキャンピングカー人生の1コマを綴らせてもらう機会を得た。
 自分にとっていちばん最初のキャンピングカーとなった「ギャラクシー」という車で、北海道旅行したときの体験談である。
 (↓)
http://www.jrva.com/column/detail.php?column_cd=41

 それを書いているときに、自分がキャンピングカーを買う前に抱いたときめきやら、運転に対する不安、最初に運転したときの印象などを思い出した。
 そこには、これからキャンピングカーを買う人に、なにがしかの参考にしてもらえるようなエピソードがあるかもしれない、という気もする。
 
 そこで今回、自分がキャンピングカーを買う前に想像していたことと実際に買ったときの印象の違いのようなものに触れることにした。
 すでにこのブログでも1回掲載した話である。
 そのときの文章に多少手を加え、再度収録する。
 
 
キャンピングカー購入日記

 はじめてのキャンピングカーを買ったのは、自動車の運転免許を取って20年目のことだった。
 1990年代の中頃のことである。
 「ギャラクシーⅢ」というトヨタ・ハイラックスベースのキャブコンだった。

▼ ギャラクシーⅢ

 キャンピングカーを買うきっかけとなったのは、仕事でキャンピングカーのガイドブックをつくったからだ。
 『キャンピングカー&RVガイド』という本である。

▼ キャンピングカー&RVガイド94

 当時、私は、会社の仕事として単発の単行本の企画を進めると同時に、『キャンパーニュース』という日本オートキャンプ協会さんが発行するキャンプ専門紙の編集に関わっていた。

 それは、主にテントキャンプのユーザーを対象とした新聞だったが、キャンピングカーのネタも徐々に増える傾向にあった。
 90年代に入ってから爆発的なオートキャンプブームが押し寄せ、それと比例する形で、キャンピングカーの需要も右肩上がりで急増していたのである。
 キャンピングカーのガイドブックを作るには好機といえた。

 そこで、自動車メーカーのPR誌を編集していた私に、その仕事が回ってきた。
 日本に流通しているキャンピングカーを1台1台採り上げ、その特徴や価格、フロアプラン、装備類などを1ページごとにまとめるという本だった。
   
 
 1993年の暮れにつくり、94年の春に発行した。
 書店売りはせずに、キャンピングカーショー会場にブースを設けて売った。

 東京と名古屋のショーにブースを出しただけで、3,000冊つくった本が、2,200冊売れた。
 実売率73.3パーセント。
 濃い読者層に恵まれた場所で売ったとはいえ、予想外の売れ行きだった。

 私が在籍していた会社は、このガイドブックの売れ行きを見て「市場がある」と認識し、さっそく翌年から部数も増やし、書店コードを取って定期刊行物にすることにした。
 
 
 こうして私はキャンピングカー媒体の「編集者」から「編集長」になったのだけれど、定期刊行物として継続するとなると、それまでキャンピングカーに縁のない生活を送ってきたため、正直、かなり戸惑った。

 しかし、仕事を始めるとけっこう面白かった。
 ビルダーに取材に行って、開発者たちからいろいろキャンピングカーの話を聞くうちに、この世界がいかに特殊なマーケットであるかということが分かるようになった。

 「特殊」というのは、マニアックな “タコツボ世界” という意味ではない。
 多くの人が興味を持つ楽しいアイテムなのに、そのことを外の世界に訴えようという意識がほとんどない世界だという気がしたのだ。

 まず、キャンピングカーの広告というものが、日常生活の中のどこを見回してもない。
 テレビで報道されることもなく、新聞にも出てこない。

 後で分かったことだが、この時代、まだキャンピングカーを造る業者さんたちには、大々的に広告を打てるような資金力がなかったのだ。

 広告展開は、主にキャンピングカー専門誌だけで行なわれていた。
 ちなみにいうと、この時代、八重洲出版さんの『AUTO CAMPER』はまだなく、その前身となる『ドマーニ』の時代だった。

 そのときいくつか出ていたキャンピングカー専門誌は、なんらかの形で「キャンピングカーの存在」を知った人々を対象にした雑誌で、使われている用語からして、はじめて読んだ読者には意味不明の専門語が並んでいるだけのように思えた。

 しかし、この世界を「キャンピングカーを知らない人々に発信できる」仕掛けを考案したら、爆発的にマーケットが広がりそうだ … という感触は、取材を続けているうちにつかめてきた。

 それには、まずキャンピングカーを広報するメディアが「はじめての人が読んでも分かる」言葉を使うこと。
 そして、そういう言葉を使って、「はじめての人が読んでも理解できる」記事を書くことが必要に思えた。

 幸い、自分が担当した『キャンピングカー&RVガイド』の記事は、各ビルダーからは好評だった。
 「文章が分かりやすい」と言ってくれた人が多かった。
 その言葉が、自分の自信を支える力となった。

 「分かりやすい文章」を書くためには、まず書く対象が、自分の頭の中で整理されていなければならない。
 特に、工学的な記述の場合は、書くもののメカニズムや構造や作動原理が分かっていないと書けない。

 ところが皮肉なことに、… どのジャンルにおいてもそうだが、専門知識を豊富に持っている専門家たちは、今度は、門外漢の人に分かってもらえるような文章が書けない。

 理想的なのは、もともと “分かりやすい文章” を書けるライターが、書く対象をしっかり勉強をして書くこと。
 それなら、なんとかできそうな気がした。

 そういう勉強を、いちばん効率よく進めるにはどうしたらいいか?

 「自分でキャンピングカーを買うしかない」と思った。

 もちろん各ビルダーを回って取材しているうちに、いろいろ教えもらうことはできるだろう。そのうち、およその基礎知識が身につくだろうから、そつないレポートをまとめるのにも、そんなに時間はかからないだろう。

 しかし、「使う側」からキャンピングカーを眺めたときの “眼差し” のようなものは、自分で乗って、走ってみて、装備品を使ってみないと分からない。

 自分で銭を払う。
 これが、けっこう大事なことのように思えた。

 今まで他人ごとのように、「トップグレードは450万円で … 」などと無造作に書いていた価格表示も、自分で買うという現実感が強まったときに、今とは違った反応が生まれてくるかもしれない。

 そして、各装備類の機能や使い勝手も、自分で使ってみて、はじめて良し悪しの基準が生まれるかもしれない。
 で、キャンピングカーを1台買うことにした。
 
 
 それまでの多少の蓄えと、子供が産まれるまでカミさんが勤めていた勤務先から支給された給料のわずかな備蓄が頭金になりそうだった。

 まず、カミさんの説得からすべてが始まるわけだが、自分にとっては、これが最初の難関だった。
 でも、切り出す言葉は用意していた。

 「これは自分にとって必要なモノなんだ。今後の自分の仕事を確立するために不可欠なものなんだ」

 と、正攻法でカミさんに挑む覚悟を固めていたが、
 意外にも、
 「私や子供もキャンプに連れていってくれるんでしょ?」
 との一言で、案外あっさり事が運んだ。
 
 
 では、どんなクルマを買うか。
 まず “苦労する” クルマを買おうと思った。

 普通のワゴンと変わらないようなバンコンでは、金銭的にも、取り回しの面でも、駐車場探しでも、そんなに苦労が要らないように思えた。

 それに比べ、トラックシャシーを使ったキャブコン(当時そういう言葉はまだなかった)は苦労しそうだった。
 その手の車種は、基本的にサイズも大きく、装備類も多く、使いこなすまでには時間がかかりそうだった。
 つまり、覚えてしまえば快適だが、覚えるまでは、“苦労する” クルマに思えた。

 しかし、その “苦労” が、私にとっては “勉強” なのである。
 いっぱい苦労しなければならない。

 ただ、大型の輸入車は苦労が多すぎる気がした。
 ボディが6mを超えてしまうと、苦労どころか、家までたどり着けないように思えたのだ。

 わが家のある狭い一方通行の道に入って来るには、「大黒寿司」という看板を掲げた寿司屋のある小さな十字路を曲がって来なければならない。
 6m超えのボディだと、この “大黒寿司クランク” を曲がれないことだけは、容易に想像がついた。

 それでいて、運転席の前に(余分な)ボンネットを突き出したクルマを欲しいと思ったのだから、まぁ、矛盾しているといえばいえるのだが … 。

 ボンネットの理由?
 カッコだけ。

 エンジンが外にあることで、前突のときに安全性が確保されるとか、運転席周りが乗用車ライクだとか、お尻が熱くないとか、いろんな理由が挙げられるけれど、最大の理由は「カッコいい」という、ただそれだけの理由にすぎなかった。

 欲しかったのは、ヨコハマモーターセールスが造っていた「ロデオRV」だった。
 なにしろ、『キャンパーニュース』というキャンプ関連紙の取材を始めるようになって、いちばん最初にユーザーインタビューをしたのは、この車のオーナーだったのである。

▼ ロデオRV(by ヨコハマモーターセールス)

 ピックアップトラックの荷台が “部屋” になっているという驚き。
 アーリーアメリカンスタイルの木目家具に彩られた、けっこう洒落たインテリア。

 「シャワー室があり、トイレまである!」

 キャンピングカーショーにはじめて訪れた人のように、そんな単純なことに素直に感心してしまったのである。

 その時から、キャンピングカーとは「ボンネットトラックに架装を施すものだ」という強烈な印象が心に刷り込まれることになった。
 
 
 が、このとき、ロデオはすでに買えないクルマになっていた。

 ベース車のエンジンが当時の排ガス対策をクリアできず、首都圏では登録できなくなっていたのだ。
 また、その問題がクリアされたとしても、ボディ長が6mを超えるため、うちの前にたどり着く前の最初の難所 “大黒寿司クランク” を曲がりきれないことも分かった。

 そこでロデオは、泣く泣く選択肢から外した。
 そうなると、ボンネット型キャンピングカーとして、他に何があるか。

 太陽自動車のアビ、ボディショップアジロのワンタイR-5、グローバルのギャラクシーなどというクルマが選択肢の中に浮かんできた。

 選択は消去法で行なわれた。

 太陽自動車の「アビ」は、運転席がダブルキャブというところに特色があった。しかも4WDのAT。
 それがなかなか魅力だった。

▼ 太陽自動車アビ

 しかし、ダブルキャブを使ったことによって、リビング部が狭く感じられたし、内装のフィニッシュにまだ熟成度が足りないと思えた。

 ハイラックスベースでは、アジロさんのワンタイR-5もあった。
 これもいいな … と思った。
 トイレ・シャワー室を省いて、その分ベッドスペースを取り、居住空間のゆとりを実現した “通” のクルマだ。

▼ ワンタイR-5

 全幅が1800。長さが5mちょうど。取り回しにはまったく問題がなく、“大黒寿司クランク” も難なくクリアしそうに思えた。

 しかし、基本的にトイレスペースがないということが、カミさんにとっては致命的であった。

 こうして消去法で、ギャラクシーが残った。
  
 
 結果的に、このギャラクシーを買うことになるのだが、実はこの車は足回りに構造的な欠陥を抱え込んでおり、トラブルを続発させたことでむしろ名が知られる車になった。

 どういうことか。

 かいつまんで説明すると、同車の後車軸が堅牢性を欠いているため、架装重量に耐えきれず、車軸が折れて、タイヤが脱落するという危険性を抱えた車だったのだ。

 具体的に書く。
 ギャラクシーは、トヨタのハイラックスをベースにしたキャンピングカーだが、架装メーカーであるグローバルの改造によって、後輪がダブルタイヤに変更されていた。

 この “ダブルタイヤ” が問題だった。

 自動車メーカーが強度計算をして出荷したダブルタイヤならまったく問題ないのだが、グローバルは、ハイラックスのオリジナルの後輪にスペーサーをかませて、その外側に同径のタイヤを後付けしただけのものだったのである。

 結果的に、これが「トレッドが長くなった」ことと同じことになり、車軸にかかる負担が増大し、車軸内のアクスルシャフト(ドライブシャフトを包んで保護するもの)が折れる危険性をはらんだことになる。

 リヤのシングルタイヤにかかる架装重量の負担を、ダブルにして分散させるという方法そのものは正しいとはいえ、車軸にかかる強度不足を計算に入れなかったため、それが逆効果を招いたといえなくもない。

 事実、シャフトが折れて車輪が脱落する事故が3件起こり、国交省は1999年と2007年に、グローバル社にリコール勧告を出している。

 その後、同社がこのリコールに従わず、経営状態の悪化を理由に廃業してしまったため、後味の悪い結果を残した。キャンピングカー業界のイメージを損ねた事件でもあった。
 
 
 しかし、その当時、私はそんなことをまったく予想もしなかった。
 キャンピングカーの世界に首を突っ込んだばかりのことで、ベース車の許容荷重と架装重量のバランスの関係などは、「言葉だけの問題」で、実感として意識できなかったと告白せざるを得ない。

 私の場合は、相当な重量の装備類を積んだまま10年間、7~8万km乗り続けたが、幸いなことにノントラブルのまま乗り終えることができた。

 ただ、後付けダブルタイヤによって、前輪と後輪のトレッドが異なってしまっため、道のワダチを拾うと車体が不安定に揺れた。
 でも、「キャンピングカーってそんなもんだろう」と割りきっていたので、そのことがそれほど苦痛でもなく、けっこう満足していた。

▼ ギャラクシーⅢリヤビュー

 走行安全性に対する懸念材料を抱えた車だったが、それ以外の機能はよく追求されており、私にとっては数々の楽しい思い出を残してくれた愛すべき車である。
 
(続く)
 
 

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芸術としての音楽は消えていく

 
 人々の音楽の聞き方が変わってきている。
 もうかなり前から、そう思っていた。

 うまい言葉が見当たらないのだが、少し難しい表現をすると、「音楽文化の相対的な価値が下がってきている」ということなのだ。
 つまり、音楽が「知性とか教養を育むための芸術」という役割を終え、単なるBGMとして消費される時代が来たといえばいいのだろうか。

 かつて、… まぁ40年ぐらい前までは、映画、アート、文学、演劇などという文化的娯楽のなかで、音楽の占める位置も大きかった。
 音楽好きの若者たちが集まって、自分の好きな音楽やアーティストに熱い思いを寄せ、時間が経つのを忘れて音楽談議にふける光景などをよく目にしたものだが、今は(たぶん)若者の間では、音楽をテーマに議論するなどということもほとんどなくなっているのではないか?

 そういう状況を反映してか、「音楽評論家」という人たちが姿を消した。
 一部、クラシックとかジャズなどという分野ではそういう人たちがまだ活躍する場が残っているのかもしれないが、少なくともポップス( … の中でも特にJ ポップ)批評で商売している専門家などほとんど見当たらない。

 リスナーの音楽の接し方も変わった。
 それまで音楽ソースのメインであったCDが市場から消え、いま音楽はスマホの音楽配信かYOU TUBEで聞く時代になった。

 CDは売れなくなったが、代わりにミュージシャンのコンサートやライブ活動などは、昔と比べものにならないほど盛んだという。
 だから、CDから得られていた音楽収益は、今はライブの入場料やその会場で売られる人気アーティストのグッズ類が補っているとも。
 つまり、産業としての音楽は、けっして衰えていないということらしい。

 でも、このような傾向をすべてをひっくるめて、いま起こっているのは「音楽のBGM化」ではないかと、私は思っている。

 ライブというのは、リスナーとミュージシャンのコミュニケーションを密にするものだと思われがちだが、最近のライブはショーアップ傾向を強める反面、曲そのもの価値は相対的に下がっている。

 特に、観客動員数の多いコンサート会場は、音楽会というよりサーカスの会場というおもむきを深めている。

 そういうライブ会場での主役は「曲」そのものではなく、主役はまず歌手たちであり、次に音響効果であり、振り付けなどの演出であり、出演者たちのトークであり、ライティングであり、ときにダンスであったりする。
 そういうショー全体を彩るBGMとして「曲」があるにすぎない。

▼ AKB48のライブでは、「歌=音楽」は完全に彼女たちのパフォーマンスのためのBGMとして機能している

 
 このような音楽のBGM化に対して、「若者が音楽に求めるものが変わっただけ」という人もいる。
 
 「“誰のどういう音楽を聞くか” ということよりも、“どんな状況で音楽を聞くか” ということの方が大事で、そういうニーズを満たすように今の音楽配信システムも編成されている」
 というのだ。

 たとえば、スマホの音声入力機能を使って、「ドライブに適した音楽」などと検索すれば、たちどころに、それに見合った音楽がピックアップされてくる。

 この前、そういうことを試しながら、少し遊んでみた。
 確かに、便利ではある。
 「静かな癒しの音楽」、あるいは「テンションMAXの音楽」などとリクエストすれば、いちおうそれらしき音がチョイスされてくる。

 なるほど。これが音楽の新しい楽しみ方か … とも思った。
 これなら、どんな環境にいても、それに合わせた音楽が瞬時に取り出せる。
 
 通勤・通学中の電車の中。
 恋人と海水浴に行った海岸。
 職場や学校の昼休みのデスク。
 家族とドライブに行った湖畔の駐車場。
 人と待ち合わせるときの駅の改札口。

 どこでも、スマホにイヤホーンを接続した場所が、“リスニングルーム” となる。
 だから、どんな状態でも音楽が聞ける。

 歩きながら。
 食べながら。
 人と話しながら。

 要は、音楽の完全BGM化が進行しているわけだ。
 そのこと自体を批判するつもりはないが、私には個人的な違和感がある。

 私(60代)たちのような、レコードやCDという再生装置を使って自分の選んだアーティストの曲を自分の部屋で聞くことを繰り返してきた世代は、お仕着せの音楽をあてがわれて満足するという習慣がない。

 レコードやCDという固定的な再生装置で聞いていた音楽は、リスナーとアーティストの一対一の緊張を強いる要素があって、一つの肉声、一つの和音、一つの楽器操作そのものに触れたときの “対話” があった。
 そういう対話を通じて、アーティストたちの生きざまが浮かび上がり、そこから教えられるものも多かった。

 ただ、そういう音楽の接し方に固執はしない。
 私自身はそのようにして音楽を聞いてきたが、今の若い人たちは、そういう精神修養のような音楽との接し方に堅苦しさを感じて引いてしまうという気もする。

 たぶん、音楽を気楽なBGMとして生活の中に取り入れるスタイルは、もう止まらないだろう。
 また、それが本来の音楽との接し方であるかもしれないのだ。

 そもそも音楽の成り立ちからいって、最初は、神との交信を行うための祭儀のBGMであったはずだ。 
 やがて、王侯貴族の酒宴のBGMとなり、庶民の勤労のためのBGM(労働歌)となり、教会の敬虔な空気を演出するBGM(ミサ曲)となり、ときに軍隊の威容を誇示するときのBGM(軍楽)となったりして、音楽は人々の暮らしの中に浸透していった。、

 BGMは「アート」ではない。
 だから、昔は音楽家を「アーティスト」などと呼ぶ習慣もなかった。
 バッハは教会でミサを行うときに背後で流すBGMをつくる職人であったにすぎず、モーツァルトは貴族の楽しむオペラや食事時のBGMを作る職人でしかなかった。
 
 「俺は職人ではなくアーティストだ」と言い出したのは、ようやくベートーベンからである。

 だから、音楽が、文学や絵画、演劇などと肩を並べて “芸術” の仲間入りしたのは19世紀から。
 そして、それがリスナーの人生観やら世界観にも影響を及ぼすようになったのは、ようやく20世紀からだといっていい。

 そこに至るまでに何が起こったのか?

 音楽が「文化」として認められるようになったのは、先進国を中心に裕福な近代的家庭が生まれ、それぞれの家庭が、子供に勉強部屋ともなる「個室」を与えるようになったからではないか? と私は考えている。

 「個室」と「レコード」のような音楽再生装置は、いったいどういう関係にあるのか。

 「個室」とは、基本的に他者が干渉することのない、自分だけに約束された自己完結型の空間である。
 こういう空間を手に入れることによって、近代人の「内面」というものが確立されていったのではないか、と私は思う。

 実際に、上流階級の子弟の間に、読書という習慣が定着したのも、近代家族の住居内に「個室」という空間が作られてからである。

 レコードという音楽再生装置は、その「個室」を手に入れた近代人を直撃した。
 そういう空間では、誰もがたった一人でモーツァルトや、バッハや、ベートーベンと向かい合うことになる。
 そこには、ライブ会場にいるときのように、他人と共有し合う情報がない。
 ということは、逆にいえばリスナーがどのようにモーツァルトを聞いてもまったく自由なのだ。

 こうして、人間は一人で読書をするような時間を、音楽に対しても持つようになった。
 それは、言葉をかえていえば、「音楽」がようやく「文学」や「哲学」と並ぶような精神性を持ったことを意味する。

 そのような一つの例として、日本では小林秀雄の「モーツァルト論」がある。
 小林秀雄は、モーツァルトの音楽を、まさに “文学” として語った。
 モーツァルト論として小林が取り上げた交響曲第40番ト短調は、演奏会で聞いたものではなく、まさにSPレコードで聞いたものではなかったかという研究が今日あるらしい。

 小林秀雄のモーツァルト論に触発されて音楽評論を書いた吉田秀和も、やはり音楽を “文学” として語るようになった。

 吉行淳之介は、あるエッセイのなかで、東京大空襲のときに腕に抱えて持ち出したのは、布団や衣類ではなく、ドビュッシーと ショパンのレコードだったと書いている。
 こういう文人たちの話からも、音楽が人間の精神文化にとって重要なアイテムになっていったことが伝わってくる。
 
 
 しかし、そういう文学と音楽の蜜月が続いたのは「昭和の時代」までだという気もしている。
 つまり、レコード(もしくはCD)が市場に出回っていた時代までのことだ。

 音楽が「人の人生を変える」くらいに尖がった時期というのは、実はこのレコードやCDという再生装置が普及したわずか100年のことだけかもしれない。
 そういう機器が生活空間から消えようとしている現在、音楽は再び人が何かの作業をするときのBGMという役割に戻っていかざるをえないだろう。

 そう考えると、「音楽」が「アート」や「文学」と並んで評価された時代の方が、きわめて特殊な時代であったというべきかもしれないのだ。

 ボブ・ディランがノーベル “文学賞” を授かったというのは、ひょっとしたら、音楽文化が最後の光を放った、まさに夕焼けの輝きだったのではなかろうか。
 それは、音楽と文学が珍しく両立した “奇跡の20世紀” が終焉したことを暗示する出来事だったのではなかろうか。

 今後、ボブ・ディランの歌詞のような文学性を持つ音楽が出てくるかどうかは定かではない。
 将来のことは分からないが、私個人は、そういう時代に自分の人生が間に合ったことに幸せを感じている。
  
 

 

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パク大統領とマリー・アントワネット

 
 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領への批判集会は、いったいどこまでエスカレートするのかなぁ、と思って、ずっと報道を見ている。

 ニュースの画面を見ていると、反パク・クネの集会には歌があったり、踊りがあったりして、まぁ、お祭りのような騒ぎ。
 古代の政治を「まつりごと」といったけれど、政治に参加するということは、まさに「お祭りに参加する」ことであったということが、よく分かるような気がする。

 それにしても、パク大統領というのは、どんな悪いことをしたのだろうか。

 その親友といわれる崔順実(チェ・スンシル)という人はほんとうに悪い人で、韓国の国民が怒り心頭に発するのもよく分かるのだが、パク大統領の方は、その親友といっしょになって私腹を肥やしたり、横暴に振舞っていたという印象がなぜか薄いのだ。
 むしろ、崔容疑者に操られ、いいように利用されていたという感じである。

 だからこそ、国民の怒りが収まらないのかもしれない。

 国民が怒りを感じる権力者というのは、必ずしもその権力者が狡猾で、腹黒で、残忍であるとは限らない。

 逆に、無知で世間知らずである方が、よけい民衆の怒りを買うことがある。
 「こんな無能なリーダーに統治されていたのかよ !」
 という怒りだ。

 ちょうど、フランス革命のときに、マリー・アントワネットとその旦那さんのルイ16世が民衆の怒りを買ったときがこれに当たる。

 「アントワネット様、いまパリでは民衆がパンを食べられなくて困っております」
 と臣下の者に言われても、
 「あら、パンが食べられなければケーキを食べればいいのに」
 と頓珍漢なことを言ってしまったマリー・アントワネットは、その発言だけで、もう断頭台で首をはねられる運命を手に入れた。

 もちろん、マリー・アントワネットが、実際に上記のような発言をしたという記録は残っていない。誰かの創作だといわれている。
 しかし、彼女の場合は、そういう発言がまったく違和感なく聞こえるような暮らしをしていたことが宮殿の外に漏れたのだろう。

 パク・クネという人の謝罪会見も、どこか民衆の感覚からズレているような雰囲気がある。
 本人にとって相当な政治危機が訪れているはずなのに、他人事を語るように、表情がどこか涼し気なのだ。

 その表情を見ているうちに、
 「この女性は、政治家としてもっともらしい発言を続けてきたけれど、普通の人間の暮らしというものをまったく経験することなく、ここまで来てしまったのかな」
 とふと思った。

 おそらく、彼女には、自分の置かれている立場を客観的に認知する力が育っていないのだ。その手の想像力に欠けているのだ。

 そうでなければ、謝罪会見時に、あのアルカイックスマイルにも似た意味不明の笑みを漂わすような表情など作れるはずがないのだ。

 もちろん、そういう余裕ある表情を見せたのはパク女史の必死の演技なのかもしれないけれど、そうだとしたら、これもまた判断ミス。
 上流階級のお嬢様政治家が泣きべそをかく表情を見て溜飲を下げたいと思っていた韓国の国民からすると、小憎らしく映ったはずだ。
 ここは、ウソ泣きでもして、みっともなく許しを請うような表情を作った方がホコ先をかわせたと思うのだが、お嬢様のプライドがそれを許さなかったのかな。
 
 マリー・アントワネットの場合も、自分の置かれている状況を客観的に眺める想像力に欠けていた。
 怒りに狂った民衆が宮殿に押し寄せてくるというのに、彼女とその旦那のルイ16世は、まるでピクニックに行くような気分で、逃亡用の馬車に乗り込んだという。
 だから、迅速に行動しなければならない脱出に、5時間も無駄な時間を費やしてしまった。
 それが災いして、この家族はけっきょく追手に捕まってしまう。
 
 こういう話から伝わってくるルイ16世一家というのは、きっとおっとりした人の良い人たちだったのだろう。
 庶民なら、その人の良さが愛される場合もある。
 しかし、国王の場合はそうはいかない。

 あまりにも度を越した “無垢と無知(イノセンス)” は、権力者の場合は立派な犯罪となる。
 「イノセンス」とは、「無実、潔白、無邪気、無害」などを意味するが、本来「無実で潔白」なはずのものが、どうして国王や王女の場合は「罪」となるのか。
 その不条理さが、人間の悲劇を強く訴えかけてくる。
 マリー・アントワネットとその旦那ルイ16世の悲劇は、そのもっとも分かりやすい例だ。
 パク女史の場合は、どうなるのかな。
 
 

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